蒼 い 雨ーAUTHOR まゆー


     軽くしずくを払って濡れた傘を丁寧に巻き止める
     地下鉄の駅へ続く狭い階段を人の流れに押されるように降りた
     家路を急ぐ人は皆足早で、無言で改札口へと吸い込まれていく
     家に帰るなら、改札を入って右の階段へ
     ―――― でも
     足は自然と左の階段を降りることを選んでいた
     ここから2駅先に、あの人のオフィスがある

     無性にあの人のそばに行きたかった
     10時少し前
     この時間なら、あの人はまだ会社にいるはず
     もしかしたら、あの人に会えるかもしれない
     そんなかすかな期待だけで私は滑り込んできた地下鉄に乗った

     「次は赤坂。赤坂。TBS前です」
     録音のアナウンスが空いた車内に大きく響く
     その声に背中を押されて、私は立ち上がった

     湿気をはらんだ空気がひんやりと満ちる夜の駅
     切符が自動改札に吸い込まれて、ガチャンとゲートが開く
     なんだか背筋が震えるのは冷たい雨のせいだろうか

     思えば、いつもこの駅の階段を怒りに任せて駆け昇った
     よくもこんなひどいことを・・・、と
     あの人の仕打ちに傷ついて、文句を言ってやる、と息巻いて
     それが私とあの人が培ってきた歳月だった

     でも、まさかこんな気持ちを知る日が来るなんて・・・

     階段を昇りきって、傘を開いた
     雨はまだ降り続いている
     テレビ局の大きなビルも霞んで見える

     焼肉屋さんの並ぶ街をゆっくりと歩く
     こんな天気のせいか、赤坂の街もなんだか静かだ
     駅からほんの5分
     大きな神社の森が黒く見えるその手前に彼の会社のビルがそびえていた

     「社長室、電気がついてるかな・・・」

     傘を背中の方へ傾けてビルを見上げた
     社長室はこのビルの最上階、20階の一番奥
     何度も押しかけているからよく知っている

     あった・・・ぽつんとそこだけ明るい部屋
     速水さんのいる部屋だ・・・

     雨つぶが傘を打つ
     ―――― 愛してる、愛してる・・・
     真っ暗な空から降りしきる蒼い雨が、私の心を打つ

     伝えられない、知られてはいけない思い
     心は叫びだしそうなのに、決して口にできないこの思い
     愛してる・・・
     言葉にできない思いが、涙のかわりに雨になる

     速水さん・・・愛してる
     頬が濡れる・・・降りかかる雨のせいばかりではなく

                         

    


     秘書も先に帰して、ひとり書類の山と向かい合う
     企画書、報告書、稟議書、契約書
     明日でも構わない書類を今夜片付けたところで、誰がほめてくれるわけでもない
     だが、残業でもして心が何も感じなくなるまで体をいじめないと、眠ることもできない
     我ながら情けない、速水真澄ともあろう者が
     理性がそう訴えるが、自分でももうどうしようもなかった

     さすがに疲れを感じて、大きく伸びをしながら立ち上がってみる
     両肩をほぐすように回して窓辺に歩み寄った
     20階から見下ろす街は、雨に閉じ込められて薄墨色に沈んでいた
     窓ガラスをいく筋ものしずくが流れ落ちていく
     それに自分の姿が重なる
     俺の頬を、俺の心を伝うしずくのようにすら見えた・・・

     ―――― マヤ・・・
    
     もう稽古は終わっただろうか、ちゃんと家に帰りついただろうか
     あの子ときたら、稽古に夢中になると食事すら忘れてしまうから
     また痩せてしまってはいないだろうか

     次から次へと湧き上がる思い
     こういうことを考えないように、無理に仕事をしていたというのに
     これでは今夜もあの子を思い出して眠れなくなりそうだ

     マヤ、君を愛している
     それは決して受け入れられるはずのない思い
     彼女は俺を憎んでいて、顔を合わせれば罵られるばかり
     だから、この思いは俺の心の中だけのもの

     まったく、速水真澄ともあろう者が・・・

     ふっと小さく笑って、窓に額を押し付けた
     眼下を走る道路には客待ちのタクシーの灯りがいくつもちりばめられている

     正面玄関の照明に照らし出されて傘がひとつ、小さく揺れていた
     あのピンク色の傘は・・・!もしかして?
     ゆっくり傘が傾けられ、傘の持ち主がビルを見上げた

     なぜ彼女がここに?
     だが、その疑問に答えを見つける前に俺は走り出していた
     エレベーターに乗り込んで「閉」ボタンを連打する
     階数表示ランプが右から左へ走るのを見上げて逸る心を必死でなだめた
     再びエレベーターの扉が開いたその瞬間、俺は夢中で駆け出した
     守衛が驚いた顔を向けているのにも構わず、雨の中に飛び出して行った


     「速水さん!」
     ワイシャツの袖をめくり、少しネクタイを緩めたあの人が目の前に突然現れた
     「どうしたんですか!」
     あまりのことに、それだけ言うのが精一杯だった
     「君こそ・・・」
     少しだけ目を細めて、あの人が私を見た
     あの人の髪が、肩先が、降りしきる雨に濡れていく
     「濡れます!」
     慌てて傘を差しかけた
     背の高いあの人に届くように必死で腕を伸ばして・・・

     「こんな時間にどうしたんだ?」
     聞かれて、何と答えればいいのかと口ごもった
     黙ったまま俯いた私から、あの人が傘を奪う
     「君の方こそ、濡れている・・・」
     あの人の腕が私の背中を抱いて、傘の下へと押し込んだ
     頬があの人のワイシャツに押し付けられる
     薄いシャツの下のあの人のぬくもりがそのまま頬に染み込んで来る・・・

     あの人が差しかけてくれた傘を雨が打つ
     ―――― 愛してる、愛してる・・・
     真っ暗な空から降りしきる蒼い雨が、私の心を打つ

     あの人の鼓動も、私の頬を打つ
     雨と同じリズムが私の心に刻まれていく

     気が付いたら、あの人の背中に腕を回していた
     あの人も黙ったまま片手で私の背中を抱いている・・・

     不意に傘が足元に転がった

     「・・・これからは、俺が、君の傘になる・・・」

     あの人の両腕に閉じ込められたまま、私はただ頷いた
     降りしきる蒼い雨があの人を濡らす
     ―――― 愛してる、愛してる・・・
     私の思いがあの人に降り注ぐ

     ―――― 愛してる、愛してる・・・



                     



Music by 〜蒼い雨〜
Copyright (C) 2000 AI &LUNA




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【Catの一言】
お中元ありがとうございました♪マヤちゃんと速水さんの想いと雨が重なって切なかったです!
「・・・これからは、俺が、君の傘になる・・・」このセリフにはもぅぅ!!悶えさせて頂きました(笑)
ところで怖いもの知らずにも挿絵入れてみたりしました(笑)作品のイメージ壊したりしたらすみません(^^;


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