Remembrance−後編3−




        「何!北島マヤが流産?相手は野沢一樹だと!!」
         ある記者の元にその情報が届けられた。
         真実なら、これは大変なスク−プになる。
         記者は久々の大物に口元を緩めた。


         それから、三日後、そのニュ−スはワイドショ−を騒がせた。
         連日のよう報じられるマヤと野沢の関係。
         一体、いつ撮れたのか、仲むつまじく散歩をする所や、マヤが野沢のマンションから出てきた写真までも出てきた。
         ふってわいてきた突然の騒ぎに、マヤは大きく動揺した。
         彼女の元に連日のように記者が現れる。
         水城は何とかその優秀な手腕でマヤから記者を遠ざけた。
         大都芸能の方でも一切のノ−コメントを守った。

         真澄はこんな時、彼女の側にいられたらと思う。
         野沢との事は一番彼女に知られたくなかった。
         そもそもマヤが記憶を欠如した原因は野沢とベットを共にした事なのだ。
         未だにマヤはその部分はモヤがかかったように思い出せない。
         そして、流してしまった子供の父親が誰なのかも知らない。
         ようやく、安定してきた彼女の傷口に塩を塗りこむようなものだ。

         「・・・マヤ・・・」
         頭を抱え、彼女を思う。
         真澄は何としても彼女は守らなければという思いに強くかきたてられた。


         「・・・マヤちゃん、大丈夫?」
         青白い表情を浮かべる彼女を心配するように水城が口にする。
         「・・・うん。多分・・・」
         マヤは頭の中がぼんやりとしていた。
         そして、水城が制するのも止め、自分の記事が書かれた週刊誌を食い入るように見つめる。
         野沢との事で自分の中に埋まらない空白の部分がある事に気づく。
         「そんなのデタラメよ!気にしちゃ、駄目よ」
         何とかマヤに言葉をかける。

          ・・・デタラメ・・・。本当に?

         マヤの心の中で誰かがそう問い掛ける。
         「今日はゆっくりと休むのよ。いい、余計な事は考えない。あなたはお芝居をする事だけを考えていればいいわ」
         マヤをマンションに送り届けると、別れ際に水城が口にする。
         「うん。大丈夫よ。じゃあ、また明日」
         無理に笑顔を作ると、マヤはマンションの中に入っていた。
         騒動が起きてから水城の機転でマヤはすぐに引っ越したので、ここには記者はいなかった。
         エレベ−タ−の中に入り、ホッと一息つく。
         誰もいない一人になれる空間が今のマヤには必要だった。

         「・・・待ってた」
         エレベ−タ−を降りると、突然、声をかけられる。
         「えっ」
         振り向くと、野沢がいた。
         「・・・野沢さん・・・」
         野沢とはもう随分会っていない気がした。
         最後に会ったのはいつだったのだろうかと考えるが、その部分の記憶にもやがかかっている。
         「・・・あの、ごめんなさい。今回の事。野沢さんには関係ないのに・・・」
         申し訳なさそうに頭を下げる。

         ”あの子は記憶を一部欠如している。君に抱かれた事は覚えていない”

          目の前の彼女の反応にいつかの速水の言葉が野沢の脳裏に過ぎる。
          「・・・北島、俺は・・・」
          何かを言いかけて、言葉を飲み込む。
          言ってはならない言葉・・・。
          でも、言わずにはいられない・・・。
          彼女を抱いてから消える事のない恋慕。
          「・・・おまえが好きだ。愛してる」
          突然の告白に瞳を大きく見開く。
          野沢は強く、マヤを抱きしめた。
          「・・・好きだ・・・好きなんだ・・・」
          消えそうな程、小さな声で囁く。
          野沢の抱擁に頭がズキリと痛み出す。
          そして、何かがフラッシュバックする。
          マヤは意識を失った。

          彼女は夢を見た。
          その夢の中で速水と彼女は将来を誓いあった恋人同士だった。
          速水は一心にマヤを愛し、マヤも彼を愛した。
          速水からの甘い抱擁やキス。
          抱きあい一つになった時の喜び。
          愛すれば、愛する程、愛しさが募る。

          そして・・・。
          ある日、速水以外の男に抱かれた。
          悪夢のような瞬間。
          速水に対する罪悪感が募る。
          愛する想いが強ければ、強い程、胸が痛んだ。
          お腹の中には速水の子なのかどうかわからない子が宿る。
          速水は疑いなく、自分の事だと思い込んでいる。

          どうしよう・・・。
          言わなくちゃ・・・速水さんに・・・言わなくちゃ・・・。

          速水を目の前にすると、いつもそう思うが、言えなかった。
          速水に嫌われるのが怖かった。
          離れるのが怖かった。

          どうしたらいいのかわからず、マヤはずっと、泣いていた。
          小さい子供のように感情を荒げ、声を上げて泣きじゃくる。

          そこで、目が覚める。
          目の前に広がるのは見知らぬ天井。白い壁。
          ぼんやりとした意識の中でそこが病院だと言う事がわかった。

          「・・・マヤ!」
          声がかかる。
          首を横に向けると、速水がいた。
          ズシリと胸が痛む。
          今、見た事が夢だったのか現実だったのか迷う。
          「・・・速水さん・・・」
          涙が自然に流れる。
          その涙は夢の中で流した涙と一緒で、罪の意識に濡れた涙だった。
          「・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・」
          何度もそう呟き、涙を流す。
          速水にはマヤが何を誤っているのかわからなかった。
          ただ、不安そうに泣く、彼女に胸が締め付けられた。

          それから三日後、退院したマヤは野沢の元を訪れた。
          どうしても、彼女には確かめたい事があった。
          それを受け止めるのはどんなに辛い事かわかるが、もう、これ以上、自分から逃げてはいけないと思った。
          マヤは覚悟を決めた。

          「・・・驚いたな。君がまた俺の前に現れるなんて」
          「・・・私、野沢さんにお聞きしたい事があるんです」
          しっかりとした瞳で野沢を見つめ、マヤはある事実を口にした。




          「何!マヤが失踪だと!」
          水城から電話を貰い、真澄は狼狽した。
          「”心配しないで”と書かれた書置きだけを残して・・・心辺りを探したのですが、見つからなくて」
          真澄の胸に不安な想いが過ぎる。
          いても立ってもいられなくなり、真澄は会社を出た。
          しかし、丁度、大都芸能の表玄関ではっていた記者たちと出くわす。
          「・・・速水社長!北島マヤさんが失踪だと聞いたのですが」
          記者の一声に真澄は驚いた。
          「いえ、彼女はただ休養をとっているだけです」
          何とか冷静な表情を作り、口にする。
          「一昨日、北島さんが野沢一樹のマンションから出てきたのですが、二人の仲についてはどうなんですか?」

          野沢一樹のマンション・・・。
          その言葉に恐ろしい程の形相に変わる。
          それは真澄の知らない事実だった。
          「北島さんが流産したお腹の子の父親はやっぱり、野沢一樹なのですか?」
          速水の様子に一瞬、記者は怯むが、それでも何かを聞き出そうと質問を投げかける。
          真澄の理性が音を立てて崩れる。
          「彼女と野沢一樹の間には報道されているような事は一切ありません!
          彼女のお腹の子の父親は私です!私と彼女の子です!」
          真澄の言葉に記者たちは言葉を失った。
          一瞬の沈黙が包み込み、次の瞬間、どよめきが生まれる。
          「では、あなたと北島マヤさんは深い関係だったというのですか?」
          「下世話な言い方ですが、そうです。私は彼女を愛しています。彼女とは結婚を前提としたお付き合いをさせて貰ってます。
          時間がないので、これ以上はお答えできません、失礼」
          唖然とするマスコミを置いて、真澄は待たせてあった社用車に乗り込んだ。
          向かう先は野沢のマンションである。


          「あんたも、中々大胆だな。負けたよ。社長」
          リアルタイムで放送された真澄のインタビュ−を見た、野沢は苦笑を浮かべた。
          「マヤはどこにいる!ここに来たんだろう?」
          鋭く野沢を睨む。
          「あぁ。来たよ。俺に真実を聞きにな」
          「真実?」
          「俺に抱かれた事だよ。彼女、薄っすらだが、思い出したらしい」
          野沢の言葉に拳を強く握る。
          「何て言ったんだ!」
          感情的になる。
          「酒で酔った彼女を抱いたと言ったさ」
          野沢がそう口にした瞬間、真澄の拳が彼の頬を殴る。
          勢いよく、野沢は倒れ込んだ。
          「・・・貴様!」
          「何が悪い!彼女は事実を知りたがったんだ」
          唇から流れる血を拭い、速水を睨む。
          「あんた、さっき、彼女の子供は自分の子供だと言っていたが、本当は俺の子供だと言ったらどうする?」
          鋭く言い放たれた野沢の言葉に一瞬、無口になる。
          「彼女がなぜ、あんたの事を覚えていないと思う?お腹の子があんたの子じゃないと知っていたからだ。罪悪感に身動きがとれなくなり、
          こんなに苦しい想いをするのなら、愛した事を忘れた方がいいと思ったからだ・・・。あんたは気づいてやれなかった。 
          彼女の不安を、葛藤を・・・結局、彼女を追い詰めたのはあんた自身だ!」
          速水の胸にナイフをつきたてられたような衝撃が走る。
          「・・あぁ。そうだ。君に言われてなくても、わかっている」
          声を抑え、呟くように口にする。
          「・・・俺は記憶を失ってしまう程の彼女の辛い気持ちに気づいてやれなかった。最終的に追い詰めたのは君じゃなく、俺だという事は知っている・・・。
          彼女が君に抱かれたと知った時、いたたまれなかった。手放しで、彼女の妊娠を喜んでいた自分が情けなかった。愛しているのに、気づいてやれなかった・・・。
          だが、もう、お腹の子が誰の子なんか関係ない!誰の子だろうと、愛する彼女の子なら、俺の子だ。俺にとって愛しい我が子だ」
          ずっと、悩みに悩んでいた想いを口にする。
          野沢はマヤに対する深い愛に言葉が出なかった。
          「・・・だから、知っているなら、教えてくれ。マヤがどこにいるのか。彼女が側にいないだけで、俺はいてもたってもいられない。
          呼吸をするのも苦しい程心配で、心配で体中が千切れてしまいそうなんだ・・・」
          目の前にいる男は恋人を心から心配するただの男だった。
          大都芸能の社長だとはとても思えない。
          「・・・すまないな。俺もどこに行ったかは知らないんだ。だが、彼女はしっかりとしていたよ。事実を受け止めていた。
          気持ちの整理がついたら、きっと、現れると思う」
          野沢は到底二人の間に入れないと思った。
          諦めるしかないな・・・。
          そんな想いが心の中に浮かぶ。
          「・・・そうか」
          力なく答え、彼の部屋を出て行こうとする。
          「・・・子供、残念だったな・・・」
          速水の背中に思い出したように、野沢が言葉を投げかける。
          「・・・間近いなく、あんたと彼女の子だよ。俺はあの夜、最後までは彼女を抱けなかった・・」
          野沢の言葉に真澄は瞳を見開き、振り向く。
          「・・・いくら愛していても、他の男の名前を呼ぶ女なんて抱けない」
          速水を真っ直ぐに見つめ、彼女にも話さなかった真実を告げる。
          「彼女を見つけたら、しっかりと抱きしめてやるんだな。二度と離れないように・・・」
          「あぁ。言われなくても、そうするつもりだ」



          「やっぱり、一人だとつまんないな・・・」
          マヤはぼんやりと、シンデレラ城を眺めていた。
          どうしてディズニ−ランドになんか来たのかわからなかった。
          記憶の底に埋もれる何かが、彼女をここに導いた。
          初めて来たはずの場所なのに、不思議と何かを覚えている。
          アトラクションを一つ、一つ、乗りながら、前に誰かと来た事を思い出した。
          それはいつも彼女を優しい瞳で見つめていた人物だった。
          その影と速水の姿が重なる。

          そして、誰を愛していたのかを思い出した。
          苦しい程、気持ちが溢れる。
          思えば、彼はずっと、彼女を優しく見つめていた。
          記憶を失ってからの彼女を支えていたのは速水だった。
          いつも、いつも彼はマヤを気遣っていた。
          それはマヤが彼の事務所に所属する女優だからだと思っていた。
          しかし、彼の真意はもっと違う所にある事に気づく。
          そう、彼はいつだってそうなのだ。
          本心を隠し彼は匿名で紫の薔薇を贈り続けた。
          今も昔も変わる事なく、彼女を深い愛で包み込んでくれる。

          「・・・速水さん・・・」
          今すぐに会いたい気持ちが溢れる。
          胸の奥が切ない想いで埋まっていた。



          「・・・探したぞ」
          閉園時刻になり、マヤがゲ−トから出ると、待ち構えていたように速水が声をかける。
          「・・・速水・・・さ」
          彼の名前を口にしようとした途端、きつく抱きしめられる。
          それは今までのどの抱擁よりも熱かった。
          抱きしめられ瞬間に速水の気持ちが伝わってくる気がした。
          「突然、いなくなるなんて・・・もう、やめてくれ」
          掠れる声で彼が囁く。
          「俺は君が心配で、心配で・・・」
          腕の中の彼女を見つめる。
          その瞳はまるで、恋人を見つめるようなそんな瞳だった。
          「・・・速水さん、ごめんなさい」
          マヤは素直に謝った。


          「少し、私に付き合ってくれませんか?」
          そう彼女に言われ、二人は場所を海辺へと移した。
          夜の海は真っ暗で寂しさを感じさせる。
          マヤはこの海に見覚えがあった。
          いつかどこかの部屋から見た景色だ。
          真澄は目の前の彼女に対して感情を持て余した。
          さっきはつい、理性のタガが外れて、抱きしめてしまったが、彼女が真澄の事を覚えていないのは今も変わらないようだった。
          「・・・顔が思い出せないんです」
          長い沈黙の末、さきに口を開いたのはマヤだった。
          「・・えっ?」
          その一言に眉を寄せる。
          「・・・私、凄く好きな人がいたんですけど、未だにその人の顔が思い出せないんです。
          わかっている事はその人はいつも優しい瞳で私の事を見つめていたって事だけで・・・」
          じっと、速水を見つめる。
          「・・・丁度、速水さんのような瞳で、私を見ていて・・・」
          不安気に速水を見つめる。
          「どうして、思い出せないのか、私、やっとわかったんです。私、その人に二度と顔を向ける事もできない程、酷い事をしてしまって・・・。
          その人に嫌われるのが怖くて、私、裏切ってしまった事を口にできなかったんです。その事がずっと、ずっと、罪の意識として心の中にひっかかっていて・・・」
          苦しそうに彼女の表情が浮かぶ。
          「・・・速水さん・・・その人は私の事を許してくれると思いますか?裏切ってしまった私を・・あの人は・・・」
          一途に真澄を見つめ、その瞳には涙が溢れる。

          マヤ・・・。

          「・・・許すさ。俺なら、絶対許す・・・」
          しっかりと華奢な彼女を抱きしめる。
          「・・・速水さん、本当に?」
          涙に濡れた声で囁く。
          「・・・あぁ。君を嫌いになんて俺にはできない・・・」
          マヤの顔を見つめ、しっかりと答える。
          二人の唇が自然に重なる。
          「・・・好きです。速水さん。あなたが好き・・・」
          唇を離すと、マヤが小さく呟く。
          「・・・俺も君が好きだ・・・」

          二人は前にとったのと同じ部屋で体を重ねた。
          部屋からは真っ青な海が見渡される。
          その海の眺めにマヤはこの部屋で今と同じように真澄に一晩中抱かれていた事を思い出した。
          真澄は大切な宝物を扱うように彼女の体に自分を刻み込む。
          触れ合う部分からは愛しさが溢れ、マヤは幾度も、涙を流した。
          「・・・愛してます」
          真澄の腕の中で告げる。
          その言葉に愛しさが募る。
          「・・・俺も愛している」
          ギュッと抱きしめ、裸体と裸体を合わせる。
          触れ合う肌からは語り尽くせない気持ちが伝わり合う。
          真澄の腕の中で苦しい想いは幸せな想いにに変わる。
          抱き合い、魂も体も一つになれるのは彼しかいないと思った。
          記憶を失おうと、マヤは速水とは惹かれあう運命なのだと思う。
          二人にとって互いを求める事はごく自然な事だった。
          まるで、ずっと昔からそうしてきたように記憶とは違う部分で彼を覚えていた。

          
          

          それから、一年後・・・。
          マヤは再び、速水家に引っ越した。
          今度は速水真澄の妻として・・・。
          彼女を慕っていた使用人たちは喜んだ。

          「朝倉さん、またお世話になるわ」
          輝くような笑顔を浮かべる。
          「若奥様、お待ちしておりました」
          その言葉の響きにくすぐったさを感じる。
          速水と結婚できた幸せを改めて噛み締める。


          「・・・幸せだなぁ」
          甘えたような声でマヤが呟く。
          「うん?」
          そんな彼女を目にして、真澄も嬉しく思う。
          「速水さんと結婚できて・・・良かった・・・。私ね。何度あなたの事を忘れても、きっと、あなたの事好きになると思うの。
          記憶とは関係なく、魂があなたに惹かれるの。理屈なんかじゃなく、あなたが愛しいの」
          マヤの言葉に真澄の胸の中が熱くなる。
          「・・・随分、かわいい事を言うんだな」
          ギュッと抱きしめ彼女を見つめる。
          「俺も、同じだよ。例え、記憶がなくなる事があっても、君を愛する」
          真澄の言葉にマヤは笑みを浮かべた。
          「・・・大好きよ」
          真澄の背中に腕を回す。
          「・・知ってる」
          クスクスと笑い、マヤを見つめる。
          そして、唇が重なる。
          愛しさを伝え合うように幾度も幾度も・・・。





                      THE END




【後書き】
今回はNEWPON様からリクエスト頂きました♪ありがとうございます♪♪
なるべくリクエストに添って書いたつもりですが・・・やっぱり、外れている気も・・・(^^;
ちょっと、最後が荒かったですねぇぇ・・・。もっと、練りに練って書けば良かったかなぁぁなんて、書き終わって思ったりします。
まぁ、これが、今のCatの限界だと思って下さい(苦笑)

リクエストを下さったNEWPON様と訪問者の皆様に捧げます。(えっ?いらないって? 笑)

ここまで駄文にお付き合い頂きありがとうございました♪


2001.1.13.
Cat

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