One Night Love


彼女はいつも窓際の席に座っていた。
待ち合わせの10分前に行くと、必ず先に来ている。
待ち合わせ時間までの10分間、入り口からそんな彼女を見つめるのが好きだった。
窓の外を見つめる大きな瞳に憂いが含んでいる。
いつの間に彼女はあんな表情をするようになったのか。
大人びた横顔が酷く寂し気に見える。
そんな彼女を目の当たりにすると、胸の奥が何だかざわめき始める。
一体、この気持ちは何なのか・・・。

「あっ!聖さん!」
不意に彼女が入り口の方に視線を向ける。
彼女に見つかり、私はゆっくりと窓際の席に歩いた。
「お久しぶりですね」
彼女の向かいの席に座ると、ウェイタ−を呼び、コ−ヒ−を頼んだ。
彼女の顔がなぜかいつもよりも曇って見える。
「・・・どうかしましたか?」
その問いに彼女は私に封筒を差し出した。
「・・・あの、これをあの人に・・・紫の薔薇の人に渡して下さい」
思いの篭った瞳にただならぬものを感じる。
テ−ブルの上に差し出された手紙だけが入ってるには大きい封筒を見つめた。
「・・・差し支えなければ、何が入っているかお聞きして宜しいですか?」
私の問いに彼女は俯きティ−カップを見つめたまま、
「・・・ごめんなさい」
そう呟いた。
いつからだろうか。彼女がこんなに苦しそうな表情をするようになったのは。
少女の頃の彼女は絶え間ない笑顔を見せていた。
しかし、今はとても辛そうな表情をする。
「必ず、あのお方にお届けします。私の方こそ、余計な事を聞いてしまって申し訳ありませんでした」
封筒をブリ−フケ−スの中に仕舞い、彼女を見つめる。
彼女は安心したように私を見ていた。


私はその日の内に紫の薔薇の人・・・つまり、真澄様にその封筒を届けた。
真澄様は一週間後に控えた結婚式の準備に追われているようだった。
披露宴の会場となるホテルのロビ−で私は真澄様に声をかける事ができた。
「お忘れ物ですよ」
そう言い、彼女から預かった封筒を渡す。
「えっ・・・あぁ」
私に気付き、彼が私の方を向く。
その表情はとても疲れているように見える。
「・・・あのお方からです」
そっと耳打ちをすると、一瞬、彼の表情は柔らかいものに変わった。



それから二日後だった。私が真澄様の別荘に呼ばれたのは。
酷く、彼は狼狽し、混乱しているようだった。

「聖、すまない。急に呼び出して・・・こんな事、相談できるのは君しかいなくて」
彼は頭を抱え込んでいた。
「いえ、頼りにして頂き光栄です」
彼と向かい側のソファに座り、テ−ブルの上の封筒を見つめる。
それは見覚えのあるものだ。
「・・・実はこの間、おまえが彼女から預かってきた封筒なんだが・・・」
テ−ブルの上の封筒を差し出され、私はその中身を見た。
「・・・これは・・・!」
その中身に言葉がなくなる。
「・・・あぁ。そういう事だ」
彼はため息、一つ漏らし、煙草に火をつけた。
封筒の中身は紅天女の上演権の権利書と、マヤ様からの手紙だった。

『7月7日、午後8時に初めてお会いした場所でお待ちしています』
白い便箋には彼女の字で一行だけ書かれていた。

「・・・どうなさるおつもりですか?」
彼に視線を戻すと、その表情は困惑していた。
「・・・わからない・・・」
その告げ、彼は煙草を灰皿に押しつぶした。
「・・・この二日間、ずっと彼女の事が頭から離れなかった。会いたい気持ちで胸の中がいっぱいになった・・・。だが・・会えない・・・」
ずっと彼の想いを知っていた者としては、その言葉が痛い程わかる気がした。
「・・・会いに行かないつもりですか?」
「会える訳ないだろう。俺はもうすぐ結婚する男だ。今、会ってしまったら自分を抑える事なんてできずに、何もかもぶちまけてしまう!」
「・・・いいではないですか。それで」
彼の立場を考えるのなら、こんな事は言うべきではない。
しかし、わかっていても、彼の想い、彼女の辛そうな表情を見ている者としては言わずにはいられなかった。
「・・・駄目だ。それだけは・・・駄目だ・・・」
まるで自分に言い聞かせるように呟き、彼はソファから立ち上がった。
窓際に立つ、彼の背中がいつもよりも小さく見える。
「あなたはこのままで後悔はないのですか?本当にこのままご結婚なさって宜しいんですか?」
彼と彼女の間にある縺れた糸を解く事ができるのは、きっと、これが最後のチャンスだ。

そういえば、いつからか彼女が紫の薔薇の人の事を話す時、まるで愛しい者の事でも話しているようになった。
どうして気付かなかったのか・・・。
これだけ、彼と彼女の傍にいながら、私は何をしていたのだろう・・・。
彼女の気持ちに気付いてやれなかった苛立ちが胸を締め付ける。

きっと、間違いなく、彼女は・・・真澄様の事を好きだろう。
紅天女の上演権を見た時、私は初めて彼女の気持ちに気がついた。
彼女があんな寂しそうな表情をするのは・・・彼が好きだからだ。深く愛しているからだ。

そして、彼女は勝負に出た。
彼女にとっては捨て身の賭けだ。

しかし、彼は会いには行かなかった。




「まだお待ちになるつもりですか?」

日付が変わる午前0時。
大都劇場の前に佇む彼女に声をかける。
待ち合わせ時間から、ずっと彼女を見つめていた。真澄様に頼まれた訳でもないのに・・・。
彼女から視線が離せなかった・・・。

彼女の瞳が驚いたように私を捕らえる。
胸の中に熱い何かがこみ上げる。
ゆっくりと、大きな瞳からは涙が零れ落ちる。
月に照らされた彼女の表情は息が止まりそうな程、悲しげだった。
彼女に歩み寄り、堪らず、その華奢な体を抱きすくめた。
彼女の柔らかな甘い香りが鼻を掠める。
腕の中で彼女は弾かれたように泣きじゃくっていた。
その姿に胸が痛む。彼女がとても愛しく思える。
本当は随分前に気付いていた。彼女に惹かれていた事を・・・。
彼女に会う度に胸の鼓動が早くなる事を・・・。

「・・・大丈夫です。私がいます。あなたは一人ではない・・・」
宥めるように黒髪を撫で、耳元で何度も囁く。
この夜だけは、あの方の使いという立場を忘れ、一人の男として、私は彼女を抱きしめた。









THE END





【後書き】
聖さんとマヤちゃんのお話が読みたいって・・・随分前からいろいろな方に言われていたのですが・・・(^^;
う・・・ん。難しいですねぇぇ。聖さんのキャラがまだ掴めていません(笑)今回、書いてみて実感しました。
なので、話を膨らませる事ができなかった・・・(反省)
(でも、や●いモノは書けたのよねぇぇ・・・なぜかしら ぼそっ 笑)

地下アップなのに、すみません。18禁ものでなくて・・・。
どうしても、絡ませられなかった(苦笑)
まぁ、その、この後は皆様に想像してもらうという事で・・・想像的18禁なんて駄目?(笑)

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。

2002.6.17.
Cat

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