涙 の 訳
「・・・速水さん」
突然、そう呼ばれ、振り向いてみると、マヤがいた。
どうした訳か泣いている。
普段は、俺にしかめっ面しか見せないのに・・・。
何があったのか急に不安になる。
「ちびちゃん、どうした?」
駆け寄り、彼女を見つめる。
俺の言葉にわ−と声をあげて益々泣きじゃくる。
その姿が愛しくて、つい、手が伸びてしまう。
ギュッと彼女を腕の中に閉じ込めて、彼女の涙が収まるのを待つ。
肩を震わせて、ひたすら泣く彼女が痛々しい。
こんな時、何て声をかけてあげればいいんだ?
日頃彼女の天敵とかしている俺はこんな時、気のきいた言葉も出てはこない。
大都芸能の速水真澄が女の子一人に戸惑うなんて・・・、周りが聞いたら卒倒しそうだ。
「・・・すみませんでした」
涙声で、腕の中の彼女が言う。
ようやく、泣き止んだようだ。
何だか、ホッとする。
「ちびちゃん、涙の訳を聞いていいか?」
務めて、優しく口にする。
俺の言葉に切なそうな瞳を浮かべ、じっと見つめる。
ドキッ・・・。
あまりの可愛さに、胸がドキドキと鼓動を立てる。
このまま離したくないな・・・。
ずっと、腕の中に閉じ込めてしまいたい。
「・・・ごめんなさい。それは言えません」
苦しそうに瞳を細め告げる。
その表情はまるで、恋にでも悩んでいるようだった。
・・・恋?
まさか、本当に?
不意に思った事につい、反応してしまう。
何を考えているんだ、俺は・・・。
彼女が恋に悩むなんて・・・。
嫌、否定できない事実でもある。
彼女もそろそろ恋をする年頃かもしれない・・・。
最近の彼女は綺麗になった気がする。
ちょっと前まで、まだまだ子供だと思えたのに・・・。
今では、こうして、一緒にいるだけで、心がかき乱される。
なんて事だ。この俺が・・速水真澄が・・・。
一体、彼女を悩ませているのは誰なんだろうか。
見知らぬ相手に嫉妬心がかき立てられる。
大切に見守って来た彼女が俺から飛び立ってしまうような、そんな寂しさが心に募る。
思えば、彼女に出会ったのはまだ、14歳の時だった。
熱い情熱を胸に秘めている彼女が羨ましかった。
人生にそれほど、夢中になれるものがあるとは、俺には知らなかった事だ。
彼女を見ていると胸が熱くなる。
そして、自分の中の何かが変わり始めた・・・。
気づけば、俺は彼女に紫の薔薇を贈り続けていた。
薔薇に込める思いは贈る度に大きくなる。
それに反して、俺と彼女の距離は遠くなるようだった。
「・・・ちびちゃん、辛い恋でもしているのか?」
紫の薔薇の人としての親心からそんな言葉が口を出る。
俺の言葉に、一瞬、顔を赤らめ、下を向く。
そうか・・・。やっぱり、恋なのか・・・。
心の中を冷たい風が通り抜けたみたいだ。
いつかは彼女も誰かに恋をするとはわかっていた事だが・・・悲しかった。
そういえば、前にもこんな思いをしたな。
確か、彼女が俺の元にいた時で、相手は彼女と同じドラマに出ていた俳優だった。
あの時は、心臓にナイフを突き立てられたようだった。
そして、自分がどれほど、彼女を愛しているかも、あの時知った・・・。
あの時から、俺の彼女への想いは大きくなる一方だ。
決して、振り向いてはもらえないとわかっているのに・・・。
不毛な恋だとわかっていても止められなかった・・・。
心が、身体中が彼女を愛してるいると・・・叫び出す。
それは、悲鳴にも近いものだった。
「・・・誰かは聞かないから、少し話してくれないか?君の辛さを・・・。誰かに話せば、少しはスッキリするものだぞ」
今の俺にできる精一杯の事。
彼女の言葉を聞けば、嫉妬で気が狂ってしまうかもしれないのに・・・。
でも、それでも、彼女が泣いているのを見るよりはましだ。
彼女の心が少しでも楽になるのなら、俺は何だってできる。
「・・・その人の事を思うと、苦しくて、胸が痛くて・・・」
苦しそうな表情を浮かべながら、彼女が口にする。
紛れもなく、その表情は恋に悩む女の顔だった。
彼女の意外な一面にまた強く惹かれている自分に気づく。
マヤ、君をそんなふうに思わせる男が許せない・・・。
「・・・どうかしちゃったみたいなんです。私・・・。こんな激しい気持ち、初めてで・・・」
不安そうに眉を潜め、俺を見つめる。
その瞳からは相手の男をどれだけ愛しているか伝わってくる。
初めてみる瞳に呼吸がとまりそうになる。
なんて、一途な気持ちなんだろうか。
彼女にここまで、思われる奴は幸せだな。
「マヤ、そんなに、その人の事が好きか?」
瞳を細め、彼女を見つめる。
俺の問いかけに、コクリと頷く。
完全に、俺の失恋だな・・・。
報われない恋だとわかってはいても、そんな事を思ってしまう。
スッと彼女を抱きしめる腕を解き、彼女に背を向ける。
今、彼女の顔をまともに見つめていられる自信がないから・・・。
きっと、俺は今にも泣き出してしまいそうな顔をしているんだろうな・・・。
「・・・そうか」
搾り出すような声で一言、呟く。
それは自分に諦めさせるような、納得させるような言葉。
彼女が誰かを愛しても俺の気持ちは変わらない・・・。
愛しているから、どうしようもない・・・。
骨の芯までその気持ちがどっぷりと浸かっていて、今更、どうする事もできない・・・。
一体、何時の間に、こんなに彼女の事が好きになったのだろう・・・。
こんな激しい想いが自分の中にあったのかと思うと、驚かされる。
気づけば、彼女を愛していた。
そこに理由なんてものは存在しない・・・。
魂が、心が、速水真澄が彼女を求めているのだ。
彼女の舞台を見る毎に、彼女と話す毎に、彼女を見つめる毎に、愛していた。
大都という名とも関係なく、一人の男として・・・。
出会った時から、俺の心は彼女に捕まった・・・。
一生逃れられる事はできない・・・。
「・・・ちゃんと、実らせるんだぞ、その恋を・・・」
彼女を励ますように、再び、振り向く。
彼女が幸せになるのなら、誰を愛したって構わない・・・。
それが多分、俺にとっても、幸せな事だと思うから・・・。
「・・・実ってはいけない恋でもですか?」
悲しい表情を浮べる。
彼女の口から出た言葉に、胸が止まりそうになる。
「・・・マヤ・・・。そんな事はない。君なら、間違った実り方はしない・・・」
俺の言葉に彼女が瞳を伏せる。
「まだ、相手に気持ちも伝えて、いないんじゃないか?」
彼女が驚いたように俺を見つめる。
やっぱり・・・。
内気な彼女の事だ。きっと、相手に気持ちも伝えられないのだと思った。
彼女らしいな・・・なんて、クスリと笑みを浮べる。
「・・・だったら、伝えなさい。そんなに好きなら・・・。実っていい恋かどうかはそこから考える事だ・・・。
気持ちを相手に伝えるだけでも楽になれるぞ」
自分でも、そんな言葉が口から出てくるなんて驚いた。
彼女を何とかしてあげたかった。
辛い恋から解放してあげたかった・・・。
だから、出たのかもしれない・・・。
自分の事は棚にあげて・・・。
「・・・私の好きな人には婚約者がいます」
小さな声で彼女が呟く。
えッ・・・。
その言葉にドキッとした。
「・・・それでも、気持ちを伝えていいんですか?」
一心に俺を見つめる。
何かが心の中に伝わる。
まさか・・・。
甘い予感が胸に過ぎる。
そんな馬鹿な・・・と何十回も心の中で呟く。
「・・・すみません。何でもないです」
戸惑ったように彼女を見つめていると、そう言い、俺に背を向ける。
「速水さんにお話聞いてもらえて、少しはスッキリしました。ありがとうございます」
背を向けたまま、そう言い歩き出そうとする。
きっと、彼女はまた泣いている・・・。
震える肩を見ながらそう思い、捕まえるように背中から抱きしめる。
「・・・は、速水さん?」
涙声で驚いたように俺の名を口にする。
「・・・聞きたい。君の涙の訳を・・・。お願いだ言ってくれ・・・」
初めて、彼女に男として向き合う。
気持ちが止まらない・・・。理性ではもう抑える事はできない・・・。
「・・・本当にいいの?」
俺の方に振り向き、泣き顔を向ける。
「あぁ。君の口から聞きたい」
抑える事のない熱い瞳で彼女を見つめる。
愛しさが全身を駆け抜け、正気でいられなくなり始める。
「・・・好きです・・・あなたが・・・」
切なそうに俺を見つめ、想いを口にする。
その瞬間、驚きが喜びに変わり、彼女をきつく抱きしめる。
恋しくて、愛しくて・・・涙が流れそうになる。
「・・・俺もだ・・・愛している・・・」
口にする事のできなかった想いを告げる。
腕の中の彼女が驚きの表情を浮べる。
「・・・愛していた・・・ずっと・・・」
そう言い、戸惑う彼女の唇に幾度もキスを繰り返す。
生まれて初めて、心の底から幸福を感じた。
THE END
【後書き】
今回は速水さんの側から書いてみました。速水さんってきっと、こんな事思っているんだろうなぁぁ・・なんて、
半分、なりきって書いてみました(笑)←危ない
いやぁぁぁ・・・それにしても、書けば、書くほど、味の出る男(笑)
妄想が尽きませんねぇぇぇ。
ここまで、お付き合い頂きありがとうございました♪
2001.11.10.
Cat