続・雨



「・・・すまない」

唇を離すと真澄はそう言い、彼女を解放した。
マヤはマヤで突然の出来事に言葉が出て来なかった。
ぼんやりと真澄を見つめる。
自分に何が起きたのか全くわからない。
ただ、雨が降っていて・・・真澄に抱きしめられ・・・それから・・・。
状況を整理するように今、起きた事を思い浮かべる。
だが、やっぱり、現実感のない出来事だった。
「ここでは濡れるな。おいで」
着ていた上着をマヤの頭にかけ、彼女の手を優しく握る。
混乱しきっているマヤはただ真澄に従った。

「社長!!どうしたんですか!! 」
劇場に戻るとずぶ濡れの真澄とマヤを見て、水城が心配そうに二人を見つめる。
「ちょっと、雨の中を散歩してたんだ」
苦笑を浮かべながら、真澄はそう答えた。

「マヤちゃん!」
いなくなったマヤを探していた桜小路が彼女にかけよる。
「桜小路君、ごめんね。心配させて・・・」
真澄の側から離れ、桜小路に笑みを見せる。
「ずぶ濡れだよ。どうしたの?」
そう言いながら彼女の髪をハンカチで拭いてやる。
「・・・何でもないの・・・何でも・・・」
真澄の方をチラリと見ながら呟く。
不意に視線が合う。
その瞬間、呼吸がとまりそうになる。
「ちびちゃん、ちゃんと着替えるんだぞ。またな」
優しい笑みを残して、真澄は劇場を後にした。
「・・・速水さん」
真澄の後姿を視線で追いながら呟く。
切なさが胸の中に溢れ出していた。



「マヤさん、好きな方がいるみたいですね」
車の中で水城が意味深な言葉を告げる。
「桜小路の事か?」
より添うように並ぶ二人の姿が浮かぶ。
「いいえ。他の方です」
そう口にし、真澄を見つめる。
「・・・水城君、何が言いたい?」
タオルで髪を拭く手を止め、水城を見る。
「さぁ、何でしょうね。それは真澄様が一番わかっているのではないですか?」
柔らかな笑みを浮かべる。
真澄はいつものように上手く誤魔化された事に苦笑を浮べた。



「マヤ、何かあったのか?」
ここ数日、まるで心ここにあらずのマヤに麗が言う。
「・・・えっ、別に」
答える言葉はいつも”別に”そう呟くとまた彼女の意識は現実から離れるようにぼんやりとする。
それだけならいいが、食事も取ろうとしないマヤに麗は心配になってきた。
「マヤ、いい加減に何か食べないと・・・」
「・・・出かけてくる」
何かを思いたったようにマヤは立ち上がった。
「・・・出かけるって、こんな時間に?」
時計を見ると、午後10時を回っていた。
麗がそう言い、マヤの方を見ると、もうマヤの姿は見えなかった。



俺はやはり、あの子の事を愛しているのだろうか。

ぼんやりと、社長室の窓の外を見つめ、そんな事を考える。
すると、小さな影が目に入る。

「・・・マヤ?」
思わぬ事に胸が締め付けられるような思いに駆られる。



いてもたってもいられなく、気づいたらマヤは大都芸能の前にいた。
「・・・何してるんだろ・・・」
自分の行動に呆れ果てて、ため息を漏らす。

「こんな時間に外に出ていると補導されるんじゃないか?」
帰ろうと、歩き出そうとした時に、声がする。
「・・・速水さん・・・どうして・・・」
「どうしてって、ここは俺の会社だからな」
「今まで、お仕事ですか」
「あぁ。そうだ。君はどうしてここにいる?」
真澄の言葉に微かにマヤの頬が赤くなる。
「・・・どうしてって、わかりません。気がついたら、ここに」
「相変わらず、君は不思議な子だな」
マヤの言葉に苦笑をもらす。
「送っていくから、待ってなさい」
「いいえ。一人で帰れます」
そう言い、歩き出そうとするマヤの腕を咄嗟に掴む。
「補導されるぞ」
少しからかうような笑みを零す。
「・・・補導って・・・私はもう子供じゃありせん!」
真澄に子供に見られる事がなぜか苦しかった。
「そうだったな。だが、見た目はまだまだ高校生か・・・もしくは中学生に見えるぞ」
真澄の言葉にムッとしたように見つめる。
「ハハハハハ。君は本当にわかりやすい」
「・・・誉めて頂けて光栄です。それより、手を離してくれませんか」
顔中を真っ赤にさせながら、口にする。
「君がちゃんと送らせてくれるって言うなら離すよ」



「速水さんって、こんな時間までいつも仕事してるんですか?」
運転する真澄の横顔を見つめながら口開く。
「あぁ。まあな」
「体壊しますよ。そんなに働いて」
「なんだ。ちびちゃん。心配してくれるのか?」
「そりゃあ、まあ、速水さんとは付き合いが長いですから・・・」
「・・・そうだな」
真澄はそう呟き、マヤと出会ってからの歳月を思った。
沈黙が漂う。
「そうだ。速水さん、源氏物語って知ってますか?」
重苦しい沈黙を破るようにマヤが口にする。
「・・・源氏物語? 紫式部のか?」
「はい。今度、源氏物語を題材にした芝居をやるんです」
「ほぉぉ。そうか。君は何をやるんだね?」
「紫の上です」
紫の上・・・。源氏の思い焦がれた女性の生き写しで・・・、源氏が幼い頃から彼女の世話をし、
そして、恋に落ちる女性。
何だか、マヤと自分のようだな・・・。
真澄はそんな事をぼんやりと考え苦笑を浮べた。
「あっ、今、笑ったでしょ?私とは全然イメ−ジが違いますか?」
真澄の表情を読み取るようにマヤが言う。
「いや・・・。君にピッタリだよ。何たって、あの源氏の生涯の伴侶となる女性だからね」
そう言い、真澄は可笑しそうにクスクスと笑い出した。
「えぇ。私もそう思います」
膨れっ面を浮かべながら、そう言い切るマヤが可笑しくて、真澄は本格的に笑い転げていた。
そんな真澄を見るのは何だか嬉しかった。
「・・・この間は招待してくれたのに、行けなくて悪かったよ。今度こそ観に行く」
「観に来てくれるんですか?」
嬉しそうにマヤが真澄を見つめる。
「あぁ。ただし、君がつまらない芝居をしたら、すぐに席を立つからな」
幾度も真澄の口から出たその言葉に懐かしさを感じる。
「・・・速水さんからその言葉を聞くの何だか久しぶりのような気がします」
「そうか?」
苦笑気味に真澄が言う。
「・・・本当言うと、まだ紫の上の気持ちが掴めないんです。源氏に幼い頃から世話をしてもらって、少しずつ恋心を抱くようになって・・・。
そして、ある日、源氏に抱かれる。速水さんは源氏の気持ちわかりますか?」
「うん?源氏の気持ちか・・・。そうだな。自分の側で少女が成長していくのを見つめて、段々、女性らしくなって・・・。その少女に惹かれている事に
気づいて・・・そして、ある日、愛しさに耐え切れず、少女を抱く・・・」
真澄はそこまで口にすると、車を路肩に止め、マヤを見つめた。
「・・・速水・・・さん?」
思いつめたような真澄の表情に急に、不安になる。
突然、引き寄せられ、唇を塞がれる。
相手の全てを貪るようなキスに、マヤの体から力が抜ける。
抵抗しようと思ってもできず、真澄の思うままに唇を奪われる。
「・・・愛してる・・・」
唇を離すと、マヤをじっと見つめ口にする。
その言葉に、マヤは大きく瞳を見開いた。
「・・・嘘」
信じられずマヤの口からそんな言葉が漏れる。
真澄は眉を僅かに上げ、彼女を見つめる。
「・・・信じられないか?」
真澄の言葉にコクリと頷く。
「じゃあ、信じさせるまでだ・・・。俺も源氏と一緒で、手荒いんだ」
そう言い、マヤの首筋に唇を寄せる。
真澄の唇が触れた所が熱を持ったように熱くなる。
鼓動が信じられない速さで打ち始め、頭の芯が真っ白になった。
「・・・いや!やめて!」
我に返ったように、やっと出た言葉。
それでも、真澄はやめずに、彼女の服を脱がしていった。
真澄が別人のようになったみたいで、マヤは怖かった。
「・・・やめて!!」

バシっ!

真澄の頬をマヤの右手が叩く。
その瞬間、真澄はようやく理性を取り戻し、半裸になったマヤを見つめた。

俺は一体・・・何をしようと・・・。

熱にうかされ、欲望のまま彼女の体を貪った自分に大きく失望する。
「・・・すまない」
マヤから離れ、半裸の彼女に上着をかける。
「つい、君を見ていたら・・・自分を見失って・・・」
苦しそうに言葉を口にする。
「・・・だが、これだけは信じて欲しい。俺が君を求めるのは愛しているからだ」
頬に優しいキスをし、見つめる。
「・・・君が俺の事を憎んでいるのは知ってる。だから、俺の気持ちに応えようとしなくていい。ただ、知っていてもらいたいだけだ・・・」
穏やかな口調でそう言うと、真澄は再び車を動かした。
二人は何も話す事なく、それぞれの思いについて考えていた。




愛している・・・。
速水さんが私を愛している・・・。

真澄の口から出た言葉がマヤには信じられなかった。
今までさんざん自分を子供扱いしてきた真澄がそんな事を言うなんて・・・。
誰かに騙されているような・・・そんな気がする。

真澄によってつけられた胸の上のキスマ−クが目につく。
「・・・速水さん・・・本当なの?」
愛しむように大切そうに、その場所に触れる。
熱い想いがこみ上げ、気づけば、マヤは涙を流していた。
「・・・どうして、私、泣いているんだろ・・・」




「マヤさんから、社長宛てに届いてますよ」
水城から封筒を貰い、封を切る。
中から出てきたのは芝居のチケットだった。
「・・・約束通り、招待してくれたのか」
マヤとあんな事になって、もう彼女とは二度と会えないと思っていた真澄には、
思いがけない招待だった。
「今度は、観に行くんですか?」
真剣にチケットを見つめる真澄に、水城が問い掛ける。
「あぁ・・・。これで、彼女に会えるのは最後になりそうだし・・な」




予定外に、仕事が長びいてしまった真澄は、30分程遅刻をして、
劇場に入った。
しかし、何やら様子がおかしい・・・。
入り口にもぎりらしき係員も見えず、客席には誰一人いなかった。
「・・・日にちを間違えたか?」
確認するようにチケットを見るが、間違えはないようだった。

『源氏、私はあなたを嫌いになったのではありません』
突然、ステ−ジ上にスッポトライトが当たり、紫の上の衣装を着たマヤが現れる。
『ただ、驚いたの・・・。あなたに抱かれて・・・。父親のように思っていたあなたに、突然、抱かれて・・・』
切なそうに真澄を見つめ、セリフを口にする。
『でも、嬉しかった・・・。あなたの愛を全身に受けて、本当はいつも嫉妬をしていたの。あなたが他の姫君の所に通っているのを見るのは苦しかった・・・。
でも、私はあなたにとってまだまだ子供だから、あなたが私の事を女性としては見てくれないから・・・』
真澄は吸い寄せられるようにステ−ジ上のマヤを見つめた。
『・・・愛しています・・・。ずっと、ずっとお慕いしておりました・・・。どうか、もう一度、私をあなたの手で抱いて下さい・・・』
マヤは愛しそうに瞳を細め、真澄を見つめていた。

「・・・マヤ・・・」

「・・・お芝居観に来てくれてありがとうございました」
紫の上から表情を戻し、マヤが口にする。
「あなただけに観てもらいたかったから、わざと日にちをずらしたチケットを送りました。今のシ−ンは私のあなたへの気持ちです」
僅かに笑みを浮かべる。
「私、速水さんが好きです」
晴れ晴れとした表情で告げる。
真澄はその言葉に驚いたように彼女を見つめた。
「・・・無理に俺の気持ちに応えなくていいって言っただろ?」
「無理なんかしてません。これが私の本心です」
切ない笑みを浮かべ、真っ直ぐに真澄を見つめる。
「・・・マヤ・・・」
思いがけない告白に真澄の胸が熱くなる。
「信じられませんか?」
「・・・あぁ」
「じゃあ、信じさせてあげます」
いつかの真澄のセリフをマネするように言う。
ステ−ジを降りて、真澄の側に駆け寄る。
「あの、目を閉じてくれませんか?」
少し、照れたように言う。
「えっ?」
怪訝そうにマヤを見つめる。
「・・・お願いします」
マヤにお願いと言われてはさすがの真澄も言う通りにするしかなかった。
「・・・わかった・・・」
思い切って目を閉じる。
一体、何をされるのか真澄は内心不安だった。
と、次の瞬間、柔らかいものが唇に触れる。
何かと思い、目を開けると、それはマヤの唇だった。
背伸びをして、真澄に唇を寄せるマヤの姿が目に入る。
「・・・愛してます・・・」
唇を離すと、マヤはじっと真澄を見つめ告げた。
「・・・マヤ・・・」
目の前の彼女に愛しさが募る。
真澄はたまらず、彼女を抱きしめた。
「・・・愛してる・・・」




「本公演のチケットはくれないのか?」
二人より添うように劇場から出ると、真澄が口開く。
「速水さんが観に来てくれるなら招待しますけど」
「もちろん。観にいくさ。あんなに切ない紫の上を見せられてはな」
「・・・源氏って、速水さんみたいに強引ですよね。まだ少女のままの彼女を半ば無理矢理抱いたりして」
マヤは可笑しそうに笑い出した。
「じゃあ、君は俺にとっての紫の上という訳か?」
「えっ・・・」
その言葉にマヤの頬が赤くなる。
「俺はちゃんと大人になったのを待ったぞ。それに、まだ君を抱いていない」
真澄の言葉に益々マヤの頬が赤らむ。
「そうだ。これからこの前の続きをしに行くか。君も源氏に愛される紫の上の気持ちがわかって、役を掴みやすくなるだろう」
自分の言葉に素直に反応する彼女が面白くて、つい、そんな事を口にする。
「・・・速水さん、からかってるでしょ!」
そんな真澄の様子に気づいて、彼をきつめに見つめる。
「ハハハハハ。バレたか」
可笑しそうに真澄が笑い転げる。
「・・・もうっ。やっぱり私を子供だと思ってる」
「イヤ。そんな事はないさ。君は俺の最愛の女性(ひと)だからね」
そう言い、そっと、彼女の頬にキスをする。
「今は抱かなくても、いつか、君を抱きたいと思ってる」
耳元で囁かれた言葉に、マヤはこれ以上ない程顔を真っ赤にした。
そんなマヤを見て、また真澄の笑い声が辺りに響く。

二人は楽しそうにそんな会話をいつまでもしていた。






                                  THE END



【後書き】
何だか”雨”を読み返して、自分で続きが気になってしまったので書いてしまいました(笑)
しかし・・・もう、書くネタがない事に気づき(苦笑)”源氏物語”をちょっと入れてみました(笑)
やっぱり、マヤや真澄様のような関係って昔から日本人が好きだったんだなぁぁなんて、受験生の頃に勉強した源氏物語を
読み返しながら思ってしまいました(笑)
受験の時は勉強の為なんて思って、仕方なく読みましたが、今、読むと凄い!
源氏っていろんな女に手を出してあげくに大切に育ててきた紫の上を無理矢理抱いてしまうなんて・・・恐ろしいです(笑)
そういえば、源氏と紫の上の年の差っていくつだと思います?
以外に8歳だったりします。という事は真澄様たちの方が障害があるのかも(笑)


ここまで読んでくれた方、ありがとうございました♪


2001.9.20.
Cat

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