「これが、私の最後のリサイタル・・・。征人、見てて」
腰まである長い髪をシニヨンに纏め、真っ白なドレスを着た彼女が言う。

最後のリサイタル・・・。


彼女が口にしたその言葉がズシリと胸に響く。
幾分かやせ衰えた顔と身体。
この世から消えてしまいそうな儚い笑顔。
急に不安になる。

「・・・征人?」
彼女の存在を確認するようにしっかりと抱きとめる。
より華奢になった身体に胸が苦しくなる。

あぁ、彼女はこうして、腕の中にいるのに・・・出会った時と何も変わらないのに・
・・。
どうして、俺をおいて逝ってしまうんだ・・・。
こんなに愛しいのに、どうして、俺から奪うんだ・・・。


     

              二度目の恋−2−





「征人の奥さんは・・・葵さんて言って・・・それは、とても綺麗な人だったみた
い」
克之がおもぐろに彩に話す。
「あんまり、私に奥さんの話してくれないから、詳しくは知らないんだけど・・・何
でも、有名なヴィオリニストだったらしいわよ。
橘 葵って聞いた事ない?」
克之に言われ、頭の中を探るようにその名を思い浮かべる。
「・・・名前だけは聞いた事があるかも」
グラスを口にしながら呟く。
「私と、克之が出会ったのは奥さんが亡くなってから二年後だったわ。あの頃の彼は
刃のようだった。
決して人に心を見せない。心の中には何も入っていないみたいで・・・痛々しかっ
た」
昔を思い出すように克之が瞳を細める。
「彼の心の中は一生葵さんだけなんだと思う。彼にとって、葵さんは生涯の恋人だか
ら・・・。私は、ほんの隙間にいるしかすぎない・・・。
付き合って三年になるのに・・・私はまだ彼の心の中には入れないでいる」
悲しいそうな瞳でグラスを見つめる。
「・・・克之・・・」
彼の表情に複雑な気持ちになる。
「こんな話、ごめんなさい。つい、葵さんの事を考えると・・・不安になって・・
・。これじゃあ、全然、あなたの質問に答えてないわね」
「・・・ううん。私こそ、克之に甘えて、こんな事聞いてごめんなさい。つらいに決
まっているのに・・・」
「・・・彩・・・。いいのよ。これぐらい。私はあなたにもっと酷い事をしていたか
ら・・・」
そっと彩に微笑みかける。
彩の胸に昔の克之が重なる。
克之が瞳を逸らせ、テ−ブルを見つめる。
「・・・さて、今夜はとことん飲みましょう!私たちは恋人にはなれなかったけど、
いつまでも親友でしょ?」
「・・・もちろんよ」
無理に笑顔を浮かべ、克之と何度目かの乾杯を酌み交わす。






「立石、どうした?浮かない顔して」
昼休みに会社の屋上でぼんやりとしていると、佐々折が彩の前に現れた。
「あっ、先輩」
青空から視線を佐々折に移す。
「・・・本当に諦めの悪い女なんだなぁぁて、実感しちゃって」
苦笑を浮かべる。
「・・・うん?別れた元婚約の事か?」
「はい。最近、彼と週末になると一緒に飲むんですけど・・・。やっぱり、彼が女装
していようが、男が好きだろうが・・・、目の前で優しく微笑まれたりすると、
胸が痛くて・・・。彼の笑顔があまりにも昔と変わらないから・・・。振り向いてな
んてもらえないのに・・・どうしようもないですよね・・・私」
「・・・俺は気のきいた事は言えないが・・・、そんなに焦らなくてもいいんじゃな
いか?」
煙草を一つ取り出しながら、佐々折が口にする。
「ゆっくり、諦めていければいいんだよ。何も今すぐに忘れる必要はないんだ。人を
好きになるってそんな簡単な事じゃないと思うから・・・。
だから、立石、無理するな」
そう言い、彼女の頭を優しく撫でる。
「・・・先輩・・・」
じわりと涙が浮かびそうになる。
「やだ。そんな優しい事、言われたら、私、泣いちゃいますよ」
「ははははは。立石でも泣くのか?」
おどけたように佐々折が言う。
「ちょっと、それどういう意味ですか!」
僅かに頬を膨らませる。
「いつもの立石に戻ったな。やっぱり、おまえはそうじゃないとな」
可笑しそうに佐々折が笑い出す。
彩も何だかつられて笑っていた。






「・・・彩を葵さんのお墓に連れて行ったって聞いたわよ」
「えっ」
克之の部屋でぼんやりとテレビを見ていた征人が間の抜けたような声を出す。
「あぁ・・・何となくな」
「・・・まだ私は連れて行ってもらってないわよ」
テ−ブルに二人分のコ−ヒ−を置きながら、口にする。
「・・・何だ?おまえも行きたかったのか?」
「もちろんよ。征人が愛した女(ひと)のお墓なら行きたいわ」
テ−ブルに両手をパン!とつき、真剣な表情で言う。
「・・・克之?」
不思議そうに彼を見つめる。
「どうしたんだ?いつものおまえらしくないぞ?」
克之の腕を掴み、引き寄せる。
あっという間に征人の腕の中に閉じ込められる。
彼の表情を探るようにそっと見つめ、唇を塞ぐ。
「・・・何も心配する事はないさ。俺の瞳の中に今いるのは・・・克之、おまえだけ
だ」
唇を離すと、彼の耳元で囁き、二度目のキスをする。






「立石君、この資料を水無瀬教授に持って行ってくれないか?」
課長に呼ばれ、A4サイズの茶色い封筒を渡される。
「えっ、今日は水無瀬教授、社の方に来るのでは?」
「それがね。都合が悪くなって来れなくなったから、今日の会議の資料を届けて欲し
いって言われたんだよ」


「教授なら、今日はいらしていませんよ」
研究室に行くと、彼のアシスタントが言う。
「では、どちらに?」
「さぁ・・・朝、休むって電話があっただけですから・・・」
「あの、教授の住所わかりますか?」




「・・・征人、征人」
長い黒髪の女性が彼を呼ぶ。
「・・・葵?」
聞き覚えのある優しい声に彼が目を覚ます。
彼を見つめ、愛らしい笑みを浮べる。
「どうして、そんなに悲しそうなの?」
彼に近づき、両手で頬を包み込む。
目の前の彼女に呼吸が止まりそうになる。
「笑って。私は征人の笑顔が一番好き!」
満面の笑みを浮べて彼女が言う。
「・・・私があなたの悲しみも不安も包んであげる。だから、笑顔を見せて・・・」





ピンポ−ン。

と、インタ−ホンを押しても、何の反応もなかった。
7階の水無瀬教授のマンションの部屋の前に佇む事、10分。
手の中にある茶封筒をどうするべきか、彼女は考えていた。

「・・・帰ろうかな・・・」
そう思った瞬間、何気に回したドアノブがいとも簡単に開く。
まるで、彼女を招き入れているようにも見えた。
「・・・どうしよう・・・」
戸惑いながらもドアを開け、そつと部屋の中を見る。
玄関と広い廊下が見えた。
「すいませ−ん!!水無瀬教授、いますか?立石です!!」
しかし、返事はない。
このまま帰ろうにも何だか、気になって動けなかった。
「・・・仕方ない。上がるか」
靴を脱ぎ、彼の部屋に上がり、廊下を歩き、突き当たりのドアをあける。
そこは広々としたダイニングとリビングが広がっていた。
そして、よく見てみると、シンプルなブル−のソファ−の上に水無瀬が眠るようにし
て、横になっていた。
「・・・あの、水無瀬教授」
側に行き、声をかけてみるが反応はない。
「・・・完全に眠っているの・・・かな・・・」
よく見てみると、彼は苦しそうだった。
不思議に重い、何となく額に手を置いてみると、物凄い熱さが伝わってくる。
「大変!熱がある!」
彩がそう口にした瞬間、彼の額の上に置かれた手に彼の手が触れる。
「・・・えっ」
驚き、彼を見つめると、ゆっくりと彼が瞳を開け、彼女に初めて見せる表情を浮べ
る。
その瞳は愛しくて仕方がないというように彼女を見つめていた。

「・・・葵・・・」
戸惑っていると、そう言い、彩を抱きしめる。
「・・・会いたかった・・・ずっと、君を探していたんだ・・・」
耳元に掠れた彼の声が響く。
初めて聞く声・・・。愛する人を求めるその声に切なくなる。
「・・・私も、会いたかった・・・」
自然に口が開き、彼を優しく抱きしめた。


どうして、私こんな事をしているんだろう・・・。

腕の中で安心するように眠った彼を見つめる。

突き放せなかった・・・。
あんな瞳を向けられて、あんな声を聞かされて・・・。
愛する人を失う気持ちはわかる気がするから・・・。
だから・・・。

彼の柔らかい髪をそっと撫でる。

あなたは一体、どんな恋をしてきたの?
一生分の恋ってどんな感じなの?




「・・・あっ、征人、気づいたの?」
水無瀬が目を開けると、ベットの上にいた。
心配そうに彼を見つめる克之の姿が視界に入る。
「・・・克之?どうしてここに?」
「あなたが倒れているって、彩から聞いて、飛んできたのよ」
「・・・彼女が?」
「えぇ。そうだ。これを渡してって」
克之はそう言い茶封筒を渡す。
「あっ、そうか。俺が届けてくれって頼んでいたんだ」
中身を確認しながら、呟く。
「はい。それはもう少し、置いといて、今はゆっくり、休みなさい」
資料を見だそうとした水無瀬の手から書類をすっと取り上げる。
「これ、お薬よ。いい、風邪は油断大敵なのよ。そうだ。何か食べたいものある?」
「・・・えっ、あぁ、そうだな。何でもいいよ。何か食べたい」
「そう。じゃあ、おかゆ作ってくるから、ちょっと待っててね」
「・・・克之、あのさ・・・」
寝室から出て行こうとする彼を呼び止める。
「何?」
ゆっくりと振り向く、
「・・・ずっと、克之がついていてくれたのか?」
「えぇ。そうよ。彩から電話を貰ってから、ずっとあなたの側にいたわ」
「・・・彼女はすぐ帰ったのか?」
「えぇ。あなたが倒れているのを見つけてから電話くれて、私が来たら、すぐに帰っ
たわよ」
「・・・そうか」

やっぱり、あれは夢だったんだろうか・・・。
葵を抱きしめながら、ずっと、彼女に抱きしめられていた気がする。
甘い彼女の香水と、柔らかさを感じていたような・・・。

「・・・征人?どうしたの?」
急に黙りこくった彼を不思議そうに見つめる。
「うん?別に・・・何でもない。それより、腹減った。克之、早く何か作ってきてく
れよ」
子供のような視線を克之に向ける。
「はい。はい。すぐに作るわよ。大人しく寝ているのよ」






「ちゃんと、仕事してるか?」
ぼんやりと、PCを見つめていると、どこからかそんな声がする。
「えっ・・・」
PCから目を離し、声の主の方を向くと、そこにはすっかり風邪を治した水無瀬がい
た。

”・・・葵・・・”
熱に浮かされ、そう呼んだ彼の表情が浮かぶ。
胸の奥に静かに波紋が広がる。
そして、次の瞬間も締め付けられるような気持ちに襲われた。

「どうした?そんなに眉間に皺を寄せて」
いつものからかい口調で彼が言う。
「・・・すっかり、よくなったみたいですね」
「克之にベットに縛りつけられたからな。飽きるまで眠ったよ」
苦笑気味に彼が言う。
「今日は打ち合わせか何かですか?」
「いや、君に礼が言いたくて、来た。ありがとう」
素っ気ない彩の言葉に水無瀬が穏やかな表情を浮かべ、彼女を見つめる。
「・・・いえ。私はただ、資料をお届けしただけですから」
「そして、恋敵の俺に情けをかけて克之に連絡してくれただろう?」
「・・・なっ、恋敵って・・・」
「だって、そうだろう?君は彼の事が今でも好きで、彼は今の俺の恋人だからな」
可笑しそうに笑う。
「それじゃあな。恋敵さん」


そう、私にとって彼は恋敵・・・。
私が愛しているのは克之だけよ・・・。

なのに・・・どうして、彼の一言、一言に、胸がドキドキするの・・・。

私は一体・・・。

「・・・あの、葵さんって・・・誰ですか?」
彼の背にその言葉をぶつける。
彼は驚いたように振り向いた。
その瞳が悲しみの色に染まり始める。
「・・・どうして?」
彼の口がゆっくりと開き、呟く。
いつもの表情は消え、彼は射抜くように私を見つめていた。

「水無瀬教授、いらしていたんですか。丁度、相談したい事があったんですよ」
私が口を開く代わりに、課長が彼を見つけ、親し気に彼に近づく。
「えっ・・・、ちょっと、用があったものですから」
彼はそう言いながら、課長に促されるように応接室に向かった。
彼がいなくなった瞬間、身体中から力が抜ける。

私は一体・・・何を言おうとしたの?






「話がある」
会社から出ると、水無瀬が待ちぶせをしていたように彼女の前に現れる。
「・・・えっ、あの・・・」
予想外の彼の出現に、戸惑う。
「ちょっと、付き合ってもらうぞ」
彼女に一言も言わせないように強く、腕を掴み、路上に止めてあった車の中に連れ込
む。
彼は何も言わずに車を走らせた。

「・・・着いたぞ」
そう言い、彼に連れられて来たのは有楽町にある国際フォ−ラムだった。
車から降りると、フォ−ラム内を彼が歩き始める。
彼女は何が何だかわからず、ただ、彼の後を歩いていた。
「あの、一体、どういうつもりなんですか!」
段々、頭の中が冷静になり、言葉が口を出始める。
彼は彼女の質問には何一つ答えず、どんどん先に進む。
「何とか言ったらどうです?」
そう彼女が口にした途端、彼が歩みを止める。

「ここが、彼女の最後のリサイタルホ−ルだった」
バンっと大ホ−ルの入り口を開け、彼が初めて口にする。
「えっ」
「彼女の名前は橘 葵。ドイツの音楽院を出て、世界中から注目される若手ヴァイオ
リニストだった」
客席から舞台に向かって歩き出す。
「俺はこの席で彼女の最後の演奏を聴いていた」
最前列の前に止まる。
「彼女の音色は恐ろしい程、研ぎ澄まされていた。もうすぐこの世から去るなんて信
じられない程に・・・」
彼の声が僅かに震え出す。
「俺は彼女を愛していた。一生分の愛を彼女に注いだ・・・。いや、それは今も変わ
らない・・・。今でも愛している」
舞台を見つめ、そこにいないはずの彼女を見つめるように瞳を細める。
「・・・橘 葵は今でも俺の妻だ」
くるりと、彩の方を向き、宣言をする。
その瞬間、彩の胸に冷たい風が吹き抜ける。
「・・・どうして、私に・・・そんな事を」
「君が葵の事を聞いたから、真実を述べただけだ」
「・・・葵さんを今でも愛しているというなら・・・どうして、克之と一緒にいるん
ですか!彼はあなたの事を愛しているのに・・・」
自分でも、どうして克之の事を口にしたのかわからなかった・・・。
ただ、許せなかった・・・。
妻を愛していると言い、克之と一緒にいる彼が・・・。
「・・・克之は・・・俺にとって、家族みたいな存在だ・・・恋人とは少し違う」
「・・・そんな・・・それじゃあ、克之が可哀想」
「・・・克之もそれは承知している。俺がもう二度と人を愛せないのは・・・。
だから、家族としてなら、愛せると彼に言ってある。彼はそんな俺の我が儘を受け入
れてくれたよ」
自嘲気味な笑みを浮べる。
「・・・だったら、私に克之を頂戴・・・私から克之を奪わないで・・・あなたには
必要ないんでしょ?」
心が叫び出す。
もう、止まらない程に・・・。
私の中にあった願望・・・。
克之が欲しい・・・。
「・・・彩・・・」
泣き顔の彼女を見つめる。
「・・・愛しているのよ・・・克之を」
そう言い、彼の前から全力で去る。
自分の気持ちから逃げるように・・・。
知りたくない気持ちに気づかないように・・・。




「・・・克之・・・」
「・・・彩?」
克之が振り向くと、そこには雨に濡れた彼女が立っていた。
その表情は空ろに見える。
「・・・彩、何が・・・」
克之が口を開いた瞬間、彼女の唇が重なった。




To be continued








【後書き】
ようやく第二話書き終わりました。
一応、三角関係をテ−マにしているつもりです(焦)
次回は、克之と彩を中心に書いていこうかな・・・なんて、考えてます。
いつ書き終わるかわかりませんが・・・(涙目)
まぁ、とにかく、ここまでお付き合い頂き、本当に、ありがとうございました♪
今後ともゆっくりと書いていきますので・・・宜しかったら、お付き合い下さい(^ ^)

2001.10.22.
Cat


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