永久の想い−8−

   「Nice meet you Mr.Hayami」

   ハウザ−は右手を差し出し、オフィスに入って来た速水にそう告げた。
   一瞬、火花が散るように互いを見つめ合う。
   真澄はハウザ−の手をしっかりと握り、軽く笑みを浮べた。

   「まさか、大都芸能の社長自らが来るとは思いませんでしたよ」

   真澄をソファ−に座らせ、自分も座るとハウザ−は彼をじっと見つめた。
   「ジョン・ハウザ−・・・交渉相手があなただから、私は来たんですよ」
   ハウザ−を鋭く見つめる。
   その言葉の意味を考えるようにハウザ−は真澄から視線を逸らした。
   「・・・なるほど。それは私が北島マヤの夫だからですか?」
   真澄の思考を読み取るように口にする。
   一瞬、マヤの名前に真澄の表情は曇った。
   「それとも、俳優としての私に興味がおありで?」
   黙ったままの真澄に言葉を続ける。
   出されたティ−カップを口に、真澄は考えるようにハウザ−を見た。
   「ビジネスをする相手としては俳優のあなたに興味があります」
   いつもの冷静な口調で応える。
   「・・・でも、あなたは私とビジネスをしに来たのではない。そうでしょ?Mr.速水」
   牽制するように真澄を見る。
   「そろそろ互いの腹の中を見せませんか?私もあなたに言いたい事がある」
   ハウザ−の言葉に真澄は腹を決めた。
   「いいでしょう。では、率直に言います。あなたは北島マヤをどうなさるつもりですか?」
   真澄の言葉にハウザ−はクスリと笑った。
   「どうするって・・・彼女は僕の妻だ。ずっと一緒にいるつもりですが」
   今度はハウザ−の言葉に真澄が笑う。
   「あなたにそれができるとは思えない。あなたの過去は全て調べましたよ。あなたが一人の女で満足できるとは思えませんね」
   冷やかな表情でハウザ−を見る。
   「あなたの前の奥様はあなたの女遊びが原因で亡くなったと聞いていますが違いますか?」
   真澄の言葉に悲しそうな瞳を浮かべる。
   「・・・確かに、それは変えられない事実です。でも、私はマヤを愛している。彼女が私を救ってくれた。
   全てを承知で彼女は私と結婚してくれた。もう、私の瞳の中には彼女しかいない・・・」
   ハウザ−の真っ直ぐな瞳から想いが伝わる。
   真澄の中にやりきれない思いが膨れる。
   沈黙が流れていた。

   「・・・どうしてマヤを抱いたんですか?」

   鋭く真澄を見ながら口にする。
   その言葉に真澄の表情が一瞬、辛そうに歪む。
   「彼女にあなたとの事は全て聞きました」
   黙ったままの真澄にさらに言葉を続ける。
   「・・・さぁ、どうしてでしょうね。私はただ、彼女に抱いて欲しいと言われたから抱いただけです」
   冷たい言葉とは裏腹にその瞳は胸の内の苦しい想いを現しているようだった。
   「・・・卑怯者・・・」
   ボソリとハウザ−が呟く。
   「あなたは卑怯者だ!彼女の気持ちを知っていてそれに便乗して抱いた」
   ハウザ−の言葉がナイフのように胸に刺さる。
   「・・・そうです。私は卑怯者だ・・・。彼女の気持ちを知っていて抱いた。たった一度でも彼女を抱きたかったから・・・。
   一度でもいいから・・・彼女の温もりを知りたかったから・・・」
   苦しそうに言葉を口にする。
   「そして、他の女性と結婚したが、彼女が忘れられずすぐに別れた」
   真澄の言葉を続けるようにハウザ−が口にする。
   真澄は驚いたようにハウザ−を見た。
   「私もあなたと同様、あなたの事は全て調べさせてもらった」
   厳しい表情で真澄を見る。
   「・・・あなたが私に会いに来たのはマヤを日本に連れ戻す為ですか?」
   鋭い眼光を向けながら口にする。
   真澄はその言葉に一瞬考えるように黙り、首を左右に振った。
   「・・・私があなたに会いに来たのは、知りたかったからです。あなたにマヤを幸せにできるか・・・彼女が今幸せなのか・・・。
   ただ、それだけです」
   想いの篭もる眼差しでそう告げ、ハウザ−を見る。
   「・・・あなたにお会いして、あなたが本気で彼女を愛している事がわかりました。そして、今の彼女が幸せだという事も・・・」
   全ての気持ちを振り切るよう言い、ソファ−から立ち上がる。
   「今の彼女について、この数日調べさせてもらいました。わかった事は彼女が幸せだという事でした。
   どうか、生涯、彼女を離さないで下さい。彼女を今のままずっと、幸せにすると私と約束してもらいたい」
   真っ直ぐにハウザ−を見つめながら言う。
   ハウザ−もゆっくりとソファ−から立ち上がり、真澄と視線を合わせるように見つめた。
   「・・・もちろん。あなたに言われるまでもなく、私は彼女を幸せにし続けます」
   自信たっぷりに口にする。
   ハウザ−の言葉を聞くと、真澄は背を向け、ドアに向かって歩いた。
   「マヤには私があなたに会いに来た事を秘密にしといて下さい。私の事で彼女の心を揺らしたくはない。
   私は彼女には会わずに帰ります」
   ドアノブを手にしながら口にする。
   「ええ。あなたの言う通りに」
   ハウザ−がそう口にすると、真澄はオフィスを出た。

   「・・・速水真澄か・・・」

   閉められたドアを見つめながら口にする。
   ハウザ−にはわかっていた。
   マヤが話していた彼とは違った事を・・・。
   彼女は速水には愛されなかったと言っていたが・・・。
   それは違った。
   彼はずっと、彼女を愛していたのだ。
   ハウザ−自身が調べてみてわかった事だったが、彼女には言わなかった。
   そして、今彼に会い実感した。
   どれ程、深く彼女を愛しているか・・・。
   同じ女性を愛しているから、ハウザ−には痛い程、速水の気持ちがわかった。

   「だが、彼女は渡さない・・・絶対に・・・」






   「男性はこれを付けて下さい」

   その夜、真澄はヴッキンガム宮殿で開かれる仮面舞踏会に招待されていた。
   女王陛下主催で開かれたこのパ−ティ−には政財会で高い地位を占める者や、貴族たちが招待される。
   真澄は大都グル−プ総帥の代理として、招待を受けた。
   受付で渡された仮面をつけ、宮殿の中に入る。
   宮殿内では、男たちは仮面を付け、女たちは豪華なドレスに身を包んでいた。
   そして、一際輝き、真澄の視線を捕らえたのは・・・マヤだった。

   ・・・マヤ・・・。

   輪の中心にいる彼女を見つけ、予想外の再会に胸が熱くなる。
   今すぐにでも、どこかにさらって、真澄だけのものにしてしまいたかった。
   手を強く握り、その想いに耐えるように拳を作る。
   真澄は自分を抑えるように、運ばれてきたカクテルを口にした。



   「・・・マヤ大丈夫かい?」
   女王陛下も退室され、パ−ティ−の終盤になった頃、ハウザ−が少し、疲れたような表情を浮べるマヤに言う。
   「大丈夫よ。ただ、少し、肩が凝ったかな」
   ハウザ−に耳打ちするようにそっと、告げ、クスリと笑う。
   「もう、女優北島マヤはお休みにしていいよ。少ししたら、バルコニ−に迎えに行くから、月でも眺めておいで」
   マヤの頬に軽くキスをし、彼女を解放するように言う。
   「待ってる」
   ハウザ−にそう告げ、マヤはパ−ティ−の輪から抜け、バルコニ−に出た。

   マヤの視界を捉えたのは儚気に輝く月と、胸が締め付けられるような背中だった。

   ・・・速水さん・・・。

   彼に似ている気がした。
   でも、そんなはずはない・・・。
   ここは、イギリス・・・。

   深く呼吸を吸い込み、その背中に話し掛ける。

   「綺麗な月ですね」

   英語でそう話し掛けられ、振り向くと、マヤがいた。

   ・・・マヤ・・・。

   「・・・でも、悲しそうだ」

   マヤに気づかれないように月を見つめ、口にする。
   マヤには彼が速水のようにも思えたが、わからなかった。
   仮面の下の顔を見つめるように、彼の横に行き、見つめる。

   「・・・あなたも、悲しそうに見える」
   仮面の下にうつる瞳を見ながら口にする。
   「悲しい?私が?」
   クスリと笑い、隣の彼女をチラリと見る。
   三年ぶりに間近で見る彼女は大人びて見えた。
   もう、少女の頃の面影はない。
   そこにいるのは一人の女性として花開いた彼女だった。

   「・・・何となく、そんな気がして・・・」
   視線を伏せ告げる。
   たった、それだけの仕草でも彼の心をかき乱すには十分だった。

   「丁度、こんな月が出ている晩だった。私が愛する女性を抱いたのは・・・」
   思い出すように口にする。
   その言葉にマヤの中に速水に抱かれた夜の事が浮かぶ。
   「今夜のような月を見ると少し、そんな事を思い出すんです」
   切なそうにマヤを見つめる。
   二人の視線が惹かれあうように合う。
   心の奥底にしまっておいた激しい想いが再び、膨れ上がる。

   「・・・マヤ!」
   見詰め合っている二人に誰かが声をかける。
   マヤは驚いたように声のした方を向いた。
   「・・・ジョン・・・」
   不安そうにマヤを見るハウザ−の瞳があった。
   
   「・・・お嬢さん、一緒に月を眺めてくれてありがとう」
   そんな二人を見つめ、マヤに一言言うと、真澄はバルコニ−から立ち去った。


   帰りの車の中、マヤとハウザ−は一言も言葉を交わさなかった。
   ハウザ−にはマヤが誰と話していたかわかっていた。
   仮面はつけていても、彼女を見つめる黒い瞳を見ればわかる。

   彼は間違いなく・・・速水真澄だ・・・。

   問題はその事にマヤが気づいていたかどうか・・・。
   それを聞くのが怖かった・・・。
   下手な事を言ってしまえば、速水がイギリスに今、いる事がバレてしまう。
   それは速水との約束を破る事でもあるし、何よりもハウザ−自身が知られたくない事だった。

   マヤは悲しそうに月を見つめていた彼の事で頭がいっぱいだった。
   まさか・・・そんな訳はないと否定をしても、速水真澄の事が頭に浮かぶ。
   振り払おうとすれば、する程、その存在は大きくなる。
   忘れようとしていた気持ちが再び、胸をしめつける。
   どうかしてしまいそうだった。

   嫌という程、真澄を愛していた事に気づかされる。
   もう、とっくに忘れていたと思っていたのに・・・。




   ・・・マヤ。
   綺麗になったな・・・。
   もう、”ちびちゃん”なんて言えない程に・・・。

   今夜会った彼女の事を思い出しながら、真澄はブランデ−を口にした。
   窓際に立ち、窓の外にうつるイギリスの夜景を見つめる。

   「マヤ。君は今、幸せか?」





   「・・・マヤ・・・」
   思いつめたようにジョンが口にする。
   「うん?何?」
   いつもと変わらない様子で、マヤが答える。
   「いや、ここの所・・・元気がないみたいだから・・・何かあったのかと思って」
   舞踏会から3日後、ハウザ−はやっとの思いでその言葉を口にした。
   彼が何が言いたいのかマヤはわかった気がした。
   「・・・私、あなたが好きよ。とっても好き・・・。それに、今、怖いぐらいに幸せ・・・」
   ギュッとハウザ−を抱きしめながら言う。
   「・・・ごめんね。心配かけて・・・、もう大丈夫だから、ただ、ちょっと、昔の気持ちを思い出しただけだから・・・」
   安心させるようににっこりと笑い、ハウザ−の唇にキスをする。
   「今日はいい天気よ。あなたも私も休みだし、愛を連れて、散歩に行かない?」
   マヤの言葉にハウザ−は笑顔を浮べた。
   「・・・あぁ。そうだな」





   真澄は空港に向かうべく、タクシ−に乗っていた。

   今日で、イギリスの地を離れると思うと、少し感傷的になっていた。
   惜しむように窓の外から街並みを見つめる。
   と、そこに、思わぬものが飛び込んでくる。

   ・・・マヤ・・・。

   ハウザ−と小さな子供を連れて、通りを歩いている彼女の姿が視界に入った。
   苦い偶然に胸がチクリとする。
   タクシ−は信号待ちの為、止まり、その目の前の歩道をマヤたちが歩く。
   どこからどう見ても仲の良さそうな、幸せな親子・・・。
   彼女の幸せな姿にホッとするとともに、諦めに近い思いが胸を締め付ける。

   「・・・君が幸せでよかった」
   小さく呟く。
   「えっ?お客さん、何か言いました?」
   運転手が口にする。
   「いや、何でもない。ところで、空港までは後、どれくらいだね?」
   窓の外から視線を外す。
   「後、30分程です」
   運転手の言葉に”そうか”と呟くと真澄は自身の思いにケジメをつけるように瞳を閉じた。

   さよなら・・・マヤ・・・。





   「・・愛ちゃん、待て!」
   公園内ではしゃぐように走る愛に言う。
   愛はにっこりと笑い、マヤに捕まらぬように走る。
   ハウザ−は楽しそうに追いかけっこをしている二人を見つめた。

   愛ももう二歳か・・・。

   自分の娘のように愛の成長がハウザ−は嬉しかった。
   しかし、速水と会ってからハウザ−は気づいてしまった。

   愛の瞳が速水に似ている事を・・・。

   愛を見れば、どうしても速水を思い出してしまう・・・。
   ハウザ−でさえ、そう思うのだから、きっと、マヤだって・・・。

   今まで感じた事のない嫉妬に近い感情が胸を苦しくさせる。

   全てを承知でマヤと一緒になったはずなのに・・・。
   今更、こんな事を思うなんて・・・。

   頭を抱え、ベンチに座る。
   「・・・ジョン?」
   愛がいつの間にか、ハウザ−の側に来ていた。
   無邪気な表情でハウザ−の名前を口にする。
   「・・・愛・・・」
   愛の瞳を見つめる。
   彼を心配するように見つめている気がした。
   たまらなく、愛しく思う。
   ギュッと抱きしめ、ハウザ−の膝の上に座らせる。

   何を考えていたんだ・・・。
   愛は僕の娘だ・・・。
   本当の父親が誰だろうと関係ない・・・。

   「愛、ごめん。ごめん・・・」
   すまなそうに何度もその言葉を繰り返す。
   愛は不思議そうな表情でハウザ−を見つめていた。

   「飲む?」
   マヤが3人分の紙コップを持って、ベンチに来た。
   「あぁ」
   マヤの手からコ−ヒ−を受け取る。
   愛も嬉しそうにオレンジシュ−スの入ったコップを受け取る。
   ベンチに3人で座り、仲良く寛ぐ姿がそこにはあった。

   「・・・ずっと、このままでいたいなぁ」
   マヤがポツリと呟く。
   「・・・そうだな」
   コ−ヒ−口にしながら、ハウザ−が言う。
   「愛と、君と僕と3人で、ずっと、一緒にいたいな。もっとも、それは愛がお嫁に行くまでか・・・」
   膝の上の愛を見つめ、クスリと笑う。
   「愛がお嫁か・・・。何か想像できないなぁ」
   クスリとマヤが笑う。
   「でも、あなた、愛には目がないから、結婚に反対しそう」
   可笑しそうに言う。
   「う・・ん、そうかもな。愛が他の男の者になるなんて・・・考えたくないな。愛は結婚なんかしないでジョンとずっと一緒だよな」
   同意を得るように愛を見る。
   「うん。ジョンといっちょ。愛ね、ジョンのおよめちゃんになゆの」
   無邪気な愛の言葉にマヤは驚いたような表情を浮べた。
   「まぁ、こんな所に私のライバルがいたとは思わなかったわ」
   マヤの言葉にハウザ−はクスクスと笑った。
   「今日はどうやらもてる日みたいだな」

   日も暮れ始め、3人は公園を出た。

   「待てぇぇ〜〜〜!」
   今度はハウザ−が愛と追いかけっこをしていた。
   愛の楽しそうな笑い声が響く。
   「ジョン。ここで追いかけっこするのは危ないわよ」
   車道を走る車を気にしながら、マヤが言う。
   「愛を捕まえたら、やめるよ」
   そう言い、愛に向かって走る。
   愛はハウザ−が速度を上げて走ると、夢中で逃げるように車道に出た。

   と、その瞬間、車が通る。

   「愛!!!」
   マヤの表情から笑みが消える。
   ハウザ−は全速力で車道に向かって走り、愛を抱きしめた。

   キ−−−!という、急ブレ−キがかかる音がする。
   そして、次の瞬間にマヤが見たのは宙に舞う、ハウザ−の姿だった。

   「ジョン!!!!」
   彼に駆け寄ると、ハウザ−に抱きしめられていた愛が今のショックに泣き出す。
   愛の泣き声を聞いてもハウザ−の瞳は開く事はなかった。



   「社長、これを」
   速水が帰国した翌日、出社すると、水城が血相を変えて、イギリスの新聞を差し出した。
   一面に大きく出ていたのはジョン・ハウザ−の死亡記事だった。









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