都 会 の 月


好き・・・。
この気持ちに気づいてから、ずっと考えているのはあの人の事ばかりだった・・・。
なんで、あんなヤツ好きになってしまったのだろう。
何度考えてもわからない。
こうして、街を歩いていても、ふと、思い出す。
そういえば、あの人と一緒にこの店でお茶をしたなぁとか、この神社のお祭りに連れて行ってもらったなぁとか。
いや、自然と足があの人と一緒に行った場所へと向かっているのかもしれない。
私はどうすればいいのだろう。
空を見上げ、天を仰ぐとあの人と一緒に見た月が見えた。
満月よりも少し欠けた月が胸に沁みた。

「都会の月というのは、何だか健気だな」
あの人の言葉を思い出す。
一緒に通りを歩きながら、不意に彼が口にした。
「えっ」
立ち止まり、彼の方を見ると、空を見つめていた。
その横顔が少し寂しそうに見える。
いつもは決して他人に対して感情を見せない人なのに。
「街の灯りに埋もれそうになっても、一生懸命輝いている。そうは思わないか?」
彼の視線が私へと動く。
私は、口の端を少し上げ微笑した。
「以外ですね。速水さんの口からそんな言葉が出るなんて」
クスリと笑うと、彼は苦笑を零した。
「俺だって人間だ。偶にはそんな事も思うのさ。ちびちゃん」
優しい笑みを浮かべ、彼は歩き出した。
彼の後を追うように私も歩き出す。
こんな風にずっと、一緒に歩いていける事ができたらいいのに。
彼の隣で、彼のちょっと意地悪な皮肉を聞きながら、ずっと一緒にいられたらいいのに。
そんな事を思うと胸の中が切なくなった。
決してその望みは叶わないと知っているから・・・。




「社長!北島マヤが失踪しました!」
水城君が運んで来た突然の知らせに、手にしていた書類が流れ落ちた。
バサっと床に落ちる紙の音だけが妙に現実的に聞こえる。
視線は青白い表情をしている水城君で止まっていた。
どう、反応するべきなのか・・・。あまりにも唐突な事に大きく胸が動揺した。
「社長!」
黙ったままの俺に業を煮やしたように彼女が再び口にする。
「詳しい状況は?」
彼女の声に我に返る。
「一昨日、紅天女の千秋楽が終わってから行方がわからなくなっているそうです。今日、映画の撮影があったのですが、現れておらず、
マンションにも友人の所にもいないそうです」
水城君の話に段々と彼女が失踪した事を実感する。
「マスコミには?」
「ふせてます」
「よし。それでいい。映画の方は今週いっぱい風邪か何かで休むと伝えておけ。マスコミには一切漏らすな」
そう告げると、上着を手にし、俺は社長室を後にした。
心当たりがある訳ではなかったが、いてもたってもいられなかった。
考えられる限りの場所に行き、彼女の姿を探した。


「くそっ・・・。ここも駄目か」
最後に辿りついたのは彼女が昔住んでいたアパ−トの近くにある公園だった。
何かあると、彼女はよくここのブランコに乗っていた。
まだ彼女が高校生の頃、雨の中、ずぶ濡れになって彼女は座っていた。
そうさせた原因は俺にあった。彼女の母を死なせ、俺が追い詰めたのだ。
あの日から俺が背負った十字架は消えないのかもしれない。
一生かけて許しを請っても、きっと彼女は許してはくれないだろう。
だから、俺は告げなかった。
君を愛している。と、好きだとは言えなかった。
彼女が座っていたブランコに腰掛け、空を見つめた。
いつの間に日が暮れたのだろうか・・・。闇夜に月が浮かんでいた。

彼女に最後に会ったのは丁度一週間前だった。
仕事を終え、午後11時頃、社を出ると、彼女が立っていた。

「・・・ちびちゃん・・・。こんな時間にどうした?」
驚いたように彼女を見つめ、声を掛けると、彼女は苦笑を浮かべていた。
「近くまで来たから。何となく速水さんの顔が見たくなって」
彼女の言葉に少し鼓動が早くなった。
「今まで俺を待っていたのか?」
「・・・ほんの10分程ですけどね」
クスリと笑い、彼女が歩き出す。
そして、彼女の後から俺も歩き出した。
「どこに行くんだ?」
酒が少し入っているのか、彼女は上機嫌にケラケラと笑っていた。
「さぁ、どこでしょう?全然決めてません。まぁ、気の向くままってヤツですかね」
暢気な言葉に彼女らしさを感じ、笑みが毀れる。
彼女の前ではどんなに仏頂面をしても、不機嫌なフリをしようとしてもできない。
本当に不思議な子だ・・・。
「夜の街を散歩するのも偶にはいいでしょ?」
クルリと俺の方を向き、彼女が言う。昔と変わらぬ少女のような笑みがあった。
「まぁ、そうだな。紅天女様と一緒に歩けるなんて光栄だ」
俺の言葉に彼女が可笑しそうに笑う。
「相変わらず口が達者ですね。そんな事、全然思ってないクセに。死んだら閻魔様に舌抜かれますよ」
彼女らしい言葉に思わず、吹き出してしまう。
「ははははは。閻魔様か。きっと俺の舌は一枚じゃ足りないだろうな」
俺の笑い声に彼女も一緒になって笑う。
「速水さんがそんなふうに笑うの聞いたの久しぶり。ううん。こうして話すのも何だか随分となかった気がします」
感慨深そうにそう告げ、彼女は俺を見た。
「私が紅天女の後継者になって、あなたが紫の薔薇の人だと告げてくれてから、あなたは私に会ってくれなくなった」
悲しそうに彼女は瞳を細めた。
「・・・あなただけじゃない。私も、あなたに会えなかった・・・」
彼女の言葉に胸に刺さったままの棘が強く差し込む。
彼女と俺にとって触れてはならぬ場所・・・。
そこから先の言葉を告げてはならない。
両腕にギュッと力が入る。彼女を抱きしめたい。このまま胸の中に閉じ込めてしまいたい・・・。
しかし、そんな事をしてはまた彼女を傷つける。
俺は決めたのだから・・・、この想いは一生胸の中に閉じ込めておくと・・・。




「そうだ。俺が紫の薔薇の人だ」
紅天女の試演が終わった日、あの人は両手いっぱいの紫の薔薇を抱え、そう告げた。
ずっと、待ちに待った瞬間・・・。夢に見た時・・・。
私は、あの人の胸に飛び込んだ。
あの人の手から薔薇が落ち、大きな手が私を包む。
もう死んでもいいと思えた。世界が無くなってもいいと思えた。
ゆっくりと重なった唇に瞳を閉じ、身を任せ、ベットに沈み込む。
窓の外には頼りなさそうに光る月が浮かんでいた。

あの夜からもう、三年が経つ・・・。
私はあれから変わったのだろうか・・・。
答えを求めるようにまた空を見上げる。
欠けた月が儚く見えた。




彼女と一度だけ重なった唇を思い出した。
熱い想いに身を委ね、自分を見失いそうになった。
気づくと、彼女とともにベットに崩れ落ち、彼女をこの腕に抱きしめていた。
「・・・速水・さん・・」
そう俺の名を呼んだ彼女が悲しそうに見えた。
理性が戻る。俺には彼女を抱く資格はないとわからされる。
どんなに好きでも、愛していても・・・俺には彼女を幸せにする事ができない。
「・・・すまない」
彼女から離れ、ベットから起き上がる。
「・・・どうして謝るんですか?」
背中に彼女の言葉が刺さる。
「キスしたから?明日、紫織さんと結婚してしまうから?」
彼女の声は涙に滲んでいた。
何も言わず、彼女に背を向けたままベットから立ち上がる。
これ以上、自分を騙せない。ここにいたら、とんでもない事を俺は口にしてしまう。
「・・・待って、行かないで」
歩き出そうとした俺の腕を彼女が掴む。
「・・・ご褒美を下さい・・・。今日だけは頑張ってきたご褒美を下さい・・・。我侭を聞いて下さい・・・」
すすり泣く声とともに、彼女が告げる。
「・・・今日だけは朝まで甘えさせて・・・。あなたが他の人のモノになる前に・・・お願い・・・」
彼女の体温を背中に感じた。
細い腕がしがみつくように俺の身体を抱きしめていた。
「・・・ちびちゃん・・・」
胸が熱い・・・。彼女が誰よりも愛しかった。




一晩中あの人は私を抱きしめてくれていた。
服を着たまま同じベットに横になり、互いの鼓動に耳を済ませていた。
たったそれだけで幸せだった。あの人の温もりを近くで感じる事ができて嬉しかった。
力強い腕に抱きしめられ、生まれて初めて安堵というものを感じた気がする。
朝が来なければいいのに・・・。ずっと、この夜が続けばいいのに・・・。
このまま時間が止まってしまえばいいのに・・・。
好き・・・。彼が好き・・・。胸の中に想いが溢れる。
気づいてしまった気持ちがどんどん大きくなる。好きという気持ちに際限がなくなる。
もう、どれ程彼を好きなのか自分でもわからなかった。
感情が溢れ、涙が流れる。
どんなに泣いても、泣いても好きだという気持ちは消えないのに・・・。





「私、結婚します。プロポ−ズされたんです」
最後に彼女に会ったあの夜、そう告げられた。
胸が鈍く痛む・・・。
「・・・そうか。それはおめでとう」
咄嗟に嘘で顔を塗り、笑顔を作った。
「幸せにしてもらんだぞ」
彼女の頭をポンポンと軽く叩く。
「はい。私、幸せになります」
彼女も笑顔を作る。
これで良かったんだ。これで・・・。
祝福してあげるべきなんだ。そう自分の心に言い聞かせ、空を見上げた。

「都会の月というのは、何だか健気だな」
おぼろげに浮かぶ、月が痛々しく見えた。
無数のネオンに埋もれながらも、月は弱々しく光っている。
「えっ」
小さく彼女が呟く。
「街の灯りに埋もれそうになっても、一生懸命輝いている。そうは思わないか?」
月から視線を彼女の方に向ける。
重なった瞳が切なかった。
「以外ですね。速水さんの口からそんな言葉が出るなんて」
彼女の言葉に自分でも、らしくない事を口にしたものだと思う。
「俺だって人間だ。偶にはそんな事も思うのさ。ちびちゃん」
彼女と一緒にいるこの瞬間がとても愛しかった。




「一つだけ、聞いていいですか?」
彼との別れ際に思い切って口にした。
ずっと、ずっと聞きたかった事・・・。そして、聞いてはいけない事・・・。
「・・・どうして紫織さんと結婚しなかったんですか?」
彼の足が止まる。辛そうな表情を一瞬浮かべ私を見る。
「・・・さぁ、どうして・・・かな・・・」
小さく呟き、また彼は歩き出した。
それっきり、彼は何も言わなかった。
この3年、ずっと考えてきた事だった。どうして彼が結婚式直前で婚約を解消したのか・・・。

「ちびちゃん、幸せになるんだぞ」
最後にそう告げ、彼は私と別れた。
雑踏の中、遠くなる背中を私は見えなくなるまで見つめていた。






「何か北島マヤの消息についてわかった事はあるか?」
社に戻り、水城君に聞くが、朗報は何一つなかった。
聖からの連絡もない・・・。
マヤ・・・。一体、君はどこに行ったんだ。
心配で、心配で心臓が潰れそうになる。
呼吸一つするのも苦しい・・・。
何も手につかない・・・。
俺にとってこんなにも彼女の存在が大きいとは知らなかった。
「社長、顔色が悪いようですが・・・大丈夫ですか?」
心配そうに水城君が告げる。
「あぁ、大丈夫だ。引き続き、彼女の捜索の方を頼む」
俺の言葉を聞くと、彼女は一礼をして社長室を後にした。
一人になると、椅子にドサリと倒れ込み、窓の外を見つめた。
星はなく、月だけが浮かぶ。
都会の空にボロボロに傷つき、泣いているように見えた。

「・・・マヤ・・・」
彼女の名を口にし、月を見上げた。





気がつくと、大都芸能のビルの前に立っていた。
根が生えてしまったように、さっきから足が動かない。
今更、ここに来て、私はどうしようと言うのか・・・。
見上げると、社長室のある階には灯りがついていた。
まだ、彼はいるのだろうか・・・。
一体、私は何をしているのだろう。何から逃げているのだろう。
今度こそ幸せになれると思って、プロポ−ズを受けて、それから・・・考えるのはあの人の事だけだった。
駄目、彼には会えない・・・。
最後の理性がそう告げ、止まったままの足を動かす。

「マヤ!」
ビルに背を向けた瞬間、聞きなれたしっかりとした声が私を呼ぶ。
振り向かずにも誰が呼んだかわかる。
逃げ出すように私はその場から走り出した。
「待つんだ」
彼の声がすぐ側で聞こえる。
そして、あっという間に彼に追いつかれ、腕を掴まれた。
「どうして逃げる?」
真っ直ぐに私を見つめ、彼が口にする。
「私、私・・・私・・・・・」
彼の顔を目にした瞬間、涙が溢れ出す。
「・・・あなたが好き・・・」
3年前に言えなかった言葉が口から滑り落ちる。
驚いたように彼の瞳が私を捕らえる。そして、強く抱きしめられた。




The End




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【後書き】
どうも、お久しぶりでございます(笑)
こうして、自分の作品をアップしたのは一体どのくらいぶりなんだろうなんてしみじみと思ってしまいました(笑)
しかも、連載モノではなく、単品で申し訳ないと思っておりますm(_ _)m
今回はリハビリ(笑)も兼ねて何か書いてみよう♪という事で書かせて頂きました。
少々、妄想脳(←そんな所あるのか? 笑)に蜘蛛の巣が張っていて、何だかありきたりなお話になってしまいましたが・・・(反省)
これから、少しずつまた何かを書いていこうと思いますので、皆様、温かい目で見守ってやって下さいませ。



2002.9.16.Cat











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