ガラスの仮面第一回リレ−小説〜クリスマスの奇跡〜 
<No.1〜40>




その日は珍しく歩道を歩いていた。
いつもなら会社の車で移動するのにだ。
けれどその男は、空から落ちてくる冷たい雪をまるで楽しむかのように、一人歩道を歩いていた。
 白い息が後ろへと流れていく。鼻がツンと痛くなるような寒さ。
男はコートのポケットに手を入れ、少しだけ空を仰いだ。
 「・・・綺麗だな」
遠く遙か遠くから、誰かがまいたように落ちてくる。白く冷たくそして儚く・・・。

「わぁ。雪」
街を歩いていると、突然の白くて、冷たいものに驚く。
見上げると、空からチラチラと粉雪が降っていた。
その鮮やかな光景に、何だか切なくなる。
彼女は暫く、空を見上げていた。


雪からふと、視線を逸らすと、男は彼女の姿を見つけた。
空を見上げ、瞳を細めて雪を見つめている。
その姿はどこか、淋しそうに見えた。
男はそっと、そんな彼女を愛しむように見つめた。

「風邪ひくぞ」

そう声をかけられ、振り向くと彼がいた。
彼女にとって一番大切な人・・・。
どんなに想っても手の届かない相手・・・。

「・・・何だか、綺麗だったから・・」
男の瞳を見つめながら、呟く。
男はそっと彼女を包み込むようにコ−トを広げ、抱きしめた。
思わぬ行動に、彼女は驚いたように瞳を見開いた。
「今、君に風邪をひかれたら困るからな・・・」
照れを隠すようにわざと冷たく言う。


「あ、あの・・・いいんですか?もうすぐご結婚されるのに、私みたいなのを、だ、抱きしめたりして・・・」
とマヤは上ずった声で言った。
真澄は”結婚”という言葉に一瞬、険しい顔をしたが、何も言わずにマヤを抱きしめていた腕に力をいれた。
真澄に強く抱きしめられたマヤは、さらに驚いた表情になり言葉が出なかった。
2人とも無言であったが、白くて、冷たい雪だけが2人を包み込むようにチラチラと降り続いていた。


寒くても、温かな真澄の体温を感じながらマヤは、真澄の温かな優しい心を肌で感じ取っていた。
でも、分かっていた。
もうすぐ結婚して、遠い存在になってしまう男性(ひと)。
それでも、愛する気持ちは止められない・・・・・

「・・・・・」
「・・・・ッッッ・・・」

真澄に抱かれながら、マヤは自然と涙が流れ落ちる。
泣き顔を見られないように、と、頭で理解してても、体の震えが段々と止まらなくなった。

「・・・・・チビちゃん?泣いているのか・・・?」

「・・・泣いてなんか、ない・・です・・・」

消え入りそうな小さな声は、雪とともに地面に吸い込まれていく。
あわせた胸からは、壊れるほど高鳴る鼓動と
おびえたような震えが伝わってきた。

「マヤ・・・」

泣いてるのは明らかなのに。
それでも涙を見せたくなくて、マヤはきつく真澄を抱きしめた。

「どうして・・・どうして私なんかにやさしくするんですか?どうして、こうして私を抱きしめてくれるんですか?」

「・・・・」
真澄はそれには答えず、ただ黙って肩を抱く手に力をいれた。
そして不意に、
「チビちゃん、今日はクリスマスだ、どこかへ行かないか?」
と言った。


マヤに、これといって予定はない・・・けれど。
真澄と共に過ごすことへの期待よりも、不安の方が強かった。
出口のない、自分の中の想いを吐き出してしまいそうな自分が怖かった。
「・・・でも、速水さんを待っている人がいるんじゃないですか?」

ためらいつつ口にした言葉は、自分の声とは思えないほどか細かった。
それでも、訊かずにはいられなかった。
心に重くのしかかる、あの美しい女性の存在。
自分からは真澄の誘いを断ったり出来ない、だから・・・

『速水さん、どうかもう・・私にやさしくしないで』

彼の顔を見ないように、うつむいたままマヤは願っていた。

彼と二人、過ごす時間が持てるなんて考えちゃダメ!
マヤは心の奥底でうねる何かを、必死に押さえ込もうとしていた。

「・・・待っている人か・・・」
彼女の口から出たその言葉にズシリと胸が重くなる。

今だけは全てを忘れたかった。
自分が大都を背負う人間だという事も、婚約者の事も・・・。
ただの男として、彼女と一緒に時を共有したかった。
クリスマスのこの日だけは素直な心でいたかった。

「・・・ちびちゃん、行こう」
マヤの手をそっと握りしめ、真澄は雪に染まる街をゆっくりと歩き始めた。

速水さん・・・。

握られた手から彼の温もりが伝わる。
胸が締め付けられるような想いで苦しくなる。

「そんな顔するな。俺と一緒にいるのは嫌か?」
歩きながら、横にいる彼女を見る。
「・・・いえ、ただ、速水さんがいつもと違うから・・・。私の知っている速水さんと少し違うから・・・」


握られている手を見ると、真澄の薬指にキラリと光る結婚指輪が目に入った。

『やっぱり私・・・この人と一緒にいちゃいけないんだ・・・』

マヤは真澄の結婚指輪を見つめながら、切ない気持ちでそっと握られている手を離した。

「どうした?」

手を離された真澄はマヤの方を見た。
マヤは真澄の問いに返事をせずに、真澄の結婚指輪をずっと見つめていた。
それに気づいた真澄は『ハッ』とし、指輪をすばやく抜き取って、コートのポケットに入れた。
「今日は、何もかも忘れたい。さぁ、行こう」
離されたマヤの手をもう一度握り、また歩き出した。

「そういえば、ずっと前に、今日と同じような雪の中、速水さんに出会ったことがあったな・・・と思い出して。」
とマヤが何処か遠い目をしながら舞い降りる粉雪を見つめながら呟いた。

そんなマヤの呟きに、自然切ない目になってしまう視線を誤魔化すように
真澄が笑いながら答える。
「君の小さなイチゴの傘に入れてもらって二人で雪の道を歩いたな」

・・そして俺と君との間は赤信号で渡れないことを痛感したんだった。
  届かない俺の思い。今も渡れない君への道。・・・・・

何時の間にか、ギュッとマヤの手を強く握り締めている真澄に、
マヤはドキリとして真澄を見上げる。

「・・速水さん?」

・・・・・・・・・降り続く雪は、何もかも真っ白にしてゆく。
白銀の世界を2人は何も考えずに、ただ、ひたすら歩いて行った。
それでも、握られている手の温かな感触は、夢でも何でもない・・・

「・・・・・・・ふふっ」
思わず、マヤが笑い出した。

「・・・どうしたんだ?」



「君はいつの間にか、少女から、大人の女性になったんだろうな・・・」
彼女との年月を思う。
いつも不安そうで、人前でおどおどとしていたはずの彼女が今では、
紅天女を演じるまでの女性に成長している。
舞台の上での彼女の視線に、どんなに心をかき乱された事だろうか・・・。

だが、結局は思いを告げられなかった。
どんなに愛していても、手にする事は許されない・・・。
彼には妻がいるのだから・・・。

「どうしたんですか?やっぱり、今日の速水さん、何だか、変・・・」
思いつめたような彼の視線に落ち着かない気持ちになる。
「・・・変か?」
苦笑を浮かべ口にする。
「それに・・・、淋しそう」
マヤの言葉に自然と、足が立ち止まる。
二人は暫く、降り注ぐ雪の中に佇んでいた。

相手の心を探るように・・・。
口にできない感情を伝え合うように・・・。

「あっ、クリスマスツリ−」
やっとの想いで、真澄から視線を外すと彼女の視界に大きなツリ−が入る。
赤いリボンで飾られ、とてもかわいいカンジがした。
マヤの視線を追うように、店のショウウィンドウを見つめる。
「入るか?」
真澄の言葉にマヤは目を輝かせて頷いた。

色とりどりのまばゆい店内。
決して広くはなかったかが、輸入品であろうツリーやら天使の人形やらが所狭しと並んでいる。
マヤはもちろんの事、真澄でさえも心が弾んでいた。
 「このお人形さん可愛い!・・・あ、でも結構するんだ・・・」
可愛らしい人形を手にとってみたが、値札を見てがっかりしたように元に戻す。
 その様子を後ろから見ていた真澄は、元に戻された人形を手にとると、マヤに気づかれないようそれをレジへと持って行った。

 「あぁいった店は好きか?」
店内を一通り見て回った後、何も買わずに店を出た2人は、雪が降りしきる道をまた歩いていた。
 「えぇ、見ているだけで幸せな気持ちになれるから好きです。・・・速水さんは?」
 「俺か?いや、正直あぁいった店に入るのはこれが初めてだったんだ。第一似合わんだろう、ゲジゲジの冷血漢には」
そう言うと真澄は大声で笑い出し、反対にマヤは頬を赤く染め「もぅ!」と怒った顔をした。

心地よい幸福とちょとした緊張。
粉雪が辺りを寒さで白く覆っても二人は気にしなかった。
握りしめた手のひらの温もりをお互い感じているから…
いつまでもこの時間が続けばいい…

黒塗りの高級車が急ブレーキをかける。
「どうしたんだね!?」
「大変申し訳ございません。
今、大都芸能の速水様を見た気がするのですが…」
「? こんな雪の中をか?
お前、いつかもそんな事を言っていたな。目医者にはあれから行ったか?
お前みたいに目の悪い奴に運転は任せられないぞ」
「いえっ、あの、確かに…」
口籠る運転手に車の持ち主はさらに続ける。
「大体、今日のパーティーは大都グループの株主優待ではないか。
社長がほっつき歩いている訳がないだろう!」
運転手は狐につままれた風に目を擦ると車を走らせた。


大声で笑っていたた真澄は、ふと彼女に優しい眼差しをおくる。
それに気がついたマヤはそんな彼の視線に胸がきゅっとなるのを感じた。
そして、そのまま真澄の視線から目が離せなくなってしまった。
熱っぽいマヤの瞳の奥には、自分しかうつっていないことに気づき、真澄はまるで何かに誘われるように彼女へと腕が伸びた。
彼の手がマヤの髪にふれかける。

「速水さ・・・。」
マヤがそれに気づき、真澄に微笑もうとした瞬間、
真澄の携帯がけたたましく鳴り響いた。

速水は電話を無視する。5回、6回、7回…

2人は見つめあったまま、静かに着信音に耳を傾ける。
9回数えると静かになった。コールセンターへ転送された事を確認すると、おもむろに電源を切った。
「速水さん、電話… 出なくていいんですか?
それに、あの…」
コートの内ポケットへ無造作に携帯を入れる際に見えたタキシード。
「今日は、お仕事は…」
「仕事はない。全てキャンセルだ」
「えっ?じゃあ、今夜はパーティーか何かあるんですか?」
コートから覗いたタイに視線が向けられているのに気が付くと、
ああ、としばらく考えた様子で答えた。
「今夜は… 君とクリスマスのパーティーだ。
つきあってくれるね?」
「速水さん…!?」


<おかけになった電話は現在電波の届かない場所にいるか、電源が入っておりません…>

無機質なテープの声に水城は焦っていた。社長がつかまらない。
まさか仕事を忘れている訳ではあるまい。礼服で外出した、という社内での目撃情報もあるくらいだ。
降り続く粉雪を恨めし気に窓から見るとため息をひとつついた。


真澄の優しい目に戸惑うマヤだったが、真澄のいつもとは違う態度に
『今日だけは速水さんが結婚していることを忘れよう・・・。もうこの気持ちに区切りをつけなければ・・・。もう速水さんはあの人のものなのだから・・・』
マヤは返事の変わりに人一倍の勇気を出して真澄の手を握った・・・。


「あ、あの、リクエストしていいですか?」
「ん?いいぞ、君からのリクエストなら・・・。」
真澄はマヤからのリクエストが嬉しくて優しく微笑みながら答えた。
「わ、私・・・横浜に行きたい・・一緒に行ってくれますか?速水さん」
マヤは熱っぽく潤んだ瞳で真剣に言った。
「横浜はキミの生まれたところだったな、いいぞ。
ただ今から行くと帰りが遅くなるが、かまわないか?」

「はっ、はい!」
やさしく微笑む真澄にドキドキしながら返事をした。

2人は横浜にある山下公園にたどり着いた。
公園内はクリスマスだというのに人っ子1人おらず、真澄とマヤだけだった。
海は静かで、ベイブリッジがキラキラと宝石のように輝いていた。

「わぁ〜、懐かしい!!」
マヤは海に面している手すりに身を乗り出し、思わず大声で叫んだ。
「さすが舞台女優だな。声がよく通っている」
真澄はクスクス笑いながら言った。
「速水さん、笑いすぎです。いつものことだけど・・・」
プイッとマヤは顔をそむけた。

「そうか?」
意外そうに彼女を見つめる。
「そうです!気づいてないんですか?速水さん、いつも私の事見ると笑って、からかって・・・」
段々、マヤの表情が切なくなる。

速水さんが私の事を好きになるはずないのに・・・。
いつまでたっても私は女性としては見てもらえない・・・。

マヤの寂しそうな表情にハッとする。
「・・・俺が素直に笑えるのは君の前だけだ・・・。君と一緒にいるから、笑う事ができる・・・」
熱い眼差しを向け、口にする。
「えっ」
真澄の言葉に驚いたように彼を見上げる。
そんな彼女の頬に真澄の手が触れる。
触れられた場所から愛しさが溢れ、胸が熱くなる。

あまりの手の温かさにマヤはそっと瞳を閉じた。
風は相変わらず冷たいが、不思議な事に体全体が暖かく感じる。
 マヤは今心の底から幸せを感じていた。
それが例えつかの間だと知っていても・・・。
 
「マヤ・・・」

 ふいに、真澄の低く呟く声が自分の近くで聞こえたと思った途端、唇に柔らかく暖かいものが触れる。
触れた・・・そう思った時にはもぅその感触はなかった。

 なんだろう?

マヤはゆっくりと目を開ける。
そこには、目を細め今にも泣き出しそうな顔をした真澄の姿があった。その姿にいつになく動揺する。

 速水・・・さん?どうしたの?どうしてそんなに辛そうな顔をしているの?
あなたは今幸せなんでしょう?素敵な奥様と幸せに暮らしているんでしょう?
今私とこうしているのは、喧嘩相手の私とただ遊びたかったからなんでしょう?
ただ気まぐれで相手してくれているだけなんでしょう?そうなんでしょう・・・?

頭の中が混乱していく。決心が鈍る。心が叫ぶ。

 速水さん!私は・・・私は・・・あなたの事が・・・。

何度も口から零れ落ちそうになりながらも、必死に堪えてきた想い。伝えてはならない、秘め続けなければならない想い。
 微妙に交差する真澄とマヤの心は、吹き荒れる風と雪のようだった

そんな二人の心とは裏腹に、雪は粒を大きくして見詰め合う2人を包み込むように静かに降り続いていた。

「速水さんの頭、雪で真っ白」
最初に口を開いたのはマヤだった。
「君こそ真っ白だぞ」
微笑みながら、真澄はマヤの頭に降り積もった雪をやさしくはらった。

「腹が減ったな。食事でもするか?」
「でも、今日はクリスマスだからきっとどこもお客さんでいっぱいだと思いますけど・・・」
「そうだな・・・」
真澄はしばらく考え込んだ。



「結局、ラーメンか・・・」
「あはは・・・」
2人は、とあるラーメン屋に入っていた。

「ふふふっ」
「な、何がおかしい?」
「だ、だって、速水さん。タキシード姿で入るお店ではないですよね?何かすごくおかしくって。」
「別にそこまで笑うことないだろう?」

「へぃ、おまちーっ!」
おいしそうな湯気を漂わせている、ラーメンが2人の前に出てきた。

「わぁっ!おいしそうっ!いっただっきまーす♪」
そんな笑顔のマヤを、真澄は温かな優しい表情で見つめていた。

「・・・速水さん?早く食べないと、せっかくおいしいのが冷めちゃいますよ?」
「・・・・そうだな・・・。」

そんなこんなで、2人の温かな時間は、ゆっくりと過ぎてゆく・・・

2人は店を出て歩き出した。外は雪がすでに上がっており、街中が真っ白になっていた。

「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
満足そうな笑みを浮かべてマヤは言った。
「そうだな。クリスマスにラーメンもたまにはいいもんだな」
「速水さんもラーメン食べるのには驚きました」
「俺だってラーメンくらい食べるさ」
フフと真澄は笑った。

「あっ、もうこんな時間。終電車に間に合うかな」
マヤは腕時計を見ながらつぶやいた。
「おそらく間にあわんだろうな。間にあってもこの雪じゃダイヤもきっと乱れているだろう」
「どうしよう・・・」
「車があれば、君をアパートまで送りに行くところだが、今日はあいにく車じゃないし・・・タクシーもつかまらないだろうな。」

どうしたようかと見上げた時、真澄の視界にインタ−コンチネンタルが入った。
大都グル−プはホテルの出資に関わっていたので、行けば、すぐに部屋を用意させるぐらい簡単な事だった。
真澄の視線を辿るように、半月型のビルを見つめる。
「あそこからは、夜景が綺麗に見えるんだろうな・・・」
ふと、口にしたマヤの言葉に、真澄は決心した。
「だったら、見てみるか?」
「えっ!」
真澄の言葉に驚いたように見つめる。
「君さえよかったら、今夜はあそこに泊まらないか?雪のせいで電車も止まっているし、タクシ−も捕まりそうにない・・・。
それに外にいるよりはましだと思うがな・・・、まぁ、無理には勧めないが」
じっと真澄を見つめるマヤに少し早口でもっともな理由を述べる。
「・・・私と一緒でいいんですか?」
躊躇うようにマヤが呟く。
その言葉の意味を考えるように今度は真澄がマヤを見つめた。


『なんだろう、今日は本当にいつもと違う・・・自分も、速水さんも』
独り、真澄を想う時とは全く異なる切なさで胸が締め付けられるようだった。
もっと一緒にいたい。――もっと近づきたい。
『速水さんも、同じように想ってくれているの?』

真澄をじっと見る、願うような、問い掛けるようなマヤのまなざし。
大切に守り続けた少女は今、大人の女性として目の前に立っている。
思い切れなかった恋心は焦げ付くような熱となって真澄を揺さぶっていた。
…このまま帰したくはない…!

「君とだから、一緒に過ごしたいんだ…マヤ」
見つめあった次の瞬間、真澄は彼女を抱きしめた。
驚かせないように、マヤを優しく包み込む。
「はい・・速水さん」
真澄の胸の中で、マヤはコクンとうなずいた。

『速水さん、今のセリフって・・・?』
真澄の一言に淡い期待を寄せて、マヤは真澄と一緒にホテルへ向かった。


マヤをエレベーターホールに待たせ、真澄はチェックインの手続きをしに行った。
『速水さん・・・。あなたを愛しています。少しでも私を必要としてくれるならたとえあなたがあの人のものでも・・・。』
やがて真澄が部屋の鍵をもってこちらに向かって来た。

「マヤ、部屋に行く前に最上階のラウンジで乾杯しないか?あそこからの
夜景を君に見せたい。」
『マヤ・・・本当はすぐにでも部屋に行き、君に俺の気持ちを伝えたい・・・だが、もし拒絶されたら・・・それこそ俺には耐えられない。
この俺があのちびちゃんの前ではこんなに臆病になるなんて・・・』

ラウンジに着くなりマヤはその夜景に釘づけになってしまった。
「きれい・・・。まるで紅天女の里でみた空みたい・・・。つれてきてくれてありがとうございます。速水さん」
「そういっていただけると光栄です。お姫様。」


まるで宝石箱をひっくり返したような夜景に、マヤは瞳を見開いて見つめていた。
そんな彼女の無邪気な表情にクスリと笑う。
「うん?何です?」
甘いシャンパンを口にしながら、彼を見る。
そんな視線に可愛らしさと、愛しさを感じてドキリとする。
「本当に嬉しそうな顔をするな・・・と、思ってさ。そんな君が何だか、とても可愛い」
真澄の口から出た”可愛い”という言葉に、彼女の顔はみるみる赤くなる。
「か、からかわないで下さい。かわいいだなんて・・・」
俯きグラスを見つめる。
「はははははは。からかってなんかいないさ」
そんなマヤを可笑しそうに笑う。

それから二人はいろいろな話をした。
芝居の事、紅天女の事、昔の事・・・。
話題は尽きぬ事なく、会話が続く。

ふと、マヤの視線にあるものが止まった。
「・・どうしたんだ?」
急に黙って、何かを見つめる彼女に問う。
その質問ににっこりと笑い、真澄の方を見つめる。
「・・・速水さんのピアノが聴きたいなぁぁと思って・・・。昔、亜弓さんの所で一度だけ弾いてくれたでしょ?」
甘えるような視線で言う。
「えっ・・・そういえば、そんな事もあったな」
昔を懐かしむように笑う。
「ねぇ。あそこのピアノで何か弾いて」
マヤの言葉に考えるように、中央に置かれたグランドピアノを見つめる。
「もう、腕は錆付いているぞ」
「それでも、聴きたい。速水さんがどんな音を奏でるか聴いてみたいんです」
マヤの言葉に真澄は少し照れながら、”どうなっても知らんぞ”と言い、
真澄はピアノに向かって歩いた。
グランドピアノの前に座る真澄をマヤはドキドキしながら見つめる。
何かを思い出すように、ピアノを見つめる。
そして、次の瞬間、鍵盤の上をそっと、真澄の指が歩き始める。
真澄のピアノの音色にラウンジ中の客がため息をつくように耳を澄ます。
誰かを愛しむような切なく、悲しい音色にマヤは息ができなくなりそうだった。

真澄はマヤへの想いをピアノに向けた。
彼女の姿を思い描き、指を進める。

”愛している・・愛している・・・遠い昔から君だけを・・・”


『速水さん・・・・愛してます・・・たとえ叶わない恋でも、あなたをずっと愛してます・・・』
真澄への想いと、ピアノの音色に切なすぎてマヤの瞳から涙が溢れ出した。

やがてピアノの演奏が終わり、ため息をつきながら聞いていた店の客達は我に返って真澄に拍手を送った。
イスから立ち上がった真澄はマヤの方を向き、マヤから視線離さずに軽くお辞儀をして照れくさそうに自分席に戻った。


「・・・ありがとう・・・速水さん」
涙ぐみ、嬉しそうな笑顔を向ける彼女がいた。
その表情に、何だか照れくさくなる。
「・・・本当に、ありがとう・・・私、今日の事は忘れない・・・」
「・・・ちびちゃん」
彼女の表情が胸に染みる。
このまま、時が止まってしまえばいいのに、ずっと、彼女の側にいられたらいいのに・・・。
「はははは。君も器用だな。泣くか笑うかどちらかにすればいいだろう」
そっと、ハンカチを差し出しいつもの調子で言う。
「だって、嬉しいんです!速水さんのピアノが聴けて、速水さんと一緒にいる事ができて」
差し出されたハンカチを取り、涙を拭いながら、彼を見る。
そんな彼女がかわいくて、つい手が伸びてしまう。
彼女の顎をそっと掴み、唇と唇を重ねる。
柔らかな感触と、甘いシャンパンの香りが伝わる。
「・・・速水さん・・・」
唇が離れると大きく瞳を見開き、驚いたように彼を見つめていた。


マヤと真澄は暫く、お互いを見つめ合っていた。
突然の真澄の行動に思わず言葉も出ない。
2人に気まずい雰囲気が流れていた・・・
そんな静寂をうち破るかのように、マヤの瞳から自然と涙があふれ出す。

「ど・・・どう・・し・・・て?・・・どうして私に・・・?速水・・・さん、結婚してる・・・のに・・・」
マヤの拒絶の態度に、真澄が表情を凍らす。
「あ・・・」
どんな言葉を思い浮かべて良いのかも分からず、しどろもどろに
「・・・理由なんてない。ただ、君にキスしたかった、可愛いと思った、ただ・・・ただ・・・・」
「ただ・・・・?」

今にもこぼれおちそうな「愛しているから」という言葉が
真澄の胸を締め付ける。
何を言っても言い訳にしかならない。
この、本当の気持ちを伝えないことには。

「ホワイトクリスマスだね」
どこからか恋人たちのささやきが聞こえてくる。
いつもなら眩しいほどの夜景が、ぼんやりと白く浮き上がっていた。

ちらちらと降る雪のようなマヤの涙を真澄は親指で拭うと
覚悟を決めたように、言葉に出来ない想いをこめてもう一度キスをした。

「奇跡を起こしたいんだ。クリスマスの奇跡を」


柔らかい唇の感触が再びした。

信じられない・・・速水さんが、私にキスをしている。

胸がはちきれそうな程の愛しさに駆られる。
速水さんが、愛しくて、恋しくてたまらない・・・。
いくら閉じ込めても、閉じ込めてもその想いは扉を開け、全身に溢れる。

いつの間に、こんなに好きになってしまったのだろう・・・。
いつの間に、こんなに愛してしまったのだろう・・・。

「奇跡を起こしたいんだ。クリスマスの奇跡を」

彼女からそっと唇を離し、その言葉を口にする。
今日のこの日だけは、気持ちを開放しよう・・・。
彼女を愛しているという想いを隠すのはやめよう・・・。

降り積もる真っ白な雪のように、素直な想いが胸を満たしていた。


奇跡とはおそらく待っているだけではダメなのだろう。
素直な気持ちになる勇気をもつこと、
そして、今、目の前にいるマヤを信じること。

そうすればきっと奇跡が起きるに違いない・・・。
真澄は再び涙で濡れたマヤの頬を指で優しくぬぐいながら確信していた。

「今晩は君と一緒に過ごしていたい」

小さく、けれどはっきりと自分自身の想いを告げると、マヤは切なげに瞳を震わせ・・・そしてこくりと頷いた。
 
「私も・・・あなたとの時間が欲しいです」


 それから2人は、ホテルの一室へと向かった。ほのかに照らされる通路を、どちらともなく手を繋ぎながら歩く。言葉はない。
 部屋のドアの前に着くと、真澄はもう1度確認するかのようにマヤの顔を覗き込んだ。すると・・・
 「速水さんとこうして一緒に過ごせるなんて夢のようです」
はにかんだ笑顔でそう返された。真澄はそんなマヤの気持ちが凄く嬉しく、そして辛かった-----


真澄はキーを取り出してかぎ穴に差し込み、ドアを開けた。
マヤを先に部屋へ入れ、自分はあとから入りドアを閉めて鍵をかけた。

あいにくクリスマスなので、スウィートルームは満室であった。
どうにか取れた部屋は狭く、部屋に入るといきなりダブルベッドがいやでも目に入る。
マヤはドキドキしながらダブルベッドに目を向けた。

『速水さんとホテルの部屋で2人っきりなんだ・・・これからどうなるんだろう・・・はっ、私ったら何考えているんだろう』
顔を真っ赤にして俯いた。

マヤの心情を察したのか、真澄はそんなマヤの姿をますます愛しく思った。


マヤは照れくささをごまかすように、窓側へ駆け込み、
窓から広がる夜景に目を向けた。
「わー! 観覧車が見える!」
目の前に広がる沢山のイルミネーションに、あっと言う間に夢中になった。
「私が横浜にいた時はこんなところなかったのよ」
興奮気味に話すマヤに真澄はフっと笑みをもらすと、カーテンを開け放した。
明かりの付いていない部屋に観覧車やクリスマスのイルミネーションの鮮やかな光が差し込む。
「すごいわ。観覧車と同じ高さにいるなんて!なんだか不思議ね。」
本当に感激しているのか、照れを隠したい一心なのか、
おしゃべりなマヤが…
突然静かになった。
だって、もう黙るしか彼女にはできない。
真澄に黙って後ろから抱きしめられたから…
(速水さん…!)
真澄は黙ってマヤの首筋へ顔を埋めると
「きれいだ…」と呟いた。


雪がしんしんと積もっていく。

空調の効いたこの部屋では寒さを感じることもない。
ただ、首筋に触れた唇の熱で
どうしようもないくらい震えてしまう。

「・・・きれいね・・・」

うわごとのようなマヤの言葉に、真澄は思わず微笑んだ。
同時に、触れた指先から伝わる震えに戸惑う。

今更何を?
偽りのない、真実だけがここにはあるのに。

戸惑いを隠せない指先が、ゆっくりと抱きしめた肩を離れようとしたその時
震える小さな手がその指先をとらえた。

「・・・奇跡を。」
「・・・?」
「奇跡をおこしてくれるんでしょう?」
「マヤ・・・」

愛しくてたまらない思いが、体中をかけめぐる。
引き寄せた指先に、マヤはそっとキスをした。

そしてありったけの勇気をふりしぼってこう言った。

「好き・・・速水さんのことが大好き・・・」

マヤは振り返ると、今度は自分から真澄の胸へ飛び込んでいった。
そしてその大きな愛らしい瞳で真澄を見上げるとその唇に口付けた。

「マヤ・・・俺は君が・・・君のことが・・」
「だめっ。」
マヤは真澄の唇を指でそっと押さえ、伏せ目がちにこう言った。
「それ以上は言わないで下さい。言ったら・・・あなたから離れられなくなる・・・」

真澄は信じられなかった。自分だけが愛してると思っていた。
・・・マヤが俺のことを想ってくれている・・・
・・・俺のことをこんなにも気遣ってくれている・・・なのに俺は・・・
真澄の体に熱いものがこみ上げ、目から温かい涙が流れ出るのを自分で止めることはできなかった・・・。


どのくらいそうしていたのだろう・・・
真澄はマヤに抱きしめられ、心が浄化されていったのを感じていた。
・・・自分が涙を流すなんて、長いこと忘れてた気がする・・・
マヤといるとほっとする自分がいる。
素直な自分がいる。
今なら自分に正直になれる・・・
真澄はまっすぐな視線でマヤを見つめ、こう言った。

「俺は君を・・・北島マヤを愛してる。
 もし君が"奇跡"を信じるなら、俺を待っていてくれないか?」

信じられなかった・・・。
その言葉と、彼の涙が・・・。

自分よりも11歳も年上で、大人の彼が泣いている・・・。
そして、彼は”愛している”と告げたのだ。

「・・・速水さん・・・」
信じられなくて、彼の顔を見上げ、その真意を探るように見つめる。
「・・これは夢なの?私は夢の中にいるの?」
大きな瞳にジワリと涙を浮かべ、じっと、彼を見つめる。
「夢なんかじゃない、俺は今こうして君とここにいる」
腕の中にいるマヤをしっかりと抱きとめ、今夜何度もかわしたキスを再び唇に落とす。

今度は一番、深く、長いキスを・・・。
互いの存在をしっかりと刻み込むように・・・。

その夜二人は一晩中抱きあっていた・・・。

朝になれば、全ての魔法が解けてしまう事を知っていたから、二人はこの夜の想いを互いの体にしっかりと焼き付けた。

窓の外にはいつまでも、白い雪が降り注いでいた。



つづく



<No.1〜40>
Special thanks to
蜜柑様 Meilan様 奈由様 りよん様 Mio-mio様 ぷぷる様 
Ruru様 みつき様 chim様 らりきち様 まゆみ様(投稿順)



【後書き】
皆様本当にご参加頂きありがとうございます♪♪
まさかこれ程面白くなるとは思っていなかったので・・・とっても嬉しいです♪♪
今回No.1〜40をまとめてみました。
いやぁぁ・・・こうしてまとめて読んでも読み応えがあって面白いです♪
この後どういう展開が待っているのか全くわかりませんが・・・これからも皆様と一緒に続けていきたいです♪

2001.12.25.
Cat

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