ある日どこかで・・・。前編
「すまない。急な仕事が入った」
これで、真澄が彼女との約束をスッポカスのは十数回目になる。
今日こそは真澄と会えると思ったのに・・・。
いくら結婚したといえ、夫は最近立ち上げたプロジェクトの為、普段にも増して、多忙だった故に、中々顔を合わせる事もなかった。
「・・・来週なら、少し身体が空くと思うから・・・」
受話器越しのマヤが何も言わないので、不安そうに口にする。
「・・・来週は私が駄目、紅天女の地方公演が始まるから・・・」
公演が始まれば、一ヶ月は真澄には会えなかった。
互いに沈黙になる。
「・・・じゃあ、その前に何とか時間作る」
マヤの機嫌をとるように出たいつもの言葉に、そろそろうんざりする。
「・・・いいです。忙しいんでしょ。お家に帰れない程に・・・」
真澄のいないベットで眠る事に最近、慣れてしまった自分が物凄く惨めに思えた。
「でも・・・」
真澄は何とか言葉を続けようとする。
「いいです!時間とるって言って、すっぽかされるのはもう嫌なんです!余計な期待持たせないで下さい!」
つい、言葉を荒げてしまう。
「・・・そうか。わかった」
マヤの言葉に不機嫌そうに言い、真澄は電話を切った。
「あっ・・・」
マヤは自分の口から出た言葉にハッとした。
怒っちゃったかな・・・。
だって、真澄さん・・・いつも仕事ばっかりで、私の事なんて、どうでもいいみたい・・・。
今の電話だって・・・五日ぶりに声を聞いたのに・・・。
「・・・何の為に結婚したんだろ・・・」
薄っすらと涙ぐみ、マヤは電話を置いた。
「社長と何かあったんですか?」
マネ−ジャ−の麻生美香がマヤの顔を見るなり、口にする。
「えっ・・・何もないわよ」
麻生の言葉にドキッとする。
「その分じゃ、昨夜のデ−トまた駄目だったんですか?」
「・・・うっ、うん」
「大変ですね。社長みたいな方を夫に持つと」
「・・・時々思うんだ。なんで私、速水さんと結婚しちゃったんだろうって・・・。いつも、寂しいのは私ばかり・・・。
速水さんは私に会えなくても・・・全然変わらないの・・・。私って、速水さんにとって、どうでもいい存在なのかも・・・って」
今にも泣きそうな表情を浮べる。
「・・・マヤさん・・・。そんな事、ありませんよ。社長にとってあなたは大切な存在ですよ」
「麻生さんありがとう。大丈夫よ。さぁ、そろそろ休憩も終わりだわ」
そう言うと、カメラの方に歩いていった。
今、マヤは映画の撮影の為、遊園地を訪れていた。
今日はラストシ−ンの撮影だった。
「よかったよ!マヤちゃん!」
撮影が終わると、監督が上機嫌でマヤに言う。
マヤははにかんだように笑った。
「・・・撮影、とっても楽しかったです」
「今日は一人で帰るわ」
麻生にマヤが言う。
「えっ・・・そうですか」
「うん。何だか、もう少し、この遊園地にいたいんだ。昔、速水さんと来た事があるから」
「お嬢さん、どうしたのかな?」
マヤがベンチに座って、ぼんやりとしていると、どこからか声がかかった。
「えっ」
顔を上げると、愛想の良さそうなピエロが立っている。
「元気がないね。そんな悲し顔していると、楽しい事も見逃してしまうよ」
マヤを励ますように言い、赤い風船を差し出す。
「あっ、あの・・・」
とまどいながらも、風船を受け取る。
「遊園地に来たんだから、楽しまないとね」
「・・・はぁ・・」
「そうだ!お嬢さんに、とっておきのアトラクションを教えよう」
そう言い、いつの間にか、ベンチの前に現れた建物を指す。
「これはチケット。お嬢さん、かわいいから特別にあげる」
マヤにチケットを渡し、にっこりと笑う。
「えぇ・・・でも、私、そろそろ帰ろうかと・・・」
チケットを手にしながら、おずおずと口にする。
「だったら、最後にあそこに行ってみて。絶対楽しいから」
「えっ・・・でも・・・」
マヤが迷いながらピエロの方を向くと、もうそこには姿がなかった。
「あれ?ピエロさん?」
周りを見渡すがどこにも姿が見あたらない。
「・・・どうしよう・・・コレ・・・」
渡されたチケットと建物を見つめながら、考える。
「まぁ、いいか。せっかく貰ったんだし・・・。家に帰っても・・・一人だし」
マヤはそう口にすると、そのアトラクションに向かって歩いた。
「わぁ、鏡がいっぱい」
マヤが入ったアトラクションはミラ−ハウスだった。
「はははは。わ−い。私だらけ」
何となく楽しくなり、はしゃぐ。
どんどんと奥に進み、マヤはある一枚の鏡の前で立ち止まった。
「・・・アレ?何?」
その鏡からは紫色の光が出ていた。
興味本位にその鏡に触れてみると、突然、何かがマヤの身体を鏡の中からひっぱる。
「きゃっ!」
その勢いに飲まれ、マヤは鏡の中へと引きずり込まれた。
「大丈夫ですか?」
心配そうな声がかかる。
「えっ・・・」
目を開けると、遊園地の職員と思われる女性がいた。
「お客様が倒れていたのを発見したものですから」
マヤが目覚めたのは遊園地内にある医務室だった。
「・・・あっ、その・・・大丈夫みたいです」
ぼんやりとする目を開け、ベットから起き上がる。
「あっ!今、何時ですか?」
「え−と、午後8時ですが・・・」
「いっけない!」
マヤは今夜つきかげのメンバ−と飲む約束をしていた。
「私、そろそろ行かないと。あの、本当、お世話になりました」
慌てて、そう言い、マヤは遊園地を後にした。
「・・・アレ?」
電車に乗りながら、ふと、何かが違う事に気づく・・・。
でも、その違和感が何かわからないまま、マヤは目的の駅で降りた。
その違和感は街を歩いていても離れなかった。
しかし、待ち合わせの時間から大分遅れてしまったマヤは深く考えず、とりあえず目的地の居酒屋を目指す。
ドンっ!
走っていると、誰かにぶつかる。
「きゃっ、ごめんなさい」
そう言い、相手の顔を見ると、それは、真澄だった。
「あっ・・・真澄さん?なんで、ここに?」
マヤの言葉に真澄は驚いたように彼女を見つめた。
「・・・どうして、僕の名前を?」
「えっ」
真澄の言葉にじっと彼を見つめると、マヤが知っている真澄より随分と若く見える。
そして、さらによく見ると、彼は高校の制服らしきものを着ていた。
「えっっっ!!!!」
マヤの声が大きいものに変わる。
なんで、真澄さんが・・・高校生みたいな・・・格好を・・・。
マヤの声に驚き、目をパチパチとさせる。
「・・・あの、どうしたんですか?」
「いぇ・・・その。私、時間がないから」
そう言うと、マヤは目の前の現実から逃れるように、走り出した。
やだ・・・私、夢でも見ているの?
真澄さんの事ばっかり考えているから・・・こんな・・・。
「あれ?」
目的の居酒屋の前に来ると、そこは違う店だった。
普段よく、利用するので、間違えるはずがない。
「・・・お引越しでもしたのかな・・・」
仕方がなく、麗に電話をしようと、携帯を手にする。
しかし、携帯は壊れてしまったように何の反応もしなかった。
「おかしいな。バッテリ−だったら、まだあったはずなのに・・・壊れちゃったのかな」
周りを見渡し、公衆電話を見つける。
そして、電話をかけようと、財布をバックから取り出そうとした時、マヤは真っ青になった。
「・・・ない・・・」
何度見返してもみつからなかった。
「・・・どうしよう・・・」
何かないかと、電話ボックスの周りを見ていると、新聞紙が置いてあった。
ふと、日付に目をやると、それは18年前のものだった。
「・・・何で・・・こんな、古い新聞が・・・」
コンコン・・・。
マヤが電話ボックスの中で途方にくれていると、誰かがドアを叩いた。
見ると、さっきの高校生真澄が立っていた。
「・・・これ・・・落としたから」
マヤがドアを開けると、なくしたはずの財布を渡す。
ホットしたのと、久しぶりに真澄を会えた事に気が緩み涙が浮かぶ。
「・・・会いたかった・・・会いたかったよ」
真澄に抱きつき、涙声で告げる。
「えっ・・・」
真澄は何がなんだかわからず、固まったように立っていた。
「・・・ごめんなさい。いきなり泣いて・・・」
近くの公園のベンチに二人で座り、口にする。
「・・・あの、どうして、僕の名前を?」
チラリと横に座る彼女見ながら、質問する。
「・・・どうしてって・・・。それは・・・」
あなたが私の夫だから・・・。
と口にしようとしたが、ベンチの上の新聞に言葉がとまる。
これも、18年前の日付・・・。
どうして?
「お姉さん?」
新聞を見つめたままのマヤに真澄が口を開く。
真澄の口から出た言葉に再び驚く。
今、お姉さんって・・・言った?
私より11歳も年上の真澄さんが・・・。
「・・・真澄さん、今、いくつ?」
「・・17歳だけど・・・」
怪訝そうな表情を浮べる。
17歳!!!!
マヤの思考回路は許容範囲を越え、意識を失った。
次にマヤが見たのは見知らぬの場所の天井だった。
「気づいたみたいだな」
聞き慣れた声がする。
ぼんやりと、視線を移すと、真澄が立っていた。
「・・・真澄さん?」
「いきなり倒れるから、驚いたよ」
そう言い、煙草を口にする。
いつもの彼の仕草だと思い、じっと見つめる。
しかし、よぉ−く、見ると、真澄は高校の制服を着たままだった。
ハッとしベットから立ち上がる。
「どうした?」
マヤの態度を不思議そうに見つめる。
「ねぇ、もしかして今は・・・」
マヤは自分が知っている日付よりも18年前の日付を口にした。
「あぁ、そうだけど」
表情一つ変えずに真澄が答える。
真澄の答えにマヤは暗闇の中に一人投げ出されたようだった。
嘘でしょ・・・こんな・・・。
映画じゃないんだから・・・。
まさか、私、18年前にタイムスリップした訳?
5分程、考えていきついた結論はそれだった。
「あっ、あなた17歳でしょ。煙草なんて吸っていいの?」
真澄が二本目の煙草に火をつけたのを見て、思い出したように口にする。
マヤの言葉に、真澄は居心地の悪そうな表情を浮かべる。
「別に、僕がどうしようが、あんたには関係ないだろ」
人と距離を置くような冷めた視線でマヤを見る。
真澄さん・・・。
いつも自分に向けられる視線とあまりに違うので悲しくなる。
今の彼がマヤを見るそれは見知らぬものを見る視線だった。
「・・・そうね。関係ないわね。でも、あなたが心配なのよ」
本気で真澄を心配するような一途な視線に彼はドキッとした。
仕方がなく、火をつけたばかりの煙草を灰皿の上に落とす。
「僕が心配か・・・。僕はにはあんたの方が危なく見える」
「そうね。いきなり、抱きついて、泣いて・・・倒れて・・・。確かに、危ないわね」
真澄を見つめているうちに、マヤはさっきまで、抱えていた不安が不思議と消えていくのを感じた。
「そういえば、ここは?」
思い出したように部屋を見渡す。
ホテルのスィ−トル−ムのようだった。
「あぁ・・・ホテルの部屋だよ。いきなり、倒れたから・・・」
「それで、こんな高そうな部屋とってくれたの?」
クスリと笑う。
大人の女性のそんな表情に真澄は胸が高鳴るを感じた。
「・・・えっ。いや、丁度今、家出中で・・・ここに泊まっているんだ」
頬を僅かに赤くし、マヤから視線を外す。
「家出?あら、非行少年なの?」
可笑しそうに真澄を見る。
「・・・さぁな。ただ、今は家にいたくなかったんだ・・・」
さっきまでとは違い、他人に向ける冷たい表情ではなく、淋しそうな顔を浮かべる。
そこに浮かぶのは、大人びた17歳の少年ではなく、不安そうな少年の顔だった。
思わず、彼を抱きしめる。
「あなたは一人じゃないわ。私がここにいる」
優しく包み込むように真澄の背中に腕を回す。
見知らぬ女なのに・・・。
華奢な身体に包まれ、真澄は気持ちが軽くなるのを感じた。
そして、知らず、知らずのうちに涙が頬を伝う。
母が亡くなって以来、ずっと堪えていた涙だった。
つづく
【後書き】
ははははは。書いちゃった(笑)実は結構前から、高校生の真澄様と、お姉さまマヤ
ちゃんが書いてみたいなぁぁなんて思っておりました。
そして、実行に移した訳です(笑)
設定としてはマヤちゃん24歳で、真澄様、17歳です♪
大人のマヤちゃんは真澄少年とどう向き合うのでしょうね(笑)
では、次のお話でお会いしましょう♪
ここまで、お付き合い頂きありがとうございました♪
2001.11.7.
Cat