過去に縛られて明日への鍵が見つからない。
そんな毎日を過ごして行くうち、自分が閉じ込められている今日と呼ばれる部屋の壁が、だんだんと狭くなってきているのに気づいた。
天井だけはどこまでも高く続いていて、窮屈そうに差し込む光に身を寄せながら、私はただひたすら夜を待った。例え朝日が昇っても、この部屋にいる限り今日が繰り返されるだけなのは分かっていたけれど。
夜が明けると、私でない影が部屋に映り込む。
ああ、またこの光景か。私は影に挨拶を交わす。もう何度目だろう。また、今日が始まる。無くした鍵は見つからないまま。あるのは既に見知った影と、褪せ始めている記憶の断片達。淡い紫色をした朝焼けも、既に新鮮さを失っていた。
いつかは変化が訪れるものなの。待つことしか出来ないの。
四角なのか三角なのかもわからない、けれど確実に狭まっていく部屋の中で、私は影にグチをこぼした。
すると、影は私にそっと耳打ちをした。
それを聞いた途端、私は驚嘆し、うなだれ、涙を流し、ため息に似た笑いをこぼし、そして、顔を上げた。
扉に、もともと鍵なんてかかっていなかった。
現実での疲れが私の四方に壁を創りだした。心の迷いが日と日の境に扉を創りだした。扉を開けるには鍵が必要だ。そして私はその鍵を無くしてしまった。もう戻る事の出来ない、過去の記憶の中へ。もう見つかることはない。だから私はずっとこの部屋で、今日を繰り返し生き続けるのだ。そう思い込んでいた。思い込もうとしていた。
けれど、自らがこの部屋へ入る事を望んでいた事を、心の何処かが否定しようとしていた。
そして、少しだけ残されたその「何処か」は、「永遠の今日」の中で生きる影という形をとり、私へ教えてくれた。思い出させてくれた。
目の前の見知った影は、私のものだったのだ。
扉に、もともと鍵なんてかかっていなかった。
そもそも、明日へ向かう為に、扉なんてものは必要なかった。
日常を一日単位で部屋で区切ることなんて、必要なかった。
天井から、眩しい光が差し込んだ。朝日だ。
同時に、心持ち強めな風が吹きこんだ。
扉が、カタカタと震え、ギィという錆びついた音と共に、ゆっくりと開いていった。
おはよう、明日さん。
新しい今日が始まる。