夜の蝶 






「北島、面白い所に連れていってやる」
そう黒沼に言われて来た場所は新宿二丁目にあるとある店。
「いらっしゃいませ」
中に入ると低い声でそう言われる。
「・・・先生、ここは・・・」
こういう店に来た事のなかったマヤは苦笑を浮かべた。
「ここは今、新宿で一番綺麗所が集まるゲイ・パ−だ」
黒沼の言葉に驚いたように自分たちの席につく彼女、いや、彼らを見つめる。
中々どうして・・・美人とは言えるのではないだろうか。
まさか、本当に元が男なんて信じられない。
そして、一際人目を引いたのは隣のテ−ブルで接客をしていた紫(ゆかり)という名のホステスだった。

「どうした?北島・・・さっきから」
マヤの視線に気づき、黒沼が口にする。
「・・・えっ、いや・・・あの人、本当に綺麗だなぁぁと思って」
マヤの言葉にその視線を追うと、確かに、綺麗だと黒沼も思った。
目鼻立ちがくっきりとしていて、とても端正な顔つきだった。
化粧をとっても、彼はかなりの美人に違いない。
「よし!こっちに呼んでもらうか!」
黒沼はそう言い、ボ−イに彼女を呼ぶように頼んだ。



「紫さん、あちらのテ−ブルからご指名です!」
ボ−イからそう言われ、彼は振り向いた。
「は−い。今、行きま・・・」
次の瞬間、彼が目にしたものは信じられないものだった。

どうして・・・ここに黒沼龍三が・・・。
それに、隣にいるのは・・・マヤ!!!
「紫さん?どうしました?」
テ−ブルから立ち上がり、一歩も動かない彼にボ−イが不審そうな目を向ける。
「・・・あっ、いえ、何でも・・・。私、ちょっと化粧室へ」
苦笑を浮かべ、その場から逃げるように駆け込む。


「・・・落ち着け、落ち着くんだ・・・速水真澄!バレるはずがない。俺は今は紫だ!」
彼は鏡の前に立ち、呪文のように幾度も唱えていた。




「はじめまして」
ようやく紫が現れる。
マヤは間近で見る彼の美しさに驚いた。

本当に綺麗な人・・・。

うっとりとマヤの隣に座る紫を見つめる。
「おっ!やっと来たか!しっかし、本当に君、元は男か!」
すっかり酔いが回っている黒沼には紫の正体がまさか速水だとは想像もつかない。
「・・・ほほほほ。よく言われますわ」
女にしては少し低いト−ンの声で答える。
何とか他愛のない会話をしながら速水はこの危機を乗り切っていた。

「・・・あの、私の顔に何か?」
ふと、隣のマヤに視線を向けると熱い視線を彼に向けている。
「・・・あっ、いえ・・・」
マヤは彼と視線が合うと恥ずかしそうに俯いた。
何だかそんな所が彼女らしくてかわいい。
つい、抱きしめてしまいたい衝動に襲われるが耐える。

紫さんって美人だなぁぁぁ・・・。
でも、誰かに似ているような・・・。

マヤはさっきから心の中で渦巻く疑問に何とか答えを出そうとしたが、出なかった。
「さてと、そろそろ帰るか」
0時を少し過ぎた頃、黒沼がそう言う。
「いやぁぁ。あんたみたいな美人見ながら酒が飲めて楽しかったよ」
黒沼は上機嫌で店を出た。
そして、マヤも・・・。
二人が店を出た瞬間、ほっとため息をつく。



「あっ」
マヤは黒沼と別れた後、忘れ物をした事に気づいた。
それは、今度やるテレビドラマの台本だった。
内容はもう、殆ど暗記していたが、何も持たずに撮影に行くわけにはいかないので、急いでさっきの店に戻る事にした。


「あの!忘れ物しちゃったみたいなんですけど」
閉店間際の午前一時半、マヤが再び店に現れる。
真澄はその様子にすぐに気がついたが、彼女の元にいくべきかどうか迷った。
しかし、困ったような表情でボ−イに説明する彼女にほっておけなくなる。

「・・・どうしたの?」
そう言われ、振り向くと紫が立っていた。
何だか彼女を見た瞬間、彼女の頬が火照る。
「・・いえ、あの・・・忘れ物しちゃって」
おどおどと答える。
「忘れ物?」
「はい。あの、今度やるドラマの台本なんですけど・・・」
「ちょっと、待ってて」
彼女の言葉にそう言えば、さっき本が落ちていたのを思い出す。

「これかしら?」
忘れ物保管庫に入れられていた本を取り出し持ってくる。
「あっ!はい。これです」
嬉しそうに紫から本をもらう。
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべ、彼を見る。
それは決して速水真澄には向けられるものではなかった。
嬉しい反面、切ない気持ちが彼の胸に溢れる。
「それじゃあ、これで」
そう言い、彼女が帰ろうとする。
時計を見ると、もう午前2時近くになろうとしている。

「待って」
「えっ」
「送っていくわ。女の子一人こんな時間に帰す訳にはいかないから。さっき、一緒だった人とはもう別れちゃったんでしょ?」
優しい瞳でマヤを見つめる。
「・・あっ、はい。黒沼先生とは別れました。でも・・・いいんですか?」
思いがけない紫の申し出にマヤは脈が早まった。
「・・・いいわよ。そろそろお店も終りだし、そこに座って少し待っててくれる?」
「・・・はい」
マヤは紫に言われた通りに座り、彼が来るのを待った。



「・・・俺は何しているんだ・・・」
更衣室に行き、紫のままの自分に呟く。
こんな姿をしていても、少しでもマヤと一緒にいたいと思った。
「・・・今日はこのままで帰るしかないな・・・」
ため息をつき、ス−ツをロッカ−の中に置いたまま、真澄はマヤの元に向かった。




「本当にすみません」
一緒に店を出たマヤが申し訳なさそうに言う。
「いいのよ。別に」
すっかり女言葉が板についた自分に何だか悲しくなる。
「・・・背、高いんですねぇ」
一緒に歩いてみて、マヤは彼の背の高さに気づいた。

丁度、あの人と同じぐらいかな・・・。
一瞬、速水の事が心に浮かぶ。
「・・・えっ、まあね」
「・・・紫さんって本当に綺麗・・・。男の人だなんて、信じられません」
憧れるような視線でマヤは彼を見た。
「・・・ありがとう。化粧で化けているだけよ」

俺だと知ったら・・・こんな表情は見せてくれないんだろうな。
何だか、空しい気持ちになる。
「・・・あの、私、今度やるドラマで、ホステス演じるんですけど・・・」
マヤはさっきから、言おうと思っていた事をおもいきって口にした。
「えっ」
一途な瞳にドキッとする。
「その、イメ−ジが紫さんみたいに華やかな人なんです。それで・・・あの・・・紫さんをモデルにしたいんです!」
マヤの言葉に一瞬、言葉を失う。
「・・・えっ?」
「ご迷惑でなければ、役が掴めるまで紫さんと一緒にいたいんです」

マヤが俺と一緒にいたい?
その甘い言葉に我を忘れそうになる。

いや、しかし・・・彼女が一緒にいたいと思うのは紫だ!女の俺だ!
という事はずっとこの姿のまま会うのか?

「・・・あの、やっぱりご迷惑ですか?」
黙ったままの彼にマヤは不安になる。
「・・・いや・・・ちょっと、驚いて・・・。いいわ。光栄よ。役作りの参考にしてもらえるなんて」
不安気なマヤの瞳を目にして、真澄に断れる程の気力なんてあるはずがなかった。
「本当に!ありがとう」
嬉しさのあまり、マヤは彼に抱きついた。
背中に回された華奢な腕にドキリとする。
マヤは彼の胸に顔を埋めるようにして抱きついた。

着痩せして見えていたが、服の下にある体はがっしりとした男性のものだった。
思わず、マヤはドキッとした。
「あっ、すみません。つい」
ハッとし、彼の胸から離れ、顔を見上げる。
驚いたようにマヤを見つめていた彼の視線と目が合う。
その瞬間、胸が熱くなる。
真澄は堪らなく、彼女を抱きしめた。
「えっ」
突然の抱擁に今度はマヤの方が驚く。
マヤの鼓動はこれ以上ない程早くうっていた。
いくら女の格好はしていても、やはり男なのだという事を実感する。
「・・・紫さん?」
震える声で彼の名を呼ぶ。
その声に我に帰り、真澄はマヤを腕から開放した。
「・・・ごめんなさい。あなた、抱き心地が良かったから・・・」
誤魔化すように笑う。
彼の言葉に頬が熱く火照る。
「安心なさい。私が好きになるのは男だけよ。もうこんな事しないわ」
彼女を安心させるように優しく微笑む。
「・・・あっ、いえ・・・」

その日からマヤは毎日のように紫の働く店を訪れ、帰りは一緒に帰っていた。
彼とは信じられない程打ち解け、何でも話せる仲になる。
マヤにとって紫の存在は頼れるお姉さんであり、不思議と胸がときめく相手でもあった。

真澄はというと、毎日のように会うマヤが愛しくて仕方がなかった。
自分の事を姉のように慕う彼女にまた違った愛しさを感じた。
そして、紫として親しくなれば、なる程、速水だという事を言ってはならないという思いが強くなった。


「・・・俺だと知ったら・・・彼女はどうするかな・・・」
小さく呟く。
「えっ。何かいいました?」
水城が不思議そうに真澄を見る。
「いや、何でもない。この後の予定はどうなっている?」
さすがに夜はゲイバ−、昼は大都芸能の社長という二重の生活に彼は少し、疲れてを感じていた。
しかし、紫になれば、マヤと会えるという思いが、嫌々していた仕事を少しは楽しくさせてもいた。
「・・・この後は、北島マヤ主演のドラマの視察になっていますが」
マヤの名前に一瞬、動悸が早くなる。
「・・そうか・・・」
真澄は動揺を表情には出さず、車の窓から見える景色を見つめた。




「・・・速水さん!」
スタジオに現れた彼女は彼の姿に笑顔を浮かべた。
無理もない、速水と最後に会ってから、もう二ヶ月は経つ。
「・・・君が俺にそんな顔するなんて・・・珍しいな」
マヤの笑顔が嬉しいのに、つい心にもない事を口にする。
「あら、だって、速水さんが言ったんじゃないんですか。所属事務所の社長にはもう少し、愛想のいい顔をしろって」
真澄の言葉についひねくれた事を言ってしまう。
真澄の前になると、いつもそうだった。
本当は好きなのに、素直になれず、皮肉ばかり口にしてしまう。
「なるほど。少し、会わないうちに、演技が上達したものだ」
いつもの含み笑いを浮かべる。
「えぇ。おかげさまで」
突き放したような言い方で口にし、いつもの表情で速水を見る。
「はははは。それだ。それ!ゴキブリを見るようなその顔だよ」
真澄は可笑しくて、堪らず、声を上げて笑い出した。
スタジオにいたスタッフたちは大都芸能の速水とは別人のように笑う彼を不思議なもので見るように見ていた。

「・・・それじゃあ、そろそろ行きます」
監督の声がかかり、セットに戻ろうとする。
その瞬間、何かに躓き、マヤは倒れそうになった。
「・・危ない」
咄嗟に彼女の腕を掴み、抱きしめるような形で支える。
彼からいつものコロンとは違う、女物の甘い香水の匂いが仄かにする。
マヤはそれを嗅ぎ取って、何か強いものを感じた。
「・・・大丈夫か?」
呆然としているマヤに声をかける。
「・・・えぇ・・・大丈夫です・・・」
幾分か青ざめた表情で真澄を見る。
「気をつけろよ。ちびちゃん。君はそそっかしいからな」
クスクスと笑い、ポンとマヤの頭に触れると、真澄はスタジオを出た。




「・・・どうしたの?今日は元気がないわね?」
深夜、ゲイバ−からの帰り、いつものように紫としてマヤと帰っていると、彼女が無口な事に気づく。
「・・・いえ、その・・・」
瞳を伏せ、空ろな表情を浮かべる。
「・・・何かあったの?」
今にも泣き出してしまいそうな彼女に不安になる。
「・・・あの、実は・・・」
マヤは思いつめたように紫を見た。


「・・・はい。コレ。少しは温まるわよ」
マヤのアパ−ト近くの公園に二人はいた。
寂し気にブランコに乗る彼女に缶コ−ヒ−を差し出す。
「・・・ありがとうございます」
紫からコ−ヒ−を受け取り、蓋をあける。
「・・・で、話したい事って?」
隣のブランコに座り、優しい声で切り出す。
「・・・私、好きな人がいるんです」
唐突な言葉に一瞬、速水は手にしていた缶コ−ヒ−を落としそうになった。
彼にとってそれはあまりにもショックな言葉だった。

・・・好きな人だと・・・。

嫉妬心に胸が痛み出す。
「・・・その人の事思うと、胸が痛くて・・・。涙が出てくる程、愛しくて・・・」
「・・・そう・・・」
真澄は何と答えていいかわからず、相槌を打つように口にした。
「・・・その人とは付き合っているの?」
紫の言葉に頬が赤くなる。
「・・・いえ、付き合うだなんて・・・。まだ、気持ちも伝えられないんです」
「・・どうして?そんなに好きなら言うべきじゃない?」
「・・・その人、私の事いつも子供扱いして・・・。きっと、そんなふうには見てくれないから、それに、きっと私の片思いなんです」
切ない瞳を浮かべるマヤに胸をぎゅっと掴まれた気持ちになる。
「・・・どうして、そう思うの?」
「・・・今日、その人にあったんです。そしたら、甘い香水の香りがして・・・きっと、恋人の匂いなのかなって・・・。
何か、完全に私の片思いだって実感しちゃって・・・」

・・・マヤ・・・。

「・・・どうして、あんな人、好きになったんだろうって・・・いつも自分に問い掛けるんですけど、答えが出なくて・・・。 
諦められなくて・・・。あの人の事考えると胸が痛くて・・・好きだって気持ちでいっぱいになって・・・」
段々マヤの声が涙声になる。
大粒の涙が幾筋も流れ落ちる。
そんな彼女に耐え切れず、真澄はブランコから立ち上がると彼女を抱き寄せていた。

「・・・紫さん・・・」

マヤの手からコ−ヒ−が落ち、地面に零れる。
「諦めちゃ駄目よ。好きなら、好きって言わなくちゃ・・・気持ちは伝わらないわよ」
泣きじゃくる彼女を宥めるように口にする。
マヤは声を上げて、彼の腕の中で泣いていた。


「・・・ありがとうございます・・・少しは落ち着きました」
ようやく、泣き止み、マヤは紫に笑顔を向けた。
「・・・私、紫さんに甘えてばかりですね・・・」
申し訳なさそうに彼を見る。
涙の跡が残る彼女が痛々しく見えた。
「それじゃあ、お休みなさい」
アパ−トの前まで来ると、マヤはいつもと変わらぬ様子でそう告げた。
「・・・待って」
自然と真澄の口が開く。
「・・・えっ」
立ち止まり真澄を見るマヤに近づき、そっと、彼女の頬に触れる。
二人の瞳と瞳が重なる。

そして・・・自然に唇が重なった。
それは一瞬、触れるだけのキスだった。

「・・・お休み・・・」
唇を離すと呆然とするマヤにそう告げ、真澄はその場を後にした。

・・・紫さん・・・。
マヤの瞳からなぜか涙が浮かぶ。
胸の中が切ない思いでいっぱいになる。
いつの間にか、紫の事を異性として好きになっていた気持ちに初めて気づいた。



「・・・マヤ・・・」
次の日、真澄は仕事にならなかった。
ずっとマヤの泣き顔が頭から離れない。
少しだけ触れた唇に恋しさが募っていた。

「社長!大変です。こんな記事が・・・」
水城が青ざめた表情で社長室に入ってくる。
「どうした?」
冷静な表情を浮かべる。
「・・・これを・・・」
水城から渡された雑誌には”大都芸能の速水真澄恋人と深夜の密会”と書かれた見出しが載っていた。
「・・なっ」
それを見て思わず、言葉を失ってしまう。
記事の内容は新宿の某クラブのホステスと毎夜のように密会をし、その仲は濃厚なものだと書かれている。
そして、その雑誌に大きく出ていた写真は紫の姿で、彼の車に乗り込む所が出ていた。

・・・しまった・・・。

真澄の中に焦燥感が生まれる。
「・・・社長、どのようにしましょうか」
水城はもちろん、この記事の事を頭から信じていなかった。
「すぐに回収させろ!」




「・・・これは、紫さん?」
偶然にも、マヤは速水のスキャンダルが載った記事を目にしてしまった。
まさか、紫と速水が同一人物だとは思わない彼女はその内容を信じてしまう。
「・・・紫さんが・・・速水さんと?」
そう言えば、思い当たるふしがあった。
以前、速水から匂った香水の香りは間違いなく紫と同じ銘柄のもの。
いても立ってもいられなくなり、マヤは雑誌を持ったまま、大都芸能を目指した。




「・・・速水さん、これはどういう事ですか!」
いつになく、凄い剣幕でマヤが現れる。
「・・・マヤ・・・」
あまりの剣幕に、一瞬、言葉を忘れかける。
「・・・どうって・・・いきなり何だね?」
「・・・この記事に出ている人です!この人は紫さんじゃないんですか!」
マヤに雑誌を突きつけられ、何と言ったらいいのかわからない。
「・・もし、そうだったら、どうするんだね?」
速水の言葉に胸の中に冷たい風が吹き抜ける。
「・・・速水さんは・・・紫さんとは恋人同士なんですか?」
「えっ」
思いつめたような彼女の言葉に胸が凍る。
真っ直ぐな瞳で見つめられ、言葉が出てこない。
何とか都合のいい理由はないかと考えるが浮かばない。

「・・・わかりました・・・もう、いいです」
何も言わない速水に苛立つように言い捨てると、マヤは背を向けた。
「・・・おい、待ちたまえ、まだ、話は終わってないだろう」
彼女を追いかけるように腕を掴む。
「・・・安心して下さい・・・。私、誰にもいいませんから・・・紫さんが本当は男の人だって」
マヤの言葉にガ−ンと頭の奥が響く。
「・・・さよなら・・・」
そう告げ、マヤは思い切って速水の唇に自分の唇を重ねた。

「・・・私、速水さんの事・・・好きでした」
唇を離すと、彼に掴まれていた手を振り解き、マヤは全速力で社長室を出て行った。

えっ・・・、今・・・何て・・・。

あまりにも信じられない事が続き、頭の中が混乱し出す。
真澄にはマヤを追いかける気力は残っていなかった。




一番早く誤解を解くには紫になる事だと、思考力が残り少なくなった頭で考えを導きだした。
しかし、マヤに嘘をついていた事が決断を鈍らせる。
いろいろと悩むうちに、足は自然と、店の方に出向いていた。
いつものようにメイクをし、女もののドレスを着て、紫になる。
そして、マヤが店に現れるのを待った。

「・・・紫ちゃん、どうしたの?今日は元気がないみたいだけど?」
客にそう言われる。
「・・・えっ・・・そうですか」
「・・・男にでも振られたのかな?」
真澄に近づき、その腰を抱き寄せる。

うっ・・・オヤジめ・・・。
心の中でそう思いながらも、表情には出さない。
「・・・ほほほほ。私、男の人よりも、女性が好きなんですのよ」
客の足をギュッと踏みつけると、ギロリと睨む。
客は驚き、腰に巻いていた手を解いた。


「・・・あら、マヤちゃん、いらっしゃい」

今日はもう来ないかと思った頃、ようやく、マヤが店に現れた。
真澄はハッとし、何も言わずに接客についていたテ−ブルから離れる。

「・・・待ってた」
突然、手を掴まれ、紫にそう言われる。
マヤは驚いたように彼を見つめていた。
「あなたに話があるの・・・来てくれるかしら」
いつになく熱っぽい瞳で見つめる紫にドキリとする。
真澄はマヤの返事を待たずに、彼女の手を引っ張って歩き出した。
「・・・痛いです。紫さん」
マヤがいくらそう言っても彼には聞こえていないみたいだった。

「・・・話って、今日の週刊誌の事ですか?」
真澄がマヤを連れて来たのは店の控え室だった。
ここなら、誰にもいないので、落ち着いて話ができる。
「・・・私、紫さんの事は誰にも言いませんから・・・安心して下さい」
マヤは紫が速水に言われて自分に口止めする為に連れて来られたのだと思った。

「・・・あなた・・・。今日、速水に好きだって言ったそうね」
何から話していいかわからず、昼間の出来事を口にする。
「えっ・・・あっ・・・」
マヤは曖昧な表情を浮かべる。
「・・・それは・・・本気なの?本当に速水が好きなの?」
いつになく真剣な瞳で紫が見つめる。
「・・・あなたが、この間公園で話していた人って・・・速水の事なの?」
紫の言葉に胸が熱くなり、涙が浮かびそうになる。
今日一日かけてやっと忘れようとした事が再び目の前に曝け出される。
「・・・安心して下さい。私、速水さんの事、諦めますから・・・。相手が紫さんだから・・・諦められます。
紫さんのようなステキな人なら、速水さんが好きになるのも当然ですし・・・」
涙をぐっと堪えて、平気だと言うように紫を見る。
「・・・あの、今日は、今までお世話になったお礼と・・・速水さんと紫さんを祝福しに来たんです。だから、私の事なんて心配しないで下さい。 
速水さん、全然、私の事なんか相手にしてくれなくて・・・女優としてしか・・・商品としてしか見てくれないんです」
マヤは用意してきた言葉を口にした。

「・・・違う!俺は君の事をそんなふうに見た事はない!」
突然、目の前の紫から速水の声がする。
「えっ」
驚いたようにじっと紫を見つめる。
真澄は優しく微笑むと、背を向け、化粧台に置かれた携帯ようのメイク落としで顔を拭き始めた。
マヤは何が何だか、わからなくじっと彼を見つめる。

「・・・俺は君の事を一度も商品として見た事はない・・・」
カツラを取り、メイクを落とすと、マヤの方を振り向く。
「・・・あっ!」
紫の下から出てきた素顔にマヤは声を上げた。
「・・・俺もずっと、君が好きだ・・・愛してる」
マヤの頬に触れ、愛しさを込めて見つめる。
その瞬間、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「・・・速水・・さん・・・なの?」
小さく、彼女の唇が動く。
「・・・あぁ。俺だ・・・」
そう告げると、真澄はそっと、唇を重ねた。





「・・・でも、どうして速水さん・・・ゲイバ−なんかに?」
店が終わった帰り、いつものように彼と帰りながら、率直な疑問を口にする。
「えっ・・あぁ。実はな・・・」
真澄はそう呟き、理由を話し始めた。

そう、それは丁度今から一月前の事だった。
「真澄ちゃん!!約束守ってもらうわよ!」
突然かかってきた携帯に速水は驚いた。
それは、速水の大学時代からの友人からのものだった。
「・・・榊原か?」
真澄をそうなふうに呼ぶのは彼しかない。
「・・・そうよ。今こそ、約束守ってもらうわよ」
「約束って?」
「・・・あたしの言う事何でも聞いてくれるって言ったでしょ」
そう言われ、そんな事を口にしたなぁと思い出す。
「・・・あぁ。なんだ、テレビにでも出してもらいたいのか?」
クスクスと笑いからかい口調で告げる。
「・・・まさか。そんな事じゃないわよ!」
榊原の言葉に真澄は何やら不吉な予感がした。
「真澄ちゃん、今、うちのお店の女の子が一人入院しちゃったのよ。だから、一ヶ月だけ代わりお願い」
その言葉に彼の店が何だったかを思い出す。
「何だと!俺に女装しろって言うのか?」
「あら?真澄ちゃん、一度約束した事は守るのが主義じゃなかったけ?」
「うっ・・・」
真澄には返す言葉が浮かばなかった。




「・・・はははははは。それで、速水さん、お店にいたんですか」
真澄から話を聞き終わると、マヤは堪えきれず、笑い転げた。
「・・・こら、そんなに笑うな」
僅かに頬を赤らめる。
「じゃあ、あのお店のママさんが、速水さんに女装させた張本人?」
「・・・あぁ。やつとは昔からの腐れ縁でな・・・。つい、酔った勢いでそんな事を口にしてしまったらしいんだ」
ため息交じりに真澄が答える。
「へぇぇ・・でも、さすが、ママさん、見る目ありますねぇ。速水さんに頼むなんて」
マヤは納得したように真澄の顔をじっと見た。
「・・・どういう意味だ?」
「・・・速水さんが女装が似合うって事ですよ。私、最初紫さんを見た時、男の人だなんて信じられなかったんですよ」
「・・・それはどうも。君に見初められて光栄だよ。だが、もう二度と女装なんてごめんだ。今日で紫になるのも最後だったしな」
真澄の言葉に一瞬、寂しそうな顔を浮かべる。
「・・・えっ・・・もう、紫さんに会えないんですか・・・」
「何だ?君は俺の女装が見たいのか?」
意外そうにマヤを見る。
「・・・だって・・・紫さん、とっても頼りがいのあるお姉さんってカンジで・・・、実は私、ちょっと恋してたんです」
マヤの言葉に複雑な気分になる。
「・・・紫は俺だぞ」
「えっ・・・そうですけど・・・でも、あの、偶には女装してくれません?」
甘えるようなマヤの瞳に真澄は言葉を詰まらせた。

また、女装するのか・・・俺は・・・。

愛するマヤが望む為ならと、彼は今後も紫になるのだった。






                        THE END


【後書き】
ひゃゃゃゃ!!真澄様ファンの方、すみません!!!(笑)
実は、以前から・・・速水さんに女装させてみたいなぁぁぁなんて・・・密かに思っていたんです(笑)
で、書きたい欲望に負けて書いてしまいました(爆)

著しく速水さんのイメ−ジを壊した事をお詫び致しますm(_ _)m

はぁぁ・・でも、書いてて楽しかった♪

女装速水さんのイメ−ジとしては初期の真澄様で、ございます(笑)
昔の速水さんは女顔だったなぁぁと・・・思うのは私だけでしょうか?(笑)

大変、お見苦しいものを読んで頂きありがとうございました。


2002.1.9.
Cat

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