FAKE LOVE−1−







   「わ−!もっこりちゃん、めっけ!!」
   香はその声を聞いて、足を止めた。

   あいつ・・・仕事もしないで・・・また・・・!

   手に100tハンマ−を握り締め、目標に向かって走る。

   「この、年中発情期の害虫め!!」
   香の声にリョウの体がピクリと止まる。
   「ゲッ!香!!」

   ドッカ−ン!!

   リョウの顔面に見事にハンマ−が入り、道路にめり込む。
   新宿の街にまた一つ大きな穴ができた瞬間だった。

   「あんた、わかっているの!!家の危機的な財政難を!!もう、年末だっていうのに・・・。
   これじゃ、年なんて越せないわよ!!リョウ!!今日こそはビラ配り手伝って貰うわよ!!」
   そう言い、リョウの方を向いた瞬間、ハンマ−の下にめり込んでいるはずのリョウの姿はなかった。

   「・・・あの・・・」
   代わりにいたのは見知らぬ長身の男性。
   香の迫力に表情を僅かに引きつらせているようだ。
   「あっ!すみません。ちょっと、人違いを・・・」
   頬を微かに赤くしながら答える。
   「いえ。ところで、このビラを貰ったんですが・・・ここに書いてある事は本当なんでしょうか」
   香が配っていたビラを見せる。
   「本当に、何でも依頼していいのでしょうか」
   その言葉に香の表情に笑みが浮かぶ。

   やった!92日ぶりの依頼人!!

   「はい。子守りからボディ−ガ−ドまで、何でも承っております」
   営業スマイルを向ける。
   香の言葉に男はじっと、彼女を見つめた。
   その瞳がどこか悲しそうに見える。

   ドキっ・・・。

   何だか、落ち着かない気持ちになる。
   よく見ると、中々のハンサムで、年の頃は30代前半辺りだろうか・・・。
   ス−ツがよく映える。

   「三ヶ月間私にあなたの時間を貸してれませんか?」
   「へっ?」
   今まで受けた事のない依頼に香は瞳を見開いて彼を見つめた。





   「香!遅いぞ!腹減って死にそうだ」
   アパ−トに戻ってきた香にリョウが口開く。
   香は何も言わず、リョウの前に立ち、分厚い封筒を差し出した。
   「うん?何だコレ?」
   おもむろに封筒の中を見る。

   と、そこから出て来たのは札束の塊。

   「どうしたんだよ!おまえ、ついに思いあまって、銀行でも襲ったのか?」
   冗談交じりにリョウが言う。
   「どうしてそうなるのよ!依頼よ!依頼を受けたの!!」
   リョウを一睨みする。
   「何!!美人の依頼主はどこだ!!」
   目を輝かせ、キョロ、キョロと香の後ろを見る。
   「残念でした。今回の依頼人には男性よ」
   香の言葉に一気にリョウの顔が曇る。
   「知ってるだろ。男の依頼は受けない主義だ。返してこい、そんな金」
   リョウの言葉に怒りが込み上げるが、一呼吸し、余裕の表情を浮べた。
   いつもと違う香の態度にリョウが僅かに眉を潜める。
   「いいわよ。今回はリョウなんていらないから。私一人で受けるわ」
   香の言葉に唖然とする。
   「何?」
   「今回は私に依頼が来たの」
   得意気に微笑む。
   「何だ、ホストクラブからスカウトでもされたのか?」
   リョウの言葉にムッとするが、今回は余裕がある。
   何て言ったて、依頼料は一千万円。しかも、それは手付金である。
   依頼が終わった後には更に、一千万円貰える事になっている。
   溜まりに溜まったツケを返してもオツリが来る。
   「違うわよ。まぁ、とにかく、私は暫く留守にするわ。後、宜しく」
   リョウには依頼内容を話さず、香はそれだけ言うと、リビングを出て行った。
   「おい!暫くって・・・」
   リョウがそう聞いた時にはドアが閉められた後だった。






   「この部屋を使って下さい」
   都心の高級住宅街の一角に依頼主のマンション、いや、億ションがあった。
   翌日、香はアパ−トから三か月分の荷物を持って、訪れた。
   6LDKの広々とした部屋を案内され、香は感嘆の声しか出なかった。

   さすが・・・一千万円をポンと出すだけあるわね・・・。

   香に与えられ部屋は日当たりのいい、明るい部屋だった。
   「神乃さん、いいんですか?こんなにいい部屋使わせてもらって」
   遠慮気味に答える。
   「僕たちは今日から婚約者ですよ。一樹って呼んで下さい。香さん」
   クスリと笑う。
   その落ち着いた笑顔にドキリとする。
   本当に、見れば、見る程、綺麗な顔だ・・・。
   こんなハンサムで、しかもお金持ちの婚約者に仮にでも、なるなんて、何だか信じられなかった。
   「今夜は僕たちの婚約発表のパ−ティ−があります。香さん、これから、ドレスを買いにいきましょう」




   香と一緒にいるのは神乃一樹じゃないか・・・。

   リョウは香の依頼が気になり、こっそりと後をつけていた。
   しかし、その以外な依頼人にびっくりする。
   神乃一樹と言えば、日本を代表する財閥の御曹司で、経済雑誌の表紙を飾る程の人物だ。

   「・・・一体、アイツどんな依頼を受けたんだ?」
   高そうなブティックに入っていく、香と神乃を見つめながら、リョウは呟いた。




   「やっぱり、思った通りあなたによく似合う・・・」
   淡い紫色の上品なドレスを着た香に言う。
   そのドレスは香の長身なスタイルをより引き立て、女性らしさを強調させた。
   鏡の中に映る別人のような自分に驚く。

   ・・・これが・・・私?

   店員たちが息を呑んで彼女を見つめているのがわかる。
   そして、そっと、外から店内を覗いていたリョウも、香の美しさに言葉を失った。
   神乃の言葉に照れた笑みを浮べる彼女に何だか、胸の中がモヤモヤする。

   「あら、冴羽さんじゃない」
   そう声をかけられ、ハッとする。
   動揺を隠すようにさりげなく、声のした方を向くと、そこにいたのは美樹だった。
   「どうしたの?こんな所で?」
   不思議そうにリョウを見る。
   「えっ、別に、偶には高級感漂う女性にも声をかけたいと思ってね」
   リョウの背中越しに見える窓ガラスをチラリと見る。
   「えっ!あれ香さんじゃない!!」
   別人のように着飾った彼女に大きな声をあげる。
   「しっ!」
   慌てて、美樹の口を塞ぎ、物陰に隠れる。

   「うん?」
   香は誰かに呼ばれた気がして、窓の外を見るが誰もいなかった。
   「どうかしましたか?」
   神乃が優しく声をかける。
   「いえ。何でも・・・。でも、本当にいいんですか・・・こんな高そうなドレス・・・」
   申し訳なさそうに口にする。
   「あなたは私の婚約者ですよ。遠慮しないで下さい。それに、私もこんな買い物ができて嬉しいんです」
   穏やかな表情を浮べる。
   「・・・神乃さん・・・」
   彼をぼんやりと見つめる。
   何だかシンデレラにでもなった気分だった。


   「・・・気づかれていないみたいだな」
   ホッとした表情で、そっと、ブテッィクを物陰から覗く。
   「いい男ねぇぇ・・・。香さんの恋人?」
   リョウをからかうように言う。
   その言葉に少し、ムッとする。
   「まさか。ただの依頼人さ」
   「・・・依頼人ねぇぇ・・・でも、香さんのあの表情見て、恋に落ちるのはアッという間よ」
   美樹の言葉にピクリと眉を動かす。
   確かに、あんないい男の側にいれば、女なら誰でも恋をするだろう。
   急に胸をギュッと掴まれたような気持ちになる。
   「あいつが誰を好きになろうが関係ないね。ところで、美樹ちゃん、僕と恋をしよう!!」
   急にリョウが襲いかかってくる。
   「きゃっ!」
   咄嗟に側にあった鉄パイプを振り上げ、リョウを殴る。

   バシッ!

   リョウに見事に命中し、倒れる。
   「何で、そんなものが落ちているの・・・」
   頭をさすりながら口にする。
   「作者の都合ってヤツよ」
   リョウを睨みながら言う。






   香は神乃にエスコ−トされ、パ−ティ−会場に現れた。
   誰もが神乃の隣にいる香に注目する。
   痛い程の視線を受け、何だか落ち着かない。
   「僕だけを見て・・・大丈夫、あなたは誰よりも美しい」
   緊張した香の耳元にそっと囁く。
   その言葉に香の頬が赤くなる。

   「皆様、私の為にお集まり頂き、ありがとうございます」
   招待客たちに神乃が挨拶をする。
   「今日、皆様に集まって頂いたのは、私と彼女の婚約を発表するためです」
   そう言い、隣の香をそっと、抱き寄せる。
   会場中が驚いたように香を見つめる。

   ガシャ−ン!

   どこかでグラスが割れる音がする。
   その音にハッとし、音のした方に香が視線を向けると、長い黒髪が印象的な女性が立っていた。
   「一樹!勝手に許しませんよ!」
   中年の女性が突然、二人の前に現れる。
   香は驚いて、髪の長い女性から中年の女性の方に視線を向けた。
   「そうだ!私たちに何の相談もなく・・・」
   厳しい表情をした長身の中年男性が中年女性の隣から現れる。
   「お父さん、お母さん・・・これは、僕が決めた事です。僕も、もう大人ですよ。自分の結婚相手ぐらい、自分で決めます」
   鋭く、両親を睨む。
   「僕は彼女を愛しています。彼女以外に結婚相手なんて、考えられない」
   そう言い、香をギュッと抱き寄せ、皆の視線が注がれる中香の唇を奪う。
   突然の事に、瞳を大きく見開く。
   
   「・・・という訳です。僕は彼女と結婚します」
   香の唇を解放すると、キッパリと言い放つ。
   香はまだ放心状態だった。

   リョウはその様子を遠くから見つめていた。
   神乃と香の唇が重なった瞬間、胸が痛んだ。
   今すぐにでも、飛んでいって二人を引き離したかったが・・・きっと、これが依頼内容なのだと、冷静に考えた。



   「すみません。僕は少し、両親と話してきます。先にマンションに戻っていて下さい」
   合鍵を香に申し訳なさそうに渡し、神乃が言う。
   「いいえ。でも、本当に、これで良かったんですか?本当に私があなたの婚約者で・・・」
   香の脳裏に淋しそうに神乃を見つめていた女性の姿が浮かぶ。
   「もっと、あなたに相応しい女性がいるんじゃないですか?」
   香の言葉に一瞬、辛そうな表情を浮べる。
   「・・・余計な詮索はしてもらいたくない・・・だから、金であなたを雇ったんです」
   鋭い表情で香を見つめる。
   ゾクリとする程の冷たい表情にドキッとする。
   「・・・僕の運命は知っているでしょう・・・」
   神乃はそう小さく呟くと、香を置いて、その場を去った。



   「・・・話せよ・・・」
   外に出て、月を見つめていると、馴染みのある声が香に話し掛ける。
   振り向くと、柱に寄りかかったタキシ−ド姿のリョウがいた。
   いつもとカンジが違って見える。
   「・・・来ていたの?」
   ポツリと呟く。
   「あぁ。招待客に混じっていた」
   月明かりに照らされる香を見つめながら答える。
   「依頼は神乃の婚約者を演じる事か?」
   リョウの言葉にコクリと頷く。
   「暫くって言っていたが、どのくらいだ?」
   責めるようなリョウの言葉に伏せ目がちになる。

   「・・・彼が死ぬまで・・・」

   香の一言に、咥えようとした煙草をポトリと落とす。
   「・・・余命は後、三ヶ月・・・。彼が死ぬ時が依頼が終わる時よ」



               

                            つづく


【後書き】
久しぶりにリョウと香が書いてみたくなり、書き始めてしまいました(笑)
楽しいですねぇぇ♪100tハンマ−でぶっ叩かれるリョウを書くのは♪
それに、香ちゃんを書くのも楽しい♪♪
今回のお話は香ちゃんが主役です♪♪
さて、香ちゃんと、御曹司と、リョウの恋の行方はどうなるんでしょう♪

では次回で♪

ここまで、お付き合い頂きありがとうございました♪


2001.11.30.
Cat

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