第二回ガラスの仮面リレー小説
2002.2.27〜5.26.

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やみなべ様 まゆ様 bluemoon様 chiaki様 Hikari様 匿名希望(投稿順)



の男は、深い眼差して少女を見詰める。
「俺の人生の、上り詰める瞬間も、転落していく瞬間も、全部お前に見せてやる」
 鋭角的な整った顔に、にやりと挑戦的な笑みを浮かべて、危険な雰囲気と甘い予感を漂わせ、小柄な少女の腰を抱き寄せた。
「変わっていく俺を、ずっと見ていろ。一生退屈なんてさせないぜ。保証する」
 広い胸に抱きしめられた少女は、それでも雰囲気に飲まれまいと、全身で反発しつつ、同じようににやりと男に笑い返した。
「あたりまえよ。あたしに任せときなさいよ」
 のどのおくで男が笑う。
「頼りにしてるぜ。俺の嬢ちゃん」
 手に入れた至宝に笑いかけて、二人の顔がゆっくりと近づいていく。

 その様を見ながら、彼は膝に置いた手を白くなるまで握り締めた。

 巧みに体を入れ替えて、あたかも情熱的な口付けをしているような姿の、真の愛に辿り着いた二人を、緞帳が隠していく。
 テーマソングが鳴り渡り、同時に割れんばかりの拍手がホール全体に響き渡った。

 速水はそこでやっと大きく息を吐き、握り締めた手を緩めた。
 何度同じことを繰り返しているのだろう。
 ふと自嘲の笑みが浮かぶ。
 仮にも興業主が、クライマックスのラブシーンに、腸(はらわた)が煮え繰り返るような嫉妬を感じるなんてばかげている。
 まあ、それもこれも、そのラブシーンを演じているのが、長年の片思いの末、やっと手に入れた最愛のマヤだからこそなのだが・・
 女優としてのマヤの第一のファンを自任する速水は、彼女の芝居はすべて見逃したくない。
だが、そこにこんなラブシーンがあれば、その途端席を立ってしまうか、芝居そのものをやめさせたくなるぐらいの嫉妬が湧きあがる。
 どうにも出来ないジレンマに、速水は再びため息をついた。
 少しはなれた場所で席に着いていた秘書の水城が、呆れたように肩を竦めているのには気付かずに・・・

 アンコールの声に幕が上がり、ヒロインの少女と相手役の男優が手に手を取って現れる。
 壇上から速水の姿を見止めて、マヤが満開の花のような笑顔を投げかけてきた。
 同じように限りなく優しい笑みで応え、今のところ世間には隠れた交際を続ける恋人達は、お互いだけに判る喜びを、こっそりと交わし合った。
 だが、そこで、相手役の男優が、すちゃらかな女誑しの役どころそのままに、見事な早業でマヤの頬にキスを掠めさせる。
 途端に湧き上がる会場。
 壇上で役のままに追いかけっこをはじめた主役達を見詰める速水は、引き攣った笑みで拍手を続けるしか何も出来ずにいた。



今すぐにでもこの公演自体を中止にしてしまいたい。
そんなことができるはずもないと百も承知の上で、なおも半ば本気でそう思っている自分の感情を速水は持て余していた。
『紅天女』の北島マヤが久しぶりに『紅天女』以外の作品で舞台に立つ。
聖乙女のイメージから180度転換するような妖艶な役に初挑戦する。
とにかく話題には事欠かない作品で、制作発表以来、マスコミの注目度も高く、前売券も発売と同時にほぼ完売。
宣伝も兼ねて公開された舞台稽古の様子は各局のワイドショーなどで放送され、初日から当日券売り場には長い列ができ、
連日立ち見もぎっしりの盛況を博している。
公演中日の今日は、関係者全員に満員御礼の大入袋が配られ、興行主としては本来、笑いが止まらない状況にも関わらず、
大都芸能の敏腕社長は苦虫を噛み潰したような顔で終演後の舞台裏にその長身を現した。
「これは速水社長、お越しでしたか!」
「ああ、見せてもらったよ」
すかさずプロデューサーが近寄ってきてご機嫌を伺う。
いや、伺うまでもなく、ひとめで不機嫌とわかる顔を向けられて、プロデューサーとしては不可解でならない。
舞台はその内容的にも興行的にも成功しているのだから。
そこへ楽屋着を羽織っただけの姿で件の主演男優が通りかかった。楽屋着の合わせ目から鍛えられた胸板が覗く。
そういえば、この男は元甲子園球児のスポーツマンというのを売りにしていたか、と速水は頭の片隅で思い出していた。
たとえ芝居の上のこととはいえ、マヤはこの胸に抱かれたのだ。
自分だけが耳にすることを許されたはずのマヤの微かな喘ぎ、自分だけが知るはずのマヤの柔肌のぬくもり。それをこの男も・・・。
「速水社長、いかがでしたか、俺たちの芝居は」
俺たちの芝居、だと?俺“たち”の?
まるで速水の葛藤を見透かしたような問いかけに、速水の中で何かがはじけた。
速水の後ろに控えて成り行きを見守っていた秘書の水城が、面倒なことにならなければいいが、とボスの暴走を止める算段を考え始めていた。


そんな風に水城が心配しているとはつゆ知らず、速水は冷静に一言、
「いいんじゃないか。千秋楽までがんばってくれたまえ。失礼。」
目線を合わせずに言い残してその場を立ち去った。

「社長。」
駐車場で速水と二人きりになった水城は、心配そうに言った。
「何だ。」
速水は不思議そうに水城の方へ振り返り言った
「私は、先程どのように切り抜けようか必死でした。」
「さっき??・・・ああ、あの男との会話か。でも、切り抜けるって・・・?」
速水は水城の言葉に対して、不思議そうに聞いた。
「それはですね、社長が今すぐにでも殴りかかろうとしていたからです。」
「ああ・・・!そうだな、本当は殴ってしまいたかった。嫉妬にかられてな。
でも、そんなことしても何の役にも立たないし、何よりマヤに災難が降りかかる。だから必死にこらえたのさ。」
速水は笑いながら冗談交じりにそう言ったが、でも水城は(これは本心だ。)と確信した。
「じゃ、社にでも戻ろうか。」
速水はそう言って、車のドアノブに手を掛けた。
「社長、マヤさんの所には?」
そう言えば、あの騒ぎのせいでマヤの楽屋へ行っていなかった事を思い出した水城は聞いたが、
「いいんだ。社に戻ってしなければいけないこともあるからな。」
そう言って速水は車に乗り込んだ。
(でも、変ね・・・いつもなら何があっても必ず会いに行くのに。何かあったのかしら・・・?)
水城は、そんな風に怪しい心を持ちつつ、一緒に車へ乗り込んだ。


その頃舞台を終えたマヤは楽屋で舞台の余韻に浸りながらも、愛しい彼の訪問を待っていた。
「まだかな、速水さん・・・。」
いつもなら来てもいい頃になっても彼は楽屋に現れなかった。
「どうしたんだろう。急な仕事でもはいったのかな。」
マヤの胸に不安がよぎる。その時、楽屋の扉が開いた。
「はや・・・。」
愛しい彼の名前を呼ぼうとしたが、マヤはその名前をのみこんだ。扉を開けたのは、舞台で一緒に共演している高橋だったからだ。
「どうしたんです??高橋さん。何か用でしたか??」
マヤの問いにしばらく高橋は答えなかった。マヤが不思議に思いもう一度名前を呼ぼうとした時、高橋は口をひらいた。
「いや、この後、食事でもどうかなと思って・・・」
高橋は照れながらそう言った。
マヤは、正直、高橋という男が苦手だった。
自分勝手で、ナルシスト。
それに、思い込みが激しい。
そんな高橋に、マヤは、実は会うたびに虫酸が走っていた。
それなのに、食事!?
この男と!?
冗談じゃないと思ったマヤは、すぐに、
「私、この後、用事がありますので、他の方とでも行ってください。」
と、断った。
それでも高橋は、そんなマヤに対してニヤニヤと言った。
「用って、もしかして、大都芸能の社長?」
マヤは、一瞬、ビクッと肩を揺らしたが、一息ついて言った。
「違います。友人と会うんです。」
「友人って言っておきながら、本当は会うんだろ?速水真澄と。」
高橋は、しつこくマヤにそう言った。
何もかも、おまえの考えなんて知っているんだぞって言う顔をして。
マヤは、そんな高橋が怖くなった。
(何で、この男はそう言うんだろう?しつこい位に。。。何か、知っているんだろうか・・・もしかして、私と速水さんの関係、知っているの!?)
そう思った途端、マヤは、顔色が悪くなった。
高橋は、ニヤッと笑って言った。
「やっぱり、図星なんだな。」
「違います!!」
マヤは、青ざめたまま、間髪入れずに怒鳴った。
そして、
「仲間の青木麗と会うんです。それに、あなたは何を勘違いしているのですか?
大都芸能の社長と私に何かあるとでも言うのですか?それ以上、あることないこと、いい加減な事言うのなら、私、この舞台降ります。」
と、怒りを込めて言った。
そんなマヤに、高橋はおどけて、
「おいおい、そんな風に怒るなよ。冗談で言ったのに・・・ま、近い内に必ず食事に行きましょう。俺達、恋人同士なんだしさ。」
と、言った。
マヤは、ますます怒りを感じ、高橋に対して、
「私は、あなたと恋人同士ではないです!勝手に言わないで!」と、
怒鳴り控え室のドアを閉めた。
高橋は、笑いながら、
「おおーこわっ。でも、そんなところがかわいいなあ、マヤは。じゃ、また明日。」と言って立ち去った。
マヤは、ブルブルと震えていた。


夜10時過ぎ。
 都心の道はまだまだ交通量の多い時間帯で、思うように車は進まない。
少し走ったり止まったりを繰り返す車に揺られながら、速水はそれを気にするふうでもなくずっと書類を見ている。
 それは一見、見慣れた姿ではあるが、水城は速水が明らかにいつもと様子が違うことに気付いていた。
速水の目が書類の文字を追っているようで、実は紙面に目線をうつろに泳がせているだけなのを水城は見逃してはいなかったのだ。
 そもそもマヤの楽屋へ顔を出さなかったことからして彼らしくない。ふたりの交際を知るのはごく限られた者だけだが、
興行主である大都芸能の社長が主演女優の楽屋に挨拶に行くくらい、別に不自然ではない。速水ならそのあたりの公私の別を
使い分ける程度のこと、なんの苦もなくやってのけるだろう。
(それでも行かなかったのは・・・)
 開演前はふたりは顔を合わせていない。速水の仕事が押して、劇場到着が開演時間直前だったのだ。
となれば思い当たるのは先ほどの高橋とのやりとりしかない。
 高橋への嫉妬心を必死の思いで抑えた、と速水はいみじくも自分でそう言った。
だがあやうく相手役の役者を殴りつけかねないほどの激情は、そう簡単にその火を消せるものではないだろう。
そのままマヤの顔を見たら、彼の中で燃える劫火をマヤに浴びせかけかねない。
それで速水はマヤのもとへ行かなかったのではないか。
(社長はそれでいいでしょうけど、マヤちゃんは・・・)
 水城には、楽屋で速水を待っているマヤの姿が目に浮かぶ。カーテンコールの間、舞台の上と下でふたりは確かに思いを交わしていた。
水城にすらそれがわかったのだから、当人同士にはさらに感じるものが大きかったことだろう。
となれば、マヤにしてみれば速水が楽屋に顔を出してくれることを期待するのは当然ではないか。
「社長・・・」
「何だ?」
 やや遠慮がちに切り出した水城に、速水は書類から顔を上げることなく、声だけ返して寄こした。
「本当によろしかったのでしょうか?」
「何が?」
「・・・マヤちゃんのことです・・・」
「別に約束していたわけではないし、あとで電話は入れておくから。俺が忙しいことはあの子もわかってるさ」
 速水が多忙な身の上なのは事実だ。しかし、ちょっと楽屋に顔を出す程度の時間も取れないほどの急ぎの仕事など、今夜は何もない。
今、速水が膝の上に広げている書類だって、別に明日以降の決裁で一向に構わないものだ。
 今の速水の言葉が照れ隠しだということくらい水城もわかってはいるが、それにしてもこれではマヤがあまりにかわいそうではないか。
「余計な差し出口と承知の上で申し上げますが」
 速水の態度への反感だけではなかった。劇場を出る前からなんとなく彼女が感じていた言い知れぬ不安感が彼女の口を動かしていた。
「あの高橋という役者、これまでも共演した女優とのスキャンダルが何度かマスコミを賑わせたこと、
社長だってご存じないわけではございませんでしょう!」
 速水はうっ、と声にならない声をあげ、そのまま絶句した。
 迂闊だった。高橋は名うてのプレイボーイというほどではないが、それでも演劇以外目もくれずに生きてきた、
ある意味、純粋培養のマヤを言葉巧みに誘う程度のこと、あの男にはたやすいだろう。
 「社長・・・真澄様?」
 水城が目にしたのは、額に脂汗を滲ませ、書類を握り締めたまま体を震わせている速水の姿だった。
トゥルル…
「あ、もしもしっ」
最初の呼出音が鳴り終わりもしないうちにマヤが電話に出た。その気配を感じるだけで、先ほどまでの体が震えるほどの荒立った気分が穏やかになっていく。
(やっぱり電話してみて良かったな)
隣の席に座る水城に、何もかも見透かされているという幾分居心地の悪さを感じながらも速水は声を出した。
「ああ、マヤか。今日は…」
楽屋に行けなくて悪かった、と言おうとした速水だったが、突然マヤが電話の向こうで泣き出した気配に言葉を飲みこんだ。
「どうしたんだ!何かあったのか!?」
「…違うの、何もないんだけど、でもあたし、どうしたらいいのかわかんなくって、速水さん来てくれたら相談できると思ったのに来てくれないから…」
「どうした?何がわからないんだ?…まさか、高橋が何か?」
マヤが息を呑む気配がした。
「いやだ、速水さんて何でわかっちゃうの…?」
泣き笑いのような声だった。
「あたしなんか自分のことだってわかんないのに、速水さんて見てなくても分かっちゃうのね…」
「いや、ただのカンだ。それで何があったんだ?」
「あのね、食事に行こうって言われて、断ったら『速水社長と会うんだろう』って。違うって言ってもしつこくって、何か、知ってるみたいな感じだったの。それで…」
「…そうか。分かった。高橋のことはこちらで手を打っておくから君は心配しないでいい。…だから泣き止みなさい」
泣きじゃくるマヤにおたおたしているのを水城が面白そうにちらちらと横目で見ているのが癪に障るがどうにもならない。
「うん…」
「なあ、マヤ、今どこだ?迎えに行くから、食事でもして帰らないか?」
「だけど、お仕事でしょ…。楽屋にもこれなかったぐらいだもん、忙しいのよね…」
マヤは嫌味を言っているわけではなく、素直に速水が忙しいのだろうと思ったのだが、速水はしまった墓穴だったと頭を抱えたい気分だった。
「いや、急ぎの仕事だったんだが、もう片付いたから」
(急ぎだったけど時間のかからない仕事、というのはありうるよな。これでおれが言ってることに矛盾はないよな)
なんとか話のつじつまを合わせようとする自分がおかしくもある。
「…ほんと?じゃああたしが会社に迎えに行く」
「分かった。何分で来られる?」
「えーと、30分ちょっとぐらいかな」
「ああ、じゃあ待ってるから。また後でな」
「うん。じゃあね」
電話を切ると車はちょうど社の正面玄関につくところだった。

そのまま社長室に入り、待ってる間に、と大量の未決書類を見始める。
はっと気づくと1時間近くが経過していた。
マヤはまだ来ない。
どうしたんだろう、と思いながら更に30分が経過した。
マヤはそれでも来なかった。

(何かあったんだろうか・・・?)
速水は、マヤが心配でたまらない。
さっきの電話では、30分位で大都へ行くと言っていたのに。
ふっと壁時計を見てみると、もう時計の針は12の文字を指そうとしていた。
居ても立っても居られず、速水は携帯を取り出してマヤの所へ掛けた。
(マヤ・・・!)
呼び出し音が暫く続いた。
そして音が止み、マヤがすぐ出ると思い、
「もしもし!」と声を荒げたが、
「今お掛けになった電話は電波の届かない場所に居るか、電源が切れて掛かりません。」と、無機質な女性の声が流れてきた。
「くそっ!」
速水はそう言って、携帯を応接の椅子の方へ投げた。
(マヤ、大丈夫か・・・?こんなことなら、我慢せず楽屋へ行っておけば良かった・・・!)
速水は、自分の行動に後悔し始めていた。
そして、投げた携帯をもう一度拾い、また掛け直した。
「・・・あ、聖か。すまない、ちょっと頼まれて欲しいことがある・・・。」
速水は、聖に行方が分からなくなったマヤを探して貰おうと思い、電話をした。

その2時間前のマヤの楽屋。
速水からの電話を切ったマヤは、
「・・・あーよかった。電話掛かってきてくれて。じゃ、行こうかな。」
と言って立ち上がった。
そして、ドアの方へ歩いて行き、楽屋を出た瞬間。
「よぉ、今から会うんだろ。友達と。一緒に行かないか?」
マヤは、その声に驚き振り向くと、さっき別れたはずの高橋がニヤニヤして立っていた。
「・・・帰ったんじゃ、無かったんですか!」
マヤは、ワナワナと肩を震えて怒鳴った。
高橋は、笑顔を見せて、
「そんなに怒らなくてもいいだろう?なあ。でも、怒った顔もかわいいが。」
と、言った。
(何なの、この男!あ、もしかして、さっきの会話、聞いていた・・・!?)
そう思った途端に、マヤは急に怖くなってきた。
さっき、私は電話であの人の名前を言った。
「速水さん」って。
あの男は、私と速水さんの関係を疑っている。
もしも、聞いていたら、何されるか分からない!
私に対しても、何よりも速水さんに対して、何するか・・・!
落ち着くのよ、マヤ。落ち着いて。
こんな男に、動揺知られてなるものか!
マヤは、動揺を隠すかのようにふーっと息を吐き、心を落ち着かせた。
そして、
「私、一人で行きますから。結構です。これ以上、私の側に来るのなら、警備員呼びますよ!どいてください。」
と、言い、高橋をにらみつけて足早にその場を去った。
後ろを振り返らないように。
(振り向いたら、きっと、あの男が近づいてくる。)
そう思った途端に、マヤは恐怖で心が一杯になった。
そして、マヤの足は更に速さを加速していく。
(・・・速水さん、助けて!!)
マヤは、走りながら速水を求めていた。

はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…
息を切らしてマヤはへたり込んだ。
普段毎日のトレーニングを欠かさないマヤは決して体力のない方ではない。華奢な見かけよりははるかに足腰も強い。
しかしこのときはむしろ恐怖心からマヤは平静を失っていた。それでもなんとか高橋をふりきったか、とほっとした時。
「何で逃げるのかなー」
マヤの心臓はとまりそうになった。
高橋が近づいてくるところだった。
一度ほっとしかけたところへのショックだけに、その衝撃は倍増であり、マヤはもう一度走り出す気力も出せなかった。
硬直したまま、にやにやと近づいてくる高橋を見つめる。
「ただ食事でもどうかなって誘ってるだけじゃないか。そんなに速水社長に操立てなくてもいいだろ」
高橋の声に、マヤは必死に声を絞り出した。
「変なこと言うと、人呼びますよ」
「呼べば?」
高橋は平然としていた。
「そしたら俺も遠慮なくマヤと速水氏のこと、言ってやるから。確か速水氏って、あの鷹宮の令嬢と婚約してたんじゃなかったっけ?結局破談になったんだかどうだか知らないけど、どっちにしても大して日もたたないうちに女優とつきあってるなんてことになったら外聞悪いよなあ。鷹通の神経逆撫でしたら彼も立場悪くなるんじゃないの?」
マヤは言葉を返せずに唇を噛んだ。マヤの抵抗が弱まったと見て取ったか、高橋は更に言い募った。
「だけどさ、ここでマヤが俺と付き合うだろ。そうすれば速水社長とのことがうわさになりかけても、『あたしは高橋さんと付き合ってます』とか言えばいいわけだ。…好きなら自分のことだけ考えてないで、相手の立場も考えてあげなきゃ」
陳腐なセリフだった。しかし高橋は知ってか知らずか、マヤの弱い部分を正確についたのだった。
もしこれが、「マヤのこれからにキズがつくぞ」などのようにマヤ自身に対するリスクを高橋が指摘したのだったら、マヤはそれを振り払うことが出来ただろう。しかし、紅天女を演じるほどの女優になってすらも自分に対する劣等感がぬぐいきれず、「本当にあたしなんかでいいのかしら」と思ってしまうマヤとしては、「自分のせいで速水さんに迷惑がかかってしまう」というのは何よりも避けたいことだったのだ。
「…わかりました。お供します…」
マヤは震える声で高橋に答えていた。
(しっかりするのよ、マヤ。いっつもあたしは速水さんに助けてもらってるんだから。今度はあたしが守ってあげなきゃ)
と自分に言い聞かせながら。
「よしよし、それでこそ俺のマヤだ」
高橋は上機嫌だった。
明らかに脅迫してマヤを自分に付き合せておきながら、まるでそれを意に介さず、まるで本当に恋人気取りの高橋の神経には、何か普通でないところがあった。
「何を食べに行こうか。マヤはどんなものが好きなんだ?…とにかく車に乗れよ」
マヤを伴って歩きながら駐車場につくと高橋は車の助手席を指し示した。
さすがに、嫌悪感のみならず恐怖すら感じさせる男の車に乗り込むことに一瞬躊躇したマヤではあったが、
(恐がってるなんて思われちゃ駄目!)
と自分を叱咤すると、懸命に落ち着いた様子を保とうとしながら車に乗り込んだ。高橋の口元に浮かんだ暗い笑みには気づかないままに。


マヤは助手席から車窓を流れる景色をぼんやりと見ていた。
走り出してから高橋はひとことも口をきかない。ただ前を見て運転をしているその横顔からは
この男が何を考えているのかまで、マヤには読み取れなかった。
(速水さんを守る、かぁ・・・)
そんなこと、自分にできるのだろうか、とマヤはふと弱気になる。でもそうすると決心してこの車に乗ることを選んだのだ。今さら後へは引けない。
思えば、どれほど速水は自分に尽くしてくれていたことだろうか。
紫の薔薇の人としても、大都芸能の社長としても、そして速水真澄自身としても・・・。
あまつさえ、すべてをなげうつ覚悟で鷹宮紫織との婚約を破棄して自分を選んでくれたのだ。
「一生、君を守る。紫の薔薇の人ではなく、速水真澄として、君を守って生きて行く」
ふと速水の言葉が胸をよぎった。そう言われた時の自分はその言葉の甘美な響きに酔って、ただ頷くばかりだった。
だが、本当にふたりで生きていくことを望むのなら、守られるだけではいけないのだと今ならわかる。
(私だってあの人を守りたい。あの人の仕事もあの人の立場も守りたい。守ってもらってばかりじゃあの人の隣に立てない・・・)
膝の上で握った両の拳にさらに力が入る。
車は国道246号線から環八を抜け、第三京浜へ続く大きなカーブへと左折した。
「マヤ、いいところへ連れて行ってやるよ」
車に乗ってから初めて高橋が口を開き、ニヤッと意味ありげな笑みを浮かべた。
「きっと君にも喜んでもらえるだろう」
有料道路に入ってさらにスピードを上げる車の中で、マヤはマヤはもう一度、しっかりしなさい、と自分を叱咤した。
今夜は長い夜になる。そんな予感に微かに身を震わせながら。


すでに日付も改まった社長室で、速水はひとり焦燥に駆られていた。
なぜあの時楽屋へ顔を出してやらなかったのか。
今さらそんなことを悔いてもあとの祭りだが、待つより他に術もなく、ただ時間だけがさらさらと
零れ落ちていく今、思考はどうしても後ろ向きになってしまう。
マヤがこの時間になっても姿を見せないのにはあの高橋が絡んでいることだけはまちがいないだろう。
高橋がマヤと自分との関係を知っているようなことを口にしていたとマヤも言っていた。
だが、高橋にしても大都芸能を敵に回せば自分の役者生命がどうなるかぐらいは当然わかっているだろうし、
そうなればそれほど無茶はしないに違いない。
その観測に一縷の望みを懸けて、速水はデスクの上の電話と左手に握ったままの携帯電話に全神経を集中させた。

(まるで誘拐犯からの接触を待ってる気分だな)
あまりのことに煙草を吸うことさえ忘れている自分に気付いて、速水は自嘲ぎみにふっと笑みを漏らした。
はやる気持ちを落ち着かせようと、彼は煙草に火を点けた。煙といっしょにため息も吐き出す。
大丈夫だ。聖が動いているのだ。遠からず吉報が届く。
「真澄様、マヤ様をお連れしました」
聖が控えめな笑顔でこの部屋のドアを開けるに決まっている。
そして彼女がはじかれたように俺の胸に飛び込んできて泣きじゃくるのだ。
そんな彼女を抱きとめて、俺はちょっと困ったような怒ったような顔をして
「いつまでたっても泣き虫のチビちゃんのままだな」
などと言ってわざと彼女に「大嫌いよ!」なんて言わせようと仕向けるんだ。
そうだ。そうに決まっている・・・。
口にされないまま灰になっていく煙草を速水は灰皿に押し付け、2本目に火を点けたその時、目の前の電話が静寂を切り裂いた。

「真澄様、私です」
聖からだった。
「マヤさまの居場所はつきとめました。ひとまず様子を窺っております」
聖の声が意味をなす言葉として速水の頭に届いた瞬間、彼はへなへなと全身の力が抜けていくの感じた。
受話器さえ取り落としそうになるのをあわてて握り直す。
「それで?マヤは?」
「大丈夫です。今のところ、高橋と食事をしているだけですので。いざという時には私が何とでもいたしますので」
全幅の信頼を寄せる部下の言葉だ。任せて不安はない。
しかし、マヤはやはり高橋といっしょにいるのか、と思うと速水はいてもたってもいられない。
「今すぐ、俺もそこへ行く!場所はどこだ?」
「真澄様・・・お気持ちはわかりますが、真澄様がお越しになってはことが大きくなってしまいます。
マヤ様があえて高橋の誘いを受け入れたお気持ち、おわかりにならない真澄様ではございますまい」
そんなことは聖に言われるまでもない。だが・・・。
「俺はマヤに、君を守る、と約束した。彼女の気持ちを知った日に・・・俺は言ったんだ。
これから紫の薔薇の人としてではなく、速水真澄として君を守っていく、と。それなのにこのザマだ。
確かに俺たちのことをおおっぴらにするのは難しいことかもしれん。だが、隠していたがゆえに彼女はこんな目にあわされてしまった」
一瞬の間の後、速水の声に決意の色がこもった。
「もう世間に知られても構わない。それでどんなバッシングが起ころうと、そんなものから俺は逃げない。俺が彼女の盾になる。
だから、今この瞬間、不安と心細さに必死で耐えているに違いない
彼女を俺は俺の手で助けたいんだ・・・」
聖が静かに告げる。
「真澄様・・・横浜のホテル・プラトン・ベイサイドでお待ちしております・・・」
横浜・・・。わざわざマヤの故郷まで連れ出すとは・・・。
速水は高橋のやりようにまた新たな怒りも湧いてきたが、ひとまずその感情はねじ伏せた。今は一刻を争う。
「すぐに行く。何か状況の変化があれば臨機応変に対処してくれ。責任は俺が持つ」
かしこまりました、との聖の声を最後まで聞かないうちに、速水は受話器を戻し、上着と車のキーを手にしていた。
(待ってろ、マヤ・・・すぐに行くからな!)
歩き出した速水にもう迷いはなかった。
速水が聖からの連絡を待って焦燥感に駆られていたとき、マヤは高橋を相手にマヤなりの戦いを展開していた。
正体の知れない不気味さを感じさせられただけに、とりあえず車が名の知れたホテル…人目もある…に着いたことにほっと胸をなでおろす。
「どうする、何か食べるか?それとも飲む方がいいのかな?」
高橋が尋ねた。
「そうですね、せっかくですから飲みませんか?」
そしてちょっとはにかんだ様子で高橋を見上げて付け加える。
「男の人が男性的なお酒を飲んでるのって、素敵ですよね」
幾分打ち解けてきた様子のマヤに、高橋が脈ありと見たのか、図るように問い返した。
「男性的なお酒って、一体どういうののことなんだい」
「うーんとたとえばウィスキーとかみたいな。ああいうのって女の人ってあんまり飲まないでしょ。ウィスキーをストレートで飲んでるのとかを見ると、ああ男の人だなーって思うんですよね」
「…速水社長と、そういうふうに飲みにいくわけ?」
「え、そんなんじゃないですってば。…それに所属プロダクションの社長さんですから、みんなで飲みに行ったこととかありますけど、速水さんてそんなにお酒強いわけじゃないんですよ。なんかねー、男の人がお酒弱いのってかっこ悪いかも…って、高橋さんお酒苦手だったらごめんなさい」
こう言われては高橋としても飲める男をアピールしなくては、という気になる。それに確かに高校時代野球で慣らした高橋は体格もよく、酒も強い方だった。
「いや、おれはアルコール好きだな。…ウィスキーも結構のむけど、当然ストレートだろ。あれをロックだの水だので割る奴の気がしれないよ。酒の味がわかってないんだろうな」
このような会話を交わしてバーに着いた以上、高橋がウィスキーを頼むのは当然の成り行きだった。
そう、マヤはマヤなりにめいいっぱい考え…そしてとりあえず高橋を盛りつぶしてしまえ、という結論に達していたのだ。ちなみにここでウィスキーといったのは単に強いお酒、というイメージがあっただけで男性的だのなんだのというのはまったく関係がない。
(なんとか酔っ払わせて…うまく記憶なくすぐらいまで飲んでくれればいいんだけどなあ。そううまく行くかなあ。それか、酔っ払って何か恥ずかしいこととかしてくれればそれで口止めになるかも)
「えーと、あたしはお腹すいてきちゃった。何か食べるもの頼んでいいですか」
マヤは自分まで酔っ払うわけにはいかないと食事をとることにした。高橋が飲みやすいように自分もソフトドリンクではなくアルコールを頼んだが、軽いカクテルで酔いが回らないように気をつけている。
この頃、聖がマヤの居場所をつきとめていたのだったが、マヤはそれを知らなかった。
「いやあ、良かったよマヤ誘ってみて。おれ、マヤみたいな一生懸命な子って好きなんだ」
もともと思いこみが激しいナルシストで、確かにそれなりにルックスも良く人気もある高橋は臆面もなくマヤを口説きはじめた。
「な、マヤはおれみたいなのってタイプ?」
その天然のずうずうしさに加えて酒の勢いも手伝っているから目もあてられない。
マヤって可愛いよなあ、一緒にいて楽しいよ、すごく魅力的だよ、今晩は帰したくないな、君ほど素敵な女性に会ったことがない…
歯の浮くようなセリフを次々と口にする。個性のかけらもなかったが。
(速水さんもここまで極端じゃなくてもいいけど、もちょっと誉めてくれればいいのにな)
等とぼんやりと考えかけたマヤは慌てて気を引き締めた。
「高橋さんて、スポーツしてたんですよねえ。やっぱりスポーツマンはいいのみっぷりですよね」
マヤにしては精一杯おだてながら何とか酒量を増やそうと試みた。
とはいえ、舞台を降りたら大根といわれるマヤのこと、しかもこういう駆け引きに慣れているわけでもない。普通であれば気づきそうなものであるが、自分に自信がありすぎる高橋は、マヤも自分といられるのを喜んでいるとでも思いこんでいるのか、まったく気づかない。マヤにおだてられるまま勧められるままにどんどんアルコールを流し込んだ。
(うーん、こんなに飲むのね、この人。大丈夫かしら。急性アルコール中毒とかになってくれればそりゃあこの場は逃れられるかもしれないけど、でも舞台に穴あけるわけにもいかないし)
とりあえず盛りつぶしてしまえ、などといういい加減な考えだった(とはいえ状況を考えればやむをえなかったのだが)ために、マヤは困っていた。難しいのは、単に逃げただけでは高橋の口をふさぐことはできないという点である。
(あっ、そうだ!)
そのとき、マヤに1つの考えがひらめいた。
(うんと酔っ払わせてから車運転させて、飲酒運転で捕まえさせちゃえ!それを速水さんにもみ消してもらったりすれば、高橋さんも頭上がらなくなるんじゃないかな!)
あたしって、いざとなれば頭働くのね、とマヤは自分をほめてやりたい気分になった。
「さあさ、高橋さん、どんどん飲んでください」
マヤは勢い良く勧めた。
「そうだなー、マヤが飲ませてくれるんならなー」
さすがにトロンとした目になってきていた高橋は、そう言うとテーブルの上のマヤの手を握り締めた。

「なぁー、明日は舞台が中休みだよな。今日はここに泊まっていかないか??」
マヤは驚き、
「何言ってるんですか。」
と、笑顔で返して手を離そうとした。しかし、高橋はそれを許さずさらに力を込めてマヤの手を握りしめた。
「俺は本気だぜ。ほらっ。」
そう言って高橋はポケットの中身をマヤの前に置いた。マヤの前に置かれたのはこのホテルにルームキーだった。マヤは一瞬にして体が固まってしまった。
「この通り俺はかなり酔っている。こんな状態では車も運転できないよ。」
と笑いながら言った。マヤは自分のしてしまったことに後悔した。
(あんなに飲ませるんじゃなかった・・・。)
マヤの焦っている姿を見て高橋は愉快な気持ちになった。そうなのだ。この男はマヤの魂胆にうすうす気づいていたのだ。それをなにくわぬ顔でマヤの芝居に付き合ったのだ。
「さて、そろそろ行くか。」
そう言ってマヤの腕をつかもうとした瞬間、別の手がマヤの腕をつかんだ。二人とも驚き、顔をあげた先には速水が立っていた。
「君達、こんなところで何をしているんだ??」
あまりに突然の登場だったので、しばらくの間マヤと高橋は固まったままだった。

カウンターに聖の背中を見つけて速水は静かに歩み寄った。ひとつ分席を空けて座り、バーテンダーには「悪いね、車なのでね」とジンジャーエールをオーダーする。
聖が無言で目配せを寄越したので、彼の視線の方向をさりげなく窺うと奥のボックスシートにマヤと高橋がいるのが見えた。
くそっ、と小さく吐き出し、そのまま席を立とうとした速水に聖が黙って首を横に振る。まだ早い、ということなのだろう。
ここは聖の指摘の正しさに速水も再び腰を下ろし、所在無げにストローを口にした。炭酸が喉に痛い。
かなり酔っているのか、高橋の下卑た笑い声が速水の耳にも入ってくる。聞いているのも忌々しいが、今はぐっと耐えるしかない。
この店にいる間はとりあえず、これ以上、事態が悪化する心配はない。だが、ヤツが席を立ったその時には・・・。
(出入り口はひとつだ。見逃しはしない。マヤを連れて行こうというのなら、力づくでも止めてみせる)
大都芸能社長、深夜のバーで乱闘騒ぎ、一瞬、そんな見出しが脳裏を掠めて、速水は苦笑した。さすがにそこまでせずにことを収めたいものだ、と。
彼は煙草を咥え、愛用のライターでしゅっと火を点けると、深く吸い込んだ。目を転じれば、大きく切り取られた窓から港の夜景が見える。
マヤが生まれ育った街、横浜。彼女の大切な故郷だ。その街に嫌な思い出など残させてなるものか。
速水は紫煙の漂う先を追うような振りで、もう一度、ボックスシートの様子を窺った。

「俺は本気だぜ。ほらっ。」
高橋の声に聖が振り返った瞬間、彼の隣で煙草を燻らせていたはずの男は、その長い足に物言わせたストライドで声の源へと駆け寄っていた。
「君達、こんなところで何をしているんだ??」
静かな低い声だったが、その声には何者をも圧する冷気と怒気がこめられていた。
「北島くん、君はもういいから、帰りなさい」
速水は目顔で聖がいることをマヤに知らせる。
「あはははははっ!コイツは最高だぜ。何が『北島くん』だ。プロの役者の前でそんなちゃちな芝居をしてもらわなくても結構ですよ、速水社長」
酒気によどんだ目を向けて絡んでくる高橋には構わず、速水はまだ呆然としたままのマヤを立ち上がらせた。
「高橋さん、うちの北島がお世話になったようで。ここは大都芸能で持たせていただきましょう。
いくら明日が休演日でも、あなたも少し酒を過ごされているようだし、このへんでお開きにしてはいかがですか。
では、われわれはこれで失礼させて頂きますよ」
マヤの背を押して立ち去ろうとする速水に高橋も黙ってはいなかった。
「いいんですか、社長。俺は女優とのゴシップなど勲章にこそなれ、傷にはならないが、あなたはそうではないでしょう」
「ゴシップ?」
歩きかけていた速水がゆっくり振り返る。
「あなたと北島マヤの関係をリークされたとしたら・・・あなたはお困りになるはずだ」
高橋も強気だ。相手の弱みを握っているのだ、たとえ相手が天下の大都芸能の社長でも下手に出る必要などない。
「高橋さんにまでご心配頂くとは、お心遣い、痛み入ります。だが、私と北島の関係と言われるのなら、別にゴシップでもなんでもない」
「なんだと?」
平然と言い放った速水に高橋が気色ばんだ。
「まあ、いろいろ事情もあって公表は差し控えてましたが、近いうちに交際宣言の会見でも開きますよ。
きっとあなたのところにも取材が行くかと思いますが、その節はどうぞよろしくお願いします」
速水の言葉に驚いたのはマヤのほうだ。
「速水さん、そんなこと・・・!」
速水を守りたい、と取った自分の行動が、結局は速水を追い込むことになってしまったのではないか。マヤはそう自分を責めていた。
「マヤ、君に嫌な思いをさせてすまなかったね。もう、大丈夫だから」
鬼社長だの冷血漢だのと評されている男が見せた慈顔に高橋は絶句した。自分の負けを悟った瞬間だった。
「さて、高橋さん。そのルームキーですが、あなたがお使いになりますか?あなたもかなり酔っているし、運転は無理でしょう。
お泊りならここの勘定といっしょにこちらで持ちますよ」

速水はテーブルからカードキーを取り上げて高橋の目の前でヒラヒラと振ってみせた。
「いや、結構だ。俺は横浜に自宅がある」
余裕の笑みを向ける速水に、高橋は目線を合わせないまま、吐き捨てるように言った。
「そうですか。ではキャンセルするのももったいない。私たちで使わせて頂くとしよう。明日が休演日でよかったな、マヤ」
耳まで赤く染めているマヤの肩を抱いて、速水は踵を返した。
高橋はもはや、何かを言う気力もないようで、バーを出て行く速水とマヤを無言で睨みつけていた。

「速水さん、ごめんなさい・・・」
ふたりきりになったエレベーターの中で、俯いたままマヤが細い声を搾り出した。
「いや、俺が悪かったんだ。だが、心配したんだぞ、このおてんば娘!」
速水のゲンコツが軽くマヤの髪に置かれる。速水の優しい叱咤にマヤはやっと笑顔を見せた。
「でも、大丈夫なの?あんなこと言っちゃって・・・高橋さん、何をするかわからないよ?」
「ハハハ。大丈夫だよ。君を誘って振られた、なんてことをヤツは自分から言いたくはないだろうし、それに・・・」
「それに?」
「あの店に聖を残してきてある」
マヤもそれですべてを理解した。聖が高橋を懐柔するなり恫喝するなり、収拾をつけてくれるということだ。何も心配はいらない。
「・・・それに、高橋にはとりあえず今夜は感謝しよう・・・」
「え?」
速水はカードキーをマヤの目の前にかざした。
「君と、君の故郷で、ふたりきりの夜を過ごす・・・ヤツは最高のプレゼントを俺達にくれた、ってわけだ」
あ〜あ、君は明日、休みなんだよな、俺も休んじゃおうかな、水城君が怒るかなぁ。
スイートルームへと続く廊下を歩きながら、速水がぶつぶつと独り言を言う横顔を、マヤは眩しいようなくすぐったいような気持ちで見上げていた。
「よし、俺も明日は休みだ!」
突然、そう叫ぶと速水は待ちきれないというようにマヤをいきなり抱き上げた。
「お姫さま、そういうわけですので、今夜は寝かせられません。お覚悟召され!」
ドアノブの下の挿入口にカードキーが音もなく飲み込まれ、扉が静かに開かれ、そして・・・閉じられた。

―――― 港の夜景を見下ろす部屋で、ふたりはゆっくり愛の海に漕ぎ出して行った。

それがどうしてこういうことになるんだ。
速水は唖然としていた。
「あなたなんか大っ嫌い!」
マヤがいつもの…聞きなれても良さそうなのに言われるたびに胸が痛む…せりふを叫ぶと、腕の中から抜け出して背中を向けてしまったのだ。
「…大っ嫌いなんて言われるようなことをしたか?」
速水はマヤに声をかけてみるがマヤは返事もしない。
こちらに向いている白い背中に手を伸ばしてみるが、「触らないで!」といわれてしまえば為すすべもない。
(なんでこんなことになったんだ?)
ほんのわずか前までは彼の腕の中で安心しきった様子だったのに。
速水は何が原因だったのかと振りかえってみた。

マヤが確かにいるのを確かめて、ほっとしたのと同時に社長室で行方の知れないマヤを待っていた間の不安がこみ上げてきた。もう二度とあんな思いはしたくないと思う。
そこで一体マヤが何をするつもりだったのかと尋ねて速水は愕然とした。
マヤはなんとか高橋を口止めしようといろいろ考えたという。
しかし、速水の中には、マヤにはそういうことを考えさせたくない、という思いがあった。そういうわずらわしい部分は自分がするからマヤには演劇のことだけ(それにちょっとぐらいは自分のこともだが)考えていて欲しいと思っているのに。しかも、マヤの行動といい計画といい、穴だらけではないか。
車なんて走る密室なのに高橋なんかの車に乗るとは。酔っ払わせてうまくコントロールできる可能性なんてほとんどない。下手をすれば醜聞もの。飲酒運転させるといってもそんな酔っ払いの車に同乗するつもりだったのか。
ついつい、そんなことを注意してしまった。
(注意したのがいけなかったのか?)
しかし、注意していた間はマヤはおとなしく聞いていたのだ。
だが、その後は速水が「そういうことはおれがするから、君は何か困ったことがあればおれにいうだけでいいんだ」と言った途端、雲行きが怪しくなったのである。
けれども、このセリフのどこにマヤが怒ったというのだ。思いやりのあるセリフではないか。
(参ったな)
だが、何で怒っているのかも分からないのに謝るのもなんとなく悔しい。
ところがその時、マヤの肩が震えているのが目にとまった。

マヤを泣かせてしまった、と思ったとたん、悔しいなどというのはどうでも良くなった。
「なあ、マヤ…。何で大っ嫌いなのか説明してくれないと分からないな」
とにかく下手に出て尋ねてみる。
「…だって…。だって、そんなのやだもん」
マヤが泣きじゃくりながら、口を開いた。
意地になったように反対側を向いたまま、言葉が転がり落ちてくる。おそらく涙と共に。
「いっつも守ってもらってばっかりなんてやだもん。あたしだって速水さんの役に立ちたい。一緒に歩いていきたいのに、おんぶに抱っこじゃない。そんなんじゃあたし、速水さんの重荷になっちゃう…」
速水は息を呑んだ。胸の中に愛おしさが更にこみ上げてくる。
「マヤ…」
言葉を途切らせてついに大泣きし始めたマヤを速水は後ろから抱きしめた。
「離して。」
「嫌だ。」
マヤは少し抵抗した。しかし、真澄に力で勝てるわけがないので、マヤはあきらめ代わりに振りかえり、彼の腰に腕をまわした。そんなマヤを愛しいと思い真澄自身もマヤをより力を込めて抱き返した。
「私はあなたを守りたいの。あなたに私もあなたと同じぐらい愛してることを知ってもらいたの。」
マヤは涙声で言った。真澄はマヤの髪に顔をうずめ彼女の話に耳を傾けていた。「私じゃあなたを守れない??」
マヤは顔をあげて真澄を見つめた。そんなマヤの瞳に真澄は自分に対する深い愛情を改めて知ることになった。
「違うんだよ、マヤ。俺はもう君に十分守られているんだよ。君が俺のそばにいてくれるだけで俺は生きていると実感できるんだ。君の存在は俺をどんなつらい道にだって突き進めてくれる。それだけで俺は幸せなんだ。君に守られているって思うんだよ、マヤ。」
マヤは自分の行動に反省した。真澄の言うことは最もであり、自分ひとりでなんとかできる相手ではないと感じていたのもあって、マヤは素直に真澄に謝った。「これからは何かあったら必ず俺に言うこと。いいな、おちびちゃん。」
「あーまた子供扱いする。でも今日は素直に謝ります。ごめんなさい。」
「よろしい!!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「さぁ、そろそろ・・・。」
と、言って真澄はマヤを抱き上げ、そっと唇を重ねた。そしてベットルームに消えって行った・・・。

その頃、高橋は酔いを覚ますつもりで海辺にいた。
「くそ・・・、あいつこのままで済むと思うなよ。」
そして高橋は東京に帰るために車に向かった。彼は恐ろしい計画を実行するために東京に帰ったので・・・。

高橋は、憎き真澄とその恋人のマヤに対しての復讐を誓っていた。
そして、最終手段としての、恐ろしい計画を実行するための準備をしなければと考えていたが、その前にどうしてもしなければ気が収まらなかった。
(・・・あいつは、確か速水のウィークポイントは、北島マヤだと言っていたぞ。それに、付き合っていることも隠しているから、そこをつけば・・・って言っていたのに!逆に、公表すると言いだしたじゃないか!一言言ってやらなければ、俺の気がすまねえ!!)
そう考えながら、車の中から携帯電話で掛けた。
暫く呼び出し音が続く。
(・・・おいおい、まさか、もうお眠ねか!?)
呼び出し音に対して、チィッと、悪態を付く。
すると、カチャッと言う音と共に、「もしもし」と言う女の声がした。
「・・・よお、もうお休みなのか?深窓のお嬢様は。こんな恐ろしい事しているのに、呑気に寝ていられるんだ。怖いね〜。外では、深窓のお嬢様の面被って、影では男雇って、人を陥れようとしているんだもんな。あ〜怖えー、怖えー。」
高橋は、電話の女に対して、さっきの怒りを静めるかの如く悪態を付きまくった。
「・・・・・・・」
電話の女は、そんな高橋に対して黙ったままだ。
そんな態度に、せっかく静まり始めた怒りが、また爆発し始めた。
「・・・おまえが言った、速水真澄の弱点、違っていたぞ!逆にこっちがやられてしまったぞ!」
「・・・だから貴方は馬鹿なのよ。それだから速水に潰されるのだわ。」
電話の女は、怒り狂っている高橋に対して冷たく言った。
「何!?じゃあ、おまえがやればいいだろう!おまえなら、出来るんじゃないのか?えっ!?今更、お嬢様ぶってるんじゃねーよっ!そんなに言うのならなあ、おまえがやればいい!!え!紫織お嬢様よおー!!」

電話の女、鷹宮紫織の冷たい態度に対して、高橋は怒り狂ってしまい、そう怒鳴り散らしていた。
紫織は、この男がこんなに短気だったんだなんて・・・使ったの失敗だったかしら?と、一瞬思ったものの、でもこのままだと降りるなんて言い出しかねないわと不安に感じた為、おだてて機嫌を直して貰う作戦にでた。
「そんな風に言わないで下さらないかしら?それに、私は高橋様の様に演技は上手ではございませんし・・・私では、出来ませんわ。だから、貴方にお願いしたんですのよ。それに、私は貴方のこと頼りにしているのですから・・・機嫌直してくださらない?」
紫織がしおらしく言うと、さっきまで怒り狂っていた高橋は上機嫌になり、
「・・・分かっているよ、そんなこたあー。なあ、それよりも、今から出て来れねーか?」
と、紫織を誘った。
「・・・それは無理ですわ。もうこんな遅い時間に出ていってしまったら、家の者が心配してしまいます。明日でよろしくて?明日、私、お爺様の使いで早く家を出なければいけませんの。少し家を早めに出て、貴方のマンションに寄るようにしますから・・・」
と、紫織は懇願した。
そんな紫織に、高橋はますます上機嫌になり、
「分かったよ。必ず来いよ。じっくりと打ち合わせもしたいしな。いろんな意味で。」
と、言いながら、クックックッと笑い出した。
そんな高橋を、紫織は黙ったままだった。
「じゃあな。とりあえず、明日必ず来いよ。忘れずにな。来なかったら分かっているよな?」
高橋は、最後に黙っている紫織に対して、念を押した。
「・・・ええ。では、明日。」
そう言って、紫織は電話を切った。
「・・・さーて、明日が楽しみだなあ・・・」
高橋は上機嫌で呟くと、また車を飛ばし始めた。
(全ては明日だ、明日・・・首を洗って待っていろよ!速水真澄!!!北島マヤと一緒に陥れてやる!!!)
車を運転しつつ、高橋は真澄を叩きのめす決心を新たにした。

その朝、普段通り何気なくテレビをつけた水城はトップニュースを聞いて顔色を変えた。
「今日は『堕ちた天女』の話題からお伝えします」と始まったそのニュースは、マヤの過去を悪意と中傷でねじまげこねあげたようなとんでもないものだった。
アカデミー助演女優賞を受賞したのは審査員を色仕掛けでたぶらかし、二人の王女では兼平と深い中になって役を勝ち取り、忘れられた荒野では大沢事務所の社長との痴情のもつれから公演が打てなくなったなど、マヤのさまざまな転機を体の関係にこじつけ、さらにはマヤの貧しい生い立ちや、芸能界を一度追放された原因となった暴走族との一件なども興味本位に扱っていた。
しかも、それぞれうまく事実関係を織り込んでいたり、また普通の人が知らないことを扱っていたりとかなり力のある人間が噛んでいると思われること、そもそも所詮芸能ネタがトップニュースになっているなど、その背後には何らかの意図が感じられた。

大急ぎで出勤した水城が秘書室に着くと、広報部長が待っていた。
「ああ、水城さん良かった!社長と連絡がつかないんですよ。どこにいらっしゃるんでしょう?」
ニュースの後コメントを求める問い合わせがあいついでいるのに、速水に連絡がつかず,家の人間も所在を知らないのだという。しかも、単に興味本位のところだけでなく、取引先やスポンサー等からの問い合わせもあいついでいるというのだ。しかもその中には、大都にとって取引を失うわけにはいかない大口の顧客も含まれていた。
「下手をすれば大都の浮沈にかかわる事態だというのに、携帯の電源も入っていないんですよ…」
広報部長の話をききながらメールを立ち上げた水城は、一通のメールに目をとめた。
速水の携帯のアドレスだった。受信時刻は朝5時過ぎ…ニュースが報道されるより前である。
慌てて開いた水城の目に飛び込んできたのは
「今日は急病につき休む。病院へ行くため携帯も不可。明日は回復予定」
という文面であった。
その指し示しているところは水城には明らかだった。
水城は広報部長に
「社長の連絡先は分かりましたわ」
と告げると、すばやくマヤの携帯に電話をかけた。

「もしもし?」
マヤが出た。
「あ、水城です」
広報部長がいるため、うっかり「マヤちゃん」などと呼ぶわけにはいかない。
「社長と一緒?急用なの、代わってもらえない?」
水城の切羽詰った様子がわかっているのかわかっていないのか、マヤは「はい」と普通に返事をすると速水に代わった。
その様子からすると、二人はまだニュースを知らないのだろう。
「水城君か?今日おれは急病だってメール入れただろう」
速水の声をさえぎるように水城が話し出した。
「それどころじゃありませんわ!ニュースごらんになっていないんですの?急病だろうが死亡だろうが、出社していただきます!マヤちゃんと大都の存亡にかかわることですのよ!」
速水が息を飲む気配がした。

速水は携帯を一度耳からはずして左手首を見た。午前8時50分。テレビ各局はまさに朝のワイドショーを生放送している時間帯だ。
今テレビをつければ何が起こっているのかを確認することはできるが、水城から簡単に説明された経緯からすれば、絶対にそれを
マヤの目に触れさせたくはない。事実無根の中傷報道とわかってはいっても、どれほどマヤを傷つけることか。
「わかった、なるべく早く行く。それまで対処を頼む」
そう答えるよりなかった。
「お待ち申し上げております」
いくらか安堵したような水城の声をしおに速水は電話を切ったが、左手に携帯を握りしめたまま、
窓の外に広がる港を見下ろし、その場に立ち尽くしていた。
(許せない。絶対に許してはおかない。マヤは俺が守る。守りきってみせる。相手が誰であろうと容赦はしない・・・)
速水は怒りよりむしろ闘争心が湧き上がるのを感じていた。今は熱くなり過ぎるな、ともうひとりの自分が呼びかけている。
(じゃあ、どうすればいい?)
すでにマヤの部屋も大都芸能の本社ビルも取材の洗礼を受けることなしに出入りするのは不可能だろう。
今日は幸いマヤの舞台は休演日だ。しかし明日劇場入りする時、楽屋口で報道陣が待ち構えているに決まっている。
今日をなんとか乗り切っても明日はマヤを劇場へ行かせない訳にいかないのだ。
(今日のうちに何とかしなければ・・・)
ひとり思索の海に沈んでいた速水が、ふと自分に背中に向けられている視線に気付いた。
電話の途中から表情が険しくなる一方の速水に、マヤが不安げな眼差しを投げかけていたのだ。
「速水さん・・・お仕事、休めなかったんでしょ?私なら大丈夫よ。久しぶりの横浜だから、昔の思い出なんてひとりでたどってみるのもいいし」
振り向いた速水の目は、なんとか笑顔を作ろうとしているマヤをとらえた。
どうして世間は、この無垢の魂を汚そうとするのだろう。この少女が自分の肉体を武器に芸能界を渡るような真似などできようはずもないと、
考えるまでもなくわかりそうなものではないか。彼女は彼女の才能と努力で今日の地位を得たのだ。それこそが紛れもない事実だというのに。
「マヤ・・・ちょっとやっかいな問題が起こったらしくて、これから出社する」
「そう」
やっぱり、という顔でマヤが俯いた。
「お仕事じゃ仕方ないもの。私、ちゃんとひとりで帰れますから。桜木町から電車に乗れば、渋谷までなんてすぐですよ」
マヤが口にした電車という言葉に速水は、あっ、と小さく声を漏らした。
電車に乗れば、スポーツ新聞の見出しが嫌でも目に入ってくるだろう。何も心の準備もないままセンセーショナルな大見出しをマヤが見たら・・・。
やはり聖を呼んで彼女を送らせる方がいいだろうか。しかし聖には一刻も早く今回の事情を調査させなければならない。
かと言って水城を今、対策の第一線から離すわけにもいかない。
(どうすれば・・・どうすればマヤを守れる?)
再び考え込んだ速水だが、自分の心に去来した「守る」という言葉に、昨夜のマヤの涙がよみがえってきた。
「いっつも守ってもらってばっかりなんてやだもん」
「私はあなたを守りたいの。あなたに私もあなたと同じぐらい愛してることを知ってもらいたの」
泣いてそう訴えたマヤの真剣な瞳が速水の逡巡を出口へと導いた。

「マヤ。君も一緒に来てくれるかな」
「え?」
速水の意外な申し出にマヤはそれ以上の言葉が出なかった。
「・・・誰の陰謀か知らないが、君を中傷する報道が行われているらしい。相手にするのもばかばかしいような内容だが、
放置しておくこともできない。それで俺はこれから出社してその対応に当たる。
・・・君も、君も俺と一緒に闘ってくれるか?」
ふたりの間にしばしの沈黙が横たわった。
だが、速水が自分の出した結論に不安を覚え始めた頃、ソファに座っていたマヤが静かに立ち上がった。
窓辺に立つ速水に微かに微笑みながら近づいていく。細い両腕を差し出して速水に向かって歩を進める。
その手首を待ちきれないとばかりに速水の手が掴み、思い切り引き寄せた。
倒れこむようにマヤは速水の胸に身を踊らせた。
「速水さん、私、昨日言ったでしょう?あなたを守りたい、って・・・」
「ああ。覚えているよ」
「一緒に、行きます」
静かというより、むしろ厳かというべき声だった。有無を言わさぬ強さがあった。
「嫌な思いをさせると思う。君にとっては不愉快な話ばかりだろう。だが、君は堂々と胸を張っていればいい。絶対に俺がそばにいるから。
君のそばで君を支える。君を守る」
速水は自分の腕の中のマヤを少し上に向かせて優しく唇をふさぐ。
「俺も昨日、言っただろう?君の存在は俺をどんなつらい道にだって突き進めてくれる、って。
誰に何を言われようと君がいれば大丈夫だから」
「速水さんっ!!」
速水の背中に回されたマヤの手に力がこめられる。
速水もそれに応えてさらに強くマヤを抱きしめ、今度は長く深く思いのたけをこめた口づけを送った。
どちらからともなくふたりは静かに顔を離し、お互いの目を見つめ合った。自然と笑みが浮かんでくる。
「マヤ。もう逃げも隠れもしないぞ。ふたりで本社ビルの正面玄関から堂々と入るからな」
「はい」
「報道陣が待ち受けているだろうが、何も答えなくていい。ただ、顔を上げて優雅に微笑んでいてほしいんだ」
「・・・はい」
「さて、では行くとしよう。大女優さま、お支度をお願いします」
マヤの緊張を解きほぐすように速水はおどけて彼女の頬にキスをした。

マヤが身支度をする間、速水は水城や聖に連絡を取り、対処の方針を伝えた。
彼らは驚きはしたようだが、速水の決断を喜んでくれているようだった。
(午後のワイドショーの見出しは、絶対に差し替えさせてやるぞ!)
速水は煙草に火を点けた。自分を鼓舞するように深く吸い込み一気に息を吐いた。
速水の渾身の反撃が今、始まる。
正面突破。それが彼の選んだ作戦だった。

「・・・怖いか?」
横浜から都内に向かって車を走らせながら、速水が呟いた。
マヤは真っ直ぐに続く道を見つめながら、首を横に振った。
「怖くはない。あなたと一緒だもの」
しっかりとした声で告げる。
彼女の覚悟がわかる。
「守られてばかりのお姫様は嫌。私はあなたとともに、剣(つるぎ)を持ち、闘いたい。だから・・・」
マヤはハンドルを握る彼の手にそっと触れた。
右手の甲から彼女の温もりが伝う。
「あなたとなら、どこでも行ける」
車は長いトンネルの中に入る。
オレンジ色のライトに照らされた彼女が儚く微笑み、そして唇が重なった。

その日の午後のワイドショ−は大都芸能に現れた二人の姿を映し出していた。

大都芸能本社で急遽セッティングされた記者会見において、集まったレポーター達はマヤへ集中砲火を浴びせかけた。
「助演女優賞をとったときというと16歳やそこらでしょう。色仕掛けで迫ることに抵抗はなかったんですか」
「北島さん、審査員の誰と寝たんですか!」
「何を狙って速水社長とはつきあっているんですか」
それらは質問というよりは野次に近かった。
マヤは硬い表情ながらも毅然と顔を上げていたが、マヤあるいは速水が淡々と述べる答えは次々に沸き起こる質問にかき消された。

「彼女には私の方がずっと片思いをしていて、私から頼みこんでつきあってもらっているようなものです」
『どうやって速水社長を篭絡したんですか』という記者の発言にむっとした速水が思わずたたきつけるように答えていた。
普段記者会見の場で感情を露にしたことのない速水が見せた怒りに、一瞬驚いたような沈黙が広がる。
しかし次の瞬間、質問をした記者は冷笑を浮かべた。
「失礼ながら冷血漢といわれる速水社長をここまで操れるほどとあれば、審査委員や舞台の製作主任など手玉に取るのは簡単だったことでしょうね」
(これは異常だ)
通常速水真澄の発言に明白に敵意のある言動などする記者はいない。マヤに対する質問にしても、真偽を問う、あるいは話を面白くする、というレベルではなく、明らかに悪意が感じられる。ほんの数ヶ月前の紅天女はその演技を素晴らしさを絶賛し、公演中の舞台についてもほんの数日前まできわめて好意的であったのに。
そして、速水はレポーター達がどういうときにそういう行動に出るかを知り尽くしていた。彼自身もマスコミ操作は身に覚えのないことではなかったからだ。だが、問題は、どうやら今回は速水の力では太刀打ちできないほどの力がマスコミを操っているらしいということだった。

これではラチがあかないと短めに切り上げた記者会見の後も、今度は休む間もなく取引先への対応が待っていた。
直接はっきり言う相手もいれば婉曲に言う相手もいた。しかし、彼らの要求は同じだった。
『北島マヤを切れ。さもないと取引を切るぞ』
と。
別段マヤを起用しているわけでもない取引先までもがそういう要求をしてくるのである。理由を聞いたところで本当の理由を答えるはずがないが、相当な圧力がかかっているのは確かだった。
いわれのない中傷報道などに屈服してマヤを犠牲にする気は速水には毛頭ない。しかし、大口の取引先を失い大都芸能における速水の立場が危うくなっては、巨大なビジネスである紅天女におけるマヤの権利を守ることに支障が出てくる。
さすがに速水も考えあぐねていた。

「真澄様。藤美社長からお電話ですわ」
水城が険しい表情で灰皿に吸殻を積み重ねている速水に声をかけた。
藤美食品は大都芸能の重要な取引先の一つであり、藤美社長は自らも演劇関係の賞を主催しているほどの演劇好きで、『忘れられた荒野』を見て以来のマヤの大ファンだった。

速水です」
真澄がそう口にすると、藤美のため息が聞えた。
「速水さん、大変な事になっていますね」
同情するように彼が告げる。
「実は私もある人物から圧力をかけられています」
藤美の言葉に速水はハッとした。
「北島マヤとあなたが離れなければ、私は大口の取引先を失う事になる」
「一体、誰なんですか!あなたに圧力をかけている人物は!!」
速水は自分の言葉にある人物を思い描いた。
大都芸能の速水真澄をここまで、追い込み、藤美程の大物に圧力をかけられる
人物はそう多くはない。
「・・・あなたが想像している人物です」
それだけ告げると、藤美は電話を切った。

「・・・速水さん・・・」
凍りついたように電話を置く、速水にマヤが話し掛ける。
速水はじっとマヤの姿を見た。
さっきの会見で彼女は必死に耐えていた。
泣きたいのを堪え、気丈に振舞っていた。
そんな彼女が堪らなく愛しい・・・。
「・・・マヤ・・・」
彼女を強く抱きすくめ、熱い抱擁を交わす。

手放すものか・・・。
何があっても彼女を手放すものか・・・。

速水は腕の中の彼女の存在を確かめるように抱きしめていた。

しばらく熱い抱擁をした真澄はマヤにとにかく今日はアパートに帰るのではなく水城が用意するホテルへ泊まれと告げた。マヤは一瞬不安気に真澄を見たが、彼の瞳はまっすぐとそして何かを決断したかのような感じであった。その瞳を見てマヤは真澄の言う通りにしようと決めた。
「ひとりだなんて思わないでね。あなたの側にはいつでも私がいるわ。何かあったら必ず連絡してね。」
「何かなくても連絡するよ、マヤ・・・愛してる。」
そう言って真澄はもう一度マヤを強く抱いた。
「私も愛してる。」
そして真澄は水城を呼んだ。

「悪いが、マヤのためにホテルを用意してくれ。」
「承知いたしました。では早速用意いたします。マヤちゃんは私が責任を持ってホテルまでお連れいたしますので、社長は今後の対応の方をよろしくお願いします。」
「わかった。では、マヤを頼む。」
「はい。では、マヤちゃん行きましょうか。」
「あっ、はい。じゃあ・・・速水さん、あまり無理しないでね。」
「わかってるよ、チビちゃん。」
と言い、マヤの頬にキスをした。
「速水さんっ!!」
マヤは顔を赤らめ大声出した。水城がいたので恥ずかしくてたまらなかったのだ。そんなマヤを真澄は声を出して笑った。
(やれやれ・・・。本当に大丈夫かしら・・・。)
水城は不安もあったが、真澄とマヤに幸せそうな顔を見ているうちに自分も幸せな気持ちになっていくのを感じていた。
「それでは社長、マヤちゃんを送り次第こちらに戻ります。」
と言い、水城とマヤは社長室を後にした。

二人が出て行くのを確認した真澄は電話に手をかけた。
「もしもし、俺だが。聖か?」
電話の相手は真澄が最も信頼する聖であった。

水城は大都芸能が長い間懇意にしているある老舗ホテルにマヤのための一室を確保した。
 予約の電話に応対したフロントマネージャーはベテランのホテルマンらしく、
水城のただならぬ様子を電話の向こうに感じ取ったのだろう。
 「地下駐車場にベルマンを待機させておきます。そのまま従業員用入り口からお入りくださいませ」
 まさにかゆいところに手が届く対応を見せてくれた。

 「マヤちゃん、大丈夫よ。真澄さまを信じてあなたはドンと構えていらっしゃい」
 車が走り出してもまだ不安げな瞳で速水を残してきた大都芸能本社ビルを
振り返っているマヤに水城はやさしく声をかけた。
 「さすがにあなたに関わることだから、真澄さまもいつになく感情的になってらっしゃるけど、
  あの方は基本的にこんな嫌がらせに屈するような方ではないし、こういう時の
  対処はそれなりに経験も豊富よ。心配いらないわ」
 マヤも水城の言葉に頷いてはみせるが、ハンカチを握りしめた手の震えは収まらない。
 「水城さん、私、速水さんの役に立ちたい、あの人を守りたい。
  私にできることって何かしら?」
マヤは真剣な目で隣に座る水城を見つめた。
 「マヤちゃん・・・」
 本当にこれがかつて社長室で速水にくってかかっていたのと同一人物なのだろうかと、
水城はなんだかおかしかった。
 「マヤちゃん、あなたと思いが通じてからの真澄さまは本当にお人が変わられたわ。
  仕事に厳しいのは同じだけど、部下の失敗を許せる度量が備わったし、
  器が大きくなったと感じるわ。以前の社長は本当に抜け殻のようで、
  ただ仕事をするためにだけ存在しているロボットのようだった。
  真澄さまの心を溶かしたのは、マヤちゃん、あなたなの。
  十分、真澄さまのお役に立ってるわ。自信を持っていいのよ」
 でも、とまだ納得できない様子のマヤに水城はさらに続けた。
 「大丈夫。あなたがいるだけで、それだけで社長は頑張れるの。今回のこともね。
  確かに真澄さまにもあなたにも敵は多いかもしれない。でも、味方だってたくさんいるでしょう?」
 マヤの膝の上に置かれた手に水城が手を重ねた。ほっそりとした指に似合わず
意外と大きな手のひらがマヤの手を包み込む。暖かな手だった。
 「・・・ありがと、水城さん・・・」
 やっと取り戻せたいつもの笑顔の中でマヤの目元には光るものが浮んだ。
 ふたりを乗せた車は静かにホテルの地下駐車場への坂道に吸い込まれていった。


 「社長、マヤちゃんを無事送り届けてまいりました」
 ホテルの部屋までマヤに付き添い、翌朝の朝食のルームサービスの手配を済ませると、
水城はそのまま大都芸能本社へ取って返してきた。
 「幸い、ホテルのマネージャーのお心遣いでマスコミは巻くことができましたわ」
 そこで水城は自分に向けられている速水の眼が先ほどまでとは明らかに違うことに気がついた。
 「社長、私がここを留守にしている間に事態が好転したのでしょうか?」
 戸惑いがちに訊ねる秘書に速水はかすかに唇の端を緩めて言った。
 「好転しつつある、というところだな」

(あの藤美社長を追い込む事ができる人物・・・まさか・・・親父?・・・いや、親父がそこまで追い込ますことなんぞ、俺が出来ないんだから出来るわけないし・・・。一体、誰なんだ!?)
速水は、水城が部屋を出てからぼんやりと自分とマヤを追い込んだ人物を考えていた。
何度か危ない橋を渡ったが、今回ほどの危ない橋はない。
それにいつもなら敵が見えてくるのに、今回のは敵が全くと言って良いほど見えて来ない。
対策も早く立ててしまいたいのに・・・。
次第に、焦りが増してくる。
そのとき、フッと別れ際のマヤの顔が脳裏に浮かんだ。
心配の余り、泣き出しそうな顔。
だが、自分の為に心配掛けさせまいと思い、必死に耐えている姿。
(・・・俺は、いつも君の笑顔を消してしまっているな・・・。早く君の笑顔を取り戻したい!それが出来るのは自分だけだ!しっかりしろ!!)
速水は、そうやって自分の闘争心を仰いだ。
だが、どうしたら見えない敵が見えてくるか・・・。
もう一度、さっき電話で藤美社長が言った言葉を思い出した。
(・・・私もある人物から圧力を掛けられているのですよ。)
その時、速水の脳裏にある人物が浮かんだ。
その人物は、穏やかに微笑んでいた。
「あっ!まさか・・・。」
速水は思わず驚きを声に出してしまった。
「紫織さん・・・。まさか、紫織さんが鷹宮天皇に頼んで・・・!?」
そう口に出した途端、なに馬鹿な事を考えているんだと思い、速水は雑念を振り払うかの様に首を横に振った。
だが、気分は晴れない。
それよりも、紫織に対しての疑惑がどんどん膨らんでいく。
(・・・真相が知りたい・・・。真実を・・・。そうすれば、対策が立てられる。マヤの笑顔を取り戻すためにも・・・。)
そう思った速水は、ある所へ電話を掛けた。
「聖、今から至急大都へ来てもらえないか?・・・遅くて悪いが。」
「・・・いつ来るかと実は待っていたんです。今すぐ行きます。」
聖は速水の申し出に対し、文句一つ言わず、待ってましたとばかりにそう言って電話を切った。
受話器を置いた速水は、じっと見つめていた。
何が何でも見えない敵にこのまま負ける訳にはいかない。
マヤの笑顔を取り戻し、幸せにならなければいけない。
今までの分を取り戻すために・・・。
そう思った速水は、見えない敵に何が何でも勝ってやると強く誓った。

「申し訳ありませんでした」
速水の顔を見るなり聖は謝罪の言葉を口にした。
「昨夜、高橋の背後関係を徹底して調べておくべきでした…。単独犯だと思っておりましたので」
「いや、おまえのせいではない。おれも昨夜はマヤを無事取り戻すことだけを考えていて他のことまで気が回らなかった。とにかくあの子は無事だったわけだし」
そしてわずかに間を置いて、覚悟を決めたように尋ねた。
「それで、背後関係はわかったのか?」
「はい。おそらく真澄様ももうご想像はついているのではないかと思いますが。直接高橋と組んでいるのは紫織様、鷹宮天皇はこれに力を貸しておいでです。大都芸能の取引先への圧力は鷹宮天皇自らがされているようで。ただ、中央テレビ社長であられる紫織様のお父君は、縁談が壊れたことはそれはそれとして、今後も大都とはビジネスは発展させていきたいとお考えの方ですから、今回の件には内心反対されているようです。今のところは見てみぬふりというところのようですが」
速水は目をそらした。
「やはりそうか。…紫織さんのようないいお嬢さんをそうさせてしまったのは、やはりおれのせいなんだろうな…」
物思いに沈みそうな速水のためらいがちな声を聖はぴしりと遮った。
「誰しもすべての人間にいい顔をするわけには参りません。真澄様にとって何が一番大切なのか、お考えなさいませ」
はっとしたように速水は聖を見た。
「そうだな。もちろんそれは考えるまでもない。マヤの安全と幸福を守ることだ」
そして言葉を継いだ。
「よし、中央テレビで大都が寄与できそうなプロジェクトがあるかどうか調べてくれ。それから鷹宮天皇には分からないように社長とコンタクトをとりたい。あと明日は高橋が妙な行動に出ないよう、舞台の方の見張りを頼む」
決断した速水の迅速かつ的確な指示に聖は満足したように見えた。
「かしこまりました」

聖を帰した直後、今度は広報部長が飛び込んできた。
今度は何があったのかと思わず速水も身構える。
「どうした?」
「それが、一般の、個人の方々からすごい電話です!今朝の報道に対して、北島マヤの舞台を見て感動した、あんな悪意の報道は許せない、というメッセージがほとんどで。ちまたでは北島マヤにきわめて好意的なムードが広まっており、今回の件は、北島マヤの才能をねたんでの中傷と思われているようでして、逆に北島マヤの人気は上がっているようです」
速水は思わず笑みをこぼしてしまった。
そうだ、マヤがあんな中傷に負ける程度の器のはずがないではないか、と。

水城が戻ってきたのはそんなときだったのだ。

決心した後の速水の行動は普段速水の敏腕ぶりを見慣れている水城ですらほれぼれするほど迅速かつ的確だった。
紫織の父親と極秘に会合を持ち、高橋の所在をつきとめると内密の話を交わし、広報部長には一般の視聴者受けするような対応を指示する。だが紫織の嫉妬が原因であることは明らかであったが、紫織との接触は持たなかった。それによって接点が出来てしまってはかえって紫織の思う壺になってしまう危険があるからだ。しかし、高橋を失い、父親に止められては紫織に打つ手はな
かった。
そして、もともとマヤが「所詮芸能人だからなあ」という社会の芸能人に対する思いこみを差し引いてすらも体を武器にするようなタイプの女優には見えないということも幸いしたのだろう。また、速水家と鷹宮家の婚約破棄は人々の記憶にも新しいところであり、速水がマヤとの交際を認めたことで、それを面白くなく感じた鷹宮からの裏工作じみたものがあるのではないか、というのも簡単に推察されるところであった。更に大都に北島マヤの起用中止を求めてきた企業にしても、単に鷹宮家の意向に逆らえないというだけで、本当にマヤを降板させたかったわけでもない。
それやこれやで、速水の適切な対応によって、事態は急速に収拾へと向かったのだった。

そして、翌日。
ほんの前日にそんな騒ぎがあったとも思えないほど、見事な舞台をマヤ達は勤め上げた。
マヤ達…そう、高橋も含めて、である。高橋にしてもやはりマヤの共演者に選ばれるほどの役者である、舞台外でどのようないきさつがあろうと、舞台の上のまぶしいほどのマヤを目の当たりにしてその舞台を台無しにするような演技ができるはずもなかった。
そして、幕が下りる。
うわあああああっ
万雷の拍手はマヤの公演では当然のことであったが、このときは大声援までもが巻き起こった。「マヤちゃ〜ん、がんばってーっ」「北島マヤ、ばんざーい!」「すごく良かったぞ、応援してるからなあ!」等々、客席からはマヤへの声援が途切れることなく続いた。

コンコン…
楽屋に控えめなノックの音が響き、すぐにかちゃりと扉が開いた。
「速水さん!」
マヤが嬉しそうに駆け寄る。
「今日の舞台、どうだった?」
「素晴らしかったよ。…また高橋のヤツに妬いてしまうほどにね」
そう言いながら速水はマヤをいとおしそうに抱き締めた。
「でも今日は楽屋に来てくれたのね」
「『でも』っていうのはどういう意味だ?」
「だって、速水さんが一昨日来てくれなかったのは高橋さんに焼餅焼いたからだって、水城さんが教えてくれたもの」
笑いながら説明するマヤに速水は顔をしかめてみせた。
「まったく余計なことを言う秘書だな、水城君は。…だが、一昨日おれがつまらない焼餅で楽屋に来なかったのが今回の騒動の発端になったわけだからな、おれも反省したんだ。だが、今度から君が出る舞台は絶対ラブシーンがないものしか承認しないからな」
速水の言葉に今度はマヤが頬を膨らませる。
「もおっ、そんなこといったら出られる舞台なくなっちゃうでしょ。あたしは、あたしが出たい舞台に出ますからね」
「やれやれ、君と争っておれに勝ち目があるわけはないんだよな。…ま、いっか。今回の騒動だって、そのおかげでいいこともあったわけだし、禍転じて福と為すと考えなくっちゃな」
「いいこと?」
マヤが怪訝そうに速水を見上げる。
「ああ。勢いでというか、君とのつきあいを公表しただろ。だからもう、隠さなくていいわけだ。どうどうと人前でも手をつなげるし、肩を抱けるし、食事にも行けるし、キスもできるわけだ」
「…キス、は人前ではやりすぎだと思う…」
「じゃあ、それ以外はいいわけだな?」
速水はそう言うとマヤの手を取り、さあ行こう、とマヤを促した。
マヤが照れたような表情で、それでも速水を見上げて頷く。
そして、2人はしっかりと手をつないだまま楽屋を後にしたのだった。

               ―おわり―





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【後書き】
リレーに参加して下さった皆様、そしてお付き合い下さった皆様、お疲れ様でした♪
わーい♪ガラカメリレー二回目完結です♪嬉しいですねぇぇ♪次回はどんなお話が書かれるのか楽しみです♪
皆様、是非♪是非♪次回もご参加お願いします♪
いやぁぁ・・・それにしても、速水さんの嫉妬が災いして始まったお話・・・ふふふ。いろいろと美味しかったです(笑)

2002.5.27.Cat

















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