薔薇の誓い






「婚約を解消しましょう・・・」
紅天女の試演が始まる一週間前、速水はその一言で鷹宮紫織との婚約を解消した。
理由は彼の個人的な問題だと発表されたが、それがどういうものなのか、知るものはいなかった。
そして、また鷹宮側はこの問題に対して何のコメントも出していなかった。
この婚約解消に意図される重大な意味を知っているのは一部の関係者だけだった。

そして、その知らせは当然、恋の演技に苦悩中のマヤの耳にも届いた。

「・・・速水さんが・・・婚約解消?」
週刊誌に大きく出ていた見出しを見つめ、呟く。
その瞬間、速水に何が起きたのか?という心配と無理に閉じ込めていた想いが交錯した。


「北島!何をしている!」
マヤの心の葛藤を見抜いた黒沼から怒声があがった。
今日の彼女はいつも以上に気持ちがここにあらず、全く目の前の一真を見ていなかった。
「・・・すみません」
おずおずと答える彼女に黒沼はまた速水の事かと、ため息を漏らす。
もう、こうなっては彼に助けを求めるしかない。

黒沼はその夜、速水と会う事にした。




「・・・何ですか?僕に大切な話って?」
いつものおでん屋に速水が現れる。
その顔色は少し疲れているように見えた。
「すまないな。こんな忙しい時期に呼び出して」
彼を労うように、コップに酒をつぐ。
「いいえ。僕も少しあなたと飲みたかった」
そう言い、酒を一口含む。
速水の様子がどこかいつもと違うように見えた。
「なぁ、若だんな、あんたどうしてこの時期に婚約を解消したんだ?」
率直な疑問が黒沼の口から出ていた。
速水は一瞬、考え込むように黙り、苦笑を浮かべた。
「・・・別に深い意味はないですよ。ただ・・・何となく、そうしたかったから・・・」
いつもの速水らしからぬ言葉を述べ、寂しそうにどこかを見つめる。
黒沼は速水の様子にこれ以上は聞いてはいけない気がした。
「・・・そうか。まぁ、人生いろいろあるからな。俺もこれ以上は聞かないよ」
黒沼の言葉に速水は無言で礼を述べた。
「・・・ところで、今日、僕を呼び出した目的は・・・紅天女ですか?」
表情をガラリと変え、鋭く黒沼を見る。
「あぁ。その通りだ。うちの天女様に演じてもらうには・・・もう、あんたの助けしかないんだ」
心底困ったというように口にする。
「試演までは・・・後、5日。北島はまだ、恋の演技を掴めていない」
恋の演技と聞いてマヤから紫の薔薇の人宛てに送られた台本が頭に浮かんだ。
「・・・恋ですか・・・」
「・・・あいつは辛い恋をしている。だから、愛される喜びを知らない。演じられないんだ」
黒沼の言葉に悲しそうなマヤの姿が過ぎった。
「・・・どうして、僕に助けを?」
速水の言葉にコップの中の酒を見つめ、黒沼はマヤが速水に惚れている事を話すべきかどうか迷った。
「あんたなら、北島にハッパをかけられる。今までしてきたように・・・。あいつは何度もあんたの言葉で奮い立ってきた。だから・・・」
長い沈黙の後、黒沼はそれらしい理由を口にした。

やはり、俺の口から真実は言えない・・・。

「なるほど、僕にあの子を呷れと?」
「あぁ。そうだ」
黒沼は酒を一気に飲み干し、そう告げた。





「・・・紫の薔薇・・・」
稽古が終り、キッドスタジオからマヤが出て来ると、聖が紫の薔薇を抱えて待っていた。
「・・・あの方からです」
聖は彼女に紫の薔薇を渡した。

”あなたの気持ち、よくわかりました。もし、まだ私に対してそのような気持ちを抱いて頂けるのなら、
”Ocean Blue”まで、お越し下さい。あなたをお待ちしています

                                            あなたのファンより”

「えっ・・・これって・・・」
いつもと違うカ−ドの内容にマヤは驚いていた。
「あの方はあなたにお会いする決心をしたのです。後はあなた次第です。お会いするかどうかは・・・」

私次第・・・。

聖の言葉に想いを巡らせる。

「・・・私、会います!」
会えば何かが吹っ切れる気がした。

紫の薔薇の人・・・私はあなたに会います。
会って、今度こそ自分の気持ちを・・・あなたに・・・。





速水は奥の席から彼女が店内に入ってくるのを見つめていた。

マヤ・・・。
これが俺が紫の薔薇の人としてできる最後の行為だ。
速水は覚悟を決め、携帯電話を手にした。



Trrr・・・Trrrr・・・。

マヤが案内された席から携帯の着信音が流れる。

紫の薔薇の人・・・。

テ−ブルの上に置かれた携帯を戸惑いがちにとる。

「・・・あの・・・もしもし・・・」
「・・・よく来て下さいました・・・」
電話越しからは見知らぬ優しそうな声が聞こえた。
その声は速水とは声色が違うカンジだったが、マヤにとってそんな事よりも、今、紫の薔薇の人が自分に向き合ってくれるという事の方が嬉しかった。
「あの、私!あなたにお礼がずっと言いたくて・・・」
思わず涙ぐみそうになる。
「いつも、いつも私を援助してくれてありがとうございました。私、あなたからの紫の薔薇があったからここまでこれたんです」
段々、涙声になっていく彼女に速水の胸は切なくなる。
「・・・あなたにそう言って頂けて嬉しいです・・・。私は女優として成長していくあなたを見守り続ける言ができて幸せです。
そして・・・あなたから台本を受け取った時、本当に嬉しかった・・・」
電話越しの声にマヤは頬を赤くした。
「・・・あの、私、いつの間にか・・・あなたの事が・・・」
震える声で告げる。
「・・・あなたの事が・・・好きです」
体中が千切れそうな想いでその一言を口にした。

・・・マヤ・・・。

瞳を細めて彼女のいる席を見つめる。
「・・・こんな気持ち、あなたに抱くなんてご迷惑かもしれませんが・・・私、あなたが好きなんです」

好きです・・・速水さん・・・。
あなたが大好きです。

「・・・私もあなたが好きです・・・」
しっかりとした声で、速水は告げた。

胸の中に一生秘め続ける想いを今、この時だけは開放する事にした。
紫の薔薇の人として・・・。

受話器越しの言葉にマヤは大きく瞳を見開く。
「・・・あなたをずっと、愛してきました・・・。私は舞台の上のあなたにいつの間にかファン以上の気持ちを持ってきました。
そして、紫の薔薇を贈る度にあなたへの想いが強くなるのを感じていました。 
もう、自分でもどのくらいあなたを好きなのかわからないぐらいあなたが愛しい・・・」
その言葉には嘘偽りはない。

マヤ、俺は何時の間にこんなに君の事が好きになっていたんだろう・・・。
君が愛しくて仕方がない・・・。

マヤの瞳からは涙が零れ落ちていた。
信じられなかった。これが現実なのか。
もしかしたら、自分は夢の中にいるのではないかという思いに駆られる。
「・・・私の中にあるあなたに対する想いは変わりません。私は生涯あなたを見守り続けたい・・・」
電話越しの言葉をマヤはもう聞いている事しかできなかった。
決して叶わないと思っていた恋心を受け入れてもらえ、涙が溢れる。

「・・・あなたの紅天女・・・楽しみにしています」
最後にそう言い、彼は電話を切ろうとした。
「待って!!」
慌てて、涙声のマヤが叫ぶ。
「あなたに会いたいです!」
その言葉からは切実な想いが伝わってくる。
彼は暫く、マヤを見つめたまま、黙っていた。

「・・・私はあなたから三席後ろに座っています。しかし、今はあなたには会えない・・・。会う事ができない・・・。
もし、今、会ってしまえば、私はあなたと別れなければなりません・・・。そして、二度とあなたに紫の薔薇を贈る事はできなくなります。
それでも私に会いたいと言うのなら・・・私を見つけなさい。私はこの電話を切った後、席を立ちます。きっと、それで私が誰なのかあなたにはわかるでしょう。
でも、その瞬間があなたと私の最後の時です。あなたがお選びなさい」
そう言うと、速水は電話を切った。

マヤ・・・頼む。
振り向かないでくれ・・・。
俺は紫の薔薇の人としてしか君を愛せないんだ・・・。

速水は祈るような気持ちで席から立ち上がった。

「・・・紫の薔薇の人との最後・・・」
その言葉にマヤは振り向くべきかどうか迷っていた。
後ろに今、彼が立っているかと思うと、いくら正体を知っていても、緊張で体が動けなくなる。

コツコツコツ・・・。

神経が研ぎ澄まされ、靴音だけが彼女の耳に聞こえてきた。

きっと、これは紫の薔薇の人の靴音・・・。
速水さんの・・・。

コツコツコツ・・・。

その音は店の出口に向かって、マヤから遠ざかっていた。
振り向くなら、今しかない。
早くしなければ彼はいってしまう!

心の中に大きな葛藤が生まれる。

振り返るべきか、このままでいるべきか・・・。

そして、ついに彼女は彼が店を出るまで動けなかった。
大きな黒い瞳に涙を溜めながら、彼女は振り向く事ができなかった。
振り向けば全てが終わってしまう気がしたから・・・。




マヤ・・・。

店の外を出ると三日月が空に浮いていた。
携帯が鳴り、電話に出る。

「・・・そうか。彼女は振り向かなかったか・・・後は頼む」
その電話は店内で二人の様子を見ていた聖からの報告だった。

マヤが彼の方を向かなかった事に大きく胸を撫で下ろすとともに、切なさがこみ上げてくる。

「・・・マヤ、俺は君を悩ませてばかりだな・・・。いつか君をこの腕に堂々と抱きしめる事ができたら、俺は・・・」
煙草を取り出し、消す事のできぬ幻想を抱く。

婚約を解消したとはいえ、彼は決して彼女の気持ちに応える事はできなかった。

瞳を細め、愛しい人の面影でも見つめるように速水は三日月を見つめていた。




”・・・私もあなたが好きです・・・””・・・あなたをずっと、愛してきました・・・。”
”・・・私の中にあるあなたに対する想いは変わりません。私は生涯あなたを見守り続けたい・・・”

その夜、マヤは一晩中紫の薔薇の人からの言葉を考えていた。

「・・・速水さん・・・」
彼への想いが以前よりも強く胸に募る。
彼の言葉の一つ、一つが心に刻みこまれていた。

「・・私、あなたに喜んでもらえる紅天女を演じてみせます。そして、試演が終わったら・・・私は・・・」
彼女の中で新しい力が生まれてくる。
紫の薔薇の人に愛される事が彼女の中にある恋の演技に対する迷いを消していた。





「・・・紫織さん・・・」
朝、真澄が出社すると彼女が来ていた。
「・・・真澄様、おかげんの方は?」
心配そうに彼を見つめる。
「・・・えぇ。今の所、健康ですよ」
彼はいつもと変わらぬ様子で答えた。
「・・・で、今日は何をしに来たんですか?」
「・・・私は、まだあなたとの婚約解消に納得した訳ではありません。真澄様、私は最後まであなたのお側にいたい」
真剣な表情で彼を見つめる。
「・・・言ったでしょ。私と一緒にいたって未来はない事を・・・。あなたに辛い思いをさせるだけです。それに、私は最後は一人でいたい。
これは私の望みなんです」
紫織を見つめ、胸のうちの半分を口にする。
「・・・でも、そんなの・・・悲しすぎます・・・。一人でだなんて・・・そんなの。そんなの・・・」
紫織の瞳からジワリと涙が流れる。
「・・・紫織さん、私はそういうのが嫌なんです。私の為に泣かれるのが一番嫌です。だから、あなたと婚約を解消したんです」
冷たい表情で彼女を見つめる。
「私はもう自分の運命だと思って割り切っています。しかし、周りで泣かれると、こっちまで気が滅入ってくる。同情の涙なんて、私には入りません」
鋭く言い放ち、真澄は紫織から背を向けた。
「お帰りなさい。ここは、もうあなたの来る所じゃない。私たちは何の関係もないんですから・・・」
そう言った彼は紫織が知っている真澄とは別人のようだった。
「・・・真澄様・・・でも、私は・・・」
紫織の言葉に真澄は何の反応も示さず、表情は冷たく凍りついたままだった。

真澄様・・・。

紫織は無言で社長室を後にするしかなかった。

さようなら、紫織さん。

閉じられたドアの音を聞き、彼は窓の外を見つめた。





それから数日後、紅天女の試演は行われた。
恋の演技に悩んでいたとは思えない程、マヤの紅天女は見事だった。
亜弓が演じた紅天女よりもストレ−トに気持ちが伝わってきて、観客たちの胸を熱くさせた。

長年彼女を見つめきた者として、真澄は彼女の成長が嬉しかった。


そして、二日後、紅天女の後継者が発表され、真澄は彼女に最後の紫の薔薇を贈った。
もう、彼女には紫の薔薇の人は必要がない気がしたから・・・。
彼女は手が届かぬ程、素晴らしい女優になったから・・・。
だから、真澄は紫の薔薇の人としての役割を下りた。


”紅天女、おめでとうございます。試演でのあなたの演技見せて頂きました。
私はこれ程までに素晴らしい演技を見た事がありません。
あなたの紅天女は私の想像を大きく超え、感動を与えてくれました。
もう、あなたは一人前の女優・・・。決して私の手の届く事のない・・・。
これで、私があなたに紫の薔薇を贈るのも最後です。
でも、以前、申したように、あなたへの想いは生涯変わりません。

今まで、ありがとう。そして、さようなら

                      あなたのファンより”


「・・・最後・・・」
その言葉にズシリと胸が痛む。
「そんな・・・どうして、どうして・・・」
ポロポロと涙が溢れてくる。
次の瞬間、衝動に駆られてマヤは薔薇を抱えたまま、彼の元に走っていた。




「・・・どうしてですか!」

涙を浮かべ、紫の薔薇を抱えたままのマヤが社長室に入ってくる。
真澄は予想外の出来事に瞳を見開いた。
「・・・一体、何の事だね。ちびちゃん」
動揺を隠すように冷たい表情を浮かべる。
「・・・紫の薔薇です。どうして・・・最後だなんて・・・」
今にも泣き崩れそうな表情で真澄に問い詰める。
「・・・何の事を言われているのか・・・俺にはさっぱりわからない」
そのの言葉に裏切られた気がした。
「・・・速水さん・・・最後まで私に真実を言ってくれないんですね・・・」
「えっ」
マヤの言葉にドキリとする。

まさか・・・君は・・・紫の薔薇の人の正体を・・・。

「もういいです。わかりました。あなたの気持ちが・・・。でも、私はそれでも、あなたが好きです。
この気持ちだけは諦める事ができません・・・」
熱い眼差しで彼を見つめ、マヤはとうとう彼への恋心を口にした。
「・・・好きです。速水さん・・・。あなたの事が誰よりも好き・・・」

マヤ・・・。

彼女の言葉に自分の耳を疑う。
まさか、こんな事が起るなんて・・・。
しかし、彼には彼女の気持ちに応える事がどうしてもできなかった。

「・・・一体、君はどうしたんだ?俺にそんな事を言うなんて・・・」
理性を総動員してできるだけ冷たく言い放つ。
「悪い冗談だ」
冷笑を浮かべ、彼女を見る。
彼女の表情はみるみるうちに青ざめていく。
「冗談だなんて・・・私は、本当にあなたの事が・・・」
崩れそうな心を必死で縫いとめ、告げる。
「はははははは。ちびちゃん。君にそう思ってもらえるのは光栄だが・・・俺には好きな人がいる。君の気持ちに応える事はできない」
速水の言葉に死んでしまいそうな気持ちになる。
胸がキリリと痛み、体中から力が抜ける。
手からは紫の薔薇が落ち、いたたまれずに社長室から逃げ出した。

本当は走っていって抱きしめたかった。
愛しているという言葉を何度も彼女に言ってしまいたかった。

だが・・・余命が後、半年と宣告された彼にはできなかった。
自分の運命を真澄は今初めて呪った。
とめどなく涙が溢れてくる。
医者に宣告されてから今まで泣いた事なんてなかったのに・・・。





日、一日と速水は痩せ衰え、感情を無くしていくように見えた。
彼の側にいる水城はその姿を目にするのが辛くて仕方がない。

「・・・本当に、このままでいいんですか?」

ついに耐え切れなくなり、ある日、そんな事を口にする。
ぼんやりとコ−ヒ−カップ片手に窓の外を見つめている彼は、一瞬、水城の方を見た。
「・・・何の事だ・・・」
水城が言おうとしている事はわかっていたが、そう言わずにはいられなかった。
「・・・あなたの人生の事です。本当にこのまま、一人で逝ってしまうおつもりなんですか?」
そのサングラス越しには彼を心配する瞳があった。
「・・・そうだ。それが俺の望む事だ。誰にも何も言わずに逝きたい・・・。未練が残るような事はしたくない」
水城から視線を再び、窓の外に移す。
「・・・俺は、静かに逝きたい・・・」
寂しそうな表情を浮かべる。
水城はもはやこれ以上何も言えない事を悟ると、彼に一礼し、社長室を出て行こうとした。

ガシャン!

ドアノブに触れた瞬間、コ−ヒ−カップの落ちる音がする。
「社長!」
驚き、振り向くと、窓に寄りかかっていた彼が倒れていた。
駆け寄り、何度も呼びかけるが意識はなかった。





「・・・マヤちゃん、久しぶりね」
マヤがアパ−トに戻ると、水城の姿があった。
「・・・水城さん・・・」
以外な訪問者にマヤは驚いたように呟いた。
「・・・少し、私につきあってくれない?」
水城の問いにマヤはコクリと頷いた。


「実は今日、あなたに会いに来たのはお願いしたい事があったの」
車を走らせ、助手席のマヤをチラリと見る。
「・・・お願いしたいこと?」
水城の意図がわからず、きょとんとした表情を浮かべる。
「・・・社長の事なの・・・」
その言葉にハッとしたように瞳を見開く。
「・・・ここから先は他言しないって約束してもらえるかしら?」
水城の表情からマヤは胸騒ぎがした。
それも、とても辛い・・・予感がした。





「・・・速水さん・・・」
水城に連れて来られた場所は病室だった。
ベッドの上で少し痩せた彼が穏やかな寝顔を浮かべている。
その姿に涙がこぼれおちる。
マヤは瞳を閉じ、水城との会話を思い出す。

「・・・社長は脳腫瘍なの。もう、末期で余命は半年ないと言われているわ」
衝撃的な事実にマヤは言葉が出てこなかった。
「・・・手術で取り除く事も、薬で治療する事もできないそうよ。だから、社長は一人で逝く事を選んだ。
でも、私はそんな社長を・・・・真澄様を見ていられない」
珍しく水城が感情的になる。
「・・・マヤちゃん、あなたには最後まで真澄様についていて欲しいの。一人で逝こうとしている彼の側にいて欲しいの。
あなたにとっても辛いかもしれないけど・・・お願い・・・」
水城の瞳からは涙が溢れていた。
「・・・お願い・・・真澄様の側についていてあげて・・・」
速水を思う水城の気持ちが切ない程伝わってきた。
「・・・水城さん・・・」
マヤも水城と一緒泣いていた。




「・・・マヤ?」
目を開けると、彼女の寝顔があった。

一体・・・どうして、彼女がここに・・・。

ベットからゆっくりと起き上がり、考えるように彼女を見つめる
自然と愛しさがこみ上げてくる。
そっと、黒い髪を撫で、彼女の頬に触れた。

「・・速水さん?」
真澄が頬に触れた瞬間、その大きな瞳が彼を捉える。
「私、いつの間にか眠っちゃったんですね」
クスリと笑い、真澄を見る。
「・・・どうして君がここに?」
真澄の問いに一瞬、辛そうな表情を浮かべる。
「昨夜、水城さんに連れてきてもらいました。そして、あなたの病気の事知りました」
マヤの言葉に大きく瞳を見開く。
最後まで彼女にだけは知られたくなかった。
「・・・酷いですよ。黙って逝っちゃうなんて・・・。何も教えてくれないなんて」
薄っすらとマヤの瞳に涙が浮かぶ。
「・・・君には関係ない事だろ・・・。俺がいつ死のうが」
冷たい表情を作る。

パシっ!

その瞬間、速水の頬に鈍い痛みが走る。
「・・・そんな勝手な事言わないで下さい!!知ってるでしょ?私の気持ちは・・・。例え、あなたに好きな人がいても、私はあなたが好きなんです。
このまま、もし何も知らされないまま・・・ある日、あなたの死を知る事になったら、私はあなたを恨みます!恨んで、恨んで、恨み抜いてやるんだから!」
強気な言葉とは反対にマヤの表情は涙でぐしゃぐしゃに濡れる。
「・・・マヤ・・・」
真澄の中の何かが崩れ去る。
気づくと、彼は泣きじゃくる彼女を抱きしめていた。
「・・・ずっと、恨んでやるんだから・・・」
真澄の腕の中でマヤは泣き崩れた。
その涙は不安気で悲痛なものだった。
まさか、彼女に自分の死がここまで影響するなんて・・・思ってもみなかった。
改めて彼女がどれ程、真澄を愛しているのかがわかる。
長く生きる事ができないのなら、彼女の気持ちに答えるべきではないと思ってきた。
しかし・・・目の前の彼女を彼に突き放す事なんて・・・できるはずがない。
愛しくて、愛しくて・・・何よりもかけがえのない彼女を手放せるはずがない。

「・・・すまない。俺は自分の事しか考えていなかった・・・」

彼女の髪を撫でながら口にする。

「・・・速水さん、ずっと、あなたの側にいさせて下さい・・・」
彼を見上げ切ない瞳で見つめる。
「・・・マヤ・・・しかし・・・」
真澄がそう言った瞬間、マヤの唇が彼の唇を塞ぐ。
その唇は微かに震えていた。
「・・・お願いだから、その先は言わないで・・・私は、あなたとずっと一緒にいたい・・・。もう、あなたと離れるなんて嫌です!」
唇を離し、愛しさを込めて彼を見つめる。
「・・・あなたを生涯愛しています」
マヤの言葉に真澄の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「・・・マヤ・・・。いいのか?本当に俺とずっと一緒にいて・・・」
真澄の言葉に満面の笑みを浮かべる。
「・・・あなたと一緒にいたいの・・・」
ギュッと真澄の背中に腕をまわし、彼を抱きしめ、彼の胸に顔を埋める。
二人は暫く、そうやって抱き合っていた。
すれ違っていた時間を埋めるように・・・。

真澄は自分の気持ちに抵抗する事を諦めた。
例え、辛くなっても、苦しくても、未練が残っても・・・生きている限りマヤの側にいようと決めた。
それがマヤにとっても彼自身にとっても自然な事のように思えたから。







真澄は退院すると、仕事から手をひいた。
全てを後継者に任せ、マヤと共に伊豆の別荘で二人の時間を過ごした。
彼女といると幸せだった。
全てを忘れてしまえる程、幸せだった。

「・・・速水さん、何考えているの?」

海を見つめる彼に問い掛ける。
彼は時々、儚気な表情を浮かべていた。
そんな時、マヤは彼との時間に限りがある事を悟る。
そして、その時間はもうすぐ終わってしまう事を思い知らされる。
でも、彼女は少しも悲しそうな表情を浮かべなかった。
真澄といる時はできるだけ笑顔でいようと決めていた。
彼に心配をかけたくはなかったから。

「・・・マヤと一緒にいれて幸せだな・・と、思って」
いつもの表情を浮かべ、彼女の方を愛しそうに見つめる。
「・・・私も、速水さんと一緒にいれて・・・幸せ」
にっこりと笑顔を浮かべる。
真澄はその笑顔の奥にある彼女の不安な想いを読み取っていた。
「・・・マヤ・・・」
彼女の腕を掴み、抱き寄せる。
「・・・すまない・・・」
愛しむように彼女を抱きしめ、小さな声で告げる。
その言葉の意味が何のか・・・マヤにはわかっていた。
「・・・本当にすまない・・・」
涙声で真澄が何度も呟く。
マヤは彼の言葉に何も言えなかった。
涙を堪えながら、ただ、彼の温もりを感じ、鼓動を聞いていた。
この鼓動がいつまでも鳴りやみませんようにと・・・。


半年後、真澄はマヤに見守れながら静かに息をひきとった。
その死に顔はまるで眠るように穏やかなものだった。



葬儀から一週間後、マヤは彼と一緒に散歩した浜辺に立っていた。
彼が生きていた頃とは何一つ変わらなかった。
潮の香りも、引いては押し寄せる波の音も、海鳥たちの鳴き声も・・・。

「・・・速水さん・・・」
堪えていた涙が瞳に溢れる。
ずっと、ずっと泣くものかと耐えてきた。
彼を笑顔で見送ると決めたから・・・告別式の時も涙を見せなかった。

でも、今まで抑えていたものが溢れてくる。
拭っても、拭ってもとどまる事なく涙は浮かぶ。
砂浜に膝をつき、声を上げて泣きじゃくる。
もう、彼女を抱きしめてくれる手はない。
恋しい想いが募り、感情が走り出す。

”・・・マヤ・・・”
不意に彼の声がする。
「・・・速水さん?」
驚き、声のした方を見つめるが、そこには誰もいない。

しかし、マヤは彼との思い出を思い出した。
その日もマヤは真澄と一緒に浜辺を歩いていた。

「・・・もし、今度生まれ変わるとしたら、君は何になりたい?」
「えっ」
唐突な真澄の言葉に驚いたように呟く。
「・・・そうだな。もし、生まれ変わったら・・・また、俳優かな」
クスリと笑い彼を見る。
「はははは。君は本当に芝居が好きだな。まぁ、君にあってる気がするが」
「うん?それって私には役者以外務まらないって事ですか?」
少しムっとした表情を浮かべる。
真澄はそんな彼女の表情も愛しくて仕方がなかった。
「いや、君には一番役者が似合っているって事だよ。何たって、舞台の上の君は本当に別人だからな」
砕けた笑いとともに告げる。
「・・・じゃあ。また私が役者として生まれ変わったら・・・速水さんは紫の薔薇をくれますか?」
一途な瞳で彼を見つめる。
「私、何度生まれ変わっても・・・あなたからの薔薇が欲しい・・・。また、あなたと巡りあいたい・・・」
彼女の言葉に自分に残された時間が少なすぎる事を改めて実感する。
「・・・あぁ。いくらでも君に薔薇を贈ろう・・・。俺は必ず、生まれ変わったら、もう一度君と出会う・・・」
瞳を細め真っ直ぐに彼女見つめる。
「必ず、また君と出会うと約束する」
包み込むようにマヤの頬に触れる。
「・・・そして、また君を愛する・・・」
そう告げると唇に長いキスを落とす。

時間が止まったように、マヤの耳には波の音が聞こえた。


「・・・速水さん・・・」
あの時と同じ、波の音に耳を傾け、重なった唇を思い出す。
ゆっくりと砂浜から立ち上がり、真っ青な海を見つめる。

「私、また生まれ変わったら、女優になります。あなたから紫の薔薇を贈ってもらいたいから・・・。
あなたともう一度出会いたいから・・・。だから、女優になります・・・」
誓いを立て、彼女は手にしていた紫の薔薇を海に放り投げる。

もう一度彼と会えるという想いを胸に彼女は空を見上げた。







THE END




【後書き】
これが本当に今年最後のガラカメficです(笑)
いやぁぁ・・・しかし、最後になんて暗いもの書いてるんでしょうか(笑)
読み手としてはハッピ−エンドが好きなんですけど・・・書き手としては暗くて、後味の悪いものが結構好きだったりします。
ここまで薔薇シリ−ズを読んで下さればわかると思いますが・・・このシリ−ズの基本設定としては速水さんに死んで頂きます(笑)
なぜ死なせるか?それは原作では絶対ありえない事だからです(笑)
まぁ、横道のそれたパロディとして楽しんで頂ければ幸いです。

しかし・・・このシリ−ズ・・・続くのかな(笑)

ここまでお付き合い頂きありがとうございました♪
では、また来年お会い致しましょう♪

皆様にとって良い年でありますように・・・。

2001.12.30.
Cat

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