最後の想い-5-



浜辺に座る男性がいた。
海を見つめる彼の姿が何だかとても寂しそうに見えた。
何て声を掛けたらいいのかわからず、彼に近づく。
彼は私に気づいたように、立ち上がり、じっと見ていた。
初対面の私に向けられているとは思えない程の瞳だ。
すぐに私を通して誰かを見ている事がわかった。
聖さんにしても、水城さんにしてもそうだったが、目の前の彼は一際想いが強い気がする。

「・・・マヤ・・・」
彼が呟いた名。それはやはり母の名だった。
自分が母親に似ているとは思った事がなかった。
何と言ったらいいのか、わからない。
"違います"と言ったらこの人は倒れてしまうじゃないかと思った。
答えに困り、微苦笑を浮かべると、今度は彼が私に歩み寄り、そして・・・抵抗する間もなくギュッと抱き締められた。
力強い抱擁・・・。
「君が幽霊でも構わない。ずっと、愛している」
思いがけない言葉・・・。
17年の人生でこれ程の言葉は聞いた事がなかった。
涙が零れる。私に向けられた言葉じゃないのに。
熱い想いに身も心も溶けてしまいそうだ。
「・・・長い間、君だけを想って生きて来た。もう離さない」
熱っぽい瞳に、胸が締め付けられる。
この人は・・・一体、誰なのだろう。こんなに愛しそうに私を見つめ、抱き締めて・・・。
一目逢っただけなのに、こんなにも私の心を苦しくさせる。
「・・・マヤ・・・」
彼が再び、母の名を口にする。
その瞬間、弾かれたように現実に意識が戻った。
「・・・違います。私は真依子。橘 真依子」
彼の瞳が混乱する。
「北島マヤは私の母にあたる人です」
彼の腕が緩んだ瞬間、私は逃れるように腕の中から出た。
「・・・聖さんと、水城さんに、あなたに会ってくれと頼まれて来ました」




目の前の少女を俺はどうしたらいいのだろう。
突然、現れたマヤの娘・・・。しっかりと彼女の面影が残る。
まるで彼女が生き返ったようだ。
別荘までの道を無言のまま少女と歩いた。
少しずつ、頭が整理されていく。
「・・・あの・・・」
躊躇いがちに少女は口を開いたが、俺を敬遠してか、それ以上は何も口にしなかった。
再び無言に包まれる。
「・・・すまなかった・・・その・・・いきなり驚いただろう?」
先程の事を思うと、自分でも驚く程だった。
冷静に考えればマヤがいるはずはない事はわかっていた。
俺の問いに対し、彼女はコクリと小さく頷いた。
あどけなさが残る少女の横顔は微かに赤かった。
何だか、昔の彼女を見ているようだ。
懐かしい想いに胸がくすぐられる。
「ありがとう。会いに来てくれて」
思わぬプレゼントを貰ったような気持ちだった。
マヤの娘・・・ 彼女の肉親に会えた事が素直に嬉しい。
「速水 真澄だ。宜しく」
立ち止まり、少女に手を差し伸ばすと、少女は戸惑いながらも握手してくれた。
「・・・橘 真依子です」
はにかんだような笑顔を浮かべ、真依子は再び自分の名を口にした。
別荘に戻ると心配そうに聖と水城君が待っていた。
「・・・真澄様」
癌告知を受けてから初めて聖と対面する。
「ありがとう。聖。それに水城君」
真依子を連れて来るのにどれだけ二人が骨を折ってくれたかは、言われなくてもわかっていた。
「今日はいい日だ。皆で食事にしよう」
今夜は4人で夕食のテーブルを囲んだ。
会話が弾むと、緊張気味だった真依子は笑顔を浮かべるようになった。
こんなに心が休まる食卓は何年ぶりだろうか・・・。
「そう言えば、真依子ちゃんはいくつになるのかな?」
デザートに手を付け始めた頃、彼女に話し掛けてみた。
「17です」
その頃のマヤと比べて見ると少し大人びた感じがあった。
「じゃあ、高校生?」
「はい」
「学校は楽しいかね?」
「・・・まあまあです」
「好きな教科は何かな?」
「・・・国語と美術です」
気づくとこんなふうに俺は真依子を質問攻めにしていた。
「・・・社長、真依子ちゃんのアイスが溶けちゃいますよ」
俺の質問に答える為にさっきから少しもデザートに手がつけられない彼女を見るに見かねて水城君が口を挟んだ。
「えっ、あぁ、すまない」
苦笑を浮かべ、彼女にアイスを勧めた。
こうして楽しい夕食の一時は終った。
時計は午後9時を過ぎていた。
このまま真依子と別れるのは名残惜しいが、高校生の彼女に泊まって行って欲しいとも言えない。
第一、好意で真依子に会わせてくれた青木君にも申し訳がない。
「聖、責任を持って彼女を送り届けてくれ」
「はい。責任を持って送らせて頂きます」
聖はしっかりとした様子で答えてくれた。
「真依子ちゃん、今日はありがとう。久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ。良かったらまた遊びに来て欲しい」
「はい。私こそ速水さんにお会いできて楽しかったです。また遊びに来ます」
"速水さん"そう、彼女に言われた時、マヤに言われた気がした。
真依子は笑顔を残し、聖と共に帰った。

それから数日、考える事といえば、マヤと彼女の事だけだった。



聖さんは家まで送ってくれた。時間は0時を過ぎている。
麗に挨拶をすると、聖さんは行ってしまった。
今日は疲れた。突然母の存在が身近になった日だ。
麗とは何も話さず、お風呂に入るとベットに倒れ込んだ。

あの人の顔が浮かぶ。
抱き締められた時の事を思い出すと、どうしようもなく胸が苦しい。
こんな気持ち初めて知る。

"君が幽霊でも構わない。ずっと、愛している"
男の人のあんな声知らなかった。
胸を掴むような、掠れた声・・・。
胸が熱い・・・。疲れているのに中々眠る事ができなかった。


「・・・どこか具合悪いの?」
麗の声がした。
「えっ」
その声で目が覚める。
夜はすっかりと明けた。
「もう、お昼過ぎよ」
昼になっても中々部屋から出て来ない私を心配して麗が起こしに来たのだ。
「・・・何だか、あまり寝付けなくて。あれ、麗休みなの?」
日曜日に麗が家にいる事はあまりない。だいたい舞台か何かがあって留守にしているのだ。
「いえ、これから出掛ける所よ。あなたに春香を見ててもらおうと思ったんだけど」
春香というのは11歳になる麗の子供だ。私は本当の妹のように思っているし、春香も私を実の姉だと思っている。
麗の旦那さんは単身赴任の為、この家には女だけしかいなかった。
「大丈夫よ。ただ寝坊しただげだから。それより時間大丈夫?」
私に言われて麗はアッと小さく声を上げた。
「1時から稽古なんだけど・・・」
「心配いらないから。ほら、早く行って」
「お昼ご飯用意しといたから、春香と食べてね」
そう言い残し、麗は慌しく家を出た。
それから、10分後、遊びに行っていた春香が帰って来たので二人でお昼にした。
献立はオムライスとコンソメスープだった。
「今日はお姉ちゃんと遊ぼうか」
その言葉に春香は困ったような表情をした。
「・・・有香ちゃんと約束してるの」
どうやら、家に一人でいる事になりそうだ。
「ちゃんと、5時までには帰って来るのよ」
「うん」
春香はいそいそとご飯を食べると再び出掛けて行った。
皿を洗い、軽く部屋を掃除すると、自分の部屋に行く。

今日はおかしい・・・。
何をしていてもあの人の事が浮かぶ。
他の事が考えられなくなってしまった。
読み途中の本にも興味がわかない。

「・・・速水真澄・・・」
その名を口にするだけで胸が締め付けられ、泣きそうになった。
こんな事、今までなかった。
一体、彼の何が私にそうさせるのか・・・。
目を閉じると、昨日の事が鮮明に浮かぶ。
物憂げな瞳、優しい笑顔、抱きとめられた時の体温・・・、思い出される事は全て彼の事だった。
もう一度彼に逢いたい・・・。

気づくと、そんな気持ちで胸がいっぱいになった。




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