ガラスの仮面第一回リレ−小説〜クリスマスの奇跡〜 
<No.41〜56>




「マヤ、大丈夫だったかい?」
「え?はっ、はい。大丈夫です・・・」
まだ余韻に浸っているマヤは、初めて経験した痛みを忘れていた。
真澄の思いやりのある問いに耳まで真っ赤にして俯いた。

「とっても素敵でした・・・夢のようでした・・・私、今日のクリスマスを一生忘れません。たとえあなたが・・・速水さんが結婚していても・・・一生忘れません・・・」
感激と、決して真澄と結ばれないという思いが交差して、マヤの瞳から涙が溢れ出した。
「マヤ・・・」
真澄はマヤを抱き寄せて、マヤの黒く長い髪にキスし、ギュッと抱きしめた。

「このまま・・・このまま時が止まってしまえばいいのにな・・・そして誰にも邪魔されずに、君と永遠に二人で過ごせればいいのにな・・・」
マヤを抱きしめながら、真澄がポツリと言った。





「真澄様とは連絡がとれませんの!」
朝早くから真澄の婚約者紫織が大都芸能に訪れていた。
昨夜は大都と鷹宮が主催するクリスマスパ−ティ−だったが、主役であるはずの真澄の姿はなかった。

「・・・社長とは昨日から連絡がとれなく・・・こちらも、今探している所です」
水城は真澄との連絡をとるべく、一晩中彼を探していたが、とうとう、今の時間まで何もなかった。

”何かあったのでは?”

という不安な思いに駆られてる。

「今すぐ真澄様に会わせて下さい!あなたは秘書なのでしょ!知らないはずないじゃない!」
真澄に裏切られたと言う思いが紫織に醜い言葉をはかせていた。


「彼女は本当に知りませんよ」

昨日と変わらぬタキシ−ド姿の真澄が現れた。
「・・・真澄様・・・」
驚いたように真澄を見つめる。
「社長・・・」
水城も紫織と同じように彼を見つめていた。
「すみませんでした。急用があったので」
いつもと変わらぬ優しい表情で紫織を見つめる。
「急用?私たちのパ−ティ−よりもそれは大切なんですか?」
感情を僅かに露にし、真澄をきつく見る。
「えぇ・・・。そうです。私は昨夜自分の人生について考えていたのです。
そして、ずっと迷っていた問題に答えを出しました」
真っ直ぐに紫織を見つめる。
「・・・紫織さん、あなたにこんな事を言うのは心が痛いが・・私は、やはりあなたとは結婚できない・・・」

バシっっ!!!

真澄の言葉から一呼吸置いた後に紫織の右手が彼の頬を命中した。

「認めませんわよ!!そんな勝手な事!!!」
普段の彼女からは信じられない叫び声をあげる。
「・・・紫織さん・・・だが、私はもうあなたと結婚する気はない」
冷たく言い放たれた言葉に紫織の瞳は涙に濡れていた。

「私を、鷹宮を敵に回すおつもり?」
「申し訳ありません、しかしもう自分の気持ちを偽ることはできない」

真澄は滅多に下げたことのない頭を下げた。
紫織はひとしきり睨みつけた後、唇をかみしめながら立ち去っていった。

真澄は天を仰いだ・・・。

始めからこうすれば良かったのだ・・・。
すべてをなくしてもマヤさえそばにいれば何も要らない・・・。
初めて自分の気持ちに正直になることができ、
すがすがしさすら感じていた。
そう、これから想像を超えた出来事が待っているはずなのに・・・・。




「真澄様。いいのですか?鷹宮との大事な提携が・・・」
水城はためらいながら話し出すと
「水城君、昨夜はすまなかった。話は聞いての通りだ。この結婚は取りやめる。親父がなんと言ってもだ。」
水城は真澄の迷いのない瞳にもう何を言っても無駄だということを悟った。

「出かけてくる。今日はもう戻れないだろう。仕事の調整を頼む。」
そういって真澄は部屋を出て行った。

・・・嵐のような出来事が去った後の社長室では、これからの真澄の上に起こる本当の嵐を水城は考えずにはいられなかった。


「真澄様・・・。どうして・・・。どうしてなんですの。・・・ああっ、きっとあの子よ。あの子のせいなんだわ・・・。」
紫織の中にマヤへの憎しみが風船の如く膨らんでいくのだった・・・。




真澄が駐車場へ降りると、物陰から背後に近づいてくる男がいた。
「聖か…今日は自分の車で帰るんだ。乗って話そう。」
返事を待たず、真澄は運転席へ乗り込んだ。
続いて聖も、人目につかぬよう後部座席に座る。

「マヤ様に、お預かりした人形と薔薇をお届けしました。とても喜ばれておいででしたよ。
……初めてですね。あなたの名前でプレゼントなさるのも、紫以外の薔薇を贈られるのも。」
煙草に火をつけながら、真澄は大きく息をはいた。
「…ああ。ようやく、紫の薔薇の陰から抜け出せたからな。
真紅の薔薇に 俺の気持ちをこめたんだが…ちょっと気障過ぎたかもしれないな」
表情には出さぬよう語る真澄だったが、仕えて長い聖には隠し切れない照れと喜びを感じ取ることが出来た。

「とりあえずはおめでとうございます。心から申し上げるには、少し厳しすぎる状況ですが…」





「マヤ、あんたに届いていたよ」
マヤがアパ−トに戻ると、麗が真っ赤な薔薇の花束と人形を渡す。
その人形は昨日、真澄と一緒に街を歩いていた時に入ったド−ルショップで
マヤが手にしたものだった。

「・・・速水さん・・・」
真紅の薔薇と人形をギュッと抱きしめる。
真澄と一緒にいたのはつい、数時間前の事なのに、随分と離れている気がした。
「・・・速水さん?あの大都芸能の?」
マヤが呟いた言葉に麗が瞳を見開く。
「・・うん。昨日、一緒にいたの・・・」
切なそうに瞳を細める。
一晩会わないうちに何だかマヤが綺麗になったような気がした。
「・・・麗、私ね。速水さんが好きなの・・・」
思い切って胸の内を告白する。
「えっ!」
以外な言葉に驚いたように彼女を見る。
「・・・速水さんも、私の事・・・好きだって言ってくれたの」
愛しそうに人形と薔薇を見つめる。
「でも、速水さんは確か婚約したんじゃ・・・」
麗の言葉に瞳を伏せる。

「そう。速水さんには婚約者がいる。でも、私はそれでも速水さんが好き・・・」

そういって話すマヤの顔は同じ女である麗から見ても十分に魅力的で美しかった。
・・・マヤが速水さんを・・・
・・・速水さんもマヤを・・・好き・・・

麗はマヤからの突然の告白に心の底から驚いていた。
でも時間が経つにつれて気持ちが落ち着いてくると、今度は速見に対して段々腹が立ってきたのだった。
「マヤ、あんたは婚約者がいても速水さんが好きと言うけど、ほんとにそれでいいのかい!? 
 速水さんも速水さんだ!! 自分は婚約者がいるくせにマヤが好きなんて・・・ 
 そんなの自分勝手じゃないか・・・。
 二股かけられてるようなモノなんだぞ。分かってるのかい。マヤ!?」

「・・・あの人は・・速水さんはそんな器用な人じゃない・・。」
マヤは静かに、しかしはっきりとそう言った。
「・・・速水さんは私に"待っててくれ"って言ったの・・。
 私はその言葉を信じたい・・・。」

「そんなこといったって…。二股以外のなにものでもないじゃないか!!」
「ねえ、麗。知ってる??」
「何をだい!?」
突然、話題が変わったことに麗は苛ついたようなような声で答えた。
「紫の薔薇の人。」
「もちろん知ってるさ。」
「それって、速水さんなの。彼が紫の薔薇の人なの。」
「!!!」
マヤの顔は穏やかだった。その表情から、彼女がうそをついていないことはすぐにわかった。

「・・・なんてこった・・・」
 麗が口に出来たのはそれだけだった。
 あの珍しい薔薇は、今までずっとマヤを支えつづけていた。
 実生活面での援助もそうだが、何よりも精神面での功績は計り知れない。
 その影響力は絶大で、実のところ、姉のように肩を寄せ合って過ごしてきた麗には、薔薇の送り主に軽い嫉妬を感じる事すらあった。
 それほどマヤの心を占めている「紫の薔薇の人」その正体が、速見真澄・・・
「ずっと、ずっとね。見守ってくれていたの。母さんのことも、ずっと苦しんでいたんだと思う。知ってる?毎年、命日にお参りにきてくれてるのよ。
それでも、ずっとあたしを支えてくれた。あたしを好きだって言ってくれた。だから、信じられるの。信じたいの…・」
 多分、マヤへの気持ちの出発点は、その罪悪感だったんじゃないだろうか…・
 考え考え言葉を繋ぐマヤを見詰めながら、麗は冷徹で端正な速水の姿を思い出す。
自分達が出会った頃、20を幾許か越えた程度でありながら、既に切れ者の評価を確定させ、鬼社長と呼ばれていた男。
 二世社長のボンボンでありながら、その纏う雰囲気は、まるで一代で財を成そうかというようなひどく抜け目のない危険さを感じさせた男。
 所属させているどの男優にも絶対負けない程の容姿をもち、常に冷静で、氷の彫刻のように、笑う姿など想像がつかない。
 そこまで考えて、ああそうか、と合点がいった。
 その氷の王様の笑顔を、自分は知っている。
むしろ楽しげに、くつくつと何時までも笑い転げている姿や、穏やかに微笑む様子を、想像ではなく思い出せる。
それもこれも、この、マヤと共にいる時の彼の姿だ。
 およそ世間の評価と正反対の表現だが、確かに彼は、不器用な男なのだろう。
本当に愛する相手に気がつき、認識し、告白するまでに、7年以上を費やしているのだから。
「ねえ、麗。麗には、判って欲しいの。ずっと、一番近くに居てくれた麗にだけは、速水さんの事、判って欲しいの。
あたしがどれだけあの人を好きなのか、判って欲しいの」
 殆ど涙目で訴えるマヤに苦笑して、麗は肩を竦めた。
「あんたは昔から、一度決めたらてこでも動かないじゃない」
「う・・・うん」
「判ったよ、マヤ。あたしも速水さんを信じてみるよ。あんたを迎えに来るって言った言葉をね」
 ほっとしたように赤い薔薇を抱きしめる姿に、麗は心の中で溜め息をついた。
 もう少しだけ、見守ろう。
 誠実という言葉からはかなりずれてはいるものの。不器用で、一途な恋人たちを。もう少しだけ、見守っていよう。



「おじいさま!!真澄様が、真澄様が!!」
紫織は家に戻るなり、凄まじい勢いで鷹宮翁に食いついた。
「・・・紫織、どうしたのだね?」
いつもの大人しい彼女とは別人のような紫織に、少し戸惑いを浮かべる。

「・・・真澄様が、婚約を解消なさりたいと・・・」
真っ直ぐに翁を見つめ、口にする。
その瞳には涙が溢れていた。
「・・・何だと!!!!」
翁の顔色が厳しいものに変わる。
「・・・私、嫌です。あの方が好きなんです。おじい様、お願いです。紫織から真澄様を離さないで下さい。紫織には、紫織にはあの方しかいません!」
孫娘の一途な瞳に翁は胸が痛み、真澄に対する怒りが募り始める。
「・・・あぁ。心配するでない。おまえがそんなに好きなら、引き離させはしないさ」
そう言い、翁はソファ−から立ち上がった。
「これから、速水の家に行く!」
執事にそう告げると翁は部屋を出た。



「真澄を呼べ!!今すぐに!!」
英介の怒声が速水手邸に響き渡る。

「何事ですか、お義父さん」
丁度屋敷に戻ってきた真澄が英介の部屋を訪れる。
彼の姿を見るなり、英介はテ−ブルの上に置いてあった灰皿を投げつけた。

ガッシャーン!!!

真澄が寸前の所で交わした灰皿は、壁にあたり砕け散る。
口の端を微かにあげ、真澄は涼し気な顔をしていた。

「物にあたるのはよくありませんよ。お義父さん」
冷静な表情で英介を見る。
「貴様!」
刺すように真澄を睨む。
彼もそれに答えるように英介を真正面から睨んだ。
互いの腹の中を探り合うように一層視線は鋭くなる。

そして。

コンコン・・・。

部屋の扉が叩かれ、執事の朝倉がドア越しに伝える。
「旦那様、鷹宮会長がお見えですが・・・」



速水邸の応接室に鷹宮翁と紫織は通された。
「粗茶ですが」
そう言い、朝倉が二人に茶を出した。
時間が止まってしまったように、部屋は静かだった。
しかし、二人の心の中はそうした静かな時間とは反対に激しい感情に飲み込まれていた。まるで、獲物を求める狩人のように血に飢えている。
二人は生贄になるべく相手が来るのを静かに待っていた。


真澄は内心焦りを感じていた。
そう簡単に紫織との婚約を破棄する事はできないとはわかっていたが、今は拙い。
ただでさえ、英介一人を敵に回しても大変だと言うのに、これで鷹宮会長までもが出てきては大都グル−プの存亡にかかわる。
下手したら会社は傾きかねない。

「おまえは会うな。わしだけが鷹宮に会う」
真澄を押さえつけるような命令的な口調で英介は言い放った。
「私を省いて、婚約解消を取り消すつもりですが?言っておきまが、そんな事をしても、私は政略結婚なんてしませんよ。
婚姻届にだって何も書くつもりはありません」
「おもえはわしの顔にこれ以上泥を塗るつもりか!」
感情的になった英介が怒声を轟かせる。
「私はあなたの操り人形なんかじゃない!!今まで素直に従ってきましたが、もう、沢山です!!!」
真澄は初めて英介の前で激しい感情を露にした。
「私が今まで、あなたに従っていたのはなぜかわかりますか?あなたから全てを奪うためです!
会社も、母を殺した紅天女も、あなたの手から奪い去るためです!私はあなたが憎い!母を殺したあなたが!!!!」
決定的な一言を口にする。
さすがの英介も顔色を悪くした。
「貴様、このわしにそんな口をきいていいと思っているのか!!!」
「お義父さん、私はね、あなたの会社がどうなったって知った事ではないんです。奪うか、破滅させるか。
それに大した差はない。あなたに大きな打撃を与えるという事ではね。今はそのチャンスのようです。
私がこのまま結婚をしなければ、鷹宮は大都を潰しにかかるでしょう。それは私にとって幸いな事かもしれません。
やっと、あなたに復讐できるチャンスを掴んだんですから」
冷笑を浮かべ、英介を見る。
「・・・き、貴様!!!」
英介は目の前の男が持つ冷たい瞳を初めて見た。
あまりの冷酷な表情に言葉が出てこなかった。
まるで、氷の仮面を被っているように微動たりとも表情を崩さない。
英介は初めて、自分が老いた事を悟った。

飼い犬に噛まれるとはまさにこの事か・・・。
これがわしがしてきた報いか・・・。

一瞬、月影千草の姿が英介の脳裏に過ぎった。
もう、目の前の男に罵声を浴びせる気力も残っていない。
英介は急に眠気に襲われた。
意志の力に反して、瞼が落ちていく。

そして、彼は車椅子から倒れた。

「お義父さん!!」
真澄はハッとして、英介に駆け寄った。
体中に熱い思いが過ぎる。
「誰か!誰か!!救急車を!医者を!!!」





「・・・速水さん!」
真澄と最後に会った日から丁度一週間、彼はマヤのアパ−トの前に佇んでいた。
その表情は酷く疲れきっていた。
「・・・やぁ」
マヤの姿を見つめ、力なく微笑む。
「少し歩かないか」
真澄に言われて、マヤは彼と一緒に近くの公園まで歩いた。
そして、ベンチに座り、真澄の言葉を持つ。
いつも自信たっぷりに偉そうな社長している彼とは全くの別人のよう見えた。
まるで、小さな少年のように寂しそうな瞳を浮かべる。

「・・・義父が・・・義父が・・・倒れたんだ・・・」
真澄は消えそうな声で力なく呟いた。
真澄は英介との今まで確執をポツリ、ポツリとマヤに語り始めた。
そして、彼を世界で一番憎んでいる事も告げた。
「憎い相手だと思っていたのに・・・。俺はついに、やつに牙を向けたのに・・・。その瞬間、あいつは、あいつは・・・速水英介は倒れたんだ。
まるで、余命短い老人のように・・・。病室で眠るあいつは、尊大で威厳に満ちていた速水英介とは別人のように小さく見えるんだ」
「・・・速水さん・・・」
マヤの手を握る真澄の手は微かに震えていた。
その横顔は泣いているようにも見える。
「・・・不思議だな。なぜか胸が苦しい。俺はやっと、母の敵をとる事ができたのに。今、そのチャンスが巡ってきたのに。義父の事は一度だって親だと思った事はなかったのに・・・どうして・・・」
その言葉はマヤにでなく、自分に問いかけているようだった。
マヤはそんな真澄に何と言葉をかけていいのかわからず、ただじっと彼の言葉に耳を傾けていた。

「・・・俺は、俺は・・・!」
「・・・速水さん、速水さんは、どうしたいの?」
真澄の言葉を遮るように、マヤは思い切って真澄に問いかけた。
「どうしたいって?」
真澄はマヤの問いに対して、不思議そうに見つめ返した。
「こんな言い方、速水さんに悪いけど、速水会長に対して復讐するのなら
今がチャンスよね。お母さんの敵討ちとして。」
「マヤ、君は・・・!?」
さっきまでは、いつもの穏やかで暖かい、そして真澄に対して
愛しい瞳を見せるマヤとは違って、ここに居るのは暖かさを知らない、人を愛することを知らない、まさに冷酷と言う言葉がピッタリなマヤが居た。
「だって、自分の大切なお母さんを速水会長のエゴのせいで殺されてしまったんですもの。・・・紅天女のせいで。それに、自分だって本来なら愛している女と
一緒に居たいのに、無理矢理箱入り娘、あ、娘って言う年じゃないか。女と見合いして、婚約までして、自分の想いを殺されて・・・。」
「・・・やめろ。」
「それにさ、今までだって自分のやりたいことも我慢してさ・・・」
「・・・やめろ。」
「それで今度は自分の意志通した途端、倒れるなんて、卑怯・・・」
「やめろ!!」
マヤの卑劣な言葉を遮るように、真澄は叫ぶのと同時にマヤの頬を
殴っていた。
その反動でマヤは、思いっきり地面に叩きのめされた。
「・・・イタッ。」
マヤは、真澄に殴られて真紅の薔薇の色の様に染まった頬を撫でていた。
そんな様子を見て、真澄は一瞬「しまった」と思ったが、今までのマヤの言葉に
対して言葉に出来ない位、腹を立てていた。それと同時に悲しかった。
マヤが、こんなに酷い事を言うとは。
理由も無く酷い事を言う女では無かったのに。
(何故だ??何故、そんなことを?)
真澄は見えない答えを、懸命に探していた。
「・・・どうして、殴るのよ。」
うっすらと瞳に涙を浮かべて、マヤは叫んだ。
そんなマヤに対して、真澄は目を合わそうともしない。
「答えなさいよ!どうして、殴ったのよ!!」
それでも真澄は黙っている。目も合わせない。
「何で黙っているのよ!答えなさいよ!」
そんな真澄に対して、次第にマヤは苛立って来た。
「答えなさいよ、卑怯者!!」
一向に答えない真澄に対して、マヤはそう言って無理矢理自分の方へ向かせた。
すると真澄は泣いていた。
マヤは、そんな真澄をどうしたらいいか分からずに、ただ見つめていた。
「・・・マヤ、どうして君はそんな酷いことを・・・?」
やっとの思いで、真澄はマヤに言った。
今度はマヤが目をそらし、黙ってしまった。
「マヤ!」
真澄の呼びかけにも、まだ答えようともしない。
「マヤ!」
もう一度、真澄は呼ぶが、それでもマヤは態度を変えようとしない。
そんなマヤに対して、業を煮やした真澄は苛立ちを覚えた。
「俺の目を見て話せ!マヤ!ずるいぞ!さっきまでは俺の事を卑怯呼ばわりして
 おきながら・・・!」
そう言って、マヤの腕を掴み、自分の方へ向かせた。
マヤは泣いていた。
そんなマヤの瞳を見てみると、さっきの冷酷な瞳では無く、いつものマヤの瞳だった。
(マヤ・・・?君は・・・)
真澄は、そんなマヤに対して、何を言ったらいいのか、どうしたらいいのか分からずに困惑してしまった。


真澄が打ったマヤの頬が赤く腫れてきていた。
手をあげるつもりなど無かったが、感情のセーブが出来なかった結果である。
公園の水飲み場でハンカチを濡らし、マヤの頬に当てる。

「すまなかった。……君らしくもない言葉を聞いて、動揺したようだ。」
マヤは顔を伏せたまま、ううん、と首を振った。
「いいんです。酷いことを言ったのは、あたしだから。」
かろうじて聞こえる程度の声で真澄にそう言うと、マヤはゆっくりと顔を上げた。
涙に瞳はぬれているものの、そのまなざしはいつものマヤと違わない。
つい今しがたのマヤの様子をいぶかしんでいる真澄の手をマヤがそっと握る。

「速水さんは…自分は冷酷だ、とよく口にしてましたよね。
でも私は、速水さんの本当の心が、この手と同じくらい温かいって知っています。」
マヤは、自分の緊張をほぐそうとするかのように無理やり微笑んだ。

「あたしの言葉で感情的になって思わず手が出るくらい、本当はお義父さんのことも大事に思っているんですよね。子供の頃からのいろんなことで、憎んでいるのも本当なんでしょうけど。
憎みきっていたら、今こんなに速水さんが迷うことなんて無いはずなんだもの。」
「マヤ…俺は…」
「速水さんにとって、お義父さんも、大都芸能も、敵討ちの対象じゃないんです…きっと。
自分の手でもっと大きくしたい、もっと大切にしたい、そういう気持ちの方がはるかに大きいんじゃないですか?
あたしにはそう見えます。」
真澄は大きなため息をついて、ベンチの背に身をもたせかけ頭を後ろに倒した。
「そうだな、恨む相手が欲しかったのかもしれない。泣いている暇なんてなかったからな。
義父を憎むことで、足りないものを…求めても得られないものを忘れようとしていたのかもしれん。」
「あたしがああして母さんを失ったのは、お芝居がしたい一心で、演劇を選び取ったから。
あの頃はそれを認められなくて速水さんを恨んだりもしました。
でも、劇団月影に入ったばかりのあたしに何度同じ選択をさせたって
結果は変わらないだろうなって、今では思うんです。酷いですよね、たった一人の母さんなのに。」
コトン、と真澄の肩に寄りかかる。
マヤは泣いているのだろうか…真澄は気配を伺ったが、彼女の息づかいは静かだった。
「本当に欲しいものって選べちゃうんだなって。……変ですよね、どっちも本当に大切なのに。
それでも、どうしても大事なものからは手を離すことが出来ないんです。」

冬の陽は足が速い。話し始めた時分には、陽は傾き始めだったのにいつしか夕闇があたりを包み始めている。
寒さにぶるっと身体を震わせたマヤは、真澄と繋いだままの手をそっと持ち上げると、手の甲にそっと口づけた。
「速水さんがどうしても手を離せないものって、何ですか…?」
ハッとしてマヤの顔を凝視する。薄暗さに、はっきりと彼女の表情を見ることが出来ない。
真澄がマヤを引き寄せようとするより早く、するりと手をほどいたマヤはベンチから立ち上がると5・6歩離れた。
「本当に大事なものから選ばなきゃ駄目です。今でなければ選べないものなら、なおさら。」
「マヤ、何を考えてるっ?俺から離れる気か!?」
立ち上がり傍へ行こうとした真澄に、マヤが静止するように強くかえした。
「いいえ!」

「…いいえ、速水さん。あたしはいつも、あなたのことを見ています。速水さんがあたしを見ていてくれたように。
あなたが愛してくれたように、今度はあたしが愛します。」
やや、くぐもった声。泣くのをこらえている声……。
今すぐ彼女のところへ駈けて、抱きしめなければ。なのに、そう思う真澄の足は動かせなかった。
頭のどこかで、マヤが語るのを止めてはいけない、そんな考えが浮かんだからだ。

「あたしは一番初めに選ばれなくても、消えたりしません。あたしが手を繋いでいたいのは、速水さんだけだから。
紫織さんのこと、会社のこと…速水さんが自分でどうしたいのかをちゃんと決めて欲しいんです。
あたしは、いつでもあなたと手を繋げるように開けてますから。あたしがそうしたいと思うから、そうするんです。
もしも速水さんが、二度とあたしの手をとれなくても……速水さんが自分でそう決めたことならそれでいいです。」


「マヤ・・・」
真澄はそう言いながら、マヤに近づき後ろからそっと抱きしめた。
「速水さん・・・」
マヤは頬を染めながら、真澄の手を握った。
「マヤ、君の気持ちは嬉しい。それに、勇気にもなる。君は俺の女神だからな。けど、これからすべての決着が着くまで、どの位の年月が掛かるかどうか分からない。もしかしたら最悪って事もあるかも知れないんだぞ。それでも君は良いというのか?それでも待つと・・・!」
「はい、速水さん。」
マヤはしっかりした口調で答え、そして真澄の方へ向いた。
マヤの瞳は、自分の信念を信じるのみという意志の強い瞳だった。
「速水さん。私、あなたには後悔してほしくないの。確かに、私だってあなたに会うのが少なくなる、もしくは会えなくなってしまうのは寂しいわ。嫌だもの。
あなたの側に居たい。でも、その感情に流されて後で後悔して悔やんでっていう事をあなたに味わってほしくない。そんなあなたを私は見たくないわ。
それに、あなたもがんばっていると思えば、私もがんばれる!
私たちは離れて居ても、心の繋がりは誰よりも強いと思っているわ。」
(マヤ・・・)
真澄は、そんな一途に自分の事を心配し愛してくれているマヤを、
きつく抱きしめた。
「速水さん、痛いよ・・・」
「なあ、ちびちゃん。俺に勇気を、力を与えてくれないか?
立ち向かう力、くじけない力を・・・!」
(速水さん・・・)
マヤは、自分をきつく抱きしめている真澄の腕を少しゆるめた。
マヤの瞳と真澄の瞳が合う。
お互いの瞳に、もう迷いは無かった。
マヤは、背伸びをしてそっと真澄の唇に自分の唇を当てた。
「・・・これで、勇気でた?」
マヤは、照れからか顔を真っ赤にして言った。
真澄は、そんなマヤを見て(かわいい)と思い、思わずくすっと笑ってしまった。
「ちょっと〜!?何で笑うの!?必死だったのに〜!ひどいわっ!」
マヤは、ますます顔を赤くして真澄に抗議した。
真澄は、そんなマヤを見て、ますます愛おしいのと同時に可笑しさで背中をマヤの方へ向けて笑ってしまった。
「笑ってないで、何とか言いなさいよっ!!」
マヤは、真澄の背中をドンドンと叩きながら叫んだ。
「い、痛いよ、マヤ。叩くの、止めてくれないと・・・」
それでも真澄は笑いながら、マヤに訴えた。
「笑うの、止めるのと、理由言わない限り止めません!!」
「わ、分かった!どうして笑ったのかと言うと・・・」
「何ですかっ!!」
理由を真澄が言い始めたので背中を叩くのは止めたけど、それでもマヤは、まだ顔を真っ赤にして怒っている。
「・・・マヤ、さっきの君の行動が、とてもかわいいと思ったからさ。
照れている君が、とてもかわいいと思ったから。。。」
真澄が、真顔でそう言ったせいで、マヤの顔は更に赤くなっていった。
「・・・愛している、マヤ・・・」
真っ赤になっているマヤの耳元で、そっと囁いてから、真澄は愛しいマヤの頬に
キスをした。





街はクリスマスのイルミネ−ションで彩られていた。
マヤは1年前に真澄とデ−トをした横浜に来ていた。

あの日、彼と見つめた大きなクリスマスツリ−の前に立つ。
あの時と同じように雪が降っていた。

何もかもを包んでしまいそうな真っ白な雪・・・。
彼は時折、寂しそうに雪を見つめていた。

「雪は好きだ」
まだ、彼女が高校生だった頃、いつか彼がそんな事を言っていた。
その時の瞳がとても切なく見えた。
そして、そんな彼を見ていた自分の心までも切なくなった。

「・・・雪は好きだ・・・か」
呟き、空を見つめる。
細い粉雪が街を白く染めていく。

今日は彼との約束の日だった。

「1年後のクリスマスの日に必ず、君を迎えに行く」
力強い瞳で彼が告げた。
その言葉を信じて、マヤは待っていた。
ずっと、ずっと彼を待っていた。
彼に会いたくても会いにはいかなかった。

彼の問題が片付くまでは会わないと決めたから・・・。
彼を信じているから・・・。

だから、待っていた。





「水城くん、例の手配はどうなっている?」
真澄の言葉に水城は笑みを浮かべた。
「式は午後6時からです」
水城の言葉に安心したように頷く。
「早く迎えに行って差し上げて下さい。社の方はお任せを」
「あぁ。すまない。後を頼む」
真澄はそう告げ、社長室を後にしようとした。
「あっ!真澄様、忘れ物ですよ」
水城の言葉に立ち止まる。
水城は真澄に婚姻届の入った封筒を渡した。
「おっと、大切な物を忘れる所だった」
苦笑を浮かべ、受け取る。
そんな真澄がとても幸せそうに見えた。
「真澄様、おめでとうございます」
つい、そんな言葉が水城の口から漏れる。
一瞬、水城を見つめ、真澄はこの上なく幸せそうな笑みを浮かべた。
「あぁ。ありがとう」
そう口にし、今度こそ社長室を出た。





「・・・ハックシュン!」
思わず、くしゃみが出る。
ツリ−の前で、彼を待つ事一時間。
何だか、不安になってくる。

もしかしたら、自分は夢を見ていたのではないだろうか?
本当は、彼と結ばれたのは幻で、現実ではなかったのではないだろうか?

そんな思いが突然、胸を締め付ける。

「・・・速水さん・・・」
愛しい人の名を呟き、さっきよりも積もった雪を見つめる。
涙が流れそうになる。
俯き、唇を噛む。

「サンタクロ−スを待っているのかい?」
突然、彼女に声がかけられる。
「えっ」
その聞き覚えのある声に胸がざわめく。

「・・・すまない。随分と、君を待たせたね・・・」
彼が優しい瞳で彼女を見つめる。
ゆっくりと歩みより、彼女の頬に触れた。
「・・・速水さん・・・」
彼の名を告げた瞬間、涙が頬を伝った。
彼は力強く、彼女を抱きしめた。
「・・・会いたかった。君に会いたかった・・・」
耳元に彼の声がかかる。
「私も、速水さんに会いたかった」
マヤはしっかりと真澄の背中に腕を回した。
「・・・今度こそ、君と一緒になりに来た。もう、二度と君を放さない」
彼の言葉に胸が熱くなる。
「ずっと、君と一緒にいたい。マヤ、俺と結婚してくれるか?」
彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼が告げる。
マヤはその申し出に大きく瞳を見開き、頷いた。





「君を驚かせたい。いいって言うまで、目を閉じててくれないか?」
そう言われ、マヤは胸の中をわくわくとさせながら、瞳を閉じた。
「着いた。まだ、目を閉じていてくれよ」
車を止め、助手席の彼女に言う。
「・・・一体、どこに連れて来たんですか?」
マヤがそう告げた瞬間、真澄に抱き上げられた。
「きゃっ」
驚いたような声をあげる。
「まだだぞ」
真澄は彼女を抱え、ゆっくりとある場所に向かって歩いた。

「よし、いいぞ」
耳元に彼の声がかかる。
彼女が目を開けると、優し気な彼の瞳と、教会が目に入った。
「・・・速水さん・・・一体・・・」
説明を求めるように彼を見つめる。
「・・その、君と二人だけの結婚式をあげたいと思って・・・、俺たちにとってクリスマスは特別な日だろ?だから、ちょっと、急かもしれないが、今日、君と結婚したかったんだ」
真澄の言葉にマヤはきつく彼を抱きしめた。
「嬉しい!!とっても、嬉しいです」
無邪気な笑顔を彼女が浮かべる。
「よかった。君に、また勝手に決めて!なんて怒られるかと思って、結構ドキドキしていたんだ」
苦笑を浮かべ彼女を見る。
その言葉にマヤは嬉しそうに笑った。

「さぁ、支度しておいで」
彼女を腕から下ろし、告げる。
「えっ?支度って?」
「君の為にドレスが用意してある」
真澄の言葉に再び、マヤは驚いた。
「もう、本当に今日はあなたに驚かされっばなし」
クスリと笑う。
「言っただろ?君を驚かせたいって」
「最後にこれがドッキリでした。なんて言うのはナシですよ」
「そこまでは思いつかなかったな」
おどけたように口にする。
その瞬間、二人は顔を見合わせて笑った。





結婚行進曲が教会に流れる。
真澄は眩しそうにバ−ジンロ−ドの上を歩く、マヤを見つめた。
彼が選んだ純白のウェディングドレスはとてもよく彼女に似合っていた。

文字通り、二人だけの結婚式。
教会には、神父と、彼と彼女しかいなかった。
それでも、二人は幸せだった。
この先、何があっても今日の日を忘れる事はないだろう。
今日は彼らにとって、新しい人生の始まる日なのだから。




THE END


<No.41〜56>
Special thanks to
Meilan様 Mio-mio様 らりきち様 ぷぷる様 まゆみ様 井上トロ様 やみなべ様 旅芸人 bluemoon様(投稿順)



【後書き】
リレ−小説を始めておよそ二ヶ月。
一つ作品が終わった事が嬉しいです♪
そして、多くの方に参加して頂けた事に心から感謝したいです♪
皆様、本当にご参加下さってありがとうございました♪
リレ−はずっと続けていきますので、また皆様と一緒に書いていきたいです♪
次回リレ−小説も皆様のご参加お待ちしております♪

2002.2.27.
Cat


補足
このお話では速水さんが結婚していると書いてあるにもかかわらず、紫織が婚約者になってしまい、
その後の話も速水さん結婚中から婚約中に変わってしまいました。
大きな矛盾ですが・・・軽く流して下さい(^^:
これも、リレ−の面白さかな・・と(←大きなミスを犯した大馬鹿者の張本人 爆)


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