ある日どこかで・・・。−中編−
どうして、僕は泣いたんだ?
初めて出会った女性なのに・・・。
僕を知っているような眼差しに心が揺れる。
彼女を見ていると、いつもの自分ではいられなくなる。
速水の家に入り、母を亡くしてから誰にも心を見せなかった・・・。
なのに・・なぜ?
「真澄さん、どうしたの?」
ぼんやりと、考え事をしていると、彼女の声がした。
振り向くと、バスロ−ブ姿の彼女が立っていた。
さっきまでの彼女とは別人のように艶やかな姿である。
普段感情を出さないように冷静な仮面をつけている彼でも、ドキッとするものがあった。
「さすが、スィ−トル−ム。お風呂とっても広くて気持ち良かったわ」
無邪気な表情で濡れた髪をゴシゴシと拭きながら言う。
「・・・真澄さんも入れば?」
彼の隣に座る。
甘い石鹸の香が真澄の男の部分を刺激する。
「・・・いや、僕はもう少し、後で・・・。ところで、あんたいつまでここにいる気だ?」
真澄に言われ、マヤは一瞬考えるように黙った。
いつまでか・・・。
本当、私いつまでここにいるんだろう・・・。
黙りこくった彼女が戸惑いを表情に浮べる。
胸の奥がギュッと掴まれたような気持ちになる。
「・・・行く当てがないなら・・・別に、いつまでいたって構わないけど・・・」
つい、甘い言葉を口にしてしまう。
マヤの表情がパッと輝く。
「ありがとう」
嬉しそうな笑みを浮べる。
また真澄の心の中に捕らえどころのない気持ちが生まれる。
「ちょっと、出かけてくる。好きにしてていいから」
耐え切れず、ソファ−から立ち上がると、真澄は部屋を出た。
全く・・・僕は何をやっているんだ・・・。
ホテルの最上階にある展望室で、真澄はぼんやりとしていた。
いつもの自分のペ−スを乱され、落ち着かない。
気づけば、持っていた煙草を全て吸っていた。
女に言い寄られる事なんて慣れているはずなのに・・・。
でも、彼女は違う・・・。
あんなに一途に見つめられた事なんてなかった・・・。
泣いたかと思ったら、笑っていて・・・。
子供っぽいと思ったら、急に大人の表情をして・・・。
「・・・ここにいたの?」
「えっ」
声のした方を向くと、マヤが立っていた。
とても、心配したような表情と一緒に・・・。
「また、煙草なんて、吸ってて・・・駄目だって言ったでしょ」
真澄に近づき、しかるように言う。
「・・・いつまで経っても帰って来ないから・・・心配したのよ」
まるで置いていかれてしまった子供のような表情を浮べる。
ドキッ・・・。
真澄の胸がまた説明のつかない感情でいっぱいになる。
「もう、一人になるのは・・・嫌・・・」
切なそうに真澄を見つめる。
「・・・あぁ。すまない。ちょっと、出るつもりだったんだけど・・・」
時計を見ると、部屋を出てから三時間以上が経っていた。
「そんな。いいの?私がベットを使って」
シャワ−から出てきた真澄にマヤが言う。
「あぁ。僕はどこでも眠れるし・・・それに・・・女性をソファ−でなんか寝かせられない」
少し照れたように頬を赤くする。
その姿が何だかかわいくて、マヤはクスリと笑った。
「真澄さんって優しいのね。ありがとう」
真澄の頬に軽くキスをする。
頬に触れる柔らかい唇の感触に胸が鷲づかみになった気がする。
「じゃあ、おやすみなさい」
真澄が何も言えないでいると、マヤは寝室に向かった。
その夜、真澄は寝室の彼女が気になって眠れなかった。
ソファ−の上で幾度も寝返りをうちながら、彼女の事を頭から引き離そうとしたが・・・無駄な努力に終わる。
初めて感じる気持ちに身も心も熱にうかされたようだった。
「・・・真澄さん?」
マヤが目を覚ますと、真澄の姿は部屋になかった。
リビングのテ−ブルの上にメモがある。
『学校に行く。午後6時頃には戻ると思う。部屋は自由にしていていいから。
真澄 』
「そっか、真澄さん高校生なのよね」
ソファ−に座り、時計を見ると、もう午後12時近くを回っていた。
「何だか、寝すぎたみたい」
ふと、近くのゴミ箱が目に入る。
そこには何度も書き直されたメモらしき紙くずが入っていた。
その一枚、一枚を広げていくと、どれも微妙に文面が違っていた。
「やだ。真澄さんったら」
瞳を細めてクスクスと笑う。
たった一枚のメモを書くのに、こんなに気を使ってくれた真澄が嬉しかった。
「・・・はぁぁぁ」
その日の真澄は全然授業が頭に入って来なかった。
さされても、とんちんかんな答えを口にし、クラスメイトや教師を唖然とさせていた。
とにかく、する事なす事がいつもの彼からかけはなれていた。
「恋でもしたか?」
誰にも見つからない場所で煙草をすっていると、唯一の親友相模が彼をからかうように言う。
「・・・別に・・・」
無愛想に答える。
「なるほど、相当惚れたとみる」
真澄の様子に断言するように口にする。
「なっ!誰があんな訳のわからない女!」
気持ちを認めたくなくて、つい、声を荒げる。
その言葉を聞いて、面白そうに真澄を見る。
真澄はしまったという表情を浮べた。
「・・・話せよ」
温かい視線を真澄に向ける。
その視線に観念したように言葉を口にする。
「・・・出会ったばかりなのに・・・気づくと、彼女の事を考えているんだ。
側にいるととても息苦しくて、離れると淋しくて・・・。彼女の一つ、一つの仕草や動きを無意識のうちに目で追っていて・・・
視線が合うと、ドキッとして・・・訳のわからない気持ちにさせられる」
真澄の赤裸々な告白に相模は本当にこれがあのク−ルな速水真澄かと目を疑う。
「・・・まぁ、恋は時間じゃないって言うからな・・・出会ったばかりなのに、
惹かれあうって事もあるさ」
さしさわりのない言葉を口にする。
「・・・時間じゃない・・・か・・・」
真澄は再び、ため息を浮べた。
やっぱり、これが恋ってやつなんだろうか・・・。
知らなければよかった・・・こんな気持ち・・・。
「ここよね・・・考えられるのは・・・」
マヤは昨日訪れた遊園地に再び来た。
平日だとあって人の姿はあまり見なかった。
ミラ−ハウスを求めて、園内を探す。
しかし、何度同じ場所を通っても、マヤが入ったミラ−ハウスはどこにも存在しなかった。
「・・・どうして?可笑しいな・・・確かに、この遊園地だったのに・・・」
ベンチに座り、なす術なく、呆然とする。
「お嬢さん、どうしたのかな?」
聞いたようなセリフが再びマヤの耳に入る。
「えっ」
顔を上げると、昨日のピエロが立っている。
「元気がないね。そんな悲し顔していると、楽しい事も見逃してしまうよ」
昨日と変わらないセリフを口にする。
「あっ!あなた・・」
ピエロをじっと見つめる。
「お嬢さん、悲しみは少し癒されたかな」
優しい笑みをマヤに向ける。
「一体、ここは何なんですか!気づけば、高校生の姿になった夫がいて、まるで別の世界みたいで・・・」
疑問をぶつける。
「ここは時の狭間に位置する遊園地。この世界に来たのはお嬢さんの意志だよ」
「私の意志?」
「そう。ここにお嬢さんが探している答えがあるはず」
「答え?でも、私、何も・・・」
”・・・時々思うんだ。なんで私、速水さんと結婚しちゃったんだろうって・・・。いつも、寂しいのは私ばかり・・・。
速水さんは私に会えなくても・・・全然変わらないの・・・。私って、速水さんにとって、どうでもいい存在なのかも・・・って”
頭の中に麻生と交わした会話が蘇る。
そんなマヤにピエロは優しく微笑む。
「今すぐ帰りたいと望むなら、あそこに出口はあるよ」
ピエロが指差す先にはミラ−ハウスがあった。
「でも、いいのかな、今帰って・・・」
「えっ」
ピエロの意味深な言葉にピエロの方を向くと、もうその姿はなく、代わりにミラ−ハウスに入る為のチケットが置かれていた。
ミラ−ハウスに入り、奥に進むと、また紫色の光を放つ鏡が一枚あった。
「あった!」
これで元の世界に帰れると思い、手を伸ばした瞬間、高校生の真澄の顔が浮かぶ。
それは人を寄せ付けないような冷たい顔だった。
「・・・真澄さん・・・」
メモに記したように午後6時に部屋に戻ると、もう、彼女の存在はなかった。
部屋中を探し、何かメモがないかと必死に見るが何の形跡もない。
このまま、もう二度と会えないような気持ちに胸が痛くなる。
たった半日一緒にいただけでこんなに彼女の存在が大きくなっているなんて・・・。
いてもたってもいられなくなって、部屋を飛び出す。
昨日、彼女とぶつかった場所、電話ボックスの中、公園と深夜になるまで街中を探し、走り回った。
しかし、彼女の姿は消えてしまったようにどこにも見あたらなかった・・・。
やり気れなさが胸に募る・・・。
生まれて初めて酒が飲みたいと思った。
つづく
【後書き】
高校生真澄さんの恋は叶うのでしょうか?(笑)
いや−、難しいですね・・・真澄さんの高校生時代って・・・。何か書いてて薄っぺ
らいような(えっ、いつも?(爆))
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました♪
後編でお会いしましょう♪
2001.11.7.
Cat