orbit−3
AUTHOR bluemoon
「・・・そうですの、今日も遅くなるのですね・・・。分かりました。お仕事頑張ってくださいませ。」 そう言うと、紫織は静かに受話器を置いた。 そして、はぁーと深い溜息を吐いた。 夕方になると毎日、夫である真澄の所へ電話を入れる。 今日こそは、早く帰ってきてくれるのかしらと言う期待を込めて。 だが、結婚して今日まで一度たりとも真澄は紫織が待っているこの家へ早く帰ってくる事は無かった。 そう、真澄はいつも愛して止まないマヤのマンションへ向かっているからである 。 そして紫織は、気付いたら真澄に電話した後、溜息をするという習慣がついていた。 (・・・結婚したら、今は私を見てくれなくても、きっと私の方へ向くと信じていたのに・・・。) 紫織は、テーブルの上にある茶封筒を見ながら思った。 その封筒の中には、興信所の報告書と写真が数枚入っていた。 写真に写っている人物は、夫の真澄と、北島マヤ。 真澄がマンションへ入る瞬間のもの、真澄がマンションから出るとき、マヤとキスしているもの、二人が幸せそうに笑って歩いているもの、 そして、マヤのマンション側の公園で真澄がマヤのことを優しく抱き締めているものの全部で5枚だった。 そして、報告書の内容も、真澄は会社が終わるのと同時に足早にマヤが待っているマンションへ向かうか、 マヤが出演している劇場、もしくはマヤの仕事先へ迎えに行くと言うことだった。 紫織には、仕事で忙しいと言っておいて。 真澄は紫織のことを放っておいて、マヤと逢うことだけ、マヤと一緒にいることだけを考えていたのである。 (・・・真澄様、私、貴方のこと、これでも信じていたんですのよ・・・。いつか私だけを見てくれると・・・。 貴方は永遠に無いと断言していても、いつか私だけを愛してくれると・・・。でも、それは無理な望みなのですの・・・?) そう思った瞬間、紫織の瞳から涙が零れていた。 (・・・紫織さん!?) その夜、マヤのマンションに泊まった真澄は、朝になってからとりあえず着替えるために一度紫織が待つ家へ帰ってきた。 すると、テーブルで待ちくたびれたまま眠っている紫織を見つけた。 「・・・う・・・ん・・・?・・・あ、あなた・・・お帰りなさい。」 紫織は、真澄が居ることに気が付いて起きた。 「あ、ああ。ただいま。でも、こんな所で寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ。私の事は待っていなくてもいいからと話したではないですか。」 一瞬戸惑いながらも、真澄は紫織に優しくそう言った。だが、 「・・・でも、待っているのが妻としての役目ですわ。夫が一所懸命働いていると言うのに、先に寝てしまうなんて、そんなこと私できませんわ。 私、貴方の妻ですもの。」と、紫織は真澄に訴えると、 真澄はさっきまでの態度とは一転して、 「・・・分かりました。でも程々にしてください。私に迷惑掛けない位に。あなたが倒れたと仕事中に連絡が入るのも迷惑の内ですから。」と、 冷たく突き放した。 そして真澄は、自分の寝室へと入っていった。 (・・・貴方の心の中に、私は居ないのですか!!北島マヤ・・・。あの子しか居ないのですか!!) 紫織は、真澄の後ろ姿を見ながら、真澄の心へ訴えるように心の中で叫んでいた 。 着替え終わった真澄は、立ち竦んでいる紫織をよそに、そのまま家を出ていった 。 紫織は、真澄が横を通っていくのが分かったが、何も言えなかった。 まるで、虎に睨まれた蛇の様に。 そして気持ちは、深海の底へ沈むかの様に落ち込んでいった。 暫くして、一本の電話が入った。 紫織は努めて明るく電話に出ると、紫織の母からだった。 銀座まで行くから、一緒に行かないかと言う。 紫織は、気晴らしたい気持ちもあったため、一緒に行くと返事をした。 1時間後に紫織の家へ迎えに行くと言い残して、紫織の母は電話を切った。 紫織は、さっきまでの落ち込みから、少しだけ無くなったような気がした。 「紫織さん、真澄さんは優しくしてくれて?」 銀座に向かう車の中で、紫織の母は、おもむろに紫織に聞いた。 紫織は、一瞬戸惑ったが、「ええ。」と一言だけ言った。 紫織の母は、「よかったわ、心配していましたから。」と、安心したように言った。 紫織の戸惑った顔に気付かずに。 だが、紫織の本心は母に叫びたかった。 「私、辛いの!」と。 叫べるものなら、叫んでしまいたい。 でも、ここで叫んだところで、紫織の母は心配するだろうし、何より祖父の耳にでも入ったら、真澄が動かしているプロジェクトが破綻してしまう。 それだけは、避けなければ。 そう考えた紫織は、ぐっと自分の感情を押し殺していた。 何も考えないようにして。 それは、小さな時から感情を出しそうになったら押さえるための紫織が取っていた方法だった。 そして、「着きましたわね。」と、言う紫織の母の言葉に、紫織は銀座に着いたことが分かった。 「これ、とてもいいですわね。」 一流ブランドのブティックで、紫織と紫織の母は品物を一つずつ見ていた。 そして、紫織の母は、気に入った物があったようで、側に居た店員に声を掛けていた。 「・・・お目が高いですね。これはですね・・・。」 店員も、買って貰いたい一心で、紫織の母に懸命に説明している。 紫織は、そんな様子をぼんやり見ていた。 すると後ろから、「お嬢様の方は、何かお気に召すものありませんか?」と、言う声がした。 「?」 紫織は、不思議そうに声がした方向へ振り向くと、そこには微笑んでいる一人の青年が居た。 「久しぶりですね、紫織さん。・・・いや、速水夫人とでも言うべきですか。」 その青年は、紫織にそう言った。 (この方、私の事、ご存じみたい・・・。でも、私、何処かでこの方とお会いしたことあったかしら・・・?) 紫織は、まじまじと青年の顔を見ていた。 背格好は、真澄と同じぐらいだろうか。 笑顔がとても優しくて、目鼻立ちも整い、世間的に言う「美青年」だった。 雰囲気も、真澄と同じように落ち着いている。 ただ、どう見ても、真澄より、いや、自分より若く見えた。 そして、ネームプレートを見てみると、「小早川」と書かれていた。 「あ!貴方、もしかして、慎一さん!?小早川家の・・・。」 紫織は、ネームレートを見て思い出し、叫んでいた。 慎一は、はいと笑って答えていた。 小早川家は、紫織の鷹宮家と縁続きだった。 二人が小さい時には、紫織が一人っ子のせいもあったか、よくこの慎一と遊んでいたものだった。 だが、思春期になる頃には、自然と離れてしまったのだった。 紫織は、慎一と沢山話をしたかったのだが。 「どうして、このお店で・・・?」 紫織は、再会の喜びと共に、何故、仮にも一、二を争う財閥家の息子がこんな所で働いているのかが不思議だった。 慎一は、「ああ、それはですね。家を継ぐにも世間を知らないと何も出来ないと、親父に言われまして。 渋々、と言うのは嘘ですけど、親父のコネを使って、この会社へ就職したんですよ。早い話、修行みたいなものですね。」と、 屈託のない笑みを浮かべて言った。 紫織は、その笑顔がとても眩しかった。 そして、そうですの、としか答えることが出来なかった。 そんな紫織を見ていた慎一は、「紫織さん、この後、お時間の方はどうなっていますか?」と真顔で聞いてきた。 紫織は、一瞬ドキッとしたものの、何もないと答えた。 「じゃあ、お母様にお話しして、紫織さん、貴女を借りることにしよう。」と、 慎一は言うと、店員と話している紫織の母に近づいて、話し始めた。 紫織は、ドキドキしながらその様子を見ている。 (・・・どうして、私、こんな気持ちになっているの・・・?そうよ、初めて真澄様と出掛けた時の様に・・・。) ふと、そんな風に考えていた時に、慎一が、「行きましょう。」と言って、紫織の手を握った。 紫織は、「慎一さん、お仕事は・・・?」と、心配そうに自分の手を握っている慎一に聞いた。 が、慎一は笑って、「大丈夫ですよ。」と、答えた。 紫織は、そんな慎一にときめきを覚えていた。 「でも、ビックリしました。貴女があの店へ来るなんて。」 喫茶店に入った紫織と慎一は、開口一番慎一がそう言った。 紫織は黙ったまま、慎一の話を聞いている。 「そりゃあ、ああいう店ですから、いつかは逢うだろうなと思ってはいましたけど、まさかこんなに早く逢えるとは夢にも思いませんでした。」 慎一は、瞳を輝かせて話していた。 そう、まるで想い人に逢えたかの様に。 紫織は、そんな慎一を見て、もしかしてと期待しつつも、(・・・まさか、私って事じゃ無いですわね。こんな醜い私を・・・。)と、 否定する思いの方が強かった。 それに、そうだ。自分はもう結婚した身なんだ。 たとえ夫に愛されていなくても、夫がいる身なんだ・・・。 そんな風に考えた途端、紫織の瞳から涙が零れてきた。 それを見た慎一が、「紫織さん!?」と、驚いて言った。 そして、持っていたハンカチを紫織に渡した。 ハンカチを受け取った紫織は、ありがとうと一言いい、零れた涙を拭っていた。 そして、紫織の様子を黙ってみていた慎一だったが、急に真剣な面持ちで紫織に言った。 「・・・紫織さん、今、幸せですか?」 紫織は、その言葉に一瞬ビクッと体を動かした。 「紫織さん、答えてくれませんか。」 慎一は、慎一の問いに対して固まってしまった紫織に再度言った。 紫織は、引きつった笑顔を見せつつも、幸せですわと、言った。 それ以上聞いても、紫織を苦しめるだけだと思った慎一は、そうですかと一言だけ言った。 そして暫く沈黙が続いた。 が、破ったのは慎一だった。 「紫織さん、これからもこうして逢ってくれませんか。」 「!?」 紫織は、驚きと同時にどう答えたらいいのか戸惑っている。 「紫織さん、もちろん友人として貴女とまた昔のようにいろいろと話をしたいんです。・・・それに、貴女の話も聞きたいし。だめでしょうか?」 慎一は、懇願するように言った。 紫織は、いけないと叫んでいる自分の心とは裏腹に「いいですわ。」と、答えていた。 後で考えると、どうしてそんなこと言ってしまったのか、紫織は疑問に感じていた。 慎一と別れ、そして紫織の母とも別れて、一人紫織は自分の家へ帰ってきた。 時計を見てみると、そろそろ真澄の会社が終わろうとしている時間だった。 紫織は、フラフラと電話の前に行き、真澄の会社へと電話していた。 暫く、呼び出し音が続く。 紫織は「早く出て!」と心の中で叫んでいた。 そして、ガチャッと言う音が聞こえたので、「もしもし!真澄様!?」と、紫織は言っていた。 が、その後聞こえてきた声は、真澄の声ではなく、秘書の声だった。 「奥様、申し訳ございません。社長は、外出なされて今日はそのまま直帰なさると言っておられました。 そして、奥様には、仕事で遅くなるから自分の事は気にせず先に休んでいてくれと言っておられました。」 「・・・そう、分かりました。ありがとうございました。」 紫織は、呆然としたまま電話を切った。 暫くすると、怒りの気持ちが紫織の中で一杯に溢れていた。 (・・・今日も、あの子の所へ行くと言うのね!北島マヤ!!・・・許せないわ! どうして、真澄様を、私の真澄様を取り上げてしまうの!?あの、小娘・・・!許せない!!) そしてこの時、紫織は明日にでもマヤのマンションへ行くことを決めた。 その夜、紫織は自分の寝室に行き、ベットへ入ったが一睡も出来なかった。 (・・・北島マヤ。許せないわ!!) 紫織の心の中には、マヤに対する憎しみで一杯だった。 そして、そのまま朝を迎えた。 ガチャッ。 隣のドアが開く音がした。 (・・・真澄様、帰ってきたのね・・・。) その音が、真澄が戻ってきたという合図だったのだが、紫織は寝室から出ようとはしなかった。 本当は、真澄の前に出ていって「お帰りなさい」と伝えたかった。 だが、どうせ言っても真澄は面倒くさそうに答えるだけだ。 その事が目に見えていたから、出ていくのを止めた。 それに、これから最も真澄が嫌がることをするんだから・・・。 そして暫くして、またドアが開き閉まる音がした。 恐らく着替えて真澄が出ていったんだろう。 そーっとドアを開けて、真澄が居ないことを確認すると、紫織は自分の寝室から出てきた。 そして紫織は、今日で全てを終わらせるわと心に誓い、支度を始めた。 自分のプライドに懸けて。 たとえそれが、醜いことだとしてもかまわない。 何としても真澄を自分の元へ戻ってくるために。 そして、支度が終わり一息つくと、部屋を出て迎えの車に紫織は乗り込んだ。 興信所が調べ上げたマヤのマンションを運転手に伝えて、マヤの所へ向かった。 「お嬢様、こちらです。」 運転手はそう言いながら、車のドアを開けた。 紫織は黙ったまま、車から出てきた。 そして、マヤのマンションを見上げていた。 (待ってらっしゃい!北島マヤ!!) 紫織は、激しい怒りと憎しみを心の中で燃やし続けた。 そして、運転手に暫くここで待っていなさいと言い残して、マヤの所へ向かった 。 (・・・このマンションも、どうせ真澄様が買い与えたに違いない。あの子ばっかり・・・!!) マヤの部屋の前に着いた紫織は、呼び鈴を押す前にジッとドアを見つめたまま、また憎しみを新たにしていた。 そして、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後、呼び鈴を押した。 だが、誰も出てくる気配はない。 もう一度、紫織は押した。 だが、やっぱり出てくる気配は無かった。 (これでやってみて、出て来なかった出直してくるしかないわね・・・。) 紫織は、そう思いながら再度押した。 すると、「はーい」と言う女の声。 (マヤだ!) 紫織は一瞬で分かった。 そして、ドアが開くと思った通りマヤが出てきた。 マヤも紫織の顔を見て、驚きを隠せない。 紫織は怒りを抑えつつ、「こんにちは。お時間よろしくて?」と、ニッコリと笑いながら言った。 マヤは、顔を青ざめながらも紫織を家に入れてくれた。 マヤは、お茶の用意をするから適当に座ってくれと紫織に勧めたが、紫織は少しも座る気なんて無かった。 ジッと部屋を見回していた。 (ここで、真澄様はいつもいつもあの子と一緒に・・・!?) 紫織は、そう考えながらも怒りと憎しみを必死に押さえていた。 だが、その努力も無駄になる瞬間が来た。 フッと視線をずらすと、ドアが開いている部屋があった。 そして、かすかに見えるのはベッドの端。 その上には、洋服がベットや床へと沢山散らばっている。 (・・・真澄様は、もしかして、いつもここであの子を・・・!?私には、一度も触れずに・・・!!) そう思った途端に、ますますマヤに対しての憎しみで一杯になり、全てを爆発した。 そして、マヤに真澄と別れろと脅迫をした。 本当は、こんな事したくなかった。 こんな事しても、自分が惨めになるだけ。 何よりも空しいだけ・・・。 紫織は、心の奥深くでそう叫んでいる自分が居ることを、マヤを責めているときに気付いていた。 だが、止める訳にもいかなかった。 何よりも負けたくなかった。 惨めになりたくなった。 そして、マヤに言うだけ言って、急いでマヤの部屋を出ていった。 呆然としているマヤを部屋に残して・・・。 紫織は、車に戻ると同時に急いで運転手に出るように伝えた。 その時、何故か紫織の頬に涙が流れていた。 それから2ヶ月が過ぎようとしていた。 紫織は、真澄とマヤが完全に別れたと、興信所から連絡があった。 そして、マヤが必死になって真澄を突き放していたことも話に聞いていた。 だが、そうしたとしても真澄は全然、この家へ帰ってくることも無かった。 昨日も電話で真澄に「今日は帰ってくるのか。」と、聞いたが、帰ってきた言葉は「仕事が片づかない。」と言う一言だった。 紫織は、そうですの、分かりましたと言いつつも、疑いがあるような言い方をしていた。 真澄は、うんざりしたせいか、何も言わずにガチャっと電話を切った。 そして、真澄はそのまま家に戻ってこなかった。 紫織は、窓の外を見ながら、(私、間違っていましたの!?)と、声にならない声で叫んでいた。 (苦しい、苦しい・・・。) (もうこんな気持ち、沢山よ・・・。) いつの間にか、紫織は泣いていた。 その時、電話が鳴った。 紫織は、涙を拭きながら「はい。」と電話に出た。 すると、「紫織さん。」と言う、優しい男の声がした。 「・・・慎一さん・・・!!」 紫織はその名を言った途端に泣き崩れてしまった。 慎一は、電話の向こうで泣き続けている紫織が心配になり、今からそこへ行きますからと言い残して電話を切った。 電話が切れても、紫織はただ泣き続けていた。 ピンポーン。 慎一からの電話から1時間位たった後、呼び鈴が鳴った。 紫織は、涙を拭いながら玄関へ向かった。 そして、「はい。」と、言いながら玄関を開けると、そこには慎一が心配そうに立っていた。 「・・・紫織さん、大丈夫ですか・・・?」 慎一は、泣きはらした紫織を見て、心配そうにそう言うと、紫織はそのまま慎一の胸に飛び込んだ。 そして、今までの辛い気持ちを全て吐き出すかの様にまた泣き始めた。 「紫織さん・・・!?」 慎一は、紫織の態度に驚きつつも、そっと紫織を抱き締めていた。 「・・・落ち着きましたか?それと、すいません。台所借りました。」 慎一は、微笑みながらそう言って、入れてきた紅茶を紫織と自分の前に出した。 紫織は、さっき借りた慎一のハンカチを持ったまま、はいと静かに言った。 そして、「ごめんなさい、取り乱してしまって・・・。それに、お客様なのに、 そんなことして頂いてしまって・・・。」と、申し訳なさそうに言った。 「いいえ、そんなことはいいんですよ。こっちこそ、勝手に借りてしまったんだから。」 と、笑いながら慎一は答えた。 そして、黙ったまま二人は慎一が入れた紅茶を飲んだ。 「・・・おいしいですわ。」 一口飲んだ紫織は、慎一にそう言った。 「そうですか。それはよかったですよ。気に入って頂けて・・・さて、紫織さん。今日こそは話していただけませんか。」 さっきまで笑顔で話していた慎一だったが、真剣な顔をして紫織に言った。 紫織は、そんな慎一に戸惑いつつも、「何のことでしょうか。」と、言った。 だが、その瞬間に慎一は、紫織の両肩を掴んで自分の方へ向かせた。 そして、「紫織さん。誤魔化さないでください。貴女の気持ちですよ。」と、言った。 「・・・私の気持ちって・・・?」と、紫織は戸惑いながら言った。 慎一は、息を深く吐くと、意を決した様に言った。 「・・・じゃあ、こう言えば分かりますか?・・・紫織さん。貴女、速水さんとうまくいっていませんね?」 慎一の鋭い質問に、紫織はただ黙って目を伏せることだけしかできなかった。 「紫織さん!答えてください!」 慎一は、そんな紫織に対して怒鳴っていた。 「紫織さん!!」 慎一は何度も紫織の名を呼んだ。 そして、目を伏せた紫織を自分の方へ無理矢理向かせると、その目に涙が一杯に溢れて流れていた。 「・・・紫織さん。」 慎一は、言い過ぎたかと思い、申し訳なさそうに紫織の名を呼んだ。 「すいません。僕がそこまで言う筋合いはないのに・・・。」 「・・・いいえ。慎一さん、聞いてくださいますか?私の話・・・。」 紫織は、泣きながら慎一に言った。 この人なら、私の気持ち聞いてくれる。 私の事、ここまで心配してくれている。 紫織は、慎一に対してそう思いながら、今までの事を話し始めた。 自分と結婚する前から、真澄には愛している女性が居たこと。 それでも、一緒に居て欲しいから、ありとあらゆる手を使って真澄と一緒になったこと。 真澄から、自分のことは一生愛することがないと宣言され、それでも側に居るこ とはできるからいいと納得した上で結婚したのに、結局寂しくて仕方なかったこと。 そして、いつの間にか、真澄が愛している女性に対して憎しみを持つようになったこと。 そして、この間、その女性に真澄と別れないと、何するか分からないと脅迫して、 無理矢理二人を引き離したこと・・・。 紫織は、慎一に軽蔑されても仕方ないと思いながら、全てを話していた。 慎一は、ただ黙って聞いていた。 そして、紫織が全て話し終えると、慎一は、「紫織さん。」と一言言った。 紫織は、(きっと軽蔑されたに決まっている。この後、この人から非難されるん だわ。)と、決めつけ、覚悟を決めていた。 だが、紫織の心は慎一に話したことで落ち着き始めていた。 「紫織さん、この結婚、貴女の手で終わらせる気はないですか?」 慎一が言ったその言葉に、紫織は驚いた。 てっきり非難の言葉を言うと思っていたのに、結婚を止める!? 紫織の頭は、混乱していた。そして、「そんなこと、出来るわけありませんわ!! 真澄様は、そうなされば嬉しいかもしれませんけど、お爺様やお父様が絶対に 許しません。それに、政略結婚だって言うことも、私少しは分かっておりますのよ。 それに、私、まだ真澄様の事、愛しているんです!」と、叫んでいた。 「・・・でも、政略結婚だったとしても、こんな寂しくて悲しい想いしている貴女を僕は見ていられません。 それに貴女は、鷹宮のお爺様や伯父様のものではないんですよ。貴女は、貴女だけのものなんです。 人生も全て。それを自分は人のものだなんて言ってはいけませんよ。」 慎一は、混乱している紫織とは対照的に、紫織に言い聞かすように落ち着いて言った。 「でも・・・。」 紫織は、それしか言葉に出せなかった。 さっきの慎一の言葉に、本音を言えば紫織は心を動かされていた。 出来ることなら、もう終わりにしてしまいたい・・・。 だけど、そんなことは無理に決まっている・・・。 それに私は、まだ、真澄様の事、愛しているのよ・・・。 そんな風に考えている内に、紫織はまた迷い始めていた。 戸惑っている紫織を見て、慎一は、「それにね、紫織さん。申し訳ないけど、貴女の話聞いていて、僕はあることに気が付いたんですよ。」 と、確信を得たかの様に紫織に言った。 紫織は不思議そうに見ている。 「貴女は、もう速水さんの事、愛してなんていませんよ。愛していると言っても、 それは貴女の中にある、執着という想いからの愛ですよ。それは、愛しているとは言わない。」 「!」 紫織は、慎一の言葉に驚きと衝撃を受けた。 そして、「・・・どうして、そんな風におっしゃいますの・・・?あなたに、私の気持ちの何が分かるのです!?私の何を理解したのですの!? 勝手なこと、おっしゃらないで!!」 と、紫織が慎一に怒鳴った途端、慎一は紫織の唇を奪った 。 紫織は目を丸くしたまま、慎一の口づけを受けていた。 そして、静かに紫織の体を自分から離すと、慎一は哀しそうな目で言った。 「・・・何故そんなこと言ったかというと、僕も貴女と一緒だからですよ。」 紫織は、心の中でそれはどういう意味だと叫んでいたが、声に出して言えなかった。 ただ、ジッと慎一の事を見ている。 「・・・紫織さん。僕は、初めて貴女と会った日から、実はずっと貴女のことを愛しているんです。」 紫織は黙ったまま、慎一の話を聞いていた。 「貴女が、速水さんと結婚すると聞いた時に、僕はどうしたら貴女が自分の所へきてくれるだろうかとそればかり考えていたんです。 最悪、式を壊すことでさえ考えましたよ。でも、父から貴女が幸せそうにいつも速水さんの事を話していると聞いた途端に、 僕がしようとしていることは、貴女の気持ちを考えずに、ただ自分の為にやることだと言うことに気が付いたんですよ。 そして、それを行えばきっと貴女が不幸になることも。だから、僕は止めた。そして、遠くからでもいい、貴女の幸せだけを想いながら、生きていこうと決めたんです。」 「でも、この間偶然、店で貴女と再会したときに、一目見て貴女は全然幸せそうでは無かった。 だから、僕は、本当はあの時、貴女に今すぐにでも速水さんと別れてくれと言いたかった。 でもそんなこと言っても、貴女が驚いて困るだけだろうと思ったから、会うだけでもって思って、この間、勇気を振り絞って言ったんですよ。断られるの覚悟で。」 「・・・でも、貴女は、承諾してくれた。その時、もしかしたら僕にも望みがあるかも知れないと思ったんです。」 そして、ふーっと一息吐くと、「紫織さん。」と、慎一は紫織の名を呼び、紫織をジッと見つめた。 紫織は、そんな慎一に対して、ドキドキしていた。 慎一は、真剣な目をして、「僕は、貴女よりも5つ下だ。それに、速水さんと比べたら、全然頼りないかも知れない。 でも、僕は誰よりも貴女のことを愛しているし、誰よりも貴女を幸せにすることができると思っている。 紫織さん、僕の気持ちも忘れないでいて欲しい。」と、言った。 紫織は、慎一が自分に対する想いを真剣に話しているのを聞いていて、すごく嬉しかった。 あんなに酷いことまでした自分なのに、それでも「愛している」と言ってくれた 慎一に・・・。 こんな私でも、必要としてくれている、この人は・・・。 紫織は、慎一の瞳を見ながら、そんな風に思っていた。 そして、自分は本当は真澄ではなく、慎一みたいな人を必要としているのではないだろうかと思い始めていた。 真澄は、確かに自分に対して優しかった。 今でも、それは変わらない。 だが、それは紫織の為ではない。 義務としてやっていること。 でも、慎一は、全て紫織の為。 自分が愛して止まない人の為に懸命になっている。 そして、優しく手を差し伸べてくれている。 (・・・真澄様に、慎一さんみたいな所、あったかしら・・・?) 紫織は、ぼんやりと今までの真澄が自分に対して行った行動を思い出していた。 そんな紫織に、慎一は、とりあえず大丈夫だなと思い、 「紫織さん、また辛いことがあったらいつでも遠慮せずにいって。僕が貴女を護るから。」 と、言って部屋を出ようとしていた。 が、「待って!!」と言う紫織の声がした。 慎一は、振り返ると紫織が立っていた。 「・・・お願いがあるの。慎一さん。私に勇気を下さらないかしら?」 紫織は、涙を流しながらも微笑んでそう言った。 慎一は、不思議そうに「何ですか?」と、聞いた。 その瞬間に、紫織は慎一の胸に飛び込み、今度は紫織の方から慎一へ口づけた。 慎一は紫織の態度に一瞬驚いたが、そのまま優しく紫織のことを抱き留めていた 。 紫織は慎一の暖かい愛に包まれながら、真澄との決別を決心していた。 そして、慎一と新しい人生を歩いていくことも。 紫織の心は、慎一の真実の愛によって、元の美しい心へ戻っていった。 |
【Catの一言】
シオリ−やっと、真澄様と別れる気になってくれたのね。よかった。よかった。このままドロドロ一直線だったら、どうしようかと思いました(^^:
しかし、慎一さんいい人だなぁぁぁ(笑)