最後の想い-7-




海を眺めているのが好きだった。
浜辺を散歩するのは最近の日課になった。

仕事を離れ、煩わしい人間関係を忘れさせ、何年ぶりかに自由になった気がする。
しかし、実際の所は避けているだけなのかもしれない。
別れた妻、その間にできた実の息子である真一。この二人に俺は事実を告げるべきなのか。
マヤの娘、真依子にあって初めて思う。自分はいい加減な親だったと。
家庭を顧みず、仕事に没頭した。きっと、真一は俺の事を父親だとは思っていないだろう。
妻と別れた時、彼は10歳だった。

「お父さん」
不安気に彼はそう呼んだ。
別れ話をした直後、妻は隣室で泣いていた。その様子を見て彼なりに何か感じたのか。
久しぶりに息子の顔を直視した気がする。
いつの間にか少年の顔になっていた。
意志の強そうな瞳は自分に似ている気がした。

「真一、お母さんを頼む。もう、お父さんは疲れたんだ」

父親として随分情けない事を言っているのはわかっていたが、それが本音だった。
速水英介の死を境に、もう自分に無理をする事ができなくなった。
妻の事はやはり愛せなかった。家族としての情も持てなかった。
いつも愛してくれとせがむ彼女に耐えられなかったのだ。
一番愛している人はもうこの世にはいない。
「・・・お父さん」
真一は不思議そうに俺を見ていた。そして、そっとハンカチを差し出した。
自然と涙が零れていた。哀しくて泣くのか、自分の情けなさに泣くのか・・・、よくわからなかった。
「・・・すまない」
そう告げると、涙を拭い、俺は家を出た。
妻は慰謝料を請求しなかった。
その代わり真一の親権を強く望んでいた。俺は彼女に全てを渡した。
最後に彼に会ったのは高校を卒業した時だった。
それから、2年が経つ。

「彼ももう、二十歳か・・・」
歳月の流れを早く感じる。
二十歳の彼に会ってみたい気がした。しかし、躊躇いがある。
自分が末期癌だという事は知らせたくなかった。
それを理由にして会うのが嫌だった。




毎晩夢を見る。
それはマヤの夢・・・。彼女はいつも笑顔で俺に応えてくれていた。
あの頃と変わらない無邪気な笑顔。
それだけで幸せだった。
「速水さん。どうしたの?」
幸せを噛み締めていると、彼女が口を開く。
「いや、君とこうしていられて幸せだなと思って」
俺の言葉にマヤの頬が微かに赤くなる。
「いやだ。速水さん、またカラかってるんでしょう」
「ははは。そうだ。君が赤くなるのが見たくてね」
「もう、意地悪。速水さんなんか・・・」
「大キライか?」
「ううん。そんな速水さんも、好き」
恥ずかしそうにそう告げると、彼女は俺の頬にキスをくれた。
驚いて目を開けると、朝になっていた。
随分と子供じみた夢だったが、彼女の存在をより恋しくさせるには十分過ぎた。
「・・・マヤ・・・」
彼女に逢いたい。逢いたくて、逢いたくて仕方がない。
まるで恋に落ちたばかりのようだ。
想いだけが募り、愛しい彼女に逢う事はできない。
だから、一日中彼女の事を想った。




聖さんの携帯にかけると、留守電に変わった。
どうしていいかわからず、電話を切った。
そして、次にかけた時は圏外を知らせるアナウンスが流れた。
どうやら、今日は連絡を取る事ができないらしい。
私は一人で速水さんの元に行く事にした。
所持金では足りず、銀行でお金を下ろし、伊豆までは電車を乗り継いで行った。
三時間以上かかった気がする。
着いた頃には外の景色は暗くなっていた。
この間は車で連れて来てもらった為、駅からはどういったらいいのかわからない。
「・・・どうしよう」
自分が無謀な事をしている事に気づいた。
知らない土地に不安になる。
逢いたいという想いだけで来たが、辿り着ける自信はなかった。
もう一度、聖さんに連絡を取ろうと思った時、携帯の電源が切れていた事に気づく。
絶体絶命というのは今の状況に近いのではないかと思う。
伊豆に着いて三十分、私はどうする事もできずにいた。
急に泣きたくなったが、今はそんな時じゃない。
何とかしなければ、そう思った時、公衆電話が目に入る。
聖さんに貰った名刺が手帳に挟んであった事を思い出す。
学生鞄を開け、急いで手帳を探した。
「あった!」
私は祈るような気持ちで、再び聖さんに電話した。



リビングに降りて行くと、水城君の声がした。
「えっ、真依子ちゃんが!はい。わかりました。後は任せて下さい」
"真依子"その名に胸がドキリとした。
「どうした?」
電話を置いた彼女に話し掛けると、事情を聞いた。
「わかった。俺が行く」
車のキーを手に玄関に向かう。
「私が行きます」
俺の体調を心配して彼女が言うが、どうしても自分で行きたかった。
「大丈夫。運転ぐらいできるよ」
そう告げ、玄関のドアを閉めた。
自分でもなぜここまで彼女に逢いたいのかわからなかった。
一度逢っただけなのに、酷く心に引っかかる。
自分でも理解できない感情が胸をギュッと締めた。





聖さんと連絡をとってから、三十分。
私は駅構内のベンチに座っていた。
水城さんが迎えに来てくれると言っていた。
時計を見ると、午後10時を少し過ぎていた。
こんな時間に、しかも何の連絡もせずに突然来た事に対して失礼な事だったと思う。
彼女に会ったら何て言えばいいのか・・・。
速水さんはどう思うだろうか。
"また遊びに来て"と言ってくれたが、あれは社交辞令に過ぎないかもしれない。
もし、自分の存在が迷惑だったら・・・。
そう考えると、急に帰りたくなったが、今からでは、最終電車には間に合わなかった。
考えなしの無計画な行動を取ったのは生まれて初めてだった。
駅構内の売店のシャッターが閉まる。
そういえば、手土産も何もない。
ハッとし、慌てて売店に駆け込もうとしたが、もう開いている店はコンビニぐらいしかなかった。
「ないよりは・・・ましかな」
コンビニで見つけたシュークリームを三つ買った。
これで、少しはいいかな。と思うが、やはり非常識な行動を取ってるのは変わらなかった。




駅に着くと、彼女らしい人物は見当たらなかった。
駅構内にいると聞いたが・・・、もう一度、よく探してみる。
しかし、駅にはいなかった。
「・・・どこに行ったんだ」
見つけられない焦りが募る。
可笑しな事だが、このままもう、逢えない気がした。
追い詰められた気持ちで胸が埋まる。
落ち着いて考えれば、そんな事はないのに・・・急に冷静じゃいられなくなった。
駅員に聞いてみると、「さぁ、どうだったかなぁ」という不確かな言葉しか聞けなかった。
本当にこの駅でいいのだろか。まさか、違う駅にいるんじゃ・・・。
そう思った時、駅の正面にあるコンビニに少女の姿を見つけた。
「真依子」
咄嗟に彼女に走り寄り、そう声を掛けた。
「・・・良かった。ここにいたのか」
高校の制服姿の彼女は驚いたように俺を見つめ、泣き出した。
「・・・速水さん、速水さん、速水さん」
俺の名を呼び、子供のように泣く彼女に堪らなく胸が掴まれた。
「真依子・・・」
彼女を抱き寄せると、胸を擽るような甘い香りがした。



一頻り泣ききると、自分の行動が恥ずかしくなった。
いい年をして子供のように泣いてしまった。
速水さんは子供を宥めるように私を抱き締めてくれた。
彼に子供だと思われるのが、恥ずかしい。
私の事をどう思っただろうか・・・。
助手席から隣の運転席に座る彼を見る。
横顔がとても凛々しい。
改めて、彼はハンサムだと思った。
親子程の年の差があるが、彼の事をそんなふうに思った事はない。
「そんなに見つめられると、照れるんだけどな」
冗談交じりに彼が口にした。
「えっ、あっ、すみません」
急いで彼から視線を外した。
「その、速水さんの横顔が綺麗だったから」
私の言葉に今度は彼が笑い出す。
「そんな風に言われたのは初めてだよ。何だか口説かれているみたいだ」
「えっ、口説くなんて・・・そんな」
彼の言葉になぜか頬が熱くなった。
「そういえば、どうしてコンビニから出て来たのかな?」
何かを思い出したように彼が言う。
「えっ、あっ・・・その、慌てて伊豆に来たので、手土産がなかった事に気づいて、手ぶらで行くのも
何だか悪い気がして・・・それで、あの、シュークリームを・・・」
今度は彼の笑い声が二倍ぐらいになる。
何がそんなに可笑しかったのか、私にはわからない。
「君は面白い人なんだね。変に律儀な所がお母さんに似てるよ」
丁度信号が赤になり、笑いが収まると、彼はそう言って、私を見た。
「・・・うん。似てる」
確信するように告げた彼の瞳には私ではなく、母が写っているようだった。
それが、何だか寂しい。
彼が見ているのは、やはり私ではなく母なのだ。

「・・・私、速水さんに母の事を、北島マヤの事を聞きに来ました」

思い切って口にした言葉に、彼は一瞬瞳を見開いた。
「・・・そうか」
信号が青になり、再び車が走り出す。
「ちょっと、寄り道をするが、いいかな?」
頷くと、彼は別荘への道とは違う道を走った。





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