『春 雷』
AUTHOR MIO


登場人物

  桐野若葉 22才、就職したばかり
茂木俊輔 25才、若葉の恋人
結城雅也 31才、若葉の先輩





その日は朝から雨が降っていた。
風も強く吹いており若葉はスプリングコートを着て行くことにした。
俊輔との待ち合わせは午前11時だった。
待ち合わせのいつもの喫茶店に行くと俊輔はもう来ており、眉間にしわを寄せながら
ノートパソコンを叩いていた。
「ごめん、遅れたかな?」若葉が声をかけると俊輔は「いや・・・」とだけ言い、
まだパソコンから目をはずそうとしなかった。
注文をすると若葉は少しためらった。こういう時の俊輔はあまり機嫌が良くないの
だ。
「あのー、今日どうする?」その台詞を待っていたようにようやく顔を上げた。
「若葉、今日俺ダメになったんだ、悪いけどお茶を飲んだら先に帰るわ・・・」
「・・・そうなの?どうして?」
「うん、急にトラブっちゃってさ、今から会社に戻らなくちゃいけない」
若葉はがっかりしながらも、なるべく顔に出さないように努めながら聞いた。
「・・・そう、じゃ夜は?逢える?」
「う〜ん、約束できないな・・・。もし逢えそうななら携帯にメールするよ」
「うん、わかった」

若葉はとてもゆっくりお茶を飲む気にはなれず、俊輔が帰った後早々に喫茶店を出
た。
若葉と俊輔は大学のサークルで知り合った。
俊輔は三つ年上で社会人4年目、若葉はまだ就職したばかりだった。
休日に出勤するような仕事をしているわけでもない。
つきあいも長くなりそろそろ結婚という話がなんとなくでていた。
双方の両親も特に反対しているようでもないらしく、結婚に対して特に障害もなかっ
た。
しかし最近若葉は二人のつきあいにしっくりしたものを感じられなかった。
会うとイライラしていた、彼もそうかもしれない、と思う。
俊輔は就職すると徐々に変わっていったように思う。
大学生だったころはお互いまだ子供で甘ったるくて、会うだけで嬉しくて相手にのめ
り込んでいった。
けれど学生と社会人という立場がお互いの気持ちを遠ざけたのだろうか・・・。
若葉はまだ就職したばかりだから俊輔の気持ちや立場はまだなかなか理解できそうも
ない。
自分がまだまだ未熟なのだろうって思う。
そう思うことで自分の中でわき起こる気持ちを封じ込めようとしていた。

喫茶店を出ると雨はあがっていたがどんよりと曇っていた。
さて、どうしようか・・・。こんなときはパッと買い物でもして帰ろう、
うん、それが一番だと道ばたでうなずくと歩き出した。その途端肩を叩かれた。
「若葉ちゃん!」振り向くと結城雅也が立って微笑んでいた。
「結城先輩!こんにちは、びっくりしましたー。」
「どうしたの?若葉ちゃん、買い物?あ、それともデート?」雅也は軽やかに聞い
た。
「いえ、今フラれたところです、彼忙しいってー。だから買い物でもしようかなって
・・。」
「そう・・・俺ね、今日接待が入ってるんだけど、まだしばらく時間あるんだ、
良かったらお茶でも飲まない?」
「ええ、喜んで」と若葉と雅也は、若葉が今でたばかりの喫茶店に入っていった。

雅也は若葉の高校の先輩であるが、実は在学中には一度も会っていない、というのも
雅也が9才年上だからだ。
雅也は外国車を輸入する実業家だった。妻とは離婚しており、今は独りだ。
俊輔とは全く違うタイプだった。
俊輔は理系のエンジニアでどちらかというと華奢でインドアなタイプである。
雅也は高校を卒業すると就職し、早くに独立した。
ハングリーなたたき上げというイメージもあるが、
接待、外国への主張など多いせいもあり上品な背広を着こなしていた。
高校では水泳部の先輩であるが、数年前の水泳部のOB会に出席した際、
そこで結城という先輩がいることを知ったのである。

「桐野さんだよね?」
「はい・・・?」宴席で若葉は突然声をかけられた。
「俺、11期の結城っていいます、はじめまして」
「あ、20期の桐野若葉です、はじめまして」
「車を買うときはうちにどうぞ・・」と名刺を差し出された。
「まだ私学生ですよ・・・」
「あ、そうか、じゃあ社会人になったら御願いします」
と、そのときは当たり障りのない会話をして別れたのだが、
偶然街で会ったり、結城のディーラーに遊びに行ったりして、うち解けていった。
しかし先輩・後輩という関係は崩れることなく、二人の関係は変化がなかった。

喫茶店で、若葉はとても楽しかった、新しい職場での話、雅也の外国出張の話、
高校の噂話など知らないうちに2時間が過ぎていた。雅也も時計を見て驚き
「あんまり時間ないんだけど、お昼食べてこうか?」と言った。
「いいんですか?」
若葉はさすがに遠慮した、お昼までごちそうになっては申し訳ない気がした。
「うん、俺のお気に入りの定食屋があって、美味しいんだよー」
と雅也も嬉しそうに答えた。

定食屋は混んでいたが、元気のいい老夫婦が経営していた。
雅也をみると夫婦は笑顔で声をかけてきた。
「結城さんじゃない!久しぶりだね!」
「おじさん、おばさん、ご無沙汰しています。」
「あ、彼女?かわいいね!」と大きな声で聞いてくる。
「あはは、まいっちゃうなー」と雅也も照れながら答えた。
「ごめんね、若葉ちゃん、うるさくってー。」
「もっと落ち着けるとこにすれば良かったね」
「いいえ、大丈夫です。こういうところ嫌いじゃないですよ」
「そう?なら良かった。お任せ定食でいい?」
「はい」若葉もすっかりこの雰囲気を楽しんでいた。


「この鰆(さわら)美味しい!」
若葉は鰆の西京焼きを食べたのたが、これが美味しいのだ。
「だろう?」と言うとお互い同時に醤油を取ろうとして手がぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「いや、俺こそ・・」若葉はなんとも思わなかったのだが、雅也の反応が妙だった。
照れてる?先輩が?まさか・・・。
「ほうれん草のごま和えも美味しいし、シジミのおみそ汁も!
なんだかホッとする味ですねー!」若葉は味付けが素晴らしいことに驚いていた。
「外食ってやっぱり味がきついでしょ?でもここは体を気遣った味付けなんだよね」
「ええ、ほんとに」若葉はすっかり平らげていた。

「今日はご馳走さまでした。」若葉がぺこりと頭を下げると、雅也は
「いいえ、どういたしまして。若葉ちゃんとデートできて嬉しかったよ」
と今度は照れもせず言う。さっきの先輩はなんだったんだろう?気のせいかな?
そんなことを思いながら雅也の顔をみていた。
「良かった、若葉ちゃんが元気になってくれて、最初会ったときなんだか元気なかっ
たでしょ?」
やはり喫茶店からでてくるところを見られていたらしい。
「ええ、ちょっと・・・。でもお陰ですっかり元気ですよ、ありがとうございまし
た。」
「なんだか結城先輩といると安心します。気負わなくていいんだなって思えて・・
・。」
自分でも意外なくらい言葉がでていた。
そうだ、俊輔との違いはこれかもしれない、と思う。
雅也の顔を見上げると雅也が今までで一番優しい笑顔をむけていた。
「まいったな、若葉ちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて」
雅也は先ほど見せた照れた表情をしていた。
若葉も雅也といて初めてなんともいえない気持ちが湧き上がっていた。
若葉はとまどっていた、“え、何?この気持ち・・・”自分でも理解出来ない感情
だった。まさか私・・・!?
いったん止んだ雨がまた降り出してきたので、雅也が送ってくれるという。
しかし若葉は帰る気になれなかった。
「先輩は?先輩はどこで接待なんですか?」反射的に聞いていた。
「え、あぁ国際ホテルだよ。フランスからお客様でね、
夕食を一緒にすることになってるんだ・・・だから送っていくよ、・・・若葉ちゃん
?」
「いいえ、いいえ私ここで結構です。ありがとうございました。さよなら」
気づくと若葉は走り出していた。遠くで雷が鳴り始めていた。

雅也と別れ若葉はショッピングモールに駆け込んでいた。
雨を避けなければいけないし、とりあえず冷静になりたかった。
なんだかドキドキしている・・・胸の奥が開かれて痛いような感触が広がっている。
自分が信じられない、だって今日の午前中は俊輔に会うために家をでたのだ、
雅也と偶然出会って、お茶を飲んでおしゃべりをした、食事もした、ただそれだけな
のに
先輩の笑顔が頭から離れないなんておかしい、どうかしている・・・。

俊輔とは結婚話がでているというのに、今更どうしてこんなことに・・・。
若葉は面食らっていた。
雅也はいつも優しかった、それは私が後輩だからだろうと思っていた。
始まったばかりの仕事を聞いてくれた先輩、俊輔とのつきあいをアドバイスしてくれ
た先輩、
高校のクラブの話をして盛り上がった先輩、次から次へと思い出された。
いつも私は先輩の優しい心に雨宿りしていたのかもしれないな・・・と気づく。
その心地よさに、暖かさに飛び込みたかった、雅也のその胸に・・。
もうごまかせないな・・・若葉は歩きながら決意をしていた。
“私、結城先輩のことが好きあ・・・”

そこへ携帯が鳴った、俊輔からだった。
「もしもし、若葉?なんとか行けそうだよ、ね、聞いてる?」
「うん、俊輔・・ごめん、私行けなくなった。」
自分でも驚くほどあっさりとは電話を切った。
そしてタクシーをひろい国際ホテルへと向かった。

まだ時間には早いらしくホテルの喫茶ルームで時間を潰した。
信じられないくらい心が凪いでいた。今まさに、俊輔を裏切ろうとしているというの
に。
ただ今は雅也に会いたかった。こんな気持ちは初めてだった。
“私、先輩に恋してるんだ・・・”もう想いを告げることに迷いはなかった。

そこへ何人かの外国人と結城らしい姿をみつけた。
食事を終えて屋外の駐車場にむかっていた。若葉はロビーを横切り後を追った。
車に乗り込んだ客人を見送り、雅也は手を振っていた。
振り返った雅也と目が合った。
「若葉ちゃん?!」
気づくとかけだしていた。
彼の胸に飛び込んだとき、大して走ってもいないのにひどい息づかいをしていた。
「若葉ちゃん?どうしたの?」雅也はさすがに驚いているようだった。
「ごめんなさい・・・、でもどうしようもなくて・・」。
若葉の声は涙声になっていた。胸の奥が針を刺したように痛かった。
「若葉ちゃん?一体・・・?」
彼女は身近にある雅也の顔を見上げた、初めてこんなに近くに見る顔だった。
ちっともカッコいいなんて思ったことがなかった。けれど今は違う。
ずっとこの胸に憧れていた、そして想いを告げたかった。
「・・・・好きです、結城先輩・・」

なま暖かい風が吹いていた。
遠くで音のしない雷が見えた。
それはまるで若葉の心の中に突然起きた春雷のようだった。
雅也はしばらく驚いているようだったが、やがて若葉の背中に回した腕を強めた。
「・・・いいのか?俺でも?」
予想外の答えだった。
「OB会で初めて君をみつけたときから君が好きだったんだよ、知らなかっただろ?
でも俺は大卒でもないし、安定した職業でもないし、カッコよくもない。
若葉ちゃんに釣り合わない男だって、ずっと諦めてたよ・・・。バツイチだしさ。
だからずっといい先輩を演じてたんだ・・。君をこれ以上好きになっちゃいけないっ
て・・」
若葉はずっと胸に顔をうずめながらこの言葉を聞いていた。
「ホントに俺でもいいの?・・・後悔しない?」
「うん、うん、ずっと一緒にいたい。」

若葉がそっと体を離すと雅也が優しく唇付けて囁いた。
「好きだよ・・・。」

おわり



【Catの一言】
MIOさん素敵なお話ありがとうございます♪先輩への気持ちに気づく若葉ちゃんが好きです♪
最近年の差カップルがツボな(笑)Catには程よい年齢さでしたわ♪雅也さんと若葉ちゃんのこの後のお話とかも読んでみたいです♪

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