最後の想い-6-




「何してるの?」
背後で声がかかる。
振り向くまでもなく、知美だという事がわかった。
「・・・ちょっと、調べ物」
放課後、図書館のパソコンで私は速水真澄について調べていた。
わかった事は彼が経済雑誌に何度も取り上げられる程の有名人だと言う事と、
幾つもの会社を経営している事だった。
女優だった母と彼の接点が見えない。私が知らされている事は、母が女優だった事と、
速水真澄は彼女が愛した人だという事、そして、何かの事情で二人が別れてしまった事。
次に北島マヤという名を検索にかけて見た。
その名を見て、知美が「あっ」と声を漏らす。
「知ってるの?」
「当たり前よ。麗様と同じ劇団つきかげにいたのよ」
演劇オタクの知美は目を輝かせた。
「麗様から聞いた事ないの?」
母について私は知りたいと思った事があまりなかった。
はっきり言ってしまえば、興味が持てなかったし、
育ててくれた麗に対しても母の事を聞くのは申し訳ない気がしたからだ。
「ない」
そう一言口にすると、席を立ちパソコンの前から離れた。
これ以上、母の事を知るのが怖かった。
どうしてなのかわからないが、知美に「さよなら」と告げ、逃げるように図書館を後にした。

北島マヤ・・・。
その名前が胸にズシリと響く。こんなに母の事を気にしたのは初めてだ。
私は子として冷たいのだろうか。




「今日は気分がいいよ。あの子のおかげかな」
そう口にする彼はとても清々しい表情を浮かべていた。
「水城君、本当にありがとう」
「いえ。私よりも今回の功労者は聖さんですわ。不確かな情報でこんなにすぐに見つけて下さいました。
彼の持つ広い情報網のおかげでしょう」
窓を開けると、優しく潮風が部屋に舞う。
伊豆に来て、一週間になるが、真澄様の体調は安定していた。
北島マヤの娘に会った日を境に良くなっているようにも見える。
後、一月もすればベットから起き上がれなくなると言われたとは思えない程だ。
元気に彼がこうして毎日生きている事に胸が熱くなる。
当たり前の事だが、そんな事がどんな奇跡よりも偉大なもののように感じる。
「ところで、本当に奥様とご子息にはこの事をお知らせしなくて宜しいのですか?」
「今は妻じゃない。紫織には辛い思いをさせた。これ以上、彼女に迷惑はかけられんよ。
それに、真一ももう大人だ。俺の存在など、関係ないだろう」
そう口にする彼は少し寂しそうに見えた。
紫織様と離婚してから10年、彼はできるだけ彼女に関わらないようにしていた。
もう別れたのだから関係ないと言わんばかりに。ご子息の真一様に対してもそうだった。
「・・・真澄様、しかし、あなたが良くてもご子息にはちゃんとお会いになった方が宜しいのでは?」
二人の親子関係が上手くいってないのは明らかだった。
特に真一様が成長するにつれて、彼は息子を遠ざけた。
愛していない訳はない。血を分けた子なのだ。
「・・・その話はしたくない」
そう告げると、彼はソファから立ち上がりリビングから出た。




「真依子?」
速水さんに会わせてから、ここ二、三日彼女の様子はおかしかった。
珍しくぼーっとしている事が多い。
彼女は幼い頃から自分の母親の事に興味がないように見えた。
だから、マヤの事は話さなかった。聞かれたら話そうと思っていた。
時々、私の方をじっと見ている事があるが、その気配に気づくとすぐに目を逸らしたりしてしまう。
マヤの事を話す時期に来ていると思うが、切っ掛けが掴めず、私も何も言えずにいた。
「麗、何?」
「ううん。何でもないわ」
夕食が終わり、親子三人リビングでテレビを見ていた。
「恭一朗さんと何かあったの?」
恭一朗というのは単身赴任中の私の夫だ。
「何もないわよ。それより、あなたこそ何かあったんじゃないの?」
真依子の口からまだ速水さんの事は聞いてなかった。
いつもは何かあったら私に何でも話してくれたのに・・・。
「・・・ねぇ。速水さん、元気だった?」
思い切ってその名を口にしてみる。
彼女の表情が変わる。
「・・・元気そうだったよ。そろそろお風呂入ろうかな」
それだけ口にすると、真依子は部屋を出て行ってしまった。
「ママ、お姉ちゃんとケンカしたの?」
私たちのやりとりの一部始終を見ていた春香が心配そうに言う。
「ううん。ケンカなんてしてないわよ」



"速水さん"その名を聞いただけで、顔が赤くなりそうだった。
初めて会って、そして、好きだと言われた。
あんなに情熱的な告白は映画やテレビの世界だけだと思っていた。
でも、私に言われた言葉ではない。そう思うと堪らなく胸が苦しい。
他の誰かへの告白を代理で受けるなんて・・・最低だ。
忘れようと思えば思う程その事が繰り返し頭に映し出される。
亡くなった後もあんなに想えるなんて、一体母と速水さんの恋はどんなものだったのだろうか。
そして、母はなぜ私を産んだのか。なぜあれ程想ってくれる相手を棄ててロスになど行ったのだろう。
私だったら、絶対、あの人の側を離れない。本当に好きなら逃げ出すようなマネなんてしない。
そんな風に思えば思う程、母が許せなかった。
お風呂から出ると自分の部屋に行き、本棚の奥にしまってある母の写真を取り出す。
鏡台の前に座り、鏡の中の自分と比べる。
確かに、似ている気がする。前はそんな風に感じなかったのに。
目も鼻も唇も肌の色も・・・全て母から受け継いでいるものだ。
「・・・酷いよ。どうして今になって私の前に現れるの」
涙が薄っすらと浮かび上がってくる。
無視していた母の存在がしっかりと私の前に立ち塞がる。
幼稚園に上がった時、麗が自分の本当の親じゃない事を知った。
それは誰かから告げられたのか、麗自身から言われたのかわからない。

『本当の子じゃないんだから、いい子にしていないと捨てられちゃうわよ』

心ない誰かが口にした一言。その言葉に私は幼いながらも恐ろしさを覚え、精一杯好かれようとした。
麗は私を大事に育ててくれた。結婚してからも変わらない。
それなのに、この言葉が私には苦しい。だから、実母の事は聞かなかった。

トントン・・・。
部屋をノックする音がする。
「起きてる?」
麗が入って来る。
「うん」
鏡から目を彼女に向ける。
麗はコーヒーを持って来てくれた。
「少し話していいかな?」
「えっ、うん」
隣あうように二人でべットに腰をおろす。
麗の淹れたコーヒーは美味しかった。
「あなたが聞きたがらなかったから、今まであまり話さなかったけどね。
それじゃあ、いけいない事に気づいたの。だから、話すよ。あなたのお母さんの事」
麗は真っ直ぐ私の目を見た。
私はどうしていいのかわからず、コーヒーの入ったマグカップを見つめた。

それから、麗は静かに母の事を話し出した。
話を全て聞き終わったのはもう明け方になっていた。
涙が止まらなかった。
母がどんな想いで私を産み、愛し、育ててくれたかを知った時、自分の歪んだ想いが許せなかった。
麗は母が作ったアルバムを差し出した。
そこには生まれてから二歳までの私が両親と一緒に写っていた。
どの写真も母は幸せそうな笑みを浮かべている。
私を抱き上げる写真、一緒に寝ている写真。私に精一杯のおめかしをさせ乳母車に乗せ出掛けている写真。
アルバム最後のページは空港で両親と写っている写真だった。
この写真は麗が最後にアルバムに入れたものだ。この後はない。
「・・・真依子・・・」
泣きじゃくる私を麗は宥めるようにずっと抱き締めてくれた。


今日は授業には出ずに学校の温室の中で過ごした。
紫の薔薇を見ていたかったから。
遠い記憶に私の中に紫の薔薇は確かにあった。
母は両手いっぱいの紫の薔薇をいつも寂しそうに見てた気がする。
今まで忘れようとしていたから気づかなかった。
そう、夢の中に時々母は現れていた。
私に優しそうに微笑む母。
ぎゅっと抱き締め、頬を摺り寄せ、私の名を呼んだ。
私は確かに愛されていた。母はいつも側にいてくれた。
今になってこんなに沢山の事を思い出すなんて・・・。

母の最期の二年間、もしも速水さんと過ごす事ができていたら、母は今も生きていたのだろうか。
幸せだったのだろうか・・・。二人の想いは成就できたのだろうか・・・。

速水さんに逢いたい・・・。彼に逢って聞いてみたい。
そう思った瞬間、私は再び伊豆へと向かっていた。





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