「・・・今まで、私と一緒にいてくれてありがとうございました。それだけで私は幸せです。だから、あなたが私を思い出してくれなくてもいいです。
あなたのしたいようにして下さい」

俺は取り返しのつかない事をしてしまったのではないだろうか・・・。
あの子の悲しそうな表情が浮かぶ・・・。

どうして・・・こんなに胸が苦しいのだろうか・・・。
この胸の苦しみの正体はやはり・・・あの子を愛しているから・・・なのか・・・。



                  

                 二度目の初恋−後編−





「社長、今日はお帰りにならないんですか?」
仕事に戻ってから一ヶ月、大した仕事のない日は夜9時には会社を出ていた真澄がまだ
社長室に残っている。
「・・・まだ、片付けるものがあるから・・・。水城君、俺に構わず、君は先に帰りなさい」
マヤとの間に何かがあれば、仕事に影響が出る。
記憶を失っても、真澄は真澄なのだと、水城は微笑した。
「マヤさんが、待っていますわよ。社長」
水城が口にした”マヤ”という言葉に思わず、手が止まる。
「・・・今日から、マンションには帰らない。速水の屋敷に帰るよ」
その言葉に水城は、驚いたように、真澄を見る。
「・・・何があったんですか?」
と、つい、余計な一言を口にしてしまう。
「・・・別に、何もない。ただ、このまま一緒にいてはあの子に申し訳なくて・・・。
俺は何も思い出せないのに・・・」
辛そうに目を細め、煙草に手を伸ばす。
「・・・なぁ、水城君、俺はどんなふうにあの子を愛していたんだ?」
救いを求めるような瞳で彼女を見つめる。
「・・・真澄様・・・」
こんな瞳をした真澄を見たのは初めてだった。
一見、彼は記憶を失っているとは信じられないという程に仕事をこなすのに、
内面的には何も思い出せなくて、不安なのだと・・・。水城は初めて気づいた。
やはり、ここにいる真澄は真澄であって真澄ではない。
だから、こんなにも繊細な瞳で自分を見るのだ。
「・・そうですね。私は、社長が初めて彼女の舞台を見た時に、惹かれたと聞きました。何でも、彼女は40度の熱をおして若草物語の”ベス”を
演じていたそうです」
水城は優しい表情を浮べた。
「・・・40度の熱・・・」
「はい。彼女は役作りの為に雨にうたれたのだと・・・。そして、そんな事を一切感じさせない演技をしたそうです」
真澄の胸の中にフッと何かが過ぎる。
「・・・すまないが、今まで彼女が演じた舞台を見たいのだが、ビデオか何かはあるかね?」
「えぇ、もちろん。すぐにご用意しますわ」
水城はそう言い、社長室を出た。





「・・・恋はいつか終わるものなのかな・・・」
久しぶりに麗と飲みながら、マヤは呟いた。
「えっ」
その言葉に思わず、彼女を見つめる。
マヤは何とも言えない淋しそうな瞳を浮べていた。
「・・・速水さん、まだ記憶が戻らないのか?」
「うん。一緒に生活をすれば、戻ってくれると思ったんだけど・・・。駄目みたい。
とうとう、別々に生活しようって言われた」
人事のように話し、マヤは目の前のグラスを呷った。
「もう、駄目なのかも・・・。私も、辛いの、速水さんが私の知っている速水さんじゃないから。
彼、いつも私に対して困ったような表情を浮べるの。そして、知らないような顔をするの・・・。
あんな速水さん、見た事なかった・・・」
じわりと気持ちが締め付けられ、涙声になる。
「これ以上、速水さんを私に縛り付けておくのも可哀想だし・・・。もう、いいんだ。
また私の片思い・・・。今度は振り向いて貰えるかどうかわからない・・・。
速水さんが別の女性を好きになっても、私は何も言えない・・・。だって、速水さんの人生なんだもの・・・。
人の心までは縛れない・・・。淋しいけど、辛いけど・・・。もう、ここでこの恋は終わり・・・」
とどめていた思いを口にし、マヤはまた別のグラスを一気に空けた。
「・・・私も吹っ切らないとね」
何かに諦めたように口にする。
自分を諦めさせるために・・・。
思いを絶つために・・・。






マヤと離れて暮らして一週間・・・。
そういえば、仕事の書類をマンションに置いてきた事を思い出し、真澄は一週間ぶりに、マンションに帰った。
時間は深夜0時を回っていた。
そっと、鍵を使ってドアを開ける。
書斎に行き、机の上に置かれていた茶色の紙袋を手にする。
すぐに帰ろうと思った瞬間、リビングに自然と目がいく。
明かりはついたままで、テレビの音も微かに聞こえる。
顔を見るぐらいなら、いいかと思い、思い切ってリビングのドアを開けると、マヤがいた。
ソファ−の上で、何もかけず、すやすやと寝息をたてながら・・・。
目の下には涙の後が残っていた。
「・・・こんな所で寝てたら、風邪ひくぞ」
静かな声で呟く。
起きない彼女をベットに運ぼうと思い、抱き上げる。
ふっとアルコ−ルの匂いが鼻を掠める。
テ−ブルに視線を向けると無造作に数本の酒ビンが並んでいた。
「・・・飲んでいたのか・・・」
一緒に暮らしていた時は彼女は酒など飲んでいなかった。
「・・・俺のせいか・・・」
アルコ−ルの香がする彼女に胸が切なくなる。
ぎゅっと、力を込め、華奢な体を抱きしめる。

「・・・速水・・さん・・」
その声にハッとし、彼女を見つめるが、眠っていた。
どうやら寝言らしい・・・。
「・・・夢の中の俺は君をちゃんと愛しているんだろうな・・・」
ベットにそっと、おろし、布団をかける。
眠ったままの彼女の顔を指で優しくなぞる。
そして、半開きになっていた唇に触れ、衝動に駆られるように彼女の唇にキスをしていた。






「う・・・ん・・・」
二日酔いが残り、頭が痛かった。
目を覚ますと、自分がリビングではなく、寝室のベットの上でちゃんと眠っていた事に驚く。

あれ・・・?私、リビングで眠っていたんじゃなかったけ?
ベットサイドのテ−ブルに目をやると、メモが置かれていた。


”今日、一緒に昼食でもどうだい?都合が良かったら、会社まで来て欲しい。
それから、ちゃんとべットの上で眠るように、役者は体が資本だぞ ”

見慣れた筆跡にマヤの胸は高鳴った。
優しい言葉・・・。
自分を抱きしめてくれるような・・・真澄の言葉・・・。

幾度もそのメモを読み返し、嬉しさに涙が浮かんでくる。

「・・速水さん、昨日、来たんだ・・・」





「やぁ、ちょっと待っててくれるかい?もう少しで、書類に目を通し終わるから」
社長室に通されると、真澄は優しい笑みを浮かべ、マヤを見つめた。
「・・・はい。待ってます」
久しぶりに見る彼に少し緊張しながら、答える。
相変わらず、仕事をしている姿はカッコイイ。
まるで、真澄の為に作られたように似合うス−ツ姿。
書類を見つめる、鋭い瞳。
形の整った顔立ち。
また、真澄に惚れている自分に気づく。
これ以上、好きになっては駄目だと言い聞かせても、止める事のできない気持ち・・・。

私は、やっぱり、速水さんを忘れるなんて事はできない・・・。

真澄は真澄で、書類に目を通すフリをしながら、彼女をそっと観察していた。
肩にかかる黒い髪。
印象的な黒い大きな瞳。
少女のような可憐さと、大人の女性の優美さを秘めた表情。
そして、華奢な体。

あの体を俺は抱いたのだろうか・・・。
幾度も・・・。
彼女はどんな表情を浮かべ、どんな声を出すのだろう・・・。

「速水さん、もうお仕事終わったんですか?」
視線を感じて真澄の方を向くと、彼はじっと彼女を見つめていた。
やましい事を考えていた自分を制し、必死に冷静な表情を作る。
「あぁ・・・。さて、それじゃあ、何を食べに行こうか」




「行きたい所があるんです」
彼女にそう言われ、連れて来られたのは、高層ビルの最上階に位置するイタリアンレストランだった。
「ここは?」
「以前、速水さんに連れて来てもらったんです。ここ、パスタがとっても美味しいんですよ」
そう言われ、店を見つめるが、やはり何も思い出せなかった。
「・・・そうなのか」
「さぁ、行きましょ」
彼女に連れられて、店の中に入っていく。
時間が、時間なので、やはり席はどこも一杯だった。
「・・・う・・ん。どうしよう」
時間のない真澄を待たせる訳にはいかないと思い、マヤは店を換えようか迷っていた。
「速水様ではないですか。お久しぶりですね」
その店のオ−ナ−らしき人物が笑顔で真澄たちに話しかける。
「あぁ」
記憶にないが、とりあえず、相手に合わせて頷いてみる。
「昼食を食べに来たんだけどね・・・。やはり、予約を入れるべきだったかな」
店の様子を見渡し、真澄が言う。
「速水様なら、すぐに席をご用意しますよ」
オ−ナ−はそう言い、ボ−イ達に二言、三言指示を出した。
「只今、係りの者がすぐに案内しますから」
そう言うと、オ−ナ−は店の奥に消えて行った。


「わぁ、この間来た時と同じ席」
通された席に座ると、マヤは嬉しそうに口にする。
「さすが、速水さん、顔が利きますね」
「・・・みたいだな」
マヤの言葉に真澄は苦笑を漏らした。
「そういえば、君の舞台を見たよ」
メニュ−見つめる彼女に思い出したように言う。
「えっ」
「若草物語、たけくらべ、ジ−ナと5つの青いつぼ、嵐が丘、奇跡の人、真夏の夜の夢、ふたりの王女、忘れられた荒野・・・そして、紅天女。
どれも素晴らしかったよ。君は凄い女優だったんだな・・・。普段の君と全然違うから驚いたよ」
「・・・ヤダ・・・。昔の作品まで見たんですか」
恥ずかしそうに口にする。
「あぁ。見られものは全て見た。そして、君のファンになったよ」
真澄の言葉に嬉しさがこみ上げてくる。
「・・・ファンだなんて・・・」
照れたように俯く。
「私の一番最初のファンって誰だか知ってます?」
砕けた表情で、真澄に問い掛ける。
「さぁ・・・」
「紫の薔薇の人」
懐かしそうにその呼び名を呟く。
「紫の薔薇の人?」
真澄は不思議そうにその名を口にする。
「若草物語でベスを演じた時に紫の薔薇の花束をくれたんです。それから、ずっと、私の舞台の度に薔薇を贈り続けてくれて・・・。
高校にまでいかせてもらって・・・。私をいつも支えてくれた人なんです」
彼女にとってその人物が大切な人だと、話している表情を見てわかる。
「ほぉぉ。高校にまで・・・。熱心なファンだな。よっぽど、君の事が好きなんだな・・・その人は・・・」
彼女の大切な人になんだか、胸がチクリとする。
嫉妬心に近い気持ちが一瞬、胸の中を遮る。
「私も紫の薔薇の人の事が大好きです。そして、愛してます」
照れたように、言い、頬を紅葉させる。
思わぬ、彼女の言葉に、また、胸の中にもやもやとした気持ちが顔を出す。

彼女が愛していたの速水真澄だけではなかったのか・・・?

真澄以外にも彼女に愛する人物がいる事に不愉快な気持ちになった。
堂々と好きになった男の前で別の人物を愛しているなんて言うとは・・・。
自分は、もう、彼女の恋愛の対象ではないのだろうか・・・。
彼女はもう、自分の事などふっきれたと言うのだろうか・・・。
そんなに簡単に、速水真澄を忘れられるのか?
確かに、煩わしいとも思ったが・・・、他の女性を愛するかもしれないと言ったが・・・。
そんなにあっさりと、他の男に乗り換えないで欲しい・・・。

こんなふうに思うのは、俺の我が儘なんだろうか・・・。





「なぁ、水城君」
昼食から戻り、書類を届けてに来た水城に語りかける。
「何ですか、社長」
マヤと食事に行ってきたはずなのに、浮かない顔の彼に、また何かがあったのかと、不安になる。
「・・・紫の薔薇の人って聞いた事あるか?」
水城はその言葉を聞くと、真澄の不機嫌な理由がわかった。
「あら、マヤさん聞きましたの?マヤさんの大切な人で、愛しい人だと」
水城の言葉に再び沈む。
「・・・愛しい人か・・・。彼とマヤは付き合っていたのか?」
苦しそうに聞く、真澄にどう言うべきか、迷う。
「やっぱり、マヤさんの事が気になっているんですね」
水城の言葉に、自分の気持ちを見透かされたようで、何だか、落ち着かなかった。
「・・・別に。彼女が、ただ、幸せそうに話すから、どんな人物なのかと気になっただけだ」
つい、否定の言葉を口にする。
こんな所素直ではないと、自分でもつくづく思う。
「紫の薔薇の人と、マヤさん。人も羨む程の大恋愛でしたのよ」
真澄の反応を伺うように口にする。
「・・・なっ・・・」
その言葉に強い衝撃を受ける。
「真澄様が邪魔しなければ、きっと、今ごろは紫の薔薇の人と結婚してたでしょうね」
とどめを指すように、真澄に言う。
水城は言葉を失ったように黙り込む真澄に、少々やり過ぎたかと思い、苦笑する。
「誰なんだ・・・。その紫の薔薇の人って・・・」
「どうして、そんなに気にさなるんですか?」
「どうしって・・・それは・・・」
「愛してるからでしょ?」
言いよどんでいる真澄の言葉を繋げるように決定的な一言を口にする。
「・・・馬鹿な、俺は何も思い出していないぞ!記憶を失ったままだぞ!」
水城の言葉に大きく動揺し、自分の思いを何とか否定しようとする。
「では、また彼女を愛したのでは?記憶とは関係なく、彼女にまた惹かれたんでしょ。どうして、その思いをマヤさんに言ってあげないんです」
「・・・そんな都合の言いこと言える訳ない・・・。今の俺は彼女が愛した速水真澄じゃない。記憶がないんだぞ」

本当、不器用な人・・・。
真澄の言葉に水城は思わず、そう言いそうになった。
「社長を見つめるマヤさんの瞳、以前と変わらず、愛してますって言ってますわ。記憶とは、関係なしに、社長を愛しているんですよ。マヤさんは」
水城の言葉に大きく瞳を見開く。
「・・・だが、彼女が今愛しているのは紫の薔薇の人だ・・・。俺なんかじゃない・・・じゃなきゃ、あんな事、俺に話すはずがない」
「一つだけ、確かな事を教えましょう。マヤさんは一度に二人の男性を愛する程、器用じゃありませんよ」
「えっ」
水城の意味深な言葉に、困惑する。
「さて、そろそろ会議の時間ですわ。社長」
軽やかな笑みを残して、水城は社長室を出て行った。






「また、君はこんな所で眠って・・・風邪ひいても知らんぞ」
その声が夢の中なのか、現実なのかわからない、まどろみの中で、愛しい人の声を聞く。
「・・・速水さん?」
やっぱり、これは夢なんだろうか・・・。
彼がいる、それも昔と同じ、優しい瞳をした彼が・・・。
ゆっくりと、ソファ−から抱き上げられる。
柔らかなコロンの香と煙草の香・・・。
一番、安心できる腕の中で、私はまた、目を閉じる。
その瞬間、唇に柔らかい感触がした。
驚き、瞳を開けると、彼の唇が触れていた。

これは・・・夢?それとも・・・現実?

どっちだっていい・・・。
求めていた彼の温もりがあるなら・・・、夢でも、現実でも・・・。
腕を伸ばし、キスに答えるように、彼の首に腕を絡める。

柔らかい唇・・・。
恐れない瞳で俺を見つめる。
まるで、愛する者でも見るように・・・。

俺は、君の愛した速水真澄ではないのに・・・。
それでも、いいのか・・・。
それでも、俺を受け入れるというのか・・・。

問い正すように、じっと、その瞳を見つめる。
すると、今度は彼女からそっと、唇を重ねてくる。

あぁ・・、もう限界だ・・・。
このまま抱いてしまおう・・・。
記憶がなくても・・・。
彼女が紫の薔薇の人を愛していても・・・。

もう、俺には耐えられない・・・。

本当は彼女の紅天女を見た時に、俺の心は彼女に捕まっていた。
だから、嬉しかった。
彼女に名前を呼び止められ、そして、抱きつかれて・・・。
病院で目が覚めた時に側にいた彼女に胸が高鳴った。
俺の中の何かが変わろうとしていた。

でも、素直に気持ちを伝えられなかった。
彼女がどんなに俺を愛しそうに見つめても、それは、俺であって、俺ではない人物に向けられたもの。
記憶を失った俺自身には向けられたものじゃない・・・。
彼女と一緒に生活するうちに、そんな思いが段々強くなって・・・。
とうとう、俺は彼女から逃げ出した。

でも、もういい・・・。
彼女が俺を愛していなくても・・・。俺の中の別の男を愛していても・・・。
彼女に愛されるなら、なんだっていいんだ・・・。






久しぶりに穏やかな気持ちが心に流れる。
彼に抱かれた夢を見た。
優しく、そっと、全身に浴びた彼の愛撫・・・。
隙一つなく、繋がれた体と体・・・。
彼に包まれ、幸せだった。

「やぁ、起きたのか」
「えっ」
突然、声をかけられて驚く。
バスタオルを腰に巻いて、シャワ−から出てきたばかりの彼が、彼女に笑顔を向ける。

夢じゃなかったの・・・?
ハッとし、布団の中の自分を見ると、一糸纏わぬ姿だった。
急に現実感がおびてくる。
下半身が何だか、気だるく、体中には赤いキスマ−クが残っていた。

「・・・一体、何が・・・」
そう言った、彼女が明らかに動揺している事はわかっていた。
何と言ったらいいのかわからない・・・。
彼女は俺に抱かれて、やはりショックを受けているのだろうか・・・。
「見たままさ。君を俺が抱いた・・・。ただ、それだけだ」
煙草に火をつけ、業と、冷たく言う。
怖かった・・・。
彼女の瞳を見るのが・・・。
俺という存在を否定されるのが・・・。

「・・・どうして?」
突き刺さるような視線を感じる。
その瞳には涙が、うっすらと見えた。
「・・・君を・・・」
君を愛しているから・・・。
そう、素直に口にできたら、どんなにいいのだろうか・・。
「・・・無防備な君を見て、つい・・・。俺も男だ。誘惑には負ける」
何を言っているんだ・・・。
こんな事言うつもりはないのに、自分の気持ちを隠すために、また、彼女を傷つけるような事を口にする。
「・・・出て行って下さい!!」
搾り出すような声で、彼女が告げる。
「急にどうしたんだ。好きな男に抱かれて、満足だろ」
彼女から決定的な言葉を聞く為に、業とこんな憎まれ口を叩く。
こうでもしないと、彼女を諦められないから・・・。
そして、大きく傷つくのに・・・。
つくづく、自分は不器用な男だと、実感する。
「・・・私が愛したのはあなたなんかじゃないわ!!」
決定的な言葉を口にされる。
あぁ、この言葉を聞いて、俺はやっと、彼女を諦められる。
彼女も、もう二度と俺には会わないだろう・・・。
これでいいんだ・・・。
記憶のない俺にはこうするしかできないんだ・・・。

「・・・やっぱり、君は俺を否定するんだな・・・。
記憶が戻らなくても俺を愛してくれ・・・なんて言うのは俺の勝手か・・・」
去り際に、彼が淋しそうに口にする。
「・・・速水・・さん?」
「紫の薔薇の人と幸せに・・・」
俺の恋の終わり・・・。
これで、彼女は記憶のない俺を待つ事はない・・・。
これで、何もかも・・・。
「待って・・・。何を誤解しているの?」
ベットから起き上がり、いつの間にかシ−ツを巻いた彼女に手を掴まれる。
「何って・・・。君の愛する人は紫の薔薇の人なんだろ?記憶のない俺じゃないんだろ?」
お願いだ・・・。
これ以上、俺を引き止めないでくれ・・・。
また、理性が外れて、何をするかわからない俺を・・・。
「確かに、そうだけど・・・。速水さん、何か誤解してる」
さっきとは違う瞳で俺を見つめる。
「・・・そうか。あなたの性格を忘れていたわ」
少し考え、何かを納得したように、言葉を繋ぐ。
「あなたが、私に対して厳しい事を言うのは、いつも、私の為だったわよね。
いつも、私の憎まれ役になって・・・」
懐かしそうに微笑む。
「一体、何の事だ?」
「私、知ってるのよ。あなたがさっき言った言葉が本心じゃないって・・・。
記憶を失ってもあなたは、あなただって・・・」
「・・・何を言い出すんだ」
彼女の言葉に、心が揺らぐ。
「記憶がなくても、私はあなたが好きよ・・・。愛しているわ・・・」
ずっと、彼女から聞きたかった言葉に、思わず、涙ぐみそうになる。
「あなたである事は変わりない・・・。あなたと一緒に暮らしてみて、思ったもの。
ちょっと、よそよそしかったけど・・・、私に見せてくれる優しさとか、温かさとか、私を見つめる瞳・・・。
みんなあなたよ。私の愛した人と何一つ変わらない・・・」
愛しそうに真澄を見つめ、小さな腕で、彼を精一杯に包み込む。
「だから、私の為に身を引こうとしないで・・・。お願い。私はあなたを失ったら、生きていけないの」
ストレ−トな彼女の口説き文句に、呼吸ができぬ程、苦しくなる。

言葉が出てこなかった。
何かを言おうとしても、喉が熱く、声が出てこなかった。
変わりに出てきたの涙・・・。
彼女に愛されているという事への嬉しさ・・・。

抑えていた想いが流れ出る。
愛しさが募り、たまらず彼女を抱きしめる。

「・・・愛してる。君を愛しているんだ。ずっと、ずっと・・・。でも、記憶のない俺だから・・・。
君が愛した男とは違うから・・・。君がどんなに速水真澄を愛していたか知ってたから・・・。
言えなかった。言って、拒絶されるのが怖かった・・・。本当は、ずっと、こうして抱きしめていたかった」
やっと、素直な想いを口にする。
「記憶がなくても、あなたはあなたよ。違う人なんかじゃないわ」
不安そうに、自分を抱きしめる真澄に、彼女は優しく囁いた。





「そんなに、紫の薔薇の人に会いたい?」
紫の薔薇人・・・。今の真澄にとって最大のライバルだった。
「あぁ。会いたい。君が俺の他に想いを寄せている人がいるなんて・・・」
真澄の言葉にくすぐったさを感じる。
「・・・独占欲が強いのね」
「嫌か?独占欲の強い俺は・・・」
彼女の言葉に、不安気な瞳を浮かべる。
「まさか。以前のあなにはなかったから・・・。ちょっと、驚いて」
「なかったんじゃないな。きっと・・・。必死で無理をしていたんだと思う。君に嫌われたくないから」
記憶がなくても、不思議とそういう所はわかっていた。
「嬉しい事言ってくれるのね。わかったわ。明日、あなたの会社に紫の薔薇の人を連れて行くわ」

と、マヤに言われて真澄はその日、朝から落ち着かなかった。
一体どんなやつなんだ・・・。
マヤの愛する紫の薔薇の人というのは・・・。
会議中だろうと、商談中だろうと・・・彼の頭の中にあるのはそれだけだった。

「社長、マヤさんがいっらしゃいましたよ」
夕方近くになり、ようやく、真澄の待ち人が現れた。
「通してくれ」
インタ−ホン越しにそう言い、真澄はじっと、マヤがオフィスに入ってくるのを待った。

「遅かったな」
社長室に入って来たマヤを見るなり、口にする。。
「中々、手に入らなくて」
手を後ろにして持ってきたものを隠していた。
「で、紫の薔薇の人は?」
痺れを切らすように、聞く。
「今、会わせるから。ちょっと目を閉じてて」
「目を?」
「うん。速水さんを驚かせたいから・・・ねぇ、いいでしょ?」
無邪気に自分を見つめるマヤに、真澄はNOとは言えなかった。
仕方がなく、目を閉じる。
「それじゃあ、紫の薔薇の人の登場よ」
嬉しそうにマヤが言う。
真澄の胸に不安か募る。
「よし、いいわよ。速水さん、目を開けて」
そう言われ、思いきって目を開けると、目の前に見えたのは、紫の薔薇の花束だった。
その花束になぜか懐かしさを感じた。
「これは・・・一体・・・」
「・・・あなたなのよ。私にいつもこれをくれたのは」
優しい瞳で、マヤが真澄を見つめる。
「あなたが紫の薔薇の人よ。私のとっても大切な・・・」
以外な事実に、真澄は唖然とするとともに、嬉しさが込み上げてきた。
「・・・俺が?紫の薔薇の人・・・?」
「うん」
マヤが大きく頷く。
「ありがとう。あなたには感謝の気持ちでいっばいよ」
そう言い、真澄の頬に軽くキスをする。

狐に化かされた気分というのはこういうものを言うのだろうか・・・。
まさか、自分で、自分に嫉妬していたとは・・・。

「そういう事はもっと早くに言ってくれよ」
「だって、完全に誤解しているみたいだったから、簡単に教えるのもつまらないじゃない」
悪戯っぽい表情を浮かべ、てマヤが言う。
「・・・心臓に悪いぞ・・・」
苦笑を浮かべ、紫の薔薇を見つめる。
「そう言えば、君からこの花束を贈られたのは二度目なんだな」
暫く、薔薇を見つめた後、何かを思い出したように、真澄は口にした。
「えっ・・・」
その言葉に、マヤは驚きの表情を浮かべる。
「・・・確か・・・結婚式の時で、薔薇と一緒に紅天女の上演権が入っていた貸し金庫の鍵があったんだよな。
俺は、あの時死ぬ程、驚いたよ。まさか、君に紫の薔薇の人だと知られていたなんて・・・」
そう言い、マヤの方を見つめると、マヤは信じられないものでも見るように、真澄を見ていた。
「・・・どうして、それを・・・」
マヤの一言にハッとする。

今、自分は何を口にしたのだ・・・。

「それで、俺は君の為に劇場を作って・・・」
バラバラになっていたパズルを繋ぐように、記憶の断片を口にする。
「速水さん!!」
マヤは嬉し涙を浮かべながら、堪らず彼に抱きついた。
「・・・俺はその劇場で、君に二度目のプロボ−ズをしたんだ」
ギュッと彼女を抱きしめる。

それは、真澄が記憶を取り戻した最初だった・・・。
それを機に彼は少しずつではあるが、記憶のパズルを繋ぎ合わせいた。

そして、それから三か月・・・。
マヤとの念願の結婚式を迎える頃には全てを思い出していた。

また、それは別の話としよう・・・。









                                THE END





【後書き】

後編は書かないつもりだったのに・・・。
ス−ツケ−スに荷物を詰めるはずだったのに・・・。
ただ、ちょっと、旅先の天気でも調べようかと、PCを立ち上げただけなのに・・・。

気づけば・・・書いていた・・・。
自分が、恐ろしい・・・。
はぁぁ・・・飛行機の中でいっぱい寝よ・・・。

ここまでお付き合いくれた方、ありがとうございました♪♪
次は真澄様と、マヤちゃんの嬉し、楽し、結婚式のお話です(多分 笑)
(はぁぁ・・・いい加減、荷造りしよっと)

2001.9.3.
Cat



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