紅天女を演じてから、一ヶ月、マヤは慌しい程の時間を感じていた。
テレビに出る機会も増え、連日のように取材攻めに合う。
街を歩けば、すぐに人が寄ってきて、あっという間にサイン攻め・・・。
「・・・何だか、芸能人になったみたい」
ポツリと呟いた言葉に、一緒にコ−ヒ−ショップにいた桜小路が笑い出す。
「桜小路くん?」
そんな彼を不思議そうに見つめる。
「・・・マヤちゃん、自分が芸能人だとは思ってなかったのかい?」
笑いを噛み締め、口にする。
「えっ」
桜小路の言葉にきょとんとした表情を浮べる。
「どんなに有名になっても、そういう所は変わらないな」
そう言い、マヤの頬に軽くキスをする。
「じゃ、僕はそろそろ行くよ。またね」
軽やかな笑みを残し、桜小路はコ−ヒ−ショップを後にした。



           KISS




「真澄様、こんな記事が流れていますが」
出社すると同時に、水城が真澄のオフィスを訪れる。
「うん?何かね?」
涼しい表情が、次の瞬間、恐ろしい程の形相に変わる。

『紅天女熱愛発覚!』
そう見出しにされた週刊誌に、桜小路とマヤのキスシ−ンが写されていた。
見たくないものを見てしまったような、やり切れない思いに心が沈む。
マヤとは紅天女の千秋楽から会っていなかった。
「週刊誌は差し止めたのか?」
「いいえ。それが、既に出回ってまして・・・。マイナスになるような記事ではなかったので、
差し止めませんでしたが・・・」
恋の相手が桜小路ともなれば、紅天女の格好の宣伝になる事は間違いなかった。
舞台の上の恋が現実になったのだと、世間では当然のように受け止められる。
しかし・・・。
真澄の胸中は嫉妬で狂ってしまいそうだった。
不毛な片思いに、胸が苦しくなる。
「マヤの今日のスケジュ−ルは?」
試演で紅天女を勝ち取ってから、なんと、マヤは大都に入りたいと言い出したのであった。
迷う事なく紅天女の上演権を真澄に預け、彼女は書類にサインをした。
彼女との仲は相変わらずけ犬猿という感じだったが・・・、最近、何かが変わってきた。
会えば、真澄に笑顔を向け、和やかに話し掛けてくる。
その分、彼女が大人になったのかと、真澄にとっては少し寂しいようでもあった。
「今日は、一日中大都主催のドラマの撮影が入っているみたいですが」
側にあったPCでマヤのスケ−ジュ−ルを確認し、水城が言う。
「そうか。丁度いい、後で陣中見舞いに行くから、時間を作ってくれ」



「やぁ、皆さん、撮影はどうですか?」
聞きなれた声がし、マヤの胸はときめいた。
撮影は休憩中だった。
マヤは監督と話している真澄の元へ、飛んでいった。
「・・・あの、こんにちは。速水さん」
輝くような笑顔を浮かべ、自分に挨拶するマヤに、真澄の胸は脈を僅かに早くした。
少しに見ないうちに、また綺麗になった彼女に、ドキリとする。
「どうだね?撮影は順調かい?」
優しい表情の真澄に、マヤは嬉しそうにまた笑顔を浮べる。
「はい。そうだ。速水さん、今夜お時間あります?」
何かを思い出したように彼女が口にする。
その言葉に真澄の胸がざわめく。
「あぁ。そうだな。9時以降なら空くと思うが・・・」
本当は今日も夜に商談がいくつかあって、時間などなかった。
「よかった。じゃあ、9時にこのお店で待ってます」
嬉しそうに言い、真澄に店の場所を書いたカ−ドを渡す。
真澄は受け取り、じっとそのカ−ドを見つめた。
「私のお気に入りのお店なんです。じゃあ、今夜」
そう言うと、マヤはまた撮影に戻っていった。
雑誌に出た記事の事を諭しに来たのに、思わぬデ−トの約束で真澄の頭の中から
そんなものは全て飛んでいた。




いつもより数段大人っぽい、メ−クにドレスを着て、マヤは真澄が来るのを待っていた。
時計は9時をちょっと過ぎていた。
「お仕事、まだ終わらないのかな」
ため息を一つつき、目の前のカクテルを軽く口に含む。
ぼんやりと、真澄の事を考えていると、このバ−の目玉であるピアノ演奏が始まる。
ステ−ジに上のピアノに彼が座り、鍵盤が鳴り出す。
週末だけ行われる彼のピアノ演奏には毎回たくさんの人が聴きに来る。
マヤもそんな常連客の一人だった。

「いつも来てくれるんですね」
演奏が終わり、彼がマヤの側に立つ。
マヤは話し掛けてもらえて、嬉しさが込み上げてきた。
「覚えてくれてたんですか?」
少し、照れながら、言葉を交わす。
「えぇ。一度見た美人は忘れませんから・・・」


マヤとの待ち合わせの時間を二時間程、遅れて、やっと真澄が店に着く。
目に入ったのは美しくドレスアップされたマヤと、楽しそうに顔を寄せ合って話す見知らぬ男だった。
胸がキリリと痛み出す。
今朝感じた嫉妬心が再び沸き返る。
拳をギュッと握って、離れた場所から二人を見つめる。
入り口に戻り、真澄は店を出た。

「北島様いらっしゃいますか?」
バ−テンにそう言われ、マヤは名乗り出た。
「お電話が入っています」
きっと、真澄からだと思い、胸が躍る。
「速水だが」
電話口に出たその声に嬉しくなる。
「実は、急な仕事ができてしまって、行けそうにないんだ。連絡が遅くなってすまない」
すまなそうな真澄の声にマヤはがっかりした。
「・・・そうですか。お仕事なら仕方ありませんね」
淋しさを声に出さないように務めて口にする。
「本当にすまない。じゃあ」
「待って下さい」
電話を切ろうとする真澄を慌てて繋ぎとめる。
「何かね?」
つい、電話を切りたくなくて、口にした言葉に、マヤは何て続けようか迷った。
「今、少しお時間ありますか?」
「あぁ、まあ、5分ぐらいなら・・・大丈夫だと思うが」
マヤの意図が読めなくて、不思議そうに言葉を続ける。
「じゃあ、5分間、何か話して下さい」
「えっ」
マヤの突然の提案に、驚きの声をあげる。
「いいでしょ?来れなかった埋め合わせに、あなたの声を聞かせて下さい」
お酒が入っていた為、マヤは随分と大胆になっていた。
甘えたような彼女の声に胸がぎゅっと締め付けられる。
「・・・何かと言われてもな・・・」
少し困ったような真澄の声にマヤはクスリと笑みを浮べる。
「速水さんの今日一日なんてどうです?」
「俺の一日か・・・。う・・ん。そうだな。7時ぐらいに起きて、9時に出社して、会議に三つ出た後、君の所に行って・・・。
俺の一日なんか聞いて面白いのか?」
そこまで言うと、真澄はハッとしたように口にした。
「面白いです。速水さんがどんなに忙しい人なのか知りたいですから。さぁ、続けて下さい」
マヤは軽く笑みを含みながら言った。
「そうか・・・。う・・ん、君の所に行った後は、映画の試写を見て、取引先と会食をして、社に戻って9時まで、書類を片付けて、君の所に行こうとしたら、
電話がして・・・」
そこまで言うと、真澄は黙った。
「・・・どうしたんですか?」
突然の沈黙に不安になる。
「・・・君に会いたいな・・・と思って、やっぱり、今から行く」
「えっ・・・お仕事の方は大丈夫なんですか?」
真澄の言葉に希望が生まれ、嬉しさがじわりと込み上げてくる。
「後、30分、待ってられるか?」
「はい」
その言葉にすぐに返事をする。
「じゃあ、30分後に」
真澄はそう言うと電話を切った。

「嬉しそうだね。恋人から?」
電話を切り、席に戻るとピアノ弾きの彼が言った。
「ううん。そうなりたい人から」
マヤは少し、照れたように口にした。
「片思いなんだ。私の・・・」
切なそうに瞳を細め、カクテルを見つめる。
「しかも婚約者がいるの」
クスリと笑い彼を見つめる。
「・・・いいんだ。振り向いてもらえなくても、時々顔を合わせられれば。それだけで、幸せだから」
「・・・羨ましいな。そこまで、人を好きになれて」
「えっ」
「片思いでいいなんて、中々言えるもんじゃないよ」
「だって、そうする事しか私にはできないから・・・。気持ちを口にしたら、きっと、彼を困らせてしまう。
そんな事はしたくないの」
大人っぽい、艶やかな表情を浮かべ、淋しそうに笑う。
思わず、その表情に心が惹かれる。
「残念だな。君みたいな美人がたった一人を想うだけなんて」
そう言うと、彼は彼女の唇を奪った。
軽く触れ合うだけのキス・・・。
マヤは瞳を見開き、彼を見つめた。

タイミングの悪さに、思わず苦笑を零してしまいそうになる。
来た道を戻り、店に入ると、あの見知らぬ男と、マヤが丁度、キスをしていた。
今日は厄日だな・・・。
なんて事を思いながら、真澄はじっと二人を見つめていた。
二人の唇が離れた頃、ゆっくりと近づき、今度は声をかける。

「・・・待たせたな」
いつもよりも低い真澄の声がする。
振り向くと、彼が立っていた。

今のキス見られた・・・かな?
心に冷や汗をかきながら、真澄を見つめる。
「君の待ち人が来たみたいだな。さて、もう一曲弾こうかな」
そう言い、彼はステ−ジに向かって歩いた。
「あの、速水さん・・・」
キスの事を弁解しようとしても言葉が出てこない。
冷たく見つめられて、喉がカラカラになる。
「・・・気をつけるんだな。どこに記者がいるかわからんぞ」
彼女の隣に座り、バ−ボンを頼む。
感情を押し殺したような彼の表情に、マヤは何をどうしたらいいのかわからなかった。
「まぁ、君が誰といちゃつこうが、俺には関係のない事だが」
知らず、知らずのうちに冷たい言葉が飛び出る。
彼女の表情が段々、悲しそうになっていくのがわかった。
「そうですよね。私が誰とキスしようと、速水さんには関係ありませんよね」
声を荒げ、グラスを一気に空ける。
「速水さんにとって、私はただの所属事務所の女優・・・。私にとってもあなたはただの事務所の社長」
マヤの言葉が痛かった。
二人の間の距離をはっきりと言われた気がする。
「あなたが私を心配するのは・・・仕事だからですよね」
彼女の言葉に胸が痛む。
否定したくても、でない事実にやりきれなさを感じる。
「私はあなたにとって、ただの商品なんでしょ?」
問い掛けるように、彼に言う。
違うと言ってもらいたかったから・・・。
それ以上だと言ってもらいたかったから・・・。
「・・・あぁ。そうだ」
真澄の言葉に、涙が流れそうになる。
唇を噛み、感情を抑える。
「・・・じゃあ、どうして、ただの商品に優しくするの?どうして、優しく笑いかけてくれるの?
それも全て仕事だと言うの?」
耐え切れず、感情を露にする。
思わぬマヤの言葉に真澄は唖然とする。
「・・・速水さん、酷いです・・・」
大粒の涙が彼女の頬に伝う。
それを見た瞬間、真澄の胸がかき乱される。
「・・・すみません。私、何を言っているんだろう。少し飲みすぎたみたいです。今のは忘れて下さい」
我に返ったように、そう言うと、マヤは席を立った。
「今日はわざわざ、来てくれてありがとうございました。失礼します」
真澄に言うと、マヤは彼に背を向けて、歩き出そうとした。
「・・・待て!」
突然、腕を掴まれ、引き寄せられる。
そして、重なる瞳と瞳・・・。
真澄の胸に愛しさが募る。
薄暗い店内に二つの影が重なる。

マヤはピアノのメロディを聴きながら真澄を見つめていた。


その日二人はそれから、何も口にせずに別れた。
言葉の代わりに重なった唇に触れながらキスの意味を考える。
微かに煙草とアルコ−ルの香が混じったキスの味・・・。
唇を離すと、彼は苦笑を浮かべていた。

「・・・速水さん・・・」
切なくて、何度もその名を口にする。

彼がくれたキスはお酒のせい?
ただの気まぐれ?

それとも・・・。



「社長?」
唇に触れながら呆然としていると、水城の声が聞こえた。
「えっ」
驚いたように彼女の方を向く。
「会議の時間ですが・・・どうかされましたか?」
朝からぼんやりとしている真澄に、心配そうに声をかける。
「いや。何も・・・」
そう答え、コ−ヒ−カップを口にする。

ただのキス一つでここまで、動揺するなんて・・・。
自分に苦笑を浮かべ、真澄は社長室を後にした。



「撮影は順調か?」
スタジオ近くのレストランで昼食をとっていると、突然声をかけられる。
「・・・速水さん」
一週間ぶりに会った、彼に胸が苦しくなる。
「近くまで来たものだからね」
いつもと変わらぬ優しい表情に心がざわめく。

「歩かないか」
真澄はそう言い、彼女を近くの公園に連れ出した。
葉が色づき、秋の訪れをしめしていた。
「・・・もう、秋なんですね」
切なそうに、マヤが口にする。
「そういえば、速水さんとの付き合い長いですよねぇ」
昔を懐かしむように瞳を細める。
「そうだな。君と知り合ったのは・・・君が中学生の時だったからな・・・」
真澄は昔を思い出すように軽く笑った。
「あぁ。速水さん、ちっとも変わってないと思ったでしょ」
真澄の笑みを見て、マヤが言う。
「・・・いや、そんな事はないよ。君はしっかりと、一人前の女優として、成長したよ。そして、女性としても・・・」
真澄は愛おしそうに彼女を見つめた。
「君の成長を俺は見る事ができて、嬉しいよ」

舞台の上で熱く輝く魂に惹かれ、気づけば、君に恋をしていた。
影から薔薇を送り続け、君の成長を見守っていた。
年を重ねる事に女性らしくなる君に、胸が高鳴った。
そして、11歳の年齢差も気にならない程に、君は大人になった。

もし、俺が愛していると・・・告げたら、君は受け入れてくれるのだろうか?

「速水さん、何考えているんですか?」
じっと、マヤを見つめたまま、黙りこくった真澄に話かける。
「いや、君も、大人になったな・・・と、思って、君もいつか愛する男に出会い、恋の苦しみを知るのかな」
遠いものを見つめるような真澄の瞳に、マヤは全身の鼓動が大きく脈うつのを感じた。
「君を見てきたものとしては、君が大人になるのは、少し寂しいな」
淋しそうな笑みを零し、真澄はゆっくりと歩き出した。
「・・速水さん。私はずっとあなたの側にいます」
マヤの言葉に真澄の足が止まる。
「えっ」
振り向き彼女を見つめる。
「あなたがいたから、私は役者として、人間として、そして女として成長できました。あなたが私をずっと支えていてくれたから」
思わぬ言葉に瞳を大きく見開き、彼女を見つめる。
「それに、もう、出会ってます。愛する人に・・・。恋の苦しさも、ときめきも、全てあなたが教えてくれました」
真っ直ぐに真澄を見つめ、胸のうちにずっと秘めていた思いを告げる。
「・・・あなたが好きです。ただの商品だと思われている事も、婚約者がいる事も知っています。
でも、あなたが好きなんです。この気持ちはもう止められない・・・」
真剣な眼差しに冗談ではない事を知る。
彼女の告白に胸をぎゅっと鷲づかみにされる。
「・・・マヤ・・・」
思わず、手が伸びそうになる。
「何も言わなくていいです。私の片思いだと言う事は知っていますから。ただ、口に出さずにはいられなくて・・・。
私の事は気にしないで下さい。今までのままで、私は十分幸せですから」
彼に背を向け、溢れそうな涙を隠す。
「・・・本当、すみません。変な事を言って・・・」
涙に彼女の声が微かに震えていた。
堪らず、彼女を後ろから抱きしめる。
すっぽりと真澄の腕に入り、マヤは驚いたように、体を強張らせた。
「・・・速水さん?」
「・・・俺がどれ程、君に嫉妬をしていたか、知ってるか?週刊誌で桜小路と君がキスをしているのを見て、気が気じゃなかった。
それから、君に教えてもらったピアノバ−で、見知らぬ男と唇を交わしていた君に、どれ程、胸が痛かったか・・・」
耳元で囁かれ、動悸が早くなる。
「俺の一日は、いつも君の事を思ってから始まって、一日中君の事を考えてから終わるんだ」
抱きしめる腕に強く力が入る。
「悪いが、君が俺を思う何倍も、何十倍も、何百倍も君を想ってきた。そして、これからも・・・。
君に嫌われても、憎まれても・・・想ってきたんだ」
思いを口にする掠れた声に、切なさが募る。
「・・・愛しているんだ。ずっと、君を・・・」
彼女を自分の方に降り向かせ、永遠に口にする事はなかった言葉を口にする。
そう言われた瞬間、体中に熱い想いがどっと駆け巡る。
そして、ゆっくりと唇が重なった。
ずっと、求めていた心の底からのキスを交わし、二人は強く抱き合っていた。

もう二度と離れないように・・・。
すれ違わないように・・・。
結ばれた心を手放さないように・・・。






                             
THE END






【後書き】
うわぁぁ−!!外は嵐!!どこにも行けないやんけ−!!
今日は映画を観に行こうと思っていたのに・・・(ぐすん)
という訳で、お家で大人しくしているCatです。
はぁぁ・・・いつになったら、遊びに行けるんだろ・・・。。。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました♪

2001.9.11.
Cat


本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース