届かぬ想い〜6〜





                     「真澄、紅天女の上演権はどうなっている」
                     自宅に戻ると英介がしびれを切らすように言った。
                     紅天女がマヤに決まった時点で、上演権は彼女のものになっていた。
                     マヤは所属する劇団月影で上演権を管理してもらっていた。
                     当然、真澄は上演権交渉の為に彼女に接触したが、月影の死などで、
                     その時は大きく動揺していた彼女にその話を持ちかける事はなかった。
                     話すタイミングを逃してしまい、その話はそのまま宙に浮いていたのだ。

                     「ご心配なく、只今、交渉中です」
                     真澄は顔色一つ変えず嘘を口にした。
                     「早くしろよ。わしはそんなに気は長くないんでな」
                     威嚇するように真澄を見る。
                     「わかっていますよ」
                     真澄はさらっとかわすように言った。
                     「それから、結婚の日取りを決めたそうだな」
                     「えぇ。二週間後です」
                     「今度こそ、失敗するなよ。もう、延期など許されないのだからな」
                     「えぇ、肝に銘じておきます」

                     もう、延期は許されない。
                     速水英介の息子になっと時から定められた俺の運命。

                     マヤ、俺は君を苦しめる事しかできないのかもな・・・。







                    「マヤ、郵便物が届いていたよ」
                    アパ−トに戻ったマヤに麗は封筒を渡した。
                    その封筒は結婚式の招待状だった。
                    送り主は速水真澄、鷹宮紫織と、書かれていた。
                    真澄が結婚するという事実を目の当たりにして、胸が苦しくなる。
                    「二週間後か・・・。何着ていこうかな」
                    表情に出さず、マヤは笑顔でそう言った。
                    「・・・マヤ・・・」
                    彼女が真澄を愛している事を知っている麗は、そんな彼女の笑顔が痛々しく見えた。
                    「・・・無理するなよ。私の前では泣いていいんだよ」
                    「麗・・・。ありがとう。でも、決めたの私、もう泣くのは止めようって、
                    速水さんと紫織さんを心から祝福したいの。だから・・・」
                    微かに、涙声のマヤは涙を堪えるように瞳を閉じた。
                    「もう、大丈夫だよ。麗」

                    速水さんと一瞬でも、心が通じ合えたから・・・。
                    もう、何も望まない・・・。

                     安心されるように、マヤは真っ直ぐに麗を見つめた。
                     「強くなったな」
                     麗はポンとマヤの頭に触れ、抱き寄せた。
                    「・・・麗・・・」










                    「マヤさんにも、私たちの結婚式の招待状出しておきましたのよ」
                    何食わぬ表情で、紫織が言う。
                    その言葉に一瞬、真澄の表情は凍りついた。
                    「・・・そうですか」
                    「えぇ。この間お会いした時に招待するわと言っていたので。マヤさん、おめでとうって笑顔で
                    言ってくれましたわ」
                    紫織は真澄の反応を見るように言った。
                    彼女の言葉に、真澄は唇を強く噛み、紫織に背を向けるように、窓を見つめる。
                    「楽しみですね。僕たちの結婚式が・・・」
                    心にない事を口にする。
                    「えぇ」
                    その言葉に、紫織は、虚しさを感じた。

                    近くにいるのに、あなたの心は私から遠くにある。
                    私が近づけば、近づくほど、あなたは遠くに行ってしまう。
                    いつの日か、あなたの心を捕まえる事は私にできるのだろうか・・・。

                    こんな、結婚やめてしまえばいい・・・。
                    利益だけを考えた政略結婚なのだから。
                    真澄様の心は私にはないのだから。
                    理性ではわかっている。
                    自分がしようとしている事は最も辛いのだと・・・。

                    でも、諦められない・・・。
                    諦めることなどできない・・・。
                    あなたを縛り付けてでも一緒にいたい・・・。

                    これが、私のあなたへの愛し方だから・・・。







                     「よ−し、ラストシ−ンだ」
                     一ノ瀬の言葉にそこにいる全てのものに緊張が走る。
                     一ヶ月にも及ぶ、撮影が今日で終わるのだ。
                     マヤは全神経を集中させて、役になりきった。

                     そして、聞こえるのは、監督の『カットOK』の声と、
                     スタッフたちからの拍手。
                     そこにいるものは皆、彼女の演技に心を奪われていた。


                     「素晴らしかったよ」
                     みんながそう、彼女に声をかける。

                     「ちびちゃん、よくやったな」
                     背後から聞こえたそのセリフに、彼女の胸がときめく。

                     「・・・速水・・・さん」
                     想いを通じ合えてから、初めて彼に会う。
                     一ヶ月近く合わずにいた彼に、胸がいっぱいになる。
                     「・・・ありがとうございます」
                     抱きつきたい衝動を抑え、冷静に言葉を口にする。
                     「・・・社長、そろそろお時間ですが」
                     側にいた秘書が言う。
                     その言葉に二人は離れがたそうに視線を重ねた。
                     「女優として、また成長したな」
                     真澄は手を差し出した。
                     「・・・ありがとうございます」
                     差し出された手を握り、答える。
                     愛しむように一瞬、強く力が入る。
                     心臓が大きく高鳴り、切ない気持ちでいっぱいになった。
                     「映画、楽しみにしてるよ」
                     そう言い、真澄は手を放すと、彼女に背を向けて歩き出した。
                     握られた手は大きく脈拍を打っていた。
                     そして、気づくと、小さなメモが手の中に入っていた。

                     ”8時に Blue sea で待つ”

                     思いがけない、デ−トの約束に、彼女の胸は熱くなった。

                     ダメよ・・・。
                     もう速水さんとは会わないって決めたのに・・・。

                     でも・・・。


                     「北島、話がある」
                     そんな彼女を見つめて、一ノ瀬が言った。





                     「話とは?」
                     一ノ瀬のオフィスに通され、マヤが開口一に聞く。
                     「・・・女優として、世界を見てみる気はないか?」
                     「・・・世界?」
                     思いもよらない一ノ瀬の言葉に彼が何を言おうとしているのか、彼女には察しがつかなかった。
                     「実はな、ある監督が日本人の役者を探しているんだ」
                     そこまで、聞いて、ようやく、彼女は話が見えてきた。
                     「まぁ、他にも優秀な人材が集まるから、オ−ディションという事になるんだが」
                     テ−ブルの上のコ−ヒ−カップを見つめながら、マヤは一ノ瀬の言葉の意味を考えていた。
                     「・・・日本人の役者って言いましたけど・・・。その映画は海外って事ですか?」
                     疑問を口にする。
                     「あぁ。ハリウッドだ」
                     その言葉に、マヤは大きく瞳を見開いた。
                     「ハリウッドって・・・そんな、無理です。私みたいな芝居しかないものに」
                     あまりにも大きな舞台に、急に不安になる。
                     「僕はね、君なら間違いなくその役を勝ち取ると確信している。君の演技は世界を舞台にしても通用するはずだ。
                     今回、一緒に仕事をしてみて、君の計り知れない演技力を目の当たりにしたよ」
                     「・・・でも、そんな・・・私、外国に一度も行った事がないのに・・・。英語だって話せないし・・・」
                     「無理にとは言わない。だが、女優として、今後も成長していくなら、君に日本は狭すぎる。君は世界に立つ人間だ」
                     ”世界に立つ人間”
                     その言葉に体中に強い衝撃が駆け抜けるのを感じる。
                     「返事は今週中でいい。よく、考えてみてくれ」
                     「・・・はい。考えてみます」
                     マヤはそう言い、ソファ−から立ち上がった。

                     「・・・北島、もう一つ聞きたい事がある」
                     部屋を出て行こうとして彼女を呼び止める。
                     「何ですか?」
                     「君が想いを寄せる相手は・・・速水社長か?」
                     その言葉に、凍りついたように一ノ瀬を見つめる。
                     「・・・一週間後には結婚する男だぞ」
                     彼女の沈黙に答えるように、呟く。
                     一ノ瀬の言葉に胸がしめつけられる。
                     「・・・わかってます。私の手には届かないって・・・。だから、速水さんにはもう会いません。苦しめたくないから、
                     心から結婚祝福したいから・・・」
                     泣きそうな自分を止め、笑顔を浮かべる。
                     「・・・北島・・・」
                     その表情に含まれる悲しさ、切なさ、そして、恋に悩む美しさに目を見張った。





                     「お客様に渡すよう頼まれました」
                     約束の時間を30分程、過ぎた頃、真澄の目の前のバ−テンが封筒を差し出した。

                     ”速水さんへ
                      ごめんなさい。私は行けません。
                      あなたを苦しめたくないから、悲しませたくないから、行きません。
                      あなたと一度でも気持ちが通じあえて、それだけで私は幸せです。
                      どうか、もう、二度と、私のために時間を使わないで下さい。
                      私の事は気にしないで下さい。

                      あなたの結婚を心から祝福します。

                                                              北島マヤ”


                     「・・・マヤ」
                     結婚しながら、別の女性を愛する事の辛さを初めて実感する。
                     自分勝手だった事に気づく。
                     結婚しても、彼女との関係は変わらないつもりだった。
                     やっと、思いが通じ合えたのだから・・・。

                     自分の優柔不断さが許せなかった。
                     彼女は自分よりも先に、気持ちが通じ合えてしまったその先にある身を切る程の辛さを知っていたのだ。
                     そして、悩み、今こうして答えを出した。
                     彼女の出した答えは間違いではない。
                     不器用で純粋な彼女らしいものだ。
                     自分は一体、何を期待していたのだろう・・・。
                     この先、彼女と許される関係は”不倫”というものにしかないのに。
                     そんな事、彼女に耐えられるはずがない。
                     何の未来もない、安定もない・・そんな関係に・・・。

                     「戻るしかないようだな。女優と、ただの芸能社の社長という関係に・・・」
                     真澄は自嘲的な笑みを零し、酒を呷った。





                     速水さんに会いたい・・・。
                     会いたくて・・・会いたくて・・・涙が止まらない。
                     ダメよ、マヤ!決めたはず・・・もう会わないと。
                     会ってはいけないのよ・・・。
                     これ以上、気持ちが大きくならないように。

                     速水さんに、悲しい顔をさせないように・・・。
                     もう、忘れるのよ・・・。

                     誰もいない部屋で、彼女は膝を抱えて、泣いていた。







                     「・・・決めました」
                     迷いのない瞳で彼女は一ノ瀬を見つめた。
                     「そうか」
                     そんな彼女に、一ノ瀬は優しい瞳を浮かべた。








                     結婚式当日、真澄は一人控え室で、その時が来るのを待っていた。

                     コンコン・・・。
                     部屋の扉が叩かれる。

                     「お届けものですよ」
                     教会の神父が紫の薔薇の花束を抱えて、入ってきた。
                     それを見た瞬間、まさかという思いが彼の胸を締め付ける。
                     「誰がこれを?」
                     花束を受け取ると、真澄が口ひらく。
                     「女性でしたよ」
                     そう言うと、神父は控え室を出た。
                     真澄は花束の中に添えられたメッセ−ジカ−ドを見つけた。

                    ”ご結婚おめでとうございます。
                     あなたに今まで支えてもらい私は女優として舞台を立つ事ができました。
                     お礼の気持ちにあなたに、封筒の中のものを差し上げます。
                     どうか、受け取って下さい。

                                                                マヤ”

                     カ−ドが入っていた封筒の中にはどこかの貸し金庫の鍵が入っていた。

                     「・・・マヤ、知ってたのか・・・俺が紫の薔薇の人だという事を・・・」
                     熱い思いが一気に全身を占め、真澄は我を忘れて、控え室を出た。
                     教会中を駆け回り、彼女の姿を探す。

                     しかし、どこにも見当たらなかった。
                     絶望が彼を襲う。
                     自分が取り返しのつかない事をしていた事に気づく。

                     「北島なら、今ごろ空の上だ」
                     誰かにそう言われ、振り向く。
                     そこにいたのは映画監督の一ノ瀬だった。
                     「どういう事ですか!」
                     声を荒げ、彼につめよる。
                     「彼女は11時の便でアメリカに旅立った」
                     そう言われ、時計を見ると11時半を指していた。
                     「・・・そんな・・・」
                     あまりにも唐突な出来事に、真澄は眩暈がした。
                     「女優としての可能性を試しに行ったんだよ。彼女は」
                     一ノ瀬は切なそうに青空を見つめた。









                                                                        <届かぬ想い〜7〜>


















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