紅 天 女 -8-



   「・・・マヤ、素晴らしかったですよ」
   舞台が終わり、月影が穏やかな表情で語りかける。
   「・・・先生・・・」
   月影からの一言に嬉しそうな笑みを浮べる。
   「そして、亜弓さん、あなたの紅天女も素晴らしいものでした」
   隣にいる亜弓にも言葉をかける。
   「・・・ありがとうございます」
   亜弓は深々と月影に頭を下げた。
   「審査結果は3日後にでます。二人ともそれまでゆっくりと休んでいて下さい」
   そう言うと、月影は演劇協会の重鎮たちの方へ源造を伴い歩いていった。

   「・・・マヤさん、ありがとう。あなたと競えて幸せだった」
   二人きりになると、亜弓が静かにマヤの方を見る。
   「・・・亜弓さん・・・私の方こそ、亜弓さんと競えて嬉しかったです」
   マヤの言葉に亜弓は軽く笑みを浮べた。
   「あなたにそう言ってもらえると嬉しい。結果がどうなっても、私には悔いがない。精一杯の自分を出す事が
   できたから・・・あなたという才能と競えたから・・・」
   そう言葉を残すと、亜弓は劇場を出た。

   ・・・亜弓さん・・・。

   亜弓は一人きりになると、涙を流した。
   彼女にはわかっていたのだ。
   誰が紅天女に選ばれるか・・・。

   でも、後悔はない・・・。
   一人の天才と本気で向き合い、競う事ができたから・・・。
   役者として何かを掴む事ができたから・・・。
   晴れ晴れとしたものが亜弓の心の中に広がっていた。




   「・・・真澄様・・・」
   舞台が終わり、会場中を探したが真澄の姿はどこにもなかった。
   婚約者の自分を置いていってしまうなんて・・・。
   紫織の胸の中にやりきれなさが募る。
   今日、再び劇場に入ってきた真澄は彼女の知っている彼とは別人の顔をしていた。
   そして、劇中に舞台から注がれたマヤの視線の先にいたのが真澄だという事を紫織は気づいていた。
   ずっと、舞台が終わる迄嫉妬に駆られていた。
   ただの舞台だと思おうとしたが、マヤの演技がそうだとは思わせてくれない。
   あれは間違いなく、真澄に対する想いを込めていた。
   その切なくも、一途な想いに紫織は気が狂ってしまうみたいだった。

   一体、真澄はどんな気持ちでそれを受け止めていたのだろうか・・・。

   ふと、自分と真澄は一生混じり合う事がないと思えた。
   どこまでいっても、紫織一人の片思い・・・。
   真澄が彼女の方を振り向いてくれた事がただ一度でもあっただろうか・・・。
   永遠に真澄の気持ちは自分のものにならない気がする。
   考えたくはないけど・・・そう思わずにはいられなかった。




   愛しくて仕方がない・・・。
   あの子の事しかもう考えられない・・・。

   真澄は逃げるように劇場を出た。
   今、マヤに会えば自分がどうかしてしまう事が目に見えていたからだ。
   舞台の上から向けられた表情や視線が彼の理性を狂わせる。
   マヤは紫の薔薇の人の席にいた真澄を見ても驚かなかった。
   それどころか、切ない表情で彼を見つめるのだ。

   マヤ、俺が紫の薔薇の人だと知っていたのか・・・。

   そんな疑問が膨れ上がる。

   ”・・・私、紫の薔薇の人が好きです・・・”

   数日前に彼女の口から聞いた言葉がハッキリと脳裏に浮かぶ。
   彼女は俺だと知っていて、口にしたのか・・・。
   彼女の本心を確めたい・・・。




   ・・・速水さん・・・。
   もしかしたら、真澄が紫の薔薇を抱えて、会いに来てくれるかもしれない。
   そんな淡い期待を持ち、マヤは控え室に一人いた。
   真澄は確かに、今日、マヤが招待した席に座っていた。
   紫の薔薇の人として、舞台を観てくれた。
   だから、真澄を待っていたかった。

   しかし、その期待は叶わなかった・・・。
   一向に待っても、その日速水の姿を見る事はなかった。

   ・・・速水さん・・・。
   自分の気持ちがやはり、迷惑だったのかと不安になる。
   嫌、それよりも、真澄にちゃんと届ける事ができたのか気になり出した。

   「・・・マヤちゃん・・・」
   桜小路が控え室に入ってくる。
   「・・・もう、帰ろう・・・。誰もいないよ・・・」
   その言葉にマヤの瞳が涙に濡れる。
   「・・・私、何やってるんだろう・・・」
   涙声にマヤが呟く。
   心のどこかで、真澄が答えてくれるとマヤは信じていた。
   しかし、それは今、大きく打ち砕かれたのだ。
   「・・・大きな失恋しちゃった・・・」
   涙を浮かべ、空ろな表情で微笑む。
   そんな彼女を堪らなく、桜小路は抱きしめた。
   「・・・僕がいる・・・僕が君の側にいる・・・」
   マヤは桜小路にもたれかかるようにして、泣いていた。





   「・・・社長・・・社長・・・?」
   真澄の意識を取り戻すように声がかかる。
   「・・・えっ・・・」
   ハッとし、意識を戻す。
   真澄は朝出社してからこんな調子だった。
   まるで、心をどこかに置いてきてしまったように一日中ぼんやりとしている。
   「・・・会長がお見えですが・・・」
   水城のその言葉に緊張した面持ちになる。
   「・・・おやじが?」
   英介が態々、会社に来るという事は紅天女の事だろうと、予想した。
   「はい。応接室で社長をお待ちです」
   「・・・そうか」
   水城の言葉を聞くと、真澄は社長室を出た。
   きっと、穏やかな話ではないと覚悟を決めるように深呼吸をする。

   「・・・お待たせしました」
   応接室に入ると一気に緊迫したように空気が流れ込む。
   「上演権はどう手を打っている?」
   何の前置きもなく、核心をつく。
   「・・・今は結果待ちという所です。何て言ったて、まだ紅天女が決まっていませんからね」
   英介に飲まれないように真っ直ぐと彼を見る。
   真澄の言葉に英介は苦笑を浮べた。
   「おまえに分からない訳はなかろう?昨日の舞台を観ればどちらが紅天女に選ばれるか一目瞭然だ」
   真澄の心を読むように口を開く。
   「・・・良いな。どうするべきかわかっているな。手に入らない場合は潰せ」
   英介の言葉に真澄の胸が痛む。
   「話はそれだけだ」
   英介は要点だと言うと会社を出た。

   「・・・潰せ・・・か」
   真澄の顔色が悪いものに変わる。

   何か手を打つべきだな・・・。





   アパ−トにマヤが戻ると紫の薔薇の花束が置かれていた。

   ・・・速水さん・・・。

   マヤの心臓が大きく高鳴る。
   薔薇を手にとり、その中のカ−ドを見てみる。

   『6時に使いの者を迎えにやります。あなたに私と会う気があるのなら、待っていて下さい』

   その言葉に時計を見ると、もう5時を回っていた。
   「・・・大変!」
   マヤの胸がそわそわし出す。
   落ち着かない気持ちになり、1分毎に時計を見つめてしまう。

   そして・・・約束の6時・・・。

   コンコン・・・。
   ドアを叩く音がする。
   「はい」
   ドアを開けるとそこには聖が立っていた。
   「・・・お迎えにあがりました」





   マヤ・・・。
   真澄は今、伊豆の別荘にいた。
   ここなら、誰にも邪魔されずゆっくりとマヤと向き合えると思ったからだ。
   上演権の事もあったので、マヤに会う必要があった。
   はたして、マヤと二人きりになって自分を抑えられるか・・・。
   それだけが不安だった。
   彼女の前では決して、本当の速水真澄を出してはいけない・・・。
   あくまでも、大都芸能の速水真澄でなければならない・・・。

   きっと、またあの子に嫌われる事をしてしまうのだろうな・・・。

   これから自分がしかける事に、真澄は胸を痛めた。







                                         

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