目が覚めると頭が重かった・・・。 この所、ろくに眠る時間もなかったので、疲れが溜まっていたのか・・・。 とにかく、起きた瞬間から今日は気分が悪かった。 風 邪―1st day― 「おはようこざいます」 出社するといつものように、皆に挨拶を返し、エレベ−タ−に乗る。 数人の社員が、見て欲しい企画があると、社長室につくまでの時間、売り込みにくる。 今日は彼らの声が遠く感じた。 「・・・社長?」 そう声をかけられ、ハッとする。 どうやらエレベ−タ−は社長室がある階についていたらしい。 社員の誰かが”開”のボタンをずっと押してくれていたようだ。 「あぁ。ありがとう」 エレベ−タ−を降り、真っ直ぐに社長室に向かう。 その間にも迎えに立っていた数人の社員と挨拶を交わした。 「おはようございます」 ドアを開けると、水城君がいつものように出迎えてくれた。 「おはよう」 彼女に答え、デスクにつくと、これまたいつものように淹れたばかりのコ−ヒ−が置かれていた。 彼女が一日のスケ−ジュ−ルを読み上げるのを聞きながら、コ−ヒ−を口にした。 程よい苦さに脳が刺激され、今日一日の始まりを告げた。 しかし、今日はやはり疲れが残っているのか、スッキリとはしなかった。 「少し、顔色がお悪いようですが、大丈夫ですか?」 一日の予定を告げると、彼女は心配するように声をかけた。 「えっ、あぁ、大丈夫だ。いつもと変わらんさ」 俺の言葉に彼女は”でも・・・”と続けたが、聞かない性格の俺をよく知っているらしく、何か言いたそうな表情を浮かべたまま社長室を後にした。 10時からの会議の時間まで、メ−ルをチェックし、10数件の報告書に目を通した。 そう、いつもと変わらない・・・。こうして仕事をしていれば、体調の事など関係がなくなる。 こうして午前中は会議と、2、3の面会を済ませ、午後は社外の用件を済ませる為にロビ−に降りた。 「速水さん!!」 聞きなれた声が聞こえてくる。 俺の事をそう呼ぶ者はあまりいない。皆、”速水社長”と役職をつけて呼ぶからだ。 だから、彼女にそう呼ばれる度に近い感じがして、少し嬉しい。 その”速水さん”の響きに棘があってもだ。 「やぁ、ちびちゃん」 彼女の方を振り返り、その姿を捉える。大きな瞳は威嚇するように俺を睨んでいた。 今日はどうやら、俺を怒鳴りに来たようだ。まぁ、そろそろ来る頃だと思っていたが・・・。 「学校はサボったのか?」 制服姿のままの彼女を見つめる。 「今は試験期間中で、終るのが早いんです!それよりも一体どういう事ですか!!」 感情的な彼女の声がキ−ンとロビ−に響く。 さすが、舞台で鍛えられただけあって、声はデカイ。一体、この小さな体のどこから出ているのだろうか。 しげしげと考えるように彼女を見てしまう。 「社長、そろそろお時間が」 中々現れない俺に運転手がロビ−まで迎えに来た。 「あぁ。わかっている」 彼の方にそう答え、再び彼女に視線を落とす。 「言いたい事が一杯ありそうだな。だが、俺はこれから出かけなければならない。話なら車の中で聞いてもいいが、 ちびちゃんには時間はあるのかな?」 俺の提案に、彼女は少し驚いたように瞳を見開いた。 「誰も君をとって喰いはしないよ」 警戒するように黙りこくった彼女に告げると、玄関に向かって歩き出す。 「ついてくるのも、君の勝手だ」 彼女に背を向けたまま、言い大都芸能を出た。 外に出ると黒塗りの社用車が待っていた。運転手はドアを開けて俺を待つ。 「待って下さい!」 車に乗り込もうとした途端、彼女の声がかかる。 「私も行きます!」 まさか、彼女からそんな答えを聞けるとは思わなかったので、少し驚いた。 嫌いな俺についてくるという事は、今度の事に余程腹を立てているんだろな。 どんな小言が彼女の口から出るのかこれは楽しみだ。 彼女とともに車に乗ると、目を通さなければならない書類に目を向けた。 車は遅れた時間を取り戻すようにいつもよりも少し速度をあげていた。 小言を聞けると思った彼女は何だか、急に大人しくなる。 チラリと隣に座る彼女を見ると、何か言いたそうに俺を見つめ、どうしたらいいのかわからないように俯いた。 さっきまでの勢いは一体、どこにいったのか。 まぁ、そんな彼女も可愛いのだけど・・・。 「どうした?急に大人しくなって。言いたい事があるのだろう?」 クスリと苦笑を一つ零し、書類を見つめたまま彼女に言う。 「話掛けていいのか、わからなくて。速水さん難しそうな顔して、書類見ているから」 難しそうな顔?そうか?そんなに難しい書類ではないのだけど・・・。 やはり、隣に座る彼女に少なからず意識していつも以上に仏長面になっていたのだろうか。 そういえば、制服姿の彼女なんてめったに目にできない。 気を抜けば、口元が綻んでしまいそうだ。 「君が俺に気を遣ってくれるなんて珍しいな。しまった、傘を持ってくるのを忘れたよ」 話し易くする為、いつもの嫌味を口にしたが、彼女はムッとしたように顔を顰めた。 少し、言葉が過ぎたか・・・? 「本当、速水さんって嫌味って言葉以外知らないんですか!」 そう彼女が口にした途端、急に眩暈がした。 よく通る彼女の声が直接脳に響いたのか・・・。それとも・・・。 「・・は、速水さん・・・!」 彼女に寄りかかる俺に、戸惑ったように彼女が口にする。 「・・・すまない・・・。何だか・・・急に、頭が痛くて・・・」 体中が熱い。まるで火炙りの刑にでもあったようだ。 「凄い熱!!」 驚いたように彼女が声をあげる。 「病院に行かないと。運転手さん!」 慌てたように彼女が口にする。 「・・病院は嫌だ・・・。少し休めばよくなる」 病院なんて行っている暇はない。仕事は山積みなのだから。 「でも・・・速水さん、お医者さんに診せた方がいいですよ」 心配するように彼女が言う。 嫌いな俺の事でも君は心配してくれるのか? 閉じていた目をあけると、不安気な彼女の瞳があった。 「社長、どうしますか?」 運転手の声がする。 頭が重い・・・。今日は確かにもう仕事にならない。気力だけで持っていたが、限界のようだ。 「青山のマンションにやってくれ」 そう告げると、意識を失った。 「あっ!気づいたんですね!」 夢だと思って、彼女を見つめていると、彼女が声をかけた。 「速水さん、病院嫌だって言ったから、お医者さんに来てもらいました。眠っている間に太い注射打って貰ったんですよ」 額の上に置かれた濡れたタオルを取替えながら、彼女が口にする。 一体、何が起きているんだ・・・?彼女がまるで俺を看病しているような・・・。 こんなパタ−ンの夢初めてだ。 しかし、夢にしてはリアルな気も・・・。 「う・・・ん。まだ熱が高いですね」 口に加えさせられた体温計を取ると、彼女は少し難しそうな顔を浮かべた。 「そうだ。お腹空いてません?お粥作ったんです。やっぱり、風邪の時は栄養つけないと」 そう言うと、俺の返事を聞かぬまま、彼女は寝室を出ていった。 「・・・何が起きているんだ?」 訳がわからない。ここは間違いなく青山にある俺のマンションで、制服姿の彼女が看病している! 確か、彼女とは大都芸能のロビ−で逢って・・・。 そこまで考えるとハッとした。仕事はどうなったのか?今日は四菱銀行の頭取との昼食会に行くはずだったが・・・。 急に気になり、ベットから起き上がると、携帯を探した。 うっ・・・。頭が痛い・・・。立っているのも辛い・・・。しかし、携帯を見つけなければ・・・。 「速水さん!何しているんですか!」 お盆を持った彼女が再び寝室のドアを開けた。 「・・・何って・・・、携帯を探して・・・」 彼女はサイドボ−ドの上にお盆を置くと、慌てて俺に駆け寄った。 「携帯なら、私が探します。どこにありますか?」 ふらつく、俺の手を取り、支えるようにしてベットに座らせた。 「あぁ。確か今日着ていたス−ツの内ポケットに」 そういえば、いつの間にかパジャマに変わっている。彼女が着替えさせたのか? 「わかりました。今、取ってきます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、放してくれません?」 困ったように言う、彼女の視線の先を見ると、支えて貰った時に掴んだ手を俺の手は握ったままだった。 「あぁ」 名残り惜しい気もするが、仕方なく彼女の柔らかな手を離した。 彼女は手が離れると、また寝室から出ていった。 握っていた手を見つめ、彼女と触れ合った指や、掌の感覚を思い出す。 とても小さく、柔らかかった。ずっと、握っていたいと思う手だった。 そんな事口にしたら、彼女に睨まれそうだな。 苦笑を漏らし、どこまで行っても悪役の自分が少し健気に思えた。 「ありましたよ!」 数分後、彼女が戻って来た。その顔を見ただけで、なぜか、ホッとする。 病に倒れた時は思いを寄せる人に傍にいてもらうのが一番なのだなと、頭のどこかが納得していた。 「・・・ありがとう」 素直に口にし、彼女から携帯を受け取ると、水城君の番号を探した。 「もしもし。速水だ」 コ−ル音三つで彼女が出た。 「社長、おかげんはどうです?」 電話に出た彼女は風邪で倒れた事を知っていたようだ。 「あぁ、まだ熱があるらしい」 さっきのマヤの言葉を思い出す。 「すまない。少し無理をしたようだ。仕事に穴をあけた。俺の責任だ」 俺の言葉にクスリと彼女が笑う。 「ご心配しなくても大丈夫です。今朝から気分が優れないようだったので、午後の予定ほとんどキャンセルにしておきましたから。 川島頭取には社長が行けなくなった事情をお話してありますから、大丈夫です。”お大事に”とおっしゃってました」 どうやら、俺よりも、彼女は俺の事を知っているようだ。 「社長、早く治っても後、三日は寝てて下さい。そのようにスケジュ−ルを組んでありますから。では、失礼します」 三日か・・・。思わぬ休暇に苦笑が浮かぶ。 そういえば、ここの所、休みという休みはとっていなかった気がする。 本当に彼女は優秀な秘書だ。この際、ゆっくりと風邪を引いていても大丈夫そうだ。 「速水さん、電話が終ったら、寝てて下さいよ」 ここにもしっかりとした女性がいた事に気づかされる。 「あぁ」 彼女がいる幸せに大人しくベットに入った。 しかし、どうして彼女がここにいるのだろう・・・。倒れる直前まで一緒にいたとはいえ、看病までしてくれるなんて・・・。 そういえば、彼女は今日は俺に怒鳴り込みに来たはずだ・・・。 なのに、今、こうして心配そうに俺を看病してくれている。 「ふふ。やっぱり、病気になると、速水さんでも素直になるんですね」 可笑しそうに彼女が口にする。 「病気にならなくても俺は素直だぞ」 俺の言葉にどこがと言わんばかりに、彼女が眉をあげた。 「撤回します。やっぱり、病気でも速水さんは嘘つきだわ」 そう言い、彼女は笑顔を浮かべた。 あぁ、やっぱり、かわいい。こんな瞬間どうしようもなく、彼女への愛しさが増してしまう。 本当に情けない程、俺は彼女に惚れている。 「あぁっ!そうだ!」 彼女はハッとしたように叫んだ。 声の大きさにビクッとする。 「お粥持ってきたのに・・・少し冷めちゃったかな」 サイドボ−ドの上に置かれたお盆を思い出し、彼女はそれをベットの上に置いた。 食欲なんてなかったが、彼女が俺の為に作ってくれたのだと思うと、無理にでも食べたくなる。 「温め直してきた方がいいですかね。やっぱり」 苦笑を零し、尋ねるように上目使いで俺を見る。 ・・・かわいい・・・。そう思ったのは一体、今日、何度目なのだろう。 できる事なら、ギュッと抱きしめてしまいたい。 「いや、丁度いいよ。熱いのは苦手なんだ」 粥に添えられたスプ−ンで口に運ぶ。少し冷めていたが、美味しかった。 気づけば、あっという間に全部平らげていた。 「ご馳走様。美味しかったよ」 そう言うと、彼女は照れたように頬を赤らめた。 「さぁ、じゃあ、お薬を飲んで大人しく寝てて下さいよ」 彼女は薬と水を差し出した。言われた通りに素直にそれを口にする。 「じゃあ、私はそろそろ」 その言葉に胸が寂しくなる。一人にされてしまう事が悲しいのか、それとも、彼女と離れる事が哀しいのか・・・。 自分でもよくわからない。少し、感傷的な気持ちに胸が痛んだ。 できる事なら引き止めたい。ずっと、ここにいてもらいたい。 「・・・もう少し、ここにいてくれないか。せめて。俺が眠るまで」 俺は何を言っているのだろう。彼女にとっては親の敵なのに。 こんな事自分が口にするなんてどうかしている。 やっぱり、俺は風邪をひいているんだな・・・。 「・・・すまない。何でもない」 困惑するように、沈黙する彼女に告げる。 そんなに困った顔をされては・・・どうしていいかわからなくなる。 「今日はありがとう。君には世話になった」 そう言うと、布団を頭まで被り彼女に背を向けた。 これ以上、彼女の顔を見ているのが辛かった。やっぱり、自分は嫌われているのだと、実感させられてしまう。 耳を済ませていると、食べ終わった食器を持って彼女が寝室を出ていくのがわかる。 一人になると、急に頭痛が酷くなった。 この痛みは風邪のせいだけだろうか・・・。 とにかく、今は眠ってしまいたい。早く眠って、夢を見たい。自分の都合のいい彼女が出てくる夢を・・・。 次に目を覚ました時にはスッカリと日は暮れ、部屋中が真っ暗だった。 かなり汗をかいたようで、気持ち悪い・・・。 着替えようと、ベットから起き上がろうとすると、何か柔らかい物に触れた。 少し驚き、傍のスタンドを付ける。 「・・・ちびちゃん・・・!」 信じられない事に彼女がベットの端で眠っていた。 帰らなかったのか、彼女はまだ高校の制服を着たままだった。 時計に目を向けると、午前0時を過ぎていた。 こんな遅い時間まで・・・彼女はずっと傍にいてくれたのか? そっと、彼女の髪に触れ、そのまま頬を撫でる。 「・・・ありがとう・・・」 そう口にし、頬にキスを落とした。 つづく 【後書き】 連載物を書く前に、速水さんの風邪話が急に書きたくなり、書いてしまいました(笑) しかし、勢いに乗せられ僅か二時間で書いたもの。。。何だかワンパタ−ンな話です(笑) 次はマヤちゃんの視点から書く予定です。 2002.7.24. Cat |