動 揺 

            
Painted by SAYAN様












どうしてこんな状況になってしまったのだろうか・・・。

シャワーを浴びながら、今日、起きた事を何度も頭の中で反芻する。

そう、あいつに今朝逢って、それから・・・。

「何が言いたいんですか!?」

いつものように噛みつくようにあいつに向かって叫んだ言葉。

あいつ・・・速水さんは、人を小馬鹿にするような視線で、私をじっと見た。

「・・・つまり、君には足りないんだよ」

速水さんの顔が近づく。

憎い相手のはずなのに、一瞬、胸がドキッとする。

「足りないって・・・何が?」

心持ち、さっきよりも少し彼から身を引く。

「色・気さ。おちびちゃん」

カラカウような調子の彼に、ムッと眉毛を上げてみせる。

「・・・なっ、色気って・・・どういう意味です!」

「この役を演じるにはそれなりの色気が必要って事さ。これは大人の女の役だ」

私が持って来た台本をポンっとテーブル上に置き、馬鹿にするように言われた。

そう、確かに彼が言うとおり、この役を演じるにはまだまだ私には早すぎるのかもしれない。でも、月影先生にこの間、言われたのだ。紅天女を演じたいのなら、色気も必要だと。観客を魅了するだけの色気を持てと。それから一週間悩んで、悩んで見つけたこの台本の芝居が大都芸能のものだと知ったから、仕方なく速水さんの下を訪れた。

「男を翻弄する役を君ができると思うか?恋だってまだ知らない君に」

“男を翻弄する”その言葉に恥ずかしさを感じ、顔が熱くなる。

「・・・恋なら・・・知ってます!!速水さんが思っている程、私は子供じゃないんだから!!」
ついつい、ムキになって出た言葉に今度は彼が驚いているようだった。

「私にだって・・・好きな人ぐらい・・・います」

恥ずかしさに耐え切れず、そう告げ、彼のオフィスのドアをバタン!っと閉めた。

一体、何に苛ついてるのだろう。

いつも速水さんの前にでるとカァーっとして、冷静ではいられなくなる。

彼に子供扱いされる事がどうして嫌なのだろう。

確かに私は、まだ17歳で、高校生で、速水さんから見れば子供だけど・・・。

でも・・・そんなに子供扱いされたくない。

「はぁ」

ため息を一つつき、通りを歩き始めた。



その日の夕方、アパートに戻ると、水城さんが来ていた。

「あら、マヤちゃん、丁度いい所で。あなたに用だったのよ」

大人の女性ってきっと水城さんのような人の事を言うのだろうな。

「うん?何か私の顔についているかしら?」

何も言わずじっと見つめていたら、不思議そうな笑みを一つ水城さんが浮かべる。

「・・・いえ。何でもないです。それより、私に用というのは?」

「あっ、そうそう。社長がね。あなたを連れてらっしゃいって言うから」

「速水さんが?」

断る理由もなかったので、水城さんの車に乗り、連れて来られた場所は大都劇場だった。

誰かの楽屋らしき場所の前に案内され、そこで水城さんは「じゃあね」と、その場を後にした。

「失礼します」

そっとドアを開けようとした瞬間、目に入ったのは、速水さんと・・・そして、ある有名女優のキスシーンだった。

まるで映画のワンシーンのように深く、情熱的なキス・・・。

女優の白く細い腕は速水さんの首に絡みつくように巻かれ、速水さんの腕は彼女の腰を支えるように抱きしめている。

何の言葉も出てこない・・・。

目の前で起きている事に足がガクガクと震え出す。

「・・あら、ごめんなさい」

ようやく、私の存在に気づいたように、長いキスを終えた二人が私を見る。

「ちびちゃん。君に彼女を紹介したくてね」

何事もなかったように彼が口にする。

頭の中が真っ白だった。

ただ一つある思いは・・・ここにいたくない。

早くどこかに行きたい。彼の目の前から消えたい。

そう思った次の瞬間は楽屋から逃げ出していた。

わからない。わからない。どうして走っているのか・・・。

どうして逃げ出しているのか・・・。


「待ちたまえ!」

速水さんの声が後ろで聞こえる。

「ちびちゃん」

そう呼ばれた瞬間、強く腕を掴まれた。

「どうしたんだ。急に・・・ちびちゃん・・・」

今度は言葉を失うのは速水さんの方だった。

驚いたようにじっと私を見つめ、彼は腕の力を緩めた。











「少しは落ち着いたか?」

泣き止んだ私に、いつもよりも優しい声で彼が話しかけた。

「・・・はい」

涙に掠れた声で返事をする。

「・・・そうか。ほら。これ」

そう言って彼が差し出したのはオレンジジュースの缶だった。

「・・・私って、そんなに子供っぽいですか?」

「えっ?」

缶コーヒーに口を付けながら彼が呟く。

「コーヒーよりもオレンジジュースってイメージなんですよね。きっと」

彼がくれたオレンジジュースを空け、少しイジケたように言ってみた。

「・・・だって、君、まだ子供じゃないか。それでなくても、童顔なんだし」

クスリと優しい笑みを一つ彼が零す。

「さっき、君に会わせた人はなぁ、君が持ってきた台本の役を演じていたんだ」

彼の言葉に何となく納得ができる。台本に描かれているよな色気のある人だった。

ドキリとしたあのキスシーンを思い出す。

「速水さんの恋人・・・なんですか?」

チラリと視線を彼に向ける。

「・・・元かな。君ぐらいの年の頃にな。まぁ、あの人から見れば、俺も子供なんだろうな。あれはちょっとしたあの人の意地悪だよ」

俯きながら彼が苦笑を浮かべる。

「・・・意地悪?どうして?」

問うように視線を傾ける。

「・・・それは、俺が君の事を・・・」

そこまで口にすると、彼はハッとしたように顔を上げた。

「君にそこまで話す義理はない。この話しはお終いだ」

いつもの冷たい視線を向けられた。

「さぁ、送って行こう」

そう言い、彼はベンチから立ち上がった。

「うん?どうした?」

何も言わず座ったままの私に彼が問う。

「・・・速水さん、教えて下さい。私にも色気ってあるんですか?どうしたらあんなふうにキスができるんですか?」

胸の中にぐるぐると蹲る思いを口にし、彼の胸に抱きついた。

どうして、こんな事をしているのか自分でもわからない。

大人の二人がしたあのキスを見てから、もう何も考えられなくなっていた。


「・・・お願い・・・。教えて・・・」









一時間以上シャワーを浴びているのかもしれない。

これから、私に起きる事をぼんやりと頭の片隅で考えていた。

彼に連れて来られた場所は私の願いを叶えてくれる所だった。

早く大人になりたい。大人の女性として見てもらいたい。

どうしても、彼にそうしてもらいたかった・・・。


こんな事、思うなんて、今日はどうかしているのかもしれない。



シャワーを止め、バスローブを着るとバスルームを出た。

速水さんは窓の外を見つめるように立っていた。

「・・・あの、出ました」

彼は背を向けたまま何も答えず黙っていた。

どうしたらいいのかわからない。

急に体が震え出す。

自分がしている事が突然、恐ろしく思えたのだ。

駄目、ここで逃げては駄目・・・。

何度も、何度も自分に言い聞かせ、バスローブを脱ぎ捨てた。

「・・・速水さん、私・・・」

彼の背中に抱きつき、腰に腕を回す。

「・・・ちびちゃん・・・」

彼は振り向き、私を抱き上げ、ベットに寝かせた。

彼の視線が体中に絡みつく。

体中が震えそうになる。


「・・・仕方のない子だね。君は」

泣き出しそうな私に彼がフッと表情を緩めた。

「わかった。俺の負けだよ。君にまさかここまでされるとは・・・」

掛け布団をそっと包み込むように私に掛け、降参したように彼が話し出す。

「君に色気がないなんて言って悪かった。君は十分魅力的だと思う」

優しく髪を撫で彼が言葉を続ける。

「・・・そんなに急いで大人になろとはしないでくれ。今の君のままの純粋さが俺は・・・好きなんだから」

彼の唇が額にそっと口付けた。

彼の言葉に意地になっていた部分が解け始める。

何だかとても心地よい夢の中にいるように・・・その日は眠りに落ちた。





◇◇◇◇◇




「はぁぁ、全く月影さんにも困ったものだ」

病室に行くと、幾分か顔色の良い月影千草の姿があった。

「・・・・何の事です?」

お茶を口にしながら、そ知らぬふうに彼女が口にする。

「・・・あの子に変な事吹き込まないで下さい。色気が足りないなんて・・・。まだ17歳ですよ」

「色気?あぁ、役者としての色気が足りないって言った事かしら?まぁ、あの子に色気なんてものを求めるのは後、5年ぐらい先かしらね。ほほほほほほ。
でも、真澄さん、どうしてあなたにそんな事言われなければならないのかしらね」

彼女の鋭い質問に、思わず、顔色が悪くなる。

「・・・それは・・・ゴホン。まぁ、元気そうで何よりです。僕は仕事があるのでこれで」

逃げるように口にし、病室を後にした。

これ以上、ここにいたら何を言わされる事になるかと思うと、内心、ヒヤヒヤした心地だ。

この速水真澄が、まさか、ちびちゃんに押し倒され駆けたなんて、誰にも言う事ができない秘密だった。

「・・・それにしても、まだ、17歳か・・・。はぁぁ」

この間の悩ましい彼女の姿を思い浮かべ、思わず、ため息が毀れる。

「・・・危なかったな」






The End



【SAYAN様からのコメント】

「・・・お願い・・・。教えて・・・」
17歳相手に翻弄される速水真澄28歳。
裸のマヤに抱きつかれてよくぞ耐え抜いた!
すごいぞ速水真澄!
おかしいぞ速水真澄!

こんなステキな小説がつくなんて夢のようです(感動)
一週間の疲れもぶっ飛びました♪
Catさん、本当にありがとうございます♪



【後書き】
はははは。最後はこんなオチ駄目かしら(^^;頂いた絵に合わせてもうちょっと色っぽい話にするつもりだったんですけど・・・。
書けませんでした(笑)
久々にガラカメ書きましたねぇぇ。何かちょっと調子がつかめなかったり・・・って、言い訳ですね(笑)
今回はSAYANさんから、何とも色っぽい絵を頂いたので、イラストに合わせて何か書いてみる事にしました。

あんまりちゃんと書けずにすみません。絵の雰囲気を壊してしまったかも(汗)




2003.5.16.
Cat

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