風 邪―1st day―(マヤ)




アイツ許さない!!今日こそ会って、ガツンと言ってやる!!

朝から何度も頭の中でそう唱え、学校が終わると同時に実行に移した。
行く先は大都芸能。あの憎たらしい速水真澄が社長をしている芸能社だ。
速水真澄と言えば、仕事の為なら法に触れる事でもやると言われている男である。

冷血漢、意地悪、苛めっ子・・・。

そんな言葉がアイツには美辞麗句として相応しい。
とにかく、いつも人の邪魔をする嫌なヤツである。
その嫌なヤツを待つ為に大都芸能ロビ−で待つ事10分。
中央のエレベ−タ−から数人の取り巻きに囲まれた長身のアイツが見えた。
嫌味な程にス−ツが似合い、涼し気な表情をしている。
人の邪魔をしておいて、何とも思っていない顔だ。

「速水さん!!」
アイツを逃がすまいと、エントランスに向かう背にありったけの声をぶつける。
広い背中が驚いたように立ち止まった。
「やぁ、ちびちゃん」
振り向き、人を馬鹿にしたようないつもの呼び方で私を呼ぶ。
私には”北島マヤ”という立派な名前があるんだと一体何度言ったらわかってくれるのだろうか。
嫌、もはや訂正は無理だろう。きっと、私が”ちびちゃん”と呼ばれるのを嫌がっているから、わざと呼ぶのだ。
本当にムカツクヤツ!
「学校はサボったのか?」
物珍しそうな視線で彼がじっと私を見る。見下ろされたその視線に何だか落ち着かない心地になった。
「今は試験期間中で、終るのが早いんです!それよりも一体どういう事ですか!!」
体中から声を絞り出すように大声を上げ、彼を見ると、まいったというように耳を押さえていた。
気づけば、回りの視線が全て私に集まっている。どうやら大声を上げすぎたようだ。
今度は急に自分の態度が恥ずかしく感じられて、羞恥心に顔が熱くなる。
不意に彼の方に視線を向けると好奇心の目で私を見ている視線とぶつかった。
−−−ドキッとした。

「社長、そろそろお時間が」
彼の運転手らしき男が現れる。
「あぁ。わかっている」
ハッとしたように男の方を向き、そう答えると、また私を見つめる。
「言いたい事が一杯ありそうだな。だが、俺はこれから出かけなければならない。話なら車の中で聞いてもいいが、
ちびちゃんには時間はあるのかな?」
車の中・・・。その言葉にどうしたらいいのかわからなくなる。このまま彼についていっていいものなのか・・・。
「誰も君をとって喰いはしないよ」
クスリと笑い、彼は背を向け、歩き出した。
「ついてくるのも、君の勝手だ」
最後の彼の言葉に何だか試されているようで、ムッとした。
ついて来いというなら、ついて行ってやる!今日こそはとことん言いたい事を言いに来たのだから。
それに、これで彼を逃すと次はいつ捕まえる事ができるのかわからない。
そう思った瞬間、体が発作的に彼の後を追いかけていた。

「待って下さい!」
外に出ると、車に乗り込もうとしている彼に声をかけた。
「私も行きます!」
その言葉に一瞬、彼の片眉が驚いたように上がった気がする。
「そうか。では、どうぞ」
彼はそう言い、私を車の中に通した。
私の乗った後に彼も乗り、運転手のおじさんがドアを閉め、車を発車させる。
隣に座る彼は忙しそうに、書類に目を通していた。
車内は静かだ。
話掛けるタイミングを伺おうと、視線を向けるが、彼はまだ書類に目を向けたままである。
まるで、私の事なんて、視界には入っていない。そんなカンジだった。

はぁぁ・・・。どうして、ついてきちゃったんだろう。
後悔に近い想いが、急に胸を締め付けた。
こうしていると、彼にとって、私なんてどうでもいい存在のように思えてきた。いや、実際にそうなんだろう。
私は一女優にすぎないのだ。それも、まだまだ駆け出しの・・・。
彼にとって私の存在が本当にちっぽけな、小さなものだという事実を何だか目の前に突き出されたような気がする。
その事がなぜか悲しい・・・。
「どうした?急に大人しくなって。言いたい事があるのだろう?」
俯いている私に、彼の声がかかる。顔を上げると、彼はまだ書類を見つめたままだった。
「話掛けていいのか、わからなくて。速水さん難しそうな顔して、書類見ているから」
私の言葉に彼はクスリと苦笑一つこぼし、書類から顔を上げた。
「君が俺に気を遣ってくれるなんて珍しいな。しまった、傘を持ってくるのを忘れたよ」
不意に彼と視線が合う。いつもより近くにいる彼との距離に、また胸がドキッとした。
「本当、速水さんって嫌味って言葉以外知らないんですか!」
彼に動揺している自分を隠したくて、思わず、声を荒げていた。
私の声が響いたのか、彼は頭を抑え、眉間に皺を寄せる。
そのままじっと彼の動きを見ていると、彼の身体が私の方に動く。
「・・は、速水さん・・・!」
上品なコロンの香りが鼻を掠め、彼の頭がゆっくりと私の肩にもたれ掛かる。
思わぬ展開にどうしたらいいのか・・・近すぎる彼との距離に心臓が大きな音を立てていた。
「・・・すまない・・・。何だか・・・急に、頭が痛くて・・・」
目を閉じたまま辛そうに彼が呟く。
「凄い熱!!」
彼の手と、私の手が軽く触れた瞬間、高い彼の体温が伝わってきた。
「病院に行かないと。運転手さん!」
彼の額にそっと手を伸ばし、触れてみると間違いなく熱があった。
彼を今すぐ病院に連れて行かなければという想いに駆られ、考えるよりも先に口がそう告げていた。
「・・病院は嫌だ・・・。少し休めばよくなる」
掠れる声で彼が呟く。
「でも・・・速水さん、お医者さんに診せた方がいいですよ」
私の言葉に彼は閉じていた瞳を開けた。顔色が悪く苦しそうだ。
「社長、どうしますか?」
運転手のおじさんが彼に聞く。
「青山のマンションにやってくれ」
彼はそう告げると、意識を失うように瞳を閉じた。
「速水さん、速水さん!」
何度も彼の名を耳元で呼ぶが、彼の瞳が再び開く事はなかった。





「過労と風邪が重なったんでしょうね」
彼の主治医はそう告げ、意識のないままの彼に注射を打った。
結局、私は帰るに帰れず、彼のマンションに来ていた。運転手のおじさんと一緒に彼を部屋まで運び、医者を呼んだのである。
「今、解熱剤を打ったので、目を覚ます頃には熱は下がるでしょう。とにかく、ゆっくりと休養させる事です」
三日分の風邪薬を置いて医者は帰り、運転手のおじさんもまだ他に仕事があると言っていたので、帰って行った。
気づけば、私は彼の看病をする事になっていたのである。
まぁ、まだ彼に言うべき事を言っていなかったので、帰る訳にはいかなかったし、彼が心配だった。
とにかく、彼が目を覚ますまでは、ここにいるつもりだ。
ベットの側に椅子を置き、じっと眠る彼を見つめる。
その寝顔は少し苦しそうに見えた。
「・・・速水さん・・・」
彼の手を握るとまだ熱は高かった。両手で彼の右手を挟み、ずっと握っていた。




「あっ!気づいたんですね!」
寝室に戻り、ベットの側に行くと、ぼんやりと彼の視線が私を捕らえていた。
「速水さん、病院嫌だって言ったから、お医者さんに来てもらいました。眠っている間に太い注射打って貰ったんですよ」
彼の額の上のタオルを変えながら口にする。さっきよりは少し顔色がいいようだ。
「う・・・ん。まだ熱が高いですね」
早速、体温を測ってみるが、デジタルの数字は37.9℃をさしていた。
まだまだ油断はできないかもしれない。
「そうだ。お腹空いてません?お粥作ったんです。やっぱり、風邪の時は栄養つけないと」
丁度今、作ったばかりのお粥を彼に食べさせたくて、寝室を後にした。
4LDKの彼のマンションは一人で住むには十分過ぎる程広かった。
さすが社長さんだなぁなんて事を思いながら、広い廊下を進みリビングを抜け、キッチンに向かう。
食器棚から丁度良さそうな容器を見つけ、鍋と薬と皿をお盆に乗せた。
再び寝室へと足を運ぶ。
「速水さん!何しているんですか!」
寝室のドアを開けると、彼がベットから起き上がっていた。
まだ起きていられる程回復していないというのに・・・。
「・・・何って・・・、携帯を探して・・・」
お盆を置き、彼に駆け寄る。
「携帯なら、私が探します。どこにありますか?」
ふらつく彼に近寄り、大きな手を取った。高い体温が伝わってくる。
「あぁ。確か今日着ていたス−ツの内ポケットに」
彼をそっとベットに座らせる。
「わかりました。今、取ってきます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、放してくれません?」
そう言い、携帯を探しに行こうとしたが、握ったままの彼の手が離れない。一体どうして?
視線を向けると、彼はじっと私の顔を見つめていた。何だか、胸が熱い。
「あぁ」
私の言葉に小さく呟き、彼は手を離した。
胸がドキドキと大きく鼓動を鳴らしていた。彼から逃げるように私は寝室を後にした。
彼のス−ツはバスル−ムに置いてあった。運転手のおじさんがパジャマに着替えさせたのである。
脱衣かごの中に入っていたス−ツの上着を取り、携帯を探した。そして、5分もしないうちに見つかったが、
まだ、彼の元に戻る勇気がない。気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をし、握られていた手を見つめた。
高い体温と大きくて長い指の感触が残っていた。
彼の意識のない間ずっと握っていた手なのに、意志をこめられて握られた瞬間、どうしようもなく胸が動揺していた。
一体、私はどうしたのだろう?胸の中に霧がはったようにモヤモヤとする。
壁に寄りかかり、ため息を一つ落とした。


「ありましたよ!」
彼の元に戻ると、彼はホッとしたように私を見ていた。
「・・・ありがとう」
思いがけず、彼の口から出たその一言が何だか嬉しい。いつもは絶対そんな事、私に言わないのに。
やはり、病気になると、少しは性格が変わるのだろうか。
「もしもし。速水だ」
彼は早速携帯でどこかにかけているようだ。
目を閉じて、彼の声を聞く。実は私は彼の声が好きだった。これは絶対に誰にも言わない秘密である。
なぜか彼の使う言葉や話し方はどこか気持ちを落ち着かせてくれるのだ。
だから、彼に嫌味を言われても、本当はそれ程ムカついてはいない。
「速水さん、電話が終ったら、寝てて下さいよ」
瞳を開け、携帯を切った彼に告げる。
「あぁ」
少し掠れた声で告げ彼は大人しくベットに入った。
いつもこうだと本当にいいのにという嫌味をついつい口にしたくなるが、喉の奥で止めておく。
「ふふ。やっぱり、病気になると、速水さんでも素直になるんですね」
嫌味の代わりに出たのはそんな言葉だった。
「病気にならなくても俺は素直だぞ」
彼のいつもの軽口に眉を上げ、思わず睨む。
「撤回します。やっぱり、病気でも速水さんは嘘つきだわ」
私の言葉に苦笑を浮かべる彼が可笑しくて、ついつい笑ってしまう。
今日の彼はいつもと違うカンジがした。
「あぁっ!そうだ!」
ふと、視線をサイドボ−ドに移すと、さっき置いたお盆がまだあった。
「お粥持ってきたのに・・・少し冷めちゃったかな」
ベットの上にお盆を置き、鍋のふたを開けてお粥の様子を見る。
「温め直してきた方がいいですかね。やっぱり」
お粥はすっかり冷めてしまったようだ。
「いや、丁度いいよ。熱いのは苦手なんだ」
そう言い、彼はスプ−ン手をにし、粥を口に入れた。
私が見つめる中、彼は笑顔で”美味しい”と口にしてくれた。
そして、あっという間に鍋の中の粥は彼の胃袋へと運ばれた。
「ご馳走様。美味しかったよ」
彼の言葉が本当に嬉しかった。それに、やっぱり、今日の彼は優しい気がする。
彼が優しいのは風邪のせい?熱のせい?それとも・・・。
「さぁ、じゃあ、お薬を飲んで大人しく寝てて下さいよ」
医者が置いていった薬と水を差し出す。
「じゃあ、私はそろそろ」
彼が薬を飲み込むのを見てから、ふと時計に視線を落とすと、もう、午後9時を回っていた。
そろそろ本当に帰らないといけない時間である。しかし、このまま、まだ熱のある彼を一人にするのも気がかりだ。
それに、もう少し彼と一緒にいたかった。
「・・・もう少し、ここにいてくれないか。せめて。俺が眠るまで」
彼の一言に、思わず瞳を見開く。胸が大きく鼓動を立てる。
寂し気な彼の瞳に思わず吸い寄せられそうになる。
「・・・すまない。何でもない」
彼に何かを言わなければと口を開こうとした瞬間、彼の方が先に開いた。
「今日はありがとう。君には世話になった」
そう言うと、布団を頭まで被り、彼は眠ってしまった。
とりあえず、彼が食べた食器を片付けようと立ち上がり、寝室を出た。
キッチンに行き、使った食器や、鍋を洗う。そして、考える事は彼の事だった。
ここにいて欲しいと言った彼の孤独をたたえるような瞳が頭から離れない。
それは心を見せない彼が私に見せてくれた素顔のような気がした。
「・・・どうしよう・・・」
呟き、時計を見つめていた。



洗い物を済ませ、寝室に戻ると、彼はスッカリと夢の中に旅立っているようだった。
これなら帰っても大丈夫かと思ったが、足が動かない。
ベットから離れようとはしないのだ。
ずっと、彼の寝顔を見ていたかった。
ベットの側に置いてある椅子に座り、その夜はずっと彼を見つめながら、今日の出来事を思い出した。
思いがけず、乗った彼の車、いつもの彼の嫌味といつもよりも近い彼との距離。
肩に彼の重みを感じ、上質のコロンの香りが香った瞬間、呼吸が止まりそうな想いに胸が締め付けられた。
振り向くと、彫刻のような綺麗な顔が目の前にあり、苦痛に表情を歪ませていた。
少し乱れた髪とその表情に自分でも驚く程動揺していた。
辛そうな彼を見て不謹慎かもしれないが、彼が艶かしく見えたのだ。
男の人に対して色気というものを感じたのは生まれて初めてだ。まして、速水真澄にそんな事を思うなんて。
彼は私にとって、邪魔な存在。嫌なヤツのはずなのに・・・。
今日だって、文句を言いに来たのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
彼の事なんて忘れてほっとけばいいのに、今もこうして側にいる。
無防備な彼の寝顔に微笑ましい気持ちになっている自分がいる。
自分がわからない。嫌いなはずなのに・・・嫌いになりきれない部分がある。
いつからだろう。こんな気持ちを抱えるようになったのは・・・。
正体不明の気持ちが私を不安にさせる。
「・・・速水さんなんて・・・嫌いよ」
自分の気持ちを否定するように呟き、ベットの端に頭を乗せると、誘われるように夢の世界へと落ちていった。







つづく





2002.9.23.
Cat
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