「・・・マヤ!」
背中に声がかかる。
空を見上げていた私は視線を声のした方にけ向けた。
「・・・会いたかった・・・」
一瞬のうちに抱きしめられる。
気づくと、長身の体が私をすっぽりと包み込んでいた。
動悸が早くなる。
私は知っていた。この感触を。この逞しい胸を。
でも、まさか・・・、あの人であるはずはない。あの人はもう、10年以上前に亡くなったはずだ。
「・・・あなたは・・・誰?」
顔を見上げ、熱い瞳と視線があう。
初めて見る顔だ・・・。まだ、若い10代の少年のように思えた。
彫刻のように整った顔立ちに、息を呑む。
「・・・俺が誰か君は知っているはずだ」
耳元に声がかかる。
囁くような優しい声。
とても落ち着く、穏やかな話し方。
私はこの人を知っている。
私の中の何かがそう告げる。
理性ではない部分が”彼”だと告げている。
涙が浮かぶ。

「・・・俺は速水真澄だ」
その名前を聞いた時、私は彼の腕の中で意識を失った。






続・赤い薔薇−序章−








目を開けると、見慣れた天井が見えた。
ここは私のベットル−ム。
そうか。私はまた夢を見ていたのか・・・。
でも、今回のは少し変わった夢だったな・・・。
そんな事を思いながら、ぼんやりと、ベットから起き上がる。
夢を見た後は堪らなく寂しいのに今回は違った。
何だか可笑しい。
あの速水さんが10代の少年になって私の前に現れるなんて。

「起きたのか。突然倒れたから心配したよ」
夢を思い出し、一人笑みを浮かべていると、声がした。
「えっ」
驚き、振り向く。
そんな。。。まさか。。。
あれは夢だったんじゃ・・・。
「・・・あなたどうしてここに・・・」
間違いなく夢の中で出会った少年が目の前に立っていた。
「どうしてって・・・。君が倒れたから、君のマンションまで運んだんだよ」
壁際に立ち、彼は当然のように話す。
「・・・でも、鍵は?」
「鍵なら、君のバックに入っていたよ」
戸惑っている私を可笑しそうに笑う。
あぁ。その表情・・・。その笑い方・・・。確かにあの人だ。
「まだ何か聞きたいかい?ちびちゃん」
”ちびちゃん”そう呼ばれた瞬間、心臓が止まるかと思った。
「・・・あなた、さっき言った事は一体、どういう意味なの?」
でも、あの人であるはずがない。ここにいる少年はまるで別人なのだから。
「さっき言った事?」
少年が近づく。
「・・・あなた、言ったでしょ・・・速水真澄だって。私をからかっているの?」
いくら話し方が似ていても、同じような瞳で見つめられも、彼であるはずがない。
「からかう?どうして俺が君をからかわなければならない?」
彼の手が頬に触れる。
「俺は俺だ。さっき言った通り、俺は速水真澄だ。君に会いに来た」
彼の顔がゆっくりと近づく。
「・・・やめて・・・」
唇が重なる一歩手前に、ようやく口を開く。
彼は驚いたように瞳を見開いた。
「あなたが速水さんであるはずはない。いくら私だってそのぐらいの事はわかるわ!あなたの目的は何?私に近づいて何をする気なの?」
拳を握り閉める。頭の中で警告をする。
この人は速水さんじゃない。速水さんじゃない。
「・・・マヤ・・・」
寂しそうな瞳で彼が見つめる。
「やめて!初対面のあなたにそんなに気安く呼ばれる筋合いはないわ!出て行って!!あなたの顔なんて二度とみたくない!!」
流されそうになる感情を必死で食い止める。
「早く出ていかないと、警察呼ぶわよ!」
ベットサイドのテ−ブルに置かれている電話に手を伸ばす。
彼は何も答えず私を見つめていた。
「・・・ははははは。相変わらず威勢がいいな。ちびちゃん」
次の瞬間、彼が笑い出す。
「・・・まぁ、君が信じないのも無理ないかもしれないが・・・。俺は嘘はついていない」
痛いほどに彼の瞳が胸に刺さる。
「・・・いい加減にして!!」
泣きそうになる自分を抑え、体中から声を張り上げ、彼を睨む。
彼は瞳を逸らす訳でもなく、私を見つめたままだった。
「・・・わかったよ。今日の所は大人しく帰るよ」
そう告げ、彼は背を向けた。
「・・・ちびちゃん、今度は直接、俺の手で君に赤い薔薇を届けるよ」
背を向けたまま彼が告げる。
その一言に、胸が大きく脈うつ。

どうして・・・薔薇の事を・・・。
赤い薔薇の事を知っているのは私と彼と聖さんぐらいだ・・・。

「じゃあ、また」
もう一度振り返り、彼は優しい笑みを向け、部屋を後にした。
体中から力が抜け、涙が流れる。
速水さんであるはずはないとわかっていても、彼の仕草の一つ、一つがあの人と重なる部分があった。
「・・・駄目よ。マヤ。速水さんのはずないじゃない」







次に彼を見たのは書類に貼られていた写真だった。
彼は今度の私の芝居の相手役として応募してきたのだ。
「その応募者が気になる?」
応募書類を見つめたままの私に隣にいた桜小路君が声をかける。
「・・・えっ・・・うん。まあ」
曖昧に答える。
「中々のハンサムだ。さてはマヤちゃん一目ぼれ?」
クスクスと彼が笑う。
「・・・違うわよ。ただ、知っている人に似ていたから」
そう言い、席を立つ。
「マヤちゃん?」
「私、ちょっと急用を思い出したわ。一次選考は皆さんにお任せします」
審査員室を後にし、履歴書に書いてあった住所に向かった。






「やっぱり、あなた私を騙したのね」
彼のアパ−トの前で待つ事、二時間。ようやく現れたあいつの前に出る。
「・・・やぁ、ちびちゃん」
抜け抜けとまたその呼び名であいつが口にする。
もう、騙されるものですか。
「麻生圭一。それがあなたの名前でしょ?速水真澄って言うのはあなたの芸名か何かかしら?」
彼は私の言葉に顔色一つ変えなかった。
「まんまとあなたに騙される所だったわ。あなた、役が欲しくて私に近づいたのね。それで、私と速水さんの事調べて・・・。
速水さんになり切ろうとして・・・」
怒りがこみ上げてくる。
「人の心に土足で踏み込むような真似して!!私、あなたを許さないわ!!」
彼の前に駆け寄り、怒りをぶつけるように頬を思いっきり叩く。
「・・・言いたい事はそれだけか?」
私の手を掴み、冷静な瞳で彼が見つめる。
「離して!」
握られている部分が熱くなる。また感情が溢れ出しそうになる。
違う人だって、わかっているのに、別人だとわかっているのに・・・。
「・・・俺は確かに今は麻生圭一だ。でも、速水真澄でもあるんだ。君を愛する気持ちがずっと、胸の中に溢れていて・・・。
今もこうして、君を前にしていると、胸が苦しいんだ」
彼の瞳に心の中がかき乱される。
頭の中が混乱しだす。
「・・・やめて・・・」
目の前の彼を否定するように呟く。
「・・・やめて!!!もうそんな嘘沢山!!」
大声で叫ぶ。
その瞬間、彼に抱きしめられた。
「・・・嘘じゃない。俺は速水だ。俺が死んだ後も君には赤い薔薇が届いているはずだ。その薔薇は君のファンでいる限り薔薇を贈って欲しいと君が言ったからだ。
だから、俺は君が舞台に立つ限り贈ろうと、遺言まで残して・・・。そして、伝える事のできなかった想いを薔薇に託したんだ」
哀しそうな瞳で彼が見つめる。
彼の言葉に流されそうになる。
「赤い薔薇の意味を知っているのは君と俺しかいないはずだ。これでも、俺が信じられないか?」
そう、彼の言うとおり、私に赤い薔薇が届く事を知っている人がいても、その意味を知っているのは私と速水さんしかいない。
でも、目の前の彼を信じる事ができない。
私は幽霊でも見ているのだろうか。
「・・・やめて!離して!!あの人は・・・速水さんはもう死んだのよ!あなたが速水さんのはずない!!」
そう口にした瞬間、彼の腕の力が抜ける。
その隙をついて、私は彼から逃れた。
「・・・そうだ。俺は死んだ。だが、ある日、テレビに映っている君を見て思い出したんだ。俺が速水真澄だった事に。君をまだ愛している事を」
彼の言葉に涙が溢れる。信じてはいけないと、心に何度も言い聞かせる。
「・・・やめて・・・私はあなたを信じない!!!」
再び大声で叫び、逃げるように彼の前から駆け出した。






To be continued




<<後書き>>
赤い薔薇の一応続編です。前から何となくこういう話にしたいというイメ−ジがあり、何とか形にしてみました。
今回はマヤと速水さんの生まれ変わりの青年の話にしていこうかなと思っています。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

2002.5.12.
Cat



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