どたんばたんと何やら屋根の上から物音が聞こえてくる。
 その音があまりにもうるさかったので、ベッドの中ですっかり夢の中だったシャルル=ヴィルヌール=ド=カストゥルモールは目を覚ましてしまっていた。
「何なのよ、もう……」
 ふかふかのベッドから身を起こし、キョロキョロと周囲を見回してみる。勿論部屋の中には何の異常もなかった。しかし、耳を澄ませてみると、外から剣を打ち合わせているような音が聞こえてくる。時折聞こえてくる怒声はおそらくこのサンドリュージュ家の次男であるリオン=ヴィサーブ=サンドリュージュのものだろう。
 彼は決して嫌いではないが、あまり得意なタイプではない。よく言えば豪快、悪く言えば力ばかり強い無神経な男。自分からお付き合いをしたいとは思わないタイプなのだ、彼女にとっては、だが。幼馴染みであるルイン=ヴェルド=サンドリュージュの兄でなければ、自分からは近寄りもしないだろう。
「……うるさいなぁ……」
 シャルルは目をこすりながらベッドを降りると窓に向かって歩き出した。一体外で何が起こっているか、それを確認しようと思ったのだ。しかし、その直後に聞こえてきた何かが崩れるような大きな音にその足を思わず止めてしまう。
「な、何っ!?」
 すぐさま音の聞こえてきた方を振り返るが、視線の先には壁があるだけだった。どうやら廊下の方で何かあったらしい。
 こんな夜中に一体誰が何をやっているのか。自分の睡眠を妨害された怒りからか、一言文句を言ってやろうとシャルルは廊下へと続くドアに歩み寄っていった。いざと言う時には盾の代わりになりそうな程重厚なドアを開け、廊下に飛び出すとほの暗い中、向こうの方で二つの何かが対峙しているのが見えた。片方は手に剣を持ち、もう片方は左右の腕がそれぞれ三本ずつ生えている異形だ。
「な、何……何なのよ……」
 薄暗くてそれぞれの姿はよくわからないが、この廊下に静かに蔓延している緊張感だけは彼女にも理解出来た。張りつめた、皮膚を切り裂きそうなくらい張りつめたこの緊張感にシャルルは思わずぺたんとその場に座り込んでしまう。知らず、身体中がガタガタ震えだしていた。
「おい……聞こえるか?」
 どれだけこの緊張感の中に晒されていたのか。半ば意識を失いそうになりながらも、耳にそんな声が聞こえてきた。
 一体何処から聞こえてきたのか、その声の主を捜すように周囲を見回すと少し離れたところに白い何かに全身を絡め取られた何者かが倒れているのが見えた。這うようにそちらへと向かっていくと、そこには髑髏を思わせる仮面を被った異形が白い糸で全身をぐるぐる巻きにされた状態で横たわっている。
「済まないがこいつを何とかしてくれないか。どうも内側からじゃどうにも出来そうにない」
 髑髏仮面にそう言われてシャルルは恐る恐る手を伸ばす。髑髏仮面の身体を縛っている白い糸に指先が触れる。見た感じベタベタと粘性が強そうに思えたのだが、意外とさらさらとした、まるで上質の絹のような手触りだ。これなら何とか出来そうだと思って両手で糸を引っ張ってみるが伸びるだけで一向に切れそうにない。どうやらかなりの伸縮性を持っているようだ。
「……待ってて。ナイフか何か探してくる」
 そう言ってシャルルは自分の部屋へと急いで、それでいて音を立てないよう慎重に戻った。下手に音を立てれば向こうにいる六本腕の化け物に気付かれてしまうかもしれないと思ったからだ。
 部屋に戻るとシャルルはすぐさまベッドサイドにある小さなテーブルへと駆け寄った。その上にはいくつかの果物が用意されており、その皮を剥く為の小さなナイフが添えられている。ナイフを手にすると、急いで部屋の外へと舞い戻る。
「お待たせ。すぐに切るから」
 シャルルはそう言いながら、同時に出来る限り髑髏仮面を見ないようにしつつナイフを白い糸へと走らせる。髑髏仮面を見ないようにしているのは、この薄暗い中でその髑髏のような仮面を見る勇気がなかったからだ。ただでさえ不気味な髑髏の仮面が薄暗さでより一層不気味さを増している。とてもではないが、正視出来るような代物ではなかった。
「あ、あれ? 切れない……何で?」
 何度ナイフを走らせても、糸は切れなかった。ナイフに引っかけて引っ張ってみてもそれは変わらない。この白い糸、伸縮性に富むと同時にかなりの強靱さもあるようだ。
「くっ……急げ! 早くしないとあのおっさんがやばい!」
 髑髏仮面のその声にシャルルが顔を上げると、向こうの方で剣を持った男が六本腕の怪物に押し負けそうになっているのが見えた。よく見ると剣を持っているのがこの屋敷の主であるリュシアン=ヴィガード=サンドリュージュ伯爵であることがわかる。かつては神聖ブリガンダイン王国の近衛騎士団団長を勤めたこともある凄腕の騎士であるはずの彼が圧倒されているのをシャルルは初めて見た。
「そんな……リュシアンのおじさまが……」
「だから急げ! 相手は人間でも亜人でもない! 文字通りの化け物だ! 人間の勝てる相手じゃないんだ!」
 髑髏仮面にそう言われてシャルルは必死で白い糸を手にしたナイフで切ろうとする。だが、何度やっても糸は切れない。ナイフがなまくらなのかと思わないでもなかったが、武門でならしたサンドリュージュ家だ、こんな果物ナイフの一本でもなまくらなど使用しないだろう。
「ダメ、切れない! どうして!?」
 泣きそうな顔をしてそう言うシャルル。その間にもリュシアンの苦戦は続いている。早くしないとあの六本腕の化け物に倒されてしまうだろう。そうなれば次に狙われるのは。
「くっ……そうだ! お前、確か魔法が使えたな! 火の魔法でこいつを焼き切れ!」
「そ、そんな! ちょっとでも間違ったらあんたも一緒に!」
 思いも寄らない髑髏仮面の提案にシャルルは青ざめた。確かに魔法は使えるし、特に火の魔法は得意な分野だ。しかし、今の自分に髑髏仮面を傷つけず、白い糸だけを焼き切るようなことが出来るだろうか。魔法の制御に関しては使用者の精神状態が大きく関わってくる。恐怖と焦り、動揺している今の自分にそんな細かい制御が出来る自信はない。それにこの白い糸に火の魔法が通じるのかどうかさえわからないと言うのに。
「いいからやれ! 俺の身体は特別製だ! 少しくらい焼かれても大丈夫だ!」
「わ、わかったわ……」
 そう叱咤する髑髏仮面に頷き、シャルルはすっと目を閉じた。精神を集中させ、呪文を唱え始める。さほど長くもない呪文の詠唱が終わり、シャルルはすっと手を髑髏仮面の方に向けた。掌の先に小さな火の玉が出現し、それをそっと白い糸に近づけていく。火の玉が糸に触れた瞬間、一気に火が白い糸全体に周り、一瞬にして燃え上がった。
「ひっ!」
 予想外に火の周りが早かった為、シャルルは驚きの声をあげて後ろに尻餅をついてしまう。彼女の目からは、自分の点けた火が一瞬にして髑髏仮面の全身を包み込んでしまったように見えたのだ。しかしながら、実際には火は白い糸だけを焼き尽くしていたのだが、彼女は目の前の惨状に目を閉じてしまっていてそれに気がつかない。
「……よし!」
 そんな声が聞こえてきたのでシャルルは恐る恐る目を開いてみると、目の前に髑髏仮面が何事もなかったように立っているではないか。それでようやく彼女は自分の魔法が上手く糸だけを焼き尽くしたことを知った。
「お前はあそこにいるメイドを助けろ。その後は隠れておけ」
「あ、あんたはどうするのよ?」
「俺は……あの蜘蛛野郎をぶっ飛ばす!」
 そう言って髑髏仮面が走り出すのを見送った後、シャルルは少し離れているところに倒れているメイドの少女を見やった。先程までの髑髏仮面と同じように彼女も白い糸で全身をぐるぐる巻きにされている。ピクリとも動かないのはきっと意識を失っているからだろう。
「さっきみたいに上手く行くと思ってるの?」
 髑髏仮面は自分の身体は特別製だから大丈夫と言った。しかしメイドの少女はそうではない。先程の糸の燃え上がり具合を考えると、下手をすれば大火傷を負ってしまうかも知れない。そう思って呟いたのだが、それに答える者は誰もいなかった。
 仕方なくシャルルは立ち上がり、倒れているメイドの少女の側へと駆け寄っていった。この家によく遊びに来てはお泊まりさせて貰っている彼女だが、このメイドの少女にはあまり見覚えがない。おそらくは最近新たに雇われたのだろう。
「全く……」
 髑髏仮面にやったのと同じように、まずは手で糸を取り去ろうとして失敗。次にナイフを使ってみたがやはり糸は切れない。小さくため息をつくとシャルルは再び火の魔法を使うべく精神を集中させ始めた。呪文を唱え、今度は指先に先程、髑髏仮面を助けた時のよりも更に小さい火の玉を作り出す。
「上手く行きなさいよ……」
 少しの緊張に手が小さく震える。治癒魔法が使えるならば多少火傷をしたところで、その跡も見えなくなるほど完璧に直せるのだが、生憎とシャルルに治癒魔法の心得はない。だから確実に少女の身体を縛っている糸だけを燃やさなければならないのだ。
 そっと指先の火の玉を糸に近づけるシャルル。火の玉が糸に触れた瞬間、さっきと同じように一気に火が糸全体に広がった。そして、燃え広がった時と同じように一瞬で消え去ってしまう。後に残ったのはメイドの少女だけ。服にも彼女の肌にも傷一つ無い。
「よかったぁ……」
 心配が杞憂に終わったと知り、シャルルは安堵のため息を漏らした。しかし、このままにしておく訳にもいかない。髑髏仮面も言っていたではないか、隠れていろと。それを実行するべく気を失ったままのメイドの少女を助け起こそうとした時だった。
「そこのお前! 一体何をした!?」
 いきなり聞こえてきたその声に、思わずシャルルは声のした方を向いてしまう。そこにいたのは蜘蛛に酷似した頭部を持つ、奇怪且つ不気味な蜘蛛の化け物。蜘蛛と人間を合わせればああ言う感じになるのではないかと思われる怪物であった。
「ひいっ!」
 虫嫌いのシャルルにとってその蜘蛛の化け物の姿は正視に耐えるレベルの代物ではなかった。短い悲鳴を上げ、意識が吹っ飛びそうになる。しかし、自分の手の先には気を失ったままのメイドの少女がいる。この少女を見捨てて逃げ出せばいいかも知れない。だが、それは絶対に出来なかった。もし自分だけ逃げ出せば、この少女はあの蜘蛛の怪物に殺されてしまうだろう。その責任を追及されることよりも、誰かを見殺しにしてまで生きていたくないと言う意地がシャルルにもある。その意地が彼女を支え、飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めていた。
「教えてやるよ。こいつの使う火の魔法、お前の糸をよく燃やしてくれるんだ」
 その声は自分を睨み付けている蜘蛛の怪物のすぐ側から聞こえてきた。よく見ると蜘蛛の怪物の前に髑髏仮面が立っているではないか。
 正視に耐えない蜘蛛の怪物と不気味な髑髏仮面。シャルルは改めて意識を失いそうになる。
(な、何なの? 一体何が起きてるって言うのよ!?)
 もはや理解不能だ。頭が理解することを拒否している。出来るならば、これは夢であって欲しい。多分今まで見た中でも最悪の悪夢だろうが、その方がよっぽどマシだ。
 そんなことを呆然と考えていると、また蜘蛛の化け物の声が聞こえてきた。今度は先程と違って何故か上の方からだ。
「お、おのれ、仮面ライダー……このままで済むと思うな!」
 何処の三流の悪役の台詞だと思いながらシャルルが上を見上げると、蜘蛛の化け物が天井に穿たれた大きな穴から出ていくのが見える。どうやら危機は去ったらしい。ホッとしたシャルルは思わず脱力してその場に座り込んでしまった。
「助かった……の?」
 そう呟き、はっとなって顔を上げる。蜘蛛の化け物は逃げていったがまだここには髑髏仮面がいる。この髑髏仮面は蜘蛛の化け物とは敵対関係にあるらしかったが、果たして自分たちの味方なのだろうか。冷静に考えると先程どうして言われるがままにこの髑髏仮面を助けたのだろう。そんな疑問が急に湧き上がってくる。
「……逃がさんっ!」
 シャルルの疑問をよそに髑髏仮面がそう言って右手を上へと突き出した。するとその先に見たことのない魔法陣が浮かび上がる。
「何、あれ……?」
 父が宮廷魔法使いと言うことで、自身もそれなりに魔法に関しての造詣が深いつもりであるシャルルだが、今髑髏仮面が発生させた魔法陣はどの様な書物にも載っていない不可思議なものであった。何より魔法陣を構成しているルーン文字がこの世界のものとは全く違う。一体あの魔法陣にどう言った効力があるというのだろうか。もしもこの場に父なり姉なりがいれば大喜びするかも知れない。どちらも魔法に関しては物凄く研究熱心だから。
 そんなことを考えているシャルルの前の前で髑髏仮面が魔法陣に向かってジャンプする。そしてそのまま魔法陣にその姿が吸い込まれていき、彼の姿が完全に見えなくなると、魔法陣もまたすっと消えてしまうのだった。
「…………」
 何が起こったのか、本当にシャルルは理解出来なくなってきていた。蜘蛛の怪物も髑髏仮面もいなくなったことで、これが本当に夢なんじゃないかと思えてきてさえもいる。しかし、彼女を呼ぶ声がその耳に聞こえてきたことで、これが夢ではなく現実だと言うことを思い知らされた。何せ声の聞こえてきた方にはリュシアンが白糸で壁にその身体を縫いつけられていたからだ。
「リュシアンのおじさま!」
「済まないがシャルル嬢、助けては貰えんかな? どうやら儂も歳をとったようでな、少々不覚をとった」
 驚いた様子で自分に向かって駆け寄ってくる少女にリュシアンは苦笑いを浮かべてみせるのだった。

 サンドリュージュ家の屋敷の庭では頭部を不気味で巨大な蜘蛛に取って代わられたゴブリン達とこのサンドリュージュ家の次男、リオン=ヴィサーブ=サンドリュージュ率いる王都警備隊の一部隊が激しい死闘を繰り広げていた。
 本来ならば王都の警備をしていなければならないはずの彼の部隊が何故この地にいたかと言えば、サンドリュージュ家の領内にあるブルーニュの森に住み着いたゴブリンの一団を退治する為であった。
 予定では父でありこの地の領主であるリュシアンが部隊を率いてゴブリン掃討作戦を行うはずだったのだが、リュシアンは元気そうに見えるがそこそこ歳をとっており、それに前線から退いてもう何年も経つ。ゴブリン程度には後れをとらないだろうが、万が一と言うこともある。それに、本来ならばそんな父を補佐しなければならないはずの弟、ルイン=ヴェルド=サンドリュージュは体が弱く、剣もまともに振れない痩せっぽちだ。その上まだ若く、経験もないから補佐など出来ないだろう。それにこのひ弱な弟を命のやりとりをするような場に出したくはない。
 そう思ってリオンはわざわざ許可を取って、自分が任されている部隊を率いてゴブリン退治の為に実家に帰ってきたのだ。
 しかし、自分たちが退治するつもりでいたゴブリン達に逆に攻め込まれるとは思ってもみなかっただろう。それでも自分が直々に訓練し、鍛えてきた部隊である。初めのうちこそ軽い混乱があったが、それも挽回し、徐々に優勢になってきていたのだが、それもこのゴブリン達が不気味な変化を遂げるまでであった。
 突如頭部を内側から巨大な蜘蛛に取って代わられたゴブリン達は今まで以上に力を発揮し、更にその蜘蛛の口から白い糸をはいて兵士を絡め取り、頭部の蜘蛛が伸ばした八本の足であちこちを自在に飛び回り、次々とリオンの部下達を倒しだしたのだ。
 予想外の動きをし、更には口から吐く白い糸で身体の自由を奪う。従来のゴブリンとは全く違う戦い方をするこの蜘蛛ゴブリンにリオン達は苦戦を強いられる。特にリオンはこの騒ぎを聞いて飛びだしてきたルインをその背中にかばいながら戦っているので、その苦労は一塩だ。
 そんな時、突如はるか頭上に見たことのない魔法陣が浮かび上がった。蜘蛛ゴブリン達もリオン達も何事かと思い、一斉に上を見上げる。
 皆が見つめる中、魔法陣が黄金の光を放ったかと思うと、その中から人型の何かが飛び出してきた。その何かが右足を前に突き出し、一気に急降下していく。それと同時に魔法陣が物凄い勢いで降下し、空中で静止した。
 空中で光り輝く魔法陣の中央に見えるのは六本の腕を持つ怪人の姿。何とか逃げ出そうともがいているが、そんなところに急降下して更に勢いを増した何かの右足が叩き込まれた。
「し、しまったっ!?」
「ライダー……キックッ!!」
 そんな声が頭上から聞こえてくる。それと同時に魔法陣が突き破られ、六本腕の怪物とそれに右足を叩き込んだ何かが地上へと激突した。その瞬間、物凄い衝撃波が起こり、周囲にいた全てを吹っ飛ばしてしまう。
「ぬうっ!」
 手に持った大斧を地面に突き立て、何とか吹っ飛ばされるのを堪えるリオン。その後ろではルインが吹っ飛ばされないように必死に兄の腰に抱きついていた。
 衝撃波が消え、もうもうと立ち込めている土煙が風によって吹き去られていく。その跡には、身体をほぼ真っ二つに折り曲げられた状態で地面に叩きつけられている蜘蛛のような化け物とその化け物に右足を突き込んだ状態で立っている髑髏仮面の姿があった。
「あれは……」
 一体何が起こったのか、リオンにはまるでわからない。わかるのは蜘蛛の親玉のような化け物が髑髏の仮面を被った奴に倒されたと言うことだけ。
「仮面ライダー……」
 ルインがそう呟いたのをリオンははっきり聞いた。おそらくあの蜘蛛の化け物を倒した奴はそう言う名前なのだろう。まるで聞いたことのないその名前にリオンは眉を寄せる。果たして、弟の言う”カメンライダー”とやらは敵なのか味方なのか。奴が倒したらしい蜘蛛の化け物こそが先程まで戦っていた蜘蛛ゴブリンを操っていた黒幕なのだろうが、敵の敵は味方などと言うことを簡単に信じられる程甘くはない。
 じっと自分を睨み付けているリオンに気付いたのか、仮面ライダーが足を蜘蛛人間から抜き、その蜘蛛人間から離れる。それでも蜘蛛人間の身体は二つ折りになったままだった。それを見ている仮面ライダーの姿が光に包まれ、元の姿――牧村将吾のものへと変わっていく。
「お、お前はっ!」
 思わず驚きの声をあげてしまうリオンをチラリと見やり、将吾は小さくため息をついた。何と言うか、ややこしい奴に見られてしまったな、と言う感じだ。
「フフフ……」
 頭をかきながら何と説明するべきか考えながら将吾がリオン達の元へと歩き出そうとすると、後ろに倒れている蜘蛛人間の笑う声が聞こえてきた。はっとなって将吾が振り返ると、蜘蛛人間は相変わらず二つに折り畳まれたままの状態で笑っているのが見える。
「フフフ……まだ戦いは始まったばかりだ……既に我が仲間がこの国の王宮に侵入している……この国は我らデスボロスのものとなるのだ!」
 それだけ言うと蜘蛛人間は口から大量の血を吐いた。その血が蜘蛛人間の身体中に降りかかり、そこから白い煙が立ち上り出す。
「な、何だ!?」
 リオンが慌てた様子で蜘蛛人間に駆け寄ろうとするのを将吾が手で制する。
「触らない方がいい」
 そう言った将吾とリオンの目の前で蜘蛛人間の身体がどろどろに溶けていった。蜘蛛人間の吐いた血には溶解作用があったらしい。もしもリオンが不用意に蜘蛛人間の身体に触れ、その血に触れてしまったら大変なことになっていただろう。
「こ、これは……」
 完全に溶けてしまった蜘蛛人間の死骸の跡を見て、流石のリオンも顔を青ざめさせている。ゴブリンなどの亜人や市民に仇為す幻獣などを今まで何度も退治してきた彼であったが、この様に自らが死んだ後、溶けて無くなってしまう生物など初めて見たに違いない。
「一体何なんだ、こいつは……?」
「……改造人間だ」
 リオンの呟きともとれる問いに答えたのは将吾だ。短く、そしてさほど感情のこもっていない声で彼はそう答えたのだ。
「改造……人間……?」
 全く聞いたことのない言葉にリオンが将吾の顔を見る。
「元々はこいつもただの人間だった……それに魔法技術を駆使して蜘蛛の特性を加えたもの……それが改造人間だ」
 そう言った将吾の顔は何処か悲しげであり、愁いを帯びていた。それが何故なのかはリオンにはわからない。わかるはずもない。
「俺も……こいつの同類だがな」
 小さく、本当に小さく呟かれた彼の言葉はリオンの耳に届くことはなかった。

仮面ライダーマギウス
Episode.V The name of "MAGIUS"

 時は少し遡る。
 場所は神聖ブリガンダイン王国の王都ブリガニアにあるラジェンドラ城。この国の中枢であり、この国を統べる王の居城であるだけにその佇まいは威風堂々としたものであった。
 その城に空から近付くものがあった。夜の闇に紛れ、大きく広げた翼も音を立てないように慎重にはためかせながら、それは城の最も高い塔の上に降り立つ。その姿はさながら蝙蝠。蝙蝠に人間を掛け合わせればこの様な姿になるのだろう。
「将軍、この国の城に到着致しました。次なる指示をお与えください」
 蝙蝠人間が何もない虚空に向かってそう呼びかけると、蝙蝠人間の目の前に約三十センチ程の人の姿が映し出された。魔法による立体映像だ。
『我らの目的はこの世界の全てを支配することだ。その為にまずはこの国を我らの支配下におく。貴様の役目はこの国の王を我らの操り人形とすることだ』
 少々不鮮明な立体映像の人物が蝙蝠人間にそう言い放つ。
「お任せください、将軍。我がバッドウィルスがあればどの様な人間とて簡単に操れます」
『うむ。しかし、この世界にも奴が現れた。今蜘蛛が奴の相手をしているが、もしも蜘蛛が敗れた場合、奴は必ず貴様の前に現れるだろう。その時は如何なる手段を持ってしても奴を殺せ』
「わかっております、将軍。全てお任せあれ」
 蝙蝠人間のその返答を聞き、将軍と呼ばれた立体映像の人物は満足げに頷いた。そしてその姿が消える。後に残ったのは何もない空間だけだ。
 立体映像が消えた後、蝙蝠人間は再びその翼を広げ、空へと舞い上がった。そこから広いテラスの上に舞い降りると、そっと中を伺い見た。広く長い廊下には誰の姿もない。それを確認した蝙蝠人間がニヤリとほくそ笑み、それから闇の中へと消えていった。

 ラジェンドラ城の広い通路を二人の衛兵がランタン片手に歩いている。夜の見回りの真っ最中なのだが、暢気なことに欠伸をしながらだ。何と言ってもここ数年大きな戦争も王家に対する反乱もなく、外向的にもさしたる問題もない。たまにゴブリンなどの亜人が出没したりもするが、その多くがこの王都ではなく地方貴族の領地などで、この王都は至って平和そのものである。衛兵達の気が多少なりと抜けていたとしても、ある意味仕方のないことなのかも知れない。
「それにしても暇だな〜」
 城内の見回りを終え、詰め所へと戻る道すがら衛兵の一人がそう呟いた。
「何かこう……腕の見せ所ってのが欲しい気分だな」
 そう言いながら剣を振り回す振りをする。それを見たもう一人の衛兵が苦笑を浮かべた。
「何言ってるんだよ。お前の剣の腕じゃゴブリン一匹と互角ぐらいだろ」
「むう……俺だってその気になればこの剣一本でお姫様を悪い奴から救い出し、いずれは自分の王国をだな」
「はいはい、英雄ものの小説の読み過ぎだよ、お前は」
 そんな話をしながら歩いている二人の頭上、天井から蝙蝠人間がぶら下がり、じっと二人が通り過ぎるのを見つめていた。二人が通り過ぎると蝙蝠人間は音も立てずに天井を離れ、二人の真後ろに降り立つ。そして素早く衛兵の肩を掴んで自分の方に引き寄せるとその首筋に、口に生えている長く鋭い牙を突き立てた。
「それでだなー……」
 機嫌良く喋っていた方の衛兵が相棒の返事がないことに気付き、彼の方を振り返ってみるといきなりそちらから蝙蝠人間が襲い掛かってきた。
「う、うわぁっ!?」
 驚きの声をあげながら何とか抵抗しようとする衛兵だが、あっと言う間に蝙蝠人間に押さえつけられ、その首筋に牙を突き立てられてしまう。その衛兵がぐったりとなるのを見てから蝙蝠人間は首筋に突き立てた首を抜いた。すると衛兵は身体中の力を無くしてしまったかのようにその場に崩れ落ちる。
「ギギギ……さぁ、立つのだ」
 蝙蝠人間がそう言うと、のろのろと衛兵達が立ち上がった。その顔に生気はなく、目も白目を剥いている。まるで死人のようだ。
「国王のところに案内しろ」
 そう命令すると、衛兵達は無言のまま頷き、そして歩き出す。それを見て蝙蝠人間は満足げに頷いた。しかし、どうしてこの衛兵達が見るからに化け物然としている蝙蝠人間に驚きもせず、その命令に従うのだろうか。
 実は先程蝙蝠人間が衛兵の首筋に突き立てた牙にはバッドウィルスという細菌が仕込まれていたのだ。その細菌を注入されてしまった人間は自らの意思を失い、まるでネクロマンサーに操られる死人のように蝙蝠人間の意のままに操られてしまう。もしも蝙蝠人間が死ねと言えば躊躇することなく自らの命を絶つ。それほどまでに強制力の強い、恐るべき細菌なのだ。
 二人の衛兵は蝙蝠人間に言われるがまま、国王の寝室へと蝙蝠人間を案内していく。
 国王の寝室の近くまでやって来た蝙蝠人間は寝室の前に別の衛兵が立っているのを見ると、すぐさま自分が操る二人の衛兵を彼らに向かわせた。何も知らない彼らはこの場に現れた二人を訝しげに思いつつも、それでも同僚である為か気軽に声をかける。
「おい、どうした?」
「交替の時間じゃ……ないよなぁ?」
 口々にそう言う衛兵に蝙蝠人間に操られている方の衛兵が何も言わずに飛びかかっていく。あまりにもそれが突然だったので二人の衛兵はろくに抵抗も出来ないまま、打ち倒されてしまった。
「ギギギ……よくやった。お前達はここで待っていろ」
 不気味な笑い声を上げつつ、蝙蝠人間はそう言うと国王の寝室のドアに手をかけ、大きく開け放った。そして、ずかずかと無遠慮に中に入っていく。
「何者だ?」
 部屋の奥の方にある豪奢なベッドからそんな声が聞こえてくる。しかし、それでも蝙蝠人間は足を止めようとはしなかった。それどころか、声の主を確かめようとどんどんベッドの方に近寄っていく。
「もう一度問う。何者だ? ここがこの神聖ブリガンダイン王国国王ジョアン十二世の寝室と知って入ってきたのであろうな?」
「ギギギ……そうか、お前がこの国の国王か」
 天蓋付きの豪華絢爛そのもののベッドの側までやって来た蝙蝠人間がその上で上半身を起こしている人物に向かってニタリと笑い、そう声をかけた。そこから更にベッドに近寄り、国王と名乗った人物の顔を見ようとする。
 ベッドの上にいたのは普段は如何にも温和なのであろう、ふくよかな顔の中年男だった。今はその顔が突然現れた蝙蝠人間を見て驚愕のあまりに目が見開かれている。
「ギギギ……国王、貴様に我ら”デスボロス”の支配下に入る栄誉を与えてやろう」
「何っ!?」
「驚くことはない、それにすぐに終わる」
 蝙蝠人間はそう言うと国王、ジョアン十二世の側へと歩み寄る。その口に生えている牙からバッドウィルスを注入しようとしているのだ。このウィルスさえ注入してしまえば国王と言えども蝙蝠人間の傀儡になってしまい、それは実質蝙蝠人間がこの国の支配者となることに変わりない。もっともそんなことを国王は知る由もないが。
 自分に迫ってくる不気味な蝙蝠人間を前に、国王は身動き一つとれないでいた。何と言っても目の前にいる相手は不気味且つ奇怪極まりない蝙蝠の化け物。あまりもの恐怖に彼は動けなくなってしまっていたのだ。
 そんな国王に向かって蝙蝠人間は手を伸ばし、その顔を鷲掴むとベッドに押しつけた。それからゆっくりとその牙を首筋に突き立てようとするが、その寸前でバッと大きく後方へと飛び退いた。直後、蝙蝠人間の頭のあったところを白刃が通り過ぎていく。後少しでも飛び退くのが遅ければ蝙蝠人間の頭は真っ二つに割られてしまっていたであろう。
「陛下、ご無事ですか!?」
 そう言いながら国王の前、蝙蝠人間に立ちはだかったのは一人の若い騎士だった。軽装の鎧を身につけ、その手には一目で業物だとわかる長剣を手に、その騎士は蝙蝠人間と対峙する。
「おお、ライル! よく来てくれた!」
 自身の目の前に立つ騎士を見て国王が喜びの声をあげる。
 この騎士の名はライル=ヴェルホード=サンドリュージュ。その家名からもわかる通り、リュシアンの息子であり、リオンとルインの兄。この神聖ブリガンダイン王国の近衛騎士団の副団長を若くして務めるエリート騎士だ。
「ギギギ……邪魔をするな、若造」
「黙れ、不逞の輩が何を言うか」
 不気味な蝙蝠人間を前にしてもライルは少しもたじろがない。それどころか、蝙蝠人間の一挙一動を見逃さないよう、しっかり相手を見据えている。余程肝が座っているのか。
「ならば貴様も我が傀儡にしてくれる!」
 そう言って蝙蝠人間がライルに飛びかかろうとするが、それよりも早くライルが前へと踏みだし、その手に持った剣を突き出していた。鍛え抜かれたその剣先が吸い込まれるように蝙蝠人間の胸へと突き進んでいく。
「くっ!」
 何とか身を捩ってライルの一撃をかわす蝙蝠人間だったが、少し間に合わなかったらしく浅くその脇腹を切り裂かれている。そこから流れ出すどす黒い血を慌てて片手で押さえ、蝙蝠人間は後退った。
「ギギギ……人間の分際でよくも! この傷の借り、必ず返してやる!!」
 悔しそうにそう言うと蝙蝠人間は近くにあった窓へと駆け寄り、そこを突き破って外へと飛び出していった。
 それを見たライルが破られた窓に駆け寄るが、既に蝙蝠人間は遙か上空へと飛び去ってしまっていた。闇夜に消えていくその姿を見て、ライルが少しだけ悔しそうに舌打ちをする。
「……陛下、お怪我は?」
 とりあえず蝙蝠人間が逃げていってしまったのでこれ以上はどうすることも出来ないと判断したライルは、国王の方を振り返った。少し呆然としていた国王だったが、彼に声をかけられたことで我に返ったようだ。満足げな笑みを浮かべて、大きく頷いてみせる。
「うむ、ライルのお陰で事なきを得た。流石は近衛騎士団副団長だな。しかしながらよくぞ余の危機に気付いたな?」
「城内巡視の衛兵が詰め所に戻ってこなかったので何かあったのかと私が探しておりました。陛下の危難に間に合ってよかったです」
 そう言ってライルは片膝をついて臣下の礼をとる。
「これより逃げたあの不逞の輩の追跡、捜索を致したく存じ上げます。陛下におかれましては寝所を別のところへと移された方がよろしいかと」
「うむ、わかった。あの不気味な怪人のことはお主に任せよう。それとその忠告、ありがたく受け取っておく」
 国王が鷹揚に頷くのを見て、ライルは立ち上がった。国王に向かって一礼してから寝室を出ると、そこで立ち尽くしている衛兵二人と彼らに倒され衛兵を交互に見やる。
 ライルは少し思案した末に倒れている衛兵の側にしゃがみ込んだ。そして二人を起こすようにその頬を乱暴に張り飛ばす。二人が意識を取り出したのを見て、国王を別の寝室へと案内するよう命じて、自らは立ち尽くしている二人の衛兵を引っ張るようにして詰め所へと戻っていった。
「この二人を牢に放り込んでおけ!」
 詰め所にいた衛兵に連れてきた二人を手渡し、ライルはすぐさま同じ詰め所にいた近衛騎士団の仲間に声をかける。
「フレッド、緊急事態だ。陛下の寝室に賊が入った。すぐに他の連中を叩き起こしてくれ」
 フレッドと呼ばれた若い騎士は読んでいた本から目を離し、ライルを見上げてから小さく頷いた。すっと立ち上がり詰め所を出ていこうとして、不意に足を止めてライルの方を振り返る。
「陛下は無事なんだよな?」
「当たり前だ」
「OK、それを聞いて安心した。団長を呼んでくるからその間にライルはお姫様が無事かどうか様子を見て来いよ」
「な、何を!?」
 フレッドにそう言われてライルは思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「こ、こんな時間に姫様の寝室になど入れる訳がないだろう!」
 慌ててそう言い返すが、その時になってフレッドの顔が笑っているのに気付き、ライルは自分が彼にからかわれたのだと言うことを知った。
「フレッド! お前!」
「ははは、そう怒るなよ、副団長殿。とにかく団長のところには俺が行ってくるから、お前さんはその間に衛兵共を叩き起こして、城内の見回りを強化させておいてくれ。もしかしたら賊がまだいるかも知れないからな」
 ライルが少なからずムッとした表情を浮かべているのを見て、フレッドは苦笑しながらそう言い、逃げるように詰め所を後にする。苦虫を噛み潰したような顔をして出ていったフレッドを見送っていたライルだが、すぐさま表情を変えて振り返ると後ろに控えている衛兵達を見た。
「聞いての通りだ。悪いが非番及び休息中の衛兵を全て集めてくれ。一旦集合したらすぐに城内をくまなく巡回して欲しい。もしも賊を発見したら陛下や姫に危害が及ばないようにしてくれればいい。下手に手を出すな」
 衛兵達にそう命じた後、ライルは詰め所を出た。それから腰に吊してある剣を鞘から引き抜く。その刀身にはどす黒い血がまだこびりついていた。あの蝙蝠人間の血だ。
(……あの怪物は一体何だ……人間の言葉を喋っていたが、姿は蝙蝠……亜人か魔獣か……)
 だが、何にせよあの怪物は王に危害を加えようとしたことに違いはない。その正体は不明ながらも、何としても捕らえ、その目的と背後に一体何者が潜んでいるのかを聞き出さなければならないのだ。
 しかし、それでもやはり気になるのはあの怪物の姿だ。蝙蝠を人間にしたようなあの不気味な姿の怪物、いや怪人と言うべきか。背に翼を持つ亜人の話ならば聞いたことがあるが、少なくてもこの世界にあのような怪人が存在しているなどと言う話は聞いたことがない。
 ならば邪悪な魔法使いが生み出した魔獣なのだろうか。だが、そう言った魔獣が人間の言葉を喋れる程の知性を持っているとは、とてもではないが信じられない。おそらく宮廷魔法使いであるカストゥルモール公爵に聞いても同じ事を言うだろう。あまり高い知性を魔獣に持たせると制御出来なくなるからだ。
(奴は一体……)
 結局今の段階では結論のつけようがない。全てはあの怪人を捕らえてからだと考え直し、ライルは剣を鞘に収めるのだった。

 神聖ブリガンダイン王国近衛騎士団団長ルスラン=ハルハーゲンは如何にも不機嫌そうな表情をその顔に浮かべ、勢揃いした近衛騎士達の前に立っていた。ぐっすりと寝ていたところを叩き起こされたのだからそれは不機嫌にもなろうと言うものだが、それ以上に彼が不機嫌なのは謎の賊に国王の寝室にまであっさりと侵入されたと聞いたからだ。
 一体この城の警備はどうなっているのか。国王に怪我などがなかったから良かったものの、もしも国王の身に何かあれば、その影響は一体何処まで広がるのかわかったものではない。周辺諸国や有力貴族も黙ってはいないだろう。
「わかっているな! 我らの役目は国王陛下の御寝室に侵入した賊を一刻も早く捕らえることにある! そしてその賊が何の目的があって侵入したか、手引きしたものがいたのか、背後にいるのは何者か、その全てを白状させる為にも必ず生きて捕獲しろ!」
 苛立ちを隠そうともしないでルスランは部下である近衛騎士団の団員達に向かって言い放つ。
「ライルによると賊は手傷を負っているらしい! そう遠くへは逃げられんはずだ! 城下の街をくまなく探せ! 必ず何処かに潜伏しているはずだ! 仲間がいるかも知れんが必要なのは一人でいい! 抵抗するなら斬っても構わん!」
 彼の命令を受け、近衛騎士達が馬に乗ってラジェンドラ城を飛び出していった。その場にいた全ての騎士達が城を後にしてから、そこに今までいなかったライルが姿を見せる。
「遅いぞ、ライル!」
「申し訳ありません、団長。城内の見回りをしておりまして」
 ルスランの一喝にライルは素直に頭を下げる。
 ライル自身は謎の賊、蝙蝠人間が城の外へと飛び去っていくところをその目で見たのだが、それからのごたごたの間にまた舞い戻っているかも知れないと思い、念のために集まってきた衛兵達を連れて広いラジェンドラ城内を再び見回っていたのだ。そのお陰で近衛騎士団の集合に遅れてしまったのだが、それを理由に言い訳などはしない。近衛騎士の役割は城の警備ではなく王族の警護、城内の見回りなどは彼ら近衛騎士団にとっては範囲外の仕事なのだ。
「……わかった。ではお前も他の連中を追って城下に走れ。お前の剣で賊は傷を負っているであろうから、その血の跡を探せば自ずとそ奴の潜伏先もわかるだろう」
「わかりました。では」
 そう言ってライルはルスランに向かって一礼し、自分の馬の繋がれている厩舎へと向かう。
 そんな彼の背を見送りながらルスランは小さく舌打ちした。
 彼の行動は理解出来ないものではない。確かに一度逃げたように見せかけて、賊が再び城内に戻ってくることは充分に考えられることだからだ。しかし、どうして彼が自分自身で衛兵達の指揮を執り、城内の捜索をやったのか。城内警護はあくまで衛兵の仕事の領分であり、近衛騎士団の仕事ではない。城内の捜索など衛兵共にやらせておけば充分だったはずだ。それがわからない程ライルという男は愚かではない。にも関わらずそれをやったと言うことは、何か彼自身に考えあってのことだろうが、それを上司である自分に何も言わないと言うのが気に入らなかった。
 更に賊を自らの剣で傷つけたというのに賊の姿については一切の報告がなかった。おまけに賊に手傷を負わせたと言うこと自体、本人からの報告ではなく、詰め所に残っていた衛兵がライルから預かった伝言という形で聞かされた話だ。
(一体何を考えている、あの若造?)
 ライルの王家に対する忠誠心は本物だろう。そうでなければ近衛騎士団の副団長になど任命しない。しかし、自分に対する忠誠心は低そうだ。何と言ってもライルの父、リュシアンは先代の近衛騎士団の団長を勤めた男。その息子である自分が団長になるのが当然と考え、現時点で団長を勤めているルスランを疎ましく思っているのかも知れない。
(あのような若造に……そうそう思い通りにはさせん!)
 そう思い、ルスランはギリッと歯を噛み締めるのだった。

 ラジェンドラ城の城下、王都ブリガニア。
 この地に神聖ブリガンダイン王国の王都が出来て既に数百年が経つ。その間に人口の増加などで都市区画は拡張され、今やその規模は王都建設時の数倍に膨れあがってしまっていた。初めは充分に計画された上で建設されたこの都市だが、度重なる拡張の為、その末端は都市計画などまるで関係なく無造作に広げられ、もはや迷路のようになってしまっている。
 そのようなところを近衛騎士団に所属する騎士達が馬に乗り、駆け抜けていく。元より数に限りのある近衛騎士団だ。彼らだけでこの広い王都をくまなく捜索出来る訳がない。更に言えば相手は姿もわからない謎の賊一人だ。そんな者をこの夜中に、広い王都の中から探し出すのはほぼ不可能だろう。しかし、だからと言って任務を放り出すようなものは一人もいない。
 何と言っても彼らは王族の警護を担当する近衛騎士団だ。その彼らがいたにも関わらず賊に国王の寝室に侵入されたとあっては、他に示しがつかない。それ故に彼らは独力で賊を捕縛しようと必死になっているのだ。
「フレッド!」
 ようやく城下町にたどり着いたライルは他の騎士達に指示を飛ばしている同僚の元へと馬を寄せる。
「状況を教えてくれ」
「あんまり芳しくないな。夜ってのもあるし、相手を見た奴がお前だけ、姿もわからない奴を見つけるのはなかなかに難しいことだぜ」
 軽い口調でフレッドはそう言い、肩を竦めてみせた。
「一応三人一組で探させてるんだがな。こりゃ朝までかかっても見つからないかもな」
「俺たちが動いていることはもう王都警備隊にも知られているだろう。朝になればあいつらも出張ってくる。出来ればそれまでに見つけたい」
「いや、だからな」
「……フレッド、敵はただの賊じゃない。亜人、もしくは魔獣の類だ。そうそう隠れる場所がある訳じゃない」
 少し躊躇った後、ライルがそう言ったので、フレッドは驚きの表情を露わにする。彼のもたらした情報はまさしく初耳だったからだ。
「お前……何でそれをもっと早くに言わないんだよ!」
「済まない、余計な警戒をさせたくなかったんだ」
 口を尖らせるフレッドに素直にライルは謝ると、乗っている馬の鞍に取り付けてある袋の中から地図をとりだした。それを広げ、フレッドにも見えるようにする。
「奴は陛下の寝室からこっちの方向に向かって飛んでいった。さほど深手を負っているとは思えないが、それでも出血していたから血の跡があるはずだ」
「わかった。地面をよく見ながら探せって事だな。しかし……よりによってスラムの方か」
 ライルが地図上で示したのはこの広い王都の端に位置する貧民街、いわゆるスラム地区だった。それを見てフレッドが眉を細める。
 度重なる街の拡張、それに追いやられるようにこの街に住む貧民層は街の端へと追いやられていき、何時しか入り組んだ迷路のようなスラム街をそこに形成していったのだ。この王都ブリガニアの闇の部分を背負ったこのスラム街、犯罪者も多く潜んでいるこの様な場所に逃げ込まれたならば見つけだすのは難しいだろう。何と言ってもこの地に済んでいる住民達は王家に対する忠誠心など皆無、この街を守る王都警備隊などに対しても非協力的なのだから。
「とりあえず今街に散っている連中を集めてスラムを重点的に捜索するか」
「俺は先にスラムに行く。そっちは任せた」
 フレッドがそう言うのを聞いてライルは持っていた地図を彼に押しつけると、すぐさま馬を走らせ始めた。あっと言う間に闇の中へと消えていくライルを見送った後、フレッドが小さくため息をつく。
「全く……そう言うのは副団長であるお前の仕事だろう……」
 そう呟きながらもフレッドは押しつけられた地図を畳み出す。果たしてこの広い王都のあちこちに散った仲間達をどうやって呼び集めるかを考えながら。

 一人先行してスラム街に入ったライルはランタンを手に地面を照らしながらゆっくりと移動していた。あの蝙蝠のような怪人、亜人なのか魔獣なのか未だ不明だが、手傷を負わせたのは確かだ。決して深手ではないが、それでもすぐに直るような浅い傷ではない。必ず何処かに身を潜め、傷の手当てをしているはず。そして、そこに至る途上には必ず血の跡があるはずだ。その痕跡を見逃さないよう、注意しながら進んでいく。
 しかしながら、ここはスラム。詳細な都市計画に乗らず、無秩序に広げられたこの地区のそれぞれの道は狭く、更に迷路のように入り組んでいる。勿論街灯などと言うものは設置されておらず、夜の闇は深い。手にしたランタンだけでは限界というものがある。
(せめて魔法の使えるものを連れてくるべきだったか)
 近衛騎士団の団員の中には魔法の使える者も大勢いる。事実、現在街中に散らばっている近衛騎士団は通常の騎士二人に魔法の使える騎士一人という編成で走り回っているのだ。これは相手が魔法を使える者である場合を想定してのことで、そもそも近衛騎士団の団員は常にその三人一組で行動するのが基本となっている。二人の騎士が接近戦を挑み、残るもう一人の魔法騎士が後ろから攻撃魔法を使う。または魔法騎士が呪文を詠唱している間、二人の騎士がその護衛をするという具合に。そう言う意味からも今のライルのように一人きりで行動するのは原則禁止されているのだ。
 それに魔法の使える者が一人でもいれば、ライトの魔法を使って貰い、ランタンよりも広範囲を照らし出して貰えたのだ。それを考えると、いささか先走った行動をしてしまったとライルは後悔してしまう。しかし、もうここまでやって来てしまったのだ。無い物ねだりをしても仕方ないと諦め、彼は暗い路地を進んでいく。
 しばらく進んだ後、ライルはようやく目当てのものを発見した。地面に落ちた血の跡だ。馬から下り、しゃがみ込んでそれを確認すると彼は注意深く周囲を見回しつつ、腰から剣を抜いた。この近くにあの蝙蝠の怪人が潜んでいるのはほぼ確実だろう。もしかしたら仲間がいるかも知れない。どこから襲い掛かってこられても対応出来るよう、周囲に気を配りつつライルは歩き出した。
 地面を確認しながらなのでかなりゆっくり目にしか進めない。おまけに周囲は恐ろしい程の闇。足下を照らすランタンの光だけでは、とてもではないが心許ないものだ。それでもライルは進んでいく。よりにもよって自分が当番の日に国王の寝室に賊に入られた。王族の警備を担当する近衛騎士にとってこれほどの屈辱はない。その悔しさと屈辱を拭い去るには何としてもあの賊を捕らえなければならないのだ。その思いが今の彼を突き動かしている。その先に何が待っているかも知らずに。

 どれだけの時間歩き回っていたのだろうか、地面に一定の間隔で続いている血の跡を追っていたライルは何時しか小さな広場のような場所へと出てきてしまっていた。その広場の中央付近に一際大きな血の跡があり、それはライルが歩いてきた方へと続いている。どうやら彼は血の跡を逆に追ってきたらしい。国王の寝室から空を飛んで逃げた賊はここに降り立ち、そしてライルが歩いてきた方へと向かって逃げていったのだ。
(しまった、逆か!)
 小さく舌打ちし、ライルが自分の歩いてきた方へと戻ろうと振り返った時であった。周囲にあったボロ小屋のような家屋の戸が開き、中から次々とその住人らしき人影が表へと出てくる。彼らは一様にゆらゆらと頼りなさそうな足つきで外に出てくると、一定の距離を保ってライルを包囲した。
(何だ、こいつらは……?)
 自分を取り囲んだスラムの住人達。彼らは貴族や騎士達に対してあまりいい感情を持っていない。だからと言って、表だって貴族に反抗したりはしない。反抗するだけの力を持たないからだ。にも関わらず、今、彼らはライルの行く手を遮るように彼を取り囲んでいる。おまけに今はまだ深夜と言ってもいい時間帯だ。特に騒がしくした訳でもないのに、どうして彼らはこんな時間に起きだしてきたのか。
「……私は近衛騎士団のライル=ヴェルホード=サンドリュージュだ。この辺りに賊が逃げ込んだのでそれを探している。何か知っていることがあれば教えて貰いたい」
 そう言いながらライルは自分を包囲しているスラムの住人達の顔をランタンで照らし出した。もしかしたらこの中に国王に危害を加えようとした例の賊が混じっているかもしれないと思ったからだ。しかし、彼の期待は裏切られ、そしてそれ以上の驚きが彼を襲う。ランタンの光に照らし出されたスラムの住人達は、皆一様に白目を剥き、死人のように生気のない顔をしていたからだ。
「これは……!」
 彼らの顔を見てライルが思い出したのは、国王の寝室の前でぼんやりと立ち尽くしていた二人の衛兵のことだ。あの二人は寝室の前で立ち番をしていた別の衛兵を殴り倒し、そのまま何故かそこでじっと立ち尽くしていた。その様子は明らかにおかしく、その後ライルが詰め所に戻るように言ってもまるで聞かず、無理矢理引っ張っていかなければならなかった程。まるで魂を抜かれた人形のようになっていたのだ。
(……あの蝙蝠のような化け物……何やら怪しげな妖術を使うようだな……!)
 おそらくあの蝙蝠のような怪人はその妖術を持って二人の衛兵を操り、国王の寝室にまで案内させたに違いない。そして今、その衛兵達と同じようにスラムの住人を操り、追跡の手から逃れようとしているのだろう。
「そうはさせんぞ!」
 きっと蝙蝠の怪人は近くで様子を窺っているに違いない。そう思ったライルは自分の真正面にいる男を突き飛ばすようにして歩き出した。
 と、その時だった。今まで白目を剥いていたスラムの住人達の目が赤く妖しい光を帯び、いきなりライルに襲い掛かってきた。
「むっ!!」
 掴みかかってくる手をかわし、ライルは素早く近くにあった小屋を背にする。周囲を完全に囲まれるのを防ぐ為だ。剣の腕には多少なりと自信のある彼だが、流石に三百六十度全てを囲まれてしまうとどうしようもない。特に背中を晒してしまうのは危険だ。それがわかっているから彼は小屋を背にしたのだ。これならば正面と左右だけを気にしていれば何とかなる。
 片手にランタンを持ち、もう片方の手で剣を構えるライル。自分を取り押さえようとでも言うのか、次々と伸びてくるその手を剣の峰で打ち払いながら素早く周囲に目を走らせる。必ず何処かに彼らを操っている蝙蝠の怪人がいるはずだ。それを見つけ、倒せば彼らも正気に戻るだろう。そう思って、出来るだけスラムの住人を傷つけないようにしているのだ。
「ギギギ……そうやって無駄な努力を続けるのだな、人間!」
 ライルが必死にスラムの住人達が伸ばす手を剣の腹で打ち払っていると、不意に人を不愉快にさせる不気味な笑い声と共にそんな声が聞こえてきた。チラリとだけ視線を声の聞こえてきた方に向けると、近くの小屋の屋根の上に蝙蝠人間が四つん這いになった状態でじっとこちらを見つめているのが見えた。
「小奴らは既に我ら”デスボロス”の手先と化した! 人間、お前は愚かにもこの私を倒せば小奴らが助かるとでも思っているのだろうが、それは無駄だ!」
「何っ!?」
「小奴らに注入したバッドウィルスはこの世界では治療不能! 小奴らは死ぬまで我が下僕となるのだ!」
 そう言って蝙蝠人間は立ち上がると、大きくその翼を広げた。まるで自らの力を顕示するのかのように。
 その、あまりにも禍々しいその姿にライルは顔を顰める。それから彼は素早く剣を繰り出し、彼の身体を取り押さえようとしていた男の胸をあっさりと貫いた。
「むうっ! 貴様!?」
 蝙蝠人間はライルが躊躇することなくスラムの住人を刺すとは思っていなかったのだろう。彼の予想外の行動に思わず声をあげてしまう。
「……貴様のような化け物に操られるよりはここで死なせてやる方がこいつにとっても幸せだろう」
 そう言ってライルは今し方自らの剣で貫いた男の身体を蹴り飛ばした。その勢いで抜けた血塗れの剣を改めて構え直す。今度は剣の腹で手を打ち払うような真似はしない。あの蝙蝠の化け物に操られているスラムの住人を皆殺しにする覚悟を決めたように壮絶な笑みを彼は浮かべていた。
「見誤ったな、化け物め。私は近衛騎士だ。守るべきは王家に連なる者であって、このスラムの人間ではない」
 はっきりとそう言い切ったライルに蝙蝠人間は悔しげに歯を噛み締める。彼にはこの辺りの住人を人質にすることは出来なさそうだ。その気になれば本当にこの辺りの住人を皆殺しにするだろう。特にバッドウィルスによって操られている者ならば、容赦はすまい。
「ギギギ……だがこの数を全て斬り捨てておっては時間がかかるだろう……ならばその間に……」
 蝙蝠人間がそう言って立ち上がり、両腕の翼を広げた。闇夜の空へと飛び立とうとしたのだが、その背に炎の玉が直撃する。
「ぐわっ!」
 既に少し宙に浮いていた為、屋根の上に落下して倒れる蝙蝠人間。だが、すぐに身を起こすと後ろを振り返った。一体何処の何者が自分に炎の玉をぶち当てたのかを確認する為だ。
「どうやら間に合ったようだな」
 聞こえてきたその声にライルが少し驚いたような表情を浮かべる。そんな彼の前に、彼の目の前に立っていた男を頭から真っ二つにしながら一人の騎士がやってきた。
「どうしてここがわかった?」
「わかるに決まってるだろ、これだけ人が集まってりゃ。絶対にお前が何かやらかしたってな」
 笑みを浮かべながらそう言ったのは、ライルがスラムに入る前に別れたフレッドだった。彼はライルと別れた後、すぐさま近衛騎士達を呼び集め、スラムの捜索を即座に始めたのだ。そしてこの広場に向かうスラムの住人達を見つけてその後を追い、ライルと蝙蝠人間の姿を見つけたらしい。
「別に俺が何かした訳じゃないぞ。やったのは屋根の上にいる奴だ」
「まぁ、どっちでもいいさ。とりあえず……あいつだな?」
 自分が何かをしてスラムの住人がこの場に集まってきたと言われて思わず反論するライルを全く取り合わずフレッドは屋根の上にいる蝙蝠人間を見上げる。
「ああ、奴だ」
 短くそう答えるライルにフレッドは頷いてみせ、剣を持っていない方の腕を上げた。するとスラムのあちこちに隠れていたらしい近衛騎士達が姿を現し、一斉に蝙蝠人間が屋根の上に立っている小屋に向かって走り出す。途中、彼らの邪魔をしようとするスラムの住人は問答無用で斬り捨てながら、だ。
 先程ライルも言っていた通り、彼ら近衛騎士が守るべきはこの神聖ブリガンダイン王国の王家に連なる者であってスラムの住人ではない。それに彼らからすればスラムの住人などとるに足らない存在であり、害虫以下の存在として認識されている。だからこうも容赦なく、良心の呵責すらなく次々と斬り捨てているのだ。
 次々と近衛騎士達に斬り倒されていくスラムの住人達。まだ数の上ではスラムの住人の方が多いが、彼らは所詮戦闘などしたこともない素人、戦闘のプロである近衛騎士に敵う訳もない。このままではそう遠くない内にこの場に集められたスラムの住人は全滅してしまうだろう。
(……このままではまずいな……仕方ない、奥の手を使うか……)
 蝙蝠人間は再び立ち上がると、大きく翼を広げた。
「逃げる気か!? 魔法騎士! 奴を逃がすな!」
 蝙蝠人間の動きをそれとなく見ていたフレッドがいち早くそれに気づき、すかさず近衛騎士団中の魔法使いに声をかける。その声にあわせて魔法使い達が蝙蝠人間に向かってそれぞれが得意な魔法を放とうと詠唱を開始した。
 だが、魔法使い達の詠唱が終わるよりも先に蝙蝠人間は大きく口を開き、その口を地面にいる全ての者へと向けた。次の瞬間、その場にいた誰もが苦しげな表情をして自らの耳を手で押さえ、その場に踞ってしまう。誰一人として何が起こったのかわからない。わからないまま、スラムの住人達は意識を失い、近衛騎士達も次々と倒れていく。
「また……妖術か! 小癪な!」
 ライルは自らの身に何か異変が起こっていることを知りつつも、それに必死で耐え、素早く腰のベルトから一本のダガーを取り出した。そしてそれをすぐさま蝙蝠人間に向かって投げつける。
 蝙蝠人間はライルが自分に向かってダガーを投げたのを見ると、口を閉じて大きくジャンプした。ダガーをかわすと、そのまま闇の空へと消えていく。
「くっ……逃がしたか……」
 月すらない闇の空の彼方へと消えた蝙蝠人間に、ライルは悔しげな声を漏らす。
「フレッド、無事な連中を集めて奴を追うぞ」
「わかった」
 どうにか意識を失わずに済んでいたフレッドにライルは呼びかけると、周囲にいる近衛騎士達にも同じように声をかけていく。
 まだまだ長い夜は終わりそうに無さそうだ。

 一方その頃、王都ブリガニアから遠く離れたサンドリュージュ領にあるサンドリュージュ家の屋敷では突如動きを止めた蜘蛛ゴブリン達の後始末が行われていた。陣頭指揮を執っているのは勿論リオンであり、実行しているのは彼が連れてきた王都警備隊の隊員達、少し離れたところでルインと将吾がその様子をじっと見ていた。
「本当にこれで大丈夫なんですか?」
「ああ、多分な」
 ルインの質問にぶっきらぼうに答える将吾。二人から少し離れたところでは王都警備隊の隊員が立ち尽くしている蜘蛛ゴブリンを押し倒し、その頭部にある蜘蛛に剣を突き立てている。剣を突き刺された蜘蛛はそこから不気味な色の体液を噴き出し、そしてしゅうしゅうと煙を上げながら溶けていく。その様子は少し前に将吾に、仮面ライダーによって倒された蜘蛛人間の最後と同じだった。
「多分って……」
「こいつらを操っていた奴はもう死んだんだ。操る奴がいないからこいつらも動けない」
 少し不服そうな口調のルインにやはりぶっきらぼうにそう答え、将吾は歩き出した。部下に指示を出しているリオンの側にまで歩み寄ると、何事か声をかける。それに頷いたリオンが更なる指示を部下に出し、部下達は頭部を失ったゴブリン達の死体を一カ所に集め出した。
「隊長!」
「おお、持ってきたか」
 部下の一人が何か壷のようなものを持ってリオンの側に駆け寄っていく。あの壷の中に一体何が入っているのか興味を覚えたルインが兄の側に歩み寄った。
「兄さん、それは?」
「油だ。これでこのゴブリン共の死体を燃やす。頭がないから大丈夫だとは思うがアンデッドと化して復活されても厄介だからな」
 リオンに替わって何故か将吾がそう答えた。その言葉に少し驚いたようにルインは彼を見る。その視線に気付いた将吾が眉を寄せながらルインを見下ろした。
「どうした、何か変な事言ったか?」
「いえ……ちょっと気になったことがあっただけです」
「そう言われると余計に気になるんだが」
 そう言って将吾は苦笑を浮かべる。
 そんなところに一人のメイドが駆け寄ってきた。
「ショーゴ様、大旦那様がお呼びです。来て頂けますか?」
「わかった」
 油をかけられ、燃やされ始めたゴブリン達の死体に背を向け、将吾はメイドについて歩き出す。それを見たルインも何故か彼を追いかけるように歩き出した。
 メイドに案内されて将吾が向かった先は夕食を御馳走になった広間だった。長机の一番向こうにリュシアンが座っており、ほぼ中央にはシャルルの姿がある。リュシアンは少し疲れた顔をしており、シャルルは如何にも不機嫌ですとでも言いたげな表情を浮かべていた。
「待たせたか?」
「いや、来て貰うよう頼んだのは私の方だ。気にして貰わなくてもよい」
 将吾の言葉にそう返し、リュシアンは彼に座るよう促す。
 シャルルは相変わらずの将吾の口調に不満を持ったように彼を睨み付けてきたが、当のリュシアンが何も言わないのでそれ以上は何もしなかった。そんな彼女に気付きながらも将吾は一切彼女を無視して椅子に腰を下ろす。
「父上、私も同席しても構いませんか?」
「うむ、別に構わないだろう、ショーゴ殿?」
 ドアのところでちょっと躊躇うように立っていたルインが父に許可を求めると、リュシアンはさっと将吾の方を見てそう尋ねた。無言で頷く将吾を見て、リュシアンもまた頷いた。それを見てルインは安心したように中に入って来、そして自分の席に着く。
「さて……」
 ルインが椅子に座ったのを見てからリュシアンがじっと将吾を見据えて口を開いた。
「色々と聞かせて貰いたいのだが、よろしいかな?」
「ああ。そろそろ頃合いだろう。何から話せばいい?」
 リュシアンの問いに、あくまで不遜な態度のまま将吾は答える。
 それを見たシャルルが、流石に我慢の限界が来たのか、文句を言おうと立ち上がりかけるが、リュシアンはそれを軽く手で制した。彼女からすれば伯爵であり、この家の当主であるリュシアンに全く敬意を払おうとはしない将吾の態度が許せないのだろう。しかしながらリュシアン自身はそのようなことを気にするタイプではなかった。シャルルの気持ちもわからないでもないが、今は彼女の怒りを炸裂させて話の流れを途切れさせたくはない。
「……そうじゃな。では、まずは君のことから聞かせて貰おうか。一体君は何者だ?」
 そう言ったリュシアンの目が鋭く細められる。将吾が嘘を言ってもすぐにわかるぞ、とでも言わんばかりだ。
「俺は……仮面ライダーだ」
 将吾のその返事を聞いて、小さくルインがため息をついた。彼がそう言うのを前にも聞いたことがあったからだ。
「ふむ……で、その”カメンライダー”とは?」
「仮面ライダーは仮面ライダーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
 再びため息をつくルイン。これも彼が前に言ったことと同じだったからだ。
(確か……前に聞いた時はあの後に”巨大な悪に立ち向かう孤独なヒーロー”って言ってたっけ)
 そんなことを思い出しながらルインはチラリと将吾の顔を見る。この部屋に入ってきた時と彼の表情は変わらない。無表情と言う訳でもないが、それほど彼は大きく表情を変えることはない。何度か見せて貰った笑顔はかなり良かったと思うのだが。
 などとルインが考えていると、いきなりバンッとテーブルを叩く音が聞こえてきた。その音に驚いたようにルインがびくりと身体を震わせると、続けて彼の正面に座っていたシャルルが椅子を蹴立てて立ち上がる。
「あんた、馬鹿にするのもいい加減にしなさいよっ!」
 将吾の振る舞い、それにその口調にもはや限界だったのだろう、シャルルが思い切り怒鳴る。
「何が”カメンライダー”よ! そんなこと聞いてるんじゃないでしょっ! ちゃんと答えなさいよっ! 大体ねぇ、あんた態度がえらそうなのよっ! リュシアンのおじさまが何も言わないのいいことに、何よ、その態度はっ! おじさまは伯爵なのよっ! あんたみたいな何処の誰かもわからない唐変木とは違うのよっ! 少しは敬いなさいっ!」
 一気にそう捲したてるシャルルだが、将吾は何処吹く風とばかりに受け流してしまう。全く気にしている様子はない。それを見たシャルルのボルテージが更に上がっていく。
「あんたねぇ、人の話をちゃんと聞きなさいよっ! 無視してんじゃないわよっ!」
「……よくもまぁ、そんなに大きい声で怒鳴れるものだ」
 シャルルの怒りをよそに将吾はぼそりとそう呟いた。当の彼女はまだ怒鳴り続けているのでその呟きには気付かなかったみたいだったが、ルインは彼の声の中に少し感心したような感じが含まれていたことに気付く。
「シャルル、少し落ち着こうよ」
 とりあえず彼女を宥めないことには話が進まないと思ったルインが、未だいきりたっているシャルルに声をかける。将吾もリュシアンも彼女のを止める気が無さそうだったから仕方なくだ。
「何言ってるのよ、ルイン! 大体ルインもルインよ! 何でこんな奴をここに連れてきたの!? こんな無礼な奴、あの森においてきたって何の問題もなかったじゃない!」
「そ、そう言う訳にはいかないよ。ショーゴさんは僕たちを助けてくれたんだ。命の恩人に対して何も返さないのはサンドリュージュ家として」
 シャルルの怒りの矛先が自分に向けられ、慌ててそう言い返すルイン。だが、普段からシャルルには弱い彼だ。このままだと言い負かされてしまいそうだったので、リュシアンが助け船を出した。
「シャルル嬢、ルインの言う通りだ。彼はルインの命の恩人。当家に来て我らがもてなすのは当然のことだ。それに君も彼には助けられておるのだろう?」
「そ、それはまぁ……確かにそうだけど……」
 リュシアンの落ち着いた声に、流石のシャルルもばつの悪そうな顔になる。確かに彼女もルインと共に将吾に命を助けられているのだ。そこを言われると何も言えなくなってしまう。
「とりあえず座りたまえ。それにまだショーゴ殿の話も終わってない」
「は、はい……」
 正直まだ文句を言い足りない様子のシャルルだったが、サンドリュージュ家当主であるリュシアンには逆らえないみたいで、渋々ながら椅子に腰を下ろした。それを見てホッと息をつくルイン。もう一人の当事者である将吾をチラリと見ると、口元に苦笑を浮かべていた。
「ではショーゴ殿、続きを頼む」
「ああ。さっきも言ったが仮面ライダーは仮面ライダー、それだけだ。単なる名称だな。あの姿の時、俺はそう名乗っている」
 リュシアンに促され、再び口を開く将吾。
「ふむ。ではその”カメンライダー”とは一体何なのかね?」
「巨大な悪に立ち向かう孤独なヒーロー……でしたよね?」
 父の質問に割り込むようにしてルインが答え、それから確認するように将吾の方を見る。すると将吾はコクリと頷いた。
「ヒーロー?」
 訝しげな顔をして首を傾げたのはシャルルだ。彼女だけでなくリュシアンも訝しげな顔をしていることから、この世界には「ヒーロー」という言葉が存在しないのだろう。それはルインに話した時にも同じ様な反応をしたことから伺えた。
「英雄、でしたっけ?」
「そんなにいいものかどうかは俺にもわからないがな。あえて言うならそれだろう」
 再び確認するように自分を見てくるルインにそう答え、将吾は小さくため息をついた。彼自身、自分がそんな大それたものではないと思っている。自分は英雄などと呼ばれていい存在ではないとさえ思っているのだ。
「一応先に言っておくが、俺は”仮面ライダー”ではあるが”英雄”なんかじゃない。そこはきっちり覚えておいてくれ」
「言っている意味がよくわからないんだけど?」
 そう言ってシャルルがまた将吾を睨み付ける。
「わからなくてもいいさ。ただ、英雄と呼ばれるに相応しい存在じゃないが俺はあえてそう名乗っている、それだけのことだ」
「と言うことは、英雄と呼ばれている仮面ライダーも存在するって事ですか?」
「かも知れないな。生憎俺は会ったことはないが」
 続いて質問してきたルインにそう答え、将吾はまたため息をついた。この調子だと何時までも話が進みそうにない気がしてきたからだ。
「……”カメンライダー”についてはもういいだろう。次はあの化け物について聞かせて貰いたい」
 リュシアンも将吾と同じ気持ちだったようだ。苦笑を浮かべつつ、話を変えてきた。
「あいつについて詳しいことは俺も知らない。だからわかる範囲で話させてもらうが構わないか?」
「ああ、それで構わない」
「あいつは元々はただの人間だったはずだ。そこに魔法技術を駆使して蜘蛛の特性を組み込んで誕生した改造人間だ」
「ちょ、ちょっと待って!」
 将吾のその言葉に一番の驚きを見せたのはシャルルだった。何と言っても彼女の父は宮廷魔法使い、更に彼女の一番上の姉は王立の魔法アカデミーで研究員をしている。更に母親もかつては優秀な魔法使いであったし、下の姉も治癒魔法の使い手としてかなり名を馳せている。そのような家庭に育った彼女もまた魔法についてはかなりの知識を持っているのだが、魔法を使って人間と蜘蛛を合成することが出来るなどとは聞いたことがなかった。
「そ、そんなこと不可能よ! 出来るわけないじゃない!」
「しかし、実際にあの化け物は実在した。シャルル嬢も見ただろう?」
 再び声を荒げるシャルルだが、リュシアンにそう言われて黙り込むしかなかった。あの怪物は夢ではない。実際に存在したのだ。それは間違いのないことだった。
 父も母も、そして二人の姉も極めて優秀な魔法使い。そんな家族に囲まれて育ったシャルルにとって魔法とは正しく使うものであり、あのような不気味極まりない化け物を生み出す為に使っていいものではない。少なくても彼女自身はそう思っていたのだ。
「この世界の魔法についてまだ詳しいことは知らないが、あれはこの世界の魔法技術でやった事じゃない。別の世界の魔法技術による代物だ」
 何処か青くなっているシャルルをよそに、将吾は極めて冷静に言う。それを聞いて再び驚きの表情を浮かべるシャルル。今度は彼女だけではない。リュシアンも彼女と同じく驚きの表情を露わにしていた。
「別の世界の魔法技術……?」
「ショーゴ殿、君はまさか別の世界から来たとでも言うのか?」
 腰を浮かさんばかりに驚いている二人をよそにルインだけがやけに冷静に将吾の顔を見つめていた。彼は将吾をこの屋敷へと案内する道中でその話を当の将吾としており、既に確信を得ているのだ。
「ああ、そうだ。俺はこの世界とは違う、別の世界から来た」
 未だ驚きの表情を浮かべたままの二人を冷静に見据えながら将吾ははっきりとそう言う。別に隠すようなことでもないからだ。
「……ではあの怪物も別の世界から来たと言うのか!?」
 リュシアンの問いに将吾は無言で頷く。
「ならばもう一つ聞かせて貰いたい。あの怪物は”デスボロス”とか名乗っていたが、奴らは一つの世界を滅ぼして来たと言っていた。それは……?」
「……俺が前にいた世界のことだろう。俺はそことは更に別の世界から召還され、そして奴らに改造されてあの力を得た」
 そう言って少し遠い目をする将吾。何かを思い出しているのだろう。それはおそらく、彼が守りきれなかった世界のことか、もしくはその世界での友人のことなのか。
 だがすぐにそれを振り払うかのように将吾は首を大きく左右に振り、それからリュシアンの方に向き直った。
「俺の持っている力は基本的に奴らと同質のものだ。もっとも改造された俺を助けてくれた連中から魔道というものを教えて貰って、それを駆使して奴らと戦っていたんだが……それでも奴らを止められなかった。結果、あの世界は奴らの手によって滅ぼされ、俺は」
 そこで一旦言葉を切り、将吾はギュッと固く拳を握りしめる。脳裏に浮かぶのは彼をこの世界に送り出す為に命を懸けてくれた仲間達の顔。自分たちの世界を滅ぼしたデスボロスの更なる野望を挫く為、その思いを全て将吾に託した戦友達の顔。
「……奴らを倒す為にこの世界に送られたんだ……あの世界の連中に……」
 悔しそうに、絞り出すようにそう言う将吾の姿を見て誰も何も言えなかった。
 守る力がありながらそれでも守りきれなかった。更に多くの犠牲の上に彼は新たな世界へと、デスボロスと言う謎の組織を追うべく送り出されたのだ。まだ生き残りがいたに違いない。そんな彼らを見捨てるようにして将吾はこの世界へと送り出されたのだ。悔しくない訳がない。そして、その彼の気持ちをリュシアンやルイン、シャルルも、それぞれ程度は違うものの理解出来た。だからこそ、かける言葉を見つけられなかったのだ。
「……今度は……奴らの思う通りにはさせない」
 呟くようにそう言った将吾にリュシアンは彼の覚悟を見たような気がした。この世界を前に彼がいた世界のようにはしたくないのだろう。そこには彼の身体を改造し、そして前に彼がいた世界を滅ぼしたデスボロスと言う組織への復讐心もあるのだろうが、本来この世界の住人ではない彼が、この世界の為に命を懸けようとしている。命懸けでこの世界を守ろうと考えてくれている。そんな彼にリュシアンは好意を抱いた。
「うむ。我々も微力ながら協力……いや、違うな。この世界を守るのはこの世界の住人たる我々だ。ショーゴ殿には是非とも手を貸して頂きたい」
 そう言ってリュシアンは将吾に向かって深々と頭を下げた。
 それを見て、シャルルが驚きのあまり唖然としてしまっている。かつてはエリート中のエリートである近衛騎士団の団長を勤め、伯爵位まで持つリュシアンが、異世界から来たと言う、何処の馬の骨とも知れない不遜な男に頭を下げている。その光景が信じられなかったからだ。
「ああ、勿論そのつもりだ」
 将吾が大きく頷くのを見て、リュシアンは笑みを浮かべた。
「伝説の通りですね、これ」
「ん?」
 いきなりルインがそんなことを言ったので、リュシアンが彼の方を見る。するとルインはニコニコしながらまた口を開いた。
「ほら、父上も知っているでしょう。この世界に大いなる闇が襲い掛かる時、遙かなる彼方より伝説の英雄が現れ、その闇を打ち払うって言う」
「おお、言われてみればそうだな。大いなる闇がデスボロスとか言う奴で遙かなる彼方が別世界、そこからやってきたショーゴ殿こそ伝説の英雄と言うところか」
 愛すべき息子にそう言われて、リュシアンは豪快に笑う。
「ならばその伝説に乗っ取ってショーゴ殿のことは”マギウス”と呼ばねばならんな」
「”マギウス”?」
 聞き覚えのない名称にルインが首を傾げた。この世界に伝わる神話や伝説の類は昔、体が弱かった頃に色々と読んでいたが、そんな名前は一度も見かけたことがなかった。単に覚えていないだけのことなのかも知れなかったが。
「うむ。遙かなる彼方より現れし伝説の英雄の名前だ。ショーゴ殿の場合、その姿を変えた後の名を加えて”仮面ライダーマギウス”とでも呼ぶべきかな?」
「やめてくれ」
 何やらやたら楽しそうなリュシアンに、少し呆れたような口調で将吾が言う。
 と、そこに鎧や兜などを身に纏い、完全装備となったリオンが入ってきた。
「父上、これより俺は部下を率いて王都へと戻ります!」
「随分と急だな。朝になってからではいかんのか?」
 開口一番、例によって響き渡るような大声でそう言ったリオンにリュシアンは眉を寄せる。まだ時間は深夜、今からこの屋敷を出て王都に向かうには少々危険ではないかと思ったからだ。このサンドリュージュ領から王都までの街道は整備されているが、そこに街灯などは勿論ない。ランタンなどで道を照らしながら馬を走らせることは不可能ではないが、あえてそれをやるような奴はそうはいないだろう。
「あの蜘蛛の化け物が仲間が王宮に侵入していると言っていたんだ。まぁ、兄貴がいるから大丈夫だとは思うが、相手がまたあんな化け物だとしたら流石にな。だから俺も大急ぎで戻ることにした」
「だが、お前の部下は先ほどまでの戦闘で傷を負っている者もいるだろう。彼らにそのような無茶をさせてどうする」
「怪我人はおいていく。先に行くのは俺と無事な奴らだけだ。怪我をした連中は治り次第王都に戻るように言ってあるから安心してくれ。それじゃ行ってくる!」
 それだけ言ってリオンが広間を後にした。この広間に来る前から、既に王都へと戻ることを決めていたのだろう。だからこそこの場に完全装備で現れたのだろうし、それにあの様子だとこの場に来たのは許可を貰う為ではなく単なる報告の為のようであった。それはそうだろう。彼は王都警備隊の一つの部隊を任されている、きちんとした大人だ。いちいち自分の行動に親の許可など貰う必要はない。
「全く……相変わらず猪突猛進だな、リオンは。一度決めたら梃子でも動かん。一体誰に似たのやら」
 出ていったリオンを見てリュシアンは苦笑を浮かべる。
 そんな彼を見て、将吾が立ち上がった。
「どうされた、ショーゴ殿?」
「俺も王都とやらに向かう。あいつらと一緒なら道に迷うこともないだろう」
 そう言って広間から出ていこうとする将吾にルインが慌てた様子で声をかけた。
「ま、待ってください、ショーゴさん! 夜に馬を走らせるのは危険です! リオン兄さんやその部下の人達はともかく、ショーゴさんはそれほど馬には乗り慣れていないでしょう! 余計に危険ですよ!」
「そうね、ルインの言う通りだわ。それなりに乗馬経験のある私達だって夜中に馬を走らせるのは難しいし怖いもの。あんたみたいな素人じゃ無理よ」
 ルインに続けて、彼をフォローするように口を開いたのはシャルルだ。
「私達の言うことを無視してリオンお兄さまについていったとしてもすぐにおいていかれて、そして道に迷うのが精々だわ」
 そう言うシャルルの顔には少しだけ心配しているような、少し複雑な表情が浮かんでいる。正直なところ、態度の悪い将吾のことなど放っておきたいのだが、根の優しい彼女はどうしても心配してしまうのだ。その辺りで表情が複雑なものとなってしまっているのだろう。
「俺のことなら心配……」
 ない、と続けようとして将吾は不意に激しい睡魔に襲われた。思わずよろけてしまい、長机に手をついてしまう。しかし、それでも身体を支えることは出来ず、彼は床に倒れてしまった。
「しょ、ショーゴさんっ!」
「ちょ、ちょっと! 何よ!?」
 倒れたままの状態で将吾は耳に飛び込んでくるルインとシャルルの慌てたような声を聞きながら、その意識を手放すのであった。

Episode Over.
To be continued next Episode.

 
Next Episode Preview.
蝙蝠人間に操られた人々と対峙する騎士達。
そこでライルは非情の決断を迫られることになる。
そして将吾はルインと共に銀の閃光を駆り王都へと急ぐのであった……。
次回、Episode.W Desperate fight at dark night

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