―― 恋 ――






年も姿も身分もなく・・・。
出会えば互いに惹かれあい
もう半分の自分を求めてやまぬという

はやく一つになりたくて
狂おしいほど相手の魂を乞うると・・・。
それが恋じゃと・・・。


出会ってしまったら離れる事はできない・・・。
何をしても・・・。
どんなに認めたくなくても・・・。
それが、魂の片割れ・・・。

「社長?どうかなさいまして?」
不意に、声がし、真澄は意識を現実に戻した。
梅の谷から離れ、自分は現実の世界に戻ってきたのだと実感する。
「何でもない」
煙草を一つ取り出し、何かを振り切るように口にする。
「明日の婚約披露ですが全て手配は整っております」
事務的な口調で水城が言う。
「あぁ・・・。そうか」
一呼吸だけ、煙草を楽しむと、真澄は灰皿に吸殻を捨てた。
「そろそろ俺は帰るよ」
必要な書類をブリ−フケ−スに仕舞うと、 真澄は社長室を出た。




会おう・・・。
速水さんに会おう・・・。
気づいてしまったこの気持ちはもう止められない。
そして、伝えるの・・・。

あなたが好きです・・・って。

私の本心をあの人に・・・。


「マヤちゃん?」
誰かに声をかけられて、振り向く。
「・・・水城さん」
「どうしてここに?」
「あの・・・」
速水さんに会いに・・・。
そう言おうとした時に、どこからか拍手が聞こえてくる。
その音に導かれるように会場に入ると、彼女の探している人物が脚光を浴びていた。
とても幸せそうな表情で微笑み、隣にいる女性を優しい瞳で見つめる。

速水さん・・・。

自分の手には到底届かないと、嫌という程実感する。

私は何を言おうとしていたの・・・。
あの人には愛する人がいる。
なんて身の程知らずだったの・・・。


ガシャ−ン!

シャンパングラスの割れる音がする。
その音のした方を向くとマヤがいた。

真澄は大きく瞳を見開き、彼女を見つめた。
愛しい気持ちが膨れ上がる。
伝えられない想いに苦しさが込み上げてくる。

「やぁ、おチビちゃん」
全ての想いを隠し、いつものように彼女に話しかける。
心なしか彼女の瞳が苦しそうに見える。

マヤ・・・何かあったのか?

「あの・・・速水さん、ご婚約おめでとうございます」
真澄に見つめられ、震えそうな膝を抑える。

彼女の口から出た言葉に自分の立場を思い知らされる。
「・・・あぁ。ありがとう」
笑顔を作り、彼女を見つめる。
自分が今演じるのは幸せな男・・・。
決して、片思いに苦しむ男の姿ではない・・・。

自分に強く言い聞かせ、崩れそうなポ−カ−フェイスを再び、作り上げる。
「ゆっくりしていってくれ。君の好きなケ−キも用意させてあるから」
「・・・ありがとうございます」
そう告げた、彼女は悲しそうに見えた。

マヤ・・・?
彼女を連れ出して、その瞳の訳を聞きたくなる。
また、何か辛い事があったのだろうか?

「真澄様、あちらの方々にご挨拶をしてこないと」
真澄の想いを断ち切らせるように紫織が言う。
「えぇ。じゃあ、チビちゃんまた」
マヤにそう声をかけると真澄は紫織に連れられて彼女の前を後にした。
マヤはそんな真澄の姿を見つめ、そして、誰にも気づかれないうちに会場を後にした。

さよなら・・・速水さん。
私の大好きな人・・・。
そして、紫の薔薇の人・・・。




あの瞳は一体・・・。
彼女の身に何かあったのか?

考える事はそればかりだった。
あんなに悲しそうな瞳は今まで見た事のないもの・・・。
母親の死の時だって、あんな表情はしなかった。


「お帰りにならないんですか?」
ぼんやりとしていると、水城の声がする。
「あぁ。少し考え事を・・・」
「・・・マヤさんの事ですか?」
ストレ−トな水城の言葉に、苦笑を浮べる。
「・・・さあな」
しらばっくれるように答える。
「そういえば、最近のマヤさん紅天女の演技が上手くいってないようです」
「何?」
水城の言葉に表情が険しくなる。
「無事に試演を迎えられるかどうか・・・危ない状態だと耳に挟みました」
「・・・そうか」




気づけばいつも涙を流している。
セリフの一つ、一つが私にのしかかってくる。
幸せな恋などわからない。
報われない恋しか知らない私には演じられない。

どうしたらいい?
どうしたらこの胸の中の苦しみを消せるのだろうか・・・。

”・・・北島、今のままではおまえは紅天女など演じられない。悲恋しか演じられないおまえにはな”
黒沼の言葉が重く胸に響く。

稽古場に一人残り、阿古夜のセリフを口にする。
鏡に写るのは悲恋に苦しむ女の顔だった。

「・・・違う・・・。阿古夜はこんな表情を浮べない・・・」
演じられない焦りが、不安となり押し寄せる。
役になれない事に対する悔しさが涙となって彼女の頬を伝う。

「どうした?君はそれでも役者か!」
「えっ」
冷たい声が稽古場に響く。
振り向けば、そこには真澄がいた。
「・・・速水・・・さん」
涙を拭い、真澄を見つめる。
「俺が梅の谷で見た紅天女は君のような表情は決して浮べなかった。君が演じているのは恋に泣くただの娘だ」
いつものように厳しい言葉を並べる。
彼女の瞳の奥にある闘志を燃え上がらせる為に・・・。
その為なら、彼女にどんなに嫌われたって構わない・・・。
彼女が役を掴んでくれるのなら・・・。役者として成長してくれるのなら・・・。
どんな事にでも耐えられる。

「・・・わかってます。今の私には悲恋しか演じられない・・・。だって、私に幸せな恋などわからない!!
わかるのは、報われない恋の苦しさ、悲しさ・・・。どんなに好きになっても振り向いてもらえない辛さ・・・」
真澄を真っ直ぐに見つめ、心の中の悲鳴を口にする。
苦しそうな表情に、真澄は何と言ったらいいのかわからなかった。

幸せな恋などわからない・・・。

その言葉が真澄の頭の中に何度も響く。
「・・・ごめんなさい。あなたにこんな泣き言を言って・・・」
我に返り、自分の言葉にハッとする。
「・・・帰って下さい・・・」
泣いてしまいそうな自分を制し、彼に背を向ける。
これ以上冷静に真澄の顔を見ていられる自信がなかった。

彼女の小さな肩が僅かに震えていた。
涙を堪えているように見える。
その姿の悲痛さに、理性が外れる。

そして・・・。

「・・・速水さん!?」
突然、真澄に背中を抱きしめられる。
「許せない・・・。君にそんな恋をさせるヤツが・・・」
耳元にかかる真澄の言葉に切なくなる。
「・・・俺だったら」
「えっ」
絞り出すように口にした言葉に、思わず、彼の方を向く。
「・・・俺だったら、君にそんな恋のさせ方はさせない」
「・・・速水さん・・・」
視線が絡み合う。
互いを探るようにじっと見つめ合う。
彼女を抱きしめる腕に力が入る。
次の瞬間、唇が重なる。

優しい口付け・・・。

いたわるような、抱きしめるような・・・。
マヤの大きな瞳に涙が溢れる。
「・・・そんな辛い恋忘れろ。俺が君に幸せな恋を教えてやるから・・・」
唇を離し、彼女の頬に触れながら、口にする。
「・・・速水さん・・・」
真澄に強く抱きつき、泣き崩れる。
そんな彼女を真澄は力強く抱きしめていた。





君にそんな想いをさせるのは誰なんだ?

泣き疲れて眠ってしまった彼女を自分のベットの上に寝かせる。
まだ、まだ子供だと思っていた彼女が大人の女性に見えた。
あどけない寝顔に艶やかさが宿る。

「・・・マヤ・・・」
柔らかい頬に触れ、愛おしむようにその名を口にする。
彼女に寄り添うように自分もベットに横になり、力強く抱き寄せる。
止め処なく愛しさが溢れる。
自分がどんなに彼女に惹かれているのかを実感する。

今だけは全てを忘れよう・・・。
婚約している事も・・・。
彼女の母親をこの手で奪ってしまった事も・・・。

今だけは・・・素直に彼女を・・・。

そっと彼女の唇に自分の唇を寄せ、再び塞ぐ。
今度は気持ちを解放するように深く・・・激しく・・・。

「・・・うんっ」
苦しそうな彼女の声がする。
唇を離すと、彼女がゆっくりと瞳を開けた。
「・・・速水さん・・・」
「・・・すまない。君の寝顔を見ていたら・・・つい」
そこまで言うと、真澄は彼女から離れ、ベットから起き上がった。
「・・・私から離れないで、側にいて下さい・・・」
真澄のYシャツの袖を掴み、懇願する。
「・・・マヤ・・・」
驚いたように彼女を見つめる。
「・・・お願い、今夜だけは私を抱きしめていて下さい・・・。梅の谷の時のように・・・」
「・・・マヤ・・・いいのか?本当に」
真澄の言葉に大きく頷く。
真澄はそれを見ると、再び彼女に寄り添うようにベットに横になり、彼女を抱きしめた。
二人は何を話す事なく、互いの温もりを感じながら、穏やかな眠りについていた。




「・・・ここは・・・」
目を開けると知らない部屋の天井が見えた。
突然、意識がはっきりし出す。
ハッとし、ベットから起き上がり、真澄の姿を探す。
「・・・夢だったの?」
隣で彼女を抱きしめていたはずの真澄の姿は見えなかった。
でも、自分のいるこの部屋は一体・・・。
不安を抱いたまま寝室を出ると、隙なくス−ツを着こなした真澄がリビングでコ−ヒ−を口にしながら、
新聞を見つめていた。
「やぁ、よく眠れたか?」
彼女の姿を見つけると、いつもの調子で声をかける。
「・・・あの、ここは・・・」
「あぁ、俺のマンションだ。君が眠ってしまったからね、仕方なく連れて来たという訳さ。
安心しろ。俺は君に何もしちゃいないからな」
彼女の疑問に答えるように、一気に話す。

何もしていない・・・。
じゃあ、稽古場でのキスは?
眠っている時に感じた唇の感触は?
抱きしめてもらったまま眠ったのは?

全ては夢だったの?

真澄の言葉に大きな葛藤が心をかき乱す。

「どうした?」
黙って立ちすくむ彼女に声をかける。
「・・・速水さん・・・私・・・」
不安そうに彼を見つめ、何かを言おうとするが言葉が出てこなかった。
「・・・いいえ。何でもないです。いろいろとお世話になりました。ありがとうございます」
そう言うと、彼女は玄関に向かって歩いた。
「マヤ?」
そんな彼女を追うように、真澄も飲みかけのコ−ヒ−を置き、玄関に向かう。
「・・・そんなに慌てて帰らなくてもいいんだぞ」
苦笑を浮かべ、彼女に言う。
「いえ。これ以上ご迷惑はかけられませんから」
昨夜の彼女とは違う、感情を押し殺したような瞳で彼を見つめる。
「そうか。なら、送って行こう。丁度、俺も出かける所だ」
「いえ。結構です。一人で帰れます」
そう言うと、彼女はドアを開け、彼の部屋から出た。
一刻も早く真澄から離れたかった・・・。
自分が惨めに思えるから・・・。
馬鹿な事を口にしてしまいそうだったから・・・。

マヤ・・・。すまない・・・。
俺には真実を口にする勇気がないんだ。
今の俺では君を幸せにはできないから・・・。
君に幸せな恋などさせてあげられないから・・・。

すまない・・・。

彼女を追いかけたい衝動に必死で堪え、真澄は閉ざされたドアを見つめた。





『おまえさまが好きじゃ』

例え、夢だったとしても構わない・・・。
あなたに抱きしめられた時の幸福感を私は忘れない。

『おまえさまと出会って初めて、私は自分が人間の娘じゃと感じることができたのじゃ・・・』

あなたが私の事を忘れても・・・。
あなたの温もりは私の心に残る。
優しい唇の感触も、あなたの逞しい腕も・・・。

夢だったとしてもいい・・・。
その想いを胸に、私は演じられるから・・・。
もう、泣かない・・・。

私は阿古夜・・・。

「よし!北島、いい表情だ」
マヤの演技に黒沼は満足そうな笑みを浮べる。
「ありがとうございます」
迷いのない表情で、黒沼を見る。
その瞳には役者としての輝きに満ちていた。

これでいける!

黒沼の心の中に強い確信が生まれた。


そして・・・。
稽古から半月が過ぎ、試演の日を迎えた。

マヤは控え室で一人、出番が来るのを待っている。
鏡の前に座り、幾度も、幾度も繰り返す。

自分は紅天女・・・。
恋に命を燃やす女・・・。
ただ一人の愛しい男性を愛する女。

鏡の中に真澄の顔が浮かぶ・・・。

速水さん・・・。
あなたへの想いを私の紅天女に託します。

いつも私を支えてくれた紫の薔薇の人・・・。
そして、私の愛しい人・・・。

この舞台は私とあなたのもの・・・。
例えあなたに婚約者がいようと演じている間はあなたは私のもの・・・。
阿古夜の恋は全て私の想い・・・。
愛しいあなたへの・・・。
今日こそ私の気持ちをあなたに伝えます・・・。


「出番です」
控え室に係りの者が伝えにくる。
その声を聞き、彼女は熱い決意を胸に舞台に向かって歩いた。

「北島、いけるか?」
「マヤちゃん、準備はいい?」
黒沼と桜小路が彼女に声をかける。

「えぇ・・・。もう迷いはない。私は紅天女」
力強く、そう言うと、舞台に立つ。
目の前に広がる幕を見つめ、気持ちを集中する。

この幕の向こうにはあなたがいる。
見てて下さい、速水さん・・・。
阿古夜の恋を・・・。紅天女の恋心を・・・。

あなたへの私の恋心を・・・。

静かに幕は上がり、彼女の舞台が始まる。
自分の命をかけて一人の男を愛する激しい紅天女の恋の舞台が・・・。



年も姿も身分もなく・・・。
出会えば互いに惹かれあい
もう半分の自分を求めてやまぬという

はやく一つになりたくて
狂おしいほど相手の魂を乞うると・・・。
それが恋じゃと・・・。






                               The End


【後書き】
10000ヒット記念リクエストFICです♪
10000を踏んで下さった、ねここ様と、遊びに来て下さる訪問者の皆様に捧げます♪
(えっ?返品?(笑))
本当にありがとうございます♪

今回は原作に沿ったものを書こうと思い、ガラかめを読みながら書いてみました。
何だか。中途半場な終わり方になってしまいました(苦笑)
リクエストFICなんだから、シオリ−の存在とかも無視して甘いものを書こうかなとも思ったんですけど・・・。
そうするとなぜか・・・ベットシ−ンとか出てきてしまって・・・濡れ場がいっぱいに・・・(冷や汗)
健全なマヤちゃんにそんな事をさせてはならない!と思って、書き直しました(笑)

皆様、返品なとど言わずに貰ってやって下さいね♪


2001.8.30.
Cat








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