男はキーゼルバッハ男色と名乗り、パーティーに家に泊まっていくよう勧めた。
     オスティはそれを承諾し、アルブライトだけを連れて町に出た。
     キョロキョロ見回す少年剣士に、オスティはクスッと笑い。「大きな町は初めてか」
     途端、アルはそれをピタッとやめる。
     思わずオスティが吹き出すと、「何だ!」とわめいた。
    「面白いな、お前……」
    「私をバカにするな!」咄嗟に剣に手を伸ばしたアルの腕を、思わず素早さでオスティが押さえ。
    「こら、パーティーの仲間を切るつもりか」
    「はっ、放せっ!」暴れるが、魔法使いの手は意外に力が強く、びくともしない。
    「随分細い腕だな」
    「放せえっ!!」怒鳴ると、やっと手を開き。
    「ほら、着いたぞ。ここがそうだ」
     宝石店の前。「?……こんな所で、何を……」
    「いいから来い」そう言うと、オスティは中に入っていく。
    「いらっしゃ……あ、奥へどうぞ」店の主人が二人を連れていった先は、広い別室。
    「ひさしぶりだな、オスティ」
    「どうもご無沙汰でした、元締」ペコッとオスティは頭を下げ、アルを引っ張り。
    「こいつの冒険者登録と、新しいパーティーの登録に来たんで」
    「へっ?!」アルが目を丸くすると、元締と呼ばれた店主はニヤニヤ笑い。
    「坊主、ここは冒険者ギルドなんだよ」
     そう説明し、羊皮紙とペンを出し。「名前と職業、それに誕生日を」
    「……あ、はい!アルブライト・キューン、剣士、三十七年二月九日生まれの十六ですっ!」
    「じゃ、クラス判定といくか」巨大なクリスタルの原石を運んでくる元締。
    「うわあ……」アルはその美しさに眼を見張る。
    「アルブライト。冒険者は、己のランクに応じてクラスに分けられる。そして、そのクラスの証として、ギルドから宝石をもらうんだ。
    たとえば、こいつ」
     いきなりオスティの黒い髪をかき上げ。「こいつはアクアマリン。上から数えて八番目のクラスだ」
     宝石……
     ふと、アルの頭に、祖父の言葉が思い出された。
    「それじゃあ、アレキサンドライト・キャッツアイって、何番目?」
     ビクッと、元締とオスティの身体が震える。
    「……何だって?」喘ぐようにつぶやくオスティ。
    「坊や……」やはり茫然としてつぶやく元締。「誰からそれを聞いた?……誰の宝石だ?」
    「私のおじい……祖父の話です。自分はアレキサンドライト・キャッツアイだって言ってて」
     元締はオスティと顔を見合わせる。
     やがて、元締がゆっくりと口を開き。「いいか、坊主。クラスは十二あるんだ。上から順にダイヤ、ルビー、サファイヤ、エメ
    ラルド、真珠、ガーネット、トパーズ、アクアマリン、ペリドット、トルマリン、オパール、水晶。冒険者の資格のないヤツは、
    オレ達は石っころと呼んでる。そして、アレキサンドライト・キャッツアイは、ダイヤに劣らない貴重な宝石……つまり番外、
    別格のランクということだ」
     今度はアルの方がギョッとする。「え……あ、あのおじいちゃんが……」
    「もしかしてそいつ、ボケてたんじゃねェのか?」そうオスティに言われて、カッと赤くなり。「そ、そりゃ……私が生まれた頃に
    は、確かにもうボケちゃってたけど……」
     ホーッ、とオスティと元締は安堵の溜め息をつく。「脅かすなよ……」
    「まったくだ。今では、サファイヤクラスの冒険者はニ十人程度、ルビークラスは二人しかいないんだぞ!ダイヤクラスに至って
    はゼロ、ましてや別格なんて……」そう説明すると、元締は水晶をテーブルに据え。
    「さあ、アルブライト。この水晶に手を乗せてみろ。ストーンじゃないことを祈ってな」
     恐る恐るアルがクリスタルの原石に手を触れると、いきなり身体の中に、カッとまぶしい光が差し込んできた。
    『……お前は何だ?』不思議な声が、心の中で問う。
    「出た!赤いぜ」
    「これは……オパール。ファイヤー・オパールだ」元締が、赤く輝くクリスタルを見詰めてつぶやく。
     力が抜けたように、アルが手を放すと、元締は彼の肩をポンと叩き。
    「お前さんのクラスはオパールの中でも最高のファイヤーオパールだ。てっきり、良くて水晶程度かと思ったが……意外と
    いいモンを持っとるらしいな。早速お前さんの宝石を用意してやろう。何がいい?ピアス、ペンダント、リング?」



     疲れた足取りで、アルはフラフラと道を歩く。
     宝石の入ったチョーカーは明日できる、と言われたものの、まるで水晶に気力を吸い取られたかのように、しばらく立てな
    かった。ぼんやりと休んでいる間に、オスティがパーティーの登録を済ませたのだ。
    「お前さんとあの坊や。それから?」
    「巫女が一人。クラスはペリドット、名前はシップル」
    「シップル?……ってまさかお前、あのストリッパー巫女か?!」
    「えええええっ!?」
     叫んだのはオスティはもちろんのこと、ぐったりしていたアルもだ。
    「あいつのことだったのか?!まさか、あの噂の女だったなんて……」
    「あの人ってストリッパーだったの!?冗談じゃない、連れてくの反対!」
     途端、アルはオスティに口を塞がれた。「お前はあいつよりランクが下だろう?連れていってもらう立場なんだ、逆らうんじゃ
    ない」
     確かにニランクも下だ、と歯軋りするアル。
    「……けど、オスティ。ホントはストリップが見たいだけなんだろ」
     ぎくうん、と思いっきり焦る魔法使い。
     ばっ、と顔を背け。「な、何言ってんだよ。仲間に入れるって約束しちまったモンは取り消せないだけだ」
    『ウソつけ』心の中でつぶやくアル。
     腹が立ったので、まだ気分が回復してないのにも関わらず、先にギルドを出てきてしまったのだ。
    「あ、アルブライトォ!」
     キンキンした声に、うんざりして振り返る。「……シップル」
     ストリッパー巫女は喜々ととしてやってきて。「オスティはァ?」
    「まだギルドにいる」
     しばらく考えてたものの、急にシップルはニコッと笑い。「そうねェ。二人の方が分け前増えるものね。さ、じゃ、行こォ」
    「な、何だよっ!」腕を引っ張られて、アルは抗議の声を上げる。
    「だってェ、あたし一人じゃ、危ないでしょォ?あなた、剣士なんだしィ、剣士はか弱い美女を守るのが普通だしィ」途端に科を
    作る彼女を、アルは鳥肌立てつつ振り払った。
    「冗談じゃない!第一、一体どこ行くつもり?」
    「決まってるじゃないのォ。森の南の洞窟よ」
     ガクッ、と力が抜けるアル。「決まってないって……」
    「あの男爵の娘や、他にも沢山の娘たちが浚われてるらしいのよォ。あたしの知識からするとォ、どうやらモンスター達、今夜
    その娘達を邪神の生贄にするみたいね」
    「ええっ!?」アルは驚いた。内容ばかりでなく、頭の空っぽそうなシップルが、それがわかった、ということについてである。
    「巫女だもの。宗教に関しては、一通り知ってるわァ。神官魔法だって、ヘタな祭祀よりはずっと使えるわよォ」胸を張るシップル。
    「さ、じゃ、行きましょォ。早くしないと日が暮れちゃう」
    「ま、待ってよっ、ちょっとっ!!」



    『そりゃ、生贄になるのを放っておけないけどさ……』ぶちぶち言いながら、シップルの後をついていくアル。
    「こっちよォ」自信たっぷりに言うシップルを、皮肉気な眼で見。「本当?」
    「あたしは大地の神の巫女よォ。地に足がつく場所なら、神が教えてくれるわ……きゃあああっ!!」
     呆れたようにアルは溜め息をつき、剣を抜いた。
     ……スライムが三匹。
    「やだやだァ、来ないでよォっ!」泣き叫ぶシップルの前に出て、ゼリーのような化け物を真っ二つにする。
    「本当に娘達をこれで救えると思ってんの?」
    「大丈夫よォ!敵はガイコツ戦士ばっかだって聞いたもん」
    『……私はスライムよかガイコツ戦士の方方が怖いけど……』剣をしまいながら、アルは心の中でつぶやく。
     不安は隠せない。型をおじいちゃんに習い、森でモンスター相手に腕を磨いたとはいえ、自分が住んでいた所以外のモンスター
    について、知識は皆無なのだ。
    『けれど、チャンスだ。やたらとえらそうなオスティや、このうるさい巫女を見返すには』
    「さァ、ホラ、こっち……きゃあっ!」バサバサバサッ
    「……シップル……なんでわざわざ、休んでるバットを叩き起こすの?」仕方なく、再び剣を抜くアル。
     しかし、さすがに十匹以上もいる素早い動きのバットに、慎重に様子を見る。
    「ストップ!」
     シップルがいきなり唱えた呪文に、飛び回っていたバットは空中でそのまま動かなくなった。
    「え、な、何?!」
     巫女は得意そうに胸を張り。「神官魔法の一つよォ。五分はもつから」
    「たった五分!?」叫びながら、慌ててアルは剣を振るう。
     チン、と双刀を鞘に収め。「使えない魔法だなあ」
    「何よォ、助けられたくせにィ!……あ」
    「……ここ?」
     自然に出来たような洞窟。ただ、モンスターが三匹ほど番をしているのを見れば、単なる穴とは考えにくい。
    「ガイコツ戦士が二体か……シップル、援護頼む」
    「やだァ」あっけらかんと言う巫女に、アルはいきり立ち。「あんたねっ!」
    「あんなのォ、あたしの魔法で一瞬にやっつけたげるわよォ」
     疑わしそうに、アルは彼女を眺める。「どうやって?」
     両手を祈るように組む巫女。
     眼を見張るアルの前で、見る間に彼女の身体は聖なる光に包まれていく。
     静かな声が巫女の口から漏れる。「ビ・セイクレッド」
     聖なる光が彼女の体から放たれ、門番に降りかかった。声も発することができずに、ガイコツ戦士は砂となって崩れ落ちる。
    「……あんたって、本っ当に巫女だったんだ……」心底驚いたように、アルがしみじみとつぶやく。
    「オーッホッホッホッホ!ま、あたしの手にかかればァ、ざっとこんなもんよォ」
     胸を張って、先頭を歩いていき ――
    「えっ」「いっ」
     何故か洞窟の入ってすぐの所にオークが三体。
    「いやァん、敵はガイコツ戦士ばっかだって聞いてたのにィ!」
    「わめいてないで、ストップをかけてよっ!」素早く剣を抜くアル。
     額に汗が浮かぶ。
     巫女は焦って印を組み。「ストップ!」
     ビクッと、オーク達は立ち止まった。
    「オーッホッホッホ、やっぱあたしのォ……あら?」
     ブンッ「きゃあああっ!」
     振り回された槍を、間一髪で避ける巫女。
    「いやァん、効かない!」
    「冗談じゃない!……他に何か魔法、ないのかよっ!」怒鳴るアルに、シップルもわめき返す。
    「ビ・セイクレッドはアンデッドにしか効かないんだってばァ!」
    「だから、他の魔法……」
    「使えないわよォ!……しょうがないわね、こうなったら奥の手よっ!」
     少し間を置いて、シップルはいきなり身体を悩まし気にくねらせた。
     ギョッとアルは一歩後退る。
    「アハーン……ねェん、ステキなオークさァん……あたしのナイスバディ、見たくなァい?」
    『こっこれが、ストリッパー巫女の本性!?』ひたすら絶句するアルの目の前で、シップルはスリットから脚を伸ばし、肩を覆う服
    を下げて見せる。
     ブンッ「きゃあああっ!」
     ガッ、とシップルの足のほんの数ミリ先に、オークの槍が突き刺さる。
    「やっだァ、どうしよう……こいつら、人間の女に興味ないみたい。やっぱ人型モンスターじゃないと、ダメみたァい」
     ぷっつん
    「こんの役立たずっ!!」思いっきりわめくと、アルは、剣を持った両手を前方に突き出した。
     ガッ、と両方の柄を、叩き合わせる。
     ガチャンッ
     柄からバネ仕掛けのフックが飛び出して、二本の剣を一本につなげた。
    「な、何それ、あなた……」見たこともない武器に、巫女は服を直す手を止める。
    「双頭剣!おじいちゃんから伝えられた剣!」クルクルクル
     両手で器用に頭上で回し、チャキン!
     素早く脇の下に挟み、構え。「さあ来い!」
     吼えるような気迫に、シップルは眼を見張る。
     双頭剣は美しい弧を描きながら、唸りを上げるほどのスピードで滑らかに動き、オーク達に間合いを詰めさせない。
     しかも、革の鎧の身軽なアルは、剣を止めることなく回し続けながら、自分自身も素早く移動する。
    『へェ……あの坊や、意外とやるのねェ』やることもなくなり、見物に回った巫女。
     ヒュン、ヒュン、と唸る剣が一瞬止まったかと思うと。
     ドスッ「グエエッ!」
     次の瞬間、オークの一体は胸を突き抜かれ、息絶えた。
     素早く抜き、再び剣をクルクル回す。
     ヒュン、ヒュン、と鋭い音を立てて切っ先が風を切る。
     仲間を殺られ、残ったオークは油断なくアルの隙を伺う。
     ザッと、一体が剣士の懐に飛び込んできた。
    「甘いっ!」ザクウッ
     そのまま真っ二つにしようと剣を動かし――
    「!!し、しまったっ!」脊髄に刃が食い込み、抜けなくなってしまったのだ。
    「ちょっとォ、何してんのよォ、アル!」シップルが顔色を変える。
    「ガアアアッ!」もう一体のオークが武器を封じられたアルに襲い掛かる。
    「くっそおっ!抜けて、外れろおっ!」やたらと剣を引いたり押したりするアルに、槍が振りかざされ――

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