Sweet Recollections−4−〜



「うわぁぁ。懐かしい」
車内に嬉しそうなマヤの声が響く。
ハンドルを持つ速水はその反応に笑顔を浮かべた。
「ずっと、来たがっていただろう?君の育ったこの街に」
速水の言葉にマヤは大きく頷く。
車から降り、久々に横浜の地を踏みしめる。
女優になる事を決めてから、横浜には帰っては来なかった。
家出同然でこの場所を離れ、母を亡くし、そして女優になった。
彼女の中にそんな後ろめたさがあったのかもしれない。もしも、家を飛び出さなかったら、女優になどなると言わなければ
今もこうしてこの地で母と二人で暮らしていたかもしれないのだ。
少し、胸の中が切なくなる。
「・・・君のせいじゃない。悪いのは俺だ」
急に黙った彼女に速水が声を掛ける。
その言葉に驚き、隣の彼を見上げると、彼の中に今でも罪の意識がある事がわかる。
「・・・違う。速水さんのせいなんかじゃない」
彼の手をギュと握り、口にする。
「お腹すいちゃった。私、いいお店知ってるんですよ。行きましょう」
笑顔を浮かべ、彼の手を握ったまま彼女は歩き出した。
そんな彼女に彼も笑顔を作る。
二人が向かった店は中華街にあるマヤお勧めのラ−メン屋だった。

「ふふふ。」
席に着くと向かい側に座る速水に可笑しそうな笑みを彼女が浮かべる。
「うん?何だ?」
メニュ−を目にしていた彼はマヤの反応に視線を彼女に向けた。
「だって。速水さんがラ−メン屋にいるなんて、何か凄い光景」
ケラケラと楽しそうに彼女が笑う。
「おいおい。連れて来たのは君だろ?」
苦笑を浮かべる。
「だけど・・・やっぱり、凄い光景」
マヤの笑い声が店中に響く。ここまで笑われてはさすがの彼も肩なしであるが、
無邪気に笑う彼女にこの上ない幸福を感じていた。
こんな風に素直に笑いあえる人は彼女しかいないなぁと、思いつつ彼は優しい瞳で彼女を見つめていた。
「さぁ、笑ってないで。君のお勧めを教えてくれ」
「お勧めはそうですねぇぇ」
ようやく笑いが収まったマヤはメニュ−を見つめ、昔よく母と食べたものを二つ注文した。
そして、10分程してテ−ブルに二つのラ−メンが届く。
「・・・昔のままだ・・・」
マヤはじっとラ−メンを見つめていた。
「早く食べないとのびるぞ。ちびちゃん」
感慨深く見つめたままの彼女に彼が声を掛ける。
「えっ、あっ、はい。いただきます」
ようやくラ−メンに手を伸ばし、マヤは幸せそうな笑顔を浮かべた。




「君お勧めだけあって、中々美味しかったよ」
店を出ると、彼が口にする。
「でしょ。あそこはよく母と行ったんです。万福軒のおじさん、おばさんには悪いけど」
クスクスと笑い、速水の手を握ると、彼女は元気に歩き出した。
「あぁ。ここ。まだあったんだ」
ふと、見覚えのある映画館の前で彼女が立ち止まる。
「この映画館で、月影先生に初めて会ったんです。ううん。会ったというよりはお見かけしたのかなぁ」
隣の彼に視線を向ける。
「そうか、そういえば月影先生は横浜に住んでいたんだったなぁ」
彼女の言葉に彼も昔を振り返る。
「速水さんに二度目に会ったのは横浜の月影先生のお家でしたねぇ」
「そうだったなぁぁ。君はまだ中学生で歌子さんの椿姫を再現していたなぁぁ。君が帰った後、月影先生に君が
椿姫を一度見ただけだと聞いて驚いたよ」
「えっ、やだ。速水さん、アレ見ていたんですか」
恥ずかしそうにマヤは頬を赤らめた。
「あぁ。しっかりと見ていたよ。あの時はまさか君が紅天女様になるなんて思ってもみなかった」
クスリと笑い彼女を見る。
「・・・本当ねぇ。私もまさか女優になんてなるとは思わなかった。それに」
そこまで口にし、彼を見る。
「それに何だ?」
「大都芸能の意地悪な社長様と恋に落ちるなんて思わなかったわ」
彼女の言葉に彼は大きく眉を上げた。
「意地悪はちょっと余計なんじゃないか?」
わざと傷ついたように彼女を見る。
二人は視線を絡ませて、同時に吹き出していた。幸せそうな笑い声が響く。
それから、二人は横浜港の方へと足を伸ばした。


「私、この海に飛び込んだ事があるんですよ」
港をゆっくりと歩いていると、彼女が何かを思い出したように口にした。
さすがの彼もその一言に、言葉を無くし、驚き戸惑う。
「しかも、12月31日の冬の海に」
何でもない事のように可笑しそうに彼女が笑う。
彼女が言うと冗談には聞こえない。
「一体、どうして、そんな事をしたんだ?」
立ち止まり、彼女を見る。
「・・・椿姫のチケット・・・」
ポツリと呟き、彼女は海を見た。
「チケットが海の中に落ちてしまったんです。だから」
彼女の言葉になるほどと、素直に納得してしまう自分が何だか、彼は可笑しかった。
「バカな事したでしょ。でも、あの時はそうするしかなかった。何も考えられなかった。お芝居が見たい。その一心で、海に飛び込んで・・・」
苦笑を零し、彼を見る。
「そして、大都劇場であなたに出会った」
彼の手を握る手にギュッと力を入れる。
「私、この海に飛び込んだ事後悔してません。家出同然で飛び出してしまったけど・・・母さんを亡くしてしまったけど・・・。でも、後悔はしていません」
しっかりとした意志の篭る瞳で彼に告げる。
その表情には凛とした強さがあった。
「・・・だから、速水さんも、もう後悔しないで。あなたが母さんの事でどれだけ責任を感じてくれているかは知っています。
私はあなたをとうの昔に許してます。ううん。許すなんて変。だって、あれは速水さんのせいじゃないんだもの。悪いとすれば、私」
彼女の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
「・・・マヤ・・・」
「・・・速水さん、ごめんなさい。私、あなたのせいにして自分の責任からずっと、逃げていた。ごめんなさい・・・」
頬に流れ落ちる涙を拭うように彼はそっと彼女の頬に手をあてた。

「・・・結婚しよう。今すぐに。二人で幸せになれば、きっと君のお母さんだって喜んでくれる」

彼の言葉に彼女の瞳が大きく見開かれる。
「・・・君とずっと一緒にいたい。この先何があってもきっと、君を幸せにしてみせる。だから、俺と結婚して欲しい」
彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、彼は迷いのない言葉を口にした。
彼の言葉に信じられない。夢でも見ているのではと思ってしまうが、頬に触れる彼の大きな手が、温もりが紛れもなくこれが現実だという事を伝えていた。
「・・・お願いだ。何か言ってくれないか?こう見えて、結構小心者なんだ」
柔らかな笑みを浮かべ止め処なく流れる彼女の涙を拭う。
「・・・速水さん・・・!」
彼女は彼の広い胸へと飛び込んだ。
大きな手が彼女を大切そうに包んでいた。





「最後にもう一つ、連れて行きたい所があるんだ」
彼にそう言われ、横浜からヘリコプタ−に乗り、着いた先にマヤは驚いた。
「マヤさん、待ってましたよ」
昼間大都劇場で会ったばかりの亜弓が一番に彼女に声を掛けた。
「マヤ、おめでとう」
亜弓の隣から麗が顔を出す。麗だけではなく、劇団"つきかげ"のメンパ−や一角獣のメンバ−もいた。
「速水のダンナ。待ったぞ」「マヤちゃん、幸せにしてもらえよ」
マヤの隣に立つ速水に黒沼が声を掛け、桜小路が同時にマヤに声を掛ける。
マヤには何がなんだかよくわからなかった。この場にいるのはマヤや速水にとって親しい人物ばかりである。
「さぁ、月影先生が待っている」
状況を飲み込めずにきょとんとしているマヤに速水が促す。
「えっ!先生が!」
月影の名にマヤの表情がパッと明るくなる。
マヤと速水は麗と亜弓に案内され、月影がいる大きな梅の木の下に行った。
源造に付き添われ、月影は梅の大木を見つめていた。
紅天女の試演以来、マヤは月影には会っていなかった。
元気そうな姿にマヤは満面の笑顔を浮かべ、月影の名を口にした。
「月影先生!」
マヤの姿に穏やかな微笑みを月影が浮かべる。
「マヤ、あなたの花嫁姿を目にできる事ができて、私は幸せです」
月影の言葉にマヤは"ヘッ"という表情を浮かべ、速水を見た。
「言っただろ?今すぐに結婚したいって。この梅の谷で今から式をあげるつもりだ」
速水の言葉に心臓が止まりそうな程驚かされる。
「駄目か?」
黙ったままのマヤに不安そうに彼が口にする。
「ううん。素敵!とっても素敵!!!」
幸せそうな笑顔を浮かべ、マヤは彼を見た。
「よし、じゃあ、話がまとまった事で、マヤ、こっちへ」
麗がそう言い、マヤの手を掴む。
「社長はこちらでお支度下さい」
いつの間に来たのか、水城が速水の前に現れる。
新郎と新婦はそれぞれ結婚式の支度をする為に移動した。

そして、今夜、梅の谷で二人の式が挙げられる。
美しい梅と、親しい人たちに囲まれた今日のこの日を速水とマヤは一生忘れる事はないだろう。
出会ってから長い歳月を経て、ようやく二人は一緒になる事ができたのだった。



THE END





【後書き】
本当に、本当にお待たせ致しました!!!!
このお話を書き始めたのは6月・・・気づいたらもう、三ヶ月以上が経ってしまい、リクエストを下さったマーブルチョコ様、本当に
申し訳ございませんでしたm(_ _)m
いやぁぁ、しかし、今回のリクで一番難しかったのはオ−ルキャスト・・・。これには悩みました(笑)
という訳で、最後の裏業を使わせて頂きしました(笑)
毎度思う事ですが・・・やっぱり、リクを書くのは難しいですねぇぇ。今回もかなり脱線してしまったような気が・・・。
ご期待通りのものが書けなくてすみません!!!修行して出直して参ります!!

2002.9.18.
Cat




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