――― 同居物語 8 ―――
「ちびちゃん・・・」
彼女の言葉に感情が溢れ出す。 抑えていた想いが解放される。 マヤは頬を赤くして、彼を見つめていた。 「・・・君は俺を憎んでいたんじゃ・・・」 溺れそうな感情を何とか理性で押さえ、口にする。 マヤは彼の言葉に頭を左右に振った。 「・・・確かに、速水さんの事・・・そんな風に思った時もあったけど・・・。でも、本当は・・・」 彼の瞳をじっと見つめる。 「本当は・・・私、あなたの事が好きだって、気づいたんです。一緒にいる内に、速水さんの優しさを知って、 だから、だから・・・」 胸がいっぱいになる。 マヤは溢れる気持ちを伝えるように彼の背中に腕を回し、広い胸に頭を埋めた。 「・・・あなたが好き・・・」 再び、彼女の口からその言葉が告げられる。 真澄は奇跡でも見るかのように彼女をじっと見つめ、目頭が熱くなるのを感じた。 「・・・ありがとう。俺も君が好きだ・・・」 力強く抱きしめる。 まるで、大切な宝物を抱きしめるように、彼の抱擁は優しかった。 その夜、二人はリビングのソファに座りながら、いろいろな事を話した。 二人の手はずっと繋がれたままだった。 午前3時近くになり、真澄は隣で眠そうに瞳をこすっている彼女に気づく。 「・・・もう、こんな時間か・・・」 真澄の言葉にマヤはハツとしたように瞳を開く。 「・・・そろそろ眠らないとな。ちびちゃん、明日は学校だろう?俺も会社があるしな」 彼の言葉に頷くが、まだ離れがたい。 やっと、同じ気持ちである事を伝えあったのに・・・。 もっと、彼と一緒にいたい・・・。もっと、彼の事を知りたい・・・。 そんな気持ちがマヤに彼の手を放させなかった。 「・・・どうした?俺は逃げたりなんかしないぞ?」 いつまで立っても寝室に行く気配のない彼女に冗談めかして言う。 本当は彼とて、離れ難い気持ちは同じだ。 ようやく、心が通じ合えたのだ。 まだまだ、一緒にいたい。仕事なんて、忘れて一日中彼女と一緒にいたい。 だが、これ以上彼女といたら、自分が何をするのかわからない。 キス止まりで済めばいいが、きっと、彼女の全てが欲しくなっしまう。 いくら、気持ちが通じたからと言って、それは、高校生の彼女にはまだまだ早すぎるし、一度そういう行為をしてしまえば、 同じ屋根の下に住んでいるのだ。きっと、毎晩のように彼女が欲しくなってしまうだろう。 「・・・速水さん・・・」 想いの篭った瞳が彼を捕らえる。 思わず、理性が吹き飛びそうになるが、寸前の所で抑える。 「そんな顔するな。明日の朝になったら、また会える。それに、俺たちは同じ部屋に住んでいるんだぞ」 彼の言葉にマヤはようやく手を放した。 「・・・ごめんなさい。つい、離れたくなくて・・・。速水さんともっと、一緒にいたくて・・・」 そう言い、微笑んだ彼女が堪らなく可愛く見える。 彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて、まだまだ真澄には信じられない心地だった。 「・・・おやすみなさい・・・」 マヤの言葉に真澄は優しい瞳を向けた。 「あぁ。おやすみ」 そう告げ、頬に大切そうにキスをする。 マヤはそれだけで、顔が赤くなった。 「・・・速水さん、もう眠ったかな・・・」 ベットの上で数十回目の寝返りを打つ。 時計を見ると、もう、午前5時。 彼と離れてから二時間が経つ。 考える事は彼の事ばかりで、とてもじゃないが、眠れる気分じゃない。 それは、真澄も同じだった。 ベットに横になって、何度も眠ろうとするが、マヤの事ばかりが浮かぶ。 何せ、長年の片思いがようやく実ったのだ。 彼女よりも遥かに想いは深い・・・。 大人として、理性的に何とか振舞ったが、本当は今すぐにでも、彼女が欲しくて仕方がない。 彼女が恋しくて、恋しくて・・・胸が締め付けられる。 「・・・全く、どうかしているな・・・俺は・・・」 自分に呆れたように呟く。 瞳を閉じると、マヤの愛らしい瞳が浮かぶ。 そして、重なった唇の感触も・・・。 胸が掻き毟られるようだ。 コンコン・・・。 遠慮気味にドアが叩かれる音がした。 ハッとし、閉じていた瞳を開ける。 「・・・どうした?」 ベットから起き上がり、扉を開けると、バジャマ姿のマヤが立っていた。 マヤは彼の姿を見た途端、抱きついた。 「・・・あなたが恋しくて・・・恋しくて・・・」 涙交じりの声で彼女が告げる。 「・・・お願い。一緒にいて下さい・・・。このままじゃ、眠れなくて・・・。あなたが側にいないと安心できなくて」 真っ直ぐな彼女の想いに胸が熱くなる。 「・・・駄目ですか?」 伺うように見つめる純粋な瞳に、駄目などと言える訳がない。 時計に視線を向けると、起きなければならない時間までは、後、一時間と少しだ。 それぐらいなら何とかなるだろうと、真澄は自分に言い聞かせた。 「仕方がないな・・・。ちびちゃん」 クスリと笑い、彼女の頬に優しく触れる。 「君は意外に甘えん坊なんだな」 真澄の言葉に頬を赤くする。 「えっ・・だって・・・」 甘えたように俯く。 またその仕草も可愛らしい・・・。 今まで、彼の見た事のないマヤがいた。 「おいで」 彼女の腕を掴み、ベットに向かって歩く。 マヤは喜んで、真澄のベットの中に入り、彼に寄り添うように横になった。 急に眠気が襲ってくる。 彼と一緒にいるという事が何よりも彼女を安心させた。 そして、ベットに入って5分もしない内に、心地良さそうな寝息が聞えてくる。 「もう、眠ったのか?」 驚いたように彼女を見る。 何とも無防備な寝顔がそこにある。 「・・・はぁぁ。こんなものを見て、冷静でいられる男はいるんだろうか・・・」 自制心が崩れそうになる。 「・・・そんな寝顔浮かべていると、食べてしまうぞ・・・」 恨めしそうに彼女の耳元で囁くが、マヤは何て事のないように眠っている。 「・・・やれやれ、まだまだ子供だな。やっぱり」 苦笑を浮かべ、真澄は何とか瞳を閉じて、眠る事に集中をした。 「・・・速水さん・・・?」 マヤが瞳を開けると、もう彼の姿はなかった。 時計を見つめると、午前11時を指している。 ハッとして、起き上がる。 完全に遅刻だ。 マヤは急いで支度をしようと、ベットから起き上がろうとしたが、彼が眠っていた場所にメモが置かれていた事に気づく。 ”おはよう。お寝坊さん。言っておくが、俺を恨むなよ。これでも、何度も君に声をかけたんだ。 君がいつ起きるかわからないから、学校の方には君が風邪を引いたと連絡をしておいた。今日はゆっくり休みなさい” 確かにそれは真澄の筆跡だった。 たったそれだけのメモなのに、胸がジ−ンと熱くなる。 「・・・会いたいな・・・」 彼の温もりを探すように、マヤは彼が眠っていた場所に体を移動させた。 瞳を閉じ、彼を想う。 好きだとようやく告げてから、まだ一晩しか経っていないのに、気持ちが溢れ出し、止まらない。 言葉にする前よりも、もっと、もっと、彼の事を好きになっている自分に気づく。 もう、彼以外の事は考えられなかった。 「社長、まだ、サインを頂いていないんですが、」 退出するように言われた社員が、申し訳なさそうに言う。 「えっ・・あぁ、そうだったか。すまない」 慌てて、デスクの上の書類にサインをする。 完璧に仕事をこなす彼らしからぬミスだ。 今日はどこか変だった。 側にいる水城にはそれが良くわかる。 会議中なんて、ぼんやりと考え事をしていたり、商談の席でも、時折、誰かを想うようにどこか遠くを見つめていた。 「・・・重症ですわね・・・」 水城が淹れたコ−ヒ−を口にした途端、そんな言葉が聞えた。 思わず、咽る。 「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・一体、何の事だ」 苦しそうに堰をして、目の前に立つ彼女を見つめる。 「もちろん社長。あなたの事ですわ。 昨夜は接待をキャンセルしたと思ったら、今日は目を真っ赤にして、いかにも寝不足という顔つきで現れる。 社員たちが今日何度あなたの事を不思議そうに見ていたか知っていますか?」 水城の言葉に胸がチクリとする。 「・・・俺だって、人間だ。偶にはそうなる事だって・・・」 歯切れが悪そうに答える。 「偶には?いいえ、そんな事、今まで一度もありませんでした。今日程、重症なあなたを見たのは初めてですわ。 しっかりなさって下さい。社長がそのままだと、会社は傾きますわよ」 水城の言葉にぐうの音も出ない。 「・・・ですから、午後の予定は全てキャンセルさせて頂きました」 「えっ!」 驚いたように彼女を見る。 「今日の所は急ぐ仕事もありませんし。社長、かなり有給を貯めていますから、この際、消化なさったらどうです?」 水城は最後は優しく微笑んだ。 それは秘書というよりも長年彼の恋を見続けて来た者としての微笑みだ。 昨日マヤと一緒に芝居を観に行った事は知っていたので、 二人に何が起きたのかは今日の彼の様子を見れば、すぐにわかった。 「・・・でも・・・」 突然の事に言葉が出て来ない。 「・・・大丈夫。3日ぐらいなら、お休みになっても業務に支障はきたしませんし、 そのつもりで私、予定を組んでしまいました」 水城の手際の良さに、ただ、ただ、驚くしかなかった。 「ただいま」 午後3時。真澄は彼女の好きなケ−キを買って帰宅した。 一緒にお茶でも飲もうと思ったのだ。 ところが、彼女がいる様子はない。 「・・・ちびちゃん?」 彼女の部屋を開けるが、やはりいない。 真面目な彼女の事だ。 学校にでも行ったのかと、思った。 何だか、力が抜ける。 「・・・まぁ、いいか」 ケ−キを冷蔵庫に入れると、上着を脱ぎ、リビングのソファに座る。 テ−ブルの上に置かれていたリモコンを手にして、テレビをつけてみる。 あちこちとチャンネルを回すが、見たいと思えるものは何もやっていなかった。 段々、眠気が襲って来る。 無理もない、昨夜はとうとう一睡もできなかったのだ。 彼は素直に睡魔に襲われ、瞳を閉じた。 「あれ?速水さん?」 マヤが部屋に戻って来ると、リビングからテレビの音がする。 時計を見ると、まだ午後5時前。 彼がこんなに早い時間に戻って来た事はなかった。 嬉しさがこみ上げてくる。 マヤはリビングに駆け込み、彼の姿を見つけた。 ソファに座りながら、無防備に眠る彼がいた。 長い睫にドキリとする。 「・・・こんな所で眠っちゃうと、風邪ひきますよ・・・」 彼に声をかけてみるが、何の反応もない。 「・・・何だか、かわいい・・・」 彼の寝顔に胸が時めく。 マヤは暫く、彼を見つめていた。 「・・・うん?・・・」 何となく、肩の辺りに重みを感じて、目を開ける。 すると、マヤの頭が彼の肩に乗っていた。 彼女は気持ち良さそうに眠っている。 「・・・ちびちゃん・・・」 眠気が残る瞳をごしごしと拭い、時計を見つめると、午後9時を過ぎていた。 いつの間にか、自分が眠っていた事に驚く。 彼の体にはブランケットがかかっていた。 きっと、マヤがかけてくれたのだろう。 何だか、そんな心遣いが嬉しい。 「・・・ありがとう・・・」 真澄は笑みを浮かべて、そっと、マヤの耳元に囁いた。 その瞬間、マヤの瞳が開かれる。 「・・・あっ、速水さん・・・」 何とも言えぬ幸せそうな瞳で彼を見る。 真澄は彼女に愛されている事を感じた。 「・・・寒くないか?」 そう言い、彼女を抱きしめるようにブランケットの中に入れる。 「・・・あったかいです・・・」 マヤは何の抵抗もなく、彼に体を預けた。 「いつ帰って来たんですか?」 彼を見上げるようにして伺う。 「・・3時頃だったかな。今日は仕事が早く終わったんだ。そういえば、君は学校に行っていたのか?」 部屋に戻った時に彼女がいなかった事を思い出す。 「・・・ううん。今日はお休みにしちゃった。何か一人でいるの落ち着かなかったから、麗の所に行っていたんです」 真澄は彼女の言葉を瞳を細めて聞いていた。 「・・・そうか。ところで、ちびちゃん、風邪を延長させる気はないか?」 悪戯を企むような瞳で彼女を見る。 「えっ?」 不思議そうに彼を見る。 「・・・実はな。明日から3日間休みが取れたんだ」 思わぬ彼の言葉に瞳を見開く。 「本当に!!!?嬉しい!!!」 マヤは彼の首に腕を回し、嬉しそうに抱きついた。 無邪気に喜ぶ彼女に自然と笑みが浮かぶ。 「はははは。そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」 マヤは満面の笑みを浮かべていた。 「・・・明日は朝早くに部屋を出て、遠出をしないか?連れて行きたい場所があるんだ」 そう言って、真澄がマヤを連れて来たのは伊豆にある別荘だった。 いつもは一人でしか来ないこの場所も、彼女と一緒というだけで、また、違う空間に思える。 マヤは車窓から見える景色を嬉しそうに眺めていた。 「別荘からも海が見えるぞ」 真澄の言葉に笑みを浮かべる。 「わ−。楽しみです」 にっこりと微笑んでみせる。 真澄は彼女と一緒にいられる幸せをかみ締めるように、時折助手席の彼女を見つめていた。 「ここだ」 別荘の前に立ち、指し示す。 マヤは感嘆の声をあげて、じっと見つめた。 「・・・素敵です。とっても・・・」 彼女の言葉に微笑を浮かべる。 「良かった。お姫様に気に入って頂けて」 そう言いながら、中へと彼女を通す。 「ここへ誰かを連れて来たのは初めてなんだ」 広いリビングを見回す彼女に告げる。 「ここには、一人になりたい時によく来る。 疲れた時とか、何かに立ち止まりそうになった時に、海を見つめ、波の音を聞くんだ。 そして、思う。もう少し頑張ってみるか・・・って」 そう話す真澄の表情はマヤの知らないものだった。 また、彼の違う一面を知る事ができて、胸がドキドキとする。 「・・・速水さんにとって、大切な場所なんですね・・・いいんですか?そんな大事な場所に私を連れて来て」 マヤの言葉にフッと笑みを浮かべる。 「・・・君だから、連れて来たんだよ。俺の全てを君には知ってもらいたい」 彼の言葉に脈拍がまた上がる。 頬が赤くなって、彼をまともに見る事ができない。 「・・私、浜辺を散歩してみたいな・・・」 赤くなった顔を誤魔化すように、彼に背を向けて、窓の外を見つめる。 「あぁ。後で行こう。とっておきの場所を案内するよ」 空が茜色に染まった頃、二人は浜辺に立っていた。 速水が案内した場所には人はいなく、とても静かだった。 海の音色に耳を澄ませ、沈み行く太陽を見つめる。 心の中がとても穏やかだった。 日常の忙しさを忘れ、心が癒されていく。 しっかりと繋がれた手の先には、互いにとって世界で一番愛しい人がいる。 とても幸せだった。 視線を絡ませ合い、微笑み合う。 二人は穏やかな時を過ごしていた。 「さて、そろそろ食べ頃だぞ」 暗くなった浜辺に赤々とした炎が浮かぶ。 火を囲むようにして、二人は座っていた。 真澄はマヤに焼けたばかりの、ハマグリを紙皿に乗せて、差し出す。 「わ−!美味しそう」 割り箸を折って、焼けたばかりのハマグリを口にする。 真澄は持って来た赤ワインをグラスに注ぎ、彼女を見つめながら、口にした。 そして、マヤの話に耳を傾ける。 学校の事、芝居の事、友達の事。 聞いていると何だか微笑ましい。 「・・・はははは。なるほどな。確かに君はわかり易い」 麗や美恵子に言われた事を話すと、予想通り速水はお腹を抱えて笑い出した。 「もう!そんなに笑わなくても」 ぶっと頬を膨らませてみせる。 「あまりにも図星だったんでな。本当に君といると飽きないよ」 アルコ−ルが程よく周り始めた彼はいつもよりも笑い上戸になっていた。 「そういえば、私、速水さんと暮らし始めて、笑われてばっかりですね」 彼と暮らし始めて三ヶ月近く経つ。 その間に一体、彼の笑い声を何度聞いたのだろう。 一緒に生活をしてみて、速水が本当に笑い上戸だと言う事を知った。 「・・・そうか?」 やっと、笑い止み彼女を見る。 「そうです。速水さん、誰かから言われた事ないんですか?」 マヤの言葉に考えるようにグラスを見つめる。 「・・・ないな」 キッパリとした彼の言葉に少し驚く。 「・・・俺が素直に笑えるのは君の前だけだ。俺自身も知らなかった。自分がこんなに笑うヤツだったなんて」 真っ直ぐに彼の瞳が彼女を見つめる。 「君と出会って知ったんだ。本当の俺を・・・」 柔らかい笑みを浮かべる。 胸がドキッとする。 「・・・あぁ。もう、速水さんって、ズルイな」 照れたように視線を彼から外す。 「ズルイ?」 不思議そうに口にする。 「だって、そんな事言われたら、私、もっと、もっと、あなたの事好きになってしまう。もう、底がないの。 あなたの事を好きだって気づいた日はそんなに遠くないのに。気づいた時の10倍も、100倍もあなたが好きなんです」 マヤの言葉に瞳を見開く。 「きっと私の方があなたに惚れている。どうしてくれるんですか? これ以上好きになったら、私、一秒もあなたとは離れてはいられませんよ」 彼女の言葉に胸が熱くなる。 「・・・マヤ・・・」 ”ちびちゃん”ではなく、”マヤ”と呼ばれた事にまた頬が火照りそうになる。 彼に名前を呼ばれたのは初めてではないのに・・・。 「・・・君こそどうしてくれるんだ。俺がこれ以上君を好きになってしまったら。責任はとってくれるのか?」 おどけたように彼が言う。 「えっ?責任?」 そう口にした途端、腕を掴まれ、唇が重なる。 あの雨の日以来のキス・・・。 彼と交わしたキスはこれで三度目だった。 三度目のキスは初めて交わした時よりも優しくて、二度目よりも長かった。 唇を離すと、彼は優しく微笑んだ。 「そんなに驚いた顔をするな」 彼女の頬を彼の長い指が触れる。 「・・・だって・・・いきなり・・その・・・」 マヤは真っ赤になって俯く。 そんな彼女が初々しくて、つい、つい、我慢ができなくなってしまう。 「困ったなぁぁ。もう、君を放したくないなぁぁ」 彼女を抱き寄せ、首筋にキスをする。 真澄の唇が触れる度にマヤの鼓動が上がる。 もう、どうしていいかわからなくて、頭の芯が真っ白になった。 「・・・速水さん・・・また、からかっているでしょう・・・」 これ以上ない程、赤くなったマヤはやっとの思いで言葉を口にした。 「からかっている?」 彼女の耳元に彼の言葉が響く。 「だって・・・速水さん、赤くなっている私を面白がっているようにしか見えませんよ」 恨めしそうに彼を見る。 彼女の言葉にじゃれあうようにしていたキスを止める。 「・・・確かに、顔が赤いな・・・はははは。ちびちゃんには刺激的だったか?」 彼はここが彼女と自分の限界だと思った。 何と言っても彼女は高校生。これ以上の行為はしてはならないのだ。 まして、彼女はその辺の高校生よりもずっと、純粋で何も知らないのだから。 「・・・そろそろ戻るか・・・」 彼女を腕から解放し、理性を抑えるように立ち上がる。 マヤに手を指し伸ばし、小さな手をしっかりと握ると、立たせた。 二人はバスケット一つを持って、別荘までの道を歩いた。 「・・・あっ・・・」 マヤはバスル−ムに入って驚いた。 服を脱ぎ、鏡を見つめると、首筋と鎖骨の部分に赤い痕があったのだ。 それはさっき、彼が浜辺で付けたキスマ−クだった。 初めて見るものに、胸の中がドキドキとする。 彼のキスを思い出して、体中が疼くような感覚を感じた。 一瞬、頭の中に愛し合う男女の行為が浮かぶ。 「・・・ヤダ・・・。私、何を考えているの・・・」 頭を振って、浮かんだものを振り払う。 「・・・速水さんが、私にそんな事する訳ないじゃない!私はまだ子供よ!」 落ち着かせるように、口にするが、なぜか自分の言葉に落ち込む。 「・・・そうだ・・・。私は子供なんだ・・・。あの人から見れば、まだまだ・・・」 壁に寄りかかり、視線を伏せる。 涙がジワリと浮かんでくる。 「・・・私、どうしたいんだろう・・・」 「そろそろ寝る時間だな」 互いにお風呂から出た後、リビングで寛いでいると、真澄が口にした。 彼の言うとおり、もう、眠る時間。 朝までは彼と離れていなくてはならない。 寂しさが胸を襲った。 「・・・明日は釣りをしに行こう。6時起床だぞ」 起きられるかなと言うように彼女を見る。 「・・・速水さんこそ、大丈夫ですか?」 負けずに言い返す。 「君程は寝起きはいい方だよ」 クスリと笑う。 「私だって・・・そんなに寝起きは・・・」 そこまで口にしてつい先日大寝坊をした事を思い出した。 「何だ?その先は?」 からかうように彼が言う。 「もう!意地悪!絶対、明日は速水さんより早く起きるんだから」 そう言い、マヤはソファから立ち上がった。 「はははは。だといいがな」 彼のいつもの笑い声がリビングに響く。 「おやすなさい!」 マヤは一睨みして、リビングを後にしようとしたが、やっぱり、彼と離れる事が寂しい。 「うん?」 彼を見つめる瞳に気づく。 「・・・あの・・・部屋まで送ってくれますか・・・」 さっきまでの勢いは消えて、汐らしい表情を彼女が浮かべる。 その表情に胸がキュンとする。 「・・あぁ。もちろん」 立ち上がり、彼女の手を握る。 マヤは嬉しそうに微笑んだ。 少しでも長く彼と一緒にいられる事が心の底から嬉しい。 一緒にリビングを出て、廊下を歩き、階段を登る。 二人分の足音が妙に心をウキウキとさせた。 「着いたぞ。ちびちゃん」 彼女の部屋の前で、真澄が立ち止る。 「・・・いい子で眠るんだぞ・・・」 ポンポンと彼が彼女の頭を撫でる。 マヤは彼の顔をじって見つめていた。 そして、ゆっくりと口を開く。 「・・・速水さん、キスして・・・」 彼女の方から求められた事に、真澄は瞳を見開いた。 「・・・お願い・・・。ぐっすり眠れるように・・・」 切ない瞳が彼を射抜く。 「・・・マヤ・・・」 彼女の頬にそっと触れ、腰を屈める。 マヤは瞳を閉じて、唇が重なるのを待った。 時間が止まったように、唇に彼を感じる。 とても、優しいキス・・・。 涙が溢れそうになる。 彼の事が、好きで、好きで、心がいっぱいになる。 「・・・あなたが好き・・・、とっても、とっても好き・・・」 唇を離すと、瞳に涙を浮かべた彼女がいた。 彼女の言葉に胸が締め付けられる。 彼女の口から出た甘い囁きに愛しさが溢れる。 どうする事もできない程、彼女が愛しい・・・。 このまま朝まで離れるのが辛い・・・。 「本当に、君はいつも俺を感動させてくれるな。俺はもう君を放せなくなった」 しっかりと、彼女を抱きとめる。 「もう、朝まで君を放せそうにない・・・」 |