巡り会い・・・。

 
(ななな様から頂きました)


「今日からここがおまえの家だよ」
男はそう言い、小さな少女を連れてきた。
少女にはここがどういう場所かわからなかった。
艶やかな化粧に着物を着た女たち。
そして、身なりのいい格好した男たち。
初めて見る世界に少女は胸をときめかせていた。

ここが遊郭だという事も知らずに・・・。

時は明治、吉原の次に由緒があるという遊郭”紫屋”に少女は引き取られた。
そして、その事が彼女の運命の始まりであった・・・。



「・・・ぼくはこういう所はあまり・・・」
「まぁ、そう言わず。若旦那も偶には、こういう所で息抜きをするべきですよ」
彼が接待に連れて来られたのは、遊郭だった。
「ここは美人揃いなんですよ」
「これは、吉沢様、いらっしゃいませ」
紫屋の主が直々に出迎える。
「遊びに来させてもらった。こちらは、速水財閥の若旦那様だ。大切なお客様だから、そうそうのないように頼む」
「はい。もちろんでございます。さあ、こちらへどうぞ」
二人が通されたのは紫屋でも、一番のお座敷であった。
「桜を読んでもらいたい」
主人にそっと吉沢が耳打ちする。
吉沢が指名したのは紫屋No.1の遊女だった。
そのうっとりするような美しさと艶かしさに幾人もの男を魅了し、今ではこの界隈でもNo.1の座をしめている。
「えぇ。もちろん。吉沢様の為にすでに呼んでいますよ」
そう言い、パンパンと主が手を叩くと、座敷の障子がスッ−と開き、桜を先頭に10人以上の遊女たちが現れる。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
輝くような笑顔を浮かべ、桜は吉沢と速水の隣に座った。
他の遊女たちも彼らの周りにあつまり、芸事などをして楽しませた。

「・・・どうだね。若旦那。偶にはいいだろう」
上機嫌で吉沢は杯を重ねていく。
「・・・えぇ・・・まぁ・・・」
速水も気づけば、心地のよい酒を飲んでいた。
「・・・フフフ。桜はいい女だろう。気に入ったのならば、今夜の相手をさせるが、どうかね?」
速水の耳元で囁く。
その言葉に内心ドキリとし、男の本能が目を覚ます。
目の前で三味線に合わせて、優雅な踊りを見せる桜を見つめる。
ゴクリと唾を飲み込むが、彼は頭を振った。
「・・・いいえ。私は今日はこれで帰りますよ。吉沢さんとお酒が楽しめてよかった」
速水はなぜか気が乗らなかった。
この所の仕事で彼は女を抱くよりも一人でゆっくりと眠れる事の方を望んでいた。
「若旦那。そう言わず。今夜は楽しんでいきなって」
吉沢は速水の父親の友人で、彼の誘いを断る事などできなかった。
「・・・はぁぁ・・」
小さくため息をつく。

まぁ、これも仕事のうちか・・・。

「厠へ行ってきます」
そう言い、速水は立ち上がった。
「若旦那。ちゃんと戻ってこいよ」
速水に釘を刺すように吉沢は言った。





「全く!あんた!お客様になんて事したの!!」

紫屋に来て一週間、少女は料理を運んだり、酒を運んだりと、女中として働かされていた。
まだ、慣れない雰囲気にあがってしまい。客の上に熱い酒を零してしたまったのだ。
「・・・すみません・・・」
「まあまあ・・・お鈴ちゃん、そんなに怒ったら可哀想だよ。よく見るとかわいいじゃない。この子」
少女が酒をひっかけた客は好色の目で彼女を見た。
「決めた。今日はこの子に相手をしてもらおうかな」
その言葉に、少女はビクッとした。
「・・・青木様、しかし、この子はまだ、教えていないので・・・。それにまだ子供です」
「子供?君、年はいくつだね」
「・・・13です」
少女は消えそう小さな声で口にする。
「13なら、大丈夫。俺は12の子も抱いた事がある」
そう言い、粘りつくような目で少女を見る。
少女は男の視線に不快な気分になっていた。
手や足が震えだし・・・どこかに逃げ出してしまいたかった。
「俺が最初から最後まで教えてやるよ」


「ほら、じっとして、青木様がおまえをお待ちだよ」
高価な着物を着せられ、髪を結われ、化粧をさせられる。
少女はさっきから震えがとまらなかった。
ここに来て一週間、ここがどいう場所なのかはおぼろげながらわかっていたが、まさか自分が客をとるとは夢にも思っていなかった。
ずっと、女中として働くものだと心のどこかでホッとしていた。
「なんだい。マヤ。その泣きそうな顔は・・・。せっかくの化粧が映えないじゃないか」
鈴の言葉にマヤはドキッとした。
「だって・・・鈴さん・・・。私、私、どうしたらいいのか・・・」
鈴はマヤが紫屋に来てからの世話係りだった。
「・・・まぁ、確かに気の毒だと思うよ。私だって初めて客をとったのは15の時だったからねぇ」
同情するようにマヤを見る。
「しかし、仕方がないんだ。あんたはここに来てしまった以上、遅かれ早かれこうなる」
「・・・鈴さん・私・・・怖い!」
「大丈夫。青木様は優しくしてくれるよ」





「・・・どうしたらいいの・・・。私・・・」
速水が廊下を歩いていると、涙交じりの声が聞こえた。
ふと、気になり、足を止める。
人目につかない所で壁に寄りかかって泣いている遊女の姿があった。
「・・・君、どうしたの?」
自然と口が開く。
「えっ」
彼の声にまだあどけなさが残る遊女は驚いたように振り向いた。
瞳と瞳が合い、ドキッとする。
優しそうな彼の瞳に自然と涙が流れてくる。
「・・・私・・・え−−−ん」
堰を切ったように彼女は彼に泣きついた。
「おっ、おい」
彼女の泣き声に驚いたように声をあげる。

まいったな・・・。

この状況にどうしたものかと、考え、とりあえずは彼女を宥める事にする。
彼の胸に顔を埋めて泣いている彼女の背中をそっと包み込む。
「・・・大丈夫だよ。大丈夫。俺は君の味方だ。何があったか話してごらん」
彼の言葉に涙声で、彼女は今夜初めて客をとる事を話した。
「・・・そうか。それは大変だな・・・」
じっと腕の中の彼女を見つめる。
化粧はしているが、まだ、まだ幼い顔があった。
「・・・君、いくつだい?」
「・・・13です・・・」
その言葉に速水は強い衝撃を受けた。

13で、この子は男に抱かれるのか・・・。

信じられない現実に、何かがこみ上げてくる。
不安そうな少女に胸が痛くなった。
「・・・わかった。俺が何とかしよう・・・」
そう言い、速水は彼女の手を引っ張って、歩き出した。
「あの、どこに・・・」
涙を拭い、不安そうに見つめる。
「安心しなさい。悪いようにはしないから」




「ご主人。俺は今夜はこの子を相手にしたい」
速水は座敷に戻ると、吉沢と飲んでいる紫屋の主に言った。
「えっ」
主は驚いたように速水が連れてきた少女を見た。
「おまえは確か・・・マヤ。なぜ、そんな格好をしている」
遊女の格好をしたマヤに主は眉を上げた。
「あの・・・。青木様の相手をするように言われて・・・。それで、鈴さんに支度して貰ったんです」
「青木様の・・・。そうか。で、速水様はその子がいいとおっしゃるのか?」
「あぁ。先約がある用だが、これで何とかしてくれないか?」
財布を取り出し、厚い札束をポンと主に渡す。
「・・・えぇ。速水様のためなら。どうぞ、お好きにして下さい。青木様には私から言っておきますから」
主は速水が出した金に機嫌を良くした。
「では、すぐにお床の用意をさせますか?」
「うん。頼む。吉沢さん、悪いですが、先に失礼させて頂きますよ」
吉沢は速水が連れてきた遊女に少し驚いていたが、やっとあの堅物が女を抱く気になった事に機嫌が良くなった。
「えぇ。ごゆっくり。若旦那」





閉められた障子の先には寝心地の良さそうな布団が一組だけ敷いてあった。
部屋の照明は抑え気味で、少し暗い感じがした。
マヤは初めて、この部屋に入った。
速水に任せろと言われて、何の抵抗もなく、ここまで来てしまったが、やはり、今夜は逃げられない事を悟ると、
涙を浮かべた。
「・・・どうした?何を泣いている?」
布団を目の前にシクシクと泣く、彼女に先ほどと変わらぬ優しい声を投げかける。
「・・・いえ・・・。その。私、初めてで・・・」
その言葉に速水は突然、笑い出した。
「はははははは。そうか。すまない。俺はまだ君を安心させていなかったな」
速水の笑い声に少し、ムッとする。
「どういう意味ですか?」
「・・・つまり、君を抱く気なんてないって事さ。昨日からあまり、眠ってなくてね。悪いが俺は眠らせてもらう。
君も適当な時間になったら、自由に出て行きなさい」
速水の言葉に緊張していたものが零れ落ちる。
「・・・えっ、でも、どうして・・・」
不思議そうに速水を見つめる。
「・・・どうしてって・・・」
そう問われて、速水も自分の気持ちに疑問を持った。

確かに、俺はどうしてこの子を助けたのだろう・・・。
初めて会ったばかりなのに・・・。

いや、ただ、単にゆっくり眠りたかっただけだ。
そう、それだけだ・・・。

「君も変な事聞くな。俺の気まぐれさ。それより、俺は眠りたいんだが、そろそろいいかな」
速水の言葉にマヤはハッとした。
「あっ、すみません。あのどうぞ」
マヤの言葉にクスリと笑い、速水は布団の中に入った。
「そうだ。君名前は?」
目を閉じる前に、彼女を見る。
「・・・マヤです」
「・・マヤか・・・。おやすみ」
そう言うと、速水は睡魔に襲われるように深い眠りに入った。
マヤはじっと、速水の寝顔を見つめていた。
そして、いつの間にか彼女も速水を見つめながら、畳の上で眠っていた。

「・・・うん?」
夜中にふと、速水が目を開けると、まだ、マヤはいた。
彼の寝顔を見つめるように布団の隣で眠っている。
「・・・風邪ひくぞ・・・」
布団から手を伸ばし、彼女に触れると、ヒヤッとした冷たさが伝わってくる。
速水は驚いて起き上がった。
「君、君・・・。こんな所で眠っていたら風邪をひくぞ」
軽く、体を揺すってみるが、起きる気配がない。
「はぁぁ・・仕方ないなぁぁ・・」
小さな体を抱き上げると、布団の上に寝かせ、速水も同じ布団に入り、冷たくなった彼女を抱きしめるようにして、再び眠りについた。


あたたかい・・・。
なんだろう・・・この安心する感じは・・・。

マヤは眠りながら、居心地の良さを感じていた。
優しい誰かの温もりに、紫屋に来て初めて、落ち着いて眠る事ができた。


「起きたかい?」
翌朝、そっと、誰かの声が彼女の耳元に響いた。
「えっ」
驚いて声のした方を見ると、速水がいた。
そして、同じ布団で眠っている事に気づく。
「・・・あの・・・私、どうして・・・ここに」
頬を赤くし、速水を見る。
「君が畳の上で寝ていたからね。安心しろ。俺は何もしちゃいない」
クスリと笑い、布団から起き上がる。
「中々、良く眠れたよ。じゃあな。ちびちゃん」
そう言うと、呆然としているマヤを置いて、速水は部屋を出た。
次の瞬間、ハッとし、マヤも彼を追いかけるようにして部屋を出た。


「あの!」
玄関で靴を履いてる彼を見つけ、声をかける。
「・・・うん。何かね?」
息を切らせ、走った彼女を少し驚いたように見つめる。
「・・・ありがとうございました・・・」
深々と速水に頭を下げる。
「俺の方こそ、君のおかげで昨夜はよく眠れたよ」
小さく笑い、告げる。
「・・・あの。また、来てくれますか?」
頬を赤らめ、一途な瞳で彼を見つめる。
速水はじっと、彼女を見つめ、優しい笑顔を向けた。
「あぁ。きっと、来るよ。ちびちゃん」

その言葉の通り、速水はマヤの元に通いつめた。
二人で同じ布団で眠り、他愛もない話をする。
そんな無邪気な時間に彼は安らぎを感じていた。

しかし、そんなある日、彼が偶々マヤに会いに行かなかった日に、彼女の身に不幸が襲った。
その日に限って、マヤをずっと狙っていた青木が紫屋を訪れていたのだ。
今度こそ、マヤは速水に助けてもらう事ができず、青木に抱かれたのだった。
青木は泣き叫ぶ、彼女を容赦はせず、抱いた。
もちろん、それは彼女にとっての初めての経験となった。
その日から、マヤは人を寄せ付けなくなった。
無邪気な笑顔は消え、代わりにあるのは涙に濡れた顔。

速水は久々に紫屋を訪れ、マヤの変化に驚いた。

「・・・一体・・・何があった」
彼がそう問い詰めても彼女は首を横に振るだけで何も答えず、速水から顔を背けていた。
「・・・主!主!!」
速水は仕方がなく、主を呼びつけた。
「はい。何でしょうか」
「この子に何があった?俺以外は客は取らせぬようにと言ってあったが・・・まさか・・・」
速水の瞳が鋭く主に注がれる。
「・・・いえ、そんな事はあるはずがありません。お言いつけ通り、客はつけていないはずですが」
そう言い、主は鈴を呼んだ。
「鈴、マヤに客をつけたのか?」
主の答えに鈴は震えていた。
「・・・はい・・・。あの、青木様がどうしてもと・・・おっとしゃったので・・・。それに、マヤはもう何度も速水様に抱かれているから、
大丈夫だと思ったのです」
その言葉に速水は体中の血が煮えたぎるのを感じた。

何だと・・・この子が、男に抱かれたというのか!
まだ13歳のこの子が・・・。

速水は手にしていた杯を壁にぷつけた。

ガッシャ−ンという音が響き、主も鈴も真っ青になる。
「わかった。もう下がれ!!マヤと二人だけにしてくれ」
怒りを露にした声で速水が告げると、主と鈴はいそいそと消えた。
マヤは取り残されて不安だった。
ここにいる速水は彼女が知っているいつもの彼とはまるで別人のように見えた。
無言で、マヤに近づき、布団の上に押し倒す。
「やっ」
抵抗しようとしても彼は許さなかった。
「青木に何をされた。ヤツはこんな事をしたのか」
そう言い、首筋に唇を這わせ、着物を脱がせていく。
乱暴な速水の愛撫に、マヤの瞳から涙が流れる。
そして、すすり泣く声が聞こえた。
速水はその声を聞き、ハッとする。

「・・・すまない・・・俺はただ・・・」
罪悪感に襲われ、半裸になった彼女に布団をかけた。
「・・・速水さん・・・怖いです。いつものあたなじゃないみたいで・・・」
涙に濡れる瞳で真澄を見つめる。
「・・・ちびちゃん・・・」
速水の胸は切ない想いで苦しくなった。
生まれて初めてこんな気持ちを感じる。
「・・・すまなかった。君に怖い思いをさせて」
そっと、宝物を扱うように、マヤの頬に、額にキスをする。
そのキスにマヤの胸が締め付けられる。
速水を好きだという感情が溢れ出し、再び、涙を流す。
「・・・速水さん・・・・忘れさせて下さい・・・。青木様の事を忘れさせて下さい」
速水にしがみつきながら、涙声で訴える。
「・・・お願い・・・忘れさせて下さい」
彼女の言葉に胸が熱くなる。
「・・・マヤ・・・いいのか?」
速水の問いに彼女はコクンと頷いた。

その夜、マヤは速水に初めて抱かれた。
彼の愛撫はとても優しくて、触れ合うだけで、マヤは幸せな気持ちになれた。
何度も一つになり、速水の腕の中で、息絶える。
時間を惜しむように二人は抱き合っていた。

そして、夜が明ける。

「・・・速水さん・・・また、来てくれますか?」
彼の腕の中で小さく呟く。
速水は愛しむように小さな彼女を抱きしめた。
「あぁ。何度でも君に会いに来る。もう、俺以外の男に抱かせはしないよ」
「嬉しい」
輝くような笑みを浮かべて、速水に抱きつく。
速水は彼女が愛しくて仕方がなかった。
彼女を抱いてみて、気づかなかった思いに気づかされる。
自分でも信じられない程、彼女の事が好きだった。


速水はそれ以来一日もかかす事なく、マヤの元を訪れた。
マヤは速水から寵愛を受け、女として美しくなっていった。

それから、3年が経ったある日・・・。
速水の元に縁談が持ち上がっていた。

「私はまだ結婚などする気はありません」
父に対し冷徹な表情を向ける。
「おまえは速水財閥の後継者だぞ。妻もとらずに、毎日遊郭通いでどうする?速水家の名前を落とす気か!」
速水の父は彼の噂を聞き、急いで縁談の話を持ってきたのだった。
「・・・好きな女がいます。結婚するのなら、私は彼女としたい」
速水の言葉に父は笑い出した。
「ははははは。何だと!おまえ紫屋のマヤとかいう遊女と結婚する気か!ふざけるのもいい加減にしろ!」
父は速水に向かって手にしていた湯のみを投げた。
「いいな。真澄。この結婚におまえの意思など関係ない!」
命令的な口調で、述べ一睨みする。
父の命令は絶対的なものだった。
何があっても逆らう事は許されない。
唇を噛み締め、速水は耐えていた。



「・・・マヤ、俺と一緒にならないか?」
いつものように一緒に床の中に入り、速水が彼女を抱きしめながら、囁く。
「えっ」
驚いたように速水を見つめる。
速水の瞳はどこか悲しそうだった。
マヤにはわかっていた。
速水と一緒になる事ができない事を・・・。
自分は遊女なのだ。
速水財閥の跡取と一緒になれる立場ではない。
いくら愛し合っていても身分が違いすぎる・・・。
「あなたのその言葉だけで十分です」
マヤの瞳に涙が溢れる。
「・・・マヤ。すまない」
その涙の意味を悟り、速水は力強く彼女を抱きしめた。

「・・・結婚したら、もうここには来ないで下さい」
腕の中の彼女が小さく呟く。
「えっ!」
今度は速水が驚いたように彼女を見た。
「今日、あなたのお父様の使いの方が来ました。もうすぐあなたが結婚するという知らせを持って」
マヤの言葉に何かが突き刺さる。
「・・・結婚したら来ないで下さい。私を愛しているのなら、もう、二度と来ないで・・・」
切ない瞳を浮かべ、速水を見つめる。
「奥様の元に帰るあなたを見るなんて・・・私には耐えられないから・・・だから、来ないで下さい」
彼女の体は小さく震えていた。

・・・マヤ・・・。

胸が締め付けられるような思いに駆られる。
彼女の気持ちが肌を通じて伝わってくる。
強く抱きしめれば、抱きしめる程、息苦しい程の想いに駆られる。
マヤが愛しくて、恋しくてたまらなかった。

あぁ。どうして俺は彼女と一緒になる事ができない・・・。
なぜ、もっと違う形で出会わなかった・・・。

「大丈夫。私、あなたがいなくても、もうここでやっていけますから。もう、泣いたりなんてしませんから」
涙を拭い平気そうな顔を浮かべた。
「あなたに沢山愛してもらったから・・・。もう、大丈夫です。私もそろそろ一人立ちしないと・・ね」
無理に笑顔を作る。
「・・・嫌だ!俺が嫌だ。マヤが他の男に抱かれるなんて想像もしたくない!」
誰にも渡さないように強く抱きしめる。
「・・・速水さん・・・・苦しい」
胸が苦しかった。
きつく抱きしめられるよりも、速水と別れるなければならない事の方が苦しかった。
いつかは別れが来る事をどこかで知っていた。
しかし、それが、今だとは思えない。
彼がもうすぐ結婚してしまうなん、マヤには耐えられなかった。
「・・・君を離したくはない・・・。失いたくはないんだ」
熱の篭った声で告げる。
その言葉がじ−んとマヤの心に広がる。
愛しくて、愛しくて、愛しくて・・・涙が溢れてくる。


「・・・一つ、我がままを言っていいですか?」
抱き合ったまま、朝になり、マヤが口にする。
「何だ?」
「・・・私をどこかに連れていって下さい。昼間あなたと外を歩いてみたいの」





「わ−!私、お芝居なんて始めてなんです!!」
初めての劇場にマヤは目を輝かせた。
無邪気な彼女の表情に速水は嬉しくなった。
「ずっと、連れて来るって言っていたからな。気に入ってもらえるといいけど」
速水の言葉にマヤはにっこりと笑った。

芝居が始まると、マヤは強い衝撃を受けた。
何か心の中に熱い物が過ぎり、奮い立たせる。
熱心な瞳で見つめるマヤに、速水は連れて来れた事にホッとした。

芝居が終わると、マヤは速水にずっと今見た演目を話していた。
その表情の変わりぐあい、セリフの一言、一言に速水はマヤの中にある才能に気づいた。

「凄いな。一度見ただけで、全部覚えたのかい?」
「うん。何か、不思議なの。体中が熱くなって自分じゃなくなるみたい」
クスリと笑いながら言う。
「はははははは。君は女優になれるよ」
「女優になったら・・・。速水さん、観に来てくれますか?」
「もちろん。君の芝居は一つも見逃さない。俺が最初のファンだ」
「嬉しい。私、いつか女優になりたいです。あなたに観てもらうために」

それから一月後速水は結婚をした。
マヤが願った通り、速水は紫屋には来なかった。
互いに苦しい想いが日毎に大きくなる。
しかし、一緒になる事ができないのなら、会って彼女を悩ませる訳にはいかない。
速水は理性を振り絞って耐えていた。



「・・・マヤ、しっかり、しっかりするんだよ」
鈴は流行りの病にかかり、寝たきりになったマヤに呼びかけていた。
速水と別れてから彼女の中の生きる力はなくなっていくようだった。
日、一日と弱り、ついには起き上がる事もままならない。
もはや、遊女として使い物にならないマヤをこれ以上紫屋に置いておけなかった。
主は速水にマヤを頼むと言われていたから、そう簡単には見捨てられなかったが、他の遊女の手前、特別扱いもできないでいた。
「・・・マヤ、悪いがおまえには出て行ってもらうよ」
主はついにその言葉を口にした。
「安心しなさい。おまえの面倒を見てくれるとい人が山寺にいるんだ。そこでゆっくりと療養するといい」




「えっ!マヤがいない!」
マヤと会わなくなってから一年・・・。
ついに耐え切れなくなって速水は紫屋に訪れた。
「えぇ。体を壊して。今知人の所で療養させています」
「それはどこですか!」
速水はもういてもたってもいられなくなった。




「・・・速水さん・・・」
マヤは人里離れた山寺に預けられていた。
彼女の体は一日毎に弱っていた。
小さな体は痩せ細り、来る日も来る日も速水を思って涙を流していた。
「・・・マヤさん、また何も食べないで・・・」
かいがいしく世話をする寺の坊主も彼女の姿に胸を痛めた。
「・・・少しぐらいは食べないと」
「・・・お坊様、私、バチがあたったのかな・・・。あの人にもう来ないでなんて言ったから、助けてくれたあの人にあんな事言ったから。
あの人、私の言葉を聞いた時、とても辛そうな顔をしたの。とても辛そうな・・・」
「・・・マヤさん・・・」
「・・・あの人に会いたい・・・な」
窓の外を見つめ、マヤは呟いた。




「・・・マヤはいますか?」
速水は山寺を訪れた。
「あなたは?」
住職が出る。
「・・・速水真澄という者です」
速水の名にいつも彼女がうわ言のように口にしていた人物を思い出す。
「・・マヤさんに会ってどうなさるおつもりです。聞けばあなたは結婚をしたとか。未練を引きずるのですか?」
住職は厳しい視線を速水に向けた。
「全てを捨ててきました。今度こそ彼女と一緒になる為に。私には彼女しかいない。彼女が生きる活力なんです」
真っ直ぐに住職を見つめる。
その言葉に偽りはなかった。
速水は妻と離婚し、速水の家を飛び出してきたのだ。
「・・・だから、お願いです。マヤに会わせて下さい・・・」



「・・・マヤ・・・」
優しく呼ぶ声がした。
その声に薄っすらと瞳を開ける。
「・・・マヤ・・・今度こそ一緒になろう。俺には君しかいないんだ」
瞳に涙を溜めた速水がいた。
「・・・速水さん・・・!」
あまりにも信じられない現実に、マヤはまだ自分が夢の中にいるよな気がした。
「・・・会いたかった・・・」
速水は大切な宝物を扱うようにマヤを抱きしめた。
最後に抱き合った時よりも、一回り以上小さくなった体に胸が軋む。
熱い想いがこみ上げ、涙が止まらない。
「・・・速水さん・・・」
マヤは彼の腕の中で儚い笑みを浮かべた。

一月後、マヤは速水の腕の中でその短い生涯を閉じた。
その死に顔は安らかで幸せそうなものだった・・・。




そして、時が流れる。

北島マヤという13歳の少女は初めて劇場を訪れていた。

「あっ」
椿姫のチケットを見つめながら、席を探すと、数人の客とぶつかり、その反動で倒れそうになる。
「大丈夫?」
彼女を支えるように、誰かがそう言った。
「は、はい」
驚き、彼を見上げる。
なぜか胸の鼓動が早くなった。
遠い昔の記憶が薄っすらと彼女の心に浮かぶ。
そして、彼の胸にも・・・。

ここから、また新たな二人の物語が始まるのだった。




                                      THE END



【後書き】
ちょっと違った二人を書いてみたつもりですが・・・。
何か、パッと遊郭に通う速水さんと、遊女マヤっていう設定が浮かんだんですよね(笑)
かなり、今回は異色の二人だったと思います(苦笑)
一番書きたかったポイントは遊女マヤが速水さんにピ−−−される所だったんですけど・・・想像力乏しいもので、断念(着物ってどう書いたらいいのかわからなくて(苦笑))
これ最初地下に出す予定だったんですけど・・・途中で修正しました(笑)

まぁ、パロディのいい所は何でもありって所ですね。
もう少し遊郭や時代背景についてお勉強して書くつもりだったんですけど・・・書きたいって気持ちが暴走してしまいこんな駄作になりました(笑)

まぁ、軽く流して下さい(^^;

はぁぁ・・ところで、今年こそはガラカメ進展するのでしょうか?
またもんもんとした日々が続きそうです。

美内先生いい加減に描いて下さい(血涙)

ここまで、お付き合い頂きありがとうございました♪
今年も宜しくお願いします♪

2002.1.6.
Cat

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