COLORFUL ALMIGHTYS
部員獲得編その8

 互いに自信たっぷりに胸を張り、不敵な笑みを浮かべながら睨み合っている我が親友の白鳥真白とそこそこ高名と自称する画家の黄川田将星さん。

 まるで捨てられた子犬のように不安そうな顔をしてオロオロしているのはその黄川田将星さんの娘で我が写真部の新入部員候補である黄川田伊織さん。

 でもってどうしたらいいものかとちょっと困っているのが私こと写真部部長の灰田彩佳であって私の側に寄り添うように立っているのが写真部の後輩でやたら私を慕っていて「お姉様」と私のことを呼ぶ緑川さつき。

 場所は黄川田さんの家にあるアトリエの中。

 と状況説明はこの辺にしておこう。

「ズバリ言わせて貰いますわ! あなたは間違っておりますわ!」

 いきなりビシィッと黄川田さんのお父さんに向かって指を突きつける真白。

「ほう? この私の何が間違っているというのかね?」

 何故か自信たっぷりに言い返す黄川田さんのお父さん。

「ええ、間違っておりますとも。娘可愛さのあまり娘ばかり描いていたら他の絵が描けなくなり、その為に娘の自由を奪って」

「別に私がそうしろと命じたわけではない」

「しかし現実に彼女はそうしておりますわ。一度しかない貴重な青春を父親の為だけに使うなどと、そのようなこと愚の骨頂」

「娘が好きでやっていることだろう。関係者ではない君にそのようなことを」

「ですが彼女はそれを問題と言っておりましたわ」

「何と!?」

 真白の発言に黄川田さんのお父さんが彼女の方をギロリと睨み付けた。

 まー、何と言うか、そのギロリというのが実際には目をただ大きく開いただけなのでそれほど怖いというか、はっきり言ってしまうと変なんだけど、そこはファザコンっぽい気配がむんむんとする黄川田さん、びくりと肩を振るわせて小さくなってしまう。元々背が高くてかなり体格もいい方の彼女だから小さくなってもそれほど変わらないんだけど、と言うのは私の正直な感想。

「本当なのか、伊織?」

「え、あ、そ、その……」

「本当なのか?」

「……そこの人達に写真部に入らないかって誘われた時に……」

 小さい声でそう言いながら彼女がチラリと私たちの方を見る。

「何と……まさかお前までそのようなことを思っていたとは……」

 これがマンガならば黄川田さんのお父さんのバックに「がーんっ!」て言う字が出るんだろうけど。とにかく黄川田さんのお父さんは分かり易い程物凄くショックと言う顔を見せる。

 まー、実の娘から自分のことが問題だと思われていたら、そりゃショックだろうけど。

「ち、違うの! そうじゃなくて……」

 慌てて弁解しようとする黄川田さんだけど、彼女のお父さんはショックのあまり真っ白になってしまっていてまるで聞いていない。

「どうするのよ、この状況?」

 黄川田さん親子をちょっと唖然とした顔で見ていた真白に私が尋ねる。

 そもそもこの事態を招いたのは真白だ。ならばその責任を取ってもらおうじゃないか。

「そうですわねぇ……」

 ちょっと思案げな顔をして腕を組む真白。何つーか、その仕草が非常に優雅で、流石はお嬢様って感じがしないでもない。

「とりあえず面白いから放置しておきましょうか。特に良いアイデアも思いつきませんし」

「んな無責任な……」

 口ではそう言いながらも実は私もこの状況をどうにかする為の特に良いアイデアがあるわけではない。だから苦笑するだけにとどめる。

 少しの間泣きそうな顔でひたすら弁解し続けている黄川田さん、灰のように真っ白になったままの彼女のお父さんを眺めていたけど、このままでははっきり言ってどうにもならない。ここはやはり何とかするべきだろう。

「そう言うわけでさつき、何とかしてきなさい」

「そんなぁ〜」

「もし上手く出来たらあなたの言うこと一つ、何でも聞いてあげるわ」

「了解です、お姉様!」

 初めはイヤそうな顔をしていたさつきだけど、私が条件を付けると急にきりっとした顔になって私に向かって敬礼してきた。そして黄川田さん親子の方に近寄っていき、何やら手をぶんぶんと振り回しながら訴えかける。

 一分ぐらいそうやっていたのだろうか、さつきが目に一杯涙を溜めながら私の方に駆け戻ってきた。

「ダメです、お姉様〜! まるで聞いて貰えませんでした〜! お役に立てなくて申し訳ありませんです〜!」

 本気で申し訳なさそうに目をうるうるさせているさつきの頭をよしよしと撫でてやりながら私は苦笑を浮かべ直した。まぁ、さつきでどうにか出来るとは初めから思ってなかったわけだし、ここはその努力に少しぐらい報いてやるべきだろう、と言うわけで頭を撫でてやっている。

「しかし困りましたわねぇ。これではどうしようもないですわ」

 事態をややこしくした張本人が何を言うか。

 隣に立っている真白をジロリと睨み付ける私。だけど、真白は何処吹く風だ。

「あんたがこの事態を招いたんでしょ? あんたが何とかするってのが筋じゃないの?」

「私は私が思ったことを言ったまでですわ。そこに引け目も何もありません」

「少しはオブラートに包むとか考えろよ……」

 流石は高飛車お嬢様、思ったことをそのまま口に出すってのはある意味いいんだろうけどある意味何とかして貰いたいものだ。無駄に敵を作っちゃうし。まぁ、真白の場合は裏表がないし、案外はきはきしているのでそれほどでもないんだけど。

 しかし、今のやりとりから真白がどうにかする気がまるで無いというのがよくわかった。ここはやはりこの連中をとりまとめるべき立場である部長の私が頑張るしかないのか。だけどどうすればいいのかまるでわからないんだよなぁ。

 結構手詰まりな訳で、もうこうなりゃ猫の手でも悪魔の力でもお借りしたい気分だ。デウス・エクス・マキナ、都合よく何かいい助けが入ったりしないだろうか。

 などと考えていた時だった。

 いきなりガシャーンと言う音が聞こえ、このアトリエの窓が盛大に割れ、その一瞬後、何かが中に飛び込んできた。

 その何かは割れたガラス片が散らばっている床の上で「ふぎゃああ!」などと奇声を上げながらゴロゴロと転がり、反対側の壁に豪快にぶつかってようやくその回転を止めた。

「……そう言えばいないと思っていたのよね」

 突然の乱入者を見るまでもなく誰であるか悟った私は思わず盛大にため息をついてしまっていた。同時に、この人を捜しにここまでやって来ていたのだと言うことを思い出す。

「何やってんですか、先輩?」

 つかつかと壁の前で目を回している黒宮先輩の側に近寄っていく私。出来る限り冷たい声で言いながら。

「おお……世界が回ってる……」

「そりゃあれだけ豪快に回転してればそうも見えるでしょうね」

「ついでに背中が激しく痛い」

「割れたガラスの上を転がっていましたからね。ガラスの破片が刺さってますよ」

「頭も痛い」

「頭が悪いの間違いじゃないんですか?」

 そこまで言うと先輩が起き上がって私に詰め寄ってきた。

「ちょっと冷たすぎやないかい、彩ちん!!」

「人様の家に窓ガラスを割りながら豪快に不法侵入してきた人にはこれくらいで充分です」

 いかにも怒ってますよ、と言う感じを思い切り前面に押し出しながら言う私。

 他の人ならともかく先輩相手にはこれでもまだ優しい方だ。

「何だよー。困っていたみたいだから助けに来てやったのにー。そんなのかよー」

 不服そうにぶーぶー言いながら口を尖らせる先輩。

 まぁ、確かに猫の手でも悪魔の力でもいいから何か都合のいい助けが来ないかと思いはしたけど、こうやって人様の家の窓ガラスを豪快にぶち割りながら飛び込んでくるような助けは正直お呼びでない。

 つーか、人が困っている場に現れてより一層困らせるのが大好きな先輩が今のこの状況を何とか出来るとはとてもじゃないが思えないのですけど。むしろより一層混乱に拍車をかけるだけのような気がするのですが。

「何言ってるんだよ、彩ちん。ここはこの私にドンと任せなさい!」

「過去先輩のその”ドンと任せなさい”を聞いて事態が好転した記憶が私には一つもないんですけど」

「それじゃ大船に乗った気で」

「その大船がタイタニックな気がするので嫌です」

「んじゃ泥船に乗ったつもりで」

「沈みます、それ」

「彩ちんは私にどーしろと!?」

「出来れば何もしないで頂けたら幸いです」

「ひどい! 彩ちんはわざわざ隠れて様子をうかがっていたら何やら事態が悪化の一途を辿っているみたいだからここは先輩である私が何とかしてあげなくては、と思って危険を冒して飛び込んできた私を信頼してくれないんだね!?」

「今まで何で姿が見えなかったかの説明ありがとうございます。後質問に対する答えですが、”イエス”と言うことで。だいたい先輩、少しは普段の言動を振り返って考えてみてください。何処に先輩に対して信頼出来るという答えが返ってくるんですか?」

 何やらその場に崩れ落ち潤んだ瞳で私を見上げてきた先輩に対し、私は容赦なく言い放った。まぁ、崩れ落ちた瞬間先輩の手に目薬が見えたからこう言う対応をしているんだけど、もし見えてなかったらここで私はきっと情に絆されてしまっていたことだろう。真白辺りに言わせれば「甘い。砂糖よりも蜂蜜よりもザッカリンよりも甘い」んだろうけど。

 私の言葉を聞いた先輩は腕を組み、更に目を瞑って何やら考え込んでいたけど、やがて目を開けると私の方を見て「てへっ」と感じで笑った。

「言われてみりゃその通りだね」

 あっさり納得してしまう先輩。と言うか、自覚あったのか。どっちかと言うとその方が驚きなんだけど。

 ……ん? 今までの行動に対して自覚ありで私や周りに対して迷惑をかけていたのなら……かなり質悪くないか?

「いやいやいや。今振り返ってみてそう思っただけで、普段はそう言うことあまり気にしてないから大丈夫」

 お願いですから普段から少しぐらいは気にしてください。私はまだ我慢すればいいだけですけど、他の人の場合、謝りに行かなきゃいけないんですから。それも私が。

 それでも先輩自身、人から恨みを買うってことがほとんど無いのは不思議だ。まぁ、敵に回すと非常に怖い人だってこともあるけど、それ以上にそのやたらめったら明るい性格が幸いしているんだろう。勉強とかそう言うこと以外ならほとんど何でも物凄く楽しそうにやっているし、その明るさとパワーはどんどん周りを自分のペースに巻き込んでいく。まぁ、ちょっと行き過ぎなところもあるけど。

「まーまー。とにかくここはこの私に任せなさい。任せなさいったら任せなさい。ほれ、ドンと私に任せなさい♪」

 何やら妙な節を付けて歌うように言う先輩。その顔には自信があるのか、満面の笑みが浮かんでいる。

 私はそんな先輩を見て小さくため息をつき、苦笑を浮かべた。私自身この場を何とか好転させるだけのいい材料もアイデアも持ってないし、ここは藁にも縋るつもりで先輩に任せてみるのも一興だろう。これ以上状況が悪化するとも思えないし。

「わかりました。先輩にお任せします」

 そう言った私の顔を真白とさつきが驚いたように見る。

「おう、任しとけ!」

 先輩はそう言うと自分の胸をドンと叩いて、それからお約束のように咳き込んだ。ちょっと強く叩きすぎだ。

「お姉様、大丈夫なんですか?」

「あのチビ先輩に任せていたら事態はより一層ややこしくなるだけですわよ?」

 さつき、真白が口々に言うけど、私は何故だか上手く行くような気がしていた。何だかんだ言っても私は先輩を信用しているのだろう。心の奥底の何処か……まー、しっかりと隔離した棚の上に鎖つきの頑丈な箱に三つぐらい南京錠つけた上で。

「そ、それって……」

 自分でも本当に信用しているのかどうかちょっと不安になってきたから真白、そんな目で私を見るな。

 それはともかく先輩はつかつかつかと黄川田さん親子の側に歩み寄っていき、いきなりジャンプして黄川田さんのお父さんの頭を殴りつけた。それから次に黄川田さんも同じようにジャンプして殴りつけようとしたんだけど……先輩のジャンプ力が黄川田さんの身長に足りず、その手は黄川田さんの大きな胸を直撃してしまう。

 あ、ぽよんと揺れたよ、あの胸。初めて黄川田さんを見た時に先輩が言っていたけど、一体何食えばあんなに大きくなるんだ?

「へい、そこのアーティストみたいなおっさんアンドでか胸娘! こっちをルックミー!」

 大きい声で先輩は二人の注意を引くように言う。

 その先輩に殴られてようやく我に返ったらしい黄川田さんのお父さんと黄川田さんが声の主である先輩の姿を探すのだが……あまりにもちっこい先輩の姿を見失ってしまったのか二人は揃ってキョロキョロとしてしまっている。

「何処見てるんだよー!! ここだってのー!!」

 ぷんすか怒りながら先輩がそう言い、二人はようやく先輩の姿に気がついたようだ。やはり揃って先輩を見下ろす。なんだ、このお約束的な反応は。

「まったくー……何ですぐに気付かないんだよー」

「ちっこいからでしょう?」

「真白んは黙ってろ!」

 私の横でぼそりと呟いただけの真白にわざわざ振り返り、尚かつ指まで突きつける先輩。相変わらず自分の悪口に対しては地獄耳だなぁ。都合の悪いことは聞き逃すくせに。ある意味、羨ましい技能だ。

「彩ちんもちょっと静かにしてくれるかな〜?」

 先輩がちょっと引きつり気味の笑顔を浮かべて私に言う。

 と言うか、私の心の声に反応するのはどうかと思うんですが。

「ところで何だね、君は?」

 黄川田さんのお父さんが先輩を見下ろし、もっともなことを尋ねる。

「後、ここの窓ガラスの修理代の請求は一体誰にすればいいのかね?」

「それなら彼女にお願いします」

 そう言って先輩が指差したのはまたしても真白だった。まぁ、確かにこの中では一番お金持っているんだろうけど、そんなこと納得するような真白じゃないことは私がよく知っている。

「何で私が!」

「まー、その話は後でゆっくりと。今はそれよりも……この私の話を聞けぇぇぇぇっ!!」

 真白の抗議をあっさりとスルーし、先輩はどこからともなく取り出したハンディカラオケのマイクで豪快に怒鳴りつけた。

 いや、そんな事しなくてもみんなあなたの動向に注目しておりますが。

「えー、こほん……そこのアーティストみたいなおっさん」

 ぴしりと黄川田さんのお父さんを指差す先輩。続けて、今度は黄川田さんの方を指差しながら

「あんたは自分の娘を信じろ」

 おお? 何か先輩がまともな事言ってる。

「これは明日は雪が降るかも知れませんわね」

 どうやら私と同じ感想を持ったらしい真白が小声で呟いた。雪ぐらいならまだいいけど、私はむしろ槍が降ってくるんじゃないかと心配だ。

「そしてそこのでか胸娘」

 黄川田さんに指を突きつけたまま先輩が再び口を開く。どうやら私たちの呟きは聞こえなかったか、それともスルーされたらしい。

「言ったことは事実、それはそれで認めろ」

 おお、またしてもまともなことを先輩が! やっぱり明日は槍が降るに違いない。もしかしたら世紀末にやってこなかった恐怖の大王がやってくるかも知れないな。

「そして全てをさらけ出すんだ。自分が今まで何を犠牲にしていたか……どれだけ父親の為に我が身を犠牲にしてきたか。やりたいこともせず、ただひたすら父親の為にその身を捧げたことを……そしてついでにどうしてそんなに胸が大きくなったのかも私に教えてくれたらありがたい」

「何をいっとるんじゃぁっ!!」

 とりあえず後ろから先輩の後頭部目掛けて豪快に蹴りをぶち込んでみる。

 なかなかに強力だった(自分でも予想外な程だ)その一撃を受けた先輩の身体が宙を舞い、割れたガラスの上に落下、そして転がっていく。

「ふぎゃぎゃぎゃ!」

 更にあちこちにガラス片が刺さったらしく奇声を上げてのたうち回る先輩。

「……彩佳、あなた最近つっこみが激しくなってきましたわね」

「ストレス溜まってんのよ、私も」

 私の行動に目を丸くしている真白にそう答え、私は未だのたうち回っている先輩の側へと歩み寄っていった。そしてその首根っこを掴んで持ち上げる。平均以下の身長、平均以下の体重の先輩だからこそ私でも出来るのだ。

「ちょっとまともな事言ったと思って感心していたら最後のが本音ですか?」

「まーまー、軽いジョークじゃないか、彩ちん」

 ガラス片の刺さったところからぴゅーと血を噴き出しながら答える先輩。

「一体何処でそんなギミック仕込んできたんですか……」

 血が噴き出しているのは先輩の着ている服からだけで、頭とか手とか剥き出しになっているところからは全然血は流れていない。まぁ、ちょっと赤くなっているところはあるけど、それほど大したことでもないだろう。

「実は知り合いに特殊効果が得意な人がいてさー。その人に教えてもらった。驚いた?」

「はいはい、驚きました驚きました。これでいいんですか?」

「投げやりだなー、彩ちん。人生楽しまなくちゃ損だよ?」

「先輩はさぞ人生が楽しいんでしょうね」

「まーねー。ところでそろそろ離してくれないかな?」

「離すとろくなことをしそうにないから嫌です」

「いや、あの二人をちゃんと説得するからさー」

「では余計なことをしないようこの状態でお願いします。あ、くだらない事したり言ったりすると今度はここに叩きつけますからね」

 そう言ってガラス片が散乱している床を見る私。これくらい脅しておけば多分大丈夫だろう。
しかし、我ながらよくここまで先輩に対して出来るものだ。この一ヶ月で相当鍛えられてしまったらしい。

「それではそこのお二方! 私の話をよーく聞いてくれ! まずはそこのでか胸娘! もう一度言ってやれ! お父さんの為に迷惑していますと! そしてそこのアーティストみたいなおっさん! あんたは娘に裏切られているぞ! それを認めろ!」

 叫んだ先輩を私は無言でガラス片の散乱している床に叩きつけた。更に上から足でぐりぐりと踏みつける。

「あ、彩ちん……壮絶に痛いんですが」

 私に踏みつけられながら先輩が弱々しく手を挙げる。

「一体あなたは何をしたいんですか? 混乱に拍車をかけるだけならまだしも事態をより一層ややこしい方向に煽ってどうする気なんですか?」

 ぐりぐりぐりと更に踏みつける足に力を込めながら言う私。その足の下で先輩が「あうあうあう」と何か奇妙な声をあげているが容赦はしない。

「いや、まずは事実を認めてもらわないと……」

「これ以上二人の傷口を広げてどうする気なんですか、一体?」

「とりあえず彩ちん、足をどけてくれ〜。ガラス片が皮膚を突き破る〜!!」

 私の足の下でじたばた藻掻く先輩。

 と、そんな時だった。いきなりポンと手を叩く音が聞こえてきたので、その音のした方を向くと黄川田さんのお父さんが何か思いついたと言うような顔をしてまさしく手を叩いているではないか。

 一体どうしたのだろうか。まぁ、それはともかくそろそろ先輩を解放してあげた方がいいだろう。そう思って足をどけようとすると思わぬところから制止の声が挙がった。

「ちょっと待ったぁっ!!」

 その声に思わずビクッと肩を震わせる私。

 制止の声をあげたのは何と黄川田さんのお父さん。手を広げて私の方に突き出し、何か血走った目で私たちの方を見つめている。

「そのままじっとしていてくれたまえよ……」

 黄川田さんのお父さんはそう言うと私の周囲を回り始めた。時折、何か頷きながら。

 一体何なんだ……? ジロジロと見られてあんまりいい気分でもないんだけど、それでも黄川田さんのお父さんのしたいようにする。

 しばらく私の周りをぐるぐると回っていた黄川田さんのお父さんだったけど、やがて立ち止まるとおもむろに絵を描く為のカンパスを取り出した。

「えーっと……?」

「あ、そこでじっとしていてくれたまえ。何か久々にインスピレーションが湧いてきたのだっ!」

「はい?」

「どうやら父は久し振りに私以外の人をモデルに描く気になったみたいです」

 はっきり言ってこの状況に思考がついていっていない私に黄川田さんが説明してくれる。いや、説明されてもこの状況が好転するわけでもないんですが。



 結局黄川田さんのお父さんが納得するまで私と先輩はそのままの姿勢でいたわけで、解放されたのはあれから2時間経ってからだった。

「さ、流石に疲れた……」

 再び応接間に通され、そこのソファにぐったりと背を預けている私。

 ちょっとでも動こうものなら容赦なく怒鳴りつけられるんだから……じっとしているのって意外な程疲れるのよねぇ。

「お疲れさまです」

 そう言って黄川田さんがコップを差し出してきた。

「あ、ありがと。お父さんは?」

「アトリエに籠もってまだ作業中です。ああなるとなかなか出てこないから放っておいても問題ありません」

「そう」

 私はそれだけ言ってからコップに手を伸ばした。口を付ける前にハーブの香りを感じる。成る程、ハーブティーと言う訳か。

「うん、おいしい」

「……ありがとうございます、先輩」

「何にもお礼を言われるようなことはしてないと思うけど。むしろ先輩と一緒に迷惑かけただけじゃないかなって」

 いきなり私にお礼を言ってきた黄川田さんにそう答えて苦笑する私。

 ちなみに先輩はと言うと解放されてすぐにここから逃亡していた。どうやら自分が割ったガラス代を払わさせるのが嫌だったらしい。ここは真白に立て替えてもらっておいて後で領収書を先輩の家に回しておこう。

 後、真白とさつきは先に帰らせておいた。いつ終わるかわからなかったし、ただ待っているのも退屈そうだったからだ。だからこの家に残っているのは私だけ、と言うことになる。

「いえ、先輩達のお陰でお父さん、ようやく私以外の絵を描く気になったみたいだから。これで少し肩の荷が下りました」

「そう? まぁ、それならそれでいいんだけど」

 どうやら黄川田さん、少し父親のことを重荷のように思っていたようだ。まぁ、ある程度自分の責任みたいなことも言っていたし、それでも色々とやりたかったこともあったんだろうけどそれを我慢していて心の中に色々と溜まっていたんだろうな。

「さてと、それじゃそろそろ帰らせてもらうわ。予想以上にお邪魔しちゃったし」

 まさか絵のモデルをやらされるとは思わなかった。いい経験だと言えばそうなのかも知れないが、出来れば二度とやりたくはない。それと今度からモデル撮影をする時はモデルの人にもっと気を遣うことにしよう。

 とりあえず当初はこんな事をする予定はなかったし、そもそもここにやってきたのは先輩を捕まえる為だったので鞄とかまだ学校においたままだ。今から学校に戻って、そこから家に帰るとなると家に着くのはかなり遅くなりそう。一旦家に電話しておいた方がいいか。

 そんなことを考えながら立ち上がると、黄川田さんが私の手を掴んできた。何事かと彼女の方を見ると、彼女はちょっとぎこちなさそうな笑みを浮かべている。

「ど、どうしたの?」

 何となく脳裏にさつきの顔が浮かんできた。まさかとは思うけど、この子もさつきと同じじゃないでしょうね?

「先輩、明日からよろしくお願いします」

「へ?」

「多分お父さん、もう私を束縛することはないと思いますから。写真部、入部させてもらいます。それに先輩達となら上手くやって行けそうな気がしますから」

 そう言えば今までずっと父さんの為に色んなことを我慢してきた所為で、あんまり友達とかもいそうにないものなぁ、この子。

 まぁ、社交性だけはやたらと高い先輩とか少々言葉はきついけど案外相手思いの真白とかがいるから大丈夫だろう。

「うん、これからよろしくね」

 私はそう言って黄川田さんに満面の笑みを向けるのであった。



 これで部員総数4名。残り日数は非常に厳しいというかもう限界に近いけど、それでもまだ諦めない。折角入ってくれた黄川田さんの為にもね。


続く

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