三ヶ月の恋人−前編−



「えっ!つまり・・・それって・・・」

マヤは今、悩んでいた。
ある大物監督がマヤを使いたいと言ってきたのだが、その内容は10コ以上年上の男性との激しい恋を描いた大人のラブスト−リ−だった。
まだ高校生のマヤにはとてもではないが、そんな激しい恋心はわからない。
まして、自分よりも10歳以上年上の男性に恋する気持ちなんて・・・。

「ねぇ。いるでしょ。10コ以上年上で、青年実業家って人があなたの側に・・・」
役を掴めず、困り果てて、今マヤのマネ−ジャ−をしている水城に相談したのだった。
確かに、水城の言葉通り、マヤが恋する相手に近い人物がいる。

しかし・・・。

彼とは天敵!劇団つきかげを潰した憎い相手!いつも彼女の事をからかって楽しんでいるヤツ!
月影に言われて嫌々今だって、彼の所に仕方なくいるというのに・・・。
「・・・あら、マヤちゃん、その面白い顔は何?」
水城はマヤの嫌そうな顔を見て、クスリと笑った。
「・・・だって・・・水城さんが変な事言うから・・・」
恨めしそうに水城を見る。
「私はあなたに相談された事を素直に答えただけよ。役を掴みたいなら、まずは社長に恋でもしてみるって事をね」

恋・・・。

水城の口から出たその言葉になぜか胸が高鳴る。
「冗談じゃないわ!!誰があんな奴!!!」
顔を真っ赤にして、大声で叫ぶ。

「何だ。誰だと思ったら、君か」
マヤの叫び声に驚いたように速水が話し掛ける。
思わぬ彼の登場にいつも以上に嫌そうな表情を浮べる。
そんなマヤを見て、クスリと真澄が笑う。
「本当に君は素直だな。女優なんだから、偶には所属事務所の社長に愛想のいい顔でもしたらどうだ?」
嫌味たっぷりにマヤを見る。
「・・・これでも十分愛想を振りまいているんです」
ひきつった笑みを速水に向ける。
真澄はまいったというばかりに笑い転げた。
彼の反応にマヤの顔が益々赤くなる。
「社長、そろそろ会議に遅れるんじゃありません?」
速水の後ろで時計を見ながら、おろおろしている秘書の様子を見て、水城が口にする。
「えっ、あぁ。そうだな。じゃあな。ちびちゃん。次に会う時までにもう少し愛想の振り撒き方を勉強しとくんだな」
マヤの頭をポンと撫で、真澄は秘書と一緒にその場を後にした。
「・・・誰があなたになんか!」
立ち去る真澄の背中に言葉を向ける。
そんな様子を見て、つい、水城も笑みを溢す。
「よっぽど、社長と相性がいいのね」
「相性が良すぎて、あんな冷血漢と恋になんて落ちるのは無理です」
膨れっ面を浮べたまま口にする。
「でも、それは北島マヤとしてでしょ。今度の役柄の藤間由香里としてはどう?彼女は彼が好きで堪らないのよ。
あなたも役者なら、役者として恋をしてみたら?」





「まだいらしたんですか?」
退社時間を過ぎた頃、社長室に行くと、真澄がいた。
「あぁ・・・。明日の会議の資料を見ていたんだ。これが終わったら帰るよ」
無表情に書類を見つめながら答える。
「どうだ?映画の撮影の方は?」
「あら、社長でも女優の事を気にするんですか?」
以外そうに速水を見る。
「彼女は一応、紅天女候補だからね。ただの女優とは違うさ」
煙草を一つ口にする。
「今度の映画があたれば、彼女の女優としての地位は確立する。それに、大都にとっても大きな利益をもたらすだろう」
煙をフ−っと吐き出し、その白煙を見つめる。
「今度の映画の脚本、ご覧になりましたか?」
「いや」
「彼女が演じるのは10コ以上年上の青年実業家と激しい恋に落ちる女性です」
その言葉に真澄の中の何かがひっかかる。
「年上の男性に恋すると言う気持ちが今一つ掴めていないみたいです。ですから、私、彼女に言いましたの、役者として
社長と恋をしてみれば?って」
水城の言葉に煙を深く吸い込み、咳き込む。
「・・・ゴホッ!あの子が俺と恋をするだと!?水城君、それは悪い冗談だ」
「冗談?あら。私は本気で言ったんですよ。この映画が成功して欲しければ、撮影中だけ彼女の恋人になってあげるんですね」
水城の言葉に何だか落ち着かない気持ちになる。
「ハハハハハ。中々面白いジョ−クだな」
落ち着かない気持ちを笑い飛ばし、真澄はいつもの冷静な表情を作った。



「カット!!!」

監督からの厳しい声がかかる。
マヤはビクッとして、監督の方を見た。
「そんな瞳では観客に気持ちを伝えるのは無理だ。
いいか、君が今、見つめているのは、恋しくて、恋しくて、堪らない相手だぞ。その気持ちを込めて彼を見るんだ」
監督の説明に、頷き、再び、撮影は始まるが、ついにその日、マヤはOKを貰えなかった。

「・・・はぁぁ・・。難しいなぁぁ・・・やっぱり」
控え室で、一人呟く。
マヤには激しい恋心というものがわからなかった。
どうしても、イメ−ジがわかないのだ。
この映画に出る前にたくさんの恋愛映画を見て、自分なりにその表情を研究したつもりだったが、
やっぱり、どれもピンとこなかった。

”役者として恋をしてみれば・・・”

不意に水城の言葉が浮かぶ。
「誰があんなヤツに恋なんて・・・」
頭の中に浮かんだ真澄の顔を消すように頭を振る。
「でも、どうしよう。どうしたら・・・役が掴めるんだろう」






「相変わらず、君はこういう席が苦手らしいな」
演劇関係のパ−ティ−会場で一人ポツンとつまらなそうに壁に寄りかかっているマヤに声がかかる。
突然、話しかけら、少し、驚いた様子で顔をあげると、そこには速水の姿があった。
「だって、何を話したらいいのかわからなくて・・・。皆、凄い人ばかりだから・・・」
少し、いじけたように口にする。
速水には何だか、そんな彼女がかわいく見え、彼女にはわからないように微苦笑を浮かべた。
「君だって、今は注目されている凄い人なんだぞ」
「そんな事ありません!私なんて、ただの平凡な女の子です」
顔を赤くし、俯く。
そんな仕草もいじらしくてかわいい。何だか、彼の中にある悪戯心を刺激するようだった。
「そういえば、君、今恋人を探しているんだってな」
彼の言葉に彼女の頬が微かに赤くなる。
「しかも年上の男性がお望みだとか・・・。どうだ?俺と付き合ってみるか?」
彼の言葉に彼女は顔中を真っ赤にした。予想通りの反応に彼の中の悪戯心は益々刺激されるようだ。
「俺が大人の恋愛を教えてあげようか」
マヤを挑発するように耳元で甘く囁く。
彼女は首までをカ−ッと赤くし、真澄を見る。

本当に面白い・・・。

そんな彼女の様子に速水は心の中でクスリと笑う。
「・・・かっ、からかわないで下さい!!!」
堪らず、速水に向かって叫ぶ。
マヤの声がよほど、大きかったのか、周りにいた者たちが、一瞬、彼女の方を見る。
その視線を感じて、これ以上ない程赤くなる。
ちょっと、やりすぎたかな・・・。と少し、マヤが可哀想に思える。
「ハハハハ。バレたか」
タネを明かすように笑う。
速水の言葉に恨めしそうにきつく睨む。
「おっと、怖いな。そろそろ退散するとするか・・・。だが、君がもう少し、大人になったら、俺の所においで、
その時は是非君の恋の相手になってみたいからね」
からかうような調子で言い、速水はパ−ティ−客の輪の中に入っていた。
速水の言葉にまた顔を赤くし、膨れっ面を浮べる。
「誰が、あんな冷血漢相手にするものですか!!!」
速水にいいようにからかわれたのが悔しくて、ムッとしたままの表情を浮べる。

「・・・マヤちゃん・・・どうしたの?」
いつになく、怖い形相のマヤに桜小路が遠慮がちに話し掛ける。
「えっ、桜小路君」
すぐに、表情を作り変える。
「その、ちょっと、嫌なヤツにあっちゃって」
いつものマヤの表情で彼を見る。
「嫌なヤツって・・・速水さん?」
「うん」
マヤの返事にクスリと笑う。
「あの速水さんと、あそこまで言い合えるのはマヤちゃんぐらいだよね」
速水とマヤのいつものケンカのような会話を思い浮かべる。
「だって・・・いつも、人の事、からかうから・・・」
「ケンカする程、仲がいいってヤツかな」
桜小路の言葉に、一瞬、ドキッとする。
「やだ!桜小路くんまで変な事言わないで!!誰があんな人と仲良くなんか!」
膨れっ面を浮べ、桜小路を見る。
「ははは。ごめん。ごめん」



「誰なの?あなたがさっき楽しそうに話していた相手」
今日の真澄のエスコ−ト相手が聞く。
「えっ、あぁ。うちの女優だ」
「とても、親しそうに見えたわ。あなたがあんな表情を浮べるなんて、初めて見た・・・。
ねぇ、踊らない?」
そう言い、真澄の腕を引っ張り、フロアの中央に向かう。
オ−ケストラが曲を奏で始め、ダンスの輪に入る。
曲に合わせて、優雅に舞う二人。
あまりにも、絵になる二人にいつしか、彼らの周りを人が囲い、その様子を見つめていた。
そして、マヤにもその光景が視界に入った。

綺麗な人・・・。
速水と一緒に踊る彼女よりも数段大人の女性に目が止まる。
真紅のドレスに身を包み、華やかな笑顔を向ける。
あまりにも、似合いすぎる二人に、何だか、胸がズシリと重たくなる。

やだ・・・。
私、何を考えいるの・・・。
何、この気持ちは?

胸が締め付けられるような苦しい気持ちに、どうしたらいいのかわからなくなる。
堪らず、マヤは会場を出た。




「カット!違う!!」
翌日の撮影はさんざんなものだった。
容赦なく監督の怒声が飛び、ついにマヤは泣き出してしまった。
慌てて、水城がマヤに駆け寄る。
こんな事で泣くなんて彼女らしくない・・・。
水城はマヤの中に何か問題があるのではと心配になった。
「・・・水城さん、ごめんなさい」
差し出されたハンカチを受け取り、涙を必死で堪えようとする。
今日はもう、撮影にならないと思った水城は監督に頭を下げて、マヤを連れ帰った。

「・・・本当に、ごめんなさい・・・。私、役がまだ、掴めなくて・・・それに・・・、何だか、今日は気持ちがぐちゃぐちゃになって・・・」
車の中でマヤが呟く。
マヤは昨夜のパ−ティ−で見た光景が忘れられなかった。
親しそうに速水と踊る女性の顔が焼きついてしまい、昨夜は一晩中眠れなかった。
「・・・マヤちゃん、何かあったの?私には話してくれない?」
運転席の水城が優しい声で話し掛ける。
「・・・胸が痛いんです・・・。どうして、こんな気持ちになるのかわからないけど・・・。一番、嫌いな人の事なのに、心が反発して、
気持ちが追いつかないんです」
涙を浮かべ、切々と、気持ちを口にする。
その言葉を聞いて、水城は驚いた。

嫌いな人って・・・まさか・・・。

「・・・本当、急にどうしたんだろう・・・」
窓の外を見つめ、切なそうに瞳を細める。
水城はその様子を見て、直感した。





「・・・責任をとって下さい!」
社長室に入って来るなり、水城が鋭い表情で速水に言う。
「えっ」
何の事を言われているのかわからず、彼はきょとんと、水城を見る。
「北島マヤの事です。今日なんて、撮影中に泣き出してしまって・・・結局、撮影にはなりませんでした」
「マヤが?」
水城の言葉が信じられなかった。
演じる事が大好きな彼女が泣き出すなんて・・・。
個人の感情を芝居に持ち込むなんて・・・。
彼女の事が心配でいてもたってもいられなくなる。
でも、マヤが泣き出したからと言って、どうして彼に繋がるのだ?
素朴な疑問が生まれる。
「昨日、あなたがけしかけた事が本当になってしまったんです!」
速水の心を読むように、水城が口開く。
「マヤちゃんは社長に恋をしています」
決定的な一言に瞳を見開く。
「・・・まさか」
水城の言葉が信じられなかった。
会えばいつも真澄に対して、”冷血漢”だの”大嫌い”を連発している彼女が彼に恋をするなんて・・・。
「私は彼女に辛い恋をさせたくはありません。せめて、撮影の間だけでも、彼女の気持ちに応えてあげて下さい」
冗談とも思えない水城の真剣な表情に真澄はただ、ただ、呆然とした。





一体、どうしたの?
この苦しい想いは何なの?
私、どうしちゃったの?

マヤは初めて感じる強い想いにどうしたらいいのかわからなかった。
これでは、映画の撮影どころではない。
役と気持ちが益々離れ、彼女を苦しめる。
NGが出る度に周りのスタッフや共演者たちから重いため息が漏れる。
日に日に、マヤの立場は悪くなる一方だった。
プロデュ−サ−からは、ついに主役交代の声が出るまでになってしまった。
それでも、何とかマヤに演じさせたくて、監督や、水城は何とか繋ぎ止めていた。

「わかりました。では、今週中に彼女があのシ−ンを演じられなければ、降板させます。
いいですね」
プロデュ−サ−からの厳しい言葉。
監督も水城も納得するしかなかった。

「・・・降板・・・」
水城を探して、スタッフル−ムの前を通りかかった時に、偶然マヤは立ち聞きしてしまった。
いても立ってもいられなくなり、その場から逃げるように走り出す。

ドンっ!

誰かに凄い勢いでぶつかる。

「・・・ちびちゃん」

そう声をかけられ、見上げると、驚いたような速水の姿が目に入った。
彼の姿に胸の中が苦しくなる。押し潰されてしまうような痛みが全身に広がる。
「どうした?気分が悪そうだが」
速水は真っ青な表情を浮かべているマヤを心配するように見る。
「・・・何でもありません!」
今は彼と顔を合わせているのが辛い、どうしたらいいのかわからなくなる。
彼から逃げ出すように、そう言い捨てると、マヤは再び走り出した。

「おいっ!」
咄嗟に、マヤを追いかけ、速水は彼女の華奢な腕を掴んだ。
「逃げる事はないんじゃないか」
彼の言葉に尚も辛そうに表情を歪める。
「・・・放して下さい。こんな時の顔をあなたに見られたくないんです。一人になりたいんです」
薄っすらと涙が浮かぶ瞳で速水を見る。
「映画の事か?撮影が上手くいっていないと聞いたが・・・」
彼の言葉にビクッと肩を奮わせる。
「・・・演じられないんです。今の私には・・・恋する気持ちなんてわからない!恋人に抱きしめられる気持ちなんて、わからない・・・!
自分の気持ちさえ、もう、わからなくなっているのに・・・」
心の中にある不安を吐き出すように言葉を荒げる。
マヤの瞳はいつの間にか大粒の涙で覆われていた。
そんな彼女が痛々しく見える。胸の中が熱くなる。
気づけば、速水は彼女を抱き寄せていた。

「俺が君に恋の仕方を教えてやる。だから、俺に恋をしろ」
速水の言葉に、マヤは驚いたように彼を見上げた。
「撮影の間は俺たちは恋人同士だ・・・。いいな」
しっかりとマヤを抱きとめ、速水は彼女の額に唇を寄せた。
愛しさを込めるように、長く触れる。
マヤは今、自分に起きている事が信じられなかった。




                     

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【後書き】
このお話、実は前からちょこちょこと書いていました(笑)
今、書いている長編ものが終わったら、出そうかなと思ったんですけど・・・。
気分転換程度に、ちょっと、甘い短編が書いてみたくなり、今回出してしまいました。

さてさて、期限付きの二人の恋物語はどうなるんでしょうか(笑)
では、中編で♪

2001.12.2.
Cat


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