最後の想い-10-【最終章】





「真衣子、速水さんが亡くなったわ」

それは突然の訃報だった。彼に最後に会ってから三週間が経つ。
麗はバタバタと階段を駆け上がってくるなり、私の部屋を開けるとそう言ったのだ。
私は今どんな顔をしているのだろう。
哀しいという思いよりも先に驚きが全身に伝わり、その場に立っていられなかった。
「真衣、真衣、真衣・・・」
遠ざかる意識の中で、心配そうな麗の声がした。


   


 ◇◇◇



速水真澄の葬儀は遺書に示された通り、ごく内輪で行われた。
葬儀の列に真衣子は麗とともに参加していた。
棺に納められた彼は安らかな顔をしている。

「・・・全ての苦しみから開放されたのでしょうね」

じっと速水を見つめる真衣子に水城が口にする。

「えっ?」

水城の方に視線を向けると、彼女の言葉が続く。

「社長は・・・真澄様は、末期癌でした。もう手遅れの。最後に彼が望んだのは穏やかな死だったのです」
水城の声は涙で掠れている。

「・・・だから、私は・・・真澄様に真衣子さんを会わせたかった」

そこまで口にすると、水城は涙で言葉を詰まらせ、その場に泣き崩れた。
真衣子と麗が慌てて、駆け寄り水城を支える。
もう、彼女は自分でどうする事もできずに、ただ、ただ嗚咽をあげて泣いていた。
最後まで速水に仕えていたのは水城だった。病魔に苦しむ姿を間近で見てきたのだ。
彼の看病をし、苦痛に悶える彼を幾度も目にした。
そして、苦しみの中で最後まで彼が叫ぶように口にした名前も耳にしていた。

「マヤ!!マヤ!!マヤ!!」

意識が混濁する中、彼は何かを探すように腕を伸ばし、その名を口にしていた。

「真澄様、真澄様」

水城が幾度呼び掛けても速水はずっと、彼女の姿を探している。
段々と叫び声は小さくなり、彼は完全に意識を失うのだった。
真衣子が速水の元を去ってから一週間後、彼の容態は急変した。
水城が真衣子を呼び寄せようとしても、速水は頑なに拒んだ。

「・・・彼女に迷惑がかかる。頼む。知らせないでくれ。このまま逝かせて欲しい」

そう速水は切望した。だから、水城は彼がこの世を去るまでは真衣子に知らせられなかった。


◇◇◇


伊豆のとある岬に彼の遺骨は埋葬された。そこからは海を一望する事ができる。
小康状態の時、彼はいつもそこから海を眺めていた。
真衣子も、彼に連れられて、一度来た事がある。
葬儀が終わってから一週間、真衣子は水城と伊豆に留まったままだ。

「・・・速水さん、今日も来ました」
沈む夕日に白い墓石が照らされ、オレンジ色に染まっていた。

「水城さんは、まだあなたの死が認められなくて・・・ここには来れないって。
私、あなたの事が好きでした。きっと、これが私の初恋です。ズルイです。速水さん。急に現れたと思ったら、いなくなるなんて・・・」

彼には言いたい事がまだまだ沢山あるはずなのに、そこで言葉が詰まった。
自然と涙が滲み出る。一生分の涙を流したと思ったのに、それでもまだ流れる涙があった。

「・・・どうしてですか。どうして・・・こんなに急に・・・ズルイ!!私、あなたに聞きたい事沢山あった!
沢山、沢山・・・母の事も、あなたの事も聞きたかった。なのに・・・」

抑えようと思えば、思うほど瞳からは涙が零れ落ちる。
ついに彼女は墓石の前に座り込んでしまった。
そして、その拍子にある場所に気付く。
それは速水の骨壷が収められている場所の石が数日前に来た時より、何か違うのだ。
頭の奥の疑問に答えるように、手が動き石に触れた。
石は簡単に外れ、中からは骨壷と、その上に埋葬した時にはなかったある物が添えられていた。

「・・・封筒・・・」

白い封筒を取り出す。宛名は『速水真澄様へ』とあり、裏面には『北島マヤ』と書かれていた。

「・・・お母さんからの・・・手紙・・・」

いけないと思いつつも、居ても立ってもいられない思いに、真衣子は封筒から便箋を取り出すと、手紙を読み始めた。

最愛の人へ

お久しぶりです。突然あなたに手紙を書きたくなりました。

今、私には二歳になる娘がいます。名前は「真衣子」とつけました。

愛するあなたの名前から一字頂きました。

速水さん、私は今もの凄く幸せです。

あなたとは想いを遂げる事ができなかったけど、母になり、娘の成長を日々感じる事ができて嬉しく思います。

子を持つ親として、あの時、あなたが私の前に現れる事ができなかった理由がわかりました。

だから、私はあなたの事を恨んでなどいません。

生涯で一度、私が愛したのは速水さん、あなただけです。それはこれからも変わる事はありません。

もしも、生まれ変わる事ができたなら、またあなたと出逢いたいです。北島マヤ


封筒の中にはもう一つ、封筒が入っていた。

「・・・橘 真衣子様 速水真澄」

速水真澄の字に鼓動が強く脈打つ。

「・・・速水さんからの手紙・・・」

そこには日付も記されており、それは速水が他界する前日に書かれた物だった。

真衣子へ

君がこの手紙を読んでいるという事はお母さんの手紙を見つけたのだと思う。

そして、俺はもうこの世にいないのだろう。毎日、夢を見る。それは君のお母さんの夢だ。

君が俺の前に現れた時、マヤの手紙を思い出した。亡くなってから一週間後に来た手紙だ。

彼女の死は辛かったが、その手紙を読んだ時、君という存在を得て彼女が幸せだった事を知る事ができた。

だから、幸せなまま逝けたのだと思う。

君と過ごした数日で、彼女がどんなに幸せだったのかわかった気がする。

君のおかげで、長年の苦悩から救われた。本当にありがとう。

今度生まれ変わったら、君のお母さんを離さないつもりだ。次、君に逢う時はきっと、父親としてだろう


手紙はそこで終わっていた。

「・・・速水さん・・・」

止め処なく涙は流れたままだった。
二人がどれだけ強く愛しあっていたか、そして、自分が母に愛されていたかを知った。
真衣子は手紙を強く抱きしめた後、墓石に戻した。

「・・・ありがとう。速水さん。お母さん」

深く一礼をし、真衣子は歩き出した。



それから、3年の月日が流れる。


橘 真衣子の名前で本が出版された。
ある男女の悲恋の物語は大ベストセラーとなり、広くマスコミで取り上げられた。

「先生、花束が届いています」

それは次の原稿を届けに行った時、帰りがけに担当から言われた言葉だった。

「・・・紫の薔薇・・・」

花束は紫の薔薇で埋め尽くされていた。
メッセージカードを見てみると、『あなたのファンです』とあった。

「ついさっき、受付に届いていたみたいですよ」

その言葉を聞き、すぐに真衣子は走り出した。
紫の薔薇に託された意味を知っている者にどうしても会いたかった。
エレベーターを降り、受付の前で立ち止まる。

「紫の薔薇を持って来た人はどんな人?」

受付嬢に聞く。

「・・・長身の男性でした」

「いつ頃来たの?」

「ほんの二、三分前だったと思いますが」

そこまで聞くと、真衣子は何かにつき動かされるようにビルの外に出た。
あの人を探して街中を走る。
そんな事はないとわかっていても・・・薔薇を届けたのは、あの人だと、速水真澄だと思った。
そして、突然、誰かに腕を掴まれる。振り向くと、そこに速水真澄がいた。

「・・・速水さん・・・」

彼はじっと真衣子を見つめていた。
二人は暫く瞳を交わしたまま、雑踏の中で立ち止まっていた。

「・・・初めまして。鷹宮一真です。橘先生ですね」

彼は優しい笑みを浮かべた。
目の前の男性は確かに速水真澄に似ていたが、年が違った。速水よりも随分と若い。

「・・・紫の薔薇はあなたが?」

真衣子の問いに彼は頷いた。
彼が速水真澄の息子だと知ったのは、それから一年後、二人の結婚式の日だった。


終わり






【後書き】
お粗末様でした(^^;
最後はかなり無理矢理に終わらせた気がしますが・・・(汗)不足です。
せっかく速水さんの息子を出したのに、何もできずです。途中から思っていなかった方向へと突き進んでしまいました。
真衣子が鷹宮一真と結婚したという事はシオリーが義理のお母さんになってしまい、きっと、嫁姑問題勃発でしょうね(笑)
というか、その前に結婚なんて許してもらえないかも・・・。まぁ、シオリーも年をとって丸くなったという事で。

ここまで雑文を読んで頂きありがとうございました。

2005.2.17.
Cat



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