届かぬ想い〜7〜
「・・・マヤがアメリカに!?」
一ノ瀬から聞かされた事実に真澄は動揺した。
「あぁ。ハリウッドの有名な監督が日本人の役者を探していて・・・。僕が彼女を推薦した」
「・・・ハリウッド・・・」
その言葉に真澄はマヤとの距離が遠くなるのを感じる。
「彼女なら世界でも通用する役者だからな」
世界でも通用する役者・・・。
確かに、彼女なら、チャンスを生かせるだろう・・・。
俺の手が届かない大女優になるのだろうな・・・。
俺の手の届かない・・・。
彼女は進むべき自分の道を見つけたという訳か・・・。
何だか、一人置いていかれてしまったような寂しさが真澄を襲っていた。
「真澄様、そろそろお式の時間ですが」
水城がそう言い、彼を呼びに来た。
「あぁ・・・」
もう、後戻りはできない・・・。
これが俺の道か・・・。
結婚行進曲が流れ、ウェディングドレスを纏った花嫁が父親に連れられてゆっくりと
バ−ジンロ−ドを歩く。
真澄は死刑でも執行されるような囚人の表情を浮かべていた。
彼の心にあるのは未来への希望ではなく、絶望だった。
マヤ・・・。
愛しい女性の名前を呟く。
それが彼が正気を保つ為の言葉だった。
真澄様・・・?
彼の隣に立ち、その表情を見つめる。
今までで一番、辛そうな顔がそこにあった。
瞳には光がなく、全ての感情をどこかに置いてきてしまったように見える。
紫織の心がじりじりと何かに締め付けられる。
あなたは決して私を愛して下さらないの?
「病める時も健やかなる時も新婦を愛し妻とする事を誓いますか」
「はい。誓います」
神父の言葉に何の感情もない機械的な声で真澄が告げる。
嘘つき・・・嘘つき・・・嘘つき・・・!!
私の事なんて少しも愛して下さらないのに・・・。
真澄の言葉に紫織は心の中で呟いた。
「病める時も健やかなる時も新郎を愛し、夫とする事を誓いますか」
「・・・・・・・・・」
紫織は神父の言葉に何も答えず、じって真澄を見つめていた。
彼の心を自分のものにできない悔しさが心を占める。
「・・・どうして、私を愛してくれないの?どうして、私の方を見てくれないの?」
瞳に涙を溜めて、真澄を見つめる。
思わぬ、彼女の言葉に、参列者、神父、そして真澄が困惑したように彼女を見る。
「あなたの心にはいつだって、私はいない・・・。
それでも、振り向いて貰おうと、懸命になれば、なるほどあなたは遠くに行ってしまう」
紫織の言葉に真澄は自分がどれほど彼女を傷つけていたかを知る。
「・・・お願いです。一度でも私を見て下さい・・・。一瞬でもいいから、私を・・・」
紫織はそう言い、一歩真澄に近づくと背伸びをし、唇を重ねた。
真澄は何の表情も変えず、そのキスを受け入れていた。
唇を離し、凍りついたように彼を見つめる。
「・・・私の心はあなには届かないのですね・・・」
「・・・紫織さん・・・」
悲しそうな彼女に思わず手を伸ばしそうになるが、真澄はただ、ただ彼女を見つめていた。
「・・・さよなら・・・」
一言、そう言うと、バ−ジンロ−ドを戻り、彼女は教会から出て行った。
その瞬間、真澄の中で何かが変わるのを感じる。
参列席がざわめき、紫織の家族は慌てて、出て行った彼女を追いかけていった。
「・・・真澄、これは一体どういう事だ!」
新郎の控え室に来ると、英介が凄い剣幕で彼に言う。
「見ての通りですよ」
表情一つ変えずに答える。
「お養父さん、僕は決めましたよ。自分の人生を歩くって」
「何だと、おまえの人生はわしのものだ!そんな事許さん!!」
「では、勘当でも、何でもして下さって結構です!」
少しも怯む事なく、さっぱりしたような表情で、真澄は告げた。
「なっ、・・・」
そんな真澄に英介は言葉が出なかった。
真澄は生まれ変わったような清清しい表情を浮かべた。
「社長、これからどうなさるおつもりです?」
結婚式から一週間後、ようやく会社に現れた真澄に水城が言う。
「水城君、もう俺は社長じゃないよ」
その言葉に水城の表情が変わる。
「今週いっぱいで俺は大都から出る」
「・・・真澄様・・・」
「そして、俺のやりたい事をするんだ」
「やりたい事?」
水城の言葉に答えるように真澄はある書類を彼女に見せた。
「・・・これは!」
そこにあったのは紅天女の上演権だった。
「・・・マヤが俺にくれたものだ。俺は彼女が帰国した時に紅天女が上演できるような環境を作るつもりだ。
俺の手で彼女の紅天女を上演させたい・・・これが、俺のやりたい事だ」
「・・・新しいオフィスが必要になりますわね」
「あぁ、そうだな。何もかも最初から作り直さないとな」
「私にお任せ下さい」
「水城君!」
真澄は彼女の言葉に大きく瞳を見開いた。
「私も大都を出ます。正直、私も何か新しい事を始めたかったんです。真澄様が私を雇ってくれればの話ですが」
「もちろん。君なら、即採用だ。宜しく頼む」
真澄は手を差し出した。
水城はその手をとり、二人は力強く握手を交わした。
それから一年、真澄は水城をビジネスパ−トナ−にし、新しい会社の為に翻弄される日々を送った。
やり手の二人はどんどん会社を大きくし、見事、地盤を築いたのだった。
何もない所から新しい事を作る事は何よりも大変で、また楽しかった。
真澄は相変わらずの仕事の手腕に加えて、人が変わったように生き生きと仕事をこなすようになり、
そんな人柄も買われてか、自然と彼の周りには優秀な人材が集まっていた。
「・・・もうすぐだな」
建設中の劇場を見上げ、嬉しそうに真澄が呟く。
「えぇ・・・もうすぐですね」
水城もまた、笑顔を浮かべる。
そこは紅天女を上演するために真澄が大都の力を借りず、自分の会社で建てた劇場だった。
「真澄様、一つお聞きしていいですか?」
水城はずっと、心の中にあった疑問を口にした。
「何かね?」
「なぜ、結婚式が破談になった後、すぐに彼女を追いかけなかったのですか?」
その質問に真澄は優しい表情を浮かべた。
「彼女が自分の進む道を決めたように、俺も自分の進む道を決めたかった。あのまま行っては宙ぶらりんなような気がしてな。
きっと俺はマヤのお荷物になってしまう。だから、行かなかった。だから、俺は俺で自分の進むべき道を歩いたんだ。
大女優となって帰ってくる彼女を支えられるようにな」
「・・・本当に愛してらっしゃるんですね」
真澄の率直な言葉に感じられるマヤへの愛情の深さに水城は胸が熱くなった。
彼女の言葉に真澄は微笑を浮かべた。
「この劇場が完成したら、俺は今度こそマヤの元に行く」
自分を奮い立たせるように、真澄はそう告げ、劇場を見つめた。
マヤ・・・。
この劇場が完成したら、俺は君を迎えに行く・・・。
今度こそ、何があっても君を放さない・・・。
待っていてくれ。