紅 天 女 -14-



「北島マヤさんですか?」
スタジオから出た瞬間、ス−ツを着た男に呼び止められる。
また、どこかの芸能社かと思い、”はい”と告げた。

その瞬間、腹に鈍い感触を感じる。
そして、生暖かいものが流れる。

「マヤちゃん!!!」
桜小路がそう叫んだ瞬間、男はナイフを放り投げ、その場を後にした。
マヤの意識が朦朧としだす。
「マヤちゃん、しっかりするんだ!」
彼女に駆け寄り、桜小路が叫ぶ。
「・・・桜小路くん・・・私・・・私・・・」
何かを告げようとした瞬間、マヤは意識を失った。





「・・・マヤ!!」
水城からの知らせを聞き、血相を変えて、真澄が病室にあらわれる。
彼女の意識はなく、青白い顔を浮かべたまま、ベットの上で眠っていた。
「・・・速水さん」
真澄の勢いに病室にいた”つきかげ”のメンバ−や桜小路が驚く。
真澄の目には彼らが見えていないようだった。
ただ、マヤに駆け寄り、その表情を愛しむように見つめる。
「・・・一体、誰がこんな事を・・・」
彼女を守れなかった悔しさが真澄を責める。
きっと、こんな事をするのはあの男しかいない・・・。
「・・・まだ、犯人はわからないそうです」
真澄の問いかけに麗が答える。
「・・・そうか」
麗の言葉に頷き、真澄はきつく瞳を閉じた。

マヤ、すまない。君をこんな目に合わせて・・・。






「・・・北島マヤが刺されたそうです」
速水の屋敷に行き、ただならぬ剣幕で英介を睨む。
英介はこんな激しさを持った真澄を見たのは初めてだった。
「・・・あなたが差し向けたんですね?」
怒りをかみ殺すように静かに告げる。
「・・・何を言ってるのだ・・・」
真澄の言葉に驚いたように呟く。
「おとぼけになるのはやめて下さい!!あなた以外に誰がやったと言うんですか!!」
感情を荒げ、憎しみを込めて英介を見る。
「いくらあなたでも、そこまではしないと・・・思っていましたが。私が甘かったみたいですね。もう、私はあなたの言いなりにはなりません!」
鋭く言い捨て、真澄は英介の部屋を出た。

「・・・何が・・・起きているのだ・・・」
閉まった扉を見つめ、英介は自分の知らない所で何かがを起きている事を感じ取った。
そして、真澄とはこれ以上ない程の溝ができてしまった事を悟った。





「犯人はまだわからんのか!」
マヤが刺されてから一週間、真澄は苛立ちを声にした。
「・・・申し訳ございません」
男はそう告げ、社長室を出た。

くそっ・・・!やはり、あの男に頼むしかないのか・・・。

今度の調査に真澄は聖を遣わなかった。
英介とも繋がりがある聖を遣う訳にはいかなかった。
考えたくはないが、もしかしたら・・・聖が関わっている可能性もあったのだ。

しかし、状況が真澄を焦らす。
一刻も早く、見つけなければ、犯人と英介が繋がっているという証拠がなくなってしまう。
あの英介の事だ証拠が残るような仕事はさせないだろう。
もう、これ以上の時間は許されなかった。





「ここはどこ?」
マヤが目を開けると、乱れ咲くような梅が入る。
梅一色の景色に圧倒される。

「・・・マヤ・・・」
誰かが、彼女に近づき、名前を呼ぶ。
振り向くと、それは月影だった。
「・・・先生・・・」
思わぬ再会に涙が溢れてくる。
「・・・先生!!!」
月影に抱きつく。
紅天女を手にしてから、マヤはずっと、ずっと不安だった。
今まで耐えてきたものが、崩れ、感情が曝け出す。
月影はただ、優しくマヤを抱きしめていた。

「・・・マヤ、あなたの思う通りにしなさい・・・。私はあなたが選んだ事なら、何も言いません。
あなたに紅天女を託せた事を幸せに思います」
この上なく幸せそうな笑みを浮かべ、マヤを見る。
「・・・先生・・・」
月影の言葉にマヤの胸は切なくなった。





「・・・社長は今、外出中です」
紫織が大都芸能を訪れると、水城にそう言われた。
紫織は最近、真澄と連絡がとれていなかった。
最後にあったのは、もう一週間も前になる。
結婚について最近は彼と話す機会はなかった。
宙ぶらりんにされたようで、紫織は落ち着かない日々を過ごしているのに、相変わらず仕事一筋の彼に、苛立ちが募り始めていた。
「どちらへ行ったんですか?」
厳しい表情で水城を睨む。
「・・・それは、お教えできません」
水城の言葉にカッと瞳を見開く。
「私は真澄様の婚約者ですよ!」
「いくら、婚約者でも社長に口止めされた以上、お答えする事はできません」
水城は冷静なまま答えた。
「では、真澄様と今すぐに連絡をつけて下さい!大切なお話があります!」
紫織の剣幕に、水城は仕方がなく、真澄の緊急の連絡先に電話をする事にした。





「・・・おまえは関係しているのか?」
真澄の言葉に聖は信じられないというような表情を浮かべた。
「何の事でございますか?」
「・・・北島マヤの事だ。彼女が刺されたのは知っているだろう」
「・・・確かに、マヤ様が刺された事は存じております。しかし、私は誓ってそのような事には一切手を貸していません」
真澄を真っ直ぐに見つめ告げる。
「私の知る限り、今回の事に会長は関与しておりません」
聖が告げた事実に真澄は瞳を見開いた。
「何だと・・・オヤジじゃないと言うのか!」
「はい。これは確かです」
「なぜ、そう言いきれる?」
真澄の問いに一瞬、間を置き、瞳を伏せる。
「会長は、真澄様同様紅天女を心から愛しています。そんな会長がマヤさんを傷つける事などするはずかないからです」
「・・・しかし・・・義父は俺に彼女を潰せと脅しをかけたんだ」
「・・・それは、会長の本心とは違います。会長にマヤ様を潰す意思など始めからありません」
「何だと!では、なぜ、父は俺にあんな事を・・・」
「真澄様、会長はあなたを試しているのです」
意味深に真澄を見つめると、聖は背を向けて歩き出した。
「それから、もう一つ、付け加えますと、私は今、あなたから命令される前に会長の命令で、マヤ様を刺した犯人を探しています。
これこそが会長が今回の事に関わっていない証拠とは言えるのではないでしょうか」
聖の言葉に真澄は訳がわからなくなっていた。

何だと・・・義父ではないとしたら・・・一体、誰がマヤを・・・。


Trrr・・・Trrrr・・・。

真澄が車に乗り込み、暫く考えていると、携帯が鳴った。

「速水だ」
内ポケットから取り出し、電話に出る。
「社長。水城です」
「何かあったのかね?」
この携帯の番号は緊急用の連絡の為のものだった。
何かトラブルがあったのではないかと、一瞬頭に過ぎる。
「いえ、それが、紫織様が大切なお話があると、先ほどから社長をお待ちです」
水城の言葉にすっかり紫織の存在を忘れていた事を思い出す。
「あぁ。わかった。すぐに社に戻る」
電話を切ると、真澄は車を走らせた。





「・・・マヤちゃん・・・」
桜小路は意識の戻らない彼女を見つめていた。
まるで、静かに眠るような寝顔は今にも瞳を開けそうに見える。
今度の事で自分がどれ程、マヤを愛しているか悟る。
彼女が刺された瞬間、同じように彼も痛みを感じた。
駆け寄り、腕の中に抱きしめたマヤに胸が苦しくなった。
目を閉じると、今でも刺された直後の儚げな表情が脳裏に浮かぶ。
毎夜、寝る度にマヤが現れ、桜小路の想いは限界に達していた。

彼女へ恋心はとっくに断ち切れたと思ったのに・・・。
今、思わぬ形で彼にかえってきた。






「大事なお話とは何でしょうか?」
冷淡な表情のまま紫織に問い掛ける。
その表情は今までの真澄とは違った。
今までの彼は彼女にいつも優しい瞳を見せてくれたのに、その影さえみえない。
「・・・真澄様、私はあなたの婚約者なんですよ!どうしてお会いして下さらなかったんですか!」
紫織の言葉に、小さくため息を漏らす。
「・・・今は忙しいんです。あなたに寂しい思いをさせてしまって、申し訳ないが・・・。もう少しお待ち下さい」
煙草を口にし、苛立ちを抑えるように煙をはき捨てる。
「・・・また、紅天女ですか?」
低い声で告げる。
「そうです。紅天女の上演を決めるまでは私はあなと結婚はできないと、以前申し上げたでしょ」
真澄の言葉に紫織は唇を噛み、彼に背を向ける。

「・・・真澄様・・・。本当に私と結婚なさる気があるんですか?本当に待っていれば、あなたは私と一緒になってくれるんですか?」
不安な想いを口にする。
紫織の背中が僅かに震えていた。

「・・・紫織さん・・・」
さすがの真澄もこれ以上は紫織との関係をこのままにしておく訳にはいかない事を知る。
「何を言い出すんですか」
宥めるように、優しい声で口にする。
「・・・いえ、私は・・・ただ・・・。思った事を口にしただけです。お忙しいのに、失礼しました」
そう告げ、紫織は社長室を去った。

真澄様・・・。
なぜですの・・。
なぜ、私の方を向いてくれないんですか・・・。

涙を堪えながら、紫織は何とか大都芸能を出た。





「・・・先生・・・。私はあの人の事を忘れられるのでしょうか・・・」
梅の木を見つめながら、隣に立つ、月影に問うように囁く。
その表情は寂しさと悲しさが混じっていた。
「・・・遠い昔、私もあなたと同じような想いを経験しました」
月影の心に尾崎一蓮の姿が浮かぶ。
「それはとても、忘れる事ができぬ想いでした。あの人にはもう、既に妻がいて、私なんて入る余地もなかった」
切なそうに瞳を細め、梅の木を見る。
「こんなに苦しい想いをするのなら、忘れたいと、あの人が亡くなった後も、幾度も思いました。でも、私は一蓮と出会えた事は
今ではとても誇りに思います。あの人に出会え、私は人として生きる事ができた。芝居の楽しさを知った。何もなかった私の人生に希望を与えてくれた。
そして・・・。マヤ、私はあなたと出会えた」
にっこりと微笑み、暖かい瞳でマヤを見つめる。
「一蓮の魂を私が引き継ぎ、そして、あなたに引き継ぐ事ができた。この世に何かを残す事ができた。
私は幸せです。今まで平坦な道のりとは言えなかったけど・・・。一蓮と出会えた事が私にとって何よりも幸福な事でした」
月影の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「あなたが今、苦しんでいる想いはいつか、報われます。それ程まで思える人と出会えた事は役者として、人として、あなたの宝になるでしょう。
マヤ、あなたの思うままにしなさい。あなたの人生なのですから」
「・・・好きになってはいけない人でもですか?」
月影の方を振り向き涙を湛えた瞳で見つめる。
「あなたがそれ程まで惹かれるのなら、好きになってはいけない相手ではありません。今は無理でも、きっと、その人もいつかあなたの想いに答えてくれるはずです」
月影の言葉にマヤは絶え間なく涙を流した。
そんなマヤを月影は母親のように抱きしめていた。




「・・・ちびちゃん・・・」
会社を出ると毎晩のように真澄は病室に訪れた。
まだ彼女の意識は戻らない。
日ごとに彼女の顔色が青白くなっていくようだった。
じっと、マヤを見つめ、誰もいない病室で涙を流す。

このまま君が目覚めなかったら・・・俺はどうすればいいんだ・・・。

拳を口にあて、声を噛み殺すように涙を流す。
どうする事もできない自分にやるせなさを感じる。
マヤを守れなかった後悔が募り、胸が苦しくなる。

真澄は一晩中泣いていた。

そして、明くる朝、月影千草の死が真澄の耳に入った。






                                         

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