Milk&Kiss
AUTHOR janky
「気持ち悪い・・・吐きそう・・・。」 そういった私を水城さんは車を止めて、すぐ横の背の高いビルの最上階の部屋に連れて行った。 「ちょっと休ませてもらいましょ。」 そういった水城さんに支えられて部屋の奥に入ると、 「これはこれは、ちびちゃん。」 大都芸能の冷血ゲジゲジ虫、速水真澄が窓辺のソファに座ったままこちらを向いた。 「途中で車酔いをした様ですの。ちょうどここの前でしたから少し休ませてやって下さい。」 水城さんは苦虫噛んだ顔してる私をリビングから突き抜けにある寝室に押し込んだ。 「速水さんの部屋?」 意外と落ち着いた温かい雰囲気のインテリアでまとめられた広い部屋だった。 「ええ、会社からも近いのでプライベートによく使われるのよ。」 そう答えながら水城さんは冷蔵庫の中から冷たい水をくれる。速水さんの部屋という割に水城さんの何だか勝手知ったる様子を見てて、何故だかさっきちょっとましになった胃のムカツキが再び襲ってくる。 「シーツは換えたばかりだそうだから、安心しなさい。」 そう言って、速水さんは再び書類に目を落とした。 私はおとなしくベットに横になると、 「連日ハードなスケジュールだったし、ちょっと疲れがたまっちゃったのね。」 水城さんが冷たいタオルをおでこに乗せてくれる。熱は別に無いけど、すっと気分がましになった気がする。 「今日の『天の輝き』の撮影、午前中だけでよかったわ。午後から何も無いんだから、しっかり休んでね。」 うなずきながら私は聞いてみた。 「速水さんも、今日は珍しくお休みなの?」 冷血仕事虫の癖に・・・ 水城さんがクスリと笑いながら 「会社じゃ見られないような内容の書類なのよ。つまり、悪巧みの書類。」 事も無げに教えてくれる。そんなこと私に教えてもいいのかしらん。速水さんは速水さんで否定もしなければ、すまし顔で黙って書類を見続けてる。 「じゃあ、私はまだ仕事がありますので、帰りは社長に送っていただきなさいね。」 ちらりと速水さんのほうを向いてから、呼び止めようとする私をわざと無視して出て行っちゃった。 沈黙が続く。 居心地の悪さからあんな奴にもついつい話し掛けてしまう。 「あ・・あの、速水さんのプライベートなお部屋なのに、水城さん、よくここをご存知のようですね。」 ・・しまった。つい意味ありげのような言葉になっちゃった。 「プライベートといっても、ほとんど第二の社長室みたいになってるからな。」 速水さんは書類に目を落としたまま応える。 「ご迷惑掛けちゃって、すみません。ちょっと疲れちゃっただけなんですけど・・・」 気分がすぐれないせいか、何だかぐちみたいになってきちゃう。 「大体本当はやりたくてしてるお仕事じゃないし、そりゃ、お芝居は好きだけど、テレビ見てるより撮影って結構大変だし、撮影って慣れないし、・・それに・・・」 「それに?」 「何だか舞台と勝手が違うから、このままテレビの収録やっていけるのか不安になっちゃう。見たことの無い大きな壁が目の前にある感じがして・・・」 ・・あ、弱音はいたように思われちゃう。きっと叱られるか、からかわれる・・そう思ってたのに 「壁を越えようとしてしゃがんだときは、よけいに壁が高く思えるんだよ。なんとも感じない人間よりずっと成長する証拠だよ。」 意外な優しい言葉と優しい笑顔に、胸がドキッとする。 「さあ、折角の休みなんだから気兼ねなく休んでなさい。」 そう速水さんは言って、書類を何枚か取り替えながらそのまま黙り込んだ。 いつもならもっと、うっとおしいと思うくらいかまってきたりするのに、今日は静か。 疲れちゃってる私に気を使ってくれてるんだろうか・・・。まさかこいつに限って・・ 静かだから何か色々一人で思っちゃう。 大きな窓からはレースのカーテンを揺らして時折さわやかな風が入ってくる。 そんなことも意外。速水さんて空調をガンガンに効かせた中で仕事してるイメージがあるのに。 それに音楽も。 私音楽よく判んないけど流行の音楽ではなさそう。クラッシクでもなさそう。とりあえず日本語じゃないことは判る歌。高音の女の人の声で歌われた、優しい感じの、水が流れるような音楽がうるさくない程度に流れてる。 ふーん・・意外。 窓の遠く下のほうから微かに聞こえてくる車の通る音。カーテンのゆれる音。優しい風。心地いい音楽。キラキラと揺らめく昼下がりの日差し。 ベットに寝転びながら、何だか遠い昔感じたような、はっきりしない思い出を思い出すような、何だか判んない幸せな感覚にとらわれながらいつのまにか私は眠っていた。 ブーン。 機械的な音で眼がさめる。 どれほど寝てたんだろう、私。時計を見ると1時間半ほど経っていた。速水さんは書類を幾つかシュレッダーに掛けてる。 やっぱり会社では処分できない内容のものなのかなぁ・・ ぼんやり見詰めながら思ってたら 「ああ、すまない、やっぱり起こしてしまったか。・・・喉渇いただろ。今何か冷たいものでも入れてあげよう。」 そういって、キッチンで何かすばやく作って持ってきてくれた。 速水さんてキッチンにも立つことあるんだ・・これもまた意外。 そう失礼にも思ってしまってる私の前に、琥珀色した氷一杯の飲み物。ベットに腰掛けながら飲んでみる。紅茶にオレンジの爽やかな味覚。おいしい。何だか幸せな気分が広がる。・・そばにゲジゲジ虫がいるのに・・ 「さっきから流れてる曲って何ですか?いい曲ですね。」 「ん?これか?」 そう言ってCDのケースを渡す。 アルバムの名前は『kiss&milk』。歌ってる人(グループ?)の名前は知らない英語(?)なのでよく判んない・・。 「君に気に入ってもらえるなんて光栄だな。」 「なんか速水さんらしくない音楽ですね。」 「俺だって音楽ぐらい聞くぞ。」 渋い顔して応える。・・だって、聞くとしてもクラッシクとかいうイメージじゃん。 「もっと固い音楽聴くんだと思ってました。それにお部屋だって、もっと無機質なイメージあるし。何だか意外だと思ってばっかりです。」 素直に白状すると、速水さん、ハハハと笑って 「そうか。・・まあ俺がこの部屋の物を揃えるとそうなるだろうなあ。」 そう言って、いたずら顔して片目つぶりながら 「おっせかい焼きの知り合いがいてな。机やら椅子やら内装はみんなそいつの好みで決められてしまって。」 おかしそうに笑ってる。 何だか速水さんの感じから、すっごく親しい人みたい。・・んん?治ったと思ってた胸のムカムカがまた出てきた。 「ふーん。きっとその人はとても心のあったかい、優しい人なんでしょうね。」 「ん?そうだな。」 ちょっと意地悪な感じに言ったのに、さも気にせずあっさり肯定する。その人のことを思い出しながら優しく微笑んでる。・・・胸の奥が気持ち悪い・・まだ車酔い治ってないのかな? 「音楽もその人の?」 「いや、これは俺がアメリカの大学に行ったばかりの頃買ったやつだ。彼に会う前かな。」 ・・んんっ、彼?・・彼女じゃないのー? きっと私、素っ頓狂な顔してたんだ、 「何だ、ん?・・女だと思ってたのか。」 だって、家具とかすごく優しいイメージなんだもん。女の人に思っちゃうよ。 素直にうなずくと 「俺を誰だと思ってるんだ。堅物冷血漢速水真澄だぞ。」 可笑しそうに自分で堅物とか言う。つられて私も大笑いしちゃった。 笑いすぎ、とか言って速水さん私を軽くこついた。何だか幸せ。こいつの傍に居るというのに・・。あれ、胸のむかつきも治ってる。・・変ねえ、笑ったせい? 「それにしてもこのアルバム、名前の割にあんまり甘い感じがしないんですね。」 CDのケースを見ながら言うと 「おちびちゃんが思ってる程、キスもミルクも甘くないんだよ。」 私の頭をポンポンと叩いて顔を覗き込まれる。 ・・また馬鹿にされたっ。子供扱いして。 「速水さんっ、私、そんなに子供じゃありませんっ。私だってキス・・・ぐぐっ、キスぐらいっ・・」 速水さん小ばかにした顔してる。く、悔しい。キ、キスぐらい、キスぐらいしたこと・・無いけど。 「堅物速水さんはあるんですか!」 なんとか反撃したい。 「俺をいくつだと思ってるんだ。」 あきれ顔で返す。 「私より11も上のお・じ・さ・ん。」 へへ、ざまみろ。おじさん。ふふ、傷ついてる。 「大人、と言ってもらいたいものだな。」 溜息ついて、私のあごを片手で上向けた。・・・んん? 「あっ・・」 私の唇が速水さんの唇でふさがれる。 これって、これって・・・キ、キス? あ・・、んん、何だか胸の奥が苦しい。さっきまでの車酔いのむかつきとは違う、キュンと痛い。 レースのカーテンを通って優しい風が髪にふれていく。気持ちいい・・。 唇をはずして速水さんが私を見つめる。真剣な顔、凛々しい瞳。・・・やっぱりこの人かっこいい。 「どうだ?甘くは無いだろ?」 惚けてる私に、いたずら顔で言う。速水さんのその顔も好き。 ・・・て、私何言ってんだろ。相手はあの速水真澄よっ。劇団つきかげの敵よ。冷血漢のゲジゲジ虫なんだから。 心を持ち直して、速水さんにキッと向き直る。 「私のファーストキスなんですよ。どうしてくれるんですかっ。」 「ん?何ならちゃんと責任とろうか?君さえ良ければだが。」 ふざけてるんだろうけど、真面目な顔して言うもんだから、やっぱり顔が赤くなっちゃう。 「い、いいえ。結構です。そ、それから、もう元気になったので帰ります。お世話になりましたっ。」 やだ、やだ、何で私あせっちゃうの。だめだ、早く家に帰ろう。 逃げ帰ろうとする私の手をつかんで 「送ってくよ、車だとまた気分が悪くなるかもしれないから、少し歩いて電車でも乗ろうか。」 そう言って、速水さん私の横に並ぶ。 え、速水さん、歩く?電車に乗る?・・・意外。 何だか今日は意外な速水さんがたくさん見れて、何だか嬉しい。 うん、私と一緒に電車に乗る速水さん、見てみたい。 いいか。いいお天気だし。たまには素直に送らせてあげよう。 そう思って、歩き出した。 速水さんと手をつないだまま・・。 −終− Cat様 またしょうもないもの書いてしまいました。すみません。 高校生ぐらいのマヤちゃん書きたかったんです。 速水さんもこの頃が好きです。あんまし恋にどっぷり、て感じでもない頃が。 ちなみに、おせっかい焼きはヒジリーではなく神恭一郎です(スケバン刑事)。 それにしても、会話って難しいですね。 読んで下さった方に何となくでもイメージが伝わったら、と思いますが ・・すみません。もっと日々精進しますので・・お見捨て下さいません様に。 失礼致しました。 |
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【Catの一言】 前回のお話とは全く違う甘くて可愛らしいお話ですねぇぇ♪マヤちゃん視点で書かれてとっても良かったです♪ それに何だかいつもと違う速水さんっていいですわぁぁ♪あぁ、惚れ直してしまいそう(笑)jankyさん、ご馳走様でした♪ |