Yours only
AUTHOR bluemoon



その日、マヤはマンションの窓から、電線に止まっている二羽の鳥をぼんやりと
見ていた。
(・・・うらやましいな、いつも一緒で。ずっと側にいてくれているんだもんね
。寂しくもないよね・・・。)
そう思った瞬間、深い溜息をついていた。
そして、ソファーへ行き、置いてあるクッションを取り、「速水さん・・・」
、一言呟いた。
そしてさっきまでそこに座っていた真澄のぬくもりを探すかのように、クッショ
ンをきつく抱きしめていた。

マヤは、真澄とこのマンションで別れた後、いつも気持ちを整理するのに手間が
掛かってしまう。

・・・頭では、分かっていたこと。
あの人は、帰る家がある。その家に、待っている女(ひと)がいるのも・・・分
かってる。
それでも、「家があり、待っている女(ひと)が居ても・・・いつも心は君と共
にある。マヤの事しか考えていない。」って、あの人は私を優しく抱きしめ、私
に訴える。
いつも、いつも。
私が哀しい顔する度に、そう訴える。
分かっている。そんなことは、分かっている。
十分、わかっているわ。
私のこと、あの人よりも愛してくれていることも・・・。
・・・なのに、どうしてこんなに切なくて、哀しいの・・・。

そんな風に考えると、自然と止まっていた涙が溢れてくる。
(・・・そんなに哀しい顔、しないでくれ。俺はここにいるだろう?マヤ・・・ )
優しく訴える真澄の声が、聞こえたような気がした。
一瞬、背後を振り返ってみるが、マヤ一人、誰も居ない。
だが、それと同時にマヤの涙は止まった。

・・・そうよ、今日もまた何時間か経てば、あの人と逢うことができるのよ。
泣き顔よりも、笑顔の方が素敵だって、あの人も言うでしょ・・・?

そう思えば、さっきまで心の中で覆っていた寂しさも、少しは晴れたような気が
した。
だが、マヤが気付かない心の奥深い部分では、更に哀しみで満ちあふれ、静かに
マヤへ話し始めた。

・・・でも、哀しいのは・・・寂しいのは、消えることはないわ・・・。
あの人が、私だけにならない限り。
いくら心が私にあっても、独占はできない・・・。
いくら私と一緒にいるって言っても、ずっとではないわ・・・。
時間が経てば、あの人は妻が居る家へ帰っていく。
そう、こんな日々が、永遠よ・・・。
別れてくれない限り・・・。
私は、永遠に寂しい気持ちのまま、哀しい気持ちのまま・・・。
あの人は、ずるいわ・・・。

マヤは、もう一人の自分の囁きを無視するかのように、首をブルブルと横に振っ
た。
時計を見ると、もう10時を回っている。
今日は、大都芸能で水城と打ち合わせする予定だったのだ。
あと30分後には、水城自らマヤを迎えに来る。
「さってと、支度して行かなくちゃ。また支度してなかったら、水城さんに怒ら
れちゃう。」
そう言って立ち上がり、支度を始めた。
まるで、寂しさを紛らわすかのように。
(・・・もしかしたら、あの人に逢えるかも知れない・・・。)
マヤは、一瞬真澄の顔を思い出した。
会社の時の顔。てきぱきと激務をこなす真澄の姿。
このマンションでくつろいでいる真澄の姿も好きなのだが、仕事をしている真澄
の顔も凛々しくて、惚れ惚れとしてしまう。
そんな姿に、もしかしたら逢えるかも知れない。
そう考えた途端、さっきまで安易に考えていた洋服も、もう一度選び直し始めた 。
真澄に逢うことが出来るかも知れない。
そうだったら、こんな格好では恥ずかしいわ・・・。
マヤは、希望を胸に秘め、一生懸命服を選び始めた。

ピンポーン。
そしてあれから10分後。
マヤは真剣に洋服選びをしていて、呼び鈴の音に気付かない。
ピンポーン。
再度、呼び鈴の音がしたが、気にする様子も無く、洋服選びに真剣になっている 。
ピンポーン。
「?」
三度目の正直で、マヤは洋服を選ぶ手を止めた。
時計の針を見ると、まだ水城との約束の時間にはなっていない。
(誰だろう・・・?・・・でも、もしかしたら水城さん、早く着いたのかな?)
半信半疑で、「ハーイ」と言いつつドアを開ける。
「こんにちは。お時間よろしくて?」
そう言いながら、ニッコリと笑う女性が立っていた。
真澄の妻の紫織だった。
声や表情からして、優しく穏やかな感じだったが、よく見ると瞳の奥は怒りと悔
しさで一杯だった。
「・・・紫織さん・・・どうぞ。散らかっていますけど。」
マヤは、恐怖と背徳で心が一杯になり、そのせいか顔が青ざめ、やっとの思いで
言った。
「・・・そんなに時間掛からないわ。この後、水城さんいらっしゃるみたいだし
。おじゃまするわね。」
紫織は、そう言いながら入ってきた。
(・・・もしかしたら、ううん、絶対、あの人の事だわ!)
マヤは、紫織を部屋に通しながら、確信していた。

どうぞお掛けになって下さい、とマヤは紫織に勧めると、そのままお茶の用意を
しに台所へと姿を消した。
(・・・ここが、真澄様がいつも来る場所・・・私の所よりも先に、ここへ・・
・!あの子へ逢いに・・・!!)
紫織は、マヤに勧められても一向に座ろうとはせずに、部屋の周りを見回してい
た。
すると、ドアが開いている部屋があった。
そして、かすかに見えるのはベッドの端。
その上には、洋服がベットや床へと沢山散らばっている。
(・・・真澄様は、ここであの子を・・・!?私には、一度も触れずに・・・!
!)
そう思った途端に、ますますマヤに対しての憎しみで一杯になった。
「・・・紫織さん、どうぞ。」
マヤが台所から戻り、そう言ってテーブルの上にお茶を出した。
紫織は、マヤの事も気付かずに、ただ一点を見つめている。
「?」
不思議に思ったマヤが、紫織が見つめている所を見てみると、寝室だった。
そこは特に二人の想いが沢山詰まっている所だった。
その場所を、紫織は見ている。
マヤは、急いで寝室の方へ行き、ドアを閉めた。
紫織には見せたくない一心で。
紫織は、そんなマヤの態度に対して、ますます憎さを増した。
両手を握りしめ、憎しみを堪えるかのように、ワナワナと震えている。
マヤは、黙ったまま紫織を見つめていた。
「・・・泥棒猫。」
紫織は、ボソッと呟いた。マヤには聞こえないように。
でも、マヤはしっかりと聞こえていた。「泥棒猫」と。
(・・・そう言われても、仕方ないわ・・・。)
事実、そう言われてショックだったが、思われても仕方ない。実際やっているこ
とは、たとえお互い承知していることでも、第三者、もしくは被害者から見れば
、思われて当然、仕方ないことなのだ。
「・・・今日、ここへ来たのは・・・忠告よ。」
紫織は、必死で怒りを抑えながらマヤに言った。
マヤは、ジッと紫織を見ている。
「・・・これ以上、真澄様と・・・速水と逢わないで。いいえ、逢わないと言う
よりも、別れて頂戴!!真澄様は・・・速水は、私のものなのよ!!」
と、ヒステリックに叫びながら、マヤに訴えた。
さっきまで押さえていたものを、マヤにぶつけるかの様に・・・。
「真澄様は、私の夫なのよ。あの人は、私のものなの!誰にも・・・そうよ!あ
なたみたいな泥棒猫になんて渡さないわっ!!」
「・・・さっきから聞いていると、まるで速水さんをあなただけのものといって
いるようですけど、決して速水さんは、あなただけのものではありません。速水
さんは、だれのものでもないんです。速水さんは、速水さんだけのもの。それに
私たちは離れる事は永遠に出来ません。お互い、離れていても、いつもいつも求
め続けていますから。」
と、ヒステリックに叫び続ける紫織に対して、マヤは静かに言った。
紫織は、そんなマヤの言葉に対して更に怒りを増した。
反面、空しさも。
どんなに自分が真澄の事を愛していても、マヤの想い、何よりもマヤと真澄の想
いの強さには太刀打ち出来ないという事に対してもそうだし、本当は、真澄と自
分の関係を壊してしまえば、どんなに楽か分かっている。
だが、止めることは出来ない。
ここで止めたら、マヤと真澄を認めてしまうことになる。
そして、自分が負けることも。
それは、絶対に紫織にとって許せないことだった。
だから紫織は自分の力を振り絞った。そして、同時に冷静になることも。
ヒステリックに言っていては、マヤに負けを認めてしまう。
「・・・あなた、この期に及んで何をおっしゃっているの・・・?」
冷静に言ったつもりでも、紫織の手は更に震えが増している。
「・・・何をおっしゃっているか、ご自分の言葉、分かってらっしゃるの!?」
「あなた、ご自分のお立場わきまえて、そうおっしゃっているの!?」
とうとう紫織は、半狂乱にそう叫びだした。
だがマヤが、「・・・立場も、自分が言った言葉も、紫織さん、あなたよりは分
かっているつもりです。」と、落ち着いて話した途端、紫織の手はマヤの頬を思
いっきり叩いていた。
「痛っ。」
マヤは、紫織に叩かれた頬を触りながら、そうポツリと呟いた。
「・・・そう、速水と別れる気が無いという訳ね。・・・あなたがそのつもりな
ら、私にも考えがありますわ。」
マヤは、怒りの中に居る紫織を見つめた。
「いいこと!この一週間以内の間に、速水と別れて頂戴。あなたが別れなければ
、速水の全てを壊します。そうよ!永遠に仕事を出来なくなるようにします。そ
れに、速水家自体も潰します。どんな手を使っても。」
ジッと自分を見ているマヤに対して、紫織は冷たく言い放った。
今度は、マヤの手がワナワナと震えている。
「・・・紫織さん、あなたって人は・・・!!」
「あなたにそんなこと、言えるのかしら?人の主人、とっているんですもの。人
として最低ですわね。とにかく、言うとおりにしていただかないと、私のありと
あらゆる手を使って、速水を潰しますから。そのつもりで。失礼。」
勝ち誇ったように、紫織はマヤに捨て台詞を残して去っていった。
(・・・どうしよう・・・速水さんに相談する?・・・いいえ!それはだめよ!
紫織さんの立場がない。紫織さんも速水さんの事、愛しているんだもの。愛して
いるから・・・。それに、紫織さんに知れたとき、紫織さんが何をするか分から
ない!!)
マヤは、真澄を護るために必死に考えていた。
だが、別の所から声がした。
((何言っているのよ、あんなの、ただの嫉妬じゃない。愛されていないの、気
付いているのに、執着しているのよ。酷たらしいったらありゃしない。女もあん
なになったら、サイテーだね。))
その声を聞いたマヤは、ビックリして周りを見回した。
だが、マヤ一人誰も居ない。
マヤは、雑念を払うようにブルブルと首を振り、どうしたら真澄をこの手で護れ
るか、その事だけを考えていた。

「・・・マヤちゃん、どうしたの?ずっと黙ったままで。」
事務所へ向かう車を運転しつつ、水城は心配そうにマヤに聞いた。
それでもマヤは、水城の言葉が全く耳に入らない様子で返事を全くしなかった。
「マヤちゃん、どうしたの?」
さっきよりも大きな声で、水城はマヤに話しかけた。
その声に今度はマヤがビックリして、「えっ!?」と大声で言った。
「・・・どうしたの?、今日のマヤちゃん、変よ?何か考え事?」
水城は、いつもとは様子が違うマヤに対して心配そうに聞いた。
「ううん、何でも・・・あ、そうそう、今度の役の事、考えていたの。ごめんね
。」
そう言うと、マヤは(うまくごまかせた。)と思い、安心した。
水城は、だったらいいわと答えたが、さっきからのマヤの態度が役作りのせいで
はなく、何かあったんだと確信を得た瞬間だった。
水城は、10分前の事を思い出していた。
マンションに着き、呼び鈴を押してもマヤが出てくる様子がない。
インターホンからマヤを呼ぶと、マヤは戸惑いながら返事をした。
そして鍵を開けて貰い部屋へ入ると、支度が済んでいる筈なのに、全くしていな
かったのである。
実はマヤは、紫織が去ってからずっと真澄を護るためにどうしたらいいかと延々
考えていたためであった。。
だがマヤは、水城に知られてはまずいと思った為、とっさに真澄を見送ってから
寝過ごしちゃった・・・と、笑ってごまかした。
水城は、そうなのとマヤに言ったが、実は今、テーブルに出ているお茶が、つい
さっき出されたものだったということに水城は気が付いていた。
そして、今のこの態度である。
(・・・絶対に何かあったわね・・・。でも、きっと聞いても言い出さないでし
ょう、あの子は・・・暫く騙された振りをして、様子見るしかないわね。)
水城は運転しつつ、そう考えていた。

「・・・では、北島さん。ドラマの方の撮影はここから1週間位の間に撮影と、
あと、紅天女の公演ですね。ドラマの後は。約1ヶ月の公演ですね。」
事務所の人は、明るい声でマヤにいった。
「・・・はい。」
マヤは、普通に返事をしたつもりだった。
だが、水城は、マヤの返事がいつもと違う事に気が付いていた。
先程マヤは、水城と事務所の人と三人で会議室に入り、マヤのスケジュールの確
認をし始めていた。
マヤは、渡されたスケジュール表をジッと見ていた。
水城は、事務所の人と詳しい話をしていたが、内心、マヤの様子が気になって仕
方なかった。
その時、「あの。」と、マヤが二人の会話に割って入ってきた。
二人は話を止めて、マヤの方を見ている。
マヤは、意を決して言った。
「あの、紅天女の公演の後なんですけど・・・。私のスケジュールって何か入っ
ているんですか?」
マヤの言葉に、二人、特に水城は驚いた。
そして事務所の人は、ちょっと待っててと言い残し部屋を出ていった。
マヤの発言に驚いた水城と、マヤの二人っきりになってしまった。
暫く沈黙が続いた。
そして、沈黙を先に破ったのは水城だった。
「・・・マヤちゃん、いつもならスケジュールの事、何も言わないあなたがどう
して急にそんなこと言うの??それに、スケジュール入っていたら、どうするつ
もりなの?社長から何か言われたの?」
「いいえ、水城さん。速水さんからは何も言われてないです。・・・あのね、今
回だけ、我が儘言ってもいいかなあ?速水さんには内緒で。速水さんに言ったら
、怒り狂ってしまうから。」と、言ってから、マヤは両手を合わせて、小さな声
でお願いと言った。
水城は、マヤの「我が儘」と「真澄が怒り狂う」と言う言葉に引っかかっていた 。
そして思い切ってマヤに聞いてみた。
「・・・もしかして、休みたいの?」
マヤは、コクッと頷いた。そして、
「あのね、とりあえず、紅天女の公演終わったら、私の方から速水さんに話すか
ら。それまでは黙っていて欲しいの。あと、水城さん、心配してくれているの、
すごく分かるし、嬉しいんだけど、今は何も聞かないで。全てが終わったら、私
、ちゃんと水城さんに話す。話すから、それまでは何も聞かないで。お願い・・
・。」と、訴えた。
水城は、ただならぬマヤの決心に対して、黙って頷くしかなかった。
そして、事務所の人が戻ってくると、マヤのスケジュールは紅天女の公演以降は
今の所、白紙のままだった。
マヤは、社長には私の方から話すから、それ以降のスケジュールは入れないでと
事務所の人にお願いをした。
水城も、マヤが暫く休みを貰うことを外部内部共に極秘裏にしておくようにと、
念を押した。
社長命令でもあるからと、付け加えて。
事務所の人は、分かりましたと一言言い、マヤと水城はその場を後にした。

「・・・マヤちゃん、さっきも言った通り、本当に後で話してね。本当は、今す
ぐといいたい所だけど・・・でも、あなたがそこまで言うって事は相当の決心が
あるっていうことだものね。だから今日の所は聞かないけど・・・。でもね、ど
うしても辛いこととか、困ったことあったら遠慮しないで言ってね。私、妹みた
いにあなたのこと思っているんだから。」
ドラマの撮影に向かう途中の車の中で、水城は運転しながら、マヤに言った。
優しい水城の言葉に、マヤは泣き出した。
そして、ありがとうと、一言だけ言った。

撮影が終わり、水城と別れたマヤはマンションへ戻った。
自分の部屋の前に立って鍵を開けようとした瞬間、いつもなら自分の部屋に点く
はずのない明かりが点いている事に気が付いた。
(!?・・・速水さん!?)
マヤは、驚きと嬉しさと戸惑いが入り交じりながら、急いでドアを開けて部屋に
入った。
「おかえり、マヤ。」
驚きを隠せないマヤを見て、真澄は微笑みながら優しく言った。
そんな真澄に、マヤは半分泣きながら駆け寄って抱きしめた。
「・・・マヤ?どうしたんだ?何かあったのか?」
真澄は、飛び込んできたマヤを優しく抱きしめながら、心配そうに聞いた。
(・・・ごめんなさい!ごめんなさい!本当は、あなたと別れたくない、離れた
くないけど・・・あなたを護るためには、これしか・・・これからやる事しか、
方法ないの・・・許して・・・)
マヤは、泣きながら真澄の心へ訴えていた。
これからやる、残酷な行為。
真澄が心底傷つく事は分かっている。
もしかしたら、永遠に私のこと嫌いになるだろう・・・。
悲しいけど、それしか方法ないもの・・・。
あの、紫織さんの魔の手からあなたを護るには・・・。
これしか・・・。
ああ、神様!
今日だけでも、私とこの人が一緒に居ること、許してください。
明日になれば、私はこの人の前から消えますから・・・。
神様・・・。
マヤは、必死になって神に祈り続けていた。
「マヤ?大丈夫か?マヤ?」
これから何が起ころうとしているのか、何も知らない真澄は、幸せをかみつつも
、泣き続けるマヤの事が心配でならなかった。

そして翌朝。
真澄は、紫織が居る家へは戻らず、マヤのマンションで一夜を過ごした。
外は、雨が降っていた。
寝ているマヤを起こさないように、そっと真澄はベットから抜け出して、服を着
た。
フッとベットを見ると、幸せそうにマヤが眠っている。
(マヤ、永遠に愛しているよ・・・。)
真澄は、心の中でマヤに言った。
そして、優しくマヤの頬にキスをして、静かに部屋を出た。
「速水さん・・・ごめんなさい・・・」
真澄に聞こえないように言うと、マヤは静かに泣き出した。

「・・・マヤ、起こしてしまったか?」
寝室から出てきたマヤに、真澄はすまなそうに言った。
「ううん、そんなことないよ。・・・朝御飯の支度するね。」
マヤは、真澄に気付かれないようにワザと元気があるように言った。
「ああ。」
と、普通に答えた真澄だったが、実はマヤの目が泣きはらした後だったと言うこ
とに気がついていた。
(・・・マヤ、どうしたんだ?昨日といい、今といい・・・。何かあったか・・
・?)
朝御飯の支度をしているマヤの姿を見ながら、真澄はそう思った。

「マヤ、今日はドラマの撮影だったよな?」
マヤが作ってくれた朝食を食べながら、真澄は何気なく聞いた。
本当は、こんな事聞きたいわけではないのに。
「昨日から、変だぞ、何かあったか。」と、問いただしたい。
・・・かと言って、問いただした所で素直に言う女じゃないことも分かっている 。
だから、普通に接してマヤの様子を見ることにした。
マヤの場合は、舞台を降りた途端に演技が下手になる。
それだけ、素直と言うことなのだが。
だから、もしかして答えるときに何かのサインを出すかと思い、期待した真澄だ
ったが、マヤは、「そうよ。・・・でも、もしかしたら中止にもなるかしら?あ
、だけどやるかも知れない。現場に行ってみないと・・・。」と、普通に返事し
た。
実はマヤは、真澄といるこの時でさえも、舞台だと思って演技しているのである 。
(普通にしていたら、またきっと泣いてしまう。)
先程、台所で朝食を作っていたときに、自然にマヤの頬を伝う涙を感じ思った。
このままだと、真澄に感づかれてしまう。
真澄は、特にマヤの事になると敏感に感じてしまう。
そして、結果的に心配掛けまいと黙っていても、知られてしまって怒られるので
ある。
「不安なことがあったら、どんな些細な事でも言え。」
マヤが心配事を隠していた事が分かったとき、いつも真澄がいう台詞だった。
(今回は、知られてはいけないことなのよ、マヤ・・・あの人を護る為だからね
。がんばるのよ、マヤ。そして、これを運ぶとき、舞台があがるのよ!「普通の
生活」と言う舞台が!)
さっき、マヤはそう強く自分に言い聞かせていたのである。
「そうか。」
真澄は、そんなマヤの態度を見て、気のせいだったかとホッとしていた。
マヤは、演技しつつも、心の中で(速水さん、ごめんなさい・・・。)と、謝り
続けていた。

朝食が終わった真澄は、そのまま会社へと出掛けていった。
真澄を見送って、一人になったマヤは、緊張の糸が解けたのか、もしくは真澄へ
の懺悔か、涙が頬に伝わってきた。
「・・・速水さん、これから私がすること、許して・・・。」
マヤは、ポツリと呟いたと同時に、電話のベルが鳴った。
「・・・はい。」
涙を手で拭きながら、電話に出ると、水城だった。
そして、今日の撮影は中止になったと伝えた。
分かりましたと言い、明日のスケジュールの確認をすると、マヤは受話器を置い
た。
(・・・今日で全てが終わるわ・・・。速水さん、本当にごめんなさい!!)
マヤは、心の中で何度も呟いていた。
まるで、悪魔にとりつかれたかの様に。
そして、真澄の居る大都芸能へ電話をした。
今から逢えないか、と・・・。
真澄は忙しい様子だったが、マヤの思わぬ誘いにとても嬉しそうだった。
それが、マヤと真澄にとって最悪の日になるとは知らずに・・・。
二人はそれぞれの場所から、運命の舞台となる、帝国ホテルのラウンジへ向かっ
ていた。

少し遅れて、真澄がラウンジへ現れてから、マヤはここに来るまでの間、ずっと
頭の中で唱えていた台詞を言った。
真澄は、予想通りショックを受けている。
本当は嘘と一言言いたい。
でも、それは出来ないこと・・・。
永遠にできないこと・・・。

「だから、さよなら・・・」
最後の力を振り絞って真澄にそう伝えると、マヤは席を立った。
まるで真澄の視線を逸らすかのように。
(ごめんなさい、ごめんなさい!!私、あなたを傷つけてばかり・・・!!)
マヤは、真澄に必死に謝り続けていた。
そして、知らずの内に涙が零れていた。

どうにかラウンジから自分のマンションへ辿り着いたマヤは、入った途端にその
場に座り込んでしまった。
涙は、止まることはなかった。
(・・・これでいいのよ。これで・・・。)
マヤは、必死に自分に言い聞かせていた。
言い聞かせている内に、少し気持ちが落ち着いてきたマヤは、窓の方へそっと歩
いた。
窓から外を覗いてみると、雨はさっきよりも強く降り続いている。
「・・・まるで、私みたい・・・。」
マヤは、降りしきる雨に対して、そう呟いた。
泣いても泣いても涙が止まらない自分。
降っても降っても止もうとしない雨。
マヤは、雨と自分を合わせて見ていた。
その時、降りしきる雨の中、天を見上げている真澄にマヤは気が付いた。
そして、静かにマヤのマンションの方へと視点を変え見つめている。
その目は、とても寂しそうだった。
まるで、捨てられた子犬みたいに、暖かさを求めて。
(速水さん・・・!何故・・・?私、あなたに酷いこと言っているのに!どうし
てここに居るの!?)
マヤは、そう思った途端に涙がどんどん溢れてきて、止まらなかった。
そして居ても立っても居られず、タオルと傘を掴んで真澄がいる外へと走り出し
た。
マヤが出てきたと同時に、真澄はマヤの言葉を遮るかのごとく、マヤを抱きしめ
口づけた。
(速水さん・・・)
マヤは、心の中で愛おしいように真澄の名を呼んでいた。
だが、このままではいけないと、もう一人の自分が叫んでいた。
(・・・もう一度、言うのよ、マヤ!!)
マヤは、もう一度心を鬼にして、真澄に酷いことを言った。
真澄は、ショックを隠しきれず、呆然と立ち竦んでいる。
マヤは、いたたまれなくなり、その場を去った。
目に涙を一杯浮かべて。
愛しい真澄の叫びを聞きながら、(・・・私が、紫織さんなら良かった・・・!
!)と、思いながら。
急いで部屋に入ったマヤは、その場に崩れて泣き続けた。

真澄に別れを告げた翌日から、マヤは取り憑かれたかの様に必死に仕事をしてい
た。
そんなマヤが心配で、水城は何度もマヤに聞いてみたが、マヤは笑って大丈夫と
言うだけだった。
でも、その笑顔は見てられない位、痛々しいものだった。
マヤがこんな状態なのも、きっと真澄が一枚絡んでいる。
水城は、マヤの様子を一目見て分かった。
だが、聞くようにも聞けない。
マヤは、はぐらかす一方で話そうとはしないし、真澄は真澄で海外へ出張してい
て、尚かつ連絡先が分からないと来ている。
(・・・一体、何がどうなっているの!?)
水城は、どうしたらいいか分からずに悩み、そんな自分に対して苛ついていた。

そして、紅天女の最終日。
マヤにとって、最後の仕事。
マヤは、舞台に立つ前に楽屋に水城を呼んだ。
「マヤちゃん、何?」
水城は、マヤに問いつめたい気持ちを押さえ、普通に聞いた。
「・・・水城さん、この間の話、憶えてる??」
マヤは、鏡に写る水城を見ながら言った。
「・・・この間の話って・・・「全てが終わったら話す」ってあれ?」
本当はマヤが切り出し始めた途端に、この間の打ち合わせの時にマヤが言った、
「話すときになったら話す」と言うことを思い出していた。
だが、とぼけたふりをした。
マヤは、そんな水城の様子を気にする様子もなく、「・・・そう。その事。・・
・今日、水城さん、何か予定ある??」と、聞いた。
何もないと水城が答えると、マヤは、この舞台が終わったら一緒に私の家へ来て
欲しいことと、実の姉の様に慕っている麗を私の家へ来て貰うように連絡をして
くれと言った。
水城は、ただ一言、分かったと言い、マヤの楽屋を出て麗の所に連絡し始めた。
(・・・さようなら、速水さん。二度とあなたの前には現れない・・・。そう、
私は天女。人間(あなた)を愛してはいけないの・・・。平和な世界を壊すから
・・・。)
マヤは、鏡に映った紅天女の衣装を身につけた自分を見つめながら、心の中で呟
いていた。
そして、この日の紅天女の公演は、今まで以上に見る人々に感動を焼き付け、永
遠にマヤの天女は人々の中で生き続ける事となったのである。
もちろん、その客席には真澄の姿もあった。
真澄は、観劇中の間も天女としてではなく、生身のマヤとしてずっと見続けてい
た。
(・・・マヤ、何故君は俺から離れていく・・・?どうしたら、君はまた俺の側
にいてくれるんだ・・・?マヤ、答えてくれ!!)
真澄は、心の中でマヤに向かって叫んでいた。

そして、舞台終了後。
マヤが楽屋へ戻ってくると、水城が笑顔で迎えてくれた。
「マヤちゃん、今日の舞台、素晴らしかったわ!!」
「ありがとう!水城さん。すごく嬉しい・・・。」
マヤは、スッキリとした表情で答えた。
そして、天女の衣装から着替え始めた。
(・・・舞台に上がる前の表情とは全然違うわ・・・。さっきまでは、緊張もあ
ったかも知れないけど、それ以上に切羽詰まっていたって感じだった。でも、今
は何か吹っ切れたような感じ・・・。)
マヤの様子を水城は、そんな風に考えていた。
マヤは、鼻歌交じりで身支度を整えている。
(・・・後は、水城さんと麗にキチンと説明して・・・。明日、あの人の所へ行
けば・・・。全ておしまい。もう少しよ、もう少し・・・。)
実は水城達の手前、深刻な顔をしている訳にはいかないと思ったマヤは、舞台を
降りた今でも、「明るいマヤ」を演じていたのである。
マヤの心は、本当は弱り切っていた。
逆に水城は、今までのマヤの行動、そして今のマヤの態度を見ていて、ある1つ
の疑問が浮かんでいた。
そして、客席でみた真澄の姿。
(・・・マヤちゃんを試すようで悪いけど・・・。)
水城は、申し訳ない気持ちで一杯だったが、思い切って切り出した。
「マヤちゃん。」
「え!?なあに?」
マヤは、笑顔で水城の声に答える。
「今日、客席で・・・。社長をお見かけしたわ。」と、言う水城の言葉に、マヤ
の仮面は剥がされた。
さっきまでの明るいマヤではなく、舞台に上がる前の張りつめたマヤに戻った。
「・・・マヤちゃん。もしかして、これから私と青木さんに話す内容って、社長
が絡んでいるのね?」
水城は、ただ黙っているマヤに対して、優しく聞いた。
マヤは、ただ頷くだけだった。

劇場から出たマヤと水城は、戻る途中で麗と合流し、マンションへ戻ってきた。
「・・・忙しいときに、我が儘言ってごめんなさい。水城さん、麗。」と、今ま
で黙ったままだったマヤが口を開いた。
麗と水城は、黙ったままマヤを見ている。
「・・・あのね、相談なしに決めてしまって、事後報告になってしまって悪いな
って思うんだけど・・・。私ね、速水さんとね、別れたの。」
淡々と話すマヤに対して、二人は「別れた」と言う言葉に驚いた。
「マヤちゃん!!」
「マヤ!!」
二人は、ほぼ同時にマヤの名を呼んだ。
「別れたってどういうことさ!マヤ!速水さんが、マヤのこと振ったのか!?」
麗は、真澄がマヤを振ったと思い、真澄に対して怒りを感じ、激しく言った。
マヤは、麗の問いに対して、首を横に振った。
「・・・じゃあ、マヤから振ったって言うのかい?」
マヤの否定に対して、麗は呆然として聞いた。
マヤは、コクッと頷いた。
「・・・どうして!!!あんなに、速水さん、マヤの事、愛しているって、幸せ
にするって言っていたのに、それにマヤ!あんただって、速水さんと気持ちは一
緒なのって私に言っただろ?離れることは出来ないって・・・。どこでどうなっ
たら、別れるっていう話になるんだい?私に分かるように説明してくれ!」と、
麗はマヤにそう訴え、尚かつ状況が把握できずにただ混乱している自分に対して
苛立ちを覚えた。
それでも、マヤは黙って俯いたままだった。
水城は、麗とマヤのやりとりを冷静に見ていた。
そして、ある日の出来事をその時に思い出していた。
それは、スケジュールの打ち合わせの日。
迎えに行ったとき、マヤが全く支度を終えてなかった、あの日。
マヤは、真澄を送ってから寝過ごしちゃったって言っていたが、テーブルにはお
茶が置いてあった。
誰かに出されたお茶。
あの時はマヤがそう言うから、素直に真澄が飲んで、マヤが片付けずにそのまま
にしていただろうと思っていた。
だが、その後のマヤの様子を全て思い出していくと、どこをどう考えてもおかし
い。
あのお茶が真澄の為だったら、マヤの態度がおかしくなる必要は全くない。
ましてや、別れたなどと・・・。
だが、もしも、あのお茶は真澄ではなく第三者に出されたものだとしたら・・・ ?
そして、その第三者は、実はマヤにとって不利な相手だとしたら・・・。
(・・・まさか・・・!?)
水城はある人物の事を思い出した。
真澄の形上の妻、紫織。
紫織が、結婚する以前からマヤに対して嫌がらせをしていたことも知っている。
結婚も、真澄は紫織に「形だけの妻でもいいのなら」と、話して了承したと言っ
ていた。
そして結婚してからの真澄の行動は、家にはほとんど寄りつかず、大抵マヤの家
で過ごしている。
普通ならいくら納得したと言えども、嫉妬で気が狂いそうになるだろう。
だが、紫織はそんな姿を全く見せず、いつもと変わらず、良家の妻という印象を
周囲に与えていた。
ただ一人、水城だけはそんな紫織の態度に疑いを掛けていたのだが。
真澄と同じ位に情熱が激しい紫織が、真澄とマヤの関係を黙っていられる訳がな
い。
(・・・きっと、この部屋に来たのね・・・。)
水城は、確信した。紫織が、実はマヤのマンションに来たことを。
そして、マヤに何を言ったかも。
だが、マヤに単刀直入に聞いても、きっと答える気はないだろう。
誤魔化すか、黙るか。
(遠回しで聞いてみるしかないわね・・・。でも、遠回しの質問かどうか分から
ないけど・・・。)
水城は意を決して、マヤに聞いた。
「・・・ねえ、マヤちゃん。事務所へ向かう日の事なんだけど・・・。」
マヤは、水城の言葉にビクッと体を動かした。
麗は、怒りを静めようとしつつも、水城の言葉を聞いていた。
「あの日、マヤちゃん、社長を見送ってから寝過ごしたって、私に言ったけど、
本当は誰か来たんじゃないの?」と、言う水城の言葉にマヤは、顔色を変えた。
だが、マヤは首を横に振った。
水城は、マヤの様子を見て確信した。
ここに、紫織が来た。
そして、マヤに「別れろ」と脅迫した。
別れなければ、真澄を窮地の立場に追いやってやるとでも言ったんだろう。
だから、マヤは自分の気持ちを殺して真澄を護るために別れ話を切り出した。
(・・・マヤちゃん、あなたって子は・・・。)
水城は、フーッと溜息をついた。
そして、麗に「ちょっといいかしら?」と声を掛けた。
麗は不思議そうに水城を見た。
水城は、麗の耳元で何かを話している。
マヤは、呆然としながらもその様子を一部始終見ていた。
「マヤちゃん。」
水城は、マヤに声を掛けた。
一瞬、その呼びかけにマヤはビクッと体を動かした。
「あのね、ちょっと青木さんと二人で外で話してきたいの。いいかしら?5分か
10分で話し終わるから。」
水城が優しく言うと、マヤはただコクッと頷くだけだった。
じゃあ、ちょっと行ってくるわねと、一言言い残して、水城と麗は外へ出ていっ
た。
マヤは、ただ呆然としているだけだった。

「水城さん、マヤがどうしてあんな事したのか原因が分かったって言ってました
けど・・・?」さっきの興奮から落ち着いた麗が、水城に聞いた。
水城は、さっき耳元で「マヤが真澄と別れた訳が分かった」と言い、そしてマヤ
がいる所では話せないからと、マンションの目の前の公園に来たのである。
「確実には言えないけど、社長の奥様が別れろと脅迫したんじゃないのかしら。
別れなければ、社長を窮地に追い込んでやるみたいな事でも言って。」
「えっ!?」
水城の言葉に、麗は驚きを隠せない。
「多分、マヤちゃんの事だから、誰にも相談もせずに考えて考えた挙げ句の事だ
ったと思うわ。・・・私にも、あなたにも、もちろん、社長にも。」
水城は、悔しそうに言った。
もっと早くに私に相談してくれていたら、その前にあの時にどうして問いつめな
かったのだろうと水城はすごく後悔していた。
「だからって・・・。一人で傷つく事はないのに!!・・・だから、反対したん
だ。結果的にマヤが傷つくから・・・。」
そう言いながら麗もマヤを引き留めなかったことに対して後悔していた。
マヤが真澄と付き合うと言ったとき、麗は反対した。
真澄がマヤしか愛していないことは、真澄の態度を見ていて十分分かっている。
分かってはいるけど・・・紫織と言う妻が居る。
世間的には不倫の関係となり、深く傷を作るのはマヤの方だと、マヤにさんざん
話をした。
だが、マヤは、そうなっても真澄と一緒に居たい、真澄の側に居ることを願った 。
それだけを願って・・・。
だから渋々認めて、黙って見守っていた。
(・・・でも、こんな事になるのなら、もっと反対するべきだった・・・。)
麗は、悔やんでも悔やみきれない気持ちだった。
その気持ちは、水城も一緒だった。
もっと早く、マヤのサインに気付いていれば・・・。
でも、こうなってしまってはもう遅い。
そして、水城はある決心を麗に切り出した。
麗にも協力して貰うために。
何よりも、きっとマヤがそう望んでいる。
「それで、あなたにお願いがあるの。実は、マヤちゃん、今日の公演を最後にス
ケジュール白紙の状態になっているの。」
麗は、「スケジュール白紙」と言う言葉に驚いた。
「・・・それって・・・まさか・・・。1ヶ月だけっていう訳じゃないですよね・・・?」
頭の中で否定しつつも、否定しきれずに水城に聞いた。
戸惑っている麗を見つつも、水城は冷静にええと言った。
そして、「・・・多分、無期限に近いわ。マヤちゃん、入れないでと訴えていた
から。周りには「社長命令」としておいてあるけど・・・。」と、言った。
「その事は速水さんが知るわけ・・・。」と、麗が言うのを遮るように、水城は
、「ないわ。」と、言った。
「それでね、青木さん。マヤちゃんが、これから私たちに何を言い出すか分から
ないけど、黙ってマヤちゃんの言うとおりにして欲しいのよ。」
「マヤの気持ちを尊重しろ、と・・・?」
麗は、水城の願いに少しだけ不満を感じながら言った。
「ええ。・・・あなたが、不満を持つ気持ちも分かるわ。でも、」と、言う水城
の言葉を今度は麗が遮り、「マヤはもっと混乱しているし、傷ついている。整理
する時間を与えろ、って言うことですよね?・・・分かりました。」と、静かに
言った。
水城は頷き、「じゃあ、戻りましょうか。」と、麗を促すとマヤが居るマンショ
ンへと戻っていった。

ピンポーン。
呼び鈴が鳴り、マヤは一瞬体をビクッとさせたが、その後に聞こえた言葉が、水
城の声だったので急いでドアを開けた。
お帰りなさいと一言だけ言うと、マヤはそのまま元にいた場所へと戻った。
水城と麗も、黙ったままマヤの前に座った。
マヤは一息ついてから言った。
「・・・話、すんだの?」
水城と麗は、ええ、ああとそれぞれ返事をした。
マヤは、もう一度一息ついてから淡々と話し始めた。
「・・・二人とも、心配掛けてしまってごめんなさい。でも、もう、速水さんに
はもう伝えたから・・・。でね、私、暫くこの世界から離れようと思っているん
だ。」
水城と麗は、黙ったままマヤを見ている。
「・・・明日、速水さんの所に行って、正式に話すつもり。」
その時、麗はマヤに叫びたかった。
「紅天女もそうだけど、何より舞台から離れて生きていけるのか」と。
でも、言ったところでマヤの決心は変わらないだろう。
(・・・マヤは、思ったら梃子でも動かない頑固者だからな・・・。そこまで、
速水さんを愛しているんだね・・・。)
麗は、さっきまでのマヤに対する怒りを全て許していた。
(私だけでも、マヤの味方でいよう・・・。)
麗は、そう心に誓っていた。
「あのね、水城さん。お願いがあるんだけど、私が連絡するまでの間、スケジュ
ール・・・」と、言うマヤの言葉を遮って、「白紙にしておくのね。分かったわ
。」と、水城は言った。
マヤは、水城の態度に一度は呆気にとられたが、すぐに平静を取り戻した。
「あの、本当に仕事、ううん、舞台に戻りたくなったら、私から連絡するから。
それまでは、連絡もスケジュールも、何も入れないで。速水さんが何か言っても
絶対に入れないで・・・。お願い・・・。」と、マヤは水城に懇願していた。
水城は、ただ頷くだけだった。
そんな二人を見ていた麗が、「マヤ。」と、マヤのことを呼んだ。
「麗・・・。」
マヤも、ただ麗の名を言っただけだった。
「・・・あのさ、せめて連絡先だけでも私たちに教えておいてくれないか?マヤ
の気持ちは十分に分かったから。このまま黙って何処かへ行かれてしまうと、残
るこっちが心配で夜も眠れなくなってしまう。もちろん、速水氏には教えるつも
りはないし。」と、麗は言った。
マヤは、こんな風に我が儘言っているのに、自分のことを心配してくれている二
人に対して、とても嬉しかった。
それと同時に困らせていることに、罪悪感を感じていた。
マヤと真澄だけの問題だったのに、結局、麗と水城まで巻き込んでしまった。
マヤは、分かったとただ一言だけ言った。
そして、麗と水城はそのままマヤのマンションに泊まった。
マヤは、一人でも平気だと二人に言ったが、こんな状態でマヤを一人にして置く
わけにはいかないと、二人は無理矢理泊まった。
マヤは、麗と水城に心の中で何度も何度もありがとう、ありがとうと呟いていた 。

−そして翌日。
麗は、劇団の練習があるからとマヤよりも先に起き、マヤのマンションから出て
いった。
そして出ていくときに、「マヤ、必ず連絡先教えなよ。あと、もう無理しないこ
と!どんな些細な事でもいいから、ちゃんと話しなさいよっ!私は、あんたの姉
同様なんだからねっ!」と、マヤに言った。
マヤは、途端に泣き出してしまった。
(・・・麗も、あの人と同じ事言ってる・・・。麗、本当にごめんなさい・・・。)
マヤは泣きながら、心の中で何度も何度も麗に謝っていた。
それから1時間後、水城も大都へいく支度をして出ていこうとしていた。
「マヤちゃん、一緒にいかなくて平気?」
水城は、マヤの様子を見て心配そうに言った。
大丈夫と、一言マヤは水城に言った。
そして水城も出ていくときに、「マヤちゃん、青木さんも言っていたと思うけど
、連絡先、私にも教えてね。それに、あなたは一人ではないわ。青木さんも居る
し、私もいる。私も、マヤちゃん、あなたの事、妹の様に思っているから。だか
ら、もう一人で悩まないでね。約束よ。」と、笑って言った。
「水城さん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
マヤは、泣きながら水城に謝っていた。
水城は、カバンからハンカチを出して、涙で濡れているマヤの頬を拭いた。
「・・・じゃあ、マヤちゃん。また後でね。」
水城は、ハンカチをそのままマヤに渡すと部屋を出ていった。
(・・・水城さん、麗・・・!本当にごめんなさい・・・それと、ありがとう・・・。)
マヤは、泣いたまま何度も何度も水城と麗に感謝していた。

そして、マヤは大都芸能本社の前に来ていた。
(さあ、マヤ!これから舞台へ上がるわよ!)
ビルを見上げ、マヤは自分に奮い立てていた。
そして、受付へ行き、今日、水城が居る秘書室へ繋いで貰うようにお願いした。
受付嬢は、水城の所へ連絡している。
(・・・そう言えば、私、いつもこんな事しないでいきなり飛び込んでいってい
たわね・・・。非常識な事、よくあの人も笑って許してくれていたわね・・・。 )
マヤは、フッと昔の事を思い出した。
だが、ここで思い出に浸ってしまうと弱い自分がたちまち出てきてしまって、言
うことも言えなくなってしまう。
マヤは、思い出を断ち切るかのように首を思いっきり振った。
そして、受付嬢から「水城より、そのまま秘書室へいらしてくださいとの事です
。」と伝えられた。
マヤは、ありがとうと一言礼を言うと、エレベーターに向かった。
(・・・勝負!!)
マヤは、気合いを入れ直して、秘書室へ向かった。

トントン。
秘書室と書いてあるドアを、マヤは叩いた。
ガチャッとドアが開くと、水城が出て来た。
水城は一瞬、マヤを見つめ、「・・・どうぞ。」と言った。
マヤは黙ったまま部屋に入ってきた。
部屋には、水城とマヤしかいない。
「・・・マヤちゃん、今、社長はお一人でいるわ。」
水城がそう言うと、マヤは黙ったままだった。
そんなマヤに、水城は心配そうに、「・・・本当に、いいのね・・・?」と言った。
マヤは、コクッと頷き、そして、「・・・行ってくるね。水城さん、ありがとう
。それとごめんね。」と、言い残して真澄が居る社長室へ向かった。

(・・・この向こうに、あの人がいる・・・!!)
社長室のドアを見て、そう思った途端にマヤの心臓がドキドキし始めた。
まるで、愛おしい人に逢う時の様に。
(・・・今から、別れを言うのに・・・。変な私。・・・でも、それだけ、あな
たをまだ愛している・・・!!)
マヤは、泣き出しそうになったが、堪えてドアをノックした。
「どうぞ。」と、言う真澄の声。
マヤは、ますます胸が苦しくなった。
本当は、このまま行って真澄のことを抱きしめたい。そして、あんな事言ってご
めんなさいと、謝りたい・・・。
だが、それは許される行為ではなかった。
(・・・速水さん、これで本当にさよなら・・・!!)
マヤは心の中で泣き叫びながら、真澄が居る社長室へ入っていった。
入っていくと真澄は、驚きを隠せない顔をしていた。
(マヤ・・・!)
真澄の呼ぶ声がマヤには聞こえたような気がした。
(速水さん・・・。)
マヤは、思わず真澄を心の中で呼んでいた。
だが、このままではいけないと思い、顔色を変えないように、「ご相談があって
・・・お時間よろしいですか?」と、言った。
「相談って・・・?ああ、そこに掛けなさい。話を聞こう。」と、真澄は冷静に答えた。
マヤは、真澄に別れを言ったときと同じように、自分があらかじめ用意していた
台詞を淡々と言った。
案の定、真澄はマヤの「無期限付の休み」に対して驚き、怒りを隠しきれない状
態だった。
マヤは、きっと真澄は自分の行動に対して怒り狂うに決まっていると予め分かっ
ていた為、冷静に見ていた。
と、言うより、冷静で居るように努めていたと言うべきか。
ただ、マヤが考えてもみなかった言葉が、真澄の口から出ていた。
「・・・紅天女は、どうするんだ?誰が、あの天女をやるんだ?」
マヤはその言葉に動揺を隠すことが出来なかった。
(・・・紅天女!・・・私の天女・・・。先生から貰った、紅天女・・・。私、
護って行くって・・・一生をかけて護っていくって・・・。)
マヤは、必死に戦っていた。紅天女と、自分の意志と。
だが、(でも、こんな状態で、これ以上演技はできない!!)と、強く思ったマ
ヤは、亜弓にやって貰うことを決めた。
亜弓が怒ることは分かっているが、このままでは私が壊れてしまう。
マヤは、自分が連絡するから、亜弓にやって貰うようにと、真澄に言った。
真澄は、そんなマヤに対して激しく批判した。
マヤは、ただ黙って聞いていた。
そして、やっとの思いで真澄に、「・・・我が儘言って申し訳ありません。首に
したければ首にしていただいても結構です。失礼します。」と言って、社長室を
去った。
目に涙を今にも溢れてしまう位に溜めて。
(・・・これで終わったわ、これで・・・。)
マヤは、自分の意志で止めることの出来ない涙を沢山流しながら、何度も何度も
心の中で呟いていた。

真澄がいた社長室から、マンションへと戻ってきたマヤは、急いで荷物をまとめた。
これから行くある場所へ向かって。
(・・・後で、麗と水城さんに着いたら連絡しないとね・・・。そうだ、亜弓さ
んにも言わなくちゃ・・・。紅天女の事。・・・でも、怒りそうだな。)
マヤは、荷物をまとめながらそう思った。
そして、荷物がまとまると、ゆっくりと部屋の周りを見回して、歩き始めた。
真澄との思い出が沢山詰まっている部屋。
この部屋自体が、マヤにとって一番の宝石箱だった。
「・・・もう、お別れね。」
マヤは、そう呟くと荷物を持って玄関へ向かった。
靴を履き、ドアを出て鍵を閉める。
「さよなら・・・。速水さん。」
マヤは、ドアに向かって言った。
そして、駅へ向かった。

(・・・先生、怒っていますか?こんな事してしまって・・・。でも、しばらく
は亜弓さんが私の代わりに天女をやってくれます。・・・だけど、亜弓さんも驚
いていたっけ。)
マヤは、ぼんやりと走る電車の窓の外を見ながら今は亡き千草へ語りかけていた 。
そして、電車に乗る前に国際電話で亜弓と話をした事を思い出していた。
亜弓は、ハミルを追っかけてフランスまで来ていた。
そして、今はフランスを拠点に活動している。
マヤも、フランスで活躍している亜弓の事は耳に入ってきていた。
そして、さっき真澄に「紅天女は亜弓に任せる」と話してきた事と、それに暫く
雲隠れする事を亜弓に話さないといけないと思い、電話を掛けたのである。
だが、亜弓はマヤの開口一番の言葉に驚いていた。紅天女もそうだが、どこでど
うやったら真澄と別れるという展開になったのか、不思議で仕方ない様子だった 。
亜弓も、麗や水城同様に、真澄との関係を知る人物だったのである。
そして、友人と呼べる人物でもあった。
亜弓は、何で話してくれなかったのと、マヤを責めた。
マヤは、ひたすら亜弓に謝り続けていた。
そんなマヤに対して、亜弓も分かったとしかもう言えなくなっていた。
その代わり、落ち着いたらでいいから、話を聞かせてと、亜弓はマヤに伝えた。
マヤも、誰かに聞いて貰いたいと言う思いがあったのか、分かったとだけ言った 。
(・・・だけど、結果的には麗や亜弓さんや水城さんに迷惑掛けてしまったのか
な・・・。こうなる前に相談しておけば良かったかなあ・・・?でも、やっぱり
、言えないよ・・・。相談したことが紫織さんの耳に届いたら、それこそどうな
るか分からないもの・・・。だから、これでよかったんだよね。)
マヤは、後悔しつつも自分を納得させようとしていた。

「マヤ様!」
目的地に着き、切符を駅員に渡して改札を抜けようとしたとき、マヤを呼ぶ男の
声がした。
目の前に、源造が微笑んで立っていた。
「源造さん!!」
マヤは、急いで駆け寄ると源造に抱きついた。そして、安心したのかそのまま泣
き出してしまった。
源造はそんなマヤを父のように優しく抱きしめていた。
「・・・奥様もお待ちしていますよ。」
源造は自分の胸で泣きじゃくっているマヤに対して優しく言った。
するとマヤは源造から離れて、ただ頷くだけだった。
源造はそのままマヤが持っていた荷物を持つと、マヤを促し千草が待つ家へと向
かった。

家へ入ると、マヤはそのまま千草の位牌がある仏壇へ向かった。
源造は、マヤの部屋を用意しに行った。
マヤはしばらくの間、ずっと千草の位牌を見つめていた。
(・・・先生、私、あの人と別れました。魂の片割れのあの人と・・・。本当は
、別れたくなかった。まだまだ、あの人の側に居たかった。でも、神様はそれを
許してはくれませんでした・・・。)
(それに、私は、あの人が居ない世界で一人で生きていく勇気はありません。だ
から、この里に逃げてきました。出来ることなら、ここであの人との想い出を胸
に生きていきたいんです。・・・先生、ごめんなさい。)
マヤは、ひたすら千草に謝っていた。
その時、一瞬千草が「自分が納得できるときまで、ここに居なさい。」と、マヤ
に言ったような気がした。

翌朝、マヤは一人で梅の谷へ向かった。
(・・・これで良かったのよ。)
マヤは、心の中で呟きながら歩いていた。
そして梅の谷に着いて、暫く一本の大きな梅の木を見ていた。
その時。
((マヤ、どうしたんだ?そんなに辛い顔をして。))
「!?」
マヤは、周りを見回した。
(・・・もしかして、居るの!?)
マヤは、一瞬真澄が側にいるのではと期待した。
だが、誰もいない。
(・・・そうよ、いるわけないじゃない。まだ水城さんや麗にもこの場所連絡し
ているわけではないのに。馬鹿よね。しかも、私からさよなら言っているんだも
の。あの人ももう私のことなんて考えないわよ。・・・そうよ、忘れなくちゃ。 )
マヤはそう思いながら、期待してしまった自分を責めていた。
だが、また声がした。
((マヤ、いつまでもこうしていて欲しい。俺は、君が居るだけで幸せになれるん
だ。))
「!?」
そしてマヤは真澄に抱きしめられた様な感覚に陥った。
マヤの体はガクガクと震えだした。そして、「・・・私、やっぱり忘れるなんて
・・・速水さんの事、忘れるなんて、出来ないっ!!」と、知らずの内に、そう
泣き叫んでその場に崩れた。
((マヤ、無理して飾らなくていい。俺はありのままの君を愛しているんだから。))
((マヤ、愛している・・・!!!))
マヤは泣き崩れながらも、この場に居るはずのない真澄の声がはっきりと聞こえ
ていた。
そしておもむろに立ち上がると、独り言の様に呟いた。
「梅の精霊・・・。紅天女・・・。私は、この場所で、速水さん、あなたのこと
を想いながら生きていきましょう。そして、あなたがたとえ私のことを忘れたと
しても、私は永遠にあなただけを愛している・・・。」
その時のマヤの顔は、何かに吹っ切れたような顔をしていた。
そしてマヤは、遠い空に向かって何度も何度も叫んでいた。
「速水さん、あなたの目の前でもう言葉にすることは出来ないけど、私、あなた
を愛しています!」
「私、ここからあなたの事、見守っています!」
「速水さん!愛してます!!」
まるで真澄に届けと言わんばかりに、マヤはずっと叫び続けていた。



【Catの一言】
あぁ。マヤちゃん何て健気なんでしょう(涙)シオリ−の嫌な女ぶりがツボでした(笑)
もう、ここまで来たら真澄様に迎えに来てもらわないと・・・ねぇ、bluemoonさん♪

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