ある日どこかで・・・。−後編−





   ホテルの部屋に真澄が戻ると、ドアの前に座り込んだ彼女がいた。
   胸が強く鼓動を打つ。
   身体中が切なさで溢れる。

   もう二度と会えないと思っていたのに・・・。
   どんなに探しても見つからないと思っていたのに・・・。

   「・・・う・・ん・・真澄さん?」
   人の気配を感じ、瞳を開けると、大きく瞳を見開いた彼がいた。
   ゆっくりと立ち上がり、彼を見つめる。
   「・・・どこに行っていたんだ・・・」
   突然、真澄が彼女を抱きしめる。
   彼から微かに酒の香がした。
   「・・・お酒飲んでいるでしょ・・・高校生なのに」
   彼女に言われて、ハッとするように見る。
   「・・・どこを探しても・・・君がいなかったから・・・」
   切ない表情を浮べる。
   マヤの鼓動が大きく脈うつ。
   「・・・真澄さん・・・」
   彼を見上げ、背伸びをし、唇を重ねる。
   重なった唇からは戸惑いが感じられた。
   「・・・ごめんね。心配させて」
   唇を放し、彼の広い胸に顔を埋め、背中に腕を回す。
   二人は気持ちを伝え合うかのように暫く抱き合っていた。



   「ねぇ、学校は楽しい?」
   リビングのソファ−で真澄の隣に座りながら、マヤが口にする。
   「えっ・・・そうだな。楽しいっていうのかわからないけど・・・まあまあかな」
   昨日よりも打ち解けた表情で真澄が答える。
   「ふぅぅ・・・ん。真澄さん、ガ−ルフレンドとかいるの?」
   マヤの質問に、戸惑ったような表情を浮べる。
   「・・・いないよ。そんなの・・・」
   僅かに頬を赤くする。
   「へぇぇ・・・。そうなんだ」
   マヤは意外だという表情を浮べる。
   「真澄さん、もてそうなのに・・・。女の子がほっとかないんじゃない?」
   彼の綺麗な顔を見つめる。
   「・・・そういうの苦手なんだ・・・。どうも、人と付き合うのって・・・気がひけて・・・」
   「・・・どうして?」
   マヤの質問にテ−ブルの上のコ−ヒ−を一口含み、暫く考えるように床を見つめる。
   
   「・・・僕は本当の両親がいない。父は物心つかないうちに亡くなって、母は中学の頃に亡くなって・・・
   それ以来、人とは距離を置くようにした。いや、したって言うよりも・・・自然と、そうなったのかな・・・。
   今の義父は厳しい人で、彼が興味があるのは仕事の事だけ・・・。僕はそんな人に経営者としてどうするかを叩き込まれてきた。
   無闇に人を信用するなって・・・それをずっと行ってきたから・・・いつの間にか、距離を置くようになったんだと思う」
   自分の胸のうちにある思いを整理するように口にする。
   そう告げた彼の横顔が酷く大人びて思えて、マヤは悲しかった。

   英介と真澄の確執は耳にしていたが・・・今、それを目の当たりにした感じだった。

   「・・・どうした?」
   横を見ると、彼女が泣いているのに驚く。
   「・・・ごめんなさい・・・急に・・・涙が・・・」
   何とか抑えようと思っても止め処なく頬を伝う。
   「・・・僕の為に泣いてくれるの?」
   頬に触れ、彼女の涙を拭う。
   そして、そっと唇が重なった・・・。
   ぎこちない真澄からのキスに胸が締め付けられる。
   彼の首に腕を絡ませ、彼女から深いキスをする。
   大人のキスをする彼女に応えようとする彼が健気で、かわいく思えてくる。
   「・・・何か、若いツバメを囲った気分」
   唇を放し、クスリと笑う。
   真澄は頬を真っ赤に染め、身体中の鼓動が大きく打つのを聞いていた。
   「・・・あなたが好きよ」
   放心している彼の肩の上に頭を置き、告げる。
   その言葉に頭の芯が真っ白になる。
   「いつも私を心配してくれて・・・。一生懸命で・・・」
   真澄の頬や、耳朶にキスを残していく。
   「誰よりも優しくて・・・」
   首筋にもキスを落とす。
   彼女の声と唇がこれ以上ない程、彼をドキドキさせる。
   ふと、彼女の左手が彼の視線に入った。
   「・・・結婚・・・してるの?」
   彼の口から出た言葉に、彼女の動きが止まる。
   「・・・えぇ」
   彼女の答えに強い衝撃を受ける。
   それはまるで鋭利なナイフで心臓を一突きにされたような衝撃だった。
   真澄はソファ−から立ち上がり、無言で窓の側に立った。
   彼の反応に急に不安になる。

   「・・・どうして?」

   小さく真澄が呟く。
   「・・・どうして、僕に構う?どうして、今、一緒にいるんだ!君は僕みたいな子供をからかっているのか?」
   嫉妬が理性を打ち砕き、醜い感情を増幅させる。
   「どうして、僕にキスをする?君にとって僕は遊び相手?」
   裏切られたという想いでいっぱいだった。
   「どうして、僕を好きだと言う?君には愛する旦那がいるんだろ?」
   自分でも何を言っているのかもう、わからなかった。

   「・・・ごめんなさい」

   彼の背中を抱きしめ、口にする。
   「でも、あなたをからかったんじゃない・・・。好きだと言った気持ちに嘘はない・・・本当よ」
   背中越しの彼女が涙声で告げる。
   背中に華奢な体を感じて、胸が締め付けられる。
   生まれて初めて感じた恋しさと、嫉妬に真澄はどうしたらいいのかわからなかった。

   「・・・もっと、早く生まれたかった・・・。君が他の男と結婚する前に出会いたかった・・・」

   彼の言葉にマヤの胸が切なくなる。
   それはかつて、真澄に対して思ったものと一緒だった・・・。
   11歳の年の差が重くのしかかった頃。
   自分よりもずっと大人の真澄がわからなくて・・・涙を流した。
   自分はどうして、真澄と同い年ではないのだろ、どうしてもっと早く生まれなかったのだろうと・・・淋しくて仕方がなかった。
   今それと同じ事を目の前の真澄が感じていると思うと、胸が痛かった・・・。

   「・・・君が好きだ・・・」
   振り向き、純粋な瞳で彼女を見つめる。
   「・・・真澄さん・・・」
   真っ直ぐな瞳が心を揺り動かす。
   彼女の中にある彼を好きだという気持ちが何時の間にか、夫の真澄を愛しているという気持ちと同じぐらいになっていた。
   そっと、真澄の頬に触れる。
   「・・・好きよ・・・あなたが・・・」

   再び唇を重ね、二人はベットに雪崩れ込むように沈んだ。

   身につけているものを脱ぎ取り、肌を重ねあう。
   たどたどしい真澄からの愛撫に胸がいっぱいになる。
   彼を優しく一つになるべく場所に導き、重なり合った。
   彼女の中で彼が幾度も貫く。
   初めての感覚に彼は気が狂ってしまいそうだった。
   そして、二人一緒に絶頂に達すると、真澄が彼女の胸の上に倒れた。

   荒々しい呼吸音だけが響く。

   マヤは穏やかな表情で真澄を見つめた。
   今まで幾度となく真澄と肌を重ねてきたが、こんなふうに一生懸命さが伝わるように抱かれたのは初めてだった。

   「・・・好き・・・」

   胸の上でぐったりしている彼をギュッと抱きしめ、口にする。
   その言葉に照れたように真澄が赤面する。
   「あなたが、かわいくて・・・愛しくて仕方がない・・・」
   瞳を細め、彼を見つめる。
   「・・・旦那を思うよりも?」
   彼女をじっと見つめる。
   「・・・紅天女って知ってる?」
   言葉を選ぶように口を開く。
   真澄は彼女から出た言葉に驚いた。
   今の彼にとって紅天女は母を奪った憎いものだった。
   「・・・どうして・・・それを?」
   真澄の言葉を聞くと、何も身につけないままベットから起き上がり、彼を見つめる。
   月明かり越しに見える白い肌にドキッとする。
   その肌にはくっきりと彼が愛した印がついていた。

   『あの日はじめて谷でおまえを見た時、阿古夜にはすぐわかったのじゃ、おまえがおばばの言うもう一つの魂の片割れだと・・・』
   目の前の彼女の表情が突然、ガラリと変わる。
   『年も姿も身分もなく出会えば互いに惹かれあい、もう半分の自分を求めてやまぬという・・・』
   彼女の周りから不思議な空間が広がり、真澄は我を忘れたようにその空間に引き込まれた。

   「・・・これ、紅天女の中に出て来るセリフの一つなの」
   フッと表情を素の彼女に戻す。
   「・・・私と結婚した人は11歳も年上で、とても大人で・・・だから、時々不安になるの・・・。
   彼が私を置いていってしまいそうで・・・」
   彼の前で初めて苦しそうな表情を浮べる。
   「彼と私は、紅天女の中に出てくる”魂の片割れ”だと思える相手だと思う・・・。でも不安な気持ちが溢れてくるの・・・」
   どれだけ、夫を愛しているかは彼女の表情を見れば伝わってきた。

   敵わない・・・。

   真澄の心にそんな思いが浮かぶ。
   「そんなに不安なら、俺にしろよ」
   敵わないとわかっていても、そう言わずにいられない。
   目の前の彼女が愛しいから・・・。
   恋しいから・・・。
   「・・・俺だったら、君を不安になんかさせない・・・」
   激しい思いに駆られ、彼女を腕の中に閉じ込める。

   「・・・あなたにもっと早く出会いたかった・・・」



   翌朝、真澄が目を覚ますと、彼女の姿はなかった。
   不思議と、驚きはない。
   心のどこかでわかっていた事だ・・・。

   きっと、もう彼女は戻ってこない・・・。

   ベットサイドのテ−ブルにメモがあった。

   『あなたとまた出会える日を待っている』

   その言葉にほろ苦さが胸に広がった。

   「・・・また出会えるか・・・」
   不思議ともう一度彼女と出会えると心が予感をしていた。




   「・・・さよなら、真澄さん」
   マヤは紫色に輝く、鏡の中に今度こそ飛び込んだ。




   「・・う・・・ん・・・」
   目を開けると、そこはミラ−ハウスの中だった。
   ハッとし、急いで、外に出てみる。
   空は暗く色づき、月が浮かんでいた。

   「マヤ!」
   ミラ−ハウスの前で呆然と立ち尽くす彼女に声がかかる。
   「・・・真澄さん・・・」
   振り向くと、彼女のよく知っている真澄が立っていた。
   愛しさが胸を締め付ける。

   あぁ、やっぱり、私が愛しているのはこの人しかいない・・・。
   そんな確信が胸に溢れる。

   「・・・会いたかった・・・」
   彼女に駆け寄り、きつく抱きしめる。
   「・・・どうしたの?」
   不安気な表情を浮べる真澄に口にする。
   「・・・電話越しの君が怒っているとわかったから、不安だったんだ。何だか、このまま二度と会えないような気がして・・・。
   そう思ったら、仕事なんて手につかなくて・・・それで、君がここにいるって、麻生君に聞いて、
   いてもたってもいられなくなって仕事放り出してきた・・・」
   マヤを見つめ、真っ直ぐな言葉をぶつける。
   その表情に高校生の真澄が重なった・・・。

   真澄さん・・・。

   「・・・仕方がない、社長さんね」
   クスリと笑う。
   「君が恋しくて・・・仕方がなかったんだ」
   少し、照れたように真澄が言う。
   真澄にどれでけ愛されいるかを実感する。

   馬鹿だな・・・私・・・。
   真澄さんはこんなに私の事、思ってくれているのに・・・。

   「・・・マヤ?」
   突然、涙を流す彼女を驚いたように見つめる。
   「・・・私も、会いたかった・・・」
   ギュッと真澄を抱きしめる。
   「・・・マヤ・・・」
   真澄は優しい瞳で彼女を見つめた。



   それから数日後・・・。
   「わ−!やっぱり、かわいい」
   真澄の高校生の頃の卒業アルバムを見ながら口にする。
   横にいた真澄はそれを照れたように聞いていた。
   「・・・急にどうしたんだ?俺の高校の頃の写真が見たいって・・・」
   「別に・・・」
   意味深な笑みを浮べる。
   「・・・あっ、コレ・・・」
   アルパムの間に入っている封筒に目を止める。
   「えっ」
   真澄もそれに視線を落とす。
   「あっ!」
   思い出したように、声をあげ、マヤよりも先に封筒を取ろうとしたが、一歩遅かった。

   『あなたと出会える日を待っている』
   
   封筒の中身はそう書かれた一枚のメモだった。
   それを目にした瞬間、マヤの胸に暖かいものが流れる。
   真澄はマヤにこのメモについて、どう話すか考えを巡らせていた。

   「ねぇ、運命って信じる?」
   マヤの口から出た言葉は真澄の予想を裏切るものだった。
   「えっ・・・そうだな」
   考えるように沈黙を置く。
   「私は、信じる。何度生まれ変わってもあなたとは繋がっているって」
   マヤの言葉に愛おしそうに瞳を細める。
   「ねぇ、そう思わない?」
   「・・・あぁ。そうだな」
   優しく微笑む。
   そして、真澄はふと、ある事に気づいた。
   今、目の前にいるマヤと、遠い昔に恋した女性の面影が重なる事を・・・。

   まさか・・・な。

   「・・・ところで、真澄さん、これはどうしたのかな?」
   真澄が昔の想いに耽っていると、マヤが悪戯っぽい表情を浮べ、メモについて聞いてくる。
   今度こそ、予想通りの質問だった。
   「えぇ・・・と、それは・・・その・・・」
   真澄の戸惑ったような答えをマヤは可笑しそうに聞いていた。








                                      
      終わり




【後書き】
いつものように一気に書いてしまいました(笑)
はぁぁぁ・・・。何か、疲れたけど、スッキリ(笑)
どうでした?高校生真澄くんとマヤちゃんの恋の物語(笑)
やっぱり、何歳で出会っても二人は惹かれあう気がします(願望 笑)


ここまで、お付き合い頂きありがとうございました♪

2001.11.8.
Cat


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