am_ss.htmlっ

<〜AM_SS01〜>




☆…前書き…☆

 なるべくネタバレを避けてはいますが、微妙に本編と絡ませていますので、
特にシャーリーと出会ったことのない方は、ご注意下さい。

☆..Another Memories..☆..Another Memories..☆..Another Memories..☆

              『約束の意味』

 ある事件をきっかけとして、ジェナスは魔族ハンターを目指して魔導学院へ
入学、勉学に励んでいる。だが、試験での成績はそれなりに良いにも関わらず、
なぜか彼は優秀で真面目な生徒とは見られていない。交友関係に問題ありとの
噂もあるが、日頃の行いが悪いからだ…とは、腐れ縁の友人であるベスタ氏の
談である。

 夏休みも残りわずかとなったある日、彼は魔導探究会の会長であり、不本意
ながら先輩でもあるミックに学院へ呼び出されていた。おそらくは、いつもの
魔法実験だろうと察しは付いていたが『もし来なかったら、お前の恥ずかしい
写真をばらまくぞ!』と脅されていたので、仕方なく足を運んだのだった。

「先輩!…ミック先輩! どこにいるんです?」
 不機嫌そうに彼の名を叫びながら、ジェナスはゆっくりとあたりを見回す。
そして、他の場所へ移動しようとした矢先、ぞくっ…と背後に魔物の気配を感
じた彼は、振り向きざまに魔法剣を振り下ろす。

「のわぁ! ばかジェナス、わたしを殺す気か!!」
 剣が空を切ったことに舌打ちしたジェナスは、体勢を立て直そうとするが、
目の前でひっくり返りながら抗議の声をあげるミックに気がつき、慌てて剣を
引くのだった。

「先輩! おどかさないで下さいよ」
「それはこっちの台詞だ! そもそも、なんでそんな物騒なものを持ち歩いて
るんだ? しかも、学院の備品を勝手に持ち出しおって」
「いや…万が一ってこともありますし。けど、備品の持出しについては、人の
ことを言えないんじゃないですか?」
 めずらしく真面目な突っ込みを入れるミックだったが、日頃の行いを良く知
るジェナスは、不敵な笑みを浮かべながら、すかさず切り返す。

「なーはっはっはーっ…そんな小さい過去は忘れた。だが、このわたしを魔物
扱いした罪は重いぞ、ジェナス!」
「本当にすいません。いやぁ『化け物』を『魔物』と間違えてしまうなんて、
俺もまだまだ修行が足りませんね。はははははっ…」
 そう言いつつ、笑ってごまかそうとするジェナスだったが、全然ごまかせて
いないことは、誰よりも彼自身が良くわかっていた。ゆっくりと3歩ほど後ず
さった彼は、振り向きざまに全力疾走。

「逃がさんぞ、ジェナスっ。お前はわたしの偉大な魔法の体現者となるのだ!
呪文詠唱…と見せかけて、でやぁ!」
 器用に呪文を完成させた彼は、たくみなフェイントで標的の隙を付き、避け
られないことを覚悟したジェナスは、シェルを張り、抵抗を試みる。だが…

「ジェナス君!」
 彼の名を叫ぶ声に顔を上げると、クラスメートでもあるシャーリーが心配そ
うに彼を見ていた。だが次の瞬間、彼女の顔は引きつった表情になり、次第に
冷や汗が浮かぶ。前方不注意、ジェナスは急に止まれない。

「うわぁぁぁっ」
「きゃ…きゃあ!」
 そして2人はもつれ合うように倒れ込み、間を置かずミックの放った魔法が
彼らを襲う。

「げっ…」
 予期せぬ事態に、ミックは少しばかりの動揺を見せたが、彼らに近付いて、
ほっと胸をなでおろす。シャーリーの方は特に外傷もなく、気を失っているだ
けに見えたからだ。一方、ジェナスにも特に外傷はなく、同じく気を失ってい
るだけだった…5歳ほど若返っていること以外は。

「なーはっはっはぁー! 本当に成功するとは、さすがの私も思わなかった。
起きろジェナス、この感動を分けてやるぞ!」
 そう叫びながら、彼を激しく揺さぶるミック。そしてジェナスは、寝ぼけた
ような声をあげながら、ゆっくりと目を開く。

「ううん…?」
「見よジェナス、お前の姿を!」
 彼がずずいっと差し出した鏡に写る人物を見て、ジェナスはどこかで会った
ような、会っていないような…と、考えを巡らせる。だが、それが『鏡』であ
ることを自覚した彼は、瞬時に状況を理解、ミックにつかみかかる。

「ど…どう言うことなんですか! ミック先輩ーっ!!」
「どうもこうもあるか。人類の憧れ、若返りの術だ。もっとも、身体を縮めて、
そう見せかけているだけだが、な」
 たとえ、見せかけだとしても、この術を歓迎する人は大勢いることだろう。
それがすごいことなのは、彼にも理解できる。しかし、若さ溢れるジェナスに
歓迎されるはずもない。

「…今すぐ、戻して下さい」
「そう焦るな。こんな体験は、滅多に出来るもんじゃないぞ」
「結構です」
「うむ…結構気に入ってくれたようで、何よりだ」
「誰が気に入っているんですかーっ!! 大体、先輩はいつも…」
 ここぞとばかりに、日頃の分も込めて、文句を山ほど言おうとしたジェナス
だったが、後ろで倒れたままのシャーリーのことを思い出し、慌てて声をかける。

「シャーリー、大丈夫か? おい、シャーリーっ!?」
「心配するな。術は、ばっちりお前さんにかかっとるし、おそらく彼女は気を
失っているだけだろう」
「本当でしょうね?」
「わたしが嘘を付いたことがあるか?」
「ええ、いつも山のように」
「…くすん。ちょこっとだけなのに、ジェナスのいけず」
 容赦ない反撃にミックは少しすねてみるが、問答無用で黙殺されるのだった。
今回ばかりは、彼女のことがあって付き合いが悪いようだ。そして、ジェナス
が心配そうに彼女を見守る中、シャーリーがようやく目を覚ます。

「ん…」
「シャーリー! 良かった…気が付いたんだね」
 彼女の声に安堵の息を漏らしたジェナスは、優しく彼女を抱き起こし、少し
申し訳なさそうに笑顔を向ける。だが、

「きゃ…きゃあ!」
 彼女は、間近に迫った彼の顔に気がつくと、大きな悲鳴をあげながら、彼を
突き飛ばして後ずさる。そして、震えながら身体を抱きしめ、怯えるように、

「あ…あなた達はいったい誰な…の?」
 と、かすれるような声で、そう呟くのだった。その表情に嘘はなく、まるで
見知らぬ男性に怯える少女そのものだった。ひっくり返っていたジェナスは、
彼女の言葉を聞いて、不気味なほどゆっくりと起き上がり、手を震わせながら
魔法剣を持ち上げる。

「まっ…待て、ちょっと待て! 今回だけはわたしが悪かった! 何とかする、
きっとするから、ちょっと待て!」
「出来なかったら、本当に怒りますよ…?」
 殺意すら感じる冷たい瞳で、ミックに詰め寄るジェナス。もし、これが彼女
ではなく、ベスタだったらどうだっただろう…と、ミックは内心思いはしたが、
今はそれどころではない。

「とりあえず…自分の名はわかるかね?」
 どこまで記憶を(一時的であったとしても)失っているかを確認するために、
彼は彼女にそう問いかけるが、シャーリーは小さく首を横に振るだけだった。

(こいつは重傷だ…)
 正直そう思いはしたが、より瞳が鋭さを増すジェナスの手前、それは咳払い
でごまかし、とりあえずの打開策を模索する。

「教えて下さい…あなた達は誰なの?」
「うむむっ…わかった、真実を話そう。落ち着いて聞いて欲しい、キミの名は
確か…シャーリー・テンプルトン。君が突き飛ばした彼はジェナス、そして、
わたしの名はミック・スチュワード、偉大なる魔導探究会の会長を務めている」
「…ジェナス…くん?」
「あぁ、そうだよシャーリー! 思い出したのかい?」
「…あっ、ごめんなさい」
 彼の名に反応はしたものの、静かに首を振る彼女は、申し訳なさそうに謝罪
する。そして、それを確認したミックは一見、真剣そうな表情で真実を告げる。

「驚くと思うが…実は、ジェナスとキミは双児の姉弟なのだ」
「私とジェナス君が姉弟…!?」
「ちょ、ちょっと待っ…」
 真実から多少ずれた宣告に、当然ジェナスは抗議の声をあげるが、ミックは
すかさず彼の口を塞ぎ、抑え込む。何とか抵抗を試みるが、体格差もあって、
彼には抜け出すことが出来ない。

「あの…もっと詳しく教えて下さい」
「うむ。わたし達は、偉大な魔法の実験中だった。だが、残念なことに実験は
失敗、弟さんはこんな姿に…そして、弟思いのキミは、弟さんが忘れた弁当を
届けに来たところ、不幸な偶然で巻き込まれてしまった…と、そう言うわけだ」
「そんな…」
 さすがに信じられないと言った表情のシャーリーだったが、ミックはハンカ
チで涙を拭く真似をすることで、真実味を演出する。

「だが、わたしがきっとキミ達を元に戻して見せよう。しばらく時間をくれ!
ジェナス、後は頼んだぞ!」
 そして、瞳をきらん☆と光らせた彼は、脇で呆然としているジェナスを放り
投げて、逃げるように去って行く…いや、逃げたのかもしれない。

 その場に残された2人は、座り込んだまま、しばしお互いを見つめながら、
戸惑いの表情を浮かべていた。特にジェナスは、日頃どことなく彼女に避けら
れていると感じていたため、どう接していいのか判断に苦しんでいた。

 そして、シャーリーは『姉』と言う立場に背中を押されてか、何とか沈黙の
打破を試みる。

「あ…あの、はじめまして。私、シャーリー…って名前らしいの」
「いや、どういたしまして、さようなら…じゃない、俺の本当の名はジェナス、
ジェナス・ルークレイド。こちらこそよろしく」
「本当の名…?」
「あっ、いやその…小さい頃、俺の名はジェナスだったのに、なぜか今の名も
ジェナスなわけだから…あっ、そうか! 昔の通り名がそんな名前だっけ」
 状況的にどちらが苦しい立場にあるかは、意見の分かれるところだろうが、
動揺がより激しいのはジェナスのようだ。しかし、彼の慌てる姿が、逆に彼女
の冷静さを取り戻すのだった。

「ふふ…ジェナス君、落ち着いて。きっと大丈夫、ミックさんが私達を治して
くれるわ。それまで、私が側にいてあげるから安心して」
「ありがと…シャーリー」
 優しく微笑む彼女へ、素直に感謝の言葉を口にするジェナス。だが、年下の
弟扱いされつつあることを自覚した彼は、首を激しく振って深呼吸。魔法剣を
しっかりと握りしめ、勢い良く立ち上がる…はずだったが、剣の重さに負けて
よろけてしまう。

「あっ…私が持ってあげるね」
「うん、ありがとシャーリーさん」
 身体を支えられ、彼よりは楽に剣を持ち上げる彼女へ、ジェナスは無邪気な
笑顔を返す。だが次の瞬間、その発言に激しい目眩を覚えて膝を付くのだった。

「だ…大丈夫っ、ジェナス君!?」
「あぁ、何ともないから、ちょっとだけ待っててくれる?」
「え…ええ」
 彼女は、真っ青な顔を見せるジェナスを心配そうに見つめるが、彼の言葉を
信じて、静かに待つことにする。

(…どこかで、似たような境遇に陥る、推理小説を読んだ覚えがあるな…確か、
その主人公は子供になりきっていたが…)
(それじゃ俺も…いや、そんなことをしたら、俺のなけなしのプライドが……
俺は青年ジェナス、青春を謳歌中のナイスガイ…)

「よしっ!」
 そう叫んで気合いを入れ直したジェナスは、何とか本来の自分を取り戻し、
彼女から剣を返してもらうことにする。

「やっぱり剣は俺が持つよ。もし何かあったとき、俺がシャーリーを守らなく
ちゃいけないからね」
「大丈夫…?」
「あぁ、まかせてよ」
「それじゃ…がんばってね、かわいいナイトさん」
 小さく笑いながら声援を送る彼女の『かわいい』発言に、ジェナスは絶望感
で押し潰されそうになるが、いつもとは違う彼女の笑顔に、気恥ずかしさと、
少しばかりの違和感を覚えるのだった。

「別に…嫌われているわけじゃ、ないのかな?」
「えっ、どうして…?」
「何となく、俺のことを避けていたみたいだから…」
「私が、ジェナス君のことを…」
「あっ、今のシャーリーに、こんな話をしても混乱させるだけだよね。ごめん、
今言ったことは、忘れて」
「でも…」
 彼女が、少し困った表情を見せていることに気がついたジェナスは、慌てて
話題を打ち切ろうとするが、彼女はそのことが気になるらしく、そのまま考え
込んでしまう。そして、しばしの時間を置いて、控えめな声で彼女は答える。

「避けていたのかは…わからないけれど、ジェナス君のことは大切な人だって、
そう思っていた気がするの…ごめんなさい、それなのに思い出せなくて」 
「そんなの気にしなくていいよ。別に、シャーリーが悪いわけじゃないんだし。
俺も付き合うからさ、焦らずに行こうよ」
「うん…」
 彼の励ましに、彼女は鼓動の高まりを感じ、不思議なほどに心が満たされて
行くのを感じていた。

(私はジェナス君を知っている…)
 そして、彼と同じ時間を共有して来たことを、胸の中で再確認した彼女は、
その場に座り込み、彼と目線の高さを合わせて、彼の瞳をじっと見つめる。

「ど…どうかしたの、シャーリー?」
 あまりに真剣な瞳で見つめて来る彼女に、ジェナスは頬を微かに紅潮させ、
照れ隠しに目を逸らしてしまう。それに気が付いた彼女は、一瞬だけ寂しそう
な表情を浮かべるが、すぐに笑顔へ戻す。

「ごめんなさい…ジェナス君のこと、もっと知りたくて」
 記憶の鍵が彼にあることは確信が持てた…だが、胸の今はまだ小さい痛みが
解読不能な警告を発していることに、不安が募るのだった。そしてジェナスは、
居場所を見失った、頼りない彼女の左手をしっかりと握りしめる。

「ジェナス君…?」
「それじゃ、俺にもシャーリーのことを教えてよ」
 少し意外な彼の言葉に、彼女は驚きと戸惑いの表情を見せるが、ジェナスは
優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼女の手を引いて歩き出す。

「あ…けど、私は記憶が…」
「わかってるよ。だから、今のシャーリーのことを教えてくれる?」
「今の、私のこと…」
「そう。感じていることや、聞きたいこと…やりたいこととかを聞かせてよ。
俺達、姉弟…なんだから、遠慮はいらないぜ」
 先の嘘を肯定するようで、心苦しいものを感じはしたが、ジェナスは彼女の
不安を少しでも取り除けたら…と言う気持ちを、優先させるのだった。

「うん…ありがとう、ジェナス君」
 結ばれたその手から伝わる彼のぬくもりに、ほどよい心地良さを感じながら、
彼の想いを察した彼女は、うつむきながら小さく答える。そして、にっこりと
微笑んだ彼女は、

「瞳の色が違う姉弟がいても、いいよね」
 …と、さりげなく言葉を追加する。それを聞いたジェナスは、冷や汗を流し
ながら苦笑するしかない。しかし、今度は、優しく微笑む彼女に手を引かれる
ことで、彼はその意味を感じ取るのだった。

「…今日はよろしく、シャーリー姉さん」
「ええ、こちらこそ。弟のジェナス君」
 もはや通用しなくなった嘘を、受け入れてくれたことを理解したジェナスは、
すこぶる真面目な顔で挨拶、彼女もそれに応える。そして、お互いの顔を見合
わせて、小さな笑い声を微風に乗せて響かせるのだった…。

☆..Another Memories..☆..Another Memories..☆..Another Memories..☆

 あれから少しして、二人は学園裏にある森の中にいた。ジェナスが、彼女と
初めて出会った場所が森であったことから、一緒に歩いていれば、記憶の断片
でも思いだせるかもしれない…と言う期待があったからだ。なお、戻って来る
かもしれないミックに対しては、『しばらくしたら戻ります』と言うメモを、
残しておいたので問題ない。

「シャーリー、随分奥まで来たけど、どこまで行くんだい?」
「微かにだけど…もう少し先に、とても気に入っていた場所があったと思うの。
何だか、そこへ行ってみたくて…ごめんね、ジェナス君」
「…何で、そこで謝るかなぁ。弟はお姉様に引っ張り回されるのが宿命らしい
から、どこへでもお付き合いさせて頂きますよ」
「ありがとう、ジェナス君…けれど、それだと弟さんは損な役回りばかりで、
おもしろくないよね」
 彼にそうは言われても、どこか申し訳なさを感じずにはいられない彼女は、
遠慮がちに尋ねてみることにする。そしてジェナスは、少しばかり考えを巡ら
せた後、深い溜め息をついてから答える。

「いや…そんなことはないと思うぜ。きっと姉さんに可愛がられつつ、親にも
甘やかされて、おいしい生活を送るんだよ。くぅーっ、羨まし過ぎる!…って、
これは俺のひがみかな?」
「…だと思う」
 ジェナスの、妄想とも言える想像に、彼女は困った顔をしつつも微笑んで、
正直な感想を述べる。だが、彼は素直にそれを受け入れる。

「やっぱりそうかーっ! けど、今だけは…シャーリー姉さんに可愛いがって
もらえると、弟気分を満喫できて嬉しいかも」
「もうっ…ジェナス君ったら。ほんと、おもしろい人なんだか変な人なんだか、
全然わからないわ」
「出来れば、前者のおもしろい人を希望」
「んー…それなら逆に、私のことをどう見ているのか聞かせてもらってから、
決めさせてもらおう…かな」
 彼の調子に、シャーリーは少し呆れた表情を浮かべて、彼にそう問いかける。
しかし、そこには楽しそうな笑みが見え隠れしており、内心は彼が次に発する
言葉を楽しみにしていた。ところが…

「森の妖精」
「えっ…」
 …と、彼はどこか遠くを見つめながら意外な答えを返すのだった。一転して、
真面目な顔になった彼の言葉と表情に、彼女は心の湖に大きな波紋が広がるの
を感じていた。

「…シャーリーと最初に出会ったとき、俺は本当にそう思ったんだ。まるで、
自然の中に溶け込んだ、妖精のように見えたから…」
「そんな…こと。けど、そう言ってもらえて嬉しいわ…ほんとよ」
「てっきり、笑われるかと思ったけど、喜んでもらえて俺も嬉しいよ。でも、
そうなると…人間だとわかった瞬間、変な人だと思ってしまったことは、内緒
にしておいた方が良さそうだね」

 照れくさそうな笑顔を見せる彼女に、同じく笑顔を返したジェナスは、楽し
い気分に乗せられて、その続きを口に…した途端、彼女の表情が凍り付く。

「へ…変な人…」
「おわっ、俺は何を口走っているんだ!?」
「もういいの…ジェナス君の本音はもうわかったから…」
「ご…誤解だよ、シャーリー!」
 彼の弁解もむなしく、彼女はぷいっと顔を背けて歩き出す。だが、その足取
りは軽く、表情はわからないが、少なくとも怒っているようには見えなかった。

 それから少しばかり歩いて、いつしか彼の気配が感じられなくなったことに
気がついた彼女は、不安そうな瞳でそっと後ろを振り返る。しかし、彼の姿は
どこにもなく、途端に彼女の表情に陰りが見える。

「ジェナス君…怒らせちゃったのかな…」
 きっと彼は追いかけて来てくれると信じていた自分が恥ずかしく、胸が少し
痛んだ。そして、これからのことを考えて軽く溜め息をついた彼女は、力なく
ゆっくりと顔を上げるのだったが…

「そろそろ、お許し頂けますか、お姉様?」
 …と、いたずら好きな少年を思わせる瞳で、ジェナスは笑顔で問いかける。

「もう…知らないっ」
 寂しさを滲ませた顔は次第に赤く染まり、とても彼を直視できない彼女は、
そう言って再び歩き出す。しかし、今度は彼との距離に注意して、地を踏みし
める音や、息遣いにも神経を集中させる。だが、彼女はすぐにその必要がない
ことを知る。彼が、彼女と並んで歩くことを選んだからだ。

(ありがとう…ジェナス君)
「ん…?」
 そんな彼を横目で見つめながら、微かに響く声で、そっと呟くシャーリー。
それを聞き逃さなかったジェナスは、首を傾げながらその声に反応するが、

「ううん…何でもないの」
 …と、彼女はそれを胸の中だけにおさめることにした。より熱さを増す頬と、
『離れたくない』と言う想いが、心の湖を激しく乱し始めていることを、彼に
悟られたくなかったからだ。

 それから少し歩いて、前方の風景に感じるものを見つけた彼女は、目的地が
近いことを知り、彼にそのことを指で示した後、元気よく走り出す。そして、
ジェナスも彼女の後を追うように走り出すのだった…。

              ☆ ★ ☆ ★ ☆

 シャーリーが彼を案内した場所は、比較的緩やかな川に沿って広がる自然の
花園だった。彼女は、記憶を手繰るようにその風景を眺め、ジェナスは初めて
見るそれに、感嘆の息を漏らす。

「へぇ…こいつはすごいな」
「あの、私…すごく花が好きだったと思うの…お花さん達の儚なそうに見えて、
しっかりと大地に根を張っている姿が、何だか羨ましくて。そして、私もがん
ばらなきゃって、励まされるの…こんなこと思うのって、変かな?」
「いや、そんなことはないよ。俺にも、少しだけど、その気持ちがわかるし。
まぁ、小さい頃は、花畑を踏み荒らして叱られるようなガキだったけどね」

「ふふ…ジェナス君って、いたずらっ子だったんだ」
「まぁね」
 どこか、懐かしむような瞳で優しく微笑む彼女に、ジェナスは照れた表情で
そう答えるのだった。そして、日の光を眩しく反射させる、澄んだ川にゆっく
りと近付いた彼は、あることに気がついて足を止める。

「………」
「ジェナス君…?」
 そして、立ち止まった彼を不思議に感じた彼女はゆっくりと側により、彼と
同じものを見て絶句する。川沿いの花達が、容赦なく踏み折られていたからだ。

「ひどいことしやがる…」
「………仕方ないよ。みんな逃げ出したくても、恐くても不安でも…ここから
動けないんだもの…」
 その彼女の言葉に、少し意外なものを感じたジェナスが、気になって彼女の
方を振り返ると、ただ静かに花達を見つめる彼女の瞳が、感情を堪えて微かに
震えていた。

「あ…」
 しかし、かけるべき言葉が見つからず、己の未熟さを痛感したジェナスは、
自己嫌悪に陥るが、彼は彼なりに、何が出来るかを必死に模索する。そして、

「シャー…あのさ、シャーリー」
「え…?」
 ジェナスは、隠しきれない不安を滲ませながら、浮かんだ一つの案を彼女に
そっと耳打ちするのだった。そして彼女は、それに小さく頷くことで彼に応え、
少し躊躇しながらも、花達の側に座り込む。

(…ごめんね)
 彼に聞こえないように消え入りそうな声で、彼女は声をかけながら、そっと
茎を折り、花達を集めていく。ジェナスは、彼女を手伝うことも考えはしたが、
迷った末に見守ることを決める。

 しばらくして花達を集め終わった彼女は、懸命に手を動かし始めるが、その
姿を見たジェナスは、どこか懐かしさを覚えるとともに、夢から覚めてしまう
ような不安を覚えるのだった。

「…ジェナス君」
 いつしか、掴みどころのない想いに捕われていたジェナスは、すぐ側から聞
こえた彼女の声に意識を戻され、彼は慌てて顔をあげる。

「ごめんっ、ちょっと考え事をし…あっ!」
 すかさず謝ろうとしたジェナスだったが、白い花弁と薄緑色の葉と茎で織り
成された花冠を頭に乗せた彼女が、彼の前で恥ずかしそうに座っていた。

「どうかな…?」
「いや、その…何て言うか、似合い過ぎ」
「ふふ…」
 そして、動揺が見え隠れする彼の反応に、優しい微笑みを返した彼女は、頭
から冠が落ちないように気をつけながら、勢い良く立ち上がる。見慣れたはず
の制服が風を吸って空を舞い、彼女の髪がやわらかく揺れる中、その笑顔が日
の光に照らされて眩しかった。

「森の妖精…」
 そんな彼女の姿に魅了されたジェナスは、無意識に先ほどの言葉を口にする。
踏み倒されて、泥の付いた花で織った花冠が、彼女とともに輝いている瞬間を
見たような気がした。

「ありがとう…ジェナス君」
 そんな彼を不思議そうな顔で見つめながら、彼女は微笑みと感謝の気持ちを
口にする。そして、頭の花冠を慎重に外した彼女は、両手でそっと抱きしめる。
悲しむことしか出来なかった自分に、嬉しさを教えてくれた彼への想いが、心
の湖へ流れ込み、溢れて行く。

「…」
 彼もまた、彼女に惹かれ始めている自分に戸惑いを覚え、返すべき言葉も見
失った今、心地よい不思議な感情に身を委ねるのみだった。それから少しの間、
2人は言葉も交わさず、お互いを見つめていた。

 それは、まるで刻が止まったかのような錯覚さえ感じるこの瞬間を、心に焼
きつける時間だったのかもしれない。だが、2人だけの大切な時間は、彼女の
背後に突如現れた、巨大な影の主によって打ち砕かれる。

「シャーリー!!」
 異変に一早く気がついた彼は、反射的に彼女の手を強引に引き寄せ、自らの
背後に回すことで彼女の安全を確保する。そして素早く剣を取り、顔を上げた
彼が見たものは、彼らの倍ほどはあろうかと言う、獰猛そうな熊だった。

「グオオッ!」
 思わず怯んだジェナスに容赦することなく、彼は叫び声を上げながら左の腕
を振り下ろし、その鋭い爪は獲物の胸を正確に捉えていた。ジェナスはそれを
魔法剣でかろうじて受け流したものの、その重圧を伴った攻撃に剣は弾かれ、
空を舞った後、大地に突き刺さる。

「ちぃっ!」
 そのことに彼は舌打ちするが、攻撃する手段をまだ残しているその表情には
若干の余裕があり、彼は手短に魔法の詠唱を開始する。そして、次の瞬間には
完成した魔法が敵を焼き払うはずだった…しかし、それまで待っていてくれる
ほど、敵は甘くない。

「…!」
 間に合わないことを感じたジェナスは、敵の爪に腕を引き裂かれながらも、
魔法の暴発を抑える最低限の手続きを踏み、唯一の逃げ道である右方へ転がる。
川に浸かることで服は水を吸い、足場も悪くなったが、後方に彼女、左方には
花達と言う状況にあって、彼に選択の余地はなかった。

「グル…」
 だが、震えて動けないもう一人の獲物に興味を示した彼は、その距離をじり
じりと縮めて行く。それに気がついたジェナスは、水面を激しく蹴り上げ敵を
挑発、彼はそれぞれを値踏みするように睨んだ後、目障りな挑発者を先に排除
することを決める。

「シャーリーっ、今のうちに早く!」
 確かに、敵は彼の狙い通りの行動を起こしたが、魔法剣も失い、苦痛で魔法
を唱えることも出来ず、さらには水を吸って重さを増した脆弱な鎧を着込んだ
彼に、勝機などあろうはずもなかった。

「ジェ…」
 必死に彼の名を叫ぼうにも声が出ず、震える身体は一歩進むことさえも拒否
する。彼女は、獰猛そうな熊と対峙していること以上に、得体の知れない不安
と恐怖に襲われていた。

「グルッグルル…」
 そして、勝利を確信した彼は、薄らと笑みを浮かべながら、獲物との距離を
少しずつ詰め、隙を伺う。逃げ出したときが最後の攻撃となる…それを感じた
ジェナスは、上着を脱ぎ捨て、手早くいくつかの石を詰め込む。

 彼の狙いでは、投げ付けたそれが敵を怯ませ、その隙を付いて剣の方に向か
い飛ぶ…はずだったが、なけなしの武器は右腕に弾かれ、敵は間髪を入れずに
獲物を左腕で振り払う。

「ぐっ…」
 その爪は、彼の肩から胸を引き裂き、飛び散った鮮血が傷の深さを物語って
いた。ジェナスは苦痛に顔を歪めながらも、這うように魔法剣の下へ辿り着き、
出血に伴い意識が低下する中、その視界に敵と震える彼女の姿を確認し、彼は
覚悟を決める。

 たとえ、それが最良の選択ではなかったとしても、今の彼に最も重要なこと
は『彼女を守る』ことだった。痺れる両手で剣を持ち上げた彼は、唇を噛み切
りながら、許された最後の一撃に神経を集中させる。

「…だ…だめ…」
 死を覚悟した者だけが見せる瞳の輝きに、彼女は絞り出すように声を出し、
必死の想いで立ち上がる。今ならば、はっきりとわかる…何より恐れたのは、
彼を失うことなのだと。

「グオォッ!!」
 ジェナスの覚悟は彼にも伝わったらしく、一気に勝負をかけた彼は、両腕を
大きく振り上げ、覆いかぶさるように獲物を引き裂くことで決着をつけようと
していた。だが、これは同時に、彼の隙を生むことになる。

「でやぁっ!」
 その隙を見逃さなかったジェナスは、大地を蹴り、渾身の力を込めて最後の
一撃を繰り出す。回避行動を捨てたその攻撃は、敵に致命傷を与えるだろう。
だが、それは彼自身が鋭利な爪によって、引き裂かれることをも意味していた。

「………!!」
 そして声にならない悲鳴をあげた彼女は、次の瞬間に起こるであろう、受け
入れ難い未来に意識が凍り付き、その瞬間、大熊の足下に起こった爆風が2人
を吹き飛ばす。その威力は弱く、ジェナスにも大きな傷を負わせてはいなかっ
たが、敵の目を引き付けるには十分だった。

「グオッ!」
 予想外の攻撃に、彼は一瞬怯んだものの、目の前にいる標的は既に動けず、
彼女の攻撃も恐れるほどではない…そう判断した彼は、前足を静かに降ろして、
第二の標的への突撃機会を伺う。

「シャ……」
 手を大きく伸ばし、彼女へ必死の叫びを上げようとしたジェナスは、薄れ行
く意識の中、逃げ出す様子のない彼女を視界に捉えた後、意識が途切れる。

「…る…ジェナス君は私が守る…の……誰にも邪魔はさせな…い」
 無表情にそう呟いた彼女は、静かに立ったまま、彼に危害を加えた敵を見つ
め続ける。そして、隙だらけにも関わらず大熊は一歩も動けずにいた。彼女の
瞳から強い怒り…いや、怒りでも悲しみでもない、それらを超えた感情の意志
に畏怖を覚えたからだ。

「グォ…」
 目を逸らしたら負けだ…彼は本能的にそう感じるが、震えだした手足は無意
識に後退を始め、身体中の神経が『危険』のアラートを鳴らす。そして、この
張り詰めた静かな戦いを、先に降りたのは大熊の方だった。彼は、後ろを振り
返るなり全力で駆け出し、森の中へ消えて行く。

 彼と2人、その場に残されたシャーリーは、頼りなく彼の側まで足を進め、
気を失ったジェナスを優しく抱きしめる。そして、震える身体を何とか抑えな
がら、治癒魔法を試みる。彼の身体を包んだ光が傷を塞ぎ、次第に呼吸は落ち
つきを取り戻して行く。

「…ごめんなさ…い」
 そして、魔法の成功に安堵の息を漏らした彼女は、彼の頬に手を添えながら、
何度も何度もそう呟く。今、感じているこのぬくもりが、失われていたかと思
うと震えが止まらない。彼女は、自らの頬を彼の頬に寄せて、そのぬくもりで
行き場を失った激しい想いを抑えようと必死だった。

「ん…」
 そして、彼の意識が戻りかけていることを感じたシャーリーは、彼をゆっく
りと地面に降ろし、頭を膝の上に乗せる。瞳から流れる想いは、服の袖で顔を
乱暴に拭いてごまかした。

「ん…シャーリー…?」
「ジェナス君…」
「良かった、無事だったんだね…」
「…うん、ジェナスくんのおかげよ」
 彼女の無事を確認したジェナスは安堵の息を漏らし、まだ朦朧とした意識の
まま彼女に微笑みかける。また、彼女も精一杯の笑顔で彼に応え、抑えた想い
が瞳から溢れ出すのを必死に堪える。

「いや、俺は何もしてないよ…けど、情けないよなぁ…魔族どころか、野生の
熊に殺されそうになるなんて、さ」
「そんなことないっ…そんなことないよ」
「ごめんね、シャーリー。恐い想いをさせて…」
 苦笑しながら呟くジェナスに、彼女は唇を小さく噛みながら首を横に振り、
悲しみを滲ませた瞳で、彼の手をしっかりと握りしめる。

「お願い、ジェナス君…約束して、もうこんな無茶はしないって…誰よりも…
誰よりも、自分と大切な人を大事にするって…」
「それなら今回のはOKだろ…?」
「お願いだからっ…」
 彼の質問には答えず、すがりつくような瞳からこぼれた雫が、震える彼女の
手を濡らす。ジェナスはそんな彼女の姿に戸惑いを覚えたが、その願いだけは
聞き入れなくてはならないと感じていた…たとえ、それが何を意味するのか、
理解できていなかったとしても。

「わかった…もう無茶はしないって、約束するよ」
「うん…うん、ありがとうジェナス君…」
「けど、俺からも一つだけ約束してもらっても、いいかな?」
「…ええ、私に出来ることなら」
「いつか…いつかまた一緒に、ここへ遊びに来ようよ。今度は、森の熊さんに
気をつけてさ」
 少し照れた表情で、彼はそう提案する。しかし彼女は目を逸らし、戸惑いの
表情を見せながら、しばしの沈黙。ジェナスは、様々な想いを巡らせる彼女を
静かに待ち、そして一つの答えを見つけた彼女は、

「うん…私、がんばる…がんばるから……」
 …と、微笑みながら彼に答えるのだった。しかし、その表情は堅く、抑えて
いる想いが見え隠れしていた。ジェナスは彼女の真意が掴めず、返すべき言葉
を決めかねていたが、

「…あぁ、そのときはよろしく」
 そう返すことで、彼女の心に踏み入ることを避けるのだった。そして彼女に
笑顔を向けたジェナスは、まだ重い身体に力を入れて、何とか起き上がる。

「大丈夫、ジェナス君…?」
「あぁ…何とか。シャーリーの膝枕も捨て難いけど、また熊にでも襲われたら、
たまらないからね」
「…そうね、早く戻った方がいいかもしれない」
 そう呟く彼女は、いつしか感情を押し殺した表情になり、地面に落ちた花冠
をそっと手に取り、両手で抱きしめる…それが最後の支えであるかのように。

 そして2人は、もと居た場所への移動を開始する。特に言葉を交わすことも
なく、ただ静かに歩き続ける…互いの地を踏む音と、息遣いに耳を傾けながら。
間もなくして、森を抜けた彼らを待ち受けていたのは、憮然とした顔で立って
いるミックだった。

「ったく、このわたしを待たせおって」
「すみません先輩、ちょっと散歩に行ってたものですから…」
「散歩ねぇ…それにしては、随分男らしい格好になったな。もしかして、熊と
格闘でもしたか?」
「ええ、そんなところです」
 知ってか知らずか大当たりな彼の推理に、ジェナスは苦笑しながら答える。
そして、伏し目がちに視線を泳がすシャーリーのことが気になるジェナスは、
早々に話題を切り替える。

「そんなことより、もとに戻す方法は、わかったんですか?」
「当然だ。このわたしの手にかかれば、これぐらいのことは朝飯前だ。まず、
記憶を失ったシャーリーだが…」
 ジェナスの質問を受け、胸を張りながら宣言する彼は自信に満ち溢れていた。
しかし、目を逸らす彼女の顔を見たミックは言葉を切り、しばし考えを巡らす。

「先輩、どうしたんです?」
 そして、続きを催促する彼と彼女の顔を交互に見つめた後、高らかに笑い声
を上げ、ジェナスの肩をバシバシと叩くのだった。

「なーはっはっはっ! まぁ、一晩ぐっすり寝れば、明日には治るだろう」
「んな、いい加減な…」
「ふむ…それもそうだな。では、彼女のことはジェナス、お前に任せた。その
身体を治すのは明日にしよう。なぁに、まだ夏休みは少し残っていることだし、
大して困らんだろう?」
「他人事だと思って勝手なことを…けど、シャーリーのことも心配だし、今回
だけは、そう言うことにしておきます。今回だけですからね」
「わかったわかった」
 調子のいいミックに、ジェナスは不本意そうに彼の提案を受け入れることに
したが、その表情には喜びの感情が滲んでいた。彼女はそんな彼を見て、微か
な笑みを浮かべるが…

「その必要はないわ」
 顔を上げ、短くそう告げることで彼らの提案を拒絶する。そして、動揺する
ジェナスに、少しぎこちない笑顔を見せた後、続きを口にする。

「ごめんなさい…せっかくだけど、もう心配してくれなくても大丈夫よ。私が
誰だったかを思い出したから…」
「あっ…良かった、記憶が戻ったんだね。他に、どこか痛いところとかない?
出来れば、きちんと調べた方がいいよ」
「悪いけど…私には、やらなくてはならないことがあるの。もし何かあったら、
私の方から苦情を言いに行くから安心して」
 そう告げた彼女は、彼の反応を待たずに振り返り、歩き出す。ジェナスは、
遠ざかろうとしている彼女の背中に、このまま消えてしまうような錯覚を感じ、
無意識に手を伸ばして、思わずその想いを口にする。

「シャーリー! 俺が元に戻るまで、一緒に居てくれるんじゃなかったの…?」
 彼はその余りに子供じみた言動に慌てて口を塞ぐが、発してしまった言葉が
消えてなくなるはずもない。そして彼女は、刻の止まった時計のように動きを
止め、しばしの沈黙の後、かすれたような声で答える。

「…姉弟ごっこはもうお終い…だから…だから…」
 変わらず背中を向ける彼女は、迷いを振り切るように花冠を力強く抱きしめ、
勢い良く振り返る。そして、

「がんばってね、ジェナス君」
 そう付け加えることで、言葉を完結させた彼女は、優しくも精一杯の笑顔を
彼に贈る。だが、花冠を乗せた彼女が見せた笑顔とは明らかに違うその表情に、
ジェナスは理由もわからず胸が痛んだ。そして彼女は再度振り返り、彼に背中
を向ける…まるで、顔と一緒に本当の想いまで隠してしまうように。

「…で…忘れないで、ジェナス君。約束って…想いを、願いを束ねたものなの。
決して、相手を束縛するためではない…の。だから…だから忘れないで、何が
大切なのかって、大切なのは誰なのかってことを、忘れないで…きっとよ」
 震える声でそう告げた彼女は、彼の返事を待たずに歩き出す。ジェナスは、
彼女を再度引き止めたいと言う衝動にかられたが、全てを拒絶する彼女の背中
を見て、それが叶わぬことを知る。

「先輩、約束の意味って、何でしょうね……」
 彼女の、本当に伝えたい想いを理解できないことが情けなく、悔しかった。
たとえ、明日から彼女が変わらぬクラスメートを演じ続けたとしても…彼女の
本当の笑顔を、忘れることなど出来はしない。彼女の去った跡を見つめ続ける
ジェナスは、そう確信するのだった。そして、ミックは…

「さぁな。少なくとも、わたしが考えるべきことではないのは、確かだな」
 …と、彼なりの助言を口にしてから、いつも通りの笑顔を見せる。それに、
悪寒を感じたジェナスは慌てて顔を上げ、警戒する。

「とりあえず、わたしはその身体を治すと言う、約束を果たすことにしよう。
なぁに、何度か繰り返せば、そのうち戻るだろう」
「そ…それって、まさか…魔法実験を繰り返すってことですか?」
「そうとも言うな」
 衝撃の事実をあっさりと告げられたジェナスは、顔を青くして逃亡を開始。
しかし、ミックに襟口を掴まれた彼は、魔法実験への片道電車に乗せられるの
だった。明日、元に戻れているかは彼の運次第だ。

             ☆ ★ ☆ ★ ☆

 あれから少しして、彼女は、ジェナスと最初に出会った森へ来ていた。樹に
身体を預け、弱くなり出した日射しを受けながら、風や小鳥達のさえずりに耳
を澄ます。彼が側にいないことを告げる心の痛みを、少しでも紛らわすために。

 そして、表面上の落ち着きを取り戻した彼女が、静かに立ち上がったところ、
おそらくはスカートのポケットに入っていた、一枚の写真とメモが風に吹かれ、
舞い降りるのだった。

「いつのまに…」
 それが誰の手によるものか、容易に想像できた彼女は、感心しつつも呆れた
顔でそう呟く。そして、写真を手に取った彼女は目を点にする…そこに写って
いたのが、涎を垂らしながら居眠りする、ジェナスだったからだ。

 そして、表情はそのままに一筋の冷や汗を流した彼女は、続いてメモの方に
目を向ける。すると、そこには…

『これを使えば、ジェナスのやつはいいなりだ。後は、煮るなり焼くなり好き
にしてくれ。安心してもいいぞ、わたしが許す。なお、この写真の入手経路は
秘密にしといてくれ。     魔導探究会 会長  ミック・スチュワード』
 …と、勝手と言えば、ものすごく勝手な文章が書かれていた。

「ふふ…」
 そして彼女は、瞳に滲んだ心を写す水晶を指で拭き取りながら、楽しそうな
微笑みを浮かべ、ぼろぼろになった花冠と彼の写真を優しく抱きしめる…彼と
過ごした、姉弟になれた時間を抱きしめるように。

「忘れないで…約束は想いを、願いを束ねたものなの…だから…私は、それを
思い出に変えるから…もう何も望まないから…」
 そう呟く彼女の瞳には決意の色が見えており、彼との大切な時間と思い出は
彼女の支えとなるだろう。だが、それは皮肉にも、戻ることの出来ない選択を
決断させることになる。そして、

「私、まだここにいてもいいよ…ね」
 彼女は大空に向かい、懇願するような瞳でその願いを付け加える。大空は、
何も答えてくれはしなかったが、巻き起こった風が彼女を優しく包む。彼らに
優しく微笑むことで応えたシャーリーは、その場を後にする…やるべきことを
成すために。

 誰もが望んだことを、誰もが願ったことを実現できるなら、約束などいらな
いのかもしれない。しかし、果たされずに露と消え行く約束が多い中、せめて
その想いを希望に変えたいと思うのは、許されないことだろうか。

 彼が約束の意味を知るのは、しばらく先のこととなる。そして、2つの約束
が辿る運命は彼らに委ねられることになる。願わくば…想いを希望に変えて、
いつしか本当の笑顔で共に歩めることを。

 『約束』と言う名を持つ彼らは、ただ静かに目覚めを待つ。幾重にも束ねた
人々の想いや願いを、いつか希望と言う名の未来へ結ぶために…。





/【後書き】約束の意味

  こんばんは、刻鈴です。

 今回はシャーリーのSSと言うことで、まずは
明るく楽しい話を目指しました。導入から前半は
何とか目標に沿ったと思いますが、やっぱり後半
は重くなるのを止められませんでした(^^;。

 いっそのこと、後半を無しにしようかとも思い
ましたが、彼女の気持ちを考えるとそれも出来ず、
最終的には今の形に落ち着きました。

 このSSから、何か伝わるものがあれば嬉しい
です。それでは、このへんで。








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