雨が振っていた。

”克之を私に頂戴”
彼女が口にした言葉が胸に響く。

なぜ、俺は彼女に葵の事を話したのか。
なぜ、こんなんにも心が揺れているのか。

彼女の事が気になっている自分に気づく。
もう、女は愛さないと誓ったのに・・・。
俺は再び・・・誰かを愛そうとしているのか・・・。




                 二度目の恋−3−



「彩」
克之は今にも壊れてしまいそうな彼女を見つめていた。
初めてこんな彼女を見た気がする。
彼女は酷く何かに追い詰められ、困惑してるように見える。

「・・・私、あなたが好きなの。今でも、あなたが好きなの」

唇を放すと、彼女の口からそんな言葉が漏れる。
感情に身を任せた熱い言葉。
「・・・彩・・・」
もう一度彼女の名前を口にする。
今度は優しく。
「とにかく、上がって、その服を乾かしたらどう?あなたズブ濡れよ」
ここは克之のマンションの前だった。
彼が部屋に戻ると、雨の中を傘もささずに佇む彼女の姿があったのだ。
彩は何も言わず彼を見つめ、首を左右に振った。
苦笑を浮かべ、彼から視線を外す。
彼が指した傘の中からゆっくりと歩き出し、再び雨の中を歩く。

「・・・ごめん・・・」

克之に背を向けたまま呟き、彼女は歩き出した。
雨の冷たさなんて気にはならない。
このまま、ずっと、雨に打たれていたかった。






「ハックシュン!!!」
大きなくしゃみが聞える。
「立石どうした?風邪でもひいたか?」
隣のデスクで仕事をしていた佐々折は心配そうに彩を見た。
顔を見ると、発熱しているように見える。
昨夜、雨の中克之が戻ってくるのを三時間も待っていたのだ。
朝起きた時にはしっかりと風邪をひいていた。
しかし、今日は外せない会議があり、どうしても会社を休む訳にはいかなかった。
「・・・いえ、大丈夫です・・」
いつもと変わらぬ表情を彼女は浮かべたつもりだったが、具合が悪い事は佐々折にはすぐにわかった。
「大丈夫って・・・そんな死にそうな顔してか」
「・・・大丈夫ですよ。本当に」
そう言い、席から立ち上がろうとした瞬間、ふらつく。
「おぃっ」
慌てて、佐々折は彼女の両肩を掴み支えた。
どう考えても平熱ではない体温が伝わってくる。
「立石・・・おまえ、熱が・・・」
「立石君、会議の準備はできているかね」
佐々折の言葉を遮るように、課長の声がする。
彼女はハッとしたように、佐々折から離れた。
「はい。できています」




会議中何となく、彩に視線を向けた水無瀬はすぐに彼女がいつもと様子の違う事に気づいた。
彼の斜め前に座っている彼女は顔色が悪く、苦しそうに見える。
明らかに体調が悪そうだ。

「では、その報告は立石チ−フの方からしてもらいます」
彼女に声がかかる。
今日の会議は社長を始めとする重役たちに今度のCMについての戦略を説明するものだった。
ここで大きなミスは許されない。
熱でぼ−っとする意識を何とか追い払いながら、席を立ち、前に出て企画書を読み上げる。
だが、声が上手く出ない。
用意していた統計表や、何やらをスクリ−ンに映し出すのも、容易ではない。
だんだん口にしている言葉が彼女にはよくわからなくなってきた。
一体、自分はここで何を話しているのか・・・。
何をしようとしているのか・・・。
不意に水無瀬の顔が視界に入る。
昨日の辛そうな彼の表情が重なる。
何だか、胸が痛い。
一体、彼のどの言葉に自分はショックを感じたのたのか。

「・・・立石チ−フ?」
急に黙ってしまった彼女に誰かが声を掛ける。
会議室に集まった人たちが不審そうに彼女を見つめ出す。
「・・・立石君!」
数度目の課長の呼びかけに彼女はようやく気づいた。
今の自分の状況に焦りだす。
何かを口にしなければ、何とかしなければ・・・。
焦燥感に頭の中がかき乱される。
「・・・ここからは、私がお話します」
彼女を見ていられなくなった水無瀬が席から立ち上がる。
そして、水無瀬は何とか彼女の話を繋げた。



「・・・どうして私を助けたりしたの?」
会議が終わった後、彩は会議室を退出しようとした水無瀬に口を開いた。
「・・・助けた?俺があんたをか?」
いつもの調子で水無瀬が答える。
「私にはそう見えたけど」
彼女の言葉にさも可笑しそうに笑い出す。
「別にあんたを助けた訳じゃない。このCMには俺も関わっているんだ。俺はただ自分の仕事をしただけだ」
当然の事のように言う。
彩にはなぜかその言葉が痛む。
「・・・それより、あんたこそ、どういう訳だ?」
鋭く、水無瀬が彼女を見る。
「何の事?」
「とぼけるな。こうして話しているのもやっとな癖に・・・」
彼女の額に手を触れる。
彼が思った以上の熱い体温が伝わってきた。
「・・・なっ、何するの!」
彼の手を振り払おうとした瞬間、眩暈を感じる。
もう、限界というように彼女は意識を失った。
「おっ、おい!」
水無瀬は慌てて彼女を支えるように抱きとめた。
腕の中の彼女は冷や汗を浮かべ、ぐったりとしている。
「・・・このバカ・・・」
小さく呟き、彼女を抱きかかえるようにして歩き出した。




「・・・彩・・・」
誰かにそう呼び止められる。
ふと、声のした方を向くと、克之がいた。
穏やかな表情で見つめている。
それだけで、彩は幸せだった。
克之が側にいるだけで、胸が幸福感で溢れる。
「・・・克之・・・」
笑顔を浮かべ、彼と一緒に公園の中を歩く。
公園中の桜は見事に咲き誇っていた。
「・・・もう桜の咲く季節なのね・・・」
彩は大きな桜の木の前で立ち止まった。
「覚えてる?初めて会った時・・・」
くるりと克之の方を向く。
彼女の言葉に彼は思い出すように微笑を浮かべた。
「あぁ。もちろん」
彩を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開く。
「君は両手いっぱいの缶ビ−ルを持って桜の木の前に立ち止まっていた。
そんな君に僕は話しかけた」
その時の事を再現するように、彩に一歩近づく。
「・・・『僕も』って」
「私はこう答えたのよね。『えっ?』」
出会った頃と同じ言葉を口にする。
「そうだ。君は不思議そうに僕を少し見て、また桜を見つめながら僕の言葉を理解したように微笑んだ」
「よく覚えてるいわね」
クスリと笑う。
「君の桜を見つめる瞳が印象的だったんだ。どうしてこの人は花見に来て、悲しそうに桜を見るのだろうって・・・。
それで、少し考えて気づいた。君が僕と同じ事を感じている人だって」
彼女を見つめる。
「・・・花が咲けば、後は散ってしまう。それが君は悲しいんだろう?」
彼の言葉に微笑を浮かべる。
「・・・花が咲くのは一瞬・・・。ずっとは咲いてはいられない。咲いた後は散り行く運命なんだなぁぁって、あの時思ったの。
そう思ったら、急に悲しくなって・・・そして、あなたに出会った」
彼の頬に触れ、愛しさを伝えるように見つめる。

「・・・彩・・・結婚しよう・・・」

頬に触れた彼女の手を握る。
大きく瞳を見開き、彼を見つめる。

「もし、俺がまた女を好きになったとしたら・・・それはあんただ」

彼に何かを告げようとした瞬間、別の声が聞える。
「えっ?」
声のした方を向くと、水無瀬がいた。
悲しい瞳が視界に入る。
胸の中が急に締め付けられる。
感情があふれ出し、涙が浮かぶ。
「・・・どうして、泣く?」
水無瀬の手が彼女の頬に触れる。
「・・・私、私・・・」
涙でそれ以上言葉が出てこない。
水無瀬の腕が彼女を引き寄せる。
そして、そっと重なる唇と唇・・・。

そこで、目が覚めた。
真っ白な天井が目の前に広がる。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。

「・・・眠り姫のお目覚めのようだな」
声がかかる。
「えっ・・・」
呟き、ベットから起き上がると、急に体中にだるさを感じる。
頭を抱え、うずくまる。
「・・・ここは?」
辛うじてその言葉を口にする。
「・・・病院だ。あんた倒れたんだよ」
窓際に立っていた水無瀬が近づく。
「・・・会議が終わった後、俺に噛み付いて・・・それで、意識を失った」
彼の言葉にぼんやりと思い出す。
「・・・社会人として失格だな・・・」
鋭い言葉に思わず、キッと彼を睨む。
「自己管理ができないなんて」
「な、何ですって!!あなただってこの間t風邪でぶっ倒れたじゃない!!!」
厳しい言葉に思わず大声で口にする。
その瞬間、水無瀬の笑い声が響く。
「はははは。どうやら、熱は下がったようだな。そんなに元気だと病院を追い出されるぞ」
おどけたように彼女を見つめる。
「・・・もう、無理はするな」
不意に心配するように彼女を見つめる。
「仕事地の穴は何とか俺が埋めるから、ゆっくり寝てろ。いいな」
思いかげない言葉に胸がドキッとする。
「な、なんであなたにそんな事・・・」
文句を口にしようとした瞬間、彼の顔が近づき、額と額が重なる。
「・・・う・・ん。やっぱり、まだ熱はあるか」
夢の中で重なった唇を思い出す。
自分でも信じられない程、胸の中がドキドキと鼓動を刻み始める。
「・・・いいか。無理はするな」
何も言えず呆然としていると、彼は病室を後にした。

「・・・何なのよ・・・あいつ」
訳のわからない戸惑いを隠すように、彩は閉められたドアに向かって呟いた。





「樹理亜さん、どうしたの?」
克之はその声に見つめていた桜から視線を外した。
「・・いえ。別に・・・」
にっこりと微笑んでみせる。
今夜は店の子たちと夜桜を見に来ていた。
桜を見ると彩の事を思い出す。
初めて出会った時の彼女の表情は忘れられないものだった。
プロポ−ズをしたのも、桜の木の前だ。
彼女とだったら、ずっとやっていける。
そう思えた。
それに、彼女が好きだ。
この間思いかげずに、今でも好きだと言われ、微かに心が揺れた。
重なった唇に大きく脈うち、彼女への想いを知った。
しかし、それは恋愛感情とは少し違う。
水無瀬を思う気持ちと、彩を思う気持ちは全くの別物。
やはり、強く心をかき乱されるのは水無瀬だ。

「はぁぁ・・・」
小さくため息をつき、再び桜を見つめる。
この一週間、水無瀬は克之の部屋を訪れなかった。
何か嫌な予感がする。
彼がどこか遠くへいってしまうような、自分から離れていってしまうような・・・。
そんな思いに胸が締め付けられた。





「・・・調子はどうだ?」
再び、水無瀬は彩の病室を見舞った。
手には桜色の薔薇の花束を持って。
「何とか、明日には退院できそうです」
水無瀬の手の中にあるものを見つめる。
「・・・何だ?」
不思議そうに彩を見る。
「いえ、その薔薇かわいいなぁぁと思って」
彼女の言葉に一瞬、優しそうに微笑む。
「さっき貰ったんだ。気に入ったのなら、あんたにやるよ」
花束を差し出す。
「・・・いいです。貰った花なんて頂けませんから」
もしかしたら、水無瀬が彼女の為に持ってきてくれたのかもしれないという期待が無残にも砕かれる。
そうなのだ。この男がそんなに気の利いた事をするはずがない。
「はははは。冗談だよ。あんたへの見舞いに持ってきたんだ」
プイッと膨れたような彼女に水無瀬が口を開く。
「えっ・・・」
驚いたように彼を見る。
「・・・佐々折って言ったかな。あんたの会社の。俺が病院に行くって言ったら、彼に頼まれたんだよ」
「・・・佐々折先輩が・・・」
一瞬、気が抜けるが、佐々折からだと聞き、嬉しくなる。
「あんたの穴を埋めるので、忙しいみたいだ」
「・・・そうですか」
薔薇を受け取り、見つめる。
いつだったか、佐々折に言った事があった。
この花が好きだと。
それはほんの何気ない会話の中だ。
その一言を覚えていてくれたのが嬉しい。
「・・・じゃあ、俺はこれで帰るよ」
「あっ、待って」
彼女の言葉に何事かと、水無瀬は足を止めた。
「・・・ありがとうございます。わざわざ花束を届けてくれて」
満面の笑みを彼女が浮かべる。
その笑顔が何とも可愛らしく彼の胸にはうつった。
「・・・あんたでも、そんなふうに笑うんだな」
「えっ?」
言葉の意味がわいらないというように彼を見る。
「・・・俺はあんたの辛そうな顔しか見た事ないから・・・」
そう告げた彼の瞳がいつもと違って見える。
「・・・昨日克之には電話しといたよ。あんたが倒れたって・・・。きっと、今日あたりに見舞いに来るはずだ」
克之の名前に胸がドキッとする。
「・・・本当にわかり易いな・・・」
彼女の動揺を見透かしたように口にする。
「・・・あんた言ったよな。『私に克之を頂戴』って・・・。いいぜ。そんなに欲しいのなら、俺は何も言わない。
克之が俺といる事よりも、あんたといる事の方を望むのなら、俺は大人しく身を引く」
突然の水無瀬の言葉に戸惑う。
水無瀬は微笑を浮かべると、今度こそ病室を後にした。

「・・・何よ。いきなり・・・」
水無瀬の気持ちがわからない。
一体、どう思ってあんな事を言うのか・・・。
そして、自分の気持ちもわからなかった。



「・・・征人・・・」
病院のロビ−で彼は声をかけられる。
ハッとし、振り向くと、克之がいた。
「奇遇だな。こんな所で会うとは」
一週間ぶりに出会った恋人に微かな笑みを浮かべる。
「・・・彩の所に来たの?」
不安気な瞳で水無瀬を見つめる。
「・・・あぁ。まあな。あいつおまえに会いたがっていたよ。早く行ってやれ、喜ぶぞ」
そう口にし、水無瀬は克之の前を通り抜けようとした。

「・・・彼女の事好きなの?」
すれ違い様に克之が投げかける。
その言葉に一瞬、水無瀬は胸がざわめくのを感じた。
「・・・さあな・・・」
立ち止まり、呟くと、彼はまた歩き出した。
克之は複雑な想いで彼の背中を見つめた。





「克之!」
水無瀬が帰ってから、15分後、克之が病室に現れる。
「彩の好きなAmantsのケ−キ持って来たわよ」
病室を訪れた彼は相変わらず男だとはわからない程女装が映えている。
もう彼は女に恋をする事はないのだろうか・・・。
そう思った瞬間、胸の奥が少し苦しくなる。
「・・・ありがとう・・・」
嬉しそうに笑う。
「倒れたって聞いたけど、大丈夫なの?」
ベットの側にある椅子に座り、彼女を見る。
「・・・うん。もう大丈夫。ただちょっと風邪をこじらせただけだから・・・」
3日前、雨の中に佇んでいた痛々しい姿が浮かぶ。
つきあっていた頃の彩はそんな無謀な事をする女性ではなかった。
「・・・あの時、私の事を好きだって・・・言ったわよね」
克之の言葉に胸がドキリとする。
「・・・本当に私の事が今でも好き?」
じっと彼女を見つめる。
真っ直ぐな克之の瞳に胸の中が熱くなる。

「・・・好き・・・」
沈黙を置いた後、彼女の口が開く。
「そう。だったら、私と一緒に暮らしてみる?」
考えるように彼女を見つめながら、呟く。
「えっ・・・」
彼の言葉に彼女は瞳を見開いた。





To be continued








【後書き】
お待たせ致しました!!(←えっ?誰も待ってはいない? 笑)
前回から随分と間が開いてしまい、記憶が薄れている方多数だと思います(←Catもその一人だったりする 笑)
久しぶりに書いたので、ちょっと矛盾する箇所もあるかもしれませんが、まぁ、軽く流して下さい(苦笑)
今回は克之と彩に焦点をしぼるはずが・・・何か違う事に(^^;
はっきりしない水無瀬と彩・・・。この先二人はどうなるんでしょう(笑)
どこまで続くかわかりませんが、完結させるように頑張りたいと思います。

では、次回♪

2002.4.7.
Cat


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース