「リョウ、いつまで寝てるの!!」
彼の耳に懐かしい声がする。
「・・・香?」
そこにはもうこの世にいるはずのない彼女がいた。

俺はまだ夢の中にいるのか・・・。

遠い意識の彼方でそんな事を思う。
「何よ!人の顔をじっと見つめて」
彼の視線に堪らなく、頬を赤める。
「・・・会いたかった・・・」
そう口にし、彼女の腕を掴み、抱き寄せる。

いいさ・・・。
これが夢でも・・・俺は・・・。
コイツに会えるなら・・・何だっていい・・・。




  


            << 最後の願い >>




「やっほ−、美樹ちゃん、いつものくれる?」
いつものように、リョウがCAT’SEYESに現れる。
「えぇ、今出すわ」
カウンタ−席に座った彼に美樹はいれたてのコ−ヒ−カップを置いた。
コ−ヒ−カップを手にしながら、いつものように他愛のない会話をする。
しかし、時折、彼が自分の隣の席を見つめるのを美樹は見逃さなかった。
その席は、彼の最愛の女性の席だった・・・。

「さてと、リョウちゃん、そろそろ行くわ」
彼女がいなくなっても変わらない彼の調子。
「そう?もう少しいれば・・・そろそろファルコンも帰ってくるし」
そんな彼を一人にさせておけなくて、つい、そんな事を口にしてしまう。
「タコ坊主の顔なんか見たくないさ。それに、今日は行く所があるから・・・」
そう言い、席を立つ。
「じゃ、またね。美樹ちゃん」





「何だ、リョウ来てたのか」
彼のコ−ヒ−カップを片している美樹に店に戻ってきた海坊主が言う。
「えぇ。つい、さっきまでいたのよ。会わなかった?」
「いや」
「・・・そう。すれ違いになったのね」
「アイツ変わりなかったか?」
洗い物をする美樹の横に立ち、さりげなく口にする。
「えっ・・・いつもと変わらないみたいだったけど・・・。あなたがそんな事、口にするの珍しいわね」
「・・・今日は香の命日だから・・・な」
海坊主の言葉に、美樹の手が止まる。
「香が事故にあった道路をさっき・・・通ったら、バラの花束が添えてあった・・・」
「冴羽さん・・・香さんの死を乗り越えたと思う?」
香が逝ってしまってから、半年、リョウはCAT’SEYEには来なかった。
それどころか、めったに美樹や、海坊主の前に姿を出さなかった。
心配になって、様子を見に行くと、いつもと変わらないリョウがいた。
決して、人には心の内を見せない。
それが痛々しく見えた。
「・・・わからんな・・・ヤツの心は・・・」





「香、おまえの好きな花を持ってきたよ」
両手いっぱいの花束を墓石に置き、見つめる。
「おまえがいなくなってから・・・もう、一年か・・・早いな・・・」
瞳を細める。
「・・・不思議だな・・・。おまえがいなくなったって実感がまだ沸かないんだ・・・。
アパ−トに帰れば、おまえがいて、俺にブツクサ文句を言ってる気がする。何を見ても、おまえがいて・・・俺にしかりとばしているんだ・・・」
苦笑を浮かべる。
「・・・なぁ、香、おまえは本当に・・・死んだのか・・・?」





―――――――――――






「もっこりちゃん、めっけ!」
そう言い、リョウが見ず知らずの女性に飛び掛かる。
「コラ!リョウ、いい加減にしろ!!」
女性の前にハンマ−を持った香が現れる。
「ゲッ、香」

ドカ−ン!!

リョウの顔面に100tハンマ−が炸裂する。
「ほほほほっ、失礼しました」
ハンマ−に倒れたリョウを引きずりながら、香が女性に言う。
「い、いえ・・・」
ひきつった表情で、女性は答えた。



「全く、あんたときたら!!来週は何があるかわかってるの?」
アパ−トに戻るなり、不機嫌そうに香が言う。
「えっ・・・来週?」
頭をポリポリ掻きながら、リョウが答える。
「そう!!あんたにとってどうでもいいのね!!もう、いい!!今日は夕飯抜きよ!」
リョウの態度にすっかり怒った香が声を荒げる。
「ハハハハハハ・・・。嫌だな、香ちゃん」
苦笑を浮かべながら、リョウが口にする。
「・・・俺たちの結婚式だろ?」
真顔になり、香を見つめる。
「あら。忘れてたんじゃないの?」
少し、拗ねたように言う。
「・・・忘れる訳ないだろ・・・」
香を抱き寄せ、優しい表情を浮かべる。
リョウの変わり身の早さに、さっきまでの怒りが消えそうになる。
「・・・あんたってズルイ!他の女を追いかけていると思ったら、私にそんな顔するんだから・・・」
リョウに体を預け、穏やかな口調で言う。
「・・・俺が誰を愛してるか、わかってるだろ?俺の奥さんになるなら、それぐらいは寛大な心を持って欲しいな」
「私、独占欲強いの。結婚したら、浮気はさせないわよ」
悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「・・・ハハハハハハ、香ちゃん、怖い事言うなぁぁ」
焦り気味にの表情を浮かべる。
「フフフ・・・、冗談よ。あんたがナンパ止められる訳ないもんね。まぁ、いいわ。私は寛大だから、許してあげる。
但し、私を放さないで・・・、いつまでも、一緒にいて・・・」
リョウの背中に手を回し、逞しい胸に顔を寄せる。
「放す訳ないだろ・・・。離れられないよ・・・、もう・・・」
そう言い、香の瞳を覗き込み、唇を重ねる。

「・・んっ」

深いキスに心も体も溶けそうになる。
「俺がこんな事をしたいと思うのは・・・おまえだけだ・・・」
そう口にし、放した唇を再び塞ぐ。
香はリョウのキスに何の抵抗もなく、彼の体にもたれ掛かっていた。





「ねぇ。もしも・・・私が死んだらどうする?」
結婚式前夜、ベットの中で香が口にする。
「えっ・・・」
煙草を吸う手を止め、隣の香をじっと見つめる。
儚気に笑みを浮かべた彼女に呼吸が止まりそうになる。
「やだ、そんな怖い顔しないでよ。例えばの話よ」
何も告げず、深刻な表情を浮かべているリョウに微笑む。
「・・・別に・・・、わかってるさ。そのぐらい」
拗ねたように答え、再び煙草を口にする。
「・・・で、答えは?」
無邪気な笑みを浮かべながら聞く。
「・・・前にも言っただろ・・・死なせないって」
香を真っ直ぐに見つめながら力強く口にする。
「・・・そうだったわね」
リョウの答えに嬉しそうに微笑む。
「おまえはどうするんだよ?俺が死んだら・・・」
様子を見るように瞳を見つめる。
「・・・もちろん。リョウと一緒よ。何があっても、死なせない」






「リョウ、先に行くわよ!ちゃんと、式の時間には来るのよ」
まだベットの中にいるリョウに言う。
「えっ・・あぁ・・・」
眠そうにリョウが呟く。
「二度寝なんかしちゃ駄目よ」
「あぁ。大丈夫だよ。今、起きるから」
「朝食はダイニングテ−ブルの上に用意してあるからね」
「あぁ」
リョウの返事を聞くと、香は寝室を後にした。
それから10分後、ゆっくりとベットから起き上がり、リビングに降りて行く。

「・・・俺もいよいよ年貢の納め時か」
香が用意した朝食をとりながら、呟く。
口にした言葉とは反対に晴れ晴れとした気持ちがリョウの心中を占めていた。
「・・・まさか、俺が結婚するとは・・・な」
苦笑気味に小さく呟き、瞳を細め、これから先の二人の事を思う。
安らかな気持ちで心がいっぱいになる。

幸せってこんな事を言うんだろうな・・・。


「リョウ、起きてる!!」

リョウの思考を遮るように、騒がしい香の声がした。
「あぁ・・・おまえ、出かけたんじゃないのか?」
驚いたように帰ってきた香を見つめる。
「忘れ物したの」
はにかんだように、言い、リョウを見る。

「・・・愛してるわ・・・。リョウ」

そう口にし、リョウの唇に自分の唇をそっと重ねる。
「・・・忘れ物・・・終わり」
唇を離すと、照れたように言う。
「・・・バカ・・・」
思わぬ香からのキスと言葉に、リョウの頬が僅かに赤くなる。
そんなリョウを見て、優しい笑みを零す。
「・・・私、今、物凄く幸せ・・・。リョウ、幸せをくれてありがとう」
香の言葉にリョウの胸にも同じ気持ちが溢れる。
とても穏やかで、優しい空気が二人を包んでいた。





「リョウ、香さんが交通事故に」
式場で花嫁を待っていると、冴子が血相をかえて来た。
その言葉に目の前が真っ暗になる。
「香は今、何処だ!」
「都立の救急病院に運ばれて、今、治療を受けてるわ」
冴子の言葉を聞くと、一目散に駆け出す。




「香!!!!」
病室に入る事をとめる、看護婦や、医者を無視して、彼女の眠るベットに詰め寄る。
人工呼吸器に繋がれ、意識のない彼女がそこにいた。
「死ぬな!!!」
ベットに眠る彼女をきつく抱きしめ、口にする。
「・・・お願いだ・・・死なないでくれ・・・香、俺はまだおまえを幸せにしていない・・・」
涙を噛みしめ、彼女を抱きしめる腕に強く力を入れる。



「・・・もう、意識は戻らないでしょう・・・」
医者から出た冷静な言葉に、気を失いそうになる。
「・・・彼女はドナ−登録しています。心臓が動いているうちに、臓器を取り出しますので、旦那さんのサインが欲しいんですが」
その言葉に心臓が凍りつきそうになる。
「・・・香はまだ生きている・・・。これから先、意識を取り戻す可能性がないなんて言わせない!」
医者を睨みつける。その迫力ある表情に医者は言葉が出なくなりそうになる。
思い沈黙が包む。
「・・・彼女の心臓が動いているのは・・・もって、後、二、三日です。その間に取り出さなければ、
無駄になってしまいますよ。奥様の意志を尊重なさるべきです」
意を決した医者の一言にリョウの心がぐらつく・・・。

「・・・しかし・・・香はまだ生きてる・・・」





”もし…あなたの心臓が撃たれたら・・・私の心臓をリョウの心臓にして生き返らせてあげるっ!”

”だから、お願い 死なないで・・・あなたが死んだら私も生きてないから・・・”

いつかの香の言葉が脳裏に蘇る。
真っ直ぐに見つめる彼女の瞳。
その瞳に幾度愛しさを重ねた事か・・・。

「・・・俺だって・・・生きていけないさ・・・」

眠るように安らかな表情を浮かべている香に呟く。
「・・・なぁ、俺はどうすればいい?おまえの意志を尊重するべきなのか?」
苦渋の表情を浮かべ、香の頬に触れる。
「・・・香・・・おまえはどうしたい?」



「リョウ、リョウ」
聞きなれた声が彼を呼ぶ。
「う・・ん」
目を開けると、そこには愛しそうに彼を見つめる香の姿があった。
「・・香? 」
真っ白な光に包まれた彼女がいた。
「あたしとあんたはいつだって一緒だよ。例え肉体が離れても・・・。だから、苦しまないで、私の為に泣かないで・・・。
こうなってしまったのはあなたのせいじゃない・・・これが、私の天命・・・」
そっとリョウの頬に触れ、口にする。
「そんな・・・俺には納得できない!なんでおまえが逝かなくてはいけないんだ!」
声を荒げ、感情を吐き出す。
「私はあなたの一部となって生き続ける」
そう言い、リョウの胸を指す。
「私たちは一緒だよ。いつでも、どこでも・・・。だから、私の分まで生きて・・・一分でも一秒でも長く生きて・・・。
そして、また次の世界で・・・会おう」
ギュッとリョウを包み込むように抱きしめる。
「これは、あなたと私がまた出会う為の印・・よ」
自分の左胸を指し示し、リョウを見つめる。
「だから、それまでリョウが預かっていて・・・お願い・・・私を愛しているなら・・・」
「・・・香・・・」
力強く、彼女を抱きしめる。
「あなたと出会えて幸せだった」
にっこりと微笑み、告げる。
そして、香の体を包む光はさらに強くなり、彼女を光の彼方へとさらって行った。

「香−−−−!!」





「・・・香・・・」
そう呟き、目を開けると、人工呼吸器に繋がれたままの彼女の姿が飛び込む。
「・・・夢・・・か?」
意識を取り戻すように回りを見ると医師たちが香の上に乗り、救命措置をとっていた。
「何があった!」
側にいた看護婦に聞く。
「・・・さっき、脈が消えかかったんです。何とかまたもち出しましたが・・・。しかし、極めて危険な状態です。
いつ心臓が止まるか・・・」
その言葉にリョウの中にあった微かな希望が砕け散る。
「・・・そんな・・・」
「奥さんの意思を尊重したいなら、今のうちです。決断して下さい!」
主治医が緊迫した表情でリョウに詰め寄る。

「・・・お願い・・・」

一瞬、リョウの耳に香の声がした。
その声にハッとし、香を見つめる。

「・・・わかりました・・・妻のしたいようにして下さい」
力なくそう答え、リョウは病室を後にした。





「香さんの心臓が盗まれたわ!」
彼女の葬儀から2日後、冴子がリョウの前に現れた。





――――――――――――――――






「香、必ずおまえとの約束は守る」
決意を強くするように彼女の眠る墓石を見つめる。
「必ず、この手でおまえを取り戻してみせる」
拳を強く握り愛しそうに瞳を細める。
「それまで、待っていてくれ」
そう告げると、墓石に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
香の最後の願いを叶える為に・・・。






                           THE END













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