どんなに愛していてもこの世には手に入らないものがある。

  混じりあう事なく、反発し合う心。

  どこまでいってもそれは重なり合う事はない。

  この先・・・何があっても・・・。






         The Passing Heart





  1社長


  今まで順調に歩いて来た彼の人生は崩壊の危機にあった。
  それも、たった一人の女性の為に・・・。
  そして、その相手はどんなに愛しても手が届かない・・・。
  どんなに思っても彼の方を向く事はない。

  それは、彼とその女性が交じり合わない運命だから・・・。

  辛うじて彼女と繋がっているものは仕事上のもの・・・。
  事務所の社長と、所属女優という関係だけだった。
  彼はそれだけで、大して不満はなかった。
  例え、振り向かれなくても・・・彼女を守れる立場にいる事ができるのだから・・・。
  この際、自分の感情は切り捨てる。
  それが、彼の彼女に対する不器用な愛し方だった。

  「・・・何ですか?お話って?」
  社長室の扉が開き、彼女が入ってくる。
  いつも彼女は不機嫌そうだった。
  「そう、嫌そうな顔をするな」
  いつもの決まり文句を口にし、彼女の方を振り向く。
  久しぶりに見る彼女は成熟した女の色香を十分に漂わせている。
  胸に熱い想いが灯る。
  「・・・用件を言って下さい」
  彼の言葉を無視するように、煙草を口にし、無愛想に応える。
  そんな仕草を見ながら、相当嫌われたものだなと・・・心の中で苦笑を漏らす。
  「君にやってもらいたい舞台がある」
  テ−ブルの上にポンっと台本を置く。
  「そんな事ならマネ−ジャ−に台本を渡しといてくれればいいのに」
  渋々台本を手にしながら口にする。
  「・・・そう邪険にするな。偶にはうちの看板女優の顔が見てみたかったんだ」
  優しい表情を浮かべ、彼女を見つめる。
  「・・・わかりました。考えておきます。仕事が入っているので失礼します」
  そう言い彼女はついに無表情なまま社長室を後にした。

  「はぁぁ・・・」
  ため息をつき、煙草を口にする。
  いつからだろうな・・・。
  彼女が俺に心を見せなくなったのは・・・。
  ス−ッと煙を吐き出し、宙に舞うその姿を見つめる。
  やはり、どこまで行っても俺と彼女は結ばれる事はないだろうな・・・。


  2女優

  愛している人がいた・・・。
  その人の為なら何だって投げ出せると思った。
  どんなに想っても報われない恋だとわかっていた。
  相手は私より11歳も年上で・・・既婚者だ。
  それでも、まだ諦められない自分がいる。
  だから、彼の経営するこの事務所に入った。
  彼が長年求めていた”紅天女”の上演権と一緒に・・・。
  今でも彼を愛している自分に嫌になる。
  何度も嫌いになろうとしたのに・・・結局それは無理だった。

  だから、彼の前で女優北島マヤを演じる事にした。

  一切の感情を仮面の奥に隠し、わざと彼に嫌われるような態度をとった。
  それでも、彼は変わらず、私に優しい瞳を向ける。
  そして、私の気持ちをかき乱す。
  抑えていた気持ちが溢れ出す。
  彼が結婚してから、もう何年もこんな想いの中にいた。

  決して交わる事のない二人・・・。
  現実が立場が、そうさせる。
  心がいくら求め合っていても、それは許されないものだった。
  愛していてもどうする事ができない。

  そんな自分から逃げ出してしまいたかった・・・。
  たった一度、交わったあの日の想いを胸に・・・。


  3.過去


  「ご結婚おめでとうございます」
  彼が夜遅くまで、仕事をしていると、彼女が現れた。
  「・・・マヤ・・・」
  彼女の瞳は涙に濡れているように見えた。
  椅子から立ち上がり、そっと、彼女の側に近づく。
  「・・・いよいよ。明日ですね」
  他人行儀な言葉を彼女が口にする。
  その言葉の端は微かに震えていた。
  彼女の視線は彼を見てはいなかった。
  「・・・どうした?」
  優しい声で彼女に話し掛ける。
  「何かあったのか?」
  いつもと様子の違う彼女に不安になる。
  「・・・速水さん。一つ我が儘を言っていいですか」
  小さな声で彼女が話始める。
  「大都に入る時、何でもしてくれるっていったでしょ・・・。だから、今、その我が儘を聞いて下さい」
  これから口にする言葉に彼女の鼓動がこれ以上ない程、早く打ち出す。
  「・・・何だ?」
  彼の言葉に彼女がようやく首を上げ、見つめる。
  「・・・抱いて下さい・・・」
  彼女の口をついた言葉に思わず、耳を疑いそうになる。

  自分は夢でも見ているのではないだろうか・・・。

  「・・・どうして?」
  彼の口から出た言葉は疑問だった。
  それはそうだろう。
  いきなり、オフィスに押しかけて”抱いて”と言えば、誰だってそう口にする。
  彼女は自分の無謀さに心の中で苦笑した。
  「・・・理由は言えません・・・でも、本気です。あなたが結婚する前に、どうしても抱かれたいんです」
  彼女の真っ直ぐな言葉に、胸が打たれる。
  抑えていた気持ちがじわじわと全身に広がり始める。
  「・・・本当に本気か?」
  僅かに掠れた声で、呟き、男の視線で彼女を捕らえる。
  彼女は何の迷いもなく、頷いた。


  彼がとったホテルの部屋からはビル街の明かりを見渡す事ができた。
  部屋に入り、何も話す事もなく、二人は見つめ合っていた。
  正確には何と言ったらいいのかわからなかったのだ。
  こんな事、間違っていると彼女の中の理性が訴えていた。

  明日結婚してしまう彼に何をしようというの・・・。
  辛くなるだけじゃない・・・。

  何度心がそう言っても、彼女は耳を傾けなかった。

  「君が先に使うといい」
  沈黙を破るように彼が口にする。
  彼女は進められるままにバスル−ムに入った。

  俺は何をしているだろう・・・。

  彼女がバスル−ムに行くのを見届けると、彼は窓際に立ち、考えるように見つめた。

  これからどうする気だ?
  本当に抱いてしまうのか?
  そんな事したら、辛くなるのに・・・互いに。

  でも・・・。

  止められない・・・。
  走り出してしまったこの衝動・・・。
  溢れる程の気持ち・・・。

  彼女が好きだ・・・。
  愛している・・・。

  どんなに辛くなったっていい・・・。

  「・・・勝手だな・・・」
  自分の気持ちに苦笑を浮べる。


  バスル−ムに入り、シャワ−を浴びる。
  熱いお湯が身体を刺激する。
  この身体が今夜彼に抱かれる・・・。

  そう思うと、胸が苦しくて・・・切ない気持ちでいっぱいになる。

  「・・・やだ・・・何で泣いているの・・・」
  知らず、知らずに涙が流れていた。
  彼女の意識とは関係なく流れ出す。



  「・・・終わりました」
  そう言って、彼女がバスル−ムから出てくる。
  バスロ−プ一枚を身に纏った彼女はこれまで見たどんな姿よりも、艶やかだった。
  がらにもなく、胸がドキドキとときめき始める。
  なるべく彼女を見ないようにして、バスル−ムに入る。

  パタンっ

  彼がバスル−ムに入ったのを確認すると、ドサッとベットの上に倒れこむ。
  ダブルベットの上に横になり、これから起きる事に頬が熱くなる。
  逃げ出してしまそうな気持ちに襲われる。
  急に、自分のしている事が虚しくなる。
  ベットから起き上がり、窓の外を見つめ、答えを求めるように月を見つめる。
  
  何しているんだろう・・・。
  今夜抱かれても・・・次はないのに・・・。
  彼は明日結婚してしまうのに・・・。

  辛いだけじゃない・・・こんなの・・・。
  また、涙が流れ出す・・・。

  「・・・どうした?やっぱり、止めるか?」
  いつの間にか、出てきた彼が声をかける。
  バスロ−ブ姿の彼にドキッとする。
  「・・・いいえ」
  涙を拭い、首を左右に振る。
  そう答えると、彼は私に近づき、ギュッと私の身体を抱きしめた。
  石鹸の香がする。
  「・・・無理するな・・・」
  耳元で優しい声が響く。
  「無理なんかしていません!」
  顔を上げ、彼を見つめる。

  刹那・・・視線と、視線が重なる。
  彼の瞳は悲しそうだった。
  次の瞬間、唇を塞がれる。
  とても、深く、激しく、彼が私の唇を貪る。
  触れ合う度に、愛しさが増す。
  どれほど、自分が彼を愛してるか気づかされる。

  胸が痛い・・・。
  心が痛い・・・。

  こんなに愛しているのに手に入らないと知っているから・・・。


  唇を放すと、彼女は泣いていた。
  何に泣いているのか・・・わかる気がする。
  泣かせている理由は多分・・・俺だ。

  本当は以前から、薄々と彼女の気持ちに気づいていた。
  でも、大都を背負う俺は自分の運命から逃げ出す事はできなかった・・・。
  だから、見て見ぬフリをしてきた。

  彼女をこんなに泣かせるなんて・・・。
  胸が苦しい・・・。
  何よりもかけがえのない彼女なのに・・・。

  「・・・あなたがそんな顔しないで」
  彼女が涙を拭いながら口にする。
  「これは私が望んだ事なの。だから、お願い・・・最後まで私を抱いて・・・」
  彼女の手がゆっくりと、首に回される。
  「・・・わかった・・・」
  迷いを捨て、彼女と一緒にベットに崩れ落ちた。



  目が覚めると、もう、彼はいなかった。
  昨夜の彼はどんな彼よりも優しく私を包み込んだ。
  私の身体を滑る彼の唇。
  触れる指。
  絡めあう身体と身体・・・。

  恋しさが募る。
  彼が隣にいない事に胸が潰れそうになる。
  「・・・速水さん・・・」
  口にすると尚更、愛しくて、恋しくて・・・涙が溢れる。
  泣いては駄目と、自分に言い聞かせても、涙は止まらない。

  ふと、ベットサイドのテ−ブルに目を向けると、彼の忘れ物があった。
  彼がよく吸う銘柄の煙草・・・。
  一本取り出し、口にしてみる。
  テ−ブルの上に置いてあったマッチで火をつける。

  「ゴホッ、ゴホッ」
  吸い込むと、苦しくて、咳き込む。
  何だか、今の自分にピッタリな気がした。



  4仮面

  バ−で一人、飲んでいたら、彼女を見た。
  一週間ぶりに見る彼女に胸がかき乱れる。
  彼女は見知らぬ男と一緒だった。
  楽しそうに顔を寄せ合い、話す姿に嫉妬する。
  気を沈めるように、いつもよりも早いピッチで酒を空けていく。

  「・・・速水さん、飲みすぎですよ」
  顔見知りのバ−テンが心配するように口にする。
  「大丈夫だ。まだ酔っていないから」
  ボトルを二、三本空けたのに、酔えなかった。
  どんなに飲んでも酔えない自分が悲しかった。

  何だか矛盾ばかりだ・・・。
  どんなに飲んでも酔えない酒・・・。
  どんなに愛しても手に入らない彼女・・・。

  自分の人生が酷く惨めに思えてくる。
  彼女をこの腕に抱いてからポッカリと空いてしまった心の穴は埋まる事はない。
  誤魔化す為にいくら仕事をしても、会社が大きくなっても全てが虚しい。

  俺は何をしているんだ・・・。


  「放して!!」
  彼女の声が響く。
  何事かと思い、振り向くと、さっきまで仲良さそうだった男ともめているようだった。


  「そんなにあの男の事が忘れられないのか!」
  男にそう言われ、胸がキリキリと痛む。
  「あなたには関係ないでしょ!」
  相手を真っ直ぐに睨む。
  「俺が忘れさせてやるよ」
  そう言い、席を立とうとした私の手を掴む。
  「やめて!放して!!」
  そう口にしても、男は手を放さない。
  「いいだろう。君もそのつもりで来たんだろう」
  本性を現すように、露骨に男が口にする。

  「いい加減にしないか」
  「えっ」
  その声に驚く。
  「彼女が嫌がっているのがわからないのかね」
  冷たい表情で男に言う彼の姿があった。

  なんで・・・ここにいるの?

  突然の事に頭が真っ白になる。
  「誰だおまえ」
  男が彼に鋭い視線を放す。
  「彼女の恋人だ」
  彼の口から出たその言葉に胸がざわめく。
  「・・・なっ」
  否定しようとすると、彼が私を引き寄せ、強引に唇を重ねる。
  酒の味がした。
  「こういう訳だから、彼女を解放してもらおうか」
  男はつまらなさそうにその場から去った。

  「もっと、しっかりしなさい。君に隙があるからあんな男にひっかかるんだ」
  男がいなくなった後、彼が言う。
  「ほっといて下さい!」
  「ほっとけないね。君はうちの商品だ」

  商品・・・。
  その言葉が痛い・・・。

  「そんなに大切な商品なら籠の中にでも入れといたらどうですか」
  つい、嫌味が口を出る。
  「できれば、そうしたいね。最近の君の行動は目に余るものがある」
  平然と私の嫌味を受け流す。
  「・・・そうさせているのは誰のせいだと思っているんですか!」
  仮面が外れ、本心を口にする。
  「えっ」
  私の言葉に彼が驚いたように見つめる。
  「いえ、何でもないです。失礼します」
  いたたまれなくなり、その場から走り出す。

  目の前の彼女が突然、走り出す。
  「待ちなさい」
  そう言っても彼女はとまらなかった。

  今、追いかけなければ彼女を一生捕まえられない。

  熱い思いが体中を射抜く。
  気づけば、熱にうかされたように彼女を追っていた。

  「待ちなさい」
  エレベ−タ−ホ−ルの前でようやく、彼女を捕まえる。
  腕の中に閉じ込めるように彼女を壁に追い詰め、その瞳を見つめる。
  「・・・どうして、俺から逃げる」
  問い詰めるように口にする。
  彼女は困惑したような表情を浮かべ、涙を流した。
  一年前に抱いた彼女とその表情が重なる。

  愛しくてたまらない・・・。
  恋しくてたまらない・・・。

  彼女の腰に腕を回し、抱き寄せる。
  「・・・放して下さい」
  か細い声で彼女が訴える
  「放せば、君がまた逃げてしまう」
  もうこれ以上彼女とすれ違いたくないという思いが口にさせる。
  「・・・わかっているでしょ。私がどうして・・・あなたから逃げるか・・・」
  眉を寄せ、辛そうに表情を歪ませる。
  「・・・お願い放して・・・これ以上あなたといたら離れられなくなる」
  懇願するように彼女が口にする。
  そこにいるのは俺の知っているマヤだった。
  不安そうで、自信のなさそうな・・・。
  随分、久しぶりに彼女と出会った気がする。
  「放したくない・・・」

  今放せば、また彼女は俺の知らない女になってしまう。
  彼女を得る為なら、もうどうなっても構わない・・・。
  もう、こ気持ちは抑えられない・・・。

  「・・・愛しているんだ・・・」
  そう口にし、涙ぐむ彼女の唇を奪った。
  何も考えられなかった・・・。
  これからどうするかなんてわからない・・・。
  重ねあう唇に辛い恋の始まりを直感した。






                         THE END



【後書き】
暗いもの書いてしまいました(^^;
偶に、こんな状況もいいなぁぁなんて事を考えてしまいます(笑)
でも、これはパロディだから思うのであって・・・実際、こんな状況になってしまったら耐えられない!
という訳で・・軽く流しといて下さいね♪

ここまでお付き合い頂きありがとうございました♪

2001.10.31.
Cat



本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース