紅 天 女 -10-



   ”君に何かあったら俺は生きてはいけない・・・”
   苦しそうにマヤを見つめ、口にしたその言葉が頭から離れなかった。

   ・・・速水さん・・・。

   別荘に戻ってから、マヤは真澄とは会う事はなかった。
   聖に連れられるまま、アパ−トに戻って来た。
   「・・・マヤ・・・」
   戻ってきた彼女を心配そうに麗が見つめる。
   彼女の表情からは速水と何かがあった事が容易に想像できる。
   「・・・麗・・私、わからないよ。どうしたらいいのか・・・わからないよ」
   麗の顔を見るなり泣き出す。
   速水を思う、強い気持ちに溺れるように・・・。
   「・・・マヤ・・・」
   麗はただ、しっかりと泣きじゃくる彼女を抱きしめていた。



   ・・・マヤ・・・。
   真澄の腕には彼女を抱きしめた時の感触がまだ残っていた。
   これ以上、自分にはどうする事もできなかった。
   酒を口にし、無力な自分を笑う。
   愛していると・・・言ってしまいたかった。
   出会った時から、君に恋をしていると言ってしまいたかった・・・。

   でも、それを口にすれば、彼女を辛い目に合わせる。
   所詮、自分には届かぬ花なのだ・・・。
   見つめている事しかできない・・・。
   今の彼の立場では・・・。

   今は苦しくても・・・いずれ恋は終わる・・・。
   きっと、彼女も自分の事など、忘れるだろう・・・。

   だが・・・。

   その時、真澄に耐えられるのだろうか・・・。
   自分以外の他の男と寄り添う彼女を・・・。

   「・・・くそっ」
   自分の中の矛盾した想いに胸が痛む。

   この恋は本当に終わるのだろうか・・・。
   彼女を忘れる日なんて本当に来るのだろうか・・・。

   無理だ・・・忘れられる訳ない・・・。

   心が強く否定する。
   そう簡単に忘れられるぐらいなら、きっと、随分前に諦めているはずだ・・・。

   「・・・俺は何をしている?」
   自分のしている事が虚しく思える。
   愛してもいない女と婚約し、会社の為、英介に操られるまま自分の中の恋を諦める。
   そして、やっと、彼女に好きだと言われても、答える事ができない自分。
   全ての歯車が狂ってしまったかのように・・・彼を苦しめる。
   やり場のない想いが溢れ、いつの間にか、涙を流していた。
   もう、随分前に枯れたと思ったのに・・・。


   辛く長い夜が明け、現実に戻されたように朝が来た。
   今日は、紅天女の選考結果が発表される日だった。

   マヤは一睡もする事なく、その日を迎えた。

   コンコン・・・。
   午前10時、アパ−トの扉が叩かれる。

   「お迎えにあがりました」
   演劇協会からの使いがマヤの元を訪れていた。
   「・・・麗・・・」
   不安そうな顔をして麗を見る。
   「何て顔しているんだい。行っといで」
   マヤを励ますように言う。
   「・・・うん」
   「結果がわかったら、電話するんだよ」
   麗に送り出されて、マヤは何とかアパ−トを出た。




   「・・・社長そろそろお時間です」
   水城の言葉にいつにも増して顔色の悪い真澄がハッとしたように顔を上げた。
   「・・・そうか・・・」
   読み途中の書類を机に置き、立ち上がる。
   今日の紅天女の発表には真澄も立ち会う事になっていたのだ。
   「・・・社長、大丈夫ですか?」
   あまりにも辛そうな彼に、ついそんな言葉をかけてしまう。
   「・・・何がだ?」
   上着を着、水城の方を向いた彼は感情を押し殺したような顔を浮べた。
   いつもの、速水真澄である。
   「・・・いえ」
   水城の言葉を聞くと、覚悟を決めたように社長室を出た。




   マヤが演劇協会に行くと、既に関係者は集まりつつあった。
   「おはよう。マヤちゃん」
   元気な声で桜小路が声をかける。
   「・・・おはよう」
   おずおずと桜小路に答える。
   「・・・どうしたの?何かあった?」
   元気のないマヤに心配そうな瞳を向ける。
   「・・・ううん。何だか、緊張しちゃって・・・これで、決まるんだなと思うと・・・」
   無理に笑顔を作り、辛い気持ちを隠すように口にする。
   「・・・マヤちゃん、僕には何でも言ってね・・・相談に乗るよ」
   「・・・うん。ありがとう」
   「そろそろ始まるぞ」
   黒沼が廊下にいる二人に声をかける。
   「えっ・・・あっ、はい」
   会場に入ると、演劇協会の理事長始め、小野寺、赤目、そして、亜弓の姿があった。
   亜弓はとても落ち着いた表情だった。
   この3日間で、彼女は一生分の涙を流した。
   紅天女を吹っ切る為の涙だった。
   緊張した空気が漂う中、マヤは指定された席にゆっくりと座った。
   「まず、結果を言う前に、月影さんから二人に手紙を預かっている」
   理事長がそう言い、マヤと亜弓それぞれに月影の字で書かれた手紙を渡した。
   「・・・先生から・・・。そういえば、先生はどこに?」
   ここに月影がいない事に気づき、マヤが口にする。
   「・・・月影さんはもう出番は終わったと言って梅の谷に帰ったよ。最後は尾崎一蓮の元にいたいと言っていた」

   先生・・・。

   理事長の言葉に月影に会えない寂しさが胸に溢れた。
   「さて、では結果を発表しようと思うが・・・」
   理事長はそう言い、周りを見渡した。
   「・・・まだ役者がそろっていないようだな」
   真澄の姿がない事に気づく。
   「・・・えっ」
   マヤがそう呟いた瞬間、ドアが開かれ、遅れて来た真澄が入って来た。
   その姿にドキッとする。

   ・・・速水さん・・・。

   「・・・遅れて申し訳ない・・・道が混んでいたもので・・・もう、結果は発表されましたか?」
   真澄の為に用意された席に座り、口にする。
   「いや、まだだよ」
   理事長は真澄にそう言うと、まず、それぞれの紅天女に対する劇評を述べていった。
   マヤの耳に理事長の言葉は入って来ない。
   真澄の事が気になってそれどころではないのだ。

   ・・・マヤちゃん・・・。

   真澄が現れてから明らかに動揺を見せるマヤを桜小路は苦しそうに見つめた。
   やっぱり、君の好きに人は・・・。

   「・・・という以上の結果から、紅天女は北島マヤに決定する」
   理事長の締めの言葉に一瞬、静まりかえったような沈黙が生まれる。

   えっ・・・。

   マヤは自分に集まる視線にハッとした。
   「尚、演出も黒沼グル−プで行くと決まった」
   理事長の言葉に小野寺のがっかりしたようなため息が聞こえてくる。
   亜弓はさっぱりとしたように顔をしていた。
   「・・・北島君、こっちへ」
   理事長に呼ばれ、マヤは席を立った。
   「・・・ここに上演権に関する書類が入っている。無くさないようにな」
   呆然としているマヤに上演権の証書が入った封筒を渡す。
   マヤは自分が手にしているものが信じられなかった。


   「・・・おめでとう・・・」
   ぼんやりとしてるマヤに亜弓が声をかける。
   「・・・亜弓さん・・・」
   「・・・どうしたの?紅天女を手に入れたのにあんまり嬉しそうじゃないわね」
   クスリと笑う。
   「・・・私、信じられなくて・・・自分が紅天女に選ばれるなんて・・・」
   「・・・あなたの演技は素晴らしかったわ。私は目にする事はできなかったけど、
   セリフ一つ、一つに込められた気持ちや、舞台のム−ドで、どんなにあなたの紅天女が素晴らしいか伝わってきた」
   遠くを見つめるように亜弓が言う。
   「・・・自信を持ちなさい。あなたは堂々と、紅天女を掴んだのよ。初日には招待してもらうわ。もちろん、一番いい席よ」
   おどけるように言う。
   「・・・私、それまでには必ず、目を治すから・・・」
   「・・・亜弓さん・・・」
   「・・・目の手術を受ける為、明日、日本を発つの・・・」
   「えっ」
   亜弓の言葉に驚く。
   「・・私が選ばれないって事はわかっていたわ・・・だから、手術を受ける」
   穏やかな表情を浮かべ、マヤを見つめる。
   「・・・しっかり、演じるのよ。あなたの紅天女を・・・」  
   亜弓の言葉にマヤは気持ちを引き締めるようにしっかりとした表情を浮べた。
   「・・・はい。亜弓さんが帰って来るのを待っています」
   二人はしっかりと握手をしあった。

   その日、マヤの一日は慌しかった。
   書類関係の手続きが終わったと思ったら、100人以上もいる記者を目の前に慣れない、記者会見をさせられたのだ。

   「北島さん、紅天女を掴んだ今のお気持ちは?」
   フラッシュが飛ぶ中、記者の声がかかる。
   「・・えぇ・・と、その、光栄です・・・」
   下を向きながら、自信なさそうに答える。
   今にもマヤは消えてしまいそうだった。
   一緒に記者会見の席についていた黒沼と桜小路は苦笑を噛み殺すのにいっぱいだ。
   記者の後ろから様子を見つめていた真澄も、つい、笑みを浮べる。
   「今回のあなたの演技はある人に向けられと聞きましたが・・・」
   「・・・えっ・・・」
   どこからそんな情報が漏れたのだろうと、マヤは顔を上げた。
   「・・・その・・・私をずっと支えてくれた人です」
   「その人ついてお聞きしていいですか?」
   記者の質問の後に僅かな沈黙が生まれる。
   「・・・私に匿名で紫の薔薇を贈りつづけて、ずっと、励ましてくれた人です。
   私、その人からの薔薇がなかったら、きっと、今こうしてはいません。
   その人には本当・・・言い尽くせない程、感謝しています」
   真っ直ぐなマヤの言葉に真澄の胸が熱くなる。
   「匿名と言う事はその人とはお会いした事はないんですか?」
   その質問にマヤは何と答えようか、迷ったように一瞬視線を真澄に向けた。
   「・・・はい。お会いした事はありません・・・」
   自分の中の恋心を断ち切るように口にする。
   マヤの言葉に真澄の心に冷たい風が吹き抜けたようだった。

   記者会見後は雑誌や、テレビの取材、パ−ティ−などに追いまわされ、
   マヤが全てから解放され、やっと、一人になれたのは午後10時を回っていた。
   ぼんやりとアパ−ト近くの公園のブランコに腰をかける。
   マヤにとって、落ち着ける場所だった。
   「・・・はぁぁ・・・疲れたなぁぁぁ・・・」
   ふと、月影からだという手紙をまだ見ていない事に気づく。
   「・・・先生・・・」
   封筒を見つめ、その筆跡が確かに、月影のものだと確認する。
   中身を取り出し、白い便箋の上に書かれていた月影の字を見た。

   『 マヤへ
 
     あなたが演じた紅天女、最高でした。
    あなたの紅天女に尾崎一蓮が託した思いが伝わってきました。
    紅天女の恋は私と尾崎一蓮の恋の物語でもあります。
    あなたの紅天女にもまた、本物の恋の香が伝わってきました。
    誰かを愛し、恋する気持ちは役者として大切な事です。
    決して、その恋が実らなくても、その恋に無駄な事は一つもありません。
    マヤ、自分の恋に自信を持ちなさい。
    もし、あなたが愛した相手が自分の魂の片割れだと思うなら、その恋を手放してはいけません。
    納得のいくまでその人を愛しなさい。
    きっと、その人にもあなたの想いが伝わるはずです。

    最後に、あなたに出会えて、幸せでした。
    もう、私は何の悔いもなく、一蓮の元に旅立てます。
    今日まで、本当にありがとう。

                                          月影千草 』


   「・・・先生・・・」
   手紙を読み終わると、涙が溢れてきた。
   とめどなく、頬を伝う。
   次の瞬間、マヤは立ち上がっていた。
   マヤの中で再び熱い想いが滾る。

   ・・・会いたい・・・速水さんに・・・会いたい・・・。

   その想いに突き動かされたようにマヤは速水の元へと走り出していた。









                                         

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