届かぬ想い〜8〜



                  私には芝居がある。
                  全てを失ってもこれだけは無くならない・・・。

                  例え、愛する人の側にいることが許されなくても・・・・。

                  もう何も恐れない・・・。
                  前を向いて今の時を女優として生きるだけ・・・。
                  それが私の生きる道・・・。







                  「カットOK!」

                  マヤの最後のシ−ンが終わる。
                  監督は満足そうな笑みを浮べた



                  渡米して一年、マヤは見事に役を勝ち取り、映画の撮影に追われる日々を送っていた。
                  ロサンゼルスの気候と、強い日差しは彼女に悩みを忘れさせてくれた。
                  ロスに来た頃は毎晩のように真澄の事を想い、涙にくれる毎日だったが、
                  やがてその悲しみも、辛さも乗り越え、女優としての力を確実にのばしていった。
                  監督が要求するどんなに無理な注文にも、応え、演じる事の喜びを感じていた。
                  女優としての喜びを今回の撮影で彼女は知る事になった。

                  「ありがとうございました」
                  監督の前に行き、手を差し出す。
                  「マヤ、私の方こそありがとう。君のような素晴らしい俳優に会えて、私は幸せだ」
                  50代半ばの監督は撮影中とは全く違う優しい笑みを彼女に向け、差し出された手をしっかりと握った。
                  彼女の心の中にこの一年の想いが過ぎる。
                  自分は最善を尽くして役になりきれたのだと心の底から思う事ができた。



                  最後の撮影が終わると彼女は週末に訪れていたサンタモニカにあるビ−チに来ていた。
                  撮影開始から一年という時間が流れ、ようやく今日終わりとなった。
                  来週には彼女は日本に帰国する事になっていた。


                  白い砂浜を裸足で歩き、真っ青な海を見つめる。
                  アメリカで生活したこの一年の思い出が心に浮かぶ。
                  来たばかりの時は何もわからなく、夢中で過ごした日々。
                  余計な事を考えるゆとりがなかったので真澄の事を考えずにはすんだ。

                  沈む夕日が海を茜色に染め、海に飲まれていく。
                  そんな様子を彼女はじっと見つめていた。
                  こんな瞬間、忘れていようとした事が心に浮かびあがる。

                  速水さん・・・。

                  恋しさが全身に溢れる。
                  塞き止めていた想いが止め処なく、心を締め付ける。

                  「・・・やだ。考えないようにしてたのに」
                  涙が浮かび上がる。
                  ずっと、我慢していた想いに翻弄される。

                  「・・・泣いちゃダメよ」
                  自分に言い聞かせるように、何度も言う。
                  それでも、涙が止まらなかった。
                  想いを止める事などできなかった。


                  どうして、好きになってしまったのだろう・・・。
                  どうして、忘れられないのだろう・・・。
                  いくら望んでも届かない人なのに・・・。
                  私とは違う世界の人なのに・・・。

                  こんなに好きにさせといて、他の人と結婚するなんて・・・。
                  あなたが憎い・・・。
                  こんな想いを残すなら、紫の薔薇などいらなかった。
                  こんなに苦しい恋心なんて知りたくはなかった・・・。
                  嫌いになれればいい・・・。
                  憎めればいい・・・。
                  そうすれば、どんなに楽だろう・・・。

                  「・・・速水さんのバカ・・・」

                  堪らなく、口にする。
                  忘れる為に、これ以上好きにならないように・・・。

                  「・・・バカとは心外だな。俺が君に何をしたって言うんだ」
                  「えっ」
                  突然、彼女の後ろから声がした。
                  「全く、君は人のいない所で、何をしているかと思ったら・・・。バカはないんじゃないか」
                  振り向くと、傷ついたような表情を浮かべた真澄が立っていた。
                  「・・・嘘!!」
                  「バカの次は嘘か・・・」
                  真澄は苦笑を浮べた。
                  「・・・だって、だって・・・信じられない・・・あなたがここにいるなんて・・・私はきっと、夢の中にいるのよ」
                  マヤの言葉に真澄は、彼女の手をそっと掴み、抱き寄せた。
                  力強く、真澄に抱きしめられて、彼女の鼓動が速くなる。
                  「俺はここにいるぞ。これでも、夢だと思うか?」
                  優しい瞳でマヤを見つめる。
                  「・・・本当に、速水さんなの?」
                  「キスでもしたら、信じるか?」
                  おどけたように真澄が言うと、マヤは頬を赤くした。
                  「・・・いいです!」
                  照れたように言い、マヤは俯いた。
                  「・・・でも、どうして?」
                  「君を迎えに来た」
                  「・・・私を迎えに?」
                  「あぁ。今度こそ君を放さない」
                  「・・・速水さん・・・」
                  「君がまだ俺を愛していてくれるなら、俺と結婚して欲しい」
                  思わぬ言葉に、大きく瞳を見開き、彼を見つめる。
                  「・・・でも、速水さんには紫織さんが・・・」
                  「彼女とは結婚しなかった。そして、俺は自分に正直に生きようって決めたんだ」
                  「・・・そんな・・・信じられない・・・」
                  大粒の涙が彼女の頬に伝わる。
                  「君を誰よりも愛している」
                  頬に流れる涙に触れ、真っ直ぐに彼女を見つめる。
                  「・・・本当に・・・本当なの?」
                  「あぁ。本当だ」
                  その言葉に嬉しさが涙となって溢れる。
                  彼女は彼の腕の中で泣き崩れていた。


                  その夜、二人はマヤのアパ−トで離れていたこの一年の事を夢中で話していた。
                  マヤが出会ったアメリカの人々、映画の事など聞きながら、真澄は興味深そうに頷いていた。
                  また、真澄も大都を出た事、水城と一緒に作った会社の事などを話していた。
                  その度に、マヤはオ−バ−すぎるリアクションを起こして真澄の笑いを誘っていた。

                  「そうだ。帰国したら、君を驚かせる事があるぞ」
                  「えっ、私を驚かせる事?」
                  「あぁ」
                  真澄は嬉しそうに答えた。
                  「何?何?」
                  「今は秘密だ。帰国した時に教える」
                  真澄は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
                  「・・・気になるなぁ」
                  マヤはそんな真澄に甘えたような視線を送る。
                  「帰国したら・・・な。それより、君は自分の立場をわかっているか?」
                  急に真剣な表情で、真澄が言う。
                  「えっ」
                  その変わり身の早さにマヤはきょとんとしていた。
                  「君が出た映画は世界中で公開される。そして、君は世界のトップスタ−たちと肩を並べる事になる」
                  「・・・私がトップスタ−・・・」
                  その言葉にイマイチ現実感がわいてこなかった。
                  「あぁ。スタ−になるといろいろと行動が注目されるからな。覚悟しといた方がいい」
                  「・・・覚悟か・・・全然できてないな。まぁ、気をつけます」
                  マヤは人事のようにあっけらかんと答えた。
                  「・・・君らしいな」
                  ハリウッド映画に出ようと、何も変わらない彼女に真澄は笑みを零した。
                  「子供ぽっいってバカにするんですか?どうせ私は成長してませんよ!」
                  真澄にまたバカにされたと思い、膨れっ面を浮べる。
                  「いいや。そういう意味で言ったんじゃない。そんな君が堪らなく愛しいんだ」
                  瞳を細め、彼女をじっと見つめる。
                  「えっ」
                  真澄の言葉に驚いた瞬間、彼に抱きしめられる。
                  「・・・会いたかった・・・この一年、ずっと君に会いたかった・・・」
                  熱の篭もった真澄の声が彼女の耳にかかる。
                  「・・・私も会いたかった・・・速水さんにずっと会いたかった・・・」
                  素直な気持ちを口にし、真澄を見つめる。
                  視線を交わしあい、二人は自然に唇を重ねた。
                  「・・・愛してる・・・」
                  唇を離すと、真澄が彼女の耳元で囁く。
                  その声に彼女は頬を真っ赤にした。
                  「・・・私も・・・愛してます」
                  恥ずかしそうに告げ、彼の優しい愛撫に応えていく。
                  真澄と過ごす二度目の夜に、彼女は幾度も甘い吐息を漏らし、彼に体を開いていった。
                  今度は演技のためではなく、心から通じ合い、気持ちを隠す事のない行為。
                  二人は甘い夜に酔いしれるように一晩中抱き合い、その思いのたけを解放した。




                  「おかえりなさい」
                  そう言い、空港で二人を迎えたのは水城だった。
                  「水城さん」
                  久しぶりに会う彼女に、マヤは嬉しそうな笑みを浮べた。
                  「マヤさん、女性としてまた成長したみたいね」
                  水城の言葉にマヤは頬を赤らめ、隣に立つ、真澄をちらっと見た。
                  「・・・そんな・・・ことないです」
                  そんなマヤに水城はクスリと優しい笑みを浮べた。
                  「ゴホンっ、それで水城君例の手配は?」
                  気恥ずかしさを誤魔化すように、堰を一つつくと、普段のビジネス口調で言う。
                  「えぇ。社長。言われた通りになっています」
                  水城の言葉に頷くと、真澄はマヤの方を見た。
                  「マヤ、俺はちょっと用事があるから、ここで別れるけど、実は君にお願いしたい事があるんだ」
                  別れるという言葉に急に不安になる。
                  「大丈夫、どこか遠くに行くって訳じゃないから。仕事を片付けて来るだけだ」
                  彼女を安心させるように言う。
                  「・・・お願いって?」
                  「実は今日、ある劇場の落成式があるんだが、君に是非参加してもらいたい」
                  「あっ、はい」





                  「マヤさん、これに着替えてくれる?」
                  真澄と別れた後、水城にそう言われ、マヤはパ−プルのカクテルドレスに着替えた。
                  何だか、とても自分が大人っぽく見えて、自分ではない気がした。
                  「ステキよ」
                  水城の言葉にはにかんだ笑みを浮べる。
                  「さっ、今度はこっちでメイクしてもらって」
                  そう言い、通された部屋にはメイク係りがマヤを待っていた。
                  いつもよりも濃い化粧に何だか、落ち着かなさを感じる。
                  「できました」
                  そう言われて、見上げた鏡の中には彼女の知らない大人の北島マヤがいた。
                  「・・・これが、私?」
                  マヤは呆然と、自分を見つめていた。
                  「まぁ」
                  水城も驚いたように彼女の美しさに感嘆の声をあげる。




                  落成式を迎える劇場に行くと、各界の著名人、芸能関係者、そしてマスコミなどが集まり、その顔ぶれは豪華だった。
                  しかし、その中でも一際目立っているのはマヤだった。
                  彼女の美しさに皆、息を呑んで見つめていた。
                  真澄はそんなマヤの豹変ぶりに、ガラにもなく顔が赤くなるのを感じた。

                  「皆様、おまたせいたしました。これから劇場主である速水社長から挨拶があります」
                  司会者にそう言われ、真澄はマイクの前に立った。
                  見慣れたはずのス−ツ姿を隙なく着こなした彼に、マヤはドキっとした。
                  ロスにいた時はTシャツにジ−パンという姿だったので、久しぶりに真澄のそんな姿を目にする。

                  「お忙しい中、集まりありがとうございます。この劇場は故月影千草の意思を引き継ぐ為に建設されました。
                  劇場の名前も”月光座”と名づけさせて頂きました」
                  真澄の言葉にマヤは驚いたように彼を見つめた。
                  月光座の事は月影が亡くなる前に聞ていた事だった。。
                  それは月影にとってかけがえない思いが宿る劇場だった。
                  「そして、この劇場を紅天女である北島マヤに捧げます」
                  真澄は優しくマヤを見つめた。
                  会場中がその言葉にどよめき、マヤを注目する。
                  あまりにも唐突な事に、彼女の足が震え出す。
                  「マヤ、驚かせてごめん。これは俺の気持ちだ。君にこの劇場で紅天女を演じてもらいたいんだ。どうか受け取ってくれ」
                  真澄は彼女に語りかけるように言う。
                  その言葉に感極まって、彼女は涙を流した。





                  「もう、あんまり驚かさないで下さい」
                  新しい劇場の席に座り、隣にいる真澄に言う。
                  落成式が終わり、劇場内に残っているのはマヤと真澄だけだった。
                  「驚いたか?」
                  「とっても」
                  「俺も驚いたぞ。紫の薔薇と紅天女の上演権を渡されて」
                  真澄は苦笑を浮べた。
                  「えっ、だって・・・それしか渡す方法思いつかなくて」
                  「・・・いつから気づいてたんだ?」
                  「『忘れられた荒野』 で青いスカ−フを使ったのは初日だけなんですよ」
                  マヤの言葉に真澄はハっとしたように瞳を見開いた。
                  「・・・なるほど。もう、その頃から気づいていたのか。じゃあ、俺を好きになったのは紫の薔薇の人だからか?」
                  「いいえ。違います」
                  マヤの言葉に益々真澄は驚いたような表情を浮べた。
                  「ずっと前からあなたに惹かれていたんです。でも、認めたくなかった。だって、速水さん、
                  いつも人の顔を見るなりバカにしたようにからかうんだもの」
                  マヤは恨めしそうに真澄を見た。
                  「そんなつもりはないんだがな」
                  「あなたが紫の薔薇の人だと知った時わかったんです。私に辛く当たるのも、厳しくするのも・・・全て私の為。
                  あなたの心の暖かさを感じたんです。そして、あなたを好きだという事に気づいた・・・」
                  切なそうに真澄を見つめ、その頬に触れる。
                  「あなたを愛してるって気持ちが溢れ出して・・・」
                  「・・・マヤ・・・」
                  頬に触れる彼女の手に手を重ね、真澄も切なそうに彼女を見る。
                  「・・・知らなかったな・・・。君にそこまで愛されていたなんて」
                  照れたように軽く笑みを浮べる。
                  「・・・俺は一生この気持ちは報われないと思っていた。ずっと君に憎まれていると思ってたしな」
                  「憎んでなんていません・・・。一度でも心の底からあなたを憎いだなんて思いませんでした」
                  「どうやら、俺たちはずっと勘違いしてたんだな」
                  「よかった・・・。すれ違ったままにならなくて」
                  「あぁ・・・そうだな。そうだ、まだこの間の返事を聞いてないんだがな」
                  思い出したように真澄は口にした。
                  「えっ・・・この間って?」
                  「忘れられていたとは悲しいな」
                  真澄は業と悲しそうな顔を浮べる。
                  「じゃあ、もう一度言う」
                  マヤをじっと見つめ、熱っぽい瞳で見つめる。
                  「君が俺を愛していてくれるなら、結婚して欲しい」
                  その言葉にマヤの胸にロスで彼に同じ言葉を告げられた時の事を思い出す。
                  「こう見えてもこの言葉口にするの勇気がいるんだぞ」
                  真澄をじっと見つめる彼女におどけたように言う。
                  「・・・速水・・・さん・・・」
                  彼女の瞳に次第に涙が浮かび上がる。
                  「・・・はい・・・」
                  そう口にし、頷くのがやっとだった。
                  「・・・マヤ・・・」
                  真澄は嬉しそうに、彼女を抱きしめた。


                  次の日の芸能誌には真澄が紅天女に愛の告白!という見出しの記事で賑わっていた。

                  「真澄様ったら、正直になったのはいいけど、もう少し抑えないと・・・」
                  水城はそんな記事の山に目を通し、真澄が出社したら、釘を刺さなければと心の中で誓っていた。
                 
                  「フフフ・・・。お幸せに。二人とも」
                  優しい笑みを浮べ、新聞に載っていた二人の写真に向かって水城は囁いた。






                                                         THE END


             【後書き】

             お疲れ様でした♪ここまでお付き合いくれた方、ありがとうございます。
             何だかここまで何も考えず、ひたすら勢いだけで書いてしまったような気がします(笑)
             この後、もう少しこの話の続きを書いてみたいなぁ〜なんて事も少し考えております♪
             やっぱり、甘い真澄さんとマヤちゃんがいいですねぇ♪何の邪魔もなくいちゃいちゃさせたいです(笑)
             でも、そう望んでも書き始めると、鬼のように二人をいびってしまうんですよね(笑)
             次回はどうなるんでしょうか(笑)           


             ここまで駄文を、読んで頂き、ありがとうございました♪




                                                 2001.8.23.
                                                       Cat



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